満14歳の学徒動員勤 務先で被爆し、倒壊した建物の下敷きになり一旦は死を覚悟したポリオ障害者ヨシダが奇跡的に助かり、若くして独立自営業に転じて始まった自称・人生第一、 第二、第三毛作の通算60余年に及ぶ経営者人生を母国ニッポンで送った吉田祐起(よしだ ゆうき)が80歳直前にして人生第四毛作なる人生を「終の棲家」 とするフィリピン共和国に移して現在に至ります。その理由や目的、そうの成果等々は、この「手作り・自我流ウェブサイト」をご覧くだされば理解いただける ものと思います。(2016.9.10記)

       http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg 
      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳11か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

 左の写真は偶然にも2011年3月11日の東日本大災害の直前に写したもので、その直後に停電になりました。ちなみに、この写真はジャパンタイムズ紙(下記No.20)インタビュー記事のものです。写真右は2014年9月11日のパスポート更新で写したもの。エッ?最近のものは?近年は「ステテコ&半そで」ですので、近い将来に予定する「サンタローサ・ハイツ」の新家屋に移ったら立派なオフィスを背にした正装(姿)で写す予定です(笑)。
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧<株>ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ
(2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」
15."A-bomb and Me"(原爆と私)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下」 
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'(ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」( 編)
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
27. 「ポリオ障害で自力で歩くことも立つもできない85歳の著者が自らの体験を通して贈る『障害に応じた人たちへの健康管理法』」(長~い仮題<笑>ですが、著者の狙いは、「障害者の方々が何々!!??と関心を抱かれることを期待してのことです。なお、執筆開始し次第に、そのまま執筆中の生臭い原稿がクリックしてご覧いただけるようにするつもりです。

                           English               
                 2016年10月1日(土)
        
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!本日現在の「データーサイズ(編集容量)」 は実に2.6Gと いう異例とも自 負する容量です。殆どのインタネット関連企業ですら500KBというなかで、楽天さんのそれはずば抜けて2200KB。ヨシダのそれはそれをオーバーして いるデーターサイズです。ちなみに、上掲のリンクをクリックすると2500KBがグラフの最高でヨシダのそれは突破しています。
   お気付きの点やご意見は遠慮なく yoshida@a-bombsurvivor.com 宛でご一報くだされば嬉しい限りです。  
             Since 10th March, 2001

 「吉田祐起」の画像検索結果 「吉田祐起」の画像検索結果       「吉田祐起」の画像検索結果「吉田祐起」の画像検索結果「吉田祐起」の画像検索結果
 上の写真はこのウェブサイトを立ち上げた2001年頃のものです。60歳を過ぎてスタートした自称「人生第三毛作」時代で、離日2009年1月直前まで の16年間の株式会社ロジタント(Logitant,Inc.)(Logistic & Logical Consultant)社長時代のものです。広島市中心地に本社事務所を構えたものの、当時のクルマは米車フォード・トーラスで燃費や片道30数キロでム ダが少なくなかったことから、当時、「同棲居候中(笑)」のカノジョの助言に従って、同自宅のSOHO(Small Office Home Office)に転じた頃のものです。
 このウェブサイトの立ち上げはその最中の時代でした。上掲の写真で特記したいことは、米国に本部を持つ「SAMの会」(The Society for Advancement Management)の広島支部長時代に国際賞を受賞してその授賞式晩餐会(ラスヴェガス)で9分間のスピーチを した時のもの。3百人(経営者・大学教授・大学院生各三分の一づつの構成)の参加者を前にしたもので、口笛付きやんやのスタンディング・オベーションを受 けたものです。ヴィデオがあったのですが、日本に置き去りしました。いろんな多くの写真も無しで、これらの写真はグーグルで「発見」したものです。
 人生第一毛作、第二毛作、第三毛作の経営者人生延べ60余年を後にした現在のヨシダは自称「人生第四毛作」を演出中!ってところです。80歳直前にこの 国フィリピンに永住して現在に至るものですが、ご覧のように経営者マインドそのままの人生第四毛作を演出中です。離日直前の16年間に及んだクライアント 会社は現在に至って、同社の「月例安全会議」に「ヨシダメッセージ」(A4板ビッシリ)をお届けしているクライアント関係にあることを誇りに思っていま す。
 ちなみに、肝心のこのヨシダウェブサイトですが、ウェブサイト編集既製ソフトを使わず、レイアウト等々は全て手製。お見苦しい点が多々あることを承知の 上の、「中身で勝負!」って気分で編集しています。でも、でもですが、その「編集実績容量」だけは天下一を誇ります!「データーサイズ(編集容量)」をクリックしていただくと、へ~!というお声が聞こえてきそうです。単行本に換算したら「ン拾冊相当分だぞ~!」が他愛もない自負です。まだまだ続く、これからが本番!といった感じのヨシダの自分史みたいなものだと位置づけているのがこの手作りウェブサイトです。
 言いたい放題、書きたい放題、まさにブログし放題・・・って感じですが、多少の過剰さは85歳を直前にするニッポン男児爺ちゃん・ヨシダの「ボケ防止」とご理解のうえ、ご寛容のほどお願いします。

 注: 以下、お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★or▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。      

            ウィキペディアから拾った10月1日の「できごと」 
                           October 1. Events(英語版)
                                           「きょうのできごと」記録集
  このコラムは2014年4月21日開設のものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています。その写真資料も可能な限りの大きさを保ち、かつ、1ページの許容編集容量である 1000KB(1MG)を横目に調整しつつの編集です★なお、編集者の立場で痛感することは、そうしたプロセスで当該できごとを通して世界歴史の一端を学 ぶことの魅力を編集者側のメリットと受けとめて精出しています。おって、本コラムの次に控えるのが「today@VOA」でして、「アメリカ版きょうので きごと」といったところ。一層の励みを体感しています。
2010年平成22年)のように、西暦の後に丸括弧を添えて元号明治大正昭和、平成など)表記をする場合、日本国内、もしくは、日本が深く関与している出来事であることを、「日本の〜」「日本において〜」等々の表現を割愛する目的で用いている 。
        1「Battle of Gaugamela」の画像検索結果「Alexander the Great」の画像検索結果関連画像「 Alexander the Great」の画像検索結果
            「Alexander the Great」の画像検索結果  関連画像関連画像
          「Battle of Gaugamela」の画像検索結果  「ガウガメラの戦い」の画像検索結果 「Battle of Gaugamela」の画像検索結果
        「Battle of Gaugamela」の画像検索結果「Battle of Gaugamela」の画像検索結果「Battle of Gaugamela」の画像検索結果
   「Alexander the Great」の画像検索結果    「alexander the great grave place」の画像検索結果   「alexander the great grave」の画像検索結果
   3「french revolution 1791」の画像検索結果「french revolution 1791」の画像検索結果「Assemblée législative 1791」の画像検索結果    「Assemblée législative 1791」の画像検索結果
  5「congress of vienna 1814」の画像検索結果 「congress of vienna 1814」の画像検索結果 「congress of vienna 1814」の画像検索結果「congress of vienna 1814」の画像検索結果
   6 「1869年 - オーストリアで世界初の郵便はがきを発行。」の画像検索結果「1869年 - オーストリアで世界初の郵便はがきを発行。」の画像検索結果7「John Philip Sousa」の画像検索結果「John Philip Sousa」の画像検索結果
       「John Philip Sousa」の画像検索結果「John Philip Sousa」の画像検索結果「John Philip Sousa」の画像検索結果「John Philip Sousa」の画像検索結果  「John Philip Sousa」の画像検索結果
      「John Philip Sousa」の画像検索結果「John Philip Sousa」の画像検索結果「John Philip Sousa」の画像検索結果「John Philip Sousa」の画像検索結果関連画像
     10   「Stanford University opened in 1861」の画像検索結果 「Stanford University opened in 1861 logo」の画像検索結果「Stanford University opened in 1861」の画像検索結果
       「Stanford University  2016」の画像検索結果   関連画像  「Stanford University  2016」の画像検索結果    
   54「1977, Edson Arantes do Nascimento retirement」の画像検索結果     「1977, Edson Arantes do Nascimento retirement」の画像検索結果       「1977, Edson Arantes do Nascimento retirement」の画像検索結果     「1977, Edson Arantes do Nascimento retirement」の画像検索結果  
     「the finest play by Edson Arantes do Nascimento」の画像検索結果   関連画像  関連画像 「the finest play by Edson Arantes do Nascimento」の画像検索結果関連画像関連画像
(1)紀元前331年 - ガウガメラの戦いアレクサンダー大王ペルシア帝国を破る。
(2)959年 - エドガーイングランド国王に即位。
(3)1791年 - フランス革命: 立法議会が召集。
(4)1800年 - ルイジアナスペインからフランスに返還される。
(5)1814年 - ウィーン会議開幕。1815年6月9日まで。
(6)1869年 - オーストリアで世界初の郵便はがきを発行。
(7)1880年 - ジョン・フィリップ・スーザアメリカ海兵隊軍楽隊の指揮者になる。
(8)1885年 - 東京瓦斯創立(東京府瓦斯局の払い下げ)。
(9)1890年 - ヨセミテ国立公園創設。
(10)1891年 - スタンフォード大学開学。
(11)1898年 - 東京・京都・大阪の市制特例廃止。
(12)1903年 - 第1回ワールドシリーズ開幕。ボストン・アメリカンズVSピッツバーグ・パイレーツの顔合わせ。
(13)1903年 - 浅草六区に日本初の常設映画館・電気館が開館。
(14)1907年 - 鉄道国有法による日本の私鉄17社の買収・国有化が完了。
(15)1908年 - フォード・モーターT型フォードの販売を開始。
(16)1918年 - 第一次世界大戦: 「アラビアのロレンス」ことT・E・ロレンス率いるアラブ軍がダマスカスに入城。
(17)1920年 - 日本で初の国勢調査を実施。
(18)1930年 - 鉄道省が特別急行列車「」の運転を開始。
(19)1930年 - 威海イギリスから中華民国に返還。
(20)1936年 - フランコスペイン内戦の反乱軍主席・総司令官に就任。
(21)1938年 - ナチス・ドイツズデーテンに進駐。
(22)1943年 - 第二次世界大戦: 連合軍ナポリを占領。
(23)1946年 - ドイツの戦争犯罪者を裁くニュルンベルク裁判が終了。
(24)1946年 - 大邱10月事件。南朝鮮人230万人がアメリカ軍政に抗議して蜂起。
(25)1948年 - 東京大阪京都横浜川崎名古屋神戸福岡で警察通報用電話(110番)を設置。
(26)1949年 - 中華人民共和国成立。
(27)1950年 - 毛沢東暗殺陰謀事件
(28)1952年 - 第25回衆議院議員総選挙
(29)1952年 - ラジオ中国(RCC、現・中国放送)開局(以下、「開局」関係は除外します。)
(30)1953年 - 米韓相互防衛条約調印。
(31)1953年 - ラジオ山陽(現・山陽放送)ラジオ香川(現・西日本放送)南海放送ラジオ熊本(現・熊本放送)ラジオ大分(現・大分放送)、以上5局開局。
(32)1954年 - 沖縄初の民放放送局・琉球放送(RBC)開局。
(33)1957年 - 初の5000円札を発行(聖徳太子の肖像)。
(34)1958年 - 米国航空諮問委員会 (NACA) を母体としてアメリカ航空宇宙局 (NASA) が設立される。
(35)1959年 - 青森放送山口放送大分放送、以上3局のテレビジョン放送局が開局。
(36)1960年 - ナイジェリアイギリスから独立。
(37)1960年 - ラジオ宮崎のテレビジョン放送(現・宮崎放送)開局。
(38)1961年 - 東・北カメルーンが統合してカメルーン連邦共和国が成立。
(39)1961年 - ニューヨーク・ヤンキースロジャー・マリスがシーズン61号目のホームランを打ち、1927年ベーブ・ルースが打ち立てたシーズン最多本塁打記録を破る。
(40)1962年 - 日本財団の前身である日本船舶振興会が創立。仙台放送開局。
(41)1964年 - 東海道新幹線東京駅 - 新大阪駅間開業。それに伴うダイヤ改正実施。0系車両の営業運転開始。
(42)1966年 - 江崎グリコから「ポッキー」を発売。
(43)1967年 - 東京新聞の編集・発行権を株式会社東京新聞社から中部日本新聞社(現・中日新聞社)に承継。
(44)1967年 - ニッポン放送系の深夜ラジオオールナイトニッポン』が放送開始。
(45)1968年 - 国鉄が「ヨンサントオ」と呼ばれる大規模ダイヤ改正実施。
(46)1969年 - 宇宙開発事業団 (NASDA) が設立される。
(47)1969年 - コンコルドが初めて超音速飛行に成功。
(48)1969年 - 北京地下鉄が開業。
(49)1969年 - 福井テレビジョン放送開局。
(50)1970年 - 宮城テレビ放送(ミヤギテレビ)開局。
(51)1971年 - 第一銀行日本勧業銀行が合併し、第一勧業銀行が発足。
(52)1971年 - アメリカフロリダ州オーランドウォルト・ディズニー・ワールド・リゾートが開園。
(53)1975年 - 東日本放送テレビ新広島開局。
(54)1977年 - サッカーの神様・ペレが現役を引退。
(55)1978年 - ツバルがイギリスから独立。
(56)1979年 - 香港MTRが開業。
(57)1980年 - 国鉄で白紙ダイヤ改正実施。
(58)1980年 - テレビ信州開局。
(59)1981年 - 内閣が「常用漢字表」を告示。常用漢字が定められる。
(60)1981年 - 福島放送開局。
(61)1981年 - 東京十二チャンネル(愛称・東京12チャンネル)が「テレビ東京」に社名変更。またラジオ関東も「アール・エフ・ラジオ日本」(愛称・ラジオ日本)に社名変更。
(62)1982年 - ヘルムート・コール西ドイツ首相に就任。
(63)1982年 - ソニーが世界初のCDプレーヤー「CDP-101英語版」を発売。同時にCBSソニーからCDソフト50タイトルが発売。
(64)1982年 - 鹿児島放送エフエム長崎開局。
(65)1983年 - 新潟テレビ21開局。
(66)1985年 - イスラエル空軍がチュニスPLO本部を爆撃。
(67)1985年 - テレビせとうちエフエム岩手エフエム群馬開局。
(68)1986年 - エフエム山陰開局。
(69)1987年 - エフエムラジオ新潟開局。
(70)1988年 - エフエムジャパン(現・J-WAVE)長野エフエム放送(FM長野)開局。
(71)1989年 - テレビ北海道テレビユー山形熊本朝日放送ベイエフエム開局。
(72)1990年 - テレビユー富山(現・チューリップテレビ)Kiss FM KOBEエフエム大分開局。
(73)1991年 - 青森朝日放送北陸朝日放送開局。
(74)1992年 - 秋田朝日放送伊予テレビ(現・あいテレビ)エフエム鹿児島開局。
(75)1993年 - 山口朝日放送大分朝日放送ZIP-FM開局。
(76)1993年 - 静岡県民放送(愛称:静岡けんみんテレビ(SKT))が静岡朝日テレビ(SATV)に社名変更。
(77)1994年 - パラオがアメリカ合衆国の信託統治から独立。
(78)1995年 - 琉球朝日放送エフエム福島開局。
(79)1996年 - 岩手朝日テレビ開局。
(80)1997年 - 北陸新幹線高崎駅 - 長野駅間が先行開業。
(81)1997年 - 磐越自動車道が全線開通。
(82)1997年 - 広島サティが開店。
(83)2000年 - KDDDDIIDOが合併し、株式会社ディーディーアイ (KDDI、現:KDDI株式会社) となる。
(84)2001年 - 東京放送 (TBS) がラジオ部門の放送免許を子会社のTBSラジオ&コミュニケーションズ(現・TBSラジオ)に承継。これに伴い、TBSテレビコールサインがこれまでの「JOKR-TV」から「JORX-TV」に変更。
(85)2001年 - 東京都三鷹市三鷹の森ジブリ美術館が開館。
(86)2001年 - 国家公務員の旧姓使用が可能になる。
(87)2002年 - 身体障害者補助犬法が施行。
(88)2003年 - 東海道新幹線の東京駅 - 新横浜駅間に品川駅が開業。
(89)2003年 - 宇宙科学研究所航空宇宙技術研究所宇宙開発事業団の3機関が宇宙航空研究開発機構に統合される。
(90)2003年 - ジェイフォンが世界最大の携帯通信事業者・ボーダフォン(現:ソフトバンクモバイル)にブランド変更。
(91)2003年 - 全国朝日放送(愛称・テレビ朝日、略称・ANB)がテレビ朝日(略称・EX)に社名変更。
(92)2004年 - イチローが、ジョージ・シスラーのメジャーリーグ年間最多安打記録(257安打)を84年ぶりに更新する258安打を達成(最終成績は262安打)。
(93)2005年 - 道路関係四公団日本道路公団本州四国連絡橋公団首都高速道路公団阪神高速道路公団)が民営化。
(94)2006年 - 阪神電気鉄道が阪急ホールディングスと経営統合して阪急阪神ホールディングスが発足。
(95)2006年 - ボーダフォンがソフトバンクモバイルへ、日本テレコムがソフトバンクテレコム へそれぞれ社名変更。
(96)2006年 - 日本航空インターナショナル日本航空ジャパン(旧日本エアシステム)を吸収合併。
(97)2006年 - 障害者自立支援法施行。
(98)2007年 - 日本で郵政事業が完全民営化。これに伴い日本郵政株式会社が持株会社としてグループ経営を開始。
(99)2007年 - 一般向けの緊急地震速報が開始。
(100)2008年 - 松下電器産業株式会社が「パナソニック株式会社」に社名変更、グループ名称も松下グループから「パナソニックグループ」に変更。
(101)2008年 - フジテレビジョン(旧法人)が「フジ・メディア・ホールディングス」に商号変更、日本初の放送持株会社に移行。旧フジテレビジョンの放送免許および放送事業を会社分割により設立された新法人の「フジテレビジョン」に承継。
(102)2008年 - 大阪個室ビデオ店放火事件。客15人が死亡した。
(103)2008年 - 観光庁および運輸安全委員会が発足。海難審判庁および船員労働委員会を廃止。
(104)2009年 - 産経新聞九州・山口特別版が創刊。これにより、九州(山口)の全国紙が全て揃う。
(105)2010年 - たばこ税増税される。過去最大規模のたばこ増税であり、日本たばこ産業の代表的な紙巻きたばこ銘柄である「マイルドセブン」の定価が300円から410円に値上げされた。
(106)2011年 - 暴力団排除条例東京都沖縄県で施行され、日本の全都道府県で暴力団排斥のための条例が整備される。
(107)2012年 - 障害者虐待の防止、障害者の養護者に対する支援等に関する法律(通称:障害者虐待防止法)が施行される。
(108)2012年 - 新日本製鐵株式会社と住友金属工業株式会社が統合して新日鐵住金株式会社が発足。
(109)2012年 - 日本テレビ放送網(旧法人)が放送持株会社に移行、「日本テレビホールディングス」に商号変更。旧日本テレビ放送網の放送免許および放送事業などの現業全般を会社分割により設立された新法人の「日本テレビ放送網」へ承継。
(110)2014年 - 株式会社KADOKAWAと株式会社ドワンゴが統合して株式会社KADOKAWA・DWANGOが発足。
(111)2015年 - 江崎グリコとグリコ乳業が経営統合(存続法人は江崎グリコ)。

                                  インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を
編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。

ただ今、6559編目です! 
2016年10月1日(土)掲載分
昨日9月30日最終のトップページ

日別最終トップページ一覧表
編集者のダイアリー・コナー 

 新しい月の初めに相応しことをした想いです。本トップサイト末端のコラム「自然に到達した「自利から他利」の実践とその心」の若干の修正です。長文のコラムですが、当初のものは何年も前のもの。時代の変化に応じて修正加筆しました。その趣旨は略して「自利から他利」として、よくヨシダブログにリンクします▼今月28日で満85歳になるヨシダの記念すべき月に相応しく、かつ、過去・現在・未来に及ぶヨシダ人生を象徴するに相応しい人生哲学の一端とするものです。(00:10)
 本日「10月1日のできごと」は「(1)紀元前331年 - ガウガメラの戦いアレクサンダー大王ペルシア帝国を破る」の編集で、思わず主人公・アレグサンダース大王の絵物語編集に欲張りました。亡くなる8年前のできごとですが、死後の墓まで検索して添付しました。歴史上の人物を知る上に貴重なこの「できごと編集」です。(00:50)
 昨夕遅くに、本欄でブログしたアーストラリア人女性との相当時間の会話の中で、ヨシダの食生活内容に言及して得た大きな収穫がありました★近日中に彼女のウェブサイトを含めて本欄で紹介しますが、肝心の食事パターンに変革をもたらすきっかけになりました★彼女の助言を此処にブログして自他共の貴重な参考とします。先ずはヨシダの食生活の内容に対する彼女の助言。色々と試行を重ねた結果の相談に持ち込みました★彼女自身が「一日二食主義」で、事実上は「1.5食」みたい。つまり、二食目は僅かのビーンズ(豆)類のものだけで、その内容は後日メールで知らせてくれることになりました★ヨシダの年齢等を勘案しての彼女の助言は「ベーコン&卵」はノーグッド!と、幾分、顔をしかめた風情で忠告してくれました★ちなみに「ベーコン」を常食に取り入れたのは、ギネス認定のある長寿者(名前はど忘れ)が記者会見で言った言葉「ベーコンを常食にしている・・・」がそれ★そうだ、と感じたら即刻実行に移すヨシダ。でも、止める時も然り、です。ヨシダ性格のイイ点と自負します(笑)★早速に今朝の食事メニューにお手伝いさんのセニーさん(家長・アーネルの姉で通いで務めている人物。英語はほんの片言で多少の意思疎通に不便を感じますが、そこはヨシダの英語力&演技力!身振り手振り、プラスの表情で)なんとか処してきている関係★彼女がヨシダのデマンド&ニーズに応じて冷蔵庫から出したのが「豆腐」でした!「エッ!? そんあものを貯蔵して!?」と幾分か意外感を抱くヨシダ。考えてみれば、彼女はヨシダが注文することにだけ従う性質。カノジョ自身の助言や提案を英語で充分に表現できないから、当方からのデマンド待ちって調子(笑)★豆腐と言えば何年も口にしていません。単身自炊生活時代にはアルコール類の「酒の肴」として常食したものですが、断酒してからは全く疎遠になった「日本食豆腐」★可笑しなもので、ヒョットした動機や経緯で蘇る感じの食事メニュー選択肢の変化です★今朝のメニューに早速に彼女が用意してくれました。日本製のキッコーマン醤油&フィリピン製(版)醤油<Knorr:Liquid Seasoning>」で早速にトライ!なんと!、両方ともOK!って感じ。強いて言えば後者のほうが「幾分、まろやかな味」。アーネルが帰宅したら相談しますが、どうやら「一日一食主義プラス一品だけのシフト」でベストな選択肢となりそうです★そう言えば、偶然ですが昨日は一日一食主義に戻してみた初日の今朝。早速の実行でイイ結果を体感しています★くだんのオーストラリア女性とのメール交流が始まりますが、これから先が大きな楽しみです。彼女のウェブサイトも本欄で紹介します。「人との出逢い」って得難いもの。全ては神様のお導き!と真摯に受けとめる今朝のヨシダです。「感謝 かんしゃ カンシャ!」の心境です。(9:15)
     「Knorr:Liquid Seasoning」の画像検索結果関連画像「Knorr:Liquid Seasoning」の画像検索結果「Knorr:Liquid Seasoning」の画像検索結果 「Knorr:Liquid Seasoning」の画像検索結果
 「No.6558:大統領が自身をヒットラーに重ね、300万人の麻薬常用者を「喜んで殺害」と発言日刊まにら新聞2016.10.1.冨田すみれ子)」を編集しながらわれながら苦笑いします。記事より何倍ものボリュームのブログです。でも、この仕業は時間をあまりかけていません。想ったことを文章の良し悪しには無関係といった調子で書きなぐるのです。不思議と次々と発想が芽生えるのです。よく言及することのひとつに、著名な人の発言。「文章は書いて書いて書きまくれ。そうすれば文章が上手くなる・・・」と。ヨシダの目線は文章の上手下手でなく、自分なりの意思表現の有無にだけあります★と、昨夜にオーストラリア女性を向かえ店久々の本格的な英語会話。不思議なほど流暢に出てきたことに自分ながら??って感じでした。要は、喋りたいことを持っているかどうかだ、と痛感したものです。自身の考え、表現したいことを多くかつ確実に身につけていれば、表現の仕方(話し方&書き方)は後からついてくる、という事実です。話したい、書きたい・・・という情熱が下手なりにも助っ人になることを痛感した昨夜のできごとでした★ヨシダの場合は、膨大な量の執筆やブログをしてきている「実績」がそうさすのだな、と自負します。ヨシダって能天気人間でしょう(笑)。(13:30)
 「10月1日のできごと」編集で、「(54)1977年 - サッカーの神様・ペレが現役を引退」を編集しながら想い出すひとコマ。ひと昔も、ふた昔も前のこと。次男の部屋の壁一面いっぱいに掲げた「デッカイ、ペレさんの写真」を想起します。大学のサッカー部の時代。後年、サンフレッチェに入団。怪我を機会に引退した彼でした。当時のその親父ユウキ・ダディーはサッカーのサの字も関心を抱かなかった、というより「仕事虫」。トホホって感じです(笑)★「No.6559:TV討論で「トランプの二流ぶり」が露呈した!まるでプロレスのマイクパフォーマンス東洋経済ONLINE2016.10.1. ムーギー・キム :『最強の働き方』『一流の育て方』著者)」で、またまたヨシダの毒舌ぶり(タイトルに因んでプロレスのマイクパーフォーマンス(?)、それともトランプ並み(?)と、苦笑いしながら編集しました。ご勘弁のほど。(17:20)

No.6559
TV討論で「トランプの二流ぶり」が露呈した!まるでプロレスのマイクパフォーマンス
東洋経済ONLINE2016.10.1. ムーギー・キム :『最強の働き方』『一流の育て方』著者
ヨシダブログ: ここにきてトランプさんは散々の批判を浴びています。対するヨシダは最初の討論会のテレビを背後にして、時おりの感想を率直にブログしたものです。「 No.6552:速報!TV討論でヒラリーが圧勝できたワケ 戦いの勝負は最初の30秒でついていた東洋経済Online 2016.9.27. 岡本 純子 :コミュニケーション・ストラテジスト)」では記事の何倍ものブログをして「ボロンチョン」の皮肉論を展開したものでした(笑)▼正直言って、イイわるいは別にして、「トランプさんほどのスケール人物にしてはお粗末過ぎる!」というのがアンチトランプ者・ヨシダの率直な感想でした。でも、本記事は「グラスの水を飲む姿勢や仕草」を評して「狼狽」と指摘したのは今までの比評論にみられません。ヨシダオリジナルの分析でした(笑)▼それにしてもヨシダが痛切に感じること。それは、かりそめにも米大統領を目指す人物。良かれ悪しかれ、ミニマムの資質が期待されて当たり前。それは・・・「大統領候補者たる人物に求められる『外観的にも求められる品性・品位・風格・表情・態度・印象Etc.』」です。中身の云々の前の問題です。あれでは、国際舞台での言動振る舞いに恥じる想いを抱くのが米国民であるハズだが・・・がヨシダのさらなる皮肉です。もうひとつ皮肉れば、「言動」の「動」は「言」とバランスがとれていてこそ生きるモノ。逆に「動」が先んずれば、「言内容の足らず」を露呈し誤魔化す仕草と皮肉るのがヨシダです。賢者曰く、「眼は口ほどにモノを言い」ですよね。それは賢者に限らず凡人でも感じることですよね・・・。その眼で観れば「トランプさんは大根役者並み」(?)。それとも、あれだけの大物人物にしてはお粗末千万・・・???!!!!と。シツレイしました▼「中見出し」は、■聴衆を見誤ったドナルド・トランプ、■巧みなヒラリー候補の受け答え、■一流のディベートに大切なこととは?・・・と続きます。(写真8枚添付ファイル
       「トランプはプロレスパフォーマンス並み」の画像検索結果        「プロレスのマイクパフォーマンス」の画像検索結果       「プロレスのマイクパフォーマンス」の画像検索結果 
    関連画像「 ムーギー・キム 世界中のエリートの働き方を1冊にまとめてみた』(東洋経済新報」の画像検索結果「 ムーギー・キム『一流の育て方』」の画像検索結果「 ムーギー・キム(ムーギー キム) Moogwi Kim」の画像検索結果
No.6558
大統領が自身をヒットラーに重ね、300万人の麻薬常用者を「喜んで殺害」と発言

日刊まにら新聞2016.10.1.冨田すみれ子
 ヨシダブログ: フィリピンを愛し、フィリピン人家族と運命共同体生活に身を置くヨシダ。それだけに、この種の報道には胸が痛みます。でも、当たらず触らずのブログは卑怯な態度と自身に言い聞かせざるを得ません▼同居家族に加えて出入りする人たちで大統領の言動を顔をしかめて批判したりする人は「皆無」デス!▼ま、それはそれとしてのこと。強いてヨシダの意見を求められたら・・・と考えて平素から自身が納得できると思う「回答or感想」をブログします。胸に留めてモヤモヤするより衛生上好ましいと考えてのことでもあります▼何時ものことですが、ヨシダが自身のウェブサイト編集で一番力を入れてきているのが、2012年3月9日に開設したヨシダ独自のコラム「インタネット情報&ヨシダブログ」と、2014年4月21日開設の「きょうのできごと」編集です。双方の件数を合計すると、なんと、「6599(件)+約960件=7515件」という途方もない件数に及びます!編集者にとっては「並みの努力や実績」では断じて在り得ないと自負します▼いろんな見解が交差するこの種のマスメディアの報道に対して、都合のイイものは取り上げ、ワルイものは敬遠・・・では編集者のプライドが許しません。応分のヨシダブログを展開してきているヨシダと自負します▼さて、肝心のドゥテルテ大統領発言に対するヨシダ意見を披瀝します▼その原点は「きょうのできごと」編集で痛感してきていることに関わります。編集者ヨシダの率直なブログは、「洋の東西、古今を問わずの人類は殺し合い歴史」です。「歴史は繰り返す」に帰着せざるを得ない悲劇であり、皮肉な結果にほかありません▼「大量虐殺事件」は後を絶たない人類歴史です。悲惨な事件が発生した当時の人類は不感症みたいでそれを行使しました▼・・・と、続けばキリがありませんで、ここは一番、思考性(方法)をシフトして、逆にこんなこを自問自答してみることにトライする価値はありそうです▼まずは、麻薬常用常習者。ヨシダの脳裏に真っ先に感じることは、フィリピン人の貧困の実態です。日本人の想像を超えるものが否定できません。肝心なことはそうした底辺の人たちが自他共に待ち受けるのが「麻薬による現実逃避」です。しかも、その「ニーズ&デマンド」が現存するところに発生するのが麻薬売買メカニズム▼それへの国家対策が後手に回ってきたフィリピンの現実は誰も否定できません▼とすると、それを絶つ強力な手段や政策が台頭したら、当該者は内心ホッとするかもしれません。門外漢の立場で云々とは全く異質のものです。前ブロした通り、接触するフィリピン人で誰ひとり大統領の打ち出す政策に顔をしかめる人はいないのが現実です。無関心(?)とさえうつります▼・・・と翻って、第二次世界大戦時代の母国ニッポン(人)の成したこと。ヒバクシャの立場言えば・・・クドイですが、東京大空襲で手をあげていたら沖縄線は無かっただろう、沖縄線で・・・ヒロシマ原爆は・・・ヒロシマ原爆で・・・ナガサキは無かっただろう・・・それでも・・・だったら第三の原爆等は・・・がヨシダ・セオリーです。・・・と、もうこれ以上のブログは嫌になりますので止しときます▼「きょうのできごと」編集で痛感する悲劇のひとつは、ナチのユダヤ人大量虐殺です。全く罪のない人たちが対象でした▼麻薬者の存在は麻薬で現実から逃避する貧困が背景。刹那的でもそれから逃避する手段であり、ニーズ(需要)あるところにサプライ(供給)が、というの経済原則にほかありません▼その事実を前に、門外漢的な立場からイイのワルイの云々は・・・・???といった複雑な心境です。この辺りの事実を肌で感じるフィリピンの人たちだけに、外国人がイイのワルイのの云々には些か・・・と肩をシュリンクさせるものを感じるのがヨシダの赤裸々な心境です▼キリがないので、このあたりで止めときます。失言ならぬ失ブロは平にご容赦のほど・・・▼末尾に本記事に直接関連するドゥテルテ大統領の弁「自身をフィリピンのヒットラー」と表現。「ヒットラーはユダヤ人を大量虐殺した。(比には)300万人の麻薬常用者がおり、喜んで殺害する」とした際どい言葉に対してヨシダが抱く気持ちをひとつだけ・・・▼「ヒトラーは全く無実のユダヤ人を・・・>とすればヨカッタものを・・・。「罰する立場は貧困で路頭に迷う人たちが麻薬に逃れることを阻止し、正常な復帰を促すためにそれを助長する麻薬取引関係者を罰するために」・・・といった表現にすれば、自他共の評価や批判はどうなるだろうかな・・・?と皮肉らざるを得ない心境です。「舌足らずのブログは平にご勘弁を・・・。(写真10枚添付ファイル
       「ドゥテルテ大統領のヒトラー発言」の画像検索結果     関連画像
           「ヒトラーのユダヤ人虐殺」の画像検索結果  「ヒトラー自殺」の画像検索結果「ヒトラー自殺」の画像検索結果
         「アイヒマン」の画像検索結果「ヒトラーのユダヤ人虐殺」の画像検索結果「アイヒマン」の画像検索結果 「アイヒマン」の画像検索結果 「カール・アドルフ・アイヒマン処刑」の画像検索結果
 昨日30日の記事2編を下記に掲載していましたが、本日1日の第一記事掲載(12:00)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を 抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。

          自然に到達した「自利から他利」の実践とその心
   近年のこと、ときおりヨシダが自身の人生の生き方を巡って使う言葉に「自利から他利へ」といった趣旨の考え方とその実践があります。
  この文句(思想)は別段、学んで得たものでなく、わが人生を振り返りつつ、現在のそれらとわが心境等々をオーバーラップしてヨシダの心の中に自然に発生したと言ったほうが 適切なものであることを告白します。教えられて・・・といった類の人生哲学ではないことを強調します。もっとも、それを裏返せば、由緒あるこの言葉の由来 を知らなかった、というヨシダの無学ぶりを曝け出すことになるのですが、祐起がユウキ(勇気)を出して告白の念をこめて記します。
 念のためにグーグルで当該言葉を検索してヒットした言葉を紹介します。その主は、下記の人物からも見られることを後年気付きました。「TKC全国会」と言えば、名称が示すように中小企業の「ビジネスドクター」の税理士集団です。ヨシダが人生第二・第三毛作の通算、48年間に世話になった税理士先生との関係で縁深くしたものです。下記の事実は、当時のその組織から得たもので、いみじくもヨシダの理念に合致するものとして提供します:
             「TKC全国会の基本理念 「自利トハ他利ヲイフ   

                       「飯塚毅」の画像検索結果
 
大乗仏教の教諭には「自利利他」の語が実に頻繁に登場する。解釈にも諸説がある。その中で、私は「自利とは他利をいう」と解するのが最も正しいと信ずる。

 仏教哲学の精髄は「相即の論理」である。般若心経は「色即是空」と説くが、それは「色」を滅して「空」に至るのではなく、「色そのままに空」であるという真理を表現している・・・・(飯塚毅)」と続きます。詳細は上掲のリンクからご覧ください。
  なお、「株式会社TKC」という、宇都宮市に本社を置く会計事務所、税理士事務所や地方公共団体などの情報サービス を行なう企業でして、その創業者・飯塚毅博士に由来します。 
  さて、此処でヨシダが強調したいことは、ヨシダのベンキョウ不足が招来した「言葉(教え)を踏まえた他利の生き方」ではなく、「言葉の前のヨシダ自身の人生体験とその実践を踏まえた結果の到達点」とでも言える「自利から他利」といった生き方に、あらためて意義と価値を知ることを喜んでいます。蛇足の弁を補 足します。
 クリスチャンのヨシダが早くから接した同じような聖書の言葉に「Give and you shall be given.(与えよ、さらば与えられむ)」がありますが、日英語の微妙なニュアンスの差異を感じないでもありません。

  再度強調したいことは、ヨシダのベンキョウ不足が招来した「言葉(教え)を踏まえた他利の生き方」ではなく、「言葉の前のヨシダ自身の人生体験とその実践 を踏まえた結果の到達点」とでも言える「自利から他利」といった生き方に、あらためて意義と価値を知ることを喜んでいます。  以下に、この言葉を巡るがごと く のヨシダの生き様の一端を披瀝します。
★ポリオが招来した人生観
  笑い話的になりますが、ヨシダは赤子の時にポリオに罹り、両足の自由を失いました。健常者からみれば、その時点で他利どころか、自利の自由を奪われたよう なもの。不思議なことに、物心がついてからでも、恨んだり悔やんだりの他人のせいにしなかったこと。不自由な身体で他利ではなく、自利でもなく、如何にし て歩く(目的場所まで)かといったことが課題でした。
 幼年・少年時代のヨシダがわが身の障害に対して自覚しかつ、大きな示唆を得た出来ごとがあ ります。家庭の都合(一家の柱・親父を失った後の長男としての自覚)で夜間高校に通いながら働いていた時代のこと。戦後初めてという広島県下高校弁論大会 で優勝したのが縁。タイトルは「How I've fought my way out.(如何にしてわが逆境を克服したか)」でした。
   英語の殿堂・ミッション・スクールの女学生を向こうに回して優勝したのが縁で、親しくした米人女性宣教師(ミス・アンダーソン)(故人)がユウキにくれた言葉が現在にして活きています。「ユウキ、ポリオは神さまから授かったもの。それを克服して生きることで神さま の栄光を世に現わすことになるのですよ・・・」でした。

 つまり、「ポリオは神さまの贈り物。感謝して受けとめ、その力を発揮することで神の偉大さを世に示す」というシナリオです。その意味では、両親に心配をかけた親不孝者。自身に向けては障害克服という名の「自利」であり、かつまた、それを「他利」に資するというシナリオです。
★人生第一毛作が招来した「他利」への生き方の芽生え
  父亡き後のヨシダ家長男を意識して「自立」への位置を早くにしたヨシダは、当時の義兄(長姉の婿)の進言をうけて大学進学を断念して「職人自営業」に入りました。
 早くにして広い視野を抱き、得意の英語を駆 使して先進国アメリカの技術をマスターし、自身が発明開発した器具商品等の販売指導を含めて全国規模で活動しました。大阪の商社と手を組んでのことでした が、むろん、当時の青年ヨシダは大の男顔負けの稼ぎをしたものですが、それ以上に「他利」を果たしました。具体的には数えきれないほどの「弟子」を抱えて 指導したことす。ちなみに、くだんの義兄は終戦直後のお金で8千円を授業料としてお師匠さんに支払ってくれました。
 最大の「他利」は人生第ニ毛作への転換を機に、当時雇用していた若い弟子に、工具設備一式と商権全てを無償で譲渡しま した。ここでも「他利」を実践したと自負します。もっとも、その裏では、当時の大の男が顔負けの稼ぎをしたことは(も)事実ですが、他利のほうがはるかに 大だったと自負します。
★人生第二毛作の終盤で「他利人生」
  長じて結婚した相手との出来事が第二の「他利」 になったとは、半世紀以上も経った現在のヨシダの解釈。他愛もないことですが、先ずは耳(目)をお貸しください。プライバシーをあえて披瀝するのは結果論に過 ぎませんが、ヨシダの「自利より他利」の心を裏付ける結果になったからです。恥を忍んでの告白めいた証言です(笑)。
 当時の家内の養父母創業の小さな運送事業を創業者死去で「身売り」寸前のところ、白羽の矢がヨシダに当たったのです。当時のヨシダは米国から導入した新技術や自身が発明開発した技術や器具の販売指導等で、二十歳時代から全国を講演・実演旅行で飛び回っていた時代。
  特に強調したいのは当時の広島県会議員さん(議長職のご人物だったと記憶します)がそれを高く評価してヨシダの耳に入れてくださった言葉が現在にして鮮明 です。「吉田君、公費で米国実習留学しないか?」と。今から考えると「飛びつきたいほどの誘い」でしたが、平然と聞き流したのです。現在(当時)の目先の ミッションに一層の魅力と生き甲斐を感じていたからです。
 笑い話ですが、万一、それを受けて渡米していたら、現地のアメリカ人女性と結婚してアメリカに本 拠を持つ身になっていただろう・・・と。これって、ホントに起こり得たであろうことへのヨシダの回顧です。
 ということからの自負もあったりで、請われて家内の養父母創業の個人事業を継承したものです。その後、32年間に及んだ同事業経営でしたが、曲がりなりにも「7社グループによる総合物流商社体制」を確立したものです。
 ・・・と、ここまではイイとして、養母の死がある事件を誘発しました。世にある「お家騒動」でして、財産相続を巡る家内側の問題。上場企業に勤めていた 彼女の弟を引き抜いて子会社の社長に据えていたまではヨカッタとして・・・と、後はご想像に任せたほうがイイでしょう。
  と、世にも不思議な要請が家内から出てきたのです。「養父母死去で家名が絶えた。草葉の陰で両養父母が嘆いているので旧姓に戻して(離婚して。でも今まで通り の一 緒の生活で・・・)という常識を逸した要求!ハイ、自尊心の低くないヨシダは振り切って家を飛び出しました。ちなみに、その家は税務署の進言で「社宅」(義母名義)に していたのです。全てをGIVEして「他利」に徹したものでした。
 お家騒動の発端は特筆に価します。会社規模を大きくなるにつれて台頭してき たのが、従業員側のある種の思想。「会社も大きくなったのだから、労働組合があってもイイだろう・・・」といった概念。2回労組つぶしを体験して3回目の 労組結成を前にしたヨシダの胸中に飛来したことは、「ヨシ、中小企業では稀にみるような『近代的労使関係』を樹立してやろう」といった意地でした。
 最初の行動は、「7社グループ企業の決算書期分(計21通)をドカ~ンと労組にさらけ出したのです。結果は労組側からの「自主的賃下げ提案」でした。
 前後しますが、実はこのことが旧創業者家族(家内とその弟、なかんずく後者)の陰謀を招来したのです)。その陰謀を語る前に避けて通れないある事実がありますので、以下に記します。
  第一次オイルショック直後のこと、当時、ヨシダ個人名義で取得した住宅地購入がありましたが、「土地ブームは去った」の考えのもと、まだ、数回の銀行借り入れ 返済金を横目に一気に売却したのです。「土地ブームは去った!」がヨシダの洞察でした。じじつ、後年、その通りになりました。
 土地ブームに陰りが出る直前だっただけに、売却益は相当ありました。具体的なその資金の使い方は特記に値します。「1.会社資本金(当時5百万円)を倍額増資、2.自家用給油所建設、3.創業者墓の建設、4.余った金をある別荘地購入」の4つをやり遂げたのです。
  諸悪(?)の根源は、「倍額増資」を第三者割り当て(ヨシダ個人名義)ですべきところ、「気前よく」、従来の持ち株比率で増資したのでした。相当額のお金を他の親族株主に無 償提供したのです。肝心のヨシダの持ち株比率は ヨシダ自身の配慮で「49.9%」(支配株主権未満)でした。家内(当時)のそれと合わせれば、90%以上が株主構成比率。まさか・・・がポイント。
 その背後に暗躍したのが 家内の実弟。かれが唆したのです。蛇足ですが、後年、その姉弟は仲たがいして放逐され、現在はヨシダの実子たちで継承されて現在に至ります。
 肝心の「離婚劇」の実態ですが、世にも不思議な離婚理由(前述)を跳ね除けて「家出」をしたのがケッサクでした。後述する「拾い手」があったものの、まさか 亭主のヨシダが家を出て行くとは想像しなかたのが前妻さん。「帰ってきて!」と何度も自動車電話にかけてきましたが、無視しました。ヨシダ生涯の恥の人生体験です。
 と、 小説の題材にもなり得るドキュメンタリー・ストーリーであり、その結果ですが、「これでヨシ!」がヨシダのホンネでした。ハイ、退職金は弁護士を立てての 交渉になりました。相手側の弁護士さんが当方の弁護士に言ったそうです。「こんな経営者はみたことない!」と(笑)。蛇足ですが、その姉弟は喧嘩別れで弟 は行方知れず。ヨシダが予言したとおりに、「姉弟の喧嘩別れ」になりました
 ・・・と、余計なことを記述しましたが、少なくないグループ企業資産を与えました。ヨシダが
現在にして到達した「他利の原点」です。
★人生第三毛作終盤で実践した「他利」
  第二の興味ある出来事は、その時に運よく(?)ヨシダを「拾って」くれた女性がありました。二児の未亡人。子たち共々、快く「一緒に生活してもイイよ!」 と言ってくれたのです (笑)。16年間に及んだ「同棲生活」と言ったら何だか気恥ずかしいですが、その間、コンサルタント会社設立に要した1千万円の資本金を除いては、退職 金+年金等の全てを自由にさせました。
 と、ある心境の変化(と、これまで言及すると本編が超長文になるので止しますが)を得てのフィリ ピンを引退後の「終の棲家」と定めて現在に至るもの。「同棲」で住んだ住ませてもらった家を指してヨシダは意地悪く(?)家主の彼女に言いました。「・・・この家の4,5軒相当額は お前さんにやったよな・・・」と(笑)。一旦は「一緒にフィリピンに行かないか?」という言葉だけは伝えましたが首を振ったのは当然。
 話は前後しますが、英語を活用したいというのが引退後の海外生活。当初はマレイシアが頭にありました。ほかでもありません、大手商社のクアランプール支店長 だった甥が言うに、「伯父さん、海外移住だったらマレイシアにいらっしゃいよ。ボクがすべてお膳立てしますよ・・」と。
 ところが、そこのふとした縁で知り合ったフィリピン女性。日本で働きたい一心での名目上(?)の日本人男性との結婚歴の女性との奇しき出会いと、フィリピンへの足がかり役。感謝の念もあって、応分のGIVE(他利)をやってのけたものでした。
★人生第四毛作序盤で実践中の「他利」
  さて、と、今から考えると、そこまでの母国におけるわが人生78余年は概ね「GIVE」の人生。「他利」に通じます。でも、この考え方は当時のヨシダには 皆無でした。幾分かの「被害者意識」も皆無だったと言ったら、聖人君子?でも、不思議なことに被害者意識は持ちませんでした。現在にして想うことは、裏返せば その分、「他利」の生き方を実践していた、させられてきた、という解釈であり自負です。
 さて、フィリピン生活に転じてからのこと。恥を偲んでの 話ですが、単身生活を送っているヨシダの生活状況をみて心配して助言してくれたのが他でありません、地元バランガイ事務所職員のアーネルという人物。と、 その前にはこんなこと もありました。娘さんみたいな若いフィリピン女性と結婚している同胞(日本人男性)がヨシダに言いました。「ヨシダさん、もし、孤独死でもしたらどうす る!? 死臭が漂って近所の人が初めて気付いて・・・」と。
 障害者のお爺さんが一人住まい、ともなれば、他人事でなく心配してもらったことはありがたいことでは あったのですが・・・。
 意に介さなかったヨシダでしたが、くだんの人物が紹介してくれて、乗り気ではなかったものの、まるで「押しかけ女房」って感じで居候状態。困惑する中で、心に決めたのは運を天に任せての同棲生活。
  ある日、一緒にクルマで銀行に行く途中のこと、被害事故に遭遇し、その処理等で彼女が表に出て、手際よくフィリピン人加害のドライバーや警官を相手に処理 してくれたのはヨカッタとして、それが発端となった金銭的な処理が彼女の心に魔を生じせしめたのです。
  泣きながら低賃金で子ども二人を養っているので・・・と謝るドライバーを放免したのはイイとして、金銭処理を彼女に任せたことから・・・が災いのもと。ク ルマがなくなって、ヨシダ自身の動きができなくなったことが彼女の采配の自由を招来。と、善意に解釈するのもヨシダ流ではあったのです。 端折っての話、 彼女の故郷の大きな持ち家に引越し。それからが、問題でしたが、飛ばしての話です・・・。
 同女を紹介したアーネルが責任を感じてのこと。親戚同士の縁を切って、ヨシダを「救出」してくれたのです。ヨシダはパソコン1台だけを持ってアーネルと姉の助っ人で「脱出」したのです。ヨシダの持ち物の全てをそのままにして(捨てて)、でした。
 他愛もない、かつまた、「ヨシダさんはドジ踏んだ」という声を覚悟の告白ですが、現在にして思うことは、此処でもヨシダは結果論ですが、「他利」に生きた、自利どころか、自損を承知の上で、ということです(笑)。
 ・・・ と、その助っ人・アーネルがヨシダを連れ戻して、此処で我慢して・・・というのが、到底、辛抱できない環境。翌日からアクションを起こしたのは、中流でイ イから一戸建ての借家手配。無一文だった当時のヨシダにとっては、次の年金需給日が頼り。受給した年金等の全ては奪われたとしても、これから受け取る年給 は手付かずかつ、確実な収入ってところで、心配はなかったのですが、後始末に要した支出は少なくなく、中流の名の知れたビレジ(住宅団地)での生活には 「資金繰り」が大変。それらをすべて取り仕切って処理してくれたのがアーネルでした。もろん、それを可能にしたのは「ヨシダの確実年金収入」という財源の 担保でして、それを前面に出したアーネルの金策でした。
 ヨシダの決断は素早かったです。アーネル家族との共同生活への決断でした。なにせ、かれ は地方行政事務所(バランガイ)勤務だけに収入は多くありません。ヨシダのオファーを断る理由は皆無。そこで始まったのが、自称:「相互扶助精神に基づく 運命共同体生活」でした。かれらを「貧困から脱出さす」という条件と裏腹に、「ヨシダの終生介護」という相互扶助・相互信頼協約です。具体的には、ヨシダ 受給の年金全てをアーネルに託して・・・という図式。他人が聞いたらビックリ仰天間違いありません。ちょっとやそっとで真似できるシロモノではありませ ん。この辺りのドキュメントは(も)「自利より他利」に通じます。
 ちなみに、くだんの家長・アーネルは現在、サンタローサ市長の特別秘書にスカウトされて現在に至ります。アーネル曰く、「日頃のダディーのさりげない経営者哲学談義」から得た教訓のためです、と。
★「他利人生」の総括
 ・・・と、自身の「秘話的」なことを臆せず記述するのは「自分史」執筆の身であることもありますが、大事なことは「他利」に生きながら、実は「自利」(終生面倒見を受ける)という事実をわが人生なかんずく、失敗体験を通しても言えることに気付いたのです。
  かくしてヨシダが最近になってしみじみ感じることがヨシダ人生のあり方に他ありません。つまり、自利を追うのでなく、他利を優先すれば自然と自利となって 戻ってくるというシナリオです。「まずは、冒頭に提示した他利の格言あり」ではなく、自らの人生選択肢から得た教訓であり得るのです。
 現在のヨシダは今まで以上に「達観」した心境で、アーネル家族の幸せを最優先して悔いることは全くありません。今まで以上の感謝の心を強めてアーネル家族らとの共同生活に甘んじているのが実情です。
  数年間に及んだ危機からの脱出生活と、それを取り仕切ってくれたアーネルに対しては最大限の幸せ追求を第一義としています。数年間に及んだ生活建て直しの 実現を得て、ようやく手にしたのが自家用車。存分に活用して幸せを獲得してくれ、と。それを受けたかのように振舞うのがアーネル。クリスマスともなれば、 貧しい子達へのプレゼント等、分に応じた奉仕活動をかれ自身が果たしています。遠くない将来、すでに購入している高級団地(市名を冠した「サンタ・ローサ・ハイツ」)に土地建物ともアーネル名義の待望の持家を建設します。
 不思議なものでして、「自利より他利」に生きることの幸せ感は 何ものにも勝ります。食するもの、生活する環境等々すべてが「感謝、かんしゃ、カンシャ!」となるのです。人間って、リッチな人でも多少の不満はあるもの。欲 にはキリがありません。ところが、どんなことが生じても、あっても、不思議と不満にならないのです!その分、パートナーたちが喜んでくれる、というシナリ オです。
 ・・・と、長文に至った人生経歴を得た現在のヨシダの胸に去来することに、心の中に絶えず感謝の念が起き上がることです。ひとつひとつの行動の中で 起こるのが感謝の心にほかありません。一日にその感謝の心を捧げるのは何百回、何千回にもなるでしょう。「感謝、かんしゃ、カンシャ!」とする所以です。
 異例とも言えるようなこの個人的なウェブサイトのトップ面に証言する編集者のヨシダの心境を臆せず記述しました。

      「飯塚毅」の画像検索結果
「自利他利」の画像検索結果
    「自利他利」の画像検索結果
★なお、末尾にあしらた米漫画「スヌーピー君」のひとコマ。ワンちゃんを相手に言っている言葉にヨシダは深~い味わいを感じます。それは「自利から他利」のヨシダ人生観に通じるものがあるからです。曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言ったらどう思うかい?)★これって奇しくも、ヨシダが早くにして到達したホンネそのものって感じです!!!(笑)    
   「余生」の画像検索結果 「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果
  超縦長のウェ ブサイトをご訪問くださってありがとうございました。「乱文乱筆ならぬミスプリはご容赦のほど」がヨシダのブログ用語です★ところで、「縦長」のこのトッ プサイトですが、通常みられるものは、左右に多くのコラムや案内をレイアウトしているのが普通です。そうした複雑なサイトに編集する技術を持たないことか らの結果でして、結果的にこんな形になったものです★でも、一つだけ自負できるものがあります。それは、左右に多くのものを掲載すると、観る側からすれ ば、見落としする場合が少なくないと思います。その点ではヨシダサイトは「わき目をせずに、上から下へのスクローリングで事足りるという利点(?)を自負 します★加えてのことですが、記事中に可能な限りのリンクを貼って、お気に召すままご利用いただくことで、最大限の情報ご提供を心掛けている次第です★ま たのご訪問をよろしくお願い します。ご機嫌よろしゅう!   (597.71KB)  

                                             2016年10月1日(土)   
                 “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                        
吉田祐起
                      
(満84歳11ヶ月)
                (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローサ市在住)
                E-mail:yoshida@a-bombsurvivor.com
                    yoshidayuuki@rocketmail.com
        URL(日本語版):http://www.abombsurvivor.com/index_japanese.html
                        URL(英語版):http://www.abombsurvivor.com