満14歳の学徒動員勤 務先で被爆し、倒壊した建物の下敷きになり一旦は死を覚悟したポリオ障害者ヨシダが奇跡的に助かり、若くして独立自営業に転じて始まった自称・人生第一、 第二、第三毛作の通算60余年に及ぶ経営者人生を母国ニッポンで送った吉田祐起(よしだ ゆうき)が80歳直前にして人生第四毛作なる人生を「終の棲家」 とするフィリピン共和国に移して現在に至ります。その理由や目的、そうの成果等々は、この「手作り・自我流ウェブサイト」をご覧くだされば理解いただける ものと思います。(2016.9.10記)
    http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg 
      吉田祐起(Yuuki Yoshida) 満85歳0か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

 左の写真は偶然にも2011年3月11日の東日本大災害の直前に写したもので、その直後に停電になりました。ちなみに、この写真はジャパンタイムズ紙(下記No.20)インタビュー記事のものです。写真右は2014年9月11日のパスポート更新で写したもの。エッ?最近のものは?近年は「ステテコ&半そで」ですので、近い将来に予定する「サンタローサ・ハイツ」の新家屋に移ったら立派なオフィスを背にした正装(姿)で写す予定です(笑)。
                       コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧<株>ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ
(2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」
15."A-bomb and Me"(原爆と私)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下」 
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'(ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」( 編)
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー

(お伝えします)
本サイトを開く時間が長いことをお詫びします。「きょうのできごと」(英語版)の写真編集等で可能な限り多く、かつ大きさも保ってご覧いただく意図から、常に最大限度の編集許容量を保っています。「絵物語的な表現」を狙ってのこととしてご寛容ください。(編集者)

                         English               
                 2016年10月30日(日
       
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!「データーサイズ(編集容量)」 (1ページ当たりの編集容量)にみる.主要企業からみるヨシダサイトは絶えず1000KB(1MB)以内に押さえている状態でして、楽天さんのそれは別にして他の追従を許さないほどのものです。
   お気付きの点やご意見は遠慮なく yoshida@a-bombsurvivor.com 宛でご一報くだされば嬉しい限りです。  
             Since 10th March, 2001

 「吉田祐起」の画像検索結果 「吉田祐起」の画像検索結果  「吉田祐起」の画像検索結果     「吉田祐起」の画像検索結果「吉田祐起」の画像検索結果
 上の写真はこのウェブサイトを立ち上げた2001年頃のものです。60歳を過ぎてスタートした自称「人生第三毛作」時代で、離日2009年1月直前まで の16年間の株式会社ロジタント(Logitant,Inc.)(Logistic & Logical Consultant)社長時代のものです。広島市中心地に本社事務所を構えたものの、当時のクルマは米車フォード・トーラスで燃費や片道30数キロでム ダが少なくなかったことから、当時、「同棲居候中(笑)」のカノジョの助言に従って、同自宅のSOHO(Small Office Home Office)に転じた頃のものです。
 このウェブサイトの立ち上げはその最中の時代でした。上掲の写真で特記したいことは、米国に本部を持つ「SAMの会」(The Society for Advancement Management)の広島支部長時代に国際賞を受賞してその授賞式晩餐会(ラスヴェガス)で9分間のスピーチを した時のもの。3百人(経営者・大学教授・大学院生各三分の一づつの構成)の参加者を前にしたもので、口笛付きやんやのスタンディング・オベーションを受 けたものです。ヴィデオがあったのですが、日本に置き去りしました。いろんな多くの写真も無しで、これらの写真はグーグルで「発見」したものです。
 人生第一毛作、第二毛作、第三毛作の経営者人生延べ60余年を後にした現在のヨシダは自称「人生第四毛作」を演出中!ってところです。80歳直前にこの 国フィリピンに永住して現在に至るものですが、ご覧のように経営者マインドそのままの人生第四毛作を演出中です。離日直前の16年間に及んだクライアント 会社は現在に至って、同社の「月例安全会議」に「ヨシダメッセージ」(A4板ビッシリ)をお届けしているクライアント関係にあることを誇りに思っていま す。
 ちなみに、肝心のこのヨシダウェブサイトですが、ウェブサイト編集既製ソフトを使わず、レイアウト等々は全て手製。お見苦しい点が多々あることを承知の 上の、「中身で勝負!」って気分で編集しています。でも、でもですが、その「編集実績容量」だけは天下一を誇ります!「データーサイズ(編集容量)」をクリックしていただくと、へ~!というお声が聞こえてきそうです。単行本に換算したら「ン拾冊相当分だぞ~!」が他愛もない自負です。まだまだ続く、これからが本番!といった感じのヨシダの自分史みたいなものだと位置づけているのがこの手作りウェブサイトです。
 言いたい放題、書きたい放題、まさにブログし放題・・・って感じですが、多少の過剰さは85歳を直前にするニッポン男児爺ちゃん・ヨシダの「ボケ防止」とご理解のうえ、ご寛容のほどお願いします。

 注: 以下、お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★or▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。      

           ウィキペディアから拾った10月30日の「できごと」 
                           October 30 Events(英語版)
                                           「きょうのできごと」記録集
  このコラムは2014年4月21日にi開設したのものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な 編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています★「ヨシダブログ」は想うこと感じること等々を憚ることなくしています。現在の本コラムだけのそのヨシダブログ編集容量値だけでも、単行本に換算したらン拾冊相当分だぞ~と、他愛もなく自負しています★本コラムの編集の最大の魅力は自然に「世界史の一端」を学ぶことと受けとめて楽しく編集しています。過去のものは(「きょうのできごと」記録集)に収録しています。
3 「朝鮮半島の泗川」の画像検索結果「朝鮮半島の泗川」の画像検索結果  「島津軍四川」の画像検索結果  「島津軍四川」の画像検索結果 「島津軍四川」の画像検索結果「泗川の戦い」の画像検索結果
  「島津軍四川」の画像検索結果「董一元」の画像検索結果「董一元」の画像検索結果「1598 明国の旗」の画像検索結果「1598 明・朝鮮連合軍」の画像検索結果
5 「シュレースヴィヒ公国国王」の画像検索結果 「シュレースヴィヒ公国」の画像検索結果「第二次シュレースヴィヒ=ホルシュタイン戦争」の画像検索結果「ホルシュタイン公国」の画像検索結果「ホルシュタイン公国国旗」の画像検索結果6 「1890年 - 「教育ニ関スル勅語」(教育勅語)発布」の画像検索結果     「1890年 - 「教育ニ関スル勅語」(教育勅語)発布」の画像検索結果
  「「教育ニ関スル勅語」(教育勅語)」の画像検索結果「 「教育ニ関スル勅語」(教育勅語)」の画像検索結果
7「1905 Russian Revolution」の画像検索結果 「Октябрьский Манифест、Манифест 17 октября」の画像検索結果  「Октябрьский Манифест、Манифест 17 октября」の画像検索結果 「1905 Russian Revolution」の画像検索結果     「1905 Russian Revolution」の画像検索結果
  10  「オーソン・ウェルズ」の画像検索結果「the war of the worlds 1938」の画像検索結果「the war of the worlds 1938」の画像検索結果   「the war of the worlds 1938」の画像検索結果  「the war of the worlds 1938」の画像検索結果
    「the war of the worlds 1938」の画像検索結果「the war of the worlds 1938」の画像検索結果   「the war of the worlds 1938」の画像検索結果 「the war of the worlds 1938」の画像検索結果
  「the war of the worlds 1938」の画像検索結果「The War of the Worlds」の画像検索結果「オーソン・ウェルズ」の画像検索結果「オーソン・ウェルズ」の画像検索結果「オーソン・ウェルズ」の画像検索結果関連画像
   14    「Tsar Bomba」の画像検索結果    「Tsar Bomba」の画像検索結果  「Tsar Bomba」の画像検索結果
  「Tsar Bomba」の画像検索結果     関連画像  関連画像「Tsar Bomba」の画像検索結果「Tsar Bomba,newspaper reports」の画像検索結果
17「United States Marine Corps in hawaii」の画像検索結果「United States Marine Corps Hawai 1977」の画像検索結果「United States Marine Corps  party」の画像検索結果          「マラソン・遠泳・サイクルロードレース」の画像検索結果「which is the hardest game?」の画像検索結果「question mark」の画像検索結果
    「triasron logo」の画像検索結果  「first triasron game in hawaii」の画像検索結果  「first triasron game in hawaii」の画像検索結果     「triasron game logo」の画像検索結果
(1)1270年 - 第8回十字軍チュニスの包囲が終了。
(2)1485年 - イングランドヘンリー7世が戴冠。
(3)1598年慶長3年10月1日) - 慶長の役泗川の戦い:島津義弘、泗川城で朝鮮軍を大破する。
(4)1863年 - 3月30日にギリシャ国王に選出されたゲオルギオス1世アテネに到着。
(5)1864年 - 第二次シュレースヴィヒ=ホルシュタイン戦争が終結。
(6)1890年 - 「教育ニ関スル勅語」(教育勅語)発布。
(7)1905年(ユリウス暦10月17日) - ロシア第一革命: ロシア皇帝ニコライ2世十月詔書に署名。
(8)1918年 - 第一次世界大戦: オスマン帝国連合国に降伏。(ムドロス休戦協定
(9)1922年 - 首相に指名されたムッソリーニがファシスト党員とともにローマに入城。
(10)1938年 - アメリカでオーソン・ウェルズ演出のラジオドラマ『宇宙戦争』が放送されるが、本物のニュースと勘違いされ、アメリカ中で120万人以上が大パニックに。
(11)1944年 - ホロコースト: アンネ・フランクと姉のマルゴット・フランクアウシュヴィッツからベルゲン・ベルゼンへ移送される。
(12)1947年 - 国際貿易会議で23か国が「関税および貿易に関する一般協定」(GATT) に調印。
(13)1952年 - 第4次吉田茂内閣が成立。
(14)1961年 - ソ連ノヴァヤゼムリャ上空で、史上最大の水爆実験ツァーリ・ボンバ)を実施。
(15)1962年 - 最高裁が吉田岩窟王事件の再審を決定。
(16)1973年 - ボスポラス海峡に架かるボスポラス橋が完成。
(17)1977年 - ハワイアメリカ海兵隊員の宴会の席でトライアスロンが考案される。
(18)1978年 - 京王新線が開通。
(19)1987年 - NECホームエレクトロニクス家庭用ゲーム機PCエンジンを発売。
(20)1995年 - カナダケベック州独立の是非を問う州民投票で、反対派が賛成派に辛勝(50.6%対49.4%)。
(21)1996年 - 柳川喜郎御嵩町長が襲われ、頭蓋骨骨折の重傷を負う。(御嵩町長襲撃事件
(22)1999年 - 上信越自動車道が全線開通。
(23)2000年 - シドニーオリンピックで金メダルを獲得した高橋尚子国民栄誉賞が贈られる。
(24)2000年 - 最後のMulticsマシンが停止される。
(25)2005年 - 第二次大戦中のドレスデン爆撃により崩壊した聖母教会が再建され、聖別が行われる。
(26)2013年 - ボストン・レッドソックスが1918年以来、95年ぶりに地元ボストンワールドシリーズ優勝を決める。
       
                        インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を
編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。

ただ今、6588編目です! 
2016年10月30日(日)掲載分
昨日10月29日最終のトップページ

日別最終トップページ一覧表
編集者のダイアリー・コーナー

 「No.6588:男女格差  比は調査対象114カ国中7位とアジアで最高。教育、健康分野でトップ日刊まにら新聞2016.10.30.水谷竹秀)」を編集し終えてのヨシダの感想は、「ああ!サッパリした!言いたい放題、ブログし放題して・・・」です。今後もこのトーンは止まることはなないでしょう。長寿を全うするそれはひとつの生き方文化足り得ます。苦情や文句のあるご人はどうぞ遠慮なく「反論メール」を!大喜びしてご返信します。しかも、納得していただける形で、です。(9:55)

No.6588
男女格差  比は調査対象114カ国中7位とアジアで最高。教育、健康分野でトップ
日刊まにら新聞2016.10.30.水谷竹秀

ヨシダブログ: 本記事筆者のご人物像に極めて大きな興味を抱きます。マスメディアの記者(筆者)は往々にしてプロフィールや写真を公表したがらない傾向が否定できません。折角の記事をブログする立場にあってはそれは最大の関心事。「・・・あ、こんなキャリアの筆者だから、こんな主張や分析をされるのだな・・・」という点に結びつけるのがヨシダ流の好奇心であり評価基準とします▼・・・と、どこやらか声が聞こえてきそうです。「ヨシダさん、かの有名な開高健ノンフィクション賞受賞者の水谷竹秀さんを知らないなんて・・・」という声を意識します。恥を忍んでの告白は本欄でも言及ならぬブログすることの少ないことが<ヨシダの読書未熟歴>」。でも、聞くは(告白する)は一時の恥・・・と平然と受け流しつつのこの種のブログです▼本記事全体を通し、なかんずく筆者のご経歴や本書出版等々から考えるに、「日本を捨てた男たち」「脱出老人」辺りになると、なにやら自他共にヨシダ人生とオーバーラップする(できる)ことが苦笑い(?)って感じです(笑)▼その点に関して一つだけの告白!「建前と本音の使い分け」という日本人固有の日本人社会に愛想をつかした、というのが適当でしょう。人生第三毛作で取り組んだ日本のトラック運送事業界規制緩和提言(最低車両台数規制を廃止して欧米並み、世界並みの「個人トラック制度」導入提言とそれへの業界・官僚が取った姿勢の結果でした。アホくさいので、これ以上言及しません!▼男女平等の日比格差。料理は旦那がするのがジョウシキ。フィリピン女性の明るさは日本人女性とは全く比較になりません!CNNで時たま目にする同胞女性の表情や仕草に違和感を否定できません。世界に通用しないそれは日本人固有のモノと簡単に片付ける勿れ!▼半世紀前に読んだジャパン・タイムズ紙「社説」曰く、「Japanese Enigmatic Smile」(日本人の不可解な笑み)がその背景を物語ります。同胞諸氏なかんずく大和撫子諸氏にシツレイ!!!!▼短い記事に似ずに、多くの当該写真を添付しました。 なんだか、気分サッパリ!って感じです。(写真23枚添付ファイル
     「2016年版「男女格差報告」」の画像検索結果「2016年版「男女格差報告」」の画像検索結果 
     「日比格差」の画像検索結果「2016年版「男女格差報告」」の画像検索結果
             「日比格差」の画像検索結果「日比格差」の画像検索結果 
             「水谷竹秀日刊マニラ新聞」の画像検索結果             「水谷竹秀プロフィール」の画像検索結果      関連画像
      「水谷竹秀日刊マニラ新聞」の画像検索結果  「水谷竹秀日刊マニラ新聞」の画像検索結果 関連画像「水谷竹秀プロフィール」の画像検索結果  関連画像
       「開高健」の画像検索結果「開高健賞」の画像検索結果「水谷竹秀著書」の画像検索結果「水谷竹秀著書」の画像検索結果
           「水谷竹秀プロフィール」の画像検索結果「水谷竹秀プロフィール」の画像検索結果
       「水谷竹秀プロフィール」の画像検索結果「水谷竹秀プロフィール」の画像検索結果「水谷竹秀プロフィール」の画像検索結果
 昨29日の記事2編を下記に掲載していましたが、本日30日の第一記事掲載(9:350)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」に保存しています。なお、折角の関連写真であるにかんがみ、当該記事末尾の「写真○枚添付ファイル」をクリックすると写真を含む記事全体がご覧いただける仕組みにしています。1ページの編集容量を限度(1000KB=1GB)以内に抑えつつ、折角の写真を可能な限りの大きさに保って保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承ください。
 
             「末尾の特別情報お知らせコーナー」(仮称)        
           (本コラムは一定期間掲載するヨシダ好みのブログです。)           
    
毎月の28日はヨシダにとって意義深くしているもの その理由(わけ)は!?

                 (本コラムは月内まで継続掲載します。)     
 プライベートなことでかつ、単純で大人気ない(?)とも思えるようなことをヨシダは執拗に意識して現在に至ります。ほかでもありません、「28日」という日は吉田祐起の誕生日のそれに当たることから、この日を中心にわが人生の歩みが刻まれている、という自覚や認識です。
 つまり、年に12回の誕生日を意識して「満83歳○ヶ月」とウェブサイトにも掲載し、自身もそれを意識して送っているのです。あと、何日で28日・・・といった具合にです。これって、ちょっと、ユニークはモノの考え方だと自負します。
  時が経つことで、洋の東西を問わず、意味深長なのが「光陰矢の如し」という言葉。英語でも"Time flies like an arrow" と人々は口にします。矢の如く時が去った、と感じることは、その分、人生を短く送っていることを意味するのであって、まさか、時が早く去って歳をとったか ら ヨカッタとは誰も思わないハズです。
 強いてそれをポジティヴに解釈すれば、苦しい時もあったけど、あっと言う間に過ぎ去った、苦しいこと を 克服 してきた、開放された、といったくらいの解釈も成り立つでしょうが、それとて、味わうべき喜怒哀楽の人生がその分、短く去ったことを意味する結果でしかな い、というのがヨシダです。
 折角この世に生を受け、与えられた人生ならば、その喜びを文字通り、日々味わいつつ、感謝しつつ過ごす(消化する)という考え方のほうが、その逆の苦しい人生、早くに過ぎ去って欲しいもの・・・よりもずっと、ハッピーだと思うのです。
  さらに、こんなことも頭に描かれると思います・・・。例えば、何かを達成するとか、成し遂げるものを持っているとします。ヨシダ流の処し方は、優先順位の 見 極めです。沢山ある仕事の優先順位を頭にしっかりと入れて処す方法。ストレスもなくなります。計画的にというのは誰でも言いますが、その処し方の基本はな んと言ってもターゲットとする日の設定でして、ヨシダの場合は毎月の28日がそれになっているという感じです。
 その日(28日)が来たら、ウン、オレはあれもやった、これもやり遂げた、出来なかったことは次の月の28日をひと区切りに・・・といった按配です。これって単純なモーチベーションに過ぎませんが、案外と効果的です。
  結果的には、折角与えられた人生期間を感謝の念をもって着々と消化して事を成し遂げる、といった図式です。同じ1年サイクルで巡ってくる自身の誕生の 「日」をハッピー・バース・デイ!と心の中で呟きながら日々の経過を味わいつつ・・・といったシナリオです。こうした考え方がヨシダが永年、心に入れてい るキーワードに繋がるのです。「生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ」がそれです。
 ところで、これも他愛もないことですが、10月 28日はかのマイクロソフトのビル・ゲイツさんの誕生日(1955年)を早くに認識してきたものです。人間のスケールからすれば、ドダイ比較対象する何も のもないのですが、誕生日だけは同じ!と言える(思える)のがイイ味ってところです(笑)。ヨシダはビル・ゲイツさんと同じ誕生日って思うだけでも、思わ ないよりずっとマシって按配です。
 ふと、この記事を書きながら好奇心旺盛なヨシダは即座にヨシダの認識するその他の著名人を平素世話になるグーグルさんから拾い出しました。多くある人物の中からヨシダの好みに従って人物名と写真を列記して誕生日の味わい方を増幅さす次第です。

 1.ヘンリー3世(1012:イングランド王)、2. Maria Anna of Neuburg(1667:スペイン王カルロス2世の2度目の王妃 、3.John Laurens(1754:南北戦争時代米軍人・政治家)、4.徳川慶喜(1837:江戸幕府第15代将軍・最後の将軍)、5.嘉納治五郎(1860.教育家)、6.横河民輔(1864:横河電機創業者)、7.Ormer Locklear(1891.スタント飛行士・俳優)、8.エルザ・ランチェスター(1902:イギリス生まれの米女優)、9.Douglas Seale(1913.英国舞台映画俳優)、10.Pearl Hackney(1916.英女優・コメディアン・ Eric Barker妻)、11.Richard Laurence Millington Synge(1914.英人科学者:1952年ノーベル賞受賞) 、12.東富士欽壹(1973:大相撲第40代横綱)、13.ジェイコブ・D・コックス(南北戦争北軍将軍・共和党・第28代オハイオ州知事・第10代アメリカ合衆国内務長官)、14.ビル・ゲイツ(1955:マイクロソフト創立者)、15.吉田祐起(1931.本サイト編集者)
 ヨシダって好奇心旺盛 でしょう。こんなことに時間を使うから超多忙人間(?)。日々をかみ締めながら生きるから「光陰矢の如し」は無縁たる所以です(笑)。
   「Henry III」の画像検索結果「Maria Anna of Neuburg」の画像検索結果「John Laurens」の画像検索結果Kanō Jigorō c1937.jpgOrmer Locklear (1920).jpgエルザ・ランチェスターElsa Lanchester
     「Douglas Seale」の画像検索結果「Pearl Hackney」の画像検索結果 Richard Laurence Millington Synge.jpgAzumafuji 1950 Scan10025-2.JPGCox, Jacob D. M.C. Ohio (Secty of Interior in Grant Adm.).jpghttp://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg
★なお、末尾にあしらた米漫画「ピーナッツ」のひとコマ。ワンちゃんを相手にピーナッツ君が言っている言葉にヨシダは深~い味わいを感じます。それは「自利から他利」のヨシダ人生観に通じるものがあるからです。曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言ったらどう思うかい?)★これって奇しくも、ヨシダが早くにして到達したホンネそのものって感じです!!!  最末尾の「常設漫画コラム」にしたいのがホンネです。(笑)  
    「余生」の画像検索結果 「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果
  超縦長のウェ ブサイトをご訪問くださってありがとうございました。「乱文乱筆ならぬミスプリはご容赦のほど」がヨシダのブログ用語です★ところで、「縦長」のこのトッ プサイトですが、通常みられるものは、左右に多くのコラムや案内をレイアウトしているのが普通です。そうした複雑なサイトに編集する技術を持たないことか らの結果でして、結果的にこんな形になったものです★でも、一つだけ自負できるものがあります。それは、左右に多くのものを掲載すると、観る側からすれば、見落としする場合が少なくないと思います。その点ではヨシダサイトは「わき目をせずに、上から下へのスクローリングで事足りるという利点(?)を自負 します★加えてのことですが、記事中に可能な限りのリンクを貼って、お気に召すままご利用いただくことで、最大限の情報ご提供を心掛けている次第です★ま たのご訪問をよろしくお願い します。ご機嫌よろしゅう! 
 なお、末尾の「カッコ内数字記号(朱文字)」は本トップページの「編集量現在値」でして、契約編集ソフト会社(cPanel社)
との契約に基づくのが1ページ当たりの許容編集量限度(1000KB=1MB)であるに鑑み、「最大限の情報ご提供」という勝手な編集者のサービス精神(?)をもって、その限度量精一杯の利用を心掛けるための指針としているものです。
 最近は英語版がそれを上回るほどの情報提供であるために、現存する画像をその都度旧いものから必要に応じて削除しながら最大限の画像情報等のご提供を心掛けるという際どい編集手法に徹しています。                                  (568.93KB) 


                                      2016年10月30日(日)   
               “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                      
吉田祐起
                    
 (満85歳0ヶ月)
                (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローサ市在住)
                E-mail:yoshida@a-bombsurvivor.com
                    yoshidayuuki@rocketmail.com
        URL(日本語版):http://www.abombsurvivor.com/index_japanese.html
                        URL(英語版):http://www.abombsurvivor.com