吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳6か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

  原爆証言者・吉田祐起の被爆現場証拠写真です。
 「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル別館」の画像検索結果
  2016年2月14日(日)午前3時頃のこと。ふと目覚めて色んなことに想いを巡らすなかで思いついたこと。それは被爆で九死に一生を得たという表現を 辞さない私の生々しい体験の場をこのサイトに再現することでした。ガバッと起きてデスクに向かいグーグルで関連写真を検索しました!ゲットしたのが上掲の 写真です。
 当時の私は学徒動員で広島電鉄本社電気課勤務でした。足が不自由なことからの事務所勤務。他の級友たちは電車・バスの修理工場配属 で した。左端の写真看板は現在の本社別館(右2枚の3階ビル)の前に設置されている半倒壊したビル画面と日英語説明文看板。2番目の白黒写真はその生々しい 倒壊した建物コーナーの写真です!
 朝礼を終えてビッコを引きながら薄暗い廊下伝いに電気課事務所に向かっていた瞬間の「ヒカ!ドン!」でし た。 あっという間に下敷きになりました。数秒の差で倒壊を免れた同課オフィスに辿り着いていたと、今更の如く想起し、感無量です。真っ暗なビルの下敷きで手を 合わせて死を覚悟しました。ふと、頭上にほのかな明かりが眼に入り、無我夢中で瓦礫をよじ登りました。子供心に想起することに倒壊した建物のてっ辺に這い 出た時の印象は「下界を見下ろす」って位置。顔面に吹き出る血をみて、「母ちゃ~ん!血が出ているよう~!」と泣きました。倒壊したあの建物の下敷きのわ が姿を生々しく再現再確認する次第です。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                                           English               
            2016年5月8日(日)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
 
  注: お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★&▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。    

              オバマ米大統領の被爆市訪問がどうやら実現しそうです!
★「No.6261オバマ氏 広島訪問へ 現職米大統領で初、5月27日で調整日本経済新聞2016.4.22.)」がそれです!2009年11月からこのことを強調してきたヨシダですが、どうやらヨシダが予言した通りになりそうです。拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)に遡る事実がその裏づけです!
★オバマ大統領広島訪問関連情報第2弾!「オバマ氏、広島訪問へ 慎重論退け原点回帰」(編集中)です。地元広島市の中国新聞さんよりはるかに先を往っていま~す!(4月23日10:00)
★ハイ!編集し終えました。「No.6262オバマ氏、広島訪問へ 慎重論退け原点回帰日本経済新聞2016.4.23.【ワシントン=吉野直也】)」がそれです。とくとご覧あそばせ、です。(12:45)
     
             ウィキペディアから拾った5月8日の「できごと」 
                               May 8 Events(英語版) 
                                   「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。でも、つい、欲張って・・・★なおまた、「ウィキペディアのできごと」は英語版が本流でして、日本語版は その翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・。

  2「光明皇后」の画像検索結果 「730年- 施薬院」の画像検索結果 「730年- 施薬院」の画像検索結果    「四天王寺」の画像検索結果   「四天王寺」の画像検索結果    「四天王寺」の画像検索結果   4「Joan of Arc」の画像検索結果「Joan of Arc」の画像検索結果
  「オルレアン市」の画像検索結果「オルレアン市」の画像検索結果   「オルレアン市」の画像検索結果   「ジャンヌの騎馬像」の画像検索結果  「ジャンヌの生家」の画像検索結果 「ジャンヌの墓」」の画像検索結果  5「1541 hernando de soto first reached to the mississippi river as european」の画像検索結果「1541 hernando de soto first reached to the mississippi river as european」の画像検索結果
     「1541 hernando de soto first reached to the mississippi river as european」の画像検索結果    「1541 hernando de soto first reached to the mississippi river as european」の画像検索結果 「1541 hernando de soto first reached to the mississippi river as european」の画像検索結果「1541 mississippi river」の画像検索結果6「1609年 - 琉球の尚寧王が薩摩藩に降伏」の画像検索結果「1609年 - 琉球の尚寧王が薩摩藩に降伏」の画像検索結果「1609年 - 琉球の尚寧王が薩摩藩に降伏」の画像検索結果「1609年 - 琉球の尚寧王が薩摩藩に降伏」の画像検索結果「1609年 - 琉球の尚寧王が薩摩藩に降伏」の画像検索結果
  7         「アントワーヌ・ラヴォアジエ」の画像検索結果   関連画像            「アントワーヌ・ラヴォアジエ」の画像検索結果 「アントワーヌ・ラヴォアジエ」の画像検索結果     関連画像「アントワーヌ・ラヴォアジエ」の画像検索結果「アントワーヌ・ラヴォアジエ」の画像検索結果
      「アントワーヌ・ラヴォアジエ」の画像検索結果「Antoine-Laurent de Lavoisier girotin」の画像検索結果「the grave of Antoine-Laurent de Lavoisier」の画像検索結果「the grave of Antoine-Laurent de Lavoisier」の画像検索結果8   「Battle of Palo Alto」の画像検索結果    「Battle of Palo Alto」の画像検索結果    「Battle of Palo Alto」の画像検索結果
    「米墨戦争」の画像検索結果  「Battle of Palo Alto」の画像検索結果   9  「善光寺」の画像検索結果  「善光寺」の画像検索結果「善光寺」の画像検索結果「善光寺地震」の画像検索結果「善光寺地震」の画像検索結果「善光寺地震」の画像検索結果
      「善光寺地震」の画像検索結果 「善光寺地震」の画像検索結果  「善光寺地震」の画像検索結果   関連画像「善光寺地震」の画像検索結果  関連画像    関連画像  関連画像13    「1886, john pemberton invented coca cola」の画像検索結果 
      「1886, john pemberton invented coca cola」の画像検索結果  「1886, john pemberton invented coca cola」の画像検索結果「1886, john pemberton invented coca cola」の画像検索結果 「1886, john pemberton invented coca cola」の画像検索結果 「1886, john pemberton invented coca cola」の画像検索結果関連画像「1886, john pemberton invented coca cola」の画像検索結果関連画像「1886, john pemberton invented coca cola」の画像検索結果     「1886, john pemberton invented coca cola」の画像検索結果
14「1902, mt. Montagne Pelée erupted」の画像検索結果   「1902, mt. Montagne Pelée erupted」の画像検索結果  関連画像 「1902, mt. Montagne Pelée erupted」の画像検索結果 「1902, mt. Montagne Pelée erupted」の画像検索結果「1902, mt. Montagne Pelée erupted」の画像検索結果「1902, mt. Montagne Pelée erupted」の画像検索結果「1902, mt. Montagne Pelée map」の画像検索結果
     26「reinhold messner and peter habeler conquared everest with no mask」の画像検索結果関連画像 「reinhold messner and peter habeler」の画像検索結果 28 「1982年 - ジル・ヴィルヌーヴがF1ベルギーグランプリ予選で事故死。」の画像検索結果      「1982年 - ジル・ヴィルヌーヴがF1ベルギーグランプリ予選で事故死。」の画像検索結果「1982, Gilles Villeneuve Crash」の画像検索結果      「1982, Gilles Villeneuve Crash」の画像検索結果   「1982, Gilles Villeneuve Crash」の画像検索結果
(1)589年 - 西ゴート王レカレド1世が第3回トレド教会会議を招集。
(2)730年天平2年4月17日) - 光明皇后の発意により施薬院を設置。
(3)1238年暦仁元年3月23日) - 僧・浄光が鎌倉・高徳院の大仏堂(鎌倉大仏)の建立を開始。
(4)1429年 - 百年戦争: ジャンヌ・ダルク率いるフランス軍が、イギリス軍を撃破し、オルレアン市を解放。
(5)1541年 - スペイン人探検家エルナンド・デ・ソトがヨーロッパ人で初めてミシシッピ川に到達。
(6)1609年慶長14年4月5日) - 琉球尚寧王薩摩藩に降伏。
(7)1794年 - フランス革命: かつて徴税吏であった化学者アントワーヌ・ラヴォアジエに対し革命裁判所が死刑判決を下し、その日にうちにギロチンで処刑する。
(8)1846年 - 米墨戦争: パロ・アルトの戦い
(9)1847年弘化4年3月24日) - 善光寺地震
(10)1861年 - 南北戦争: リッチモンドアメリカ連合国(南軍)の首都となる。
(11)1865年慶応元年4月8日) - 元号元治から慶応に改元。
(12)1872年明治5年4月2日) - 文部省博物局が湯島の昌平坂学問所講堂跡に日本初の公共図書館である書籍館を開設。
(13)1886年 - アメリカ・アトランタの薬剤師ジョン・ペンバートンコカ・コーラの発売を開始。
(14)1902年 - 西インド諸島のフランス領マルティニーク島のプレー火山が爆発し、火砕流でサンピエール市が全滅。死者は約32,000人に及ぶ。
(15)1911年 - 文部省が『尋常小学唱歌』を刊行。
(16)1931年 - オーストリア最大の銀行クレディットアンシュタルトが破綻。5月11日に取引が全面停止される。
(17)1941年 - 東京条約が締結されタイ・フランス領インドシナ紛争が終結。
(18)1942年 - 第二次世界大戦珊瑚海海戦: ポートモレスビーを攻略しようとした日本海軍連合国海軍の間で史上初の航空母艦同士の海戦が発生、日本側は連合国空母1隻撃沈、1隻大破の戦果を得るが上陸作戦中止(海戦は戦術的勝利)。
(19)1944年 - アメリカ海軍の航空母艦「タイコンデロガ」が就役。
(20)1945年 - 第二次世界大戦: 前日のドイツの降伏文書調印を受け、ヨーロッパの西部戦線で停戦。(VEデイ、ヨーロッパ戦勝記念日
(20)1945年 - 第二次世界大戦: ベルリン郊外のカルルスホルストにてソ連のゲオルギー・ジューコフ将軍とドイツのヴィルヘルム・カイテル元帥が降伏文書に調印し、独ソ戦が終結。(ソ連による戦勝記念日は翌5月9日
(21)1954年 - アジアサッカー連盟設立。
(22)1955年 - 東京都砂川町(現 立川市)で米軍立川基地の拡張反対総決起集会開催。砂川闘争が始まる。
(23)1963年 - 南ベトナムフエ仏旗掲揚禁止抗議デモに警察が発砲、8名の犠牲者を出し、仏教徒への弾圧はじまる。(仏教徒危機
(24)1968年 - 厚生省が富山県神通川イタイイタイ病公害病に認定。
(25)1970年 - ビートルズの最後のアルバム『Let It Be』発売。
(26)1978年 - ラインホルト・メスナーペーター・ハーベラー英語版が初のエベレスト無酸素登頂に成功。
(27)1980年 - 世界保健機関 (WHO) が天然痘の根絶宣言を行う。
(28)1982年 - ジル・ヴィルヌーヴF1ベルギーグランプリ予選で事故死。
(29)1983年 - 青木茂らがサラリーマン新党を結成。
(30)1984年 - ソ連が同年のロサンゼルスオリンピックへの不参加を表明。
(31)1987年 - 俵万智の第一歌集『サラダ記念日』が発刊。280万部のベストセラーに。
(32)1993年 - 横浜・八景島シーパラダイスオープン。
(33)2001年 - 武富士弘前支店強盗殺人・放火事件発生。2002年3月4日容疑者逮捕。
(34)2002年 - 北朝鮮亡命者中国瀋陽にある日本国総領事館駆け込む事件が発生。

                          インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 

ただ今、6295編目です!

2016年5月8日(日)掲載分
昨日5月7日最終のトップページ
日別最終トップページ一覧表

編集者のダイアリー・コナー

 本日「5月8日のできごと」 でヨシダが特に興味を抱くのは「(7)1794年 - フランス革命: かつて徴税吏であった化学者アントワーヌ・ラヴォアジエに対し革命裁判所が死刑判決を下し、その日にうちにギロチンで処刑する」と、「(14)1902年 - 西インド諸島のフランス領マルティニーク島のプレー火山が 爆発し、火砕流でサンピエール市が全滅。死者は約32,000人に及ぶ」です。★前者は西欧歴史に疎いヨシダが全く知らなかったこと。あれだけの偉業を果 たした科学者が死刑になる政治的背景は複雑です・・・★後者の火山爆発による火砕流の死者数は膨大。日本の火砕流災害では雲仙普賢岳火砕流(平成3年)が記憶に新しいですが、予知による避難で死者数は最小限度に抑えられた記憶です。当時の写真を拾ってみました。(7日21:30)
          「雲仙岳 火砕流」の画像検索結果「雲仙岳 火砕流」の画像検索結果「雲仙岳 火砕流」の画像検索結果 「雲仙岳 火砕流」の画像検索結果 「雲仙岳 火砕流」の画像検索結果「雲仙岳 火砕流」の画像検索結果
 今朝の日本経済新聞「春秋」に 目を通して気付くに、今日の5月第二日曜日は「母の日」でした。102歳で天に召されたお袋に暫しの間、想いを寄せます。ハワイで生まれ11歳で帰国し、 広島市の旧広島女子学校(現女学院)で学んだとか。口癖や自慢の話は、当時の創設者であり校長先生だったゲーンズさん(写真左端)の通訳をしたもん だ・・・でした(笑)★戦時中のこと、小さな声でユウキの耳に入れたお袋の言葉のひとつは、「アメリカの大統領ルーズベルトは小児麻痺だったんじゃ。小児 麻痺に罹る人間は賢いんじゃ・・・」でした(笑)★そのお袋は広島市内で随一と言われたクラシック音楽喫茶を営んでいました。そのお店には当時の東南アジ アからの留学生たちもお客でした。片言英語でかれらに接していたお袋の姿を想起します★広島高等師範学校(現広島大学)の教授だったメアリー先生というを 英国人教授も顔なじみでした。戦争になってスパイ容疑で逮捕された時に、同先生が大きな声で言ったとか。「ジャパンは必ず負ける!」と★蛇足のエピソー ド。長男のユウキが創業者の私物化マインドで起きたお家騒動で離婚。それを横目にユウキに歯を剥くようにしてお袋が言いました。「ユウキ、これ見たか!と やり返せ!」と。勝気なお袋さんでした(笑)★そのお袋の写真がたった一枚手元にありますので、母の日に相応しく、お袋を偲ぶ意味で、ゲーンズさんと並べ て添えました。天国で恩師&弟子の再会を楽しんでいることを想像しながら・・・(笑)★広島女学院と言えばもうひとつの想い出。戦後間もない英語熱盛んな 時代のこと。広島県下高校英語弁論大会第一回で女学院ガールを横面に優勝したものです。その時の2位の女性は同学院の学生さんでお父さんは牧師さん。名前 は熊谷さんとはっきり覚えています!ちなみに、彼女とヨシダの優勝決定を巡る審査員(広島大学飯野教授・カナダ人宣教師マクシェリー女史)間で大論議に なったことを後で知らされました。マクシェリー女史が頑としてヨシダに軍パイを挙げられたのです。英語そのものの実力より、中身で勝負したと自覚したもの です★右端の写真は女学院高校の一角にある宣教師・アンダーソン女史らの住んでおられたビルの一角。その中庭の芝生に座って同女学生さんと親しく話したロ マンチックな青春時代を想起します。くだんのアンダーソンさんとはことのほか親しくしていただき、洗礼を受けるに発展した諸々の人間関係の縮図を想起しま す★同女史を巡る最大のエピソードは弁論大会表彰式直後に教え子女学生を連れてヨシダに歩み寄り言われた言葉が鮮明です。 「Congratulations, Mr. Yoshida! This is my student, Miss Murakami」と。後年に至り彼女はヨシダに大きな影響を与えてくれました。詳細は「人生の恩人 プラトニックラヴした永遠のカノジョ」 をクリックしてご覧くださいませんか?ヨシダ人生最大のロマンスです!ヨシダ若かりし頃の人生最大かつ最有意義なひとコマです!★「母の日」に思わず長ブ ログになりました。でも、こんなエピソードを秘めるヨシダはハッピーこの上もありません。しかも、心の中に潜めているのでなく、こんな形でディスクローズ できることは大きな醍醐味です。このウェブサイトのお陰です。(8:55)
      「広島女学院ゲーンス先生」の画像検索結果  関連画像「昔の広島女学院・ゲーンズ先生」の画像検索結果「昔の広島女学院・ゲーンズ先生」の画像検索結果関連画像「広島女学院高校校内施設」の画像検索結果
  直前の長文ブログでなんだかスッキリする気分です!ま、85歳前ともなれば人生体験は様々、語る(ブログする)に不自由なありません(笑)。本日の取材 (ブログ)はこれだけでイイや!って感じで編集長・ヨシダはご満悦です。・・・でもでも、何かにヒットすることは間違いなし!ま、これもボケ防止!ってヨ シダ持ち前のポジティヴ姿勢です★ところで、最近になって、やたらとCNNやFOXなどの英語メールが頻繁です。スパンってヤツですが、内容的には好奇心 をそそります。受信するのは年期切れのXPでこの種のサイトを開くには時間がかかってさまになりません。強い興味を抱くものに限って片方のPCに転送し て・・・といった按配。ますます忙しくなる気配です。(9:10)
 「No.6293:トランプが共和党を潰す頂門の一針No.4011.2016.5.8.Andy Chang)」を編集しながら正直ニンマリするヨシダです。その理由はヨシダブログをご覧ください。ヨシダの人を観る眼は満更でもないぞ~と感じさす記事です(笑)。(11:15)
 今日は「トランプ・デー」(?)の記事編集状況です(笑)。話題性豊かなトランプさんのお陰(?)で編集者のヨシダはニンマリ、とブログしたら不真面目(?)でしょうかね?トランプさん第二の関連記事は「No.6294:不動産王トランプ、“名義貸し”で荒稼ぎする錬金術を初公開!DIAMOND Online2016.5.8.週刊ダイヤモンド編集部)」です。ふと編集者の立場で思うこと。偶然とは言いながら、ヒットするのがそうですから、ヨシダは運がイイ(?)って見方も可能ですよね」(笑)。(12:35)
 ・・・ひゃ~!思い切った編集をしました!「No.6295:トランプ氏、成功の秘訣は「やり手」アピールREUTERSロイター2016.5.8.Bill Schneider)」 がそれですが、お陰でサッパリ気分です。本記事筆者のBill Scheider さんにご無礼を承知のブログに徹しました。シュナイダーさん、ゴメンなさいね。言論の自由はお互い様ってことしして・・・(笑)★現在の「編集容量」は 975KBで、限度ギリギリ。本日の取材はジ・エンドとします。(16:15)





No.6295
トランプ氏、成功の秘訣は「やり手」アピール
REUTERSロイター2016.5.8.Bill Schneide

ヨシダブログ:長文の記事を通して窺えるのは、本 記事筆者自身の言葉でなく、著名人の言葉を引用したトランプ人物評といった感じ。ま、それはそれとしてのこととして、末尾にあるのがトルーマン大統領が口 にした後任者アイゼンハワー大統領を指しての皮肉「かわいそうなアイク!彼は『これをやれ』『あれをやれ』というだろうが、何も起きはしない。陸軍と同じ ようには行かない。とてもイライラするだろうね。『かわいそうなドナルド』も同じことになりはしないだろうか」がそれ▼正直、たたら(蹈鞴)を踏んだのは ヨシダでした。ほかでもありません、トランプ大統領が誕生することに本記者が抱く想像にしては、あまりにも子供じみていることです!危機感も無いし、まる で傍観者って感じ。茶化しているとすら印象受ける表現です。ゴメンなさい、ビル・シュナイダーさん・・・▼そもそも、アイゼンハワー大統領に関してネギャ ティヴなことを知りません。不勉強を意識してグーグルで検索するに、「アイゼンハワー大統領の評価ってどうなんです」 にヒットしました▼本記者の弁はトルーマン個人のアイゼンハワー評に過ぎない感じで、それをもって、トランプさんと同列に云々するなんて・・・と絶句する 始末です▼ド素人のヨシダがトランプ大統領実現を評しての予言をあえてするとしたらのことですが、米国には「弾劾」という大統領罷免の道があります。グー グルで知るに、「大 統領を罷免するためには、上院の出席議員の3分の2以上の同意が必要です。これまで弾劾裁判によって罷免されたのは裁判官が7名だけですが、大統領では 1867年にアンドルー・ジョンソンが一票差で罷免を免れ、1999年にビル・クリントンが下院では弾劾決議を受けながら、上院では大差で罷免を免れた例 があります」と▼かのウォーターゲート事件のニクソン大統領の場合は、「・・・議会の大統領弾劾の動きに抗しきれなくなって合衆国史上初めて大統領が任期中に辞任に追い込まれた」 ものです▼ヨシダブログがとんだ方向へ向かいましたが、本記事筆者の偏見的な(?)記事にヨシダ流のハンパツを覚えるが所以のブログです▼・・・とボロン チョン的なヨシダブログになって恐縮ですが、本記事から学んだひとつのことを強調して筆者にお礼の意を表します。それは本筆者が評する「偉大な哲学者ヨギ・ベラ」のこと▼ヨシダは「哲学者」に的を絞って検索しましたが、「人物違い」の印象を強くしつつ到達したのが、哲学者が本職でなく、プロ野球選手のこと。同氏は一連の「語録」を有する異色のプロ野球選手「YOGI BELLA」のことでした。野球ファンだったら、彼のことを預言者と理解するでしょうが、野球オンチのヨシダには通じませんでした。たくさんの語録が出てきます。折角ですので、本記事編集の副産物的な意義をもって下記に添付します。それにしても、人騒がせな本記事筆者・Bill Schneiderさんであることよ・・・!デス。失礼しました▼ふと、声あり。「知らぬは野球オンチのヨシダさんだけだよ・・・」と。でも、ヨシダだったら「哲学者として異名をとった野球人のヨギ・バラ・・・」とするでしょうね。誤解を招かないために・・・。
写真20枚添付ファイル

          Bill Schneider「philosopher yogi berra, don't expect especially for future」の画像検索結果「ヨギ・ベラ語録」の画像検索結果「ヨギ・ベラ語録」の画像検索結果 「ヨギ・ベラ語録」の画像検索結果「ヨギ・ベラ語録」の画像検索結果
       「Yogi Berra words」の画像検索結果「Yogi Berra words」の画像検索結果「Yogi Berra words」の画像検索結果「Yogi Berra words」の画像検索結果 
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   No.6294

不動産王トランプ、“名義貸し”で荒稼ぎする錬金術を初公開!
DIAMOND Online2016.5.8.週刊ダイヤモンド編集部
ヨシダブログ:トランプさんの実像を知る格好の記事として編集しました。「中見出し」は、■ 超エリート?反知性主義者?諸説飛び交うトランプ氏の正体、■不動産王の錬金術を初公開、■リスクなく数十億円 才媛の長女が活躍しブランド維持に執 念・・・と続きます▼本記事末尾の弁は「・・・選挙戦での暴言、迷言の数々は果たして、物件のオーナーである富裕層の心理に、どのように響くのだろうか」 がそれですが、恥じて物件を手放す所有者は居ないでしょうね。逆に、話題性を自身の不動産価値として?・・・ってな感じですね(笑)▼それにしても、「リ スク無しで数十億円」って見事な経営者能力。と、これは60余年間の経営者人生を貫いたヨシダのホンネのトランプ経営者像で はありますが・・・。
写真8枚添付ファイル

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No.6293
トランプが共和党を潰す
頂門の一針No.4011.2016.5.8.Andy Chang

ヨシダブログ:何 度もブログるの がヨシダのトランプ評「こんな人物がホントに米大統領になったら、世も終わり、アメリカも終わり・・・」とさえ公言して憚らずに現在に至るヨシダ。それだ けに、本記事に共感を覚えます(苦笑)▼理屈抜き、さりとて理性を失った感情論とは言う勿れ、です。政治家なかんずく、世界を相手のアメリカ合衆国大統領 としては、失礼ながらトランプさんはそのご人物足り得るとは思えません。事業家で稀有な大成功したご人物から想像するに、ヨシダ如きが云々するのは気がひ けますが、それでも・・・です▼知識もさることながら、世界的に最大最強かつ影響力大の国の大統領になるには、それなりの「品格・品性・知性・人間味・風 貌・気配り人格・しぐさEtc...Etc」が不可欠ですが、お世辞にもそれらがバランスの取れたご人物とは言えません▼歯をむき出して、顔を歪めて毒舌 を吐くのが米大統領とはおおよそ想像すらできないと断言して憚りませんがどうでしょうか?▼ご本人さんはもとより、米共和党本部さんに対しても疑念を抱か ざるを得ません。本記事にみる共和党自体の動向はその証拠と言えるでしょう▼「中見出し」は、●なぜトランプが勝ったのか、●共和党員の反応、●民主党の状況、●トランプが共和党を潰す・・・と続きます▼ところで、大胆かつ、際どいトランプ評を展開する本記事筆者・Andy Changさんの人物像がグーグルでは掴めません。プロフィーを知りたいところ。どなたかご存知の方はご一報くださいませんか▼グーグルで拾った下記の多くの写真から察するに、Andy Changさんは国際舞台で大活躍するご人物。ヨシダにとっては、「謎のご人物」って感じです。トホホです。(写真17枚添付ファイル
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  昨日7日の記事2編を下記に掲載していましたが、本日8日の第一記事掲載(11:00)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブ ロ グ」 に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。


                         「末尾の特別情報お知らせコーナー」
  以下のコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するもので して、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。なお、上掲のリンクをクリックすると、そ の下書き的なテーマや内容の一端が垣間見られます。


              「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を           
★84歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
★ 人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
★ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
★手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
★そ こで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
★ コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクトの人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
★そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
★ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
★若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄される」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
★ その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
★すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、「世のため、人のために役立つ生涯を」・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジ ナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
★アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
★ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
★なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムではその容量 大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真がないために、編集容量が極めて低く (11.14KB)。ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。  
★もうひとつの「蛇足の弁」ならぬ、「蛇足・でも価値ある漫画言葉」の漫画。曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにつるためだと言ったらどう思うかい?)★これってヨシダのホンネそのものって感じです!!!(笑)

                  「余生」の画像検索結果「余生」の画像検索結果 
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムではその容量 大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真がないために、編集容量が極めて低く (11.14KB)。ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。

 ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。(976.06KB)                     

                        2016年5月8日(日)
                           ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
           

                               吉田祐起                                                           (満84歳6ヶ月)                                                (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)   
                       yoshida@a-bombsurvivor.com                                                     URL(eng): http://www.a-bombsurvivor.com

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