満14歳の学徒動員勤 務先で被爆し、倒壊した建物の下敷きになり一旦は死を覚悟したポリオ障害者ヨシダが奇跡的に助かり、若くして独立自営業に転じて始まった自称・人生第一、 第二、第三毛作の通算60余年に及ぶ経営者人生を母国ニッポンで送った吉田祐起(よしだ ゆうき)が80歳直前にして人生第四毛作なる人生を「終の棲家」 とするフィリピン共和国に移して現在に至ります。その理由や目的、そうの成果等々は、この「手作り・自我流ウェブサイト」をご覧くだされば理解いただける ものと思います。(2016.9.10記)
    http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg 
      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳11か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

 左の写真は偶然にも2011年3月11日の東日本大災害の直前に写したもので、その直後に停電になりました。ちなみに、この写真はジャパンタイムズ紙(下記No.20)インタビュー記事のものです。写真右は2014年9月11日のパスポート更新で写したもの。エッ?最近のものは?近年は「ステテコ&半そで」ですので、近い将来に予定する「サンタローサ・ハイツ」の新家屋に移ったら立派なオフィスを背にした正装(姿)で写す予定です(笑)。
                       コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧<株>ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ
(2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」
15."A-bomb and Me"(原爆と私)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下」 
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'(ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」( 編)
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー

(お伝えします)
本サイトを開く時間が長いことをお詫びします。「きょうのできごと」の写真編集等で可能な限り多く、かつ大きさも保ってご覧いただく意図から、常に最大限度の編集許容量を保っています。「絵物語的な表現」を狙ってのこととしてご寛容ください。(編集者)

                         English               
                 2016年10月16日(日
       
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!本日現在の「データーサイズ(編集容量)」 は実に2.66Gと いう異例とも自 負する容量です。殆どのインタネット関連企業ですら500KBというなかで、楽天さんのそれはずば抜けて2200KB。ヨシダのそれはそれをオーバーして いるデーターサイズです。ちなみに、上掲のリンクをクリックすると2500KBがグラフの最高でヨシダのそれは突破しています。
   お気付きの点やご意見は遠慮なく yoshida@a-bombsurvivor.com 宛でご一報くだされば嬉しい限りです。  
             Since 10th March, 2001

 「吉田祐起」の画像検索結果 「吉田祐起」の画像検索結果  「吉田祐起」の画像検索結果     「吉田祐起」の画像検索結果「吉田祐起」の画像検索結果
 上の写真はこのウェブサイトを立ち上げた2001年頃のものです。60歳を過ぎてスタートした自称「人生第三毛作」時代で、離日2009年1月直前まで の16年間の株式会社ロジタント(Logitant,Inc.)(Logistic & Logical Consultant)社長時代のものです。広島市中心地に本社事務所を構えたものの、当時のクルマは米車フォード・トーラスで燃費や片道30数キロでム ダが少なくなかったことから、当時、「同棲居候中(笑)」のカノジョの助言に従って、同自宅のSOHO(Small Office Home Office)に転じた頃のものです。
 このウェブサイトの立ち上げはその最中の時代でした。上掲の写真で特記したいことは、米国に本部を持つ「SAMの会」(The Society for Advancement Management)の広島支部長時代に国際賞を受賞してその授賞式晩餐会(ラスヴェガス)で9分間のスピーチを した時のもの。3百人(経営者・大学教授・大学院生各三分の一づつの構成)の参加者を前にしたもので、口笛付きやんやのスタンディング・オベーションを受 けたものです。ヴィデオがあったのですが、日本に置き去りしました。いろんな多くの写真も無しで、これらの写真はグーグルで「発見」したものです。
 人生第一毛作、第二毛作、第三毛作の経営者人生延べ60余年を後にした現在のヨシダは自称「人生第四毛作」を演出中!ってところです。80歳直前にこの 国フィリピンに永住して現在に至るものですが、ご覧のように経営者マインドそのままの人生第四毛作を演出中です。離日直前の16年間に及んだクライアント 会社は現在に至って、同社の「月例安全会議」に「ヨシダメッセージ」(A4板ビッシリ)をお届けしているクライアント関係にあることを誇りに思っていま す。
 ちなみに、肝心のこのヨシダウェブサイトですが、ウェブサイト編集既製ソフトを使わず、レイアウト等々は全て手製。お見苦しい点が多々あることを承知の 上の、「中身で勝負!」って気分で編集しています。でも、でもですが、その「編集実績容量」だけは天下一を誇ります!「データーサイズ(編集容量)」をクリックしていただくと、へ~!というお声が聞こえてきそうです。単行本に換算したら「ン拾冊相当分だぞ~!」が他愛もない自負です。まだまだ続く、これからが本番!といった感じのヨシダの自分史みたいなものだと位置づけているのがこの手作りウェブサイトです。
 言いたい放題、書きたい放題、まさにブログし放題・・・って感じですが、多少の過剰さは85歳を直前にするニッポン男児爺ちゃん・ヨシダの「ボケ防止」とご理解のうえ、ご寛容のほどお願いします。

 注: 以下、お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★or▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。      

           ウィキペディアから拾った10月16日の「できごと」 
                           October 16 Events(英語版)
                                           「きょうのできごと」記録集
  このコラムは2014年4月21日にi開設したのものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています★「ヨシダブログ」は想うこと感じること等々を憚ることなくしています。現在の本コラムだけのそのヨシダブログ編集容量値だけでも、単行本に換算したらン拾冊相当分だぞ~と、他愛もなく自負しています★本コラムの編集の最大の魅力は自然に「世界史の一端」を学ぶことと受けとめて楽しく編集しています。過去のものは(「きょうのできごと」記録集)に収録しています。
2「アンドリア公ファブリツィオ・カラーファ」の画像検索結果「Carlo Gesualdo killed his wife  」の画像検索結果「Carlo Gesualdo killed his wife  」の画像検索結果「Carlo Gesualdo killed his wife  」の画像検索結果「Carlo Gesualdo killed his wife  」の画像検索結果
 3「french revolution」の画像検索結果 「Marie Antoinette Josepha was persecuted」の画像検索結果   関連画像「Marie Antoinette Josepha was persecuted」の画像検索結果関連画像関連画像
 関連画像「Marie Antoinette Josepha was persecuted」の画像検索結果「Marie Antoinette Josepha was persecuted」の画像検索結果「Marie Antoinette Josepha was persecuted」の画像検索結果関連画像「Saint-Denis Basilique」の画像検索結果
 4「:Battle of Leipzig」の画像検索結果  「:Battle of Leipzig」の画像検索結果     「:Battle of Leipzig」の画像検索結果     「:Battle of Leipzig」の画像検索結果  
  「:Battle of Leipzig」の画像検索結果  「:Battle of Leipzig」の画像検索結果 「:Battle of Leipzig」の画像検索結果    「:Battle of Leipzig」の画像検索結果
   「カール14世ヨハン (スウェーデン王)」の画像検索結果  「カール14世ヨハン (スウェーデン王)」の画像検索結果  「スウェーデン 国旗」の画像検索結果「:Battle of Leipzig, french army and confederation of german and」の画像検索結果
 5「四元数」の画像検索結果「四元数」の画像検索結果「四元数」の画像検索結果「四元数」の画像検索結果 「四元数画像化」の画像検索結果
     7 「John Brown」の画像検索結果「John Brown's raid on Harpers Ferry」の画像検索結果 「John Brown」の画像検索結果    「John Brown」の画像検索結果「John Brown」の画像検索結果
     「John Brown」の画像検索結果  「John Brown」の画像検索結果  「John Brown」の画像検索結果     「John Brown」の画像検索結果「john brown grave」の画像検索結果
 10 「1906 Der Hauptmann von Köpenick」の画像検索結果   「1906 Der Hauptmann von Köpenick」の画像検索結果  「1906 Der Hauptmann von Köpenick」の画像検索結果    「1906 Der Hauptmann von Köpenick」の画像検索結果     関連画像
  「1906 Der Hauptmann von Köpenick」の画像検索結果 「1906 Der Hauptmann von Köpenick」の画像検索結果  関連画像「1906 Der Hauptmann von Köpenick」の画像検索結果 「1906 Der Hauptmann von Köpenick grave」の画像検索結果
14  「1943年 - 戸塚球場で学徒出陣壮行早慶戦」の画像検索結果   「1943年 - 戸塚球場で学徒出陣壮行早慶戦」の画像検索結果     「1943年 - 戸塚球場で学徒出陣壮行早慶戦」の画像検索結果       「1943年 - 戸塚球場で学徒出陣壮行早慶戦」の画像検索結果
 18「1946年 - リッベントロップ元外相ら10名の被告への刑が執行」の画像検索結果「Ulrich Friedrich Wilhelm Joachim von Ribbentrop 10 criminals」の画像検索結果   関連画像「 persecution」の画像検索結果
21「Pan Am Flight 006」の画像検索結果  「Pan Am Flight 006」の画像検索結果「Pan Am Flight 006」の画像検索結果「Pan Am Flight 006」の画像検索結果
28「Jessica McClure」の画像検索結果「Jessica McClure」の画像検索結果  関連画像「jessica mcclure rescue」の画像検索結果「jessica mcclure rescue」の画像検索結果  関連画像
   「jessica mcclure rescue」の画像検索結果「Jessica McClure」の画像検索結果「Jessica McClure」の画像検索結果「Jessica McClure」の画像検索結果「jessica mcclure rescue」の画像検索結果
    「Jessica McClure」の画像検索結果「Jessica McClure」の画像検索結果「jessica mcclure now」の画像検索結果「jessica mcclure now」の画像検索結果
(1)1384年 - ヤドヴィガポーランド王に即位。
(2)1590年 - イタリアの貴族・作曲家のカルロ・ジェズアルドが、妻とその愛人ファブリツィオ・カラーファの密会の現場をおさえ、2人を惨殺。
(3)1793年 - フランス革命: ルイ16世マリー・アントワネット断頭台で処刑される。
(4)1813年 - ナポレオン戦争: ライプツィヒの戦いが始まる。
(5)1843年 - ウィリアム・ローワン・ハミルトン四元数の概念を発見する。
(6)1846年 - ウィリアム・T・G・モートンマサチューセッツ総合病院で世界で初めてエーテル麻酔を使用した手術を行う。
(7)1859年 - ジョン・ブラウンのハーパーズ・フェリー襲撃英語版。暴力的奴隷制度廃止運動家のジョン・ブラウンハーパーズ・フェリー連邦政府武器庫を襲撃して、奴隷反乱を企てる。
(8)1886年 - 49回目の挑戦の末、岩手県釜石にて洋式高炉での出銑に成功。釜石鉱山田中製鉄所が設立され、日本の近代製鉄が始まる。
(9)1905年 - クロード・ドビュッシーの交響詩『』が初演。
(10)1906年 - ケペニックの大尉事件(ヴィルヘルム・フォークト
(11)1916年 - マーガレット・サンガーニューヨーク州ブラウンズヴィルにおいて、産児制限を指導する診療所を開業。
(12)1923年 - ウォルト・ディズニー・カンパニー創立。
(13)1941年 - 外交交渉継続の是非をめぐる近衛文麿首相と東条英機陸相の対立により、第3次近衛内閣が総辞職。
(14)1943年 - 戸塚球場学徒出陣壮行早慶戦が行なわれる。
(15)1945年 - 国際連合食糧農業機関(FAO)が設立される。
(16)1945年 - 李承晩がアメリカから帰国し、南朝鮮の独立建国運動の指導者となる。
(17)1945年 - ソ連が北朝鮮の行政権を北朝鮮指導者に移管。
(18)1946年 - ニュルンベルク裁判死刑判決を受けたリッベントロップ元外相ら10名の被告への刑が執行される。
(19)1951年 - パキスタン首相リアクァット・アリ・カーン英語版が暗殺される。
(20)1952年 - 昭和天皇皇后が戦後初めて靖国神社に参拝。
(21)1956年 - パンアメリカン航空006便不時着水事故
(22)1964年 - 中華人民共和国タクラマカン砂漠で初の原爆実験に成功し、世界5番目の核保有国となる。(596 (核実験)
(23)1973年 - ベトナム和平への功績が認められ、ヘンリー・キッシンジャーレ・ドゥク・トノーベル平和賞受賞が決定。(トは辞退する)
(24)1978年 - ポーランド人のカロル・ウォイティワ枢機卿がローマ教皇に選出される。(ヨハネ・パウロ2世として、10月22日に就任)
(25)1981年 - 北炭夕張新炭鉱ガス突出事故北炭夕張新炭鉱でガス突出・坑内火災事故。死者93人。
(26)1985年 - 阪神タイガースが21年ぶりにリーグ優勝。狂喜したファンらがカーネル・サンダース像を道頓堀川に投げ込む
(27)1986年 - ラインホルト・メスナーが、史上初の8000メートル峰全14座完全登頂を達成。
(28)1987年 - 満18ヶ月の「みんなの赤ちゃん英語版ジェシカ・マクルーア英語版が、58時間ぶりに地中のパイプから救出される。
(29)1991年 - アメリカ合衆国テキサス州キリーンのレストラン・ルビーズで銃乱射事件が発生。(ルビーズ銃乱射事件
(30)1998年 - スペインの要請により元チリ大統領アウグスト・ピノチェトがイギリスで逮捕される。
(31)1998年 - 埼玉医科大学性同一性障害の女性患者(性自認は男性)に対する性別適合手術を実施。
(32)2004年 - 名鉄空港線常滑駅 - 中部国際空港駅間が空港関係者限定で開業。
(33)2004年 - 茨城県常陸大宮市が市制施行。
(34)2006年 - ハワイ島沖地震英語版
(35)2007年 - 加古川小2女児殺害事件
(36)2008年 - 旭川競馬場における競馬の開催が終了。
(37)2013年 - 平成25年台風第26号により、伊豆大島で大規模な土砂災害が発生。

                                 インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を
編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。

ただ今、6574編目です! 
2016年10月16日(日)掲載分
昨日10月15日最終のトップページ

日別最終トップページ一覧表
編集者のダイアリー・コーナー 

 ひゃ~!超ケッサクの記事編集になりました(とは、編集者の自我自賛)!添付写真は今までの最大の57枚!でも、楽しく拾って添付しました。ヨシダ式ロマンの追及って按配です。その記事は、「No.6573タイが経済危機に見舞われた1997年。その行く末をあれこれ論じているうちに…日本経済新聞「春秋」2016.10.16.)」★天下の日本経済新聞「春秋」をこんな具合に編集するには並みの「自分史」では編集できね~ゾ~!って気分です。なにやら若返った気分を味わっています。近年のケッサクの一つ足り得るぞ~、とニンマリしています。(11:20)
 「10月17日のできごと」編集の「(1)紀元前539年 - 新バビロニア王国を倒したペルシャ国王キュロス2世バビロンに入城し、バビロンに移住させられていたユダヤ人を解放」を編集中で、実に驚くべき歴史事実ヒットしました。「知らぬはヨシダだけ」という陰の声を意識しながらのことですが、くだんの出来事関連写真検索中は「イスラエルvsユダヤ」に関する歴史的な事実を探求するなかでヒットしのが下記写真。写真説明曰く、「ヒトラーにユダヤ人殲滅を依頼したパレスチナのイスラム教宗教指導者」と。そうこうしていたら、ごく最近の当該発言がイスラエル・ネタにエフ首相にみられることを「発見」ました!・・・絶句する始末です。ここでも「知らぬはヨシダだけ・・・」の陰の言葉を覚悟のうえのデスクロージャです。
    関連画像「イスラエルネタニアフ首相”宗教指導者が大量虐殺をヒトラーに進言”持論を展開」の画像検索結果「イスラエルネタニアフ首相”宗教指導者が大量虐殺をヒトラーに進言”持論を展開」の画像検索結果
 ボツボツ明日への備えに入るかな・・・と思っていたところ、傍らのXPが受信したニューヨーク・タイムズ紙メルマガ!曰く、"Dr.Yutaka Yoshida, a U.S. War Hero of Japanese Descent, Dies at 104"(日系人で合衆国戦争英雄ドクター・ユタカ・ヨシダ104歳で逝去)!!!!! 「英語版編集者のダイアリー」の題材に同紙「訃報」で100歳以上を生きた人物を取り上げることを決定していた矢先!日系日本人がそのトップを飾ることにりました!嬉しくて堪りません。腕をさすっています。(17:10)
 深夜直前の駆け込み掲載記事がありましたので、追加掲載します。「No.6574:トランプを見捨てヒラリーに乗り換えた「影の政府」強まるドル高圧力=斎藤満MONEY  VOICE2016.10.16.斉藤満)」がそれですが、当初からアンチ・トランプのヨシダの関心事はヒラリーさんで「円高」にブレーキ(?)ってところです。共和党のトランプに対する身内共和党関係者の反応が遅すぎた感じですネ。(23:50)

No.6574
トランプを見捨てヒラリーに乗り換えた「影の政府」強まるドル高圧力=斎藤満
MONEY  VOICE2016.10.16.斉藤満
ヨシダブログ:トランプ支持のCFR(外交問題評議会)や共和党系ネオコンまでもがクリントン支持に乗り換えた。ヨシダに言わせば、遅いですね~、ご決断が・・・といった感じ▼ヨシダはアンチ・トランプの声が出るはるか前から、テレビで始めて彼が話すのを観た瞬間から、徹底したアンチ・トランプを自称したものです。中身の云々の前の問題として、失礼ながらトランプさんには大統領たるの風格や人格像そのものに全く欠けている!と公言してきたものです▼「タイトル・中見出し等」は、ヒラリー復活で生じる「新たなねじれ」がドル高再開の呼び水に?、■“当選確実”の情勢、■新たに生じる「ねじれ」現象とは?、■日本の防衛予算がさらに増加、■米利上げ容認と積極財政で強まるドル高圧力、■世界にとって不幸な選挙・・・と続きます。真9枚添付ファイル
     a katz / Shutterstock.com「hillary and trump」の画像検索結果
   共和党下院議長 トランプ氏の選挙運動しない考え「paul davis ryan jr against trump」の画像検索結果
        「Council on Foreign Relations 」の画像検索結果「anti-trump」の画像検索結果「共和党系のネオコン」の画像検索結果
                 関連画像「斎藤満 エコノミスト」の画像検索結果
No.6573
タイが経済危機に見舞われた1997年。その行く末をあれこれ論じているうちに…
日本経済新聞「春秋」2016.10.16.
ヨシダブログ:昭和ひと桁族のヨシダにとっては「シャム」のほうが「タイ」より馴染み深く感じます。 タイの国名はかつてのシャムと呼ばれていたものが、1939年以降正式名をタイと改称されたこと。ヨシダが生まれたのはその8年後のことだけに、物心ついた時分にはシャムでした▼終戦後は間もない頃に観たのが「アンナとシャム王」(主演はユル・ブリナー)は1956年の作。ヨシダが25歳▼蛇足ブログですが、当時のヨシダは英語力を武器にアメリカの同業者と文通して日本では不可能視されていた新技術の習得をモノにした華やかな青春時代。当時の広島県会議長さんが「吉田君、県費で米国実習研修で渡米しないか・・・」という声がでたものの、無視したものでした。ことほど左様に大きな夢を抱いての青春時代でした▼テカテカ光るスキンヘッドのユル・ブリナーの個性的な演技が印象的でした。タイコク国王のご逝去と並べこのことに的を絞るのは失礼と心得、同王様ご一族の姿を写真で追いました▼その後に画像とともにブログするがその当時の白黒映画の印象です。・・・と、その前に学んで添付した資料はその「the King and I」(王様と私)の原作者・マーガレット・ロンドン女史の「語録」を含む一連の関連資料。名実共に「絵物語」的なヨシダブログを心掛けたところです。「旧き良き時代!」ってところ▼おっと、現在のヨシダは「旧き良き時代以上にハッピーな現代!」ってところです(笑)▼添付写真で特記したいことは、上から4段目左から3・4番目2枚の写真がヨシダの眼に鮮明です。年代は全く記憶はありませんが、軍幹部を呼びつけて土下座させている光景。クーデター的な動きのあった当時のことと記憶しますが、日本の「土下座制度」をシャムの国で観た想いでした。格別の親しみを抱くシャムの国の今回の国王ご逝去の訃報を前に、ヨシダ流の哀悼の意を表する次第です。合掌(真57枚添付ファイル
            「プミポン国王」の画像検索結果 「プミポン国王」の画像検索結果 「Anand Panyarachun's words for the King 」の画像検索結果  「Anand Panyarachun's words for the King 」の画像検索結果
          関連画像「Anand Panyarachun's words for the King 」の画像検索結果「プミポン国王」の画像検索結果
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