満14歳の学徒動員勤 務先で被爆し、倒壊した建物の下敷きになり一旦は死を覚悟したポリオ障害者ヨシダが奇跡的に助かり、若くして独立自営業に転じて始まった自称・人生第一、 第二、第三毛作の通算60余年に及ぶ経営者人生を母国ニッポンで送った吉田祐起(よしだ ゆうき)が80歳直前にして人生第四毛作なる人生を「終の棲家」 とするフィリピン共和国に移して現在に至ります。その理由や目的、そうの成果等々は、この「手作り・自我流ウェブサイト」をご覧くだされば理解いただける ものと思います。(2016.9.10記)
    http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg 
      吉田祐起(Yuuki Yoshida) 満85歳0か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

 左の写真は偶然にも2011年3月11日の東日本大災害の直前に写したもので、その直後に停電になりました。ちなみに、この写真はジャパンタイムズ紙(下記No.20)インタビュー記事のものです。写真右は2014年9月11日のパスポート更新で写したもの。エッ?最近のものは?近年は「ステテコ&半そで」ですので、近い将来に予定する「サンタローサ・ハイツ」の新家屋に移ったら立派なオフィスを背にした正装(姿)で写す予定です(笑)。
                       コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧<株>ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ
(2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」
15."A-bomb and Me"(原爆と私)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下」 
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'(ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」( 編)
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー

(お伝えします)
本サイトを開く時間が長いことをお詫びします。「きょうのできごと」(英語版)の写真編集等で可能な限り多く、かつ大きさも保ってご覧いただく意図から、常に最大限度の編集許容量を保っています。「絵物語的な表現」を狙ってのこととしてご寛容ください。(編集者)

                         English               
                 2016年10月29日(土
       
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!「データーサイズ(編集容量)」 (1ページ当たりの編集容量)にみる.主要企業からみるヨシダサイトは絶えず1000KB(1MB)以内に押さえている状態でして、楽天さんのそれは別にして他の追従を許さないほどのものです。
   お気付きの点やご意見は遠慮なく yoshida@a-bombsurvivor.com 宛でご一報くだされば嬉しい限りです。  
             Since 10th March, 2001

 「吉田祐起」の画像検索結果 「吉田祐起」の画像検索結果  「吉田祐起」の画像検索結果     「吉田祐起」の画像検索結果「吉田祐起」の画像検索結果
 上の写真はこのウェブサイトを立ち上げた2001年頃のものです。60歳を過ぎてスタートした自称「人生第三毛作」時代で、離日2009年1月直前まで の16年間の株式会社ロジタント(Logitant,Inc.)(Logistic & Logical Consultant)社長時代のものです。広島市中心地に本社事務所を構えたものの、当時のクルマは米車フォード・トーラスで燃費や片道30数キロでム ダが少なくなかったことから、当時、「同棲居候中(笑)」のカノジョの助言に従って、同自宅のSOHO(Small Office Home Office)に転じた頃のものです。
 このウェブサイトの立ち上げはその最中の時代でした。上掲の写真で特記したいことは、米国に本部を持つ「SAMの会」(The Society for Advancement Management)の広島支部長時代に国際賞を受賞してその授賞式晩餐会(ラスヴェガス)で9分間のスピーチを した時のもの。3百人(経営者・大学教授・大学院生各三分の一づつの構成)の参加者を前にしたもので、口笛付きやんやのスタンディング・オベーションを受 けたものです。ヴィデオがあったのですが、日本に置き去りしました。いろんな多くの写真も無しで、これらの写真はグーグルで「発見」したものです。
 人生第一毛作、第二毛作、第三毛作の経営者人生延べ60余年を後にした現在のヨシダは自称「人生第四毛作」を演出中!ってところです。80歳直前にこの 国フィリピンに永住して現在に至るものですが、ご覧のように経営者マインドそのままの人生第四毛作を演出中です。離日直前の16年間に及んだクライアント 会社は現在に至って、同社の「月例安全会議」に「ヨシダメッセージ」(A4板ビッシリ)をお届けしているクライアント関係にあることを誇りに思っていま す。
 ちなみに、肝心のこのヨシダウェブサイトですが、ウェブサイト編集既製ソフトを使わず、レイアウト等々は全て手製。お見苦しい点が多々あることを承知の 上の、「中身で勝負!」って気分で編集しています。でも、でもですが、その「編集実績容量」だけは天下一を誇ります!「データーサイズ(編集容量)」をクリックしていただくと、へ~!というお声が聞こえてきそうです。単行本に換算したら「ン拾冊相当分だぞ~!」が他愛もない自負です。まだまだ続く、これからが本番!といった感じのヨシダの自分史みたいなものだと位置づけているのがこの手作りウェブサイトです。
 言いたい放題、書きたい放題、まさにブログし放題・・・って感じですが、多少の過剰さは85歳を直前にするニッポン男児爺ちゃん・ヨシダの「ボケ防止」とご理解のうえ、ご寛容のほどお願いします。

 注: 以下、お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★or▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。      

           ウィキペディアから拾った10月29日の「できごと」 
                           October 29 Events(英語版)
                                           「きょうのできごと」記録集
  このコラムは2014年4月21日にi開設したのものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な 編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています★「ヨシダブログ」は想うこと感じること等々を憚ることなくしています。現在の本コラムだけのそのヨシダブログ編集容量値だけでも、単行本に換算したらン拾冊相当分だぞ~と、他愛もなく自負しています★本コラムの編集の最大の魅力は自然に「世界史の一端」を学ぶことと受けとめて楽しく編集しています。過去のものは(「きょうのできごと」記録集)に収録しています。
4 「1787 stavovské divadlo」の画像検索結果「モーツァルト31歳」の画像検索結果「『ドン・ジョヴァンニ」の画像検索結果「『ドン・ジョヴァンニ」の画像検索結果「『ドン・ジョヴァンニ」の画像検索結果          「『ドン・ジョヴァンニ」の画像検索結果
      「『ドン・ジョヴァンニ」の画像検索結果   「『ドン・ジョヴァンニ」の画像検索結果 関連画像「『ドン・ジョヴァンニ」の画像検索結果「『ドン・ジョヴァンニ」の画像検索結果
   10   「Coup d'etat in Iraq 1936 」の画像検索結果 「Coup d'etat in Iraq 1936 」の画像検索結果「Iraq king 1936 」の画像検索結果 「Iraq king flag 1936 」の画像検索結果「Coup d'etat in Iraq 1936 」の画像検索結果「Iraq 1936 map 」の画像検索結果
    「Coup d'etat in Iraq 1936 」の画像検索結果  「Coup d'etat in Iraq 1936 」の画像検索結果 「Iraq flag 2016」の画像検索結果13「1956 the 2nd middle east war」の画像検索結果「1956 the 2nd middle east war」の画像検索結果
    「1956 the 2nd middle east war」の画像検索結果       「1956 the 2nd middle east war」の画像検索結果  「1956 the 2nd middle east war」の画像検索結果  「1956 the 2nd middle east war」の画像検索結果
  23       「1998, space shuttle discovery」の画像検索結果 「1998, john herschel, 77, space shuttle」の画像検索結果 「1998, john herschel, 77, space shuttle」の画像検索結果   「1998, john herschel, 77, space shuttle」の画像検索結果    「1998, john herschel, 77, space shuttle」の画像検索結果
          「1998, john herschel, 77, space shuttle」の画像検索結果         「1998, john herschel, 77, space shuttle」の画像検索結果  「1998, john herschel, 77, space shuttle」の画像検索結果   「1998, john herschel, 77, space shuttle」の画像検索結果
  25「2005 Delhi bombings」の画像検索結果 「2005 Delhi bombings」の画像検索結果「2005 Delhi bombings」の画像検索結果「2005 Delhi bombings」の画像検索結果
   「2005 Delhi bombings」の画像検索結果 「2005 Delhi bombings」の画像検索結果 「2005 Delhi bombings」の画像検索結果  「2005 Delhi bombings」の画像検索結果
(1)437年 - 西ローマ皇帝ウァレンティニアヌス3世東ローマ皇帝テオドシウス2世の皇女リキニア・エウドクシアと結婚。東西のテオドシウス朝が融合。
(2)1268年 - シャルル・ダンジューによりシチリア王コッラディーノが斬首刑。ホーエンシュタウフェン朝の男系が断絶。
(3)1675年 - ゴットフリート・ライプニッツが初めて積分の記号に長いs(∫)を使用する。
(4)1787年 - モーツァルトのオペラ『ドン・ジョヴァンニ』がプラハでモーツァルト自身の指揮により初演。
(5))859年 - スペイン・モロッコ戦争: スペインモロッコに宣戦布告。
(6)1918年 - 第一次世界大戦: ドイツ海軍大洋艦隊に出撃命令が下されるが、多くの水兵が命令を拒否し、出撃を断念。ドイツ革命のきっかけとなる。
(7)1922年 - イタリア国王ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世ベニート・ムッソリーニに組閣を命じる。
(8)1923年 - トルコ共和国が成立。ムスタファ・ケマル・パシャ(後のアタテュルク)が初代大統領に就任。
(9)1929年 - ウォール街大暴落: 悲劇の火曜日。ニューヨークウォール街で5日前の「暗黒の木曜日」に続いて株価が再度大暴落。
(10)1936年 - イラクバクル・シドキ将軍によるクーデター。
(11)1950年 - 千葉県船橋市の船橋競馬場で日本初のオートレース開催。
(12)1953年 - 英連邦太平洋航空304便墜落事故

(13)1956年 - 第二次中東戦争(スエズ戦争)が勃発。
(14)1958年 - ソ連の詩人・パステルナークが、共産党からの圧力によりノーベル文学賞受賞を辞退。
(15)1969年 - ARPANETによるコンピューター同士の接続が初めて行われる。
(16)1969年 - ソニー松下電器日本ビクター等が家庭用ビデオテープレコーダU規格)の開発を発表。
(17)1969年 - 厚生省が発癌性の疑いがあるとして人工甘味料チクロの使用を禁止。
(18)1976年 - 山形県酒田市で火災発生(酒田大火)。強風にあおられて約1200戸が焼失。
(19)1981年 - 宮崎自動車道が全線開通。
(20)1982年 - 東京・吉祥寺に前進座劇場が完成。
(21)1991年 - アメリカの探査機「ガリレオ」が小惑星ガスプラの近くを通過。史上初の小惑星の接近観測を行う。
(22)1998年 - Jリーグ横浜フリューゲルス横浜マリノスの合併が発表される。
(23)1998年 - STS-95で77歳のジョン・ハーシェル・グレンスペースシャトルディスカバリーに搭乗。最年長の宇宙飛行者となる。
(24)1988年 - セガ・エンタープライゼス(後のセガゲームス)がメガドライブ(MEGA DRIVE)を日本で発売。
(25)2005年 - デリーで爆弾テロ。62人が死亡。(en:29 October 2005 Delhi bombings)
(26)2008年 - アメリカ合衆国デルタ航空ノースウエスト航空合併
(27)2011年 - 道東自動車道夕張インターチェンジ - 占冠インターチェンジ間が開通し、飛び地だった高速道路がつながった。
(28)2015年 - 中国共産党第十八期中央委員会第五回全体会議において一人っ子政策の完全廃止を決定する。
       
                        インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を
編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。

ただ今、6587編目です! 
2016年10月29日(土)掲載分
昨日10月28日最終のトップページ

日別最終トップページ一覧表
編集者のダイアリー・コーナー

 今朝の初仕事は受信した英語版きょうのできごと(VOA)。編集中で仮掲載している記事は、「No.24(Oct. 29, 2016)"On October 28, 1886, President Grover Cleveland dedicates the Statue of Liberty in New York Harbor." 」です★その傍らでヒットした記事2編を立て続けに編集しました。「No.6586:<ヒロシマはどこにあるのか/ヒロシマはヒロシマにあるのか…>。そう問い・・・東京新聞「筆洗」2016.10.29.)」、「No.6587:ケント・ギルバート氏「米軍が沖縄撤退なら日本はフィリピンの二の舞になる」まぐまぐ編集部だより2016.10.29.編集部)」がそれです★「10月29日のできごと」写真編集も比較的枚数が少なかったこともあり完了し、ひと息ついたところです。その分、英語版できごと編集が待ち受けます。イイ歳して超多忙人間って調子の生活を楽しんでいます。(15:15)
 くだんの本日の「英語版できごと」編集も完了しました。当該記事のコピーを備えて、逐一文章を追います。これは、と思う箇所にアンダーラインをして、そのままそのコピーをグーグルにインプットして「画面」から入ります。オモシロいように当該写真が出てきるのが興味です。無論、英語でのインプットが不可欠です。自分流の英語表現に変えて打ち込むと応じてくれるのがウレシイです。 英語学習に役立つこの英語版できごと編集は捨てられません!学ぶ姿勢は他の追従を許しません!もっとも、その成果に関しては??ではあるでしょうが・・・(笑)。(18:20)
 ・・・ふと、傍らのクラシックXPが受信したニューヨーク・タイムズ紙「訃報欄」。曰く、Simone Shaller, Hurdler Who Competed in 1932 Olympics, Dies at 104"がそれ。既報のように、同紙訃報欄にみる100歳以上を生き抜いた人物の取材を「できごと題材」にすることにしていることから、飛びつきます!その人物の写真を下記に添付して彼女の冥福を祈ります。合掌(18:30)
    「Simone Schaller, last player of 1932 summer games and the oldest」の画像検索結果       関連画像「Simone Schaller」の画像検索結果
           「Simone Schaller」の画像検索結果   「Simone Schaller」の画像検索結果    関連画像
 上掲の記事編集を完了しました。ご関心あればクリックしてご覧ください。我ながらニンマリものになりました。「No.25(Oct. 29, 2016):"Simone Schaller, Hurdler Who Competed in 1932 Olympics, Dies at 104"」です。おやすみなさいませ!(21:35)

No.6587
ケント・ギルバート氏「米軍が沖縄撤退なら日本はフィリピンの二の舞になる」

まぐまぐ編集部だより2016.10.29.編集部
ヨシダブログ: 長文の記事ですが、筆者の大量の主張を読んで頂くとして、編集者ヨシダは「視覚」(コメント付き発言写真)をもって理解することに傾注しました▼「中見出し」は、初めて日本に来られてからかなりの時間が経ちますが、来日までの日本についての印象と、ここまで長く滞在されてみての印象の変化はどれくらいありますか?、ケントさんは国内外の政治や事件について多くの刺激的なコメントを残されていますが、今一番気になる出来事はなんでしょうか。国内・外ひとつずつお聞かせください。、長年日本に住まわれていますが、ケントさんが思われる日本のいいところ・悪いところを教えてください。、上の質問とかぶってしまうかもしれませんが、日本の一番好きなところ、嫌いなところを教えてください。、日本がこれから国際的に存在感を示すには、どのような方向に進むべきでしょうか。なるほど。ではプライベートについて質問させてください。お休みの日は何をされていますか?また、何をしている時に一番幸せを感じますか?、なるほど。ではプライベートについて質問させてください。お休みの日は何をされていますか?また、何をしている時に一番幸せを感じますか?ストレスはどのように解消されているのですか。、ではここからメルマガのことについてお聞きします。メルマガを出そうと思ったきっかけについて教えてください。、ではここからメルマガのことについてお聞きします。メルマガを出そうと思ったきっかけについて教えてください。、どんな人に読んでほしいですか?読者にメッセージをお願いします・・・と続きます写真26枚添付ファイル
    ケント・ギルバートの「引用・転載・拡散禁止!」ケント・ギルバードさん        「ケント・ギルバート」の画像検索結果
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No.6586
<ヒロシマはどこにあるのか/ヒロシマはヒロシマにあるのか…>。そう問い・・・

東京新聞「筆洗」2016.10.29.
ヨシダブログ:本記事タイトルの言葉の主人公である詩人・風山瑕生さんに敬意を表して同氏の写真&ご経歴等を本文記事内に「ヨシダ引用」として掲載しました▼ヨシダ自身がヒバクシャであり、核の恐怖は身をもって体験しただけに、核廃絶問題にはだれよりも強くアピールしたい立場を認識します▼しかし、現実は・・・と周囲を見回すと一方的かつ単純に「アンチ核!」を声高に唱えて譲らない・・・とありたいと思うのは容易いですが、世界の実情現状がそれを単純に許さないことも認識することが避けられないと思考します▼手前ミソですが、ヨシダ自身の身内で起きた二人の被爆死者の例をブログします。最下段に掲げた5枚の写真。右端1枚は6人兄弟姉妹の末っ子「祐策」。彼は市内大手町自宅で被爆。奇跡的にかすり傷ひとつない身でしたが、左4枚写真の次女・博子と手をつないで市中を1週間彷徨い、救出された数日後に、血反吐を吐いて死にました▼その時の瞬間の光景は現在にして鮮明です!甘えん坊の末っ子でしたが、抱かれたママのオッパイを物凄い力で握りしめながら言いました!「母ちゃん、ボク死ぬるんだよね・・・ボク、まんまんさん(お釈迦様)のところへいったらお願いする・・・アメリカに敵討ちして!と。これが末期の言葉でした▼左4枚写真の主人公はユウキの4歳上の三女・博子。5.6回もの手術を余儀なくしたものの、数年前まで生き延びました。その姉の口癖が現在にして鮮明かつ、現実味があることを痛感します。彼女は言い放ちました。「ユウキ、ニッポンだって、悪いことをしたんだもの・・・戦争だったもの・・・でも、姉ちゃんはアメリカを憎まないわよ・・・戦後には随分と世話になったもん・・・」でした。後年、ヨシダが知り得たことに、日本政府・軍ともに「原爆開発」をすすめていたのが真実!・・・続けるべき後の言葉を知りません・・・▼・・・と、そんな個人的なヒバクシャ観をもって、ヨシダが近年に至って選択した「ヒバクシャ人生の在り方」はあっさりと180度変身して、「ヒバクシャ最期の生き残り」を目指している次第です▼最期にひとこと!「きょうのできごと」編集がヨシダに与えられた宿命と捉えるなかでの胸に秘める悲しい現実。それは、洋の東西古今を問わず起こってきている「歴史は繰り返す」という現実にほかありません。不謹慎なことを承知の上のブログですが、第一次、第二次世界大戦の人類戦争歴史。とすれば、第三次・・・ということは不可避・・・のような感じがしてなりません▼世界人口は暴騰の一途。環境悪化は不可欠。貧富の差は不可避・・・等々はどうみても、悲観的にならざるを得ないのではないか、というのがヨシダブログの末尾です。実に悲しいことですが・・・。(写真17枚添付ファイル
    「united nations」の画像検索結果 「国連で来春から、「核兵器禁止条約」をつくるための交渉」の画像検索結果「国連で来春から、「核兵器禁止条約」をつくるための交渉」の画像検索結果
       「原爆資料館の館長を務めた原田浩さん」の画像検索結果「広島原爆資料館」の画像検索結果「原爆資料館館長原田浩」の画像検索結果「オバマ大統領 広島 スピーチ」の画像検索結果
       「安田博『原爆詩一八一人集』」の画像検索結果「安田博」の画像検索結果関連画像「『原爆詩一八一人集』」の画像検索結果「広島被爆」の画像検索結果
          「吉田祐起(祐策)」の画像検索結果   
 昨28日の記事1編を下記に掲載していましたが、本日29日の第一記事掲載(10:10)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」に保存しています。なお、折角の関連写真であるにかんがみ、当該記事末尾の「写真○枚添付ファイル」をクリックすると写真を含む記事全体がご覧いただける仕組みにしています。1ページの編集容量を限度(1000KB=1GB)以内に抑えつつ、折角の写真を可能な限りの大きさに保って保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承ください。
 
             「末尾の特別情報お知らせコーナー」(仮称)        
           (本コラムは一定期間掲載するヨシダ好みのブログです。)           
    
毎月の28日はヨシダにとって意義深くしているもの その理由(わけ)は!?

                 (本コラムは月内まで継続掲載します。)     
 プライベートなことでかつ、単純で大人気ない(?)とも思えるようなことをヨシダは執拗に意識して現在に至ります。ほかでもありません、「28日」という日は吉田祐起の誕生日のそれに当たることから、この日を中心にわが人生の歩みが刻まれている、という自覚や認識です。
 つまり、年に12回の誕生日を意識して「満83歳○ヶ月」とウェブサイトにも掲載し、自身もそれを意識して送っているのです。あと、何日で28日・・・といった具合にです。これって、ちょっと、ユニークはモノの考え方だと自負します。
  時が経つことで、洋の東西を問わず、意味深長なのが「光陰矢の如し」という言葉。英語でも"Time flies like an arrow" と人々は口にします。矢の如く時が去った、と感じることは、その分、人生を短く送っていることを意味するのであって、まさか、時が早く去って歳をとったか ら ヨカッタとは誰も思わないハズです。
 強いてそれをポジティヴに解釈すれば、苦しい時もあったけど、あっと言う間に過ぎ去った、苦しいこと を 克服 してきた、開放された、といったくらいの解釈も成り立つでしょうが、それとて、味わうべき喜怒哀楽の人生がその分、短く去ったことを意味する結果でしかな い、というのがヨシダです。
 折角この世に生を受け、与えられた人生ならば、その喜びを文字通り、日々味わいつつ、感謝しつつ過ごす(消化する)という考え方のほうが、その逆の苦しい人生、早くに過ぎ去って欲しいもの・・・よりもずっと、ハッピーだと思うのです。
  さらに、こんなことも頭に描かれると思います・・・。例えば、何かを達成するとか、成し遂げるものを持っているとします。ヨシダ流の処し方は、優先順位の 見 極めです。沢山ある仕事の優先順位を頭にしっかりと入れて処す方法。ストレスもなくなります。計画的にというのは誰でも言いますが、その処し方の基本はな んと言ってもターゲットとする日の設定でして、ヨシダの場合は毎月の28日がそれになっているという感じです。
 その日(28日)が来たら、ウン、オレはあれもやった、これもやり遂げた、出来なかったことは次の月の28日をひと区切りに・・・といった按配です。これって単純なモーチベーションに過ぎませんが、案外と効果的です。
  結果的には、折角与えられた人生期間を感謝の念をもって着々と消化して事を成し遂げる、といった図式です。同じ1年サイクルで巡ってくる自身の誕生の 「日」をハッピー・バース・デイ!と心の中で呟きながら日々の経過を味わいつつ・・・といったシナリオです。こうした考え方がヨシダが永年、心に入れてい るキーワードに繋がるのです。「生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ」がそれです。
 ところで、これも他愛もないことですが、10月 28日はかのマイクロソフトのビル・ゲイツさんの誕生日(1955年)を早くに認識してきたものです。人間のスケールからすれば、ドダイ比較対象する何も のもないのですが、誕生日だけは同じ!と言える(思える)のがイイ味ってところです(笑)。ヨシダはビル・ゲイツさんと同じ誕生日って思うだけでも、思わ ないよりずっとマシって按配です。
 ふと、この記事を書きながら好奇心旺盛なヨシダは即座にヨシダの認識するその他の著名人を平素世話になるグーグルさんから拾い出しました。多くある人物の中からヨシダの好みに従って人物名と写真を列記して誕生日の味わい方を増幅さす次第です。

 1.ヘンリー3世(1012:イングランド王)、2. Maria Anna of Neuburg(1667:スペイン王カルロス2世の2度目の王妃 、3.John Laurens(1754:南北戦争時代米軍人・政治家)、4.徳川慶喜(1837:江戸幕府第15代将軍・最後の将軍)、5.嘉納治五郎(1860.教育家)、6.横河民輔(1864:横河電機創業者)、7.Ormer Locklear(1891.スタント飛行士・俳優)、8.エルザ・ランチェスター(1902:イギリス生まれの米女優)、9.Douglas Seale(1913.英国舞台映画俳優)、10.Pearl Hackney(1916.英女優・コメディアン・ Eric Barker妻)、11.Richard Laurence Millington Synge(1914.英人科学者:1952年ノーベル賞受賞) 、12.東富士欽壹(1973:大相撲第40代横綱)、13.ジェイコブ・D・コックス(南北戦争北軍将軍・共和党・第28代オハイオ州知事・第10代アメリカ合衆国内務長官)、14.ビル・ゲイツ(1955:マイクロソフト創立者)、15.吉田祐起(1931.本サイト編集者)
 ヨシダって好奇心旺盛 でしょう。こんなことに時間を使うから超多忙人間(?)。日々をかみ締めながら生きるから「光陰矢の如し」は無縁たる所以です(笑)。
   「Henry III」の画像検索結果「Maria Anna of Neuburg」の画像検索結果「John Laurens」の画像検索結果Kanō Jigorō c1937.jpgOrmer Locklear (1920).jpgエルザ・ランチェスターElsa Lanchester
      「Douglas Seale」の画像検索結果「Pearl Hackney」の画像検索結果 Richard Laurence Millington Synge.jpgAzumafuji 1950 Scan10025-2.JPGCox, Jacob D. M.C. Ohio (Secty of Interior in Grant Adm.).jpghttp://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg
★なお、末尾にあしらた米漫画「ピーナッツ」のひとコマ。ワンちゃんを相手にピーナッツ君が言っている言葉にヨシダは深~い味わいを感じます。それは「自利から他利」のヨシダ人生観に通じるものがあるからです。曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言ったらどう思うかい?)★これって奇しくも、ヨシダが早くにして到達したホンネそのものって感じです!!!  最末尾の「常設漫画コラム」にしたいのがホンネです。(笑)  
    「余生」の画像検索結果 「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果
  超縦長のウェ ブサイトをご訪問くださってありがとうございました。「乱文乱筆ならぬミスプリはご容赦のほど」がヨシダのブログ用語です★ところで、「縦長」のこのトッ プサイトですが、通常みられるものは、左右に多くのコラムや案内をレイアウトしているのが普通です。そうした複雑なサイトに編集する技術を持たないことか らの結果でして、結果的にこんな形になったものです★でも、一つだけ自負できるものがあります。それは、左右に多くのものを掲載すると、観る側からすれば、見落としする場合が少なくないと思います。その点ではヨシダサイトは「わき目をせずに、上から下へのスクローリングで事足りるという利点(?)を自負 します★加えてのことですが、記事中に可能な限りのリンクを貼って、お気に召すままご利用いただくことで、最大限の情報ご提供を心掛けている次第です★ま たのご訪問をよろしくお願い します。ご機嫌よろしゅう! 
 なお、末尾の「カッコ内数字記号(朱文字)」は本トップページの「編集量現在値」でして、契約編集ソフト会社(cPanel社)
との契約に基づくのが1ページ当たりの許容編集量限度(1000KB=1MB)であるに鑑み、「最大限の情報ご提供」という勝手な編集者のサービス精神(?)をもって、その限度量精一杯の利用を心掛けるための指針としているものです。
 最近は英語版がそれを上回るほどの情報提供であるために、現存する画像をその都度旧いものから必要に応じて削除しながら最大限の画像情報等のご提供を心掛けるという際どい編集手法に徹しています。                                  (596.04KB) 


                                      2016年10月29日(土)   
               “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                      
吉田祐起
                    
 (満85歳0ヶ月)
                (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローサ市在住)
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