吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳6か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

  原爆証言者・吉田祐起の被爆現場証拠写真です。
 「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル別館」の画像検索結果
  2016年2月14日(日)午前3時頃のこと。ふと目覚めて色んなことに想いを巡らすなかで思いついたこと。それは被爆で九死に一生を得たという表現を 辞さない私の生々しい体験の場をこのサイトに再現することでした。ガバッと起きてデスクに向かいグーグルで関連写真を検索しました!ゲットしたのが上掲の 写真です。
 当時の私は学徒動員で広島電鉄本社電気課勤務でした。足が不自由なことからの事務所勤務。他の級友たちは電車・バスの修理工場配属 で した。左端の写真看板は現在の本社別館(右2枚の3階ビル)の前に設置されている半倒壊したビル画面と日英語説明文看板。2番目の白黒写真はその生々しい 倒壊した建物コーナーの写真です!
 朝礼を終えてビッコを引きながら薄暗い廊下伝いに電気課事務所に向かっていた瞬間の「ヒカ!ドン!」でし た。 あっという間に下敷きになりました。数秒の差で倒壊を免れた同課オフィスに辿り着いていたと、今更の如く想起し、感無量です。真っ暗なビルの下敷きで手を 合わせて死を覚悟しました。ふと、頭上にほのかな明かりが眼に入り、無我夢中で瓦礫をよじ登りました。子供心に想起することに倒壊した建物のてっ辺に這い 出た時の印象は「下界を見下ろす」って位置。顔面に吹き出る血をみて、「母ちゃ~ん!血が出ているよう~!」と泣きました。倒壊したあの建物の下敷きのわ が姿を生々しく再現再確認する次第です。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                                           English               
            2016年5月7日(土)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
 
  注: お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★&▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。    

              オバマ米大統領の被爆市訪問がどうやら実現しそうです!
★「No.6261オバマ氏 広島訪問へ 現職米大統領で初、5月27日で調整日本経済新聞2016.4.22.)」がそれです!2009年11月からこのことを強調してきたヨシダですが、どうやらヨシダが予言した通りになりそうです。拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)に遡る事実がその裏づけです!
★オバマ大統領広島訪問関連情報第2弾!「オバマ氏、広島訪問へ 慎重論退け原点回帰」(編集中)です。地元広島市の中国新聞さんよりはるかに先を往っていま~す!(4月23日10:00)
★ハイ!編集し終えました。「No.6262オバマ氏、広島訪問へ 慎重論退け原点回帰日本経済新聞2016.4.23.【ワシントン=吉野直也】)」がそれです。とくとご覧あそばせ、です。(12:45)
     
             ウィキペディアから拾った5月7日の「できごと」 
                               May 7 Events(英語版) 
                                   「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。でも、つい、欲張って・・・★なおまた、「ウィキペディアのできごと」は英語版が本流でして、日本語版は その翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・。

   1「コンスタンティノープル」の画像検索結果「コンスタンティノープル」の画像検索結果「hagia sophia collapsed, 558」の画像検索結果「hagia sophia collapsed, 558」の画像検索結果「コンスタンティノープル」の画像検索結果     「Ayasofya」の画像検索結果
   3「1348, Charles University in Prague house」の画像検索結果「1348, Charles University in Prague house」の画像検索結果 「1348, Charles University in Prague house」の画像検索結果    「1348, Charles University in Prague house」の画像検索結果   「Charles University in Prague house, 2015」の画像検索結果  5「1763, French and Indian War」の画像検索結果  「1763, French and Indian War」の画像検索結果     関連画像  
  6  「1824年 - ベートーヴェンの交響曲第9番『合唱付き』初演」の画像検索結果    「1824年 - ベートーヴェンの交響曲第9番『合唱付き』初演」の画像検索結果  「1824年 - ベートーヴェンの交響曲第9番『合唱付き』初演」の画像検索結果「1824年 - ベートーヴェンの交響曲第9番『合唱付き』初演」の画像検索結果「1824年 - ベートーヴェンの交響曲第9番『合唱付き』初演」の画像検索結果    「1824年 - ベートーヴェンの交響曲第9番『合唱付き』初演」の画像検索結果    「1824年 - ベートーヴェンの交響曲第9番『合唱付き』初演」の画像検索結果       「1824年 - ベートーヴェンの交響曲第9番『合唱付き』初演」の画像検索結果
    8Takeaki Enomoto.gifTaneomi Soejima NLD portrait.jpgKiyotaka Kuroda formal.jpg「1875年 - 樺太・千島交換条約締結」の画像検索結果「1875年 - 樺太・千島交換条約締結」の画像検索結果「1875年 - 樺太・千島交換条約締結」の画像検索結果11「1915, The Sinking of the Lusitania」の画像検索結果 「1915, The Sinking of the Lusitania」の画像検索結果  「1915, The Sinking of the Lusitania」の画像検索結果
    「1915, The Sinking of the Lusitania」の画像検索結果 「1915, The Sinking of the Lusitania」の画像検索結果「1915, The Sinking of the Lusitania」の画像検索結果「1915, The Sinking of the Lusitania」の画像検索結果「1915, The Sinking of the Lusitania」の画像検索結果「1915, The Sinking of the Lusitania」の画像検索結果 「1915, The Sinking of the Lusitania」の画像検索結果        関連画像「1915, The Sinking of the Lusitania」の画像検索結果
 13「渡辺勇次郎」の画像検索結果  「渡辺勇次郎」の画像検索結果    「渡辺勇次郎」の画像検索結果 「渡辺勇次郎」の画像検索結果  「渡辺勇次郎」の画像検索結果関連画像  「1922年 靖国神社」の画像検索結果   14「Paul Doumer death face」の画像検索結果「Paul Doumer assassinated」の画像検索結果「Paul Doumer assassinated」の画像検索結果   「Paul Doumer assassinated」の画像検索結果
   「Paul Doumer death face」の画像検索結果「Paul Doumer assassinated」の画像検索結果「Paul Doumer assassination newspapers」の画像検索結果「Paul Doumer assassination newspapers」の画像検索結果        「Paul Doumer assassination newspapers」の画像検索結果  「Paul Doumer assassination newspapers」の画像検索結果「Paul Doumer assassination newspapers」の画像検索結果17「Alfred Josef Ferdinand Jodl surrender」の画像検索結果 「Alfred Josef Ferdinand Jodl surrender」の画像検索結果 「Alfred Josef Ferdinand Jodl surrender」の画像検索結果「Alfred Josef Ferdinand Jodl surrender」の画像検索結果
22「1992, Endeavour, STS-49 mission」の画像検索結果「1992, Endeavour, STS-49 mission」の画像検索結果「1992, Endeavour, STS-49 mission」の画像検索結果「1992, Endeavour, STS-49 mission」の画像検索結果24「1999 john paul ii first visit romania」の画像検索結果「1999 john paul ii first visit romania」の画像検索結果「1999 john paul ii first visit romania」の画像検索結果「1999 john paul ii first visit romania」の画像検索結果
 26    「2000, putin became president of russia」の画像検索結果「2000, putin became president of russia」の画像検索結果   「2000, putin became president of russia」の画像検索結果     「2000, putin became president of russia」の画像検索結果「2000, putin became president of russia」の画像検索結果29  「ドミートリー・メドヴェージェフがロシア連邦大統領」の画像検索結果  「ドミートリー・メドヴェージェフがロシア連邦大統領」の画像検索結果  「ドミートリー・メドヴェージェフがロシア連邦大統領」の画像検索結果   (1)558年 - コンスタンティノープルアヤソフィアが崩壊。
(2)1274年 - 第2リヨン公会議が開会。
(3)1348年 - 中欧最古の大学であるプラハ・カレル大学が創立。
(4)1592年文禄元年3月26日) - 文禄の役: 豊臣秀吉が朝鮮出兵の指揮をとるため京都から肥前へ出発。
(5)1763年 - インディアン戦争: ポンティアック戦争が始まる。
(6)1824年 - ベートーヴェン交響曲第9番『合唱付き』初演。
(7)1847年 - アメリカ医師会英語版発足。
(8)1875年 - 樺太・千島交換条約締結。
(9)1875年 - 新治県茨城県千葉県に分割・編入され、茨城県・千葉県が現在の形になる。
(10)1888年 - 数学者菊池大麓、物理学者山川健次郎ら25人に日本初の博士号を授与。
(11)1915年 - 第一次世界大戦: ルシタニア号事件

(12)1919年 - パリ講和会議赤道以北の旧ドイツ領南洋諸島日本が委任統治することに決定。
(13)1922年 - 日本初のプロボクシング興行「日米拳闘大試合」が渡辺勇次郎のプロモートにより靖国神社相撲場で開催。
(14)1932年 - フランス大統領ポール・ドゥメールが暗殺される。
(15)1936年 - 斎藤隆夫が帝国議会で粛軍演説
(16)1942年 - 第二次世界大戦: 珊瑚海海戦
(17)1945年 - 第二次世界大戦: フランスランス連合国軍司令長官ドワイト・D・アイゼンハワー将軍とドイツ国防軍作戦部長アルフレート・ヨードル将軍が降伏文書に調印。
(18)1946年 - 東京通信工業(現在のソニー)が設立。
(19)1954年 - 第一次インドシナ戦争: ディエンビエンフーの戦い終結。
(20)1955年 - 最高裁帝銀事件平沢貞通被告の死刑判決に対する異議申立を棄却、死刑判決が確定。
(21)1974年 - ヴィリー・ブラント西ドイツ首相ギヨーム事件の責任をとり辞任。
(22)1992年 - スペースシャトル「エンデバー」がSTS-49ミッションで初飛行。
(23)1999年 - コソボ紛争アライド・フォース作戦: NATO軍がユーゴスラビアの中華人民共和国大使館を誤爆。
(24)1999年 - ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世ルーマニアを訪問。ローマ教皇が東方正教会の信者が多数を占める国を訪問するのは1054年の東西教会の分裂以来初。
(25)1999年 - ギニアビサウ内戦英語版: ギニア・ビサウ大統領ジョアン・ヴィエイラが退陣し、ポルトガル大使館へ避難。
(26)2000年 - ウラジーミル・プーチンロシア大統領に就任。
(27)2002年 - 中国北方航空6136便放火墜落事件
(28)2006年 - 山形一家3人殺傷事件
(29)2008年 - ドミートリー・メドヴェージェフロシア連邦大統領に就任。
(30)2008年 - イエメン日本人観光客誘拐事件
(31)2008年 - 舞鶴女子高生殺害事件。翌日遺体発見。

                          インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 

ただ今、6292編目です!

2016年5月7日(土)掲載分
昨日5月6日最終のトップページ
日別最終トップページ一覧表

編集者のダイアリー・コナー

 本日「5月7日のできごと」 でヨシダが特に興味を抱くのは「(6)1824年 - ベートーヴェン交響曲第9番『合唱付き』初演」 です。ほかでもありません、ふたつの理由。ひとつは、ヨシダの母(ハワイ生まれ)が広島市内随一と言われたクラシック音楽喫茶店を経営していて、幼年期の ヨシダがクラシック音楽には耳慣れていたこと。もうひとつは、このベートーベン交響曲第9番の演奏指揮を故郷広島市で毎年末行われる「第九ひろしま」でヨ シダの甥・山下一史がタクトを振ることが何度もあることからです。下記は昨年末の関連写真です★写真を欲張って、編集容量限度1000KBを超過!まいっ か!って気分で欲張って編集しました。明朝の編集時にはコピーから編集ソフトへ入れて調整します★ただ今の編集使用容量は1003.16KB。でも編集サ イトが開けます。1000KBが限度であるものの、僅かのオーバーはOKであることを確認しました。(6日21:00)
   「山下一史第九ひろしま2016」の画像検索結果  「第九ひろしま2016」の画像検索結果「第九ひろしま2016」の画像検索結果「第九ひろしま2016」の画像検索結果「第九ひろしま2016」の画像検索結果
 「No.6291:これからの乙武さん 小説家なら不幸ではない朝日新聞2016.5.7.(寂聴 残された日々:11))」を編集しながらヨシダはニンマリしています。苦労して書いて売って生計を立てるのが現役人間。ヨシダの場合はご覧のとおりの「趣味&ボケ防止」で、加えて同居するフィリピン家族がよりハッピーになりつつあるのを横目にご満悦って図式です。(10:00) 
 「No.6292:在日米軍経費は全額、日本が支払え、さもなければ撤退だ トランプ、CNNインタビューでどぎつい一発「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」2016.5.7.)」を編集しながら感じることは、自国を守るということへの認識を新たにせざるを得ないこと。それが憲法改正から軍備等々の諸問題は避けて通れないものかな・・・と。(14:25)


No.6292
在日米軍経費は全額、日本が支払え、さもなければ撤退だ トランプ、CNNインタビューでどぎつい一発
「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」2016.5.7.
ヨシダブログ:数日前から申し込みはしていないのに、CNNからメールが入ります。そのひとつは、「Donald Trump's foreign policy: 'America first'」 でざっと目は通したものの、ドダイ、ヨシダはアンチ・トランプ主義者。意に介せず・・・といったのがホンネですが、それにしても物騒極まりないトランプ氏 の言動ではあります▼そうした中でヒットしたのが本メール記事。ヨシダの疑問に充分応える感じと受けとめます。本記事末尾の言葉は現実的かつ、将来を示唆 する言葉のような気がしますがどうでしょう?曰く、「・・・つ まり、在日米軍を日本が買収し、支払いは日本が保有する米国債を担保にすればよく、そして第七艦隊を吸収合併するのである」と▼究極的には日本だけが平和 主義に徹して自己防衛を他国に依存する協定を締結すること自体がオカシなものであって、所詮は自国は自国で守ることへの備えと決意が避けてとおれないのが 現実の国際関係かな・・・と感じさす本記事です▼何処やらからか、「ヨシダさんって平和主義者じゃあないの?」という声を意識します。近年のヨシダの仕事 の「きょうのできごと」編集で、なにやらヨシダの世界観に変化を感じないでもありません・・・▼ところで、関連資料を検索するなかでヒットしたのが最下段 に添付した資料「米軍駐留経費に占める同盟国の負担割合」はヨシダにとって意外性大です。その分、ヨシダは世間オンチ(?)。日本はトップの74.5%を 負担しているという事実!(写真6枚添付ファイル
             「トランプ、CNNインタビュー」の画像検索結果       「trump, japan should pay for us troops in japan」の画像検索結果    「trump, japan should pay for us troops in japan」の画像検索結果
                           「trump, japan should pay for us troops in japan」の画像検索結果「trump, on japan」の画像検索結果
                                      「trump, japan should pay for us troops in japan」の画像検索結果
No.6291
これからの乙武さん 小説家なら不幸ではない

朝日新聞2016.5.7.(寂聴 残された日々:11)
ヨシダブログ:本記事は障害者のヨシダが今 まで抱いてきた生き方に通じる二つの人生ヒントであり、共感を覚えます。ひとつは、「障害は不便ではあるが、不幸ではない」と、もうひとつは・・・と、こ れは比 較するには些か気が引けること。瀬戸内寂聴さんが乙武さんに曰く、「これから生きのびるには、小説家になるしかないのでは。小説家は不倫をしようが、色好 みの札つきに なろうが、その恥を書きちらして金を稼いでもどこからも文句は言われないよ・・・」がそれですが、ヨシダに置き換え、ヨシダ流儀に解釈しますとこうで す・・・▼ヨシダ人生は 曲りなりに全人生を通して経営者人生そのものだったことから、満足感はバツグンです。80歳直前で母国を捨てて異国の地を終の棲家と定めて現在に至る身。 しかも、やっていることはご覧のように「書きまくって(ブログしまくって)いる」ことです▼大きな差異はヨシダの書きまくりは、儲けには無関係の趣味的な もの。書いたものを書物にして売るとか、それでメシを喰って云々では更々ないシロモノ。しかも、無限大にその受け皿を自負するのが「ヨシダ・ウェブサイ ト」という便利なシロモノに他ありません▼しかも、最終的段階では「自分史」の全巻分として「記録に留める」に過ぎません▼しかも、最大のヨシダ固有の晩 年人生の過ごし方を自負できるものがあることが至福です。受給する在り難い年給が財源ですが、自称:「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」のライフスタ イルで、同居するフィリピン人家族と その周辺を貧困から脱却さし、ヨシダの終生面倒看を委ねる」というシロモノ▼「貧困化からの脱却」は卒業して少しばかりリッチな生活に入っていることを誇 りに思っています。具体的には、中古車から新車トヨタ車に乗り換え、土地取得から家の建設に現実的な歩を進めていることです▼本記事筆者の瀬戸内寂聴さん の関連記事を添付してご参考に供します。「No.6283:Tokiko’s Kiss 対談 加藤登紀子×瀬戸内寂聴さん 愛と情熱こそ人生毎日新聞「おんなのしんぶん・加藤登紀子」2016.5.2.)」 がそれです▼ところで、17年も前の「週刊誌・現代」でのお2人の対談。当該版を時間かけて検索しましたがヒットしません。代わって選んだのが主人公お2 人の写真のバックグランド。どうです、「緑の背景!で当時の対談を演出!」ってなヨシダ流編集ノウハウです。ヨシダって、こんな些細なことへの気配りはバ ツグンでっせ!▼ヘレンケラー女史の別の言葉をヨシダが定時制高校時代に広島県下高校英語弁論大会で優勝したおりに引用したものです。長くなるので、この 辺りで次の取材に入ります。 写真3枚添付ファイル
              「瀬戸内寂聴・乙武洋匡」の画像検索結果 「瀬戸内寂聴・乙武洋匡」の画像検索結果「障害は不便である。しかし、不幸ではない(ヘレンケラー)」の画像検索結果         
  昨日6日の記事3編を下記に掲載していましたが、本日7日の第一記事掲載(9:40)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブ ロ グ」 に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。

                         「末尾の特別情報お知らせコーナー」
  以下のコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するもので して、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。なお、上掲のリンクをクリックすると、そ の下書き的なテーマや内容の一端が垣間見られます。


              「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を           
★84歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
★ 人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
★ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
★手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
★そ こで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
★ コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクトの人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
★そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
★ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
★若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄される」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
★ その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
★すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、「世のため、人のために役立つ生涯を」・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジ ナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
★アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
★ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
★なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムではその容量 大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真がないために、編集容量が極めて低く (11.14KB)。ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。  
★もうひとつの「蛇足の弁」ならぬ、「蛇足・でも価値ある漫画言葉」の漫画。曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにつるためだと言ったらどう思うかい?)★これってヨシダのホンネそのものって感じです!!!(笑)

                  「余生」の画像検索結果「余生」の画像検索結果 
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムではその容量 大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真がないために、編集容量が極めて低く (11.14KB)。ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。

 ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。(819.64KB)                     

                        2016年5月7日(土)
                           ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
           

                               吉田祐起                                                           (満84歳6ヶ月)                                                (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)   
                       yoshida@a-bombsurvivor.com                                                     URL(eng): http://www.a-bombsurvivor.com

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