吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳6か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

  原爆証言者・吉田祐起の被爆現場証拠写真です。
 「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル別館」の画像検索結果
  2016年2月14日(日)午前3時頃のこと。ふと目覚めて色んなことに想いを巡らすなかで思いついたこと。それは被爆で九死に一生を得たという表現を 辞さない私の生々しい体験の場をこのサイトに再現することでした。ガバッと起きてデスクに向かいグーグルで関連写真を検索しました!ゲットしたのが上掲の 写真です。
 当時の私は学徒動員で広島電鉄本社電気課勤務でした。足が不自由なことからの事務所勤務。他の級友たちは電車・バスの修理工場配属 で した。左端の写真看板は現在の本社別館(右2枚の3階ビル)の前に設置されている半倒壊したビル画面と日英語説明文看板。2番目の白黒写真はその生々しい 倒壊した建物コーナーの写真です!
 朝礼を終えてビッコを引きながら薄暗い廊下伝いに電気課事務所に向かっていた瞬間の「ヒカ!ドン!」でし た。 あっという間に下敷きになりました。数秒の差で倒壊を免れた同課オフィスに辿り着いていたと、今更の如く想起し、感無量です。真っ暗なビルの下敷きで手を 合わせて死を覚悟しました。ふと、頭上にほのかな明かりが眼に入り、無我夢中で瓦礫をよじ登りました。子供心に想起することに倒壊した建物のてっ辺に這い 出た時の印象は「下界を見下ろす」って位置。顔面に吹き出る血をみて、「母ちゃ~ん!血が出ているよう~!」と泣きました。倒壊したあの建物の下敷きのわ が姿を生々しく再現再確認する次第です。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                                           English               
            2016年5月26日(木)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
   注: お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★&▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。    

  オバマ大統領閣下!ヒロシマ・ヒバクシャ・ヨシダがご提言します!   
27 日の広島市ご訪問の際は、どうか、慰霊碑ご参拝のおりに、ちょっとばかり異例とも思えるような長い時間の無言の祈りを捧げてください。それをされたら「ヒ バクシャとの面接」は無用と心得ます!言葉に表現できない意義深く貴重なそれは大統領のお心の表現であるからです。大統領閣下の誓いの証しでもあるからで す。2009年11月にヨシダが眼に耳にしたNHK World 記者インタビューの際の大統領閣下の「男の約束」を抱き続けてきているからです。ヨシダのホンネは「大統領閣下!ヨカッタですね、『男の約束』が果たせ て!」。それ以下でも以上でもないのが大統領閣下の被爆市ご訪問の成果であると心得ます!
 なお、この発想の原点は「No.6310「同じ“生きる”なら、“活(い)きる”でないと駄目なのじゃ」。印象的なせりふとともに…福井新聞「越山若水」2016.5.17.)」であることを告白します。
             
オバマ米大統領の被爆市訪問が今月27日に決定!

  オバマ大統領は「(日本流で言えば)男の約束」を果たされることが決定しました。昨日深夜に本サイトの日付変更をするべくデスクに向かったところ、各紙の メルマガが報じていることに気付きました。なお、「男の約束」に関してはその次に表示しているニューヨーク・タイムズ紙メールをご参考にしてください。ヨ シダは2009年のあの時点、あの瞬間から語り続けて現在に至っていることを誇りに感じます。(10日22:44記)
       オバマ米大統領、27日広島訪問 核廃絶へ演説計画 日米発表、現職大統領で初
★ニューヨーク・タイムズ紙が報じた記事を日本語抜きで編集しました!クリックしてご覧くださいませんか?ヨシダがあの時点で書いたことが現在にしてはじめて米紙に報道されたのがポイントです!「No.6297Obama Weighs Visiting Hiroshima or NagasakiThe New York Times White House Letter May 8, 2016  By )」(5月9日記)
     
             ウィキペディアから拾った5月26日の「できごと」 
                              May 26 Events(英語版) 
                                   「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。でも、つい、欲張って・・・★なおまた、「ウィキペディアのできごと」は英語版が本流でして、日本語版は その翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・。

   1「599年『日本書紀』に日本最古の地震被害状況記録。」の画像検索結果「599年『日本書紀』に日本最古の地震被害状況記録。」の画像検索結果「599年『日本書紀』に日本最古の地震被害状況記録。」の画像検索結果「599年『日本書紀』に日本最古の地震被害状況記録。」の画像検索結果2「752年 - 東大寺盧舎那仏像」の画像検索結果「752年 - 東大寺盧舎那仏像」の画像検索結果
       「752年 - 東大寺最古の写真」の画像検索結果    関連画像「752年東大寺盧舎那仏像の開眼供養」の画像検索結果4「安房国小湊浦の清澄山」の画像検索結果「立教開宗」の画像検索結果    「安房国小湊浦の清澄山」の画像検索結果
   「安房国小湊浦の清澄山」の画像検索結果     関連画像6「赤穂城が幕府に明け渡し」の画像検索結果「赤穂城が幕府に明け渡し」の画像検索結果 「赤穂城が幕府に明け渡し」の画像検索結果「赤穂家家紋」の画像検索結果
     9「1805年 - ナポレオン・ボナパルト」の画像検索結果「1805年 - ナポレオン・ボナパルト」の画像検索結果「1805年 - ナポレオン・ボナパルト」の画像検索結果「1805年イタリア王」の画像検索結果「1805年イタリア王」の画像検索結果関連画像関連画像10 「Kaspar Hauser」の画像検索結果「Kaspar Hauser」の画像検索結果
   13「1897 abraham bram stoker dracula」の画像検索結果「1897 abraham bram stoker dracula」の画像検索結果  「1897 abraham bram stoker dracula」の画像検索結果      「1897 abraham bram stoker dracula」の画像検索結果    「1897 abraham bram stoker dracula」の画像検索結果     16   「1923, the first ruman 24 hour race」の画像検索結果       関連画像
  「1923, the first ruman 24 hour race」の画像検索結果   「1923, the first ruman 24 hour race」の画像検索結果           関連画像17 「1924 us president calvin coolidge signed japanese exclusion act」の画像検索結果   「1924 us president calvin coolidge signed japanese exclusion act」の画像検索結果     「1924 us president calvin coolidge signed japanese exclusion act」の画像検索結果「1924 us president calvin coolidge signed japanese exclusion act」の画像検索結果
    「1924 us president calvin coolidge signed japanese exclusion act」の画像検索結果「1924 us president calvin coolidge signed japanese exclusion act」の画像検索結果24「日本初の国産オートジャイロ「カ号観測機」」の画像検索結果「日本初の国産オートジャイロ「カ号観測機」」の画像検索結果「日本初の国産オートジャイロ「カ号観測機」」の画像検索結果「日本初の国産オートジャイロ「カ号観測機」」の画像検索結果32「1969, apollo 10 safe return to earth」の画像検索結果
       関連画像関連画像「1969, apollo 10 safe return to earth」の画像検索結果「1969, apollo 10 safe return to earth」の画像検索結果  「1969, apollo 10 safe return to earth」の画像検索結果「apollo 10 returned to the earth」の画像検索結果「apollo 10 returned to the earth」の画像検索結果 「apollo 10 returned to the earth」の画像検索結果
 34「nixon and brezhnev signed it in 1972」の画像検索結果   「nixon and brezhnev signed it in 1972」の画像検索結果       「nixon and brezhnev signed it in 1972」の画像検索結果    「nixon and brezhnev signed it in 1972」の画像検索結果37「1986年 - 欧州共同体 (EC) が欧州旗をそのシンボルとして採用」の画像検索結果「1986年 - 欧州共同体 (EC) が欧州旗をそのシンボルとして採用」の画像検索結果「1986年 - 欧州共同体 (EC) が欧州旗をそのシンボルとして採用」の画像検索結果
     43「2011年 - ユネスコの「世界の記憶」に、山本作兵衛作の「筑豊炭鉱画」」の画像検索結果「2011年 - ユネスコの「世界の記憶」に、山本作兵衛作の「筑豊炭鉱画」」の画像検索結果「2011年 - ユネスコの「世界の記憶」に、山本作兵衛作の「筑豊炭鉱画」」の画像検索結果「2011年 - ユネスコの「世界の記憶」に、山本作兵衛作の「筑豊炭鉱画」」の画像検索結果  「2011年 - ユネスコの「世界の記憶」に、山本作兵衛作の「筑豊炭鉱画」」の画像検索結果  「2011年 - ユネスコの「世界の記憶」に、山本作兵衛作の「筑豊炭鉱画」」の画像検索結果「2011年 - ユネスコの「世界の記憶」に、山本作兵衛作の「筑豊炭鉱画」」の画像検索結果 
(1)599年推古天皇7年4月27日) - 『日本書紀』に日本最古の地震による被害状況の記録。
(2)752年天平勝宝4年4月9日) - 東大寺盧舎那仏像の開眼供養。
(3)1135年 - アルフォンソ7世が「全ヒスパニアの皇帝英語版」として戴冠。
(4)1253年建長5年4月28日) - 日蓮が安房国小湊浦の清澄山山頂で集まった大衆に初めて法華の教えを説く。(立教開宗)
(5)1326年嘉暦元年4月24日) - 北条守時が鎌倉幕府第15代執権に就任。
(6)1701年元禄14年4月19日) - 赤穂事件: 浅野家断絶のため、赤穂城が幕府に明け渡し。
(7)1736年 - チカソー戦争: アキアの戦い。
(8)1762年 - ビュート伯ジョン・ステュアートがイギリスの7代首相に就任。
(9)1805年 - ナポレオン・ボナパルトがイタリア王として戴冠。
(10)1828年 - ドイツニュルンベルクで、16歳まで牢獄に閉じ込められていたカスパー・ハウザーが発見・保護される。
(11)1896年(ユリウス暦5月14日) - ロシア皇帝ニコライ2世が戴冠。
(12)1896年 - チャールズ・ダウが初のダウ平均株価を発表。
(13)1897年 - ブラム・ストーカーの小説『ドラキュラ』が発刊される。
(14)1916年 - 朝日新聞夏目漱石最後の作品『明暗』が連載開始。
(15)1918年 - グルジア民主共和国が独立を宣言。
(16)1923年 - 第1回ル・マン24時間レースが開催。
(17)1924年 - カルビン・クーリッジアメリカ合衆国大統領排日移民法に署名。
(18)1927年 - フォード・モデルTの生産が終了。
(19)1927年 - アルコス事件: イギリスソビエト連邦が断交。
(20)1932年 - 日本で齋藤實が第30代内閣総理大臣に就任し、齋藤内閣が発足。
(21)1933年 - 鳩山一郎文部大臣滝川幸辰京都大学法学部教授自由主義思想を理由に強制免官、教授団と学生による抵抗運動に発展。(滝川事件
(22)1937年 - 双葉山定次が第35代横綱に昇進。
(23)1940年 - 第二次世界大戦: ダンケルクの戦いが始まる。
(24)1941年 - 日本初の国産オートジャイロカ号観測機」が初飛行。
(25)1942年 - 日本文学報国会設立。
(26)1942年 - 第二次世界大戦: ビル・アケムの戦いが始まる。
(27)1959年 - IOC総会で1964年のオリンピックの開催地が東京に決定。
(28)1960年 - 安保闘争: 安保改定阻止国民会議が全国で統一行動、国会議事堂周辺で17万人を超す請願デモ。
(29)1963年 - 横綱・大鵬大相撲史上初の6場所連続優勝。
(30)1966年 - ガイアナイギリスから独立。
(31)1969年 - 東名高速道路が全区間開通し、東京 - 西宮536kmが高速道路で繋がる。
(32)1969年 - 月を周回したアメリカの有人宇宙船「アポロ10号」が地球に帰還。
(33)1971年 - オーストリア中華人民共和国が外交関係を樹立。
(34)1972年 - ニクソン米大統領ブレジネフ・ソ連書記長がモスクワで「第一次戦略兵器制限交渉」(SALT I)および「弾道弾迎撃ミサイル制限条約」に調印。
(35)1980年 - 明日香村特別措置法公布・施行。
(36)1983年 - 日本海中部地震発生。
(37)1986年 - 欧州共同体 (EC) が欧州旗をそのシンボルとして採用。
(38)1990年 - 東京都板橋区の第一化成工業の工場で爆発事故。死者8人。
(39)1991年 - ラウダ航空004便墜落事故
(40)1991年 - ズヴィアド・ガムサフルディアが初代グルジア大統領に選出。
(41)2003年 - 三陸南地震発生。
(42)2008年 - 三浦雄一郎が75歳7か月の史上最年長でエベレストに登頂。
(43)2011年 - ユネスコの「世界の記憶」に、山本作兵衛作の「筑豊炭鉱画」(絵画と日記の計697点)が登録決定。日本で初めての登録。
(44)2012年 - 竹内洋岳がヒマラヤ山脈のダウラギリに登頂し、日本人としてはじめてヒマラヤ山脈の8000メートル級の山14峰をすべて登頂。
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                         インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 

ただ今、6323編目です!
2016年5月26日(木)掲載分
昨日5月25日最終のトップページ
日別最終トップページ一覧表

編集者のダイアリー・コナー
     

 本日5月26日のできごと」 でヨシダが関心を強くするのは「(10)1828年 - ドイツニュルンベルクで、16歳まで牢獄に閉じ込められていたカスパー・ハウザーが発見・保護される」です★主人公のカスパー・ハウザーの身の上をグーグルで知るに、なんとも悲しい人生の宿命を背負った人物であることよ・・・で絶句します。 しかも最期は暗殺されるという悲劇。88年も前のことですが、編集しながらこの悲劇の主人公に対するなんとも悲しい想いを抱き続けて編集しました★当該写 真を選択する中でそれは編集者のヨシダが肌で感じる素朴な感情です。当時の現場にある彼の「うな垂れて歩く姿」の像を見るにつけ、ふと、思うことは、ヨシ ダってチョッと変わった人間性なのかな?・・・とすら感じます。若い頃からのヨシダの性格と認識することに、他人の不幸に胸を痛める性格。でも、その分、 他人が幸せなら、こちらも幸せな気分になれる・・・という救いを体感してきたものです。お坊さんみないな性格????(笑)。でも、イイですよね、悪くはないですよね、そんな性格の持ち主って・・・。(25日22:00)
 今朝一番の取材記事は、予定する一連の情報源(全国各紙)をチェックした後にヒットした経済誌記事です。お遊び気分で取材編集した、とブログしたら同誌に失礼とは充分に弁えながらのヨシダのホンネではあります(笑)。当該記事は「No.6321:効果のなさは日本が世界一? マイナス金利が効きにくい理由DIAMOND Online2016.5.26.加藤 出 [東短リサーチ代表取締役社長] )」ですが、日銀総裁の黒田さんはこれを横目に苦笑い(?)、それとも、当たってる!(?)・・・イヤハヤ、辛口ならぬカラブログってことでご放念のほど。(9:35)
 「No.6322:75年の研究でわかった、長生きする人に共通する「性格の特徴」MAG2 NEWS2016.5.26.桜井 彩香)」を編集しながら次の記事にヒットしました。No.6323になるでしょう。題して、「「40代の「時間の使い方」が人生最大の分かれ道!定年退職者の後悔が集中する理由(DIAMOND Online) 」がそれです。(16:10)
 「No.6323:40代の「時間の使い方」が人生最大の分かれ道!定年退職者の後悔が集中する理由DIAMOND Online2016.5.26.大塚 寿 [エマメイコーポレーション代表取締役])」を編集しながら思いました。筆者は1962年のお生まれで31歳!ヨシダの31歳時代は人生第二毛作に転じて間もない頃と同じ年代。・・・う~ん、唸るような筆者ご人物評を抱きます。(17:15)


No.6323
40代の「時間の使い方」が人生最大の分かれ道!定年退職者の後悔が集中する理由
DIAMOND Online2011116.5.26.大塚 寿 [エマメイコーポレーション代表取締役]
ヨシダブログ:長文の記事ですが、傍線引用・格別 のヨシダブログなし、「中見出し」のみのご紹介とします。■40 代という人生最大の分かれ道、■40代が最も後悔するのは「時間の使い方」、■40代の仕事量はそれまでのスキルでは対応できない、■人生の分かれ道とな る「40代の壁」とは?、■「成果を上げる者は、仕事からスタートしない。時間からスタートする」、■40代の時間術は、30代までの時間術とは大きく違 う、■人生を変える最大の方法は「時間配分を変える」こと、■「人間が変わる方法は三つしかない。一つ目は時間配分を変えること。二つ目は住む場所を変え ること。三つ目は付き合う人を変えること。どれか一つだけ選ぶとしたら、時間配分を変えることが最も効果的だ」、■時間の使い方は、その人そのものを表 す、■どのように時間を使うかは、どのように生きたいかと同じ、■後悔しない40代の時間術「7つのルール」(ルール1~7)・・・と続きます。写真5枚添付ファイル
     「大塚 寿30代を後悔しない50のリスト」の画像検索結果「大塚 寿結婚を後悔しない50のリスト」の画像検索結果「大塚 寿 [エマメイコーポレーション代表取締役]」の画像検索結果Etc.
No.6322
75年の研究でわかった、長生きする人に共通する「性格の特徴」
MAG2 NEWS2016.5.26.桜井 彩香
ヨシダブログ:「長生きをした!」という願望は誰 しも願い。一度だけの人生だから可能な限り長生きして楽しみたい・・・という個人の欲望願望です。でも、人生ってイイことばかり はありません▼ヨシダが若い時代から抱いてきている人生観の一つに、こんなものがあります・・・。ちなみに、青年時代のヨシダ言を受けてよく言われたもの に、「ヨシダさんはいっぱしの年配者が言う感じ・・・」と▼おりしも、<「40代の「時間の使い方」が人生最大の分かれ道!定年退職者の後悔が集中する理由(DIAMOND Online)> が受信したメルマガに混じって目に付きました。同誌サイトは必ずチェックする情報源。本コラムのネクスト取材記事足り得るでしょう▼「若(わか)年寄り」 的な発言を常(?)とした青年ヨシダ語録のひとつは、「幸・不幸の量は決まっている」という独自(?)の論法。与えられた人生で若い時代に「幸の量」を貪 れば、その分、晩年人生分の幸は少なくなり、代わって多く残るのは「不幸の量」という単純なセオリー▼昔の人は言いました。「若い時には苦労は買うてでも せよ」でした。この辺りのことになると昭和は遠くになりにけり・・・ですね▼つまり、一見、損で嫌なことでも、若く元気のある時代に積極的に受 けて立て!って按配の生き方です。・・・でした、と言ったほうがイイ感じの現代っ子気質が横行する現世代の風潮(楽してイイこと追求欲(?))でそれはあ るとでも言えるでしょう▼ヨシダは昭和の男。その分、古風な人生観と言う輩は言わせばイイさ、です▼さて、・・・とすれば、が大事です。つまり、幸不幸の 量は決まっている、とするならばのこと。ここは一番、若くて元気がある時代に、思い切り「不幸の量(持分)」を「消化(費)」するという考えです。自分の 持分はもとより、他人の不幸も 買ってでも(肩代わりしてでも)とばかりに臆せず受けて立て、そうすればその分、自身の幸福の量が多く残ってイイ晩年人生が送れるさ・・・といった按配の 人生観です▼「中見出し」等は、■長生きする人の5つの特徴とは?、①真面目さ・誠実さ、②打ち解けやすさ、開放性、③感情の安定性、④親愛、⑤感情を表 現で きる・・・と続きます▼・・・と横道に逸れた感じを反省しながらの現在、ヨシダが置かれた生活環境に戻ってのこと。「自称・相互扶助精神に基づく運命共同 体生活」でフィリピン人家族と共同生活する晩年人生。フィリピン人家族を貧困から脱却さす条件にヨシダの終生介護を委ねる・・・というシナリオ。その前半 分(貧困から脱却)は達成して、よりベターな、って感じ▼つまり、ヨシダの長生きは自身のためでなく、かれらのため、という論理。天(神)はそのヨシダの モチベーション(正確な 発音は<モウチヴェイション>)をご理解くだされ、天に通じるという信念でさえそれはあります▼奇しきことに、ヨシダが84歳までの人生を振 り返って苦笑いの中で痛感し、かつ、確信できる人生観として到達したのが「自利から他利」 です▼その人生観ゆえにヨシダが義務意識を強くすることはほかでもありません、健康保持のためへの想像を絶する(?笑)ほどの心身ともの自助努力の日々で あることです。と、こんな豪語ならぬ豪ブログすることを辞さぬ自身を振り返りつつ、ニヤニヤって気分です(笑)▼(追伸)本記事半ばにある言葉に正直微笑 みます。「・・・研究結果によると、男性は「真面目な人」のほうが長生きしたようです」がそれ。「クソ真面目」がヨシダ人生そのものであったし、現在にしてわが人生である!とする所以です。(写真11枚添付ファイル
       「長生きの秘訣はよく笑い、よく食べ、細かいことは気にしないことさ」の画像検索結果   「psychologist E. Lowell Kelly」の画像検索結果「psychologist E. Lowell Kelly」の画像検索結果「psychologist E. Lowell Kelly」の画像検索結果
   「長生きの秘訣はよく笑い、よく食べ、細かいことは気にしないことさ」の画像検索結果「長生きの秘訣はよく笑い、よく食べ、細かいことは気にしないことさ」の画像検索結果「100歳以上 元気」の画像検索結果「100歳以上 元気」の画像検索結果
                  「100歳以上 元気」の画像検索結果「100歳以上 元気」の画像検索結果  「100歳以上 元気」の画像検索結果
No.6321
効果のなさは日本が世界一? マイナス金利が効きにくい理由
DIAMOND Online2016.5.26.加藤 出 [東短リサーチ代表取締役社長]
ヨシダブログ:国 なかんずく、中央銀行の金融政策を云々することのできる能力なんて、おおよそヨシダがブログできる分野ではないことを充分承知の上の「ド素人の想像」に過 ぎませんが、鳴り物入りで登場したアベノミクスの助っ人(?)黒田日銀総裁のドラスティックな金融政策を横目に思ってきたこと。それは、国際的な関係も含 めて、ドエライ経済状況の変化のなかで、その舵取りを中央銀行の「金利政策」と言う名の金融政策ひとつで改善できるとは考えられない・・・という素朴なヨ シダ感情でした▼日銀政策の舵取りに失敗したといった感じで去った前総裁・白川方明さんの心情を推し量ったヨシダでした。同氏の現在のご心境を知りたいも のだ、 と言ったら皮肉屋すぎるでしょう▼本記事内容に関して多くのブログすることは避けてのこと。ヨシダ程度の判断力でも充分理解できる言葉が目にとまりまし た。曰く、「・・・日本の生産年齢人口は世界最速で減少している。「前借り」したい将来の需要が、世界で最も枯渇しやすいのは日本である。また、高齢化社 会では借金をする人が減り、貯蓄に依存する人が増えるため、超低金利の効果が低下する。スウェーデン、スイス、デンマークでもマイナス金利政策が採用され ているが、それらの国では生産年齢人口が今後も増加を続ける。日本とは人口動態が全く異なっている。マイナス金利による緩和効果が世界で最も表れにくい国 が日本ではないかと心配される。」がそれです▼(お断りその1)添付した写真資料は本記事に直接関係するものではないかもしれませんが、多少なりとも関連 ありとするヨシダの判断によるものです。(お断りその2)評論家のお定まり傾向ですが、当該問題に関する批判的な発言は初期の段階では皆無。旗色が悪くな るとゾロゾロ出てくるのが世の常▼その点、ヨシダは大胆です(笑)。一党独裁政権を称して「遠からず崩壊する」とか、EU&ユーロを横目に「そんな絵に描 いたモチなんて長続きがする筈はない」と公の場で口にしたり書いたりした「前科モノ」の他愛もないブログに過ぎませんので悪しからず・・・。(写真14枚添付ファイル
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  昨日25日編集の記事1編を下記に掲載していましたが、本日26日の第一記事掲載(9:15)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブ ログ」 に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。

                         「末尾の特別情報お知らせコーナー」
  以下のコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するもので して、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。なお、上掲のリンクをクリックすると、そ の下書き的なテーマや内容の一端が垣間見られます。


              「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を           
★84歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
★ 人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
★ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
★手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
★そ こで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
★ コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクトの人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
★そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
★ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
★若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄され る」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
★ その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
★すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、「世のため、人のために役立つ生涯を」・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジ ナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
★アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
★ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
★なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムではその容量 大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真がないために、編集容量が極めて低く (11.14KB)。ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。  
★もうひとつの「蛇足の弁」ならぬ、「蛇足・でも価値ある漫画言葉」の漫画。曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにつるためだと言ったらどう思うかい?)★これってヨシダのホンネそのものって感じです!!!(笑)

                  「余生」の画像検索結果「余生」の画像検索結果 
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムではその容量 大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真がないために、編集容量が極めて低く (11.14KB)。ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。

                      

                                      WELLNESS ADVOCATES Candidates in Slimmers World’s Miss Bikini 2016 pose before members of the media during a pre-pageant program at Diamond Hotel in Manila. PHOTO BY RUSSELL PALMA
この写真はマニラ・タイムズ紙で拾ったもの。詳細はSlimmers World bares Miss Bikini 2016 finalistrs」をご覧ください。しばし、目の保養を・・・・(笑) 
 ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。(765.56KB)                   

                        2016年5月26日(木)
                           ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
     

                             吉田祐起                                                           (満84歳6ヶ月)                                                (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)   
                       yoshida@a-bombsurvivor.com                                                     URL(eng): http://www.a-bombsurvivor.com

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