吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳7か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

  原爆証言者・吉田祐起の被爆現場証拠写真です。
 「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル別館」の画像検索結果
  2016年2月14日(日)午前3時頃のこと。ふと目覚めて色んなことに想いを巡らすなかで思いついたこと。それは被爆で九死に一生を得たという表現を 辞さない私の生々しい体験の場をこのサイトに再現することでした。ガバッと起きてデスクに向かいグーグルで関連写真を検索しました!ゲットしたのが上掲の 写真です。
 当時の私は学徒動員で広島電鉄本社電気課勤務でした。足が不自由なことからの事務所勤務。他の級友たちは電車・バスの修理工場配属 で した。左端の写真看板は現在の本社別館(右2枚の3階ビル)の前に設置されている半倒壊したビル画面と日英語説明文看板。2番目の白黒写真はその生々しい 倒壊した建物コーナーの写真です!
 朝礼を終えてビッコを引きながら薄暗い廊下伝いに電気課事務所に向かっていた瞬間の「ヒカ!ドン!」でし た。 あっという間に下敷きになりました。数秒の差で倒壊を免れた同課オフィスに辿り着いていたと、今更の如く想起し、感無量です。真っ暗なビルの下敷きで手を 合わせて死を覚悟しました。ふと、頭上にほのかな明かりが眼に入り、無我夢中で瓦礫をよじ登りました。子供心に想起することに倒壊した建物のてっ辺に這い 出た時の印象は「下界を見下ろす」って位置。顔面に吹き出る血をみて、「母ちゃ~ん!血が出ているよう~!」と泣きました。倒壊したあの建物の下敷きのわ が姿を生々しく再現再確認する次第です。

              Since 10th March, 2001
 ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!本日現在の「データーサイズ(編集容量)」は実に2.66GBという異例とも自負 する規模です。殆どのインタネット関連企業ですら500KBというなかで、楽天さんのそれはずば抜けて2300KB。ヨシダのそれをKBで示せば 2660KBといった按配。単行本に換算したら、ン拾冊相当!ってところです。ヨシダ自分史足り得ると自負するウェブサイトです。

                            English               
              2016年5月28日(土)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
   注: お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★&▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。    

  オバマ米大統領の被爆市訪問が27日に実現したことで変わること
 このウェブサイトの編集者・ヨシダがフィリピンに移住して以来現在までの長きにわたって、この場所にオバマ米大統領に対する公開書簡の開示をはじめ、ヒバクシャ・ヨシダの存念等々をブログしてきました。
 とりわけ、2009年11月の東京における同大統領がNHKワールド記者の質問「今回の来日で被爆市訪問の意図ありしか?」に対して答えられた言葉を耳にして、躍りあがってガッツしたのがヨシダでした。曰く、"This time the schedules are too tight. However, I would like to have an honor of visiting someday during my Presidency..."(今回はスケジュール一杯でできないが、任期中の何時かは訪問の栄に浴したい・・・)というドラマチックな質疑応答の場を目撃した数少ないニッポン人でした。
 ところが、その直後からのマスメディアはその劇的とも言える大統領発言を一切報道することなく現在に至ったものでして、その背景にヨシダが想像してきたことは、米政府関係筋からの「マスメディアに対する『報道規制(かん口令)』」であったと想起したのがヨシダでした。
  と、そんな背景を知るだけに、今回の広島市訪問は、いわば大統領にとっては、「男の約束を果たした」に過ぎないことと解釈するのがヨシダです。そんなこと から、今回の大統領の広島市訪問実現を称して、「大統領閣下、男の約束が果たせてヨカッタですね!」のひと言です(笑)。
 ・・・と、そんなことからですが、ヨシダが痛切に思考することに「ヒバクシャ証言活動に対する抜本的な変化」が不可避と思考します。すなわち、「恨みつらみ的な証言」はもはや、無用、と言うよりも、オバマ大統領に対して失礼な行為とすら思考します。
 かくいうヨシダ自身は、本サイトでブログする内容も一転して、「ヒバクシャ最期の生き残り人間」という人生ドラマにチャレンジすることにシフトします。詳細は、目下執筆中の「「No.6300:2009年10月時点で「オバマ大統領の<男の約束>」に接し、爾後ブログし続けてきたヨシダが到達した現在の心境を語る(仮題)「インタネット情報&ヨシダブログ:No.6300」2016.5.12.フィリピン在住・吉田祐起)」に詳細にブログすべく、準備中です。執筆完成は急ぐことなく、じっくりと取り組みます。なにせ、先の長~いことになりますので・・・(笑)。
 なお、当分の間、26日の大統領広島市訪問関連記事を下記に掲載してご参考に供します。
その1.広島が思い起こさせる、戦争は罪なき市民に苦しみ オバマ米大統領、単独書面インタビュー  (朝日新聞2016.5.27.)
その2.「No.6324:広島から「核なき世界」訴えへ オバマ大統領に聞く朝日新聞2016.5.27.アメリカ総局長・山脇岳志
その3.
No.6325:「未来志向で…あなたを応援すると伝えたい」オバマ氏と面会の91歳被爆者産経WEST2016.5.26.)」。
その4.
「No.6326:オバマが偉大な大統領である3つの理由(本編に限って文字化けのため、エンコードを「Unicode」にリセットしてください。)(DIAMOND Online2016.5.27.北野幸伯 [国際関係アナリスト] )」
その5.No.6327:和解につながる相互献花宮崎日日新聞「くろしお」2016.5.26.)」 
その6.
「No.6328:8月6日の記憶消えない オバマ米大統領の演説全文(日英語一括)日本経済新聞2016.5.27.(日本語) (同英語))」             
              ウィキペディアから拾った5月28日の「できごと」 
                              May 28 Events(英語版) 
                                   「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。でも、つい、欲張って・・・★なおまた、「ウィキペディアのできごと」は英語版が本流でして、日本語版は その翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・。

    3      「1588,  Spanish Armada left risbon for war to england」の画像検索結果      「1588,  Spanish Armada left risbon for war to england」の画像検索結果  「1588,  Spanish Armada left risbon for war to england」の画像検索結果「1588,  Spanish Armada left risbon for war to england」の画像検索結果4「1830, andrew jackson signed the document of indian law」の画像検索結果
    「1830, andrew jackson signed the document of indian law」の画像検索結果   「1830, andrew jackson signed the document of indian law」の画像検索結果      「1830, andrew jackson signed the document of indian law」の画像検索結果「1830, andrew jackson signed the document of indian law」の画像検索結果「1830, andrew jackson signed the document of indian law」の画像検索結果「1830, andrew jackson signed the document of indian law」の画像検索結果8「1905, the Irtysh warship surrendered」の画像検索結果 「1905, the Irtysh warship surrendered」の画像検索結果
  「イルティッシュ号投降事件」の画像検索結果「イルティッシュ号投降事件」の画像検索結果  「イルティッシュ号投降事件」の画像検索結果 「イルティッシュ号投降事件」の画像検索結果「イルティッシュ号投降事件」の画像検索結果10  「1927年 - 第1回全日本オープンゴルフ選手権大会」の画像検索結果    「1927年 - 第1回全日本オープンゴルフ選手権大会」の画像検索結果「1927年 - 第1回全日本オープンゴルフ選手権大会」の画像検索結果
12「1930, Chrysler Building」の画像検索結果 「1930, Chrysler Building」の画像検索結果 「1930, Chrysler Building」の画像検索結果「1930, Chrysler Building」の画像検索結果  「1930, Chrysler Building」の画像検索結果  「1930, Chrysler Building」の画像検索結果13関連画像「1934 (Dionne quintuplet sisters」の画像検索結果「1934 (Dionne quintuplet sisters」の画像検索結果
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  18「1961Amnesty International by Peter Benenson」の画像検索結果「1961Amnesty International by Peter Benenson」の画像検索結果   「1961Amnesty International」の画像検索結果「1961Amnesty International by Peter Benenson」の画像検索結果「1961Amnesty International by Peter Benenson」の画像検索結果     「1961Amnesty International by Peter Benenson」の画像検索結果   19「1964, PLO」の画像検索結果  
    「1964, PLO」の画像検索結果「1964, PLO」の画像検索結果「1964, PLO」の画像検索結果 22     「1982 john paul 2 visit england」の画像検索結果     「1982 john paul 2 visit england」の画像検索結果       関連画像23「Merry Christmas, Mr. Lawrence」の画像検索結果「Merry Christmas, Mr. Lawrence」の画像検索結果
     「Merry Christmas, Mr. Lawrence」の画像検索結果「Merry Christmas, Mr. Lawrence」の画像検索結果「Merry Christmas, Mr. Lawrence」の画像検索結果    関連画像   関連画像24          関連画像
   「mathias rust pilot」の画像検索結果「mathias rust pilot」の画像検索結果  「mathias rust pilot」の画像検索結果   25 「1992年 - 歌手の藤山一郎が国民栄誉賞」の画像検索結果 「1992年 - 歌手の藤山一郎が国民栄誉賞」の画像検索結果27 「1998, pakistan first atomic bomb test」の画像検索結果      「1998, pakistan first atomic bomb test」の画像検索結果
       「1998, pakistan first atomic bomb test」の画像検索結果        「1998, pakistan first atomic bomb test」の画像検索結果     「1998, pakistan first atomic bomb test」の画像検索結果34「高級料亭「船場吉兆」が廃業」の画像検索結果「高級料亭「船場吉兆」が廃業」の画像検索結果 「高級料亭「船場吉兆」が廃業」の画像検索結果 「高級料亭「船場吉兆」が廃業」の画像検索結果「高級料亭「船場吉兆」が廃業」の画像検索結果

(1)紀元前585年 - ハリスの戦い英語版メディア王国リュディアに攻め込むが、偶然起こった日蝕を不吉に感じて戦争をやめ、戦場となったハリス川を国境に定める。
(2)1503年 - スコットランドジェームズ4世イングランドヘンリー7世の娘マーガレット・テューダーと結婚。
(3)1588年 - スペインの「無敵艦隊」がイングランド遠征のためリスボンを出発。
(4)1830年 - アンドリュー・ジャクソン米大統領がインディアン移住法に署名。
(5)1858年 - ロシア帝国璦琿条約に調印。アムール川以北が清からロシアに割譲。
(6)1871年 - 「血の1週間」の戦闘が終結。パリ・コミューンが瓦解し、パリ統治が終了。
(7)1902年 - 日本で電柱広告が許可される。
(8)1905年 - イルティッシュ号投降事件
(9)1926年 - ポルトガル1926年5月28日クーデター起こる。ポルトガル第一共和政が終結し、エスタド・ノヴォへ移行。
(10)1927年 - 第1回全日本オープンゴルフ選手権大会開催。
(11)1927年 - 第1次山東出兵。中国の北伐軍に対抗して、日本政府が居留民と権益の保護のために山東省へ出兵。
(12)1930年 - ニューヨーク超高層ビルクライスラービルが開業。翌年エンパイア・ステート・ビルディングに抜かれるまで世界一の高さ。
(13)1934年 - 幼児期以降まで成長した世界初の五つ子、ディオンヌ家の五つ子姉妹カナダオンタリオ州において出生。
(14)1937年 - ネヴィル・チェンバレンイギリスの60代首相に就任し、挙国一致のチェンバレン内閣が発足。
(15)1940年 - 第二次世界大戦: ベルギーの戦いベルギーナチス・ドイツに降伏。国王と政府はロンドンに亡命。
(16)1953年 - ソ連東ドイツ管理委員会を廃止し民政に移行。
(17)1960年 - トキ国際保護鳥に指定。
(18)1961年 - ピーター・ベネンソンによるアムネスティ・インターナショナル結成のきっかけとなった新聞投稿が掲載される。
(19)1964年 - パレスチナ解放機構(PLO)設立。
(20)1965年 - 経営悪化の山一證券に対し政府が日本銀行法25条を発動、無制限・無期限の日銀特融を実施。
(21)1980年 - 張本勲が日本プロ野球史上初の通算3000本安打を達成。
(22)1982年 - ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世イギリス訪問。教皇はイングランド国教会首長と会談し、ローマ・カトリック教会とイングランド国教会との正式な和解が450年ぶりに成立。
(23)1983年 - 映画『戦場のメリークリスマス』公開。
(24)1987年 - 19歳の西ドイツマチアス・ルストが操縦するセスナ機がモスクワ赤の広場に強行着陸。
(25)1992年 - 歌手の藤山一郎国民栄誉賞を受賞。
(26)1993年 - エリトリアモナコが国連に加盟。
(27)1998年 - パキスタン初の核実験を行う。
(28)2001年 - スラッシュドット日本語版であるスラッシュドットジャパンが正式オープン。
(29)2002年 - 東アジアサッカー連盟設立。
(30)2002年 - 経済団体連合会(経団連)と日本経営者団体連盟(日経連)が統合され、日本経済団体連合会(日本経団連)が発足。
(31)2004年 - イラク統治評議会イヤード・アッラーウィーイラク暫定政権の首相に選出。
(32)2007年 - 農林水産大臣松岡利勝が自殺。現職大臣の自殺は阿南惟幾陸軍大臣1945年8月15日死亡)以来で、現憲法下では初。
(33)2008年 - ネパールで制憲議会召集、共和制への移行が宣言され、ネパール王国ゴルカ朝)の治世に終止符が打たれる。
(34)2008年 - 高級料亭「船場吉兆」が廃業。
(35)2010年 - アップル社がタブレット型コンピュータ「iPad」を、既に販売しているアメリカを除く全世界で発売。
(36)2010年 - 少子化担当大臣の福島瑞穂普天間基地移設問題で県内移設に反対したため、首相の鳩山由紀夫罷免される。
(37)2015年 - 日本年金機構の職員が電子メールの添付ファイルを開封して個人情報約125万件が外部に流出した事が判明[1]406.86KB=40.6KB/photo line 

                                                  インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 

ただ今、6330編目です!
2016年5月28日(土)掲載分
昨日5月27日最終のトップページ
日別最終トップページ一覧表

編集者のダイアリー・コナー
 

  本日28日はヨシダにとっては深い意味ある日です。10月28日の誕生日をもって、毎月 の28日を意義深くうけとめて生きてきていることです。本日で満84歳7か月になりました、といった調子。その理由は本トップサイトの末尾までスクロー ル・ダウンしていただくとご覧いただけます。題して、「毎月の28日はヨシダにとって意義深くしているもの その理由(わけ)は!?」です。他愛もないことですが、本人にとっては大真面目ってところです(笑)。
   昨日はオバマ大統領の広島市訪問関連記事が交差して超多忙でした。でも、この大きな出来事をもって、ヨシダのヒバクシャ証言活動めいたものはなくなりま す。代わってヒバクシャ・ヨシダの胸に台頭するものは、「ヒバクシャ最期の生き残り」を演じること、と図太い神経を磨いています(笑)。(00:10)
  オバマ大統領の広島訪問を評してヨシダ曰く、「大統領閣下!ヨカッタですね~!<男 の約束>が果たせて!」がそれ。実に淡々かつ、奇抜なヨシダブログでしょう!背後に秘めるエピソードを此処でブログする必要はまったくありません★ 今朝一番の取材記事は、奇しくもヨシダ人生の秘話(?)に言及することを余儀なくします(笑)。ブログするネタは無限です(笑)★今朝一番の掲載記事は、 「No.6329:広島の思い届いた 被爆者、オバマ氏の演説に万感日本経済新聞2016.5.28.)」です。
 自意識過剰と言う勿れ。人間って見られているから、ヘンなことはできないと思うのが常。経営者の場合は「千両役者たれ」が帝王学のひとつ。60余年間の経営者人生を経て現在があるそれは、ヨシダ自身の経営哲学でもあります。当該記事は、「No.6330:「見られている意識」が自分を伸ばすDIAMOND Online2016.5.28.編集長・岩佐文夫)」です★本日のできごと添付写真の編集時間がありません。ま、たまにはイイでしょう。(11:40)


No.6330
「見られている意識」が自分を伸ばす
DIAMOND Online2016.5.28.編集長・岩佐文夫
ヨシダブログ:本 記事冒頭の言葉がズバリ言い当てていま す。曰く、「経営者にお会いして感じるのは「見た目のかっこいい人が多い」ということだ。それは体格や着ているモノだけでは説明できず、「見られている意 識」ではないだろうか。この意識をもつことで、誰もがリーダーとしての資質を高めることができる」がそれ▼卑近な例を挙げましょう。「貧乏ゆすり(脚を無 意識にブルブルさす仕草)」をする経営者をついぞ見たことがありません。経営者にも色々ですが、貧乏ゆすりする経営者があるとすれば、大した人物ではあり ません。従業員の内心は、「おれたちの社長は見ちゃあ居れん・・・」と内心不安がるでしょう▼経営者時代を通してヨシダは経営者帝王学を絶えず心掛け、意 識して振舞いました。松下幸之助さんか、田辺経営の田辺昇一先生だったか記憶が定かでありませんが、「経営者は名役者たれ」がありました▼この教訓を裏返 せば、儲かっていない時でも悠然と、悩みがある時でも平然と・・・といった按配。従業員の社長に対する信頼度に寄与します。その逆の結果は社長に対する信 頼感の欠如足り得るでしょう。つまり、儲かっている時でもウキウキ気分や表情を見せることは「隙を与える」に通じます▼僭越ですがヨシダの例をひとつ。 現役中は10紙にも及ぶ各種の新聞を購読したものですが、その大量の情報源を辿る(新聞を読む)時の姿勢は、「ソーファーにのけぞった格好で」ではなく、 「デスク で背筋をピ~ん伸ばして、片手に赤鉛筆(現代は蛍光ペン)で大事な記述に注目すべくラインを引く」ってスタイルをキープしたものです。「社長はベンキョウ している!」という印象を与えるのが社長の戦略(?笑)足り得ます。ちなみに、かくも多くの新聞を購読したには別の意味がありました。労組に対する説得 力。つまり時事問題等を熟知して労組への世相等の説得力を得ることが狙いでした▼時には額に手を当てて考え込む姿。「社長業って、色々と悩みがあるんだろ うな・・・事 故発生などで、心配や損失金 を出してはイカン」という影響を与える演出を心掛けることも必要です▼例えば会社が深刻な問題を抱えている時などで、社長がふとした行為(振る舞いや表 情)を見せることで社員に不適切な安心感を与えることも留意することが肝要です▼逆に本当に深刻な時でも、チョッとした社長の表情や仕草で、社員に不安 感の逆に信頼感や逞しさの印象を与える等は千両役者の部類になるでしょう。いわゆる、「見られ・観られ・視られ・看られ」に通じるほど社長の「一挙手一投 足」への自意識が大事です▼末尾にヨシダの千両役者ぶりのひとコマをひとつ。事故を起こしたドライバーを前にヨシダ社長はテーブルを叩いて怒鳴りました! 「バカもん!貴様ほどの優秀なドライバーがこんな馬鹿げた事故を起こすなんてどうなってるんだ!恥を知れ、オオバカもん!」と、これは計算どおりの社長演 出でした(笑)▼その時の彼の言葉は現在にして鮮明です。「・・・社長、お恥ずかしい限りです。損失金の倍ほどの儲けを出して挽回します!」と。後年、ヨ シダが同社を去っての彼は労働組合委員長として労使協調路線を歩んでいると知ります▼以上は、60余年間の経営者人生を経て現在があるヨシダ自身が体験し たことであって、借り物ではありません。本記事の教訓はヨシダ自身の経営者体験から培った経営者演出力にも通じると自負します。写真7枚添付ファイル
     「歌舞伎千両役者」の画像検索結果「歌舞伎千両役者」の画像検索結果「歌舞伎千両役者」の画像検索結果「歌舞伎千両役者」の画像検索結果 「歌舞伎千両役者」の画像検索結果「編集長・岩佐文夫」の画像検索結果      「編集長・岩佐文夫」の画像検索結果
No.6329
広島の思い届いた 被爆者、オバマ氏の演説に万感

日本経済新聞2016.5.28.
ヨシダブログ:こ の記事を編集しながら、ヒバクシャ・ヨシダの胸をチラッと横切ることがあります。ヒバクシャであるがゆえに甘受する医療施設や養老施設等の援助なかんず く、原爆健康手当て等の感謝すべき恩恵です▼両市の被爆者施設や人たちを見るにつけ、頭を横切ることは、もし、フィリピインとの接点や縁なかりせば・・・ という想いです。とりわけ、30数年間共にした前妻とはお家騒動的なことから離婚し、その後は若い未亡人に拾われて(笑)同棲生活16年。期するものを得 て離別し、日本を離れて此処フィリピンで、しかも、フィリピン人家族との共同生活にわが身を委ねる現在の姿▼もし、この縁や宿命なかりせば、ヨシダの老後 の姿を原爆施設に委ねていただろうな・・・という想いは心の片隅にあることは事実です▼ブログは飛びますが、かつての同業者(経営コンサルタント)で東京 在住の人物(数年前他界)とのメールによる情報交換の中で知ったことに、同氏の家族多くが東京大空襲で無残な死を遂げられたということ。「ヨシダさん、原 爆被爆者には恩典があるけど、われわれ空襲被害者には皆無です・・・」という言葉が胸を強く打ちました▼かくいうヨシダは二十歳代で独立自営業時代のこ と、一般社会情報には無頓着でした。かの被爆者健康管理手当て等の制度にも全く無頓着。制度化されて随分年数が経ってのこと。結婚していた姉や周囲の人た ちの助言でようやくにして気付かされて申請受理された経緯があるのです▼身体障害者の立場にあってもそうでした。生後10ヶ月でポリオ罹病。満60歳過 ぎ、かのお家騒動で離婚する頃になって「補そう具メーカーの社長の助言で「身障者手帳交付申請」をしたのです▼忘れもしません、「傷害度の認定審査」の担 当医師が唸る様に言いました。「・・・どうしてその御歳まで障害者手帳の交付を受けていなかったのですか?・・・」と絶句。「・・・やせてもかれてもボク は経営者人生を送ってきた者。わが身の身体状態で恩典を受けることは潔しとしませんでしたから・・・」と、サラリと言ってのけました。唖然として、ポカ ン~んと口をあけたままの医師の姿を想起します▼翻って現在のわが身。そうした被爆者関連の恩典は年金と共にその全てを共同生活するフィリピン人家族なか んずく、その家長に任ずる人物にハネ任せです。「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」がその背景。彼らを貧困から脱却さす見返りにわが身の終生面倒看を 委託する、という仕組み。蛇足ブログですが、最近では新車トヨタに代替。土地取得済み(半額返済済み)。残すは新築家屋。地主曰く、地代完済を待たずとも 何時でも建ててOKと▼と、考えていくと、ヨシダの人生はこの年齢にして第一人称的な生き方では全くなく、第二、第三人称的生き方に必然的に徹してきたと も言えるでしょう。「自利から他利」 がその終着駅足り得ます▼・・・と、とんでもない方向に向かったヨシダブログですが、本記事編集機会が奇しくもそういったヨシダ人生の一端をディスクロー ズする機会になりました▼蛇足ブログをひとつだけお許しを・・・。ヨシダの現在の存念は自己の健康管理に関する限り人後に落ちない涙ぐましい(?笑)自助 努力。加えてのこと、実に大胆不敵(?)かつ、厚かましいことかも知れませんが、本日28日で「満84歳7ヶ月」を迎えたことなどを踏まえてこと。ヨシダ のヒバクシャ証言たるの所以を「ヒバクシャ最期の生き残りヨシダ」を演じきることにシフトしました(笑)。本サイトに証言的ブログをすることは恐らくない でしょう。わが身の生き方をもって自他とものヒバクシャ証言に換える所存です▼考えてみるに、随分とプライバシーに関するブログの多々。自称「人生第四毛 作」をもって「ヨシダ自分史」の締めくくり(最終章)とする所以です。(写真16枚添付ファイル
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No.6328
8月6日の記憶消えない オバマ米大統領の演説全文(日英語一括)
日本経済新聞2016.5.27.(日本語) (同英語) 

ヨシダブログ:
大統領の演説・日英語版を一括掲載しています。(写真17枚添付ファイル)
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  昨日27日編集の記事3編を下記に掲載していましたが、本日28日の第一記事掲載(11:00)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシ ダブ ログ」 に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。

                         「末尾の特別情報お知らせコーナー」
  以下のコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するもので して、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。なお、上掲のリンクをクリックすると、そ の下書き的なテーマや内容の一端が垣間見られます。


     毎月の28日はヨシダにとって意義深くしているもの その理由(わけ)は!?
 プライベートなことでかつ、単純で大人気ない(?)とも思えるようなことをヨシダは執拗に意識して現在に至ります。ほかでもありません、「28日」という日は吉田祐起の誕生日のそれに当たることから、この日を中心にわが人生の歩みが刻まれている、という自覚や認識です。
 つまり、年に12回の誕生日を意識して「満83歳○ヶ月」とウェブサイトにも掲載し、自身もそれを意識して送っているのです。あと、何日で28日・・・といった具合にです。これって、ちょっと、ユニークはモノの考え方だと自負します。
  時が経つことで、洋の東西を問わず、意味深長なのが「光陰矢の如し」という言葉。英語でも"Time flies like an arrow" と人々は口にします。矢の如く時が去った、と感じることは、その分、人生を短く送っていることを意味するのであって、まさか、時が早く去って歳をとったか ら ヨカッタとは誰も思わないハズです。
 強いてそれをポジティヴに解釈すれば、苦しい時もあったけど、あっと言う間に過ぎ去った、苦しいこと を 克服 してきた、開放された、といったくらいの解釈も成り立つでしょうが、それとて、味わうべき喜怒哀楽の人生がその分、短く去ったことを意味する結果でしかな い、というのがヨシダです。
 折角この世に生を受け、与えられた人生ならば、その喜びを文字通り、日々味わいつつ、感謝しつつ過ごす(消化する)という考え方のほうが、その逆の苦しい人生、早くに過ぎ去って欲しいもの・・・よりもずっと、ハッピーだと思うのです。
  さらに、こんなことも頭に描かれると思います・・・。例えば、何かを達成するとか、成し遂げるものを持っているとします。ヨシダ流の処し方は、優先順位の 見 極めです。沢山ある仕事の優先順位を頭にしっかりと入れて処す方法。ストレスもなくなります。計画的にというのは誰でも言いますが、その処し方の基本はな んと言ってもターゲットとする日の設定でして、ヨシダの場合は毎月の28日がそれになっているという感じです。
 その日(28日)が来たら、ウン、オレはあれもやった、これもやり遂げた、出来なかったことは次の月の28日をひと区切りに・・・といった按配です。これって単純なモーチベーションに過ぎませんが、案外と効果的です。
  結果的には、折角与えられた人生期間を感謝の念をもって着々と消化して事を成し遂げる、といった図式です。同じ1年サイクルで巡ってくる自身の誕生の 「日」をハッピー・バース・デイ!と心の中で呟きながら日々の経過を味わいつつ・・・といったシナリオです。こうした考え方がヨシダが永年、心に入れてい るキーワードに繋がるのです。「生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ」がそれです。
 ところで、これも他愛もないことですが、10月 28日はかのマイクロソフトのビル・ゲイツさんの誕生日(1955年)を早くに認識してきたものです。人間のスケールからすれば、ドダイ比較対象する何も のもないのですが、誕生日だけは同じ!と言える(思える)のがイイ味ってところです(笑)。ヨシダはビル・ゲイツさんと同じ誕生日って思うだけでも、思わ ないよりずっとマシって按配です。
 ふと、この記事を書きながら好奇心旺盛なヨシダは即座にヨシダの認識するその他の著名人を平素世話になるグーグルさんから拾い出しました。多くある人物の中からヨシダの好みに従って人物名と写真を列記して誕生日の味わい方を増幅さす次第です。

 1.徳川 慶喜(1837:江戸幕府第15代将軍)、2.横河民輔(1864:横河電機創業者)、3.ジェイコブ・D・コックス(南北戦争北軍将軍・共和党・第28代オハイオ州知事・第10代アメリカ合衆国内務長官)、4.エルザ・ランチェスター(1902:イギリスの女優)、5.東富士欽壹(1973:大相撲第40代横綱)、6.浜田 晃(1941:俳優)、7.小池真理子(1952:女優)、8. ビル・ゲイツ(1955:マイクロソフト創立者)、9.吉田都(1955:バレリーナ)、10.吉田里琴(1999年:女優)・・・と。ハイ、末尾11は吉田祐起(1931:本サイト編集長)で~す!
 ヨシダって好奇心旺盛 でしょう。こんなことに時間を使うから超多忙人間(?)。日々をかみ締めながら生きるから「光陰矢の如し」は無縁たる所以です(笑)。

   Cox, Jacob D. M.C. Ohio (Secty of Interior in Grant Adm.).jpgエルザ・ランチェスターElsa LanchesterAzumafuji 1950 Scan10025-2.JPG
  http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg
                              WELLNESS ADVOCATES Candidates in Slimmers World’s Miss Bikini 2016 pose before members of the media during a pre-pageant program at Diamond Hotel in Manila. PHOTO BY RUSSELL PALMA
この写真はマニラ・タイムズ紙で拾ったもの。詳細はSlimmers World bares Miss Bikini 2016 finalistrs」をご覧ください。しばし、目の保養を・・・・(笑) 
 ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。(880.69KB)                   

                        2016年5月28日(土)
                           ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
     

                             吉田祐起                                                           (満84歳7ヶ月)                                                (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)   
                       yoshida@a-bombsurvivor.com                                                     URL(eng): http://www.a-bombsurvivor.com

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