吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳7か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

  原爆証言者・吉田祐起の被爆現場証拠写真です。
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  2016年2月14日(日)午前3時頃のこと。ふと目覚めて色んなことに想いを巡らすなかで思いついたこと。それは被爆で九死に一生を得たという表現を 辞さない私の生々しい体験の場をこのサイトに再現することでした。ガバッと起きてデスクに向かいグーグルで関連写真を検索しました!ゲットしたのが上掲の 写真です。
 当時の私は学徒動員で広島電鉄本社電気課勤務でした。足が不自由なことからの事務所勤務。他の級友たちは電車・バスの修理工場配属 で した。左端の写真看板は現在の本社別館(右2枚の3階ビル)の前に設置されている半倒壊したビル画面と日英語説明文看板。2番目の白黒写真はその生々しい 倒壊した建物コーナーの写真です!
 朝礼を終えてビッコを引きながら薄暗い廊下伝いに電気課事務所に向かっていた瞬間の「ヒカ!ドン!」でし た。 あっという間に下敷きになりました。数秒の差で倒壊を免れた同課オフィスに辿り着いていたと、今更の如く想起し、感無量です。真っ暗なビルの下敷きで手を 合わせて死を覚悟しました。ふと、頭上にほのかな明かりが眼に入り、無我夢中で瓦礫をよじ登りました。子供心に想起することに倒壊した建物のてっ辺に這い 出た時の印象は「下界を見下ろす」って位置。顔面に吹き出る血をみて、「母ちゃ~ん!血が出ているよう~!」と泣きました。倒壊したあの建物の下敷きのわ が姿を生々しく再現再確認する次第です。

              Since 10th March, 2001
 ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!本日現在の「データーサイズ(編集容量)」は実に2.66GBという異例とも自負 する規模です。殆どのインタネット関連企業ですら500KBというなかで、楽天さんのそれはずば抜けて2300KB。ヨシダのそれをKBで示せば 2660KBといった按配。単行本に換算したら、ン拾冊相当!ってところです。ヨシダ自分史足り得ると自負するウェブサイトです。

                            English               
              2016年5月31日(火)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
   注: お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★&▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。    

  オバマ米大統領の被爆市訪問が27日に実現したことで変わること
 このウェブサイトの編集者・ヨシダがフィリピンに移住して以来現在までの長きにわたって、この場所にオバマ米大統領に対する公開書簡の開示をはじめ、ヒバクシャ・ヨシダの存念等々をブログしてきました。
 とりわけ、2009年11月の東京における同大統領がNHKワールド記者の質問「今回の来日で被爆市訪問の意図ありしか?」に対して答えられた言葉を耳にして、躍りあがってガッツしたのがヨシダでした。曰く、"This time the schedules are too tight. However, I would like to have an honor of visiting someday during my Presidency..."(今回はスケジュール一杯でできないが、任期中の何時かは訪問の栄に浴したい・・・)というドラマチックな質疑応答の場を目撃した数少ないニッポン人でした。
 ところが、その直後からのマスメディアはその劇的とも言える大統領発言を一切報道することなく現在に至ったものでして、その背景にヨシダが想像してきたことは、米政府関係筋からの「マスメディアに対する『報道規制(かん口令)』」であったと想起したのがヨシダでした。
  と、そんな背景を知るだけに、今回の広島市訪問は、いわば大統領にとっては、「男の約束を果たした」に過ぎないことと解釈するのがヨシダです。そんなこと から、今回の大統領の広島市訪問実現を称して、「大統領閣下、男の約束が果たせてヨカッタですね!」のひと言です(笑)。
 ・・・と、そんなことからですが、ヨシダが痛切に思考することに「ヒバクシャ証言活動に対する抜本的な変化」が不可避と思考します。すなわち、「恨みつらみ的な証言」はもはや、無用、と言うよりも、オバマ大統領に対して失礼な行為とすら思考します。
 かくいうヨシダ自身は、本サイトでブログする内容も一転して、「ヒバクシャ最期の生き残り人間」という人生ドラマにチャレンジすることにシフトします。詳細は、目下執筆中の「「No.6300:2009年10月時点で「オバマ大統領の<男の約束>」に接し、爾後ブログし続けてきたヨシダが到達した現在の心境を語る(仮題)「インタネット情報&ヨシダブログ:No.6300」2016.5.12.フィリピン在住・吉田祐起)」に詳細にブログすべく、準備中です。執筆完成は急ぐことなく、じっくりと取り組みます。なにせ、先の長~いことになりますので・・・(笑)。
 なお、当分の間、26日の大統領広島市訪問関連記事を下記に掲載してご参考に供します。
その1.広島が思い起こさせる、戦争は罪なき市民に苦しみ オバマ米大統領、単独書面インタビュー  (朝日新聞2016.5.27.)
その2.「No.6324:広島から「核なき世界」訴えへ オバマ大統領に聞く朝日新聞2016.5.27.アメリカ総局長・山脇岳志
その3.
No.6325:「未来志向で…あなたを応援すると伝えたい」オバマ氏と面会の91歳被爆者産経WEST2016.5.26.)」。
その4.
「No.6326:オバマが偉大な大統領である3つの理由(本編に限って文字化けのため、エンコードを「Unicode」にリセットしてください。)(DIAMOND Online2016.5.27.北野幸伯 [国際関係アナリスト] )」
その5.No.6327:和解につながる相互献花宮崎日日新聞「くろしお」2016.5.26.)」 
その6.
「No.6328:8月6日の記憶消えない オバマ米大統領の演説全文(日英語一括)日本経済新聞2016.5.27.(日本語) (同英語))」             
              ウィキペディアから拾った5月31日の「できごと」 
                              May 31 Events(英語版) 
                                   「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。でも、つい、欲張って・・・★なおまた、「ウィキペディアのできごと」は英語版が本流でして、日本語版は その翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・。

  1「Ramesses II」の画像検索結果「Ramesses II」の画像検索結果「Ramesses II」の画像検索結果「Ramesses II」の画像検索結果2「天武天皇 持統天皇」の画像検索結果   「草壁皇子 墓」の画像検索結果  「草壁皇子 墓」の画像検索結果 「草壁皇子」の画像検索結果
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   「1832 – évariste galois letter」の画像検索結果     「1832 – évariste galois is released from prison」の画像検索結果9「bigben began move 1859」の画像検索結果  「bigben began move 1859」の画像検索結果「bigben began move 1859」の画像検索結果「bigben began move 1859」の画像検索結果「bigben began move 1859」の画像検索結果
  「bigben began move 1859」の画像検索結果「bigben began move 1859」の画像検索結果14    「1909年 - 両国国技館」の画像検索結果    「1909年 - 両国国技館」の画像検索結果 「1909年 - 両国国技館」の画像検索結果「1909年 - 両国国技館」の画像検索結果「2016 国技館」の画像検索結果
  16  「1911 the titanic launching」の画像検索結果   「1911 the titanic launching」の画像検索結果  「1911 the titanic launching」の画像検索結果「1911 the titanic launching」の画像検索結果          「1911 the titanic launching」の画像検索結果     「1911 the titanic launching」の画像検索結果  「1911 the titanic launching」の画像検索結果  23「1943年御前会議「大東亜政略指導大綱」」の画像検索結果「1943年御前会議「大東亜政略指導大綱」」の画像検索結果「1943年御前会議「大東亜政略指導大綱」」の画像検索結果「1943年御前会議「大東亜政略指導大綱」」の画像検索結果「1943年御前会議「大東亜政略指導大綱」」の画像検索結果 「1943年御前会議「大東亜政略指導大綱」」の画像検索結果     「1943年御前会議「大東亜政略指導大綱」」の画像検索結果
              (添付写真は編集中です。)
(1)紀元前1279年 - ラムセス2世古代エジプト第19王朝ファラオとなる。
(2)679年天武天皇8年5月5日) - 吉野の盟約

(3)1223年 - チンギス・カンの西征: カルカ河畔の戦いモンゴル帝国軍がキプチャクルーシ連合軍に勝利。
(4)1578年 - パリに現存する最古の橋・ポンヌフが起工。
(5)1604年慶長9年5月3日) - 江戸幕府が京都・堺・長崎で糸割符制を導入。
(6)1730年享保15年4月15日) - 江戸幕府が上米の制を停止し、参勤交代の期間を元の1年おきに戻す。
(7)1795年 - フランス革命: 革命裁判所廃止。
(8)1832年 - フランスの数学者ガロアが、恋愛を巡る決闘で死亡。
(9)1859年 - ロンドンウェストミンスター宮殿ビッグ・ベンの大時計が動き始める。
(10)1862年 - 南北戦争: セブンパインズの戦い
(11)1864年 - 南北戦争: コールドハーバーの戦い
(12)1866年 - フェニアン襲撃: ナイアガラ襲撃。
(13)1902年 - 第二次ボーア戦争: フェリーニヒング条約が締結され、戦争が終結。トランスヴァール共和国オレンジ自由国がイギリス植民地となる。
(14)1909年 - 両国国技館が完成。
(15)1910年 - イギリス自治領として南アフリカ連邦が成立する。
(16)1911年 - タイタニックの進水式。
(17)1916年 - 第一次世界大戦: ユトランド沖海戦が始まる。6月1日まで。
(18)1918年 - プロコフィエフが米への亡命途上、日本上陸。
(19)1924年 - 中華民国北京政府)外交部総長顧維鈞ソ連側代表レフ・カラハン北京中ソ解決懸案大綱協定中国語版を締結し国交を結ぶ。ソ連がロシア帝国の権益を放棄する。
(20)1933年 - 塘沽協定の締結によって満州事変が終結。
(21)1937年 - 林銑十郎内閣が総辞職。
(22)1942年 - 第二次世界大戦: 日本海軍による特殊潜航艇によるシドニー港攻撃が行われる。
(23)1943年 - 大東亜共栄圏: 御前会議で「大東亜政略指導大綱」を決定。
(24)1945年 - 第二次世界大戦: 台北大空襲。日本統治下の台湾・台北市を米軍機が無差別爆撃。
(25)1948年 - 国際ペンクラブ日本ペンクラブの復帰を承認。
(26)1949年 - 行政機関職員定員法公布。
(27)1949年 - 国立学校設置法公布・即日施行。
(28)1954年 - 大分県豊後高田市が市制施行。
(29)1956年 - 川上哲治が通算2,000本安打を達成。
(30)1959年 - バスク地方のスペインフランスからの分離独立を目指す急進的な民族組織であるバスク祖国と自由 (ETA) が発足。
(31)1961年 - 南アフリカがイギリス連邦を脱退し、南アフリカ共和国となる。
(32)1962年 - カリブ海地域のイギリス植民地で構成されていた西インド連邦が解散し、構成国は再びイギリスの直轄植民地に戻る。
(33)1962年 - アドルフ・アイヒマンがイスラエルで絞首刑になる。
(34)1970年 - ペルー北部でアンカシュ地震が発生。死者47,000人。
(35)1977年 - トランス・アラスカ・パイプラインが竣工。
(36)1978年 - 西山事件に関して最高裁判所被告人上告を棄却。西山太吉記者の有罪が確定。
(37)1985年 - 第1回東京国際映画祭開催。
(38)1986年 - FIFAワールドカップメキシコ大会開幕。
(39)1988年 - 鳥取島根両県知事が、中海宍道湖淡水化事業の凍結を表明。
(40)1995年 - 青島幸男東京都知事世界都市博覧会の開催中止を最終決断。
(41)2001年 - W3CXHTML1.1の仕様を勧告。
(42)2002年 - FIFAワールドカップ 韓国・日本大会韓国ソウルで開幕。6月30日まで。
(43)2002年 - 京都議定書が日本の国会で承認。
(44)2005年 - 元FBI職員マーク・フェルトが、ウォーターゲート事件の内部告発者「ディープ・スロート」であったことを自ら明らかにする。
(45)2006年 - 超党派野党、参議院に選択的夫婦別姓制度を盛り込んだ民法改正案を提出。
(46)2013年 - 9:00(UTC+9)、東京スカイツリーからのテレビ電波送信を開始。
(47)2014年 - 国立霞ヶ丘陸上競技場最後のイベント「SAYONARA国立競技場FINAL "FOR THE FUTURE"」が開催され、56年の歴史に幕を下ろす。
(48)2014年-大分県日田市で酷暑(猛暑)日観測。
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                                                  インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 

ただ今、6338編目です!
2016年5月31日(火)掲載分
昨日5月30日最終のトップページ
日別最終トップページ一覧表

編集者のダイアリー・コナー
 

  本日は5月の最終日。このダイアリー・コラムの現在データー・サイズは760KB。 制限容量の1000KBに近い(?)ボリューム!随分と大量と自負します。単行本に換算したら・・・?、ページ数は?それとも、冊数分に換算したら何分の 一冊?と、ヘンな想像をしている始末です。でも、スクロール・ダウンすると分かりますが、一般のウェブサイトにはみられないほどのボリューム感があるスク ロール・ダウンが必要です。他愛もないことにガッツするのも悪くはないぞ~!って、まるで子供みたい。ハイ、「青春(YOUTH)」はヨシダ愛誦の一編です。名実共に、って気分でして、子供みたい・・・。(9:00)
 ふと、傍らのXPが受信したメルマガに目がとまりました。題して、「米大統領選「第三の候補」浮上 2大政党候補高感度低く」 (毎日新聞)がそれ。末尾の言葉でベンキョウします。曰く、「・・・米国では現在の二大政党制が確立した20世紀以降、第三党から大統領は出ていない。だ が、92年の大統領選で実業家のロス・ペロー氏が無所属から立候補して約19%の支持を取得。共和党のジョージ・ブッシュ大統領(父)の票を奪い、ビル・ クリントン大統領の誕生につながら一因になったとされる」と★トランプ候補にはシツレイながら、初めてテレビを見た瞬間から「アンチ・トランプ(さん)」 だけに、似たような想像をするのがヨシダ。共和党内部で問題意識が台頭していることも併せて、第三候補の出現を期待する次第です★1992年と言えば、そ の翌年10月に「米国取材一ヶ月間単独旅行」 をした当時を想起します。クリントン大統領はさることながら、ヒラリーさんもよくテレビに出ていたのが印象的です。当時の大統領選の裏話は今にして知ると いうお粗末さ。でも、当時のヨシダは人生第三毛作突入(大袈裟な)で仕事一点張りでしたから。ちなみに、当時一週間ほどフロリダ・ジャクソンビルで開催さ れた全米トラック協会(ATA)主催の年次大会に招待出席したものですが、クリントンさんが国民保険に関する提言講演を同協会主催でテレビ出演され、巨大 なテレビ画面に見入ったものでした。(9:30)
 ・・・と、本欄で直前ブログ指摘した毎日新聞記事を早速に編集しました。「No.6337:米大統領選 「第三の候補」浮上 2大政党候補好感度低く毎日新聞2016.5.31.ロサンゼルス長野宏美)」。 その所要時間は1時間チョッと。電光石火(?)に近いスピードで編集しました。ハイ!同時に大いにベンキョウしました★容貌で人物評価はあまり良しとはし ませんが、「品位」に関する限りはどうしょうもないほど大事です。第三の星(?)と観るそれはヨシダが抱く「GARY JOHNSONさん」に対する高感 度。ガンバッテ!・・・と。と、これはヒラリーさんへの期待とエールです。(11:00)
 脱帽!!!って気分で編集しました!「No.6338:オバマ大統領「広島演説」は一大叙事詩だった  魂をゆさぶる、神がかり的なコミュ力東洋経済ONLINE2016.5.31.(30日付)岡本 純子 :コミュニケーションストラテジスト)」がそれです。長~いブログになったのは、記事に魅せられたブロガー・ヨシダの感性もあるでしょう(笑)。本日の作業はイイ気分を抱きながら、これにて、オワリとします。(17:00)



No.6338
オバマ大統領「広島演説」は一大叙事詩だった  魂をゆさぶる、神がかり的なコミュ力
東洋経済ONLINE2016.5.31.(30日付)岡本 純子 :コミュニケーションストラテジスト
ヨシダブログ:実 に味わい深い記事に接して嬉しい限りです・・・。オバマ大統領の広島市訪問に関する記事が多いなかで、概して高い評価が主流。そのなかでネギャティヴな評 論もなきにしもあらず。評論家は概してくさすのが主流。おりしも、受信したメルマガの中で目についたのがその典型的なもの。「オバマ広島訪問の裏。日本では決して報道されないフザけた「誠意」=不破利晴」 (MONEY VOICE)がそれですが、「フザけるな」はヨシダが同筆者に対して抱く想いです▼ややこしい政治がらみの解釈や被害者意識丸出しの一部の評論家から見た 大統領の今回の訪問なかんずく、演説の内容については好感を持たれているなかで、批判めいた論評も否定できませんが、本記事はヨシダの胸に強く深く響きま す▼かくいうヨシダの大統領広島市訪問に対する評価基準はヒバクシャの枠を超えたところにあることを自らのウェブサイトで強調してきました▼再々度のブロ グですが、それは2009年11月の同大統領東京立ち寄りの際にNHKワールド記者インタビューでの言葉が全てです。「今回は日程上できないが、大統領任 期中の何時かに訪問の栄に浴したい」 という極めて謙虚かつ、政治がらみ皆無の人格としての素朴な願望であり決意であったということです。この事実を知り、爾来、語り続けてきているのは世間広 しと言えども ヨシダが唯ひとりです▼つまり、大統領の被爆市訪問は政治の云々、立場の云々抜きの、素朴で謙虚な人間的な願望であることに注目することが大事と心得ま す。ヨシダ流の評価基準は「男の約束を守った」という実にシンプルかつ、政治の枠を超えた、人間的動機であり結果と評する所以です▼本記事筆者はそうした 秘話的なものがあることをご存知ないままのこのような内容ですが、当事者大統領の心を明確に受けとめられた良心的かつ、的を射た内容と歓迎するのが前述の 裏話・秘話を承知のヨシダが痛感することです▼オバマ大統領の広島演説を実に高く評価する本記事筆者に敬意を表します。それにしても驚愕的なことは、38 歳のベン・ローズ大統領副補佐官大統領補佐官の存在。ホワイトハウス大統領執務室でのスナップ写真を飽くことなくゲットしました。この大統領にこの補佐官 あり!って感じです▼それにしても本記事筆者の弁は「日本人のプレゼン(コミュ)力の弱さ。ヨシダに言わせばその原因のひとつは日本語の複雑さ。つまり敬 語・謙り語・蔑視語加えて話し相手の地位・年齢等に応じた使い分けの複雑さがその要因のひとつであることは否定できません。海外から観たそれはヨシダが痛 切に感じる同胞(日本語)の弱みでもあります▼末尾ですが、本記事筆者に敬意を表する意味で、筆者の写真&プロフィールを記事中に「ヨシダ引用」で挿入し ました。添付写真最下段の4枚は同氏経営の「株式会社グローコム」関連から拾いました。記事の内容からも感じますが、コミュニケーションの大家です。脱帽デス!写真24枚添付ファイル
      「広島市オバマ大統領演説」の画像検索結果「広島市オバマ大統領演説」の画像検索結果 「広島市オバマ大統領演説」の画像検索結果      「広島市オバマ大統領演説」の画像検索結果      「被爆者の森重昭」の画像検索結果 関連画像
      「ベン・ローズ大統領副補佐官」の画像検索結果      関連画像  関連画像   関連画像   関連画像
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     「見事なスピーチだった(写真:AP/アフロ)」の画像検索結果 「communication power」の画像検索結果「communication power」の画像検索結果「communication power」の画像検索結果 「communication power」の画像検索結果
    「株式会社グローコム岡本 純子」の画像検索結果 「株式会社グローコム岡本 純子」の画像検索結果「株式会社グローコム岡本 純子」の画像検索結果「株式会社グローコム岡本 純子」の画像検索結果
No.6337

米大統領選 「第三の候補」浮上 2大政党候補好感度低く
毎日新聞2016.5.31.ロサンゼルス長野宏美
ヨシダブログ:本記事に目がとまったのは、傍 らのXPが受信したメルマガ・・・と、以下はダイアリーでブログした内容ですが、本欄で大半を再現します★本記事末尾の言葉でベンキョウします。曰く、 「・・・米国では現在の二大政党制が確立した20世紀以降、第三党から大統領は出ていない。だ が、92年の大統領選で実業家のロス・ペロー氏が無所属から立候補して約19%の支持を取得。共和党のジョージ・ブッシュ大統領(父)の票を奪い、ビル・ クリントン大統領の誕生につながら一因になったとされる」がそれです★トランプ候補にはシツレイながら、初めてテレビを見た瞬間から「アンチ・トランプ (さん)」 のヨシダだけに、似たような想像をします。共和党内部で問題意識が台頭していることも併せて、第三候補の出現を期待していました★1992年と言えば、そ の翌年10月に「米国取材一ヶ月間単独旅行」 をした当時を想起します。クリントン大統領はさることながら、ヒラリーさんもよくテレビに出ていたのが印象的です。当時の大統領選の裏話は今にして知ると いうお粗末さ。でも、当時のヨシダは人生第三毛作突入(大袈裟な)で仕事一点張りでしたから。ちなみに、当時一週間ほどフロリダ・ジャクソンビルで開催さ れた全米トラック協会(ATA)主催の年次大会に招待出席したものですが、ヒラリーさんが国民保険に関する提言講演を同協会主催でテレビ出演され、巨大 なテレビ画面に見入ったものでした。大統領夫人ともなれば、大したもんだ・・・とカンシンしたヨシダでした(笑)▼それにしても共和党はだらしない・・・ と言ったらシツレイでしょうが、時代の変化と共に、変わるのが大衆選挙民。とりわけ、移民受け入れ本山として君臨して現在のあるアメリカだけに、貧富の差 は想像以上。多民族国家だけに、国民の選択肢も大きく変わるのでしょうね。それにしてもそうした時代の変化に対応する二大政党であってほしいもの。ま、そ れが出来ないから第三政党が台頭するのではありますが。ホントにイイ勉強をさせてもらいました★(蛇足のブログ)本記事筆者の長野さんの写真とプロフィールを記事内に「ヨシダ引用」として挿入しました。筆者の写真は滅多にゲットできない中で得た資料。ハイ、フェミニストのヨシダがやりそうな情熱(?)の結果です。(写真13枚添付ファイル
      「ex new mexico governor johnson」の画像検索結果            「johnson, libertarian」の画像検索結果            「johnson, libertarian」の画像検索結果
      「ex new mexico governor johnson」の画像検索結果「Ross Perot in president election 1992」の画像検索結果  「Ross Perot in president election 1992」の画像検索結果  「Ross Perot in president election 1992」の画像検索結果
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  昨日30日編集の記事4編を下記に掲載していましたが、本日31日の第一記事掲載(10:50)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシ ダブ ログ」 に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。

                         「末尾の特別情報お知らせコーナー」
  以下のコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するもので して、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。なお、上掲のリンクをクリックすると、そ の下書き的なテーマや内容の一端が垣間見られます。


     毎月の28日はヨシダにとって意義深くしているもの その理由(わけ)は!?
                      (本欄記事は月末まで掲載します。)
 プライベートなことでかつ、単純で大人気ない(?)とも思えるようなことをヨシダは執拗に意識して現在に至ります。ほかでもありません、「28日」という日は吉田祐起の誕生日のそれに当たることから、この日を中心にわが人生の歩みが刻まれている、という自覚や認識です。
 つまり、年に12回の誕生日を意識して「満83歳○ヶ月」とウェブサイトにも掲載し、自身もそれを意識して送っているのです。あと、何日で28日・・・といった具合にです。これって、ちょっと、ユニークはモノの考え方だと自負します。
  時が経つことで、洋の東西を問わず、意味深長なのが「光陰矢の如し」という言葉。英語でも"Time flies like an arrow" と人々は口にします。矢の如く時が去った、と感じることは、その分、人生を短く送っていることを意味するのであって、まさか、時が早く去って歳をとったか ら ヨカッタとは誰も思わないハズです。
 強いてそれをポジティヴに解釈すれば、苦しい時もあったけど、あっと言う間に過ぎ去った、苦しいこと を 克服 してきた、開放された、といったくらいの解釈も成り立つでしょうが、それとて、味わうべき喜怒哀楽の人生がその分、短く去ったことを意味する結果でしかな い、というのがヨシダです。
 折角この世に生を受け、与えられた人生ならば、その喜びを文字通り、日々味わいつつ、感謝しつつ過ごす(消化する)という考え方のほうが、その逆の苦しい人生、早くに過ぎ去って欲しいもの・・・よりもずっと、ハッピーだと思うのです。
  さらに、こんなことも頭に描かれると思います・・・。例えば、何かを達成するとか、成し遂げるものを持っているとします。ヨシダ流の処し方は、優先順位の 見 極めです。沢山ある仕事の優先順位を頭にしっかりと入れて処す方法。ストレスもなくなります。計画的にというのは誰でも言いますが、その処し方の基本はな んと言ってもターゲットとする日の設定でして、ヨシダの場合は毎月の28日がそれになっているという感じです。
 その日(28日)が来たら、ウン、オレはあれもやった、これもやり遂げた、出来なかったことは次の月の28日をひと区切りに・・・といった按配です。これって単純なモーチベーションに過ぎませんが、案外と効果的です。
  結果的には、折角与えられた人生期間を感謝の念をもって着々と消化して事を成し遂げる、といった図式です。同じ1年サイクルで巡ってくる自身の誕生の 「日」をハッピー・バース・デイ!と心の中で呟きながら日々の経過を味わいつつ・・・といったシナリオです。こうした考え方がヨシダが永年、心に入れてい るキーワードに繋がるのです。「生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ」がそれです。
 ところで、これも他愛もないことですが、10月 28日はかのマイクロソフトのビル・ゲイツさんの誕生日(1955年)を早くに認識してきたものです。人間のスケールからすれば、ドダイ比較対象する何も のもないのですが、誕生日だけは同じ!と言える(思える)のがイイ味ってところです(笑)。ヨシダはビル・ゲイツさんと同じ誕生日って思うだけでも、思わ ないよりずっとマシって按配です。
 ふと、この記事を書きながら好奇心旺盛なヨシダは即座にヨシダの認識するその他の著名人を平素世話になるグーグルさんから拾い出しました。多くある人物の中からヨシダの好みに従って人物名と写真を列記して誕生日の味わい方を増幅さす次第です。

 1.徳川 慶喜(1837:江戸幕府第15代将軍)、2.横河民輔(1864:横河電機創業者)、3.ジェイコブ・D・コックス(南北戦争北軍将軍・共和党・第28代オハイオ州知事・第10代アメリカ合衆国内務長官)、4.エルザ・ランチェスター(1902:イギリスの女優)、5.東富士欽壹(1973:大相撲第40代横綱)、6.浜田 晃(1941:俳優)、7.小池真理子(1952:女優)、8. ビル・ゲイツ(1955:マイクロソフト創立者)、9.吉田都(1955:バレリーナ)、10.吉田里琴(1999年:女優)・・・と。ハイ、末尾11は吉田祐起(1931:本サイト編集長)で~す!
 ヨシダって好奇心旺盛 でしょう。こんなことに時間を使うから超多忙人間(?)。日々をかみ締めながら生きるから「光陰矢の如し」は無縁たる所以です(笑)。

   Cox, Jacob D. M.C. Ohio (Secty of Interior in Grant Adm.).jpgエルザ・ランチェスターElsa LanchesterAzumafuji 1950 Scan10025-2.JPG
  http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg
                              WELLNESS ADVOCATES Candidates in Slimmers World’s Miss Bikini 2016 pose before members of the media during a pre-pageant program at Diamond Hotel in Manila. PHOTO BY RUSSELL PALMA
この写真はマニラ・タイムズ紙で拾ったもの。詳細はSlimmers World bares Miss Bikini 2016 finalistrs」をご覧ください。しばし、目の保養を・・・・(笑) 
 ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。(755.53KB)                   

                        2016年5月31日(火)
                           ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
     

                             吉田祐起                                                           (満84歳7ヶ月)                                                (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)   
                       yoshida@a-bombsurvivor.com                                                     URL(eng): http://www.a-bombsurvivor.com

           URL(jpn): http://www.a-bombsurvivor.com/index_japanese.html