吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

 「yuuki yoshida」の画像検索結果   「yuuki yoshida」の画像検索結果 http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg
      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳6か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

  原爆証言者・吉田祐起の被爆現場証拠写真です。
 「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル別館」の画像検索結果
  2016年2月14日(日)午前3時頃のこと。ふと目覚めて色んなことに想いを巡らすなかで思いついたこと。それは被爆で九死に一生を得たという表現を 辞さない私の生々しい体験の場をこのサイトに再現することでした。ガバッと起きてデスクに向かいグーグルで関連写真を検索しました!ゲットしたのが上掲の 写真です。
 当時の私は学徒動員で広島電鉄本社電気課勤務でした。足が不自由なことからの事務所勤務。他の級友たちは電車・バスの修理工場配属 で した。左端の写真看板は現在の本社別館(右2枚の3階ビル)の前に設置されている半倒壊したビル画面と日英語説明文看板。2番目の白黒写真はその生々しい 倒壊した建物コーナーの写真です!
 朝礼を終えてビッコを引きながら薄暗い廊下伝いに電気課事務所に向かっていた瞬間の「ヒカ!ドン!」でし た。 あっという間に下敷きになりました。数秒の差で倒壊を免れた同課オフィスに辿り着いていたと、今更の如く想起し、感無量です。真っ暗なビルの下敷きで手を 合わせて死を覚悟しました。ふと、頭上にほのかな明かりが眼に入り、無我夢中で瓦礫をよじ登りました。子供心に想起することに倒壊した建物のてっ辺に這い 出た時の印象は「下界を見下ろす」って位置。顔面に吹き出る血をみて、「母ちゃ~ん!血が出ているよう~!」と泣きました。倒壊したあの建物の下敷きのわ が姿を生々しく再現再確認する次第です。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                                           English               
            2016年5月9日(月)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
 
  注: お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★&▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。    

              オバマ米大統領の被爆市訪問がどうやら実現しそうです!
★「No.6261オバマ氏 広島訪問へ 現職米大統領で初、5月27日で調整日本経済新聞2016.4.22.)」がそれです!2009年11月からこのことを強調してきたヨシダですが、どうやらヨシダが予言した通りになりそうです。拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)に遡る事実がその裏づけです!
★オバマ大統領広島訪問関連情報第2弾!「オバマ氏、広島訪問へ 慎重論退け原点回帰」(編集中)です。地元広島市の中国新聞さんよりはるかに先を往っていま~す!(4月23日10:00)
★ハイ!編集し終えました。「No.6262オバマ氏、広島訪問へ 慎重論退け原点回帰日本経済新聞2016.4.23.【ワシントン=吉野直也】)」がそれです。とくとご覧あそばせ、です。(12:45)
     
             ウィキペディアから拾った5月9日の「できごと」 
                               May 9 Events(英語版) 
                                   「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。でも、つい、欲張って・・・★なおまた、「ウィキペディアのできごと」は英語版が本流でして、日本語版は その翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・。

 2                 「江戸幕府「公事方御定書」」の画像検索結果「江戸幕府「公事方御定書」」の画像検索結果       「江戸幕府「公事方御定書」」の画像検索結果3「1846, Battle of Resaca de la Palma」の画像検索結果「1846, Battle of Resaca de la Palma」の画像検索結果 「1846, Battle of Resaca de la Palma」の画像検索結果       「1846, Battle of Resaca de la Palma」の画像検索結果関連画像
 4  「上野公園正門」の画像検索結果   「1876年 - 上野公園の開園式」の画像検索結果    「1876年 - 上野公園の開園式」の画像検索結果       関連画像「1876年 - 上野公園の開園式」の画像検索結果「1876年 - 上野公園正門」の画像検索結果「1876年 - 上野公園正門」の画像検索結果
 10「1926年 - リチャード・バードが航空機により初めて北極点上空に到達」の画像検索結果    「1926 richard bird fly north atlantic」の画像検索結果「1926 richard bird fly north atlantic」の画像検索結果「1926 richard bird fly north atlantic」の画像検索結果12         「1932年 - 坂田山心中事件」の画像検索結果「1932年 - 坂田山心中事件」の画像検索結果「1932年 - 坂田山心中事件」の画像検索結果 「1932年 - 坂田山心中事件」の画像検索結果     関連画像「1932年 - 坂田山心中事件」の画像検索結果
    14  「Prague Strategic Offensive」の画像検索結果「Prague Strategic Offensive」の画像検索結果「Prague Strategic Offensive」の画像検索結果  「Prague Strategic Offensive」の画像検索結果    「Prague Strategic Offensive」の画像検索結果    「Prague Strategic Offensive」の画像検索結果     関連画像「Prague Strategic Offensive」の画像検索結果
 16 「1948年 - 日比谷公会堂で「母の日大会」開催」の画像検索結果 「1948年 - 日比谷公会堂で「母の日大会」開催」の画像検索結果 「「母の日大会」」の画像検索結果関連画像「「母の日大会」」の画像検索結果   「「母の日」の画像検索結果   17 「モナコ大公ルイ2世が死去」の画像検索結果 「レーニエ3世」の画像検索結果  「モナコ大公ルイ2世が死去」の画像検索結果  「レーニエ3世」の画像検索結果「レーニエ3世」の画像検索結果
     19「ダイアネティックス」の画像検索結果  「1950年『ダイアネティックス』」の画像検索結果  「1950年『ダイアネティックス』」の画像検索結果「1950年 - L・ロン・ハバードの『ダイアネティックス』が刊行」の画像検索結果 「1950年 - L・ロン・ハバードの『ダイアネティックス』が刊行」の画像検索結果「ダイアネティックス」の画像検索結果 「ダイアネティックス」の画像検索結果 「ダイアネティックス」の画像検索結果
20「1954年 - メイストーム」の画像検索結果「1954年 - メイストーム」の画像検索結果「1954年 - メイストーム」の画像検索結果「1954年 - メイストーム」の画像検索結果22「今西壽雄」の画像検索結果「今西壽雄隊員」の画像検索結果「今西壽雄ら日本登山隊がヒマラヤ山脈のマナスルに世界初登頂」の画像検索結果「今西壽雄ら日本登山隊がヒマラヤ山脈のマナスルに世界初登頂」の画像検索結果「今西壽雄ら日本登山隊がヒマラヤ山脈のマナスルに世界初登頂」の画像検索結果「今西壽雄ら日本登山隊がヒマラヤ山脈のマナスルに世界初登頂」の画像検索結果    「今西壽雄隊員」の画像検索結果関連画像関連画像「今西壽雄隊員」の画像検索結果 「今西壽雄隊員」の画像検索結果              関連画像「1956 天皇陛下」の画像検索結果「今西壽雄ら日本登山隊がヒマラヤ山脈のマナスルに世界初登頂」の画像検索結果
            (編集許容量不足のために、下段2列の写真は暫定削除しています。)
(1)1450年 - ティムール朝君主アブドゥッラティーフが暗殺される。
(2)1742年寛保2年4月6日) - 江戸幕府の成文法「公事方御定書」が完成。
(3)1846年 - 米墨戦争: レサカ・デ・ラ・パルマの戦い
(4)1876年 - 上野公園の開園式。日本初の公園に指定。
(5)1877年 - ルーマニアオスマン帝国からの独立を宣言。
(6)1883年 - 日本の県として富山県佐賀県宮崎県が再置される。
(7)1901年 - オーストラリアメルボルンで初の国会(オーストラリア連邦議会)が開かれる。
(8)1911年 - が幹線鉄道国有化令を発布する。
(9)1915年 - 中華民国袁世凱政権が日本の対華21カ条要求を受諾する。
(10)1926年 - リチャード・バードが航空機により初めて北極点上空に到達。
(11)1926年 - 東京銀座松屋デパート日本初の飛び降り自殺
(12)1932年 - 坂田山心中事件が発覚。
(13)1936年 - 第二次エチオピア戦争: イタリアが東アフリカの3つの植民地をあわせてイタリア領東アフリカを樹立し、その皇帝にイタリア国王ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世が就任。
(14)1945年 - 第二次世界大戦プラハの戦い: 赤軍がプラハを占領。
(15)1946年 - ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世の退位によりウンベルト2世イタリア王に即位。
(16)1948年 - 日比谷公会堂で「母の日大会」開催。以降、日本でも5月第2日曜日が母の日となる。
(17)1949年 - モナコ大公ルイ2世が死去。孫のレーニエ3世が即位。
(18)1950年 - フランス外相ロベール・シューマンが、フランスと西ドイツの石炭・鉄鋼産業の共同管理を提唱。(シューマン宣言
(19)1950年 - L・ロン・ハバードの『ダイアネティックス』が刊行。
(20)1954年 - 翌10日にかけてメイストームが発生し、犠牲者361名。
(21)1955年 - 西ドイツ北大西洋条約機構(NATO)に加盟。
(22)1956年 - 今西壽雄ら日本登山隊がヒマラヤ山脈マナスルに世界初登頂。
(23)1964年 - 全米ヒットチャートでルイ・アームストロングの「ハロー・ドーリー!」が1位になり、2月1日から続いていたビートルズの連続1位の記録を14週でストップさせる。
(24)1965年 - ソ連の月探査機「ルナ5号」が打ち上げ。
(25)1974年 - 伊豆半島沖地震
(26)1983年 - ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世が、ガリレオ・ガリレイに対する宗教裁判の誤りを認める。
(27)1988年 - キャンベラオーストラリア国会議事堂英語版が竣工。
(28)1988年 - 事実婚夫婦、住民票続柄記載差別訴訟を起こす。
(29)1994年 - ネルソン・マンデラ南アフリカ共和国大統領に当選。
(30)1994年 - オウム真理教による滝本弁護士サリン襲撃事件が起こる。
(31)1996年 - 日生球場での最後のプロ野球公式戦の試合終了後、試合に負けたダイエー選手のバスにファンが生卵を投げつける。(通称「生卵事件」)
(32)2003年 - 宇宙科学研究所が工学実験探査機「はやぶさ」 (MUSES-C) を打ち上げ。
(33)2004年 - ロシア・チェチェン共和国の大統領アフマド・カディロフがチェチェン独立派により暗殺される。
(34)2006年 - 東南アジア諸国連合 (ASEAN) がマレーシアクアラルンプールで初の国防相会議を開催。
(35)2006年 - エストニア欧州憲法を批准。
(36)2009年 - 2009年新型インフルエンザの世界的流行: カナダから帰国した大阪府の高校生2人と教諭1人が国内初の新型インフルエンザに感染していたことが明らかになる。
(37)2009年 - 森光子主演の舞台、放浪記が公演2,000回を達成。

                          インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 

ただ今、6296編目です!

2016年5月9日(月)掲載分
昨日5月8日最終のトップページ
日別最終トップページ一覧表

編集者のダイアリー・コナー

 本日「5月9日のできごと」 でヨシダが特に興味を抱くのは「(22)1956年 - 今西壽雄ら日本登山隊がヒマラヤ山脈マナスルに 世界初登頂」で、隊長だった今西壽雄さんはその経営者像に強い関心を抱きます。選択した添付写真のひとつは同氏経営の会社(株式会社今西組)の社是「和協  誠実 奉仕」です。経営者の端くれとして60余年間生きてきたそれはヨシダの最大の人物評価基準でもあります★ちなみに、「7社による総合物流商社体 制」を構築した折にヨシダが掲げたスローガンは、「○○グループの心 企業理念 存在意識:安全で豊かで快適な国土づくりに貢献します 経営姿勢:トラッ ク運送事業を祖であり本業と位置づけ、その社会的責任を自覚し、安全第一主義に徹した顧客・会社・従業員三位一体の繁栄を期します 行動方針:私共、グ ループ労使は次ぎの「行動方針」にのっとり行動します 1.個人中心から組織中心の考えに徹します 2.物心ともに豊かな生活を創意と行動で築きあげます  3.個性尊重と総親和総努力でチームワークを高めます・・・がそれでした★当時のヨシダは「田辺経営イズム信奉者」。その影響を反映して練りに練って作 成したヨシダ自慢(?)のシロモノです。ハイ、創業者マインドの強い前妻と袂を分かって久しい同社グループですが、規模は縮小しているものの、「ヨシダイ ズム」は多少、活きている感じ。20数年経過した現在ではそのスピリットは「風前の灯」であっても不思議ではないだろうな・・・とは余計なヨシダのブログ です(笑)★今朝から一心不乱に「5月10日のできごと」 編集に精出しています。最近の編集長・ヨシダは当該添付写真の選択プロセスで大いに歴史を学ぶ心 境です。ホントにイイ、格好のボケ防止だ・・・と痛感しています。「・・・永遠に学ぶと思って生きよ」を地で往っている感じです。「学んでいる」という意 識が編集者に大きな満足感を与えています★連休明けですが、ヨシダマインドは月月火水木金金的なもの★一昨日、現在に至るもクライアントと称する会社社長 からメールを受け取りました。曰く、「ヨシダ先生の月例メッセージの趣旨を懐刀にして安全会議に臨みます。私の心境は、右手に握った刀にペッと、唾を吐き 敵陣の中に一人切り込んでいく・・・そこまではないですけど・・・。助かりました。会議の締めで「吉田先生もこう仰せられている」と重ねて言えば効果百倍  千人力です」と★ちなみに、同社は離日寸前までの16年間の顧問j契約会社。その間、一度も追突事故を起こしたことがありません!ヨシダスピリットが現 存するクライアントです。「月例ヨシダ・メッセージ」は安全会議後に休憩室に掲示されています。・・・と、思いつくままのひとり言ならぬ、ひとりブログ。 なんともイイ按配です!(9:50)
 童心に帰った気分で楽しく編集したのは、「No.6296:「清姫を訪ねて」紀伊民報「水鉄砲」2016.5.9.長)」 の絵物語ってところです★本日は此処フィリピンの「正・副大統領選含む統一選投票日「24時間後には大勢判明」と中央選管。投票率は、過去の選挙と同程度 の75~80%と予測されています。投票率からみる日比の民主主義観はフィリピンが上手って感じです。投票用紙自動読み取り機を用いての選挙は3回目。全 国の投票所に配置されている投票用紙自動読み取り機は計約9万2500台。この辺りも日本をリードしている感じです。ちなみに、大統領選候補者は下記の人 物です。(14:05)
                      「フィリピン大統領選挙候補者」の画像検索結果
(特別情報!!!)ヨシダが2009年11月9日以来、現在に至りず~っと言い続けてきたオバマ大統領の被爆市訪問の意思表示の事実!しかも、文章化(オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)までして本サイトに掲載して現在に至るヨシダ!日本国内のマスメディアがその事実を一切報道せずに現在に至ることをヨシダは 「米関係筋から『報道ご法度』を申し渡されてきている』とまで断言してきているなかで、何となんと!ニューヨーク・タイムズ紙(メルマガ:May 8, 2016)がその事実に言及しました!!!!! 別編で緊急編集する予定ですが、余りにも興奮的なことで、とりあえず本欄で急きょブログします!
 先ほど傍らのXPが受信したニューヨークタイムズ紙のメルマガが主人公です!題して「Obama Weighs Visiting Hiroshima or Nagasaki(White House Letter By GARDINER HARRIS MAY 8, 2016) (オバマは広島か長崎を訪問することを重視している)がそれ。釘付けになりました!★オバマ大統領の広島市訪問の情報はごく最近のことで、別段、ビッグ ニュースとは思わず開いてみるに、なんと、冒頭の言葉がヨシダがかねてより強調してきている同大統領の「男の約束」に関わることなので、思わず「そうだろ う!そうですよね!そうでしたよね!オバマさん!」とガッツしました★冒頭の言葉曰く、「WASHINGTON — When President Obama first visited Japan in November 2009, he said he hoped someday to visit Hiroshima and Nagasaki, where the United States dropped atomic bombs during World War II.....」 (2009年11月にオバマ大統領がはじめて日本を訪れた時のこと、大統領はアメリカが原爆投下した広島・長崎を何時か訪問したいと語った)がそれです★ あの時の瞬間の光景を再現しましょう。自室で何気なく観ていたのがNHK Worldニュース。東京でのこと。インタビュー日本人記者が直接英語で大統領 に質問しました。「今回の日本訪問を機に、被爆市訪問の意図がありますか?」という趣旨の質問。対する大統領の言葉デス!現在に至って鮮明に記憶していま す。再現すると、「...This time the schedules are too tight. However, I would like to have an honor of visiting the cities someday during my Presidency...」(今回は日程上できないが、大統領任期中の何時かに被爆市訪問の栄に浴したい・・・」がそれだったのです!★そのビッグ ニュース(爆弾発言とも言えるもの!)が現在に至って日本の全てのマスメディアから一切報道されずに現在に至ります。最近になってヨシダが到達した結論 は、「米政府関係筋からの『大統領関連情報報道の一切禁止(かん口令)』によるもの」とヨシダは断定するに至っています★この「訪問の栄に浴したい」とい う大統領の当時の言葉をごく最近の訪問可能性が浮かんだ時点で、同政府高官の口からも出てきている言葉であることをヨシダは見抜いています。大統領が側近 に「俺はNHK取材質問でかくかくしかじかの言葉を使って応えた・・・」という内輪話の結果とヨシダは見抜いて現在に至るのです★・・・とりあえずの緊急 情報としてこの場で走りブログした次第です★本日の編集作業は中断して、このニューヨークタイムズ紙記事の編集に密かに取り掛かります。英文記事をそのま ま本欄に編集するのははじめてのこと。どんな形で編集したものか・・・?と、正直、肩をすくめます。(18:25)
 ・・・ハイ、早速に着手しているのが「No.6297:Obama Weighs Visiting Hiroshima or Nagasaki The New York Times White House Letter May 8, 2016  By GARDINER HARRIS )」(編集中)です。英文記事をそのまま編集しました。日本語訳をする時間がありませんので、ヨシダブログも下手な英語ですが英語一本で通します。英語版ウェブサイトのトップに掲載する格好の記事になります★あの時点で書いた「オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)」が現在にしてホンモノであることの証明です。このオバマ大統領の「男の約束」に言及したニッポン人はヨシダが唯一人!マス メディアに「かん口令が敷かれた大統領の発言」を当初から暴露しているみたいです(笑)★この編集記事は本日付では掲載しません。ほかでもありません、現 在の編集使用容量は1千KB(1MB)一歩前の920KBですので、明日付け掲載とします。本コラムでの表示は予告編(?)とします。おやすみなさいま せ。(21:20)




No.6296
「清姫を訪ねて」
紀伊民報「水鉄砲」2016.5.9.長

ヨシダブログ:本記事冒頭の「連休を利用して安 珍・清姫ゆかりの地をいくつか訪ねた」を横目にヨシダの場合は、「本コラム編集を利用して・・・」といったところ。何時ものことながら、「できごと編集」 はヨシダに貴重な学びの機会を提供してくれるだ けでなく、ロマンチックな心情を招来します▼足の不自由なヨシダにとっては手(足)の届かない願望であり楽しみですが、当該写真を追うことで、結構、楽し めるものだと自身に言い聞かせます▼ふと思うこと。本記事筆者は書くことが本業のご人物。ために、全ての事象が題材足り得るものだと痛感します。その醍醐 味に肖るのが(も)ブロガー・ヨシダの絵物語編集って按配です。写真27枚添付ファイル
        「清姫」の画像検索結果「清姫」の画像検索結果  「清姫」の画像検索結果「「道成寺縁起絵詞」」の画像検索結果「清姫がねじったという捻木の杉」の画像検索結果
       「日高川町の道成寺」の画像検索結果  「安珍・清姫ゆかりの地」の画像検索結果 「清姫」の画像検索結果 「日高川町の道成寺」の画像検索結果「清姫がねじったという捻木の杉」の画像検索結果 「蛇塚」の画像検索結果
     「安珍・清姫ゆかりの地」の画像検索結果「真砂屋敷跡」の画像検索結果 「清姫が生まれた真砂の屋敷跡」」の画像検索結果  「清姫が生まれた真砂の屋敷跡」」の画像検索結果  「清姫が生まれた真砂の屋敷跡」」の画像検索結果 「「道成寺縁起絵詞」」の画像検索結果「清姫が生まれた真砂の屋敷跡」」の画像検索結果
    「大日本法華経験記」の画像検索結果「大日本法華経験記」の画像検索結果「今昔物語」の画像検索結果「今昔物語」の画像検索結果「今昔物語」の画像検索結果
     「潮見峠や長尾坂」の画像検索結果「潮見峠や長尾坂」の画像検索結果「潮見峠や長尾坂」の画像検索結果「潮見峠や長尾坂」の画像検索結果
  昨日8日の記事3編を下記に掲載していましたが、本日9日の第一記事掲載(13:45)をもって消却しした。なお、「インタネット情報&ヨシダブ ロ グ」 に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。

                         「末尾の特別情報お知らせコーナー」
  以下のコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するもので して、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。なお、上掲のリンクをクリックすると、そ の下書き的なテーマや内容の一端が垣間見られます。


              「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を           
★84歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
★ 人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
★ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
★手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
★そ こで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
★ コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクトの人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
★そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
★ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
★若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄される」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
★ その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
★すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、「世のため、人のために役立つ生涯を」・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジ ナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
★アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
★ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
★なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムではその容量 大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真がないために、編集容量が極めて低く (11.14KB)。ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。  
★もうひとつの「蛇足の弁」ならぬ、「蛇足・でも価値ある漫画言葉」の漫画。曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにつるためだと言ったらどう思うかい?)★これってヨシダのホンネそのものって感じです!!!(笑)

                  「余生」の画像検索結果「余生」の画像検索結果 
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムではその容量 大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真がないために、編集容量が極めて低く (11.14KB)。ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。

 ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。(921.93KB)                     

                        2016年5月9日(月)
                           ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
           

                               吉田祐起                                                           (満84歳6ヶ月)                                                (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)   
                       yoshida@a-bombsurvivor.com                                                     URL(eng): http://www.a-bombsurvivor.com

           URL(jpn): http://www.a-bombsurvivor.com/index_japanese.html