吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳6か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

  原爆証言者・吉田祐起の被爆現場証拠写真です。
 「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル別館」の画像検索結果
  2016年2月14日(日)午前3時頃のこと。ふと目覚めて色んなことに想いを巡らすなかで思いついたこと。それは被爆で九死に一生を得たという表現を 辞さない私の生々しい体験の場をこのサイトに再現することでした。ガバッと起きてデスクに向かいグーグルで関連写真を検索しました!ゲットしたのが上掲の 写真です。
 当時の私は学徒動員で広島電鉄本社電気課勤務でした。足が不自由なことからの事務所勤務。他の級友たちは電車・バスの修理工場配属 で した。左端の写真看板は現在の本社別館(右2枚の3階ビル)の前に設置されている半倒壊したビル画面と日英語説明文看板。2番目の白黒写真はその生々しい 倒壊した建物コーナーの写真です!
 朝礼を終えてビッコを引きながら薄暗い廊下伝いに電気課事務所に向かっていた瞬間の「ヒカ!ドン!」でし た。 あっという間に下敷きになりました。数秒の差で倒壊を免れた同課オフィスに辿り着いていたと、今更の如く想起し、感無量です。真っ暗なビルの下敷きで手を 合わせて死を覚悟しました。ふと、頭上にほのかな明かりが眼に入り、無我夢中で瓦礫をよじ登りました。子供心に想起することに倒壊した建物のてっ辺に這い 出た時の印象は「下界を見下ろす」って位置。顔面に吹き出る血をみて、「母ちゃ~ん!血が出ているよう~!」と泣きました。倒壊したあの建物の下敷きのわ が姿を生々しく再現再確認する次第です。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                                           English               
            2016年5月6日(金)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
 
  注: お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★&▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。    

              オバマ米大統領の被爆市訪問がどうやら実現しそうです!
★「No.6261オバマ氏 広島訪問へ 現職米大統領で初、5月27日で調整日本経済新聞2016.4.22.)」がそれです!2009年11月からこのことを強調してきたヨシダですが、どうやらヨシダが予言した通りになりそうです。拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)に遡る事実がその裏づけです!
★オバマ大統領広島訪問関連情報第2弾!「オバマ氏、広島訪問へ 慎重論退け原点回帰」(編集中)です。地元広島市の中国新聞さんよりはるかに先を往っていま~す!(4月23日10:00)
★ハイ!編集し終えました。「No.6262オバマ氏、広島訪問へ 慎重論退け原点回帰日本経済新聞2016.4.23.【ワシントン=吉野直也】)」がそれです。とくとご覧あそばせ、です。(12:45)
     
             ウィキペディアから拾った5月6日の「できごと」 
                               May 6 Events(英語版) 
                                   「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。でも、つい、欲張って・・・★なおまた、「ウィキペディアのできごと」は英語版が本流でして、日本語版は その翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・。

    1「聖徳太子が十七条憲法を制定」の画像検索結果「十七条憲法 原文」の画像検索結果「十七条憲法 原文」の画像検索結果 「十七条憲法 原文」の画像検索結果「十七条憲法 原文」の画像検索結果2「1527, カール5世」の画像検索結果「1527, カール5世」の画像検索結果「1527, Sacco di Roma」の画像検索結果「1527, Sacco di Roma」の画像検索結果
 4「1626, Dutch colonization of the Americas, peter minuit」の画像検索結果「1626, Dutch colonization of the Americas, peter minuit」の画像検索結果「1626, Dutch colonization of the Americas, new york」の画像検索結果「1626, Dutch colonization of the Americas, new amsterdam」の画像検索結果「1626, Dutch colonization of the Americas, peter minuit」の画像検索結果「1626, Dutch colonization new amsterdam」の画像検索結果 「newyork, old amsterdam」の画像検索結果5「伊達騒動」の画像検索結果「伊達騒動」の画像検索結果「伊達騒動」の画像検索結果関連画像
       「伊達騒動」の画像検索結果「伊達藩」の画像検索結果「伊達藩」の画像検索結果7「1757、Seven Years' War」の画像検索結果「1757、Seven Years' War」の画像検索結果「1757、Seven Years' War」の画像検索結果 「1757、Seven Years' War」の画像検索結果  「1757、Seven Years' War」の画像検索結果8「ヴィルヘルム・ヴェーバー」の画像検索結果
  「wilhelm eduard weber invention」の画像検索結果11「Exposition Universelle de Paris 1889, Expo 1889」の画像検索結果 「Exposition Universelle de Paris 1889, Expo 1889」の画像検索結果「Exposition Universelle de Paris 1889, Expo 1889」の画像検索結果 「Exposition Universelle de Paris 1889, Expo 1889」の画像検索結果「Exposition Universelle de Paris 1889, Expo 1889」の画像検索結果「Exposition Universelle de Paris 1889, Expo 1889」の画像検索結果「Exposition Universelle de Paris 1889, Expo 1889」の画像検索結果 「Exposition Universelle de Paris 1889, Expo 1889」の画像検索結果
 15「1910, edward 7 death」の画像検索結果「1910, edward 7 death」の画像検索結果  「1910, edward 7 death」の画像検索結果 「1910, edward 7 death」の画像検索結果 「1910, edward 7 death」の画像検索結果「George VI 」の画像検索結果「George VI 」の画像検索結果「George VI 」の画像検索結果「George VI 」の画像検索結果関連画像
  17「Hindenburg Disaster」の画像検索結果「Hindenburg Disaster」の画像検索結果「Hindenburg Disaster」の画像検索結果  「Hindenburg Disaster」の画像検索結果 「Hindenburg Disaster」の画像検索結果「Hindenburg Disaster」の画像検索結果 「Hindenburg Disaster」の画像検索結果 21「1949年 - コンピュータEDSACが初稼動」の画像検索結果
    「1949年 - コンピュータEDSACが初稼動」の画像検索結果「1949年 - コンピュータEDSACが初稼動」の画像検索結果「1949年 - コンピュータEDSACが初稼動」の画像検索結果「1949年 - コンピュータEDSACが初稼動」の画像検索結果23「1954, Sir Roger Gilbert Bannister record making」の画像検索結果「1954, Sir Roger Gilbert Bannister record making」の画像検索結果「1954, Sir Roger Gilbert Bannister record making」の画像検索結果「1954, Sir Roger Gilbert Bannister record making」の画像検索結果「1954, Sir Roger Gilbert Bannister record making」の画像検索結果
  27「channel tunnel opened 1994」の画像検索結果「channel tunnel opened 1994」の画像検索結果「channel tunnel opened 1994」の画像検索結果「channel tunnel」の画像検索結果     「channel tunnel opened 1994」の画像検索結果  「channel tunnel opened 1994」の画像検索結果        「channel tunnel opened 1994」の画像検索結果
(1)604年推古天皇12年4月3日) - 聖徳太子十七条憲法を制定。
(2)1527年 - ローマ略奪
(3)1542年 - フランシスコ・ザビエルポルトガル領インドの首府ゴアに到達。
(4)1626年 - オランダ西インド会社マンハッタン島を買収しニューアムステルダムと命名。現在のニューヨーク
(5)1671年寛文11年3月27日) - 伊達騒動(寛文事件)。
(6)1682年 - ルイ14世ヴェルサイユ宮殿に移り住む。
(7)1757年 - 七年戦争: プラハの戦い
(8)1833年 - カール・フリードリヒ・ガウスヴィルヘルム・ヴェーバーゲッティンゲン電信機を設置。
(9)1861年 - 南北戦争: アーカンソー州アメリカ合衆国を脱退。
(10)1887年 - 東京綿商社(後のカネボウ)設立。
(11)1889年 - パリ万国博覧会が開幕。321mのエッフェル塔が公開される。
(12)1891年 - 日本で松方正義が第4代内閣総理大臣に就任し、第1次松方内閣が発足。
(13)1909年 - 新聞紙法公布。
(14)1909年 - 長岡半太郎長岡係数を提唱。
(15)1910年 - イギリス国王エドワード7世が死去。ジョージ5世が即位。
(16)1935年 - ニューディール政策: アメリカ合衆国で公共事業促進局が発足。
(17)1937年 - ドイツの飛行船ヒンデンブルク号爆発事故
(18)1941年 - ヨシフ・スターリンがソ連の第4代人民委員会議議長(首相)に就任。
(19)1945年 - 第二次世界大戦: ナチス・ドイツで連合国向けプロパガンダ放送をしていた枢軸サリーことミルドレッド・エリザベス・シスクが最後の放送を行う。
(20)1945年 - 第二次世界大戦: 独ソ戦最後の戦いであるプラハの戦いが始まる。
(21)1949年 - 世界初の実用的なプログラム内蔵方式のコンピュータEDSACが初稼動。
(22)1951年 - 1947年から中止されていたラジオ体操の放送が再開。現行のラジオ体操第一に改訂される。
(23)1954年 - ロジャー・バニスターが史上初めて1マイル競走で4分を切る。(1マイル4分英語版
(24)1962年 - テレビ番組『てなもんや三度笠』放送開始。
(25)1970年 - 日本で改正著作権法公布。著作権保護が死後50年までに。
(26)1976年 - 都営地下鉄6号線(現在の三田線)が全線開通。なお、目黒 - 三田間は当時計画外だった。
(27)1994年 - 英仏海峡トンネルが開通。
(28)2001年 - シリアを訪問中のローマ教皇ヨハネ・パウロ2世が歴代教皇で初めてモスクに入る。
(29)2002年 - ジャン=ピエール・ラファランフランス首相に就任。
(30)2002年 - オランダの政治家ピム・フォルタインが暗殺される。
(31)2004年 - 上海総領事館員自殺事件
(32)2005年 - 日本のプロ野球で初のセ・パ交流戦が開幕。
(33)2007年 - モーニング娘。第4代目リーダー吉澤ひとみがモーニング娘。コンサートツアーsexy8beatにて、さいたまスーパーアリーナで卒業。
(34)2008年 - 2005年に改定された祝日法振替休日に関する規定により、月曜日以外(火曜日)で初めての振替休日(みどりの日=5月4日の振替)。
(35)2012年 - 茨城県栃木県を中心にこの日午後、天候が大荒れとなり、茨城県つくば市では突風竜巻により住宅約140戸が全壊または半壊し、地元の男子中学生が死亡するなどの被害を受ける。
(36)2012年 - 2012年フランス大統領選挙の決選投票が行われ、フランソワ・オランドニコラ・サルコジを下し当選。

                          インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 

ただ今、6290編目です!

2016年5月6日(金)掲載分
昨日5月5日最終のトップページ)
日別最終トップページ一覧表

編集者のダイアリー・コナー

 本日「5月6日のできごと」 でヨシダが特に興味を抱くのは横に置いといて・・・のこと。今日は連休明け。でも大方の企業では「振り替え休日」でノンビリって方々もあることを想像します。大方の情報源各紙は休刊日とみつつのこと、ふと、目にとまったのが「東洋経済誌」の「新幹線から眺める数分間の「天下統一の歴史」 実は名古屋城天守も見える?車窓から城巡り」 です。★もし、適当な記事にヒットしなかったら、これを編集してみようかな・・・と想いを巡らしています★他でもありません、東京にクライアントが離日直 前9年間もあったことから、新幹線は数え切れにほど乗ったことからの「反省&悔悟(?)」。当時にこの種の記事に接していたら、その積りで上下便とも指定 席を選択して、車窓から瞬間の光景を味わっていただろうな・・・と★残念ながら当時のヨシダにはそんな心の余裕や関心すらなったことを反省します。ただひ とつ、姫路城だけは格別でした。こだま号停車のおりですが、時にはホームに下りて、その窓から観たこともあるのを想起します★現在のヨシダに置き換えての ことに過ぎませんが、同一人物でも、時と共、年齢と共、環境変化等々で変わるものだなあ・・・が現在の心境です★ハイ、もし、適当は取材記事にヒットしな かったら、同記事を取り上げて当該お城の歴史を学びつつロマンを楽しみます。(9:45)
 ・・・おっと、いま気付くに、昨夜ヒットして編集した記事がありました!遅かったので、翌日(本日)回しにした記事です。題して、「No.6288:アベノミクスはなぜ失敗したか? 戦争より先に国民が死にゆく日本MONEY VOICE 2016.5.6.(5日付)矢口新)」がそれ。早速に掲載してからのことにします。(9:50)
 や~!編集しながら、観光しながら、歴史を学びながら、もうひとつボケ防止をしながらの道楽編集仕事!こりゃ、止められないぞ~!とひとり言!くだんの記事は、「No.6289:新幹線から眺める数分間の「天下統一の歴史」 実は名古屋城天守も見える?車窓から城巡り東洋経済ONLINE2016.5.6.栗原 景 :ジャーナリスト)」です。添付した写真は、なんと、34枚!ヨシダって物好きだなあ・・・と正直、思います(笑)。(12:50)
 「No.6290:トランプ氏、米軍駐留経費の全額負担要求 同盟国に日本経済新聞2016.5.6.ワシントン=吉野直也)」 を編集しながら感じた一点。米軍駐留基地で働く日本人労働者の人件費の日本側支払い義務を称して「思いやり予算」とは・・・と絶句します。恩着せがましい ことこの上もありません。「思いやり予算」とは、(ヨシダ流に解釈すれば)「強者が弱者に対して払う立場でもないものを負担する」ことだと思うのですが、 どうでしょう?日本の防衛をしてもらう立場にあって、その基地で働く日本人の賃金は「雇用の場を提供してくれる在日米軍に対する当然の日本負担であるべき だ!」です。ちなみに、グーグルして知るに、曰く、「・・・後述のように「思いやり予算」 とは在日米軍駐留経費の日本側負担のうちの全部ではなく一部を示すものであり、用語の意義としては誤用である・・・(ウィキペディア)と。日本政府関係の 弁を聴きたいものですね。正直な話、この辺りに母国(民)の島国的な意地汚い国民性を垣間見る、と酷評することを辞さない海外からみた(考える)ニッポン 人ヨシダですのブログです。(14:40)
 ふと、ニューヨーク・タイムズのメール(NYTimes.com)の「おくやみ欄 (Obituaries)」に目がとまりました。同紙メールの必見コラムは訃報欄です(笑)。各界各層で活躍した著名人の生き方に関心を抱く故です。訃報 欄が気になるのは年取った証拠ですが、ヨシダの見方はちょっと異なります★くだんの記事欄は題して、「Kaname Harada, Pearl Harbor Fighter Pilot Who Became Pacifist, Dies at 99(平 和主義者の元真珠湾攻撃機パイロットのハラダ・カナメ氏99歳で死去)」です★同記事末尾に曰く、「(日本語ヨシダ訳)・・・今の与党政治家で若い世代の 諸氏は戦争のあの苦しみを理解していない感じです・・・」と★「歴史は繰り返す」の言葉をっここでも感じます。かくいうヨシダは100歳でなく、120歳 の最高齢ヒバクシャ人生を生き抜いて戦争の惨さ、恐ろしさをブログし続ける心を持ち続けて精進しています。(18:30)



No.6290
トランプ氏、米軍駐留経費の全額負担要求 同盟国に

日本経済新聞2016.5.6.ワシントン=吉野直也
ヨシダブログ: 添 付画面の画質かどうか、本記事の編集占有容量は僅か「35KB」。大きいからといって必ずしも容量が多くなるのではないのが幸い。文字が読めるほどの大き さにして掲載しています。ドナルド氏ら日本に関係する発言画面に限定していますが、英語訳はご遠慮します▼本記事のトランプ発言で思わずウ~んと考え込む ことは、「米 国は債務国だ。自動車産業で経済大国になった日本に補助金を払い続けるようなことはできない。米国は債務国だ。自動車産業で経済大国になった日本に補助金 を払い続けるようなことはできない・・」・・・。さらに、「・・・基地で働く日本人従業員の労務費や光熱費など米側が負担すべき経費を日本側が負担して いる。日本側は「思いやり予算」と呼び、年間約1900億円だ。一方、米国は2016年度の予算教書で在日米軍への支出は55億ドル(約5830億円) と・・・ 」等々▼後者の日本人従業員賃金等が日本負担は当然。米軍基地が日本人の雇用の場であることから当然と考える一方でヨシダが?と思うことに、その費用を もって日本政府が「思いやり予算」とは・・・と絶句します。実に米側に対する勿体ぶった呼称とヨシダは感じますがどうでしょうか?「思いやり」とは、力の ある者が弱者に対して使う表現であって、本末転倒って感じを抱きますがどうでしょうか?▼凝り性のヨシダがグーグルで「思いやり予算」を検索するに、曰く、「・・・後述のように「思いやり予算」とは在日米軍駐留経費の日本側負担のうちの全部ではなく一部を示すものであり、用語の意義としては誤用である・・・」と。この辺りのことになると、日本人の汚い根性みたいな感じを抱くのはヨシダだけでしょうか?イヤハヤです▼(写真8枚添付ファイル 
          「トランプ氏、米軍駐留経費の全額負担要求 同盟国に」の画像検索結果        「trump demands to japan for army stationning」の画像検索結果
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No.6289
新幹線から眺める数分間の「天下統一の歴史」 実は名古屋城天守も見える?車窓から城巡り
東洋経済ONLINE2016.5.6.栗原 景 :ジャーナリスト

ヨシダブログ:本 記事にある7枚の写真は筆者・栗原景氏撮影のも。著作権を予想して後日は消滅するのが常のものと認識し、その写真でなく、ヨシダがグーグルで独自に歴史事 実関連を含めてゲットした当該写真を添付します。グーグルに掲載されているものはオープン資料として消滅しません▼グーグル掲載に関して、いきなり飛んで 恐縮ですが、今から何年も前に体験したことに、なんとヨシダの本コラム編集記事がグーグルにジャンジャン出た時代がありました。「次ページへ」をクリック して出るわ出るわ!当該者の立場で些か気が引けたものでし。ところが、ある時期にそれが無くなりました。グーグル編集側が意識的に削除したものと現在にし て想起します。「公平を期す」のがパブリック開示する側の妥当な選択肢だろうな、と自身に言い聞かせたものでした▼この小さな写真記事がヨシダに招来した ことは、「有名お城を巡る歴史探訪」でした。その枚数は28枚!随分と時間をかけての編集でした。ま、その分、ヨシダの心は当時の時代に遡ってのロマンで もありました▼新幹線から観る景色と言えば、「富士山」は絶景でした。数えきれないほどの新幹線車窓からの鑑賞は欠かさず、しかも、その姿を追うように 後方まで顔を向けて観たものです。富士登山経験者だったら、鑑賞の仕方も変わるだろうな、とも▼なお、「中見出し」は、■数分で眺める天下統一の歴史、■ おすすめは清洲城と掛川城・・・と続きます▼おって、栗原 景著:新幹線関連関連記事集」 は本記事中にありますが、本欄でも添付してご参考に供します。新幹線もこんな心構えで利用すれば一層の価値があるものだと痛感します▼蛇足のブログをひと つ。添付写真の末尾に配したヨシダ選択資料。本記事筆者に対してのエールと敬意です。それにしても楽しく旅しながら好きな写真を撮って文章を書いての職業 観。イイですね~!おっと、それを題材にしてこんなブログ写真を編集する側も幸せデス。写真34枚添付ファイル 
            「新幹線からみる掛川城」の画像検索結果   「掛川城主家紋」の画像検索結果  「朝比奈氏」の画像検索結果「掛川城歴代城主」の画像検索結果     「朝比奈氏」の画像検索結果   関連画像「朝比奈氏」の画像検索結果
     「新幹線からみる清洲城」の画像検索結果 「新幹線から見る佐和山城址」の画像検索結果「清洲城歴代城主」の画像検索結果 「斯波義重」の画像検索結果「清洲城歴代城主」の画像検索結果    関連画像  関連画像
       「新幹線から見る佐和山城址」の画像検索結果 「新幹線から見る佐和山城址」の画像検索結果「新幹線から見る佐和山城址」の画像検索結果  「石田三成佐和山城」の画像検索結果    「石田三成佐和山城」の画像検索結果 「石田三成佐和山城」の画像検索結果 「石田三成」の画像検索結果
       「彦根城新幹線から」の画像検索結果  「彦根城」の画像検索結果   「彦根城井伊直弼」の画像検索結果   関連画像「彦根城井伊直弼」の画像検索結果 「彦根城井伊直弼」の画像検索結果 「井伊直弼 暗殺」の画像検索結果     
            「栗原 景(くりはら かげり)」の画像検索結果         「栗原 景(くりはら かげり)」の画像検索結果       「「北斗星」」の画像検索結果   「栗原 景(くりはら かげり)」の画像検索結果    「栗原 景(くりはら かげり)」の画像検索結果「栗原 景「新幹線の車窓から」」の画像検索結果
No.6288
アベノミクスはなぜ失敗したか? 戦争より先に国民が死にゆく日本
MONEY VOICE 2016.5.6.(5日付)矢口新
ヨシダブログ: 金 融政策等はド素人の分際のヨシダですが、輪転機で万円札をジャンジャン印刷して市場にばら撒く風情を称して、「巨額の万円札(国の借金)の行方は『ブラッ クボックス』へ!?」という、分かったような、分かっていないような、とてつもない想像を余儀なくしてきています。事実、関連するファイナンシャル・タイ ムズ紙記事に接しています。それを此処に添付したいのですが、相当以前のことで探す時間がありません。ザンネン!▼「中見出し・太文字見出し・内訳等」 は、「政府・日銀の判断ミスで経済的 な死に追いやられる日本国民、■見るも無惨な「三本の矢」(1.大胆な金融政策、2.機動的な財政政策、3.民間投資を喚起する成長戦略)、■日銀の暴走 を招いた「大胆な金融政策」、■何が本当に国や国民を守るのか?、■日米安全保障条約は信頼に足るか?、■国防の要諦は軍事力のみならず、■民を信じない 官の国に未来はない~今こそ思い切った減税を・・・」と、不気味に続きます▼著者・矢野 新氏の著書は多数ですので、矢野 新著書」をご参照ください。おって、同氏の長文のプロフィールは「矢野 新プロフィール」もご参照ください。異色のご人物とみます。(写真2枚添付ファイル 
      「矢口新」の画像検索結果「矢口新」の画像検索結果   
  昨日5日の記事2編を下記に掲載していましたが、本日6日の第一記事掲載(9:50)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブ ロ グ」 に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。

                         「末尾の特別情報お知らせコーナー」
  以下のコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するもので して、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。なお、上掲のリンクをクリックすると、そ の下書き的なテーマや内容の一端が垣間見られます。


              「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を           
★84歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
★ 人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
★ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
★手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
★そ こで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
★ コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクトの人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
★そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
★ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
★若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄される」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
★ その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
★すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、「世のため、人のために役立つ生涯を」・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジ ナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
★アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
★ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
★なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムではその容量 大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真がないために、編集容量が極めて低く (11.14KB)。ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。  
★もうひとつの「蛇足の弁」ならぬ、「蛇足・でも価値ある漫画言葉」の漫画。曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにつるためだと言ったらどう思うかい?)★これってヨシダのホンネそのものって感じです!!!(笑)

                  「余生」の画像検索結果「余生」の画像検索結果 
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムではその容量 大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真がないために、編集容量が極めて低く (11.14KB)。ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。

 ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。(906.19KB)                     

                        2016年5月6日(金)
                           ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
           

                               吉田祐起                                                           (満84歳6ヶ月)                                                (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)   
                       yoshida@a-bombsurvivor.com                                                     URL(eng): http://www.a-bombsurvivor.com

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