吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳6か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

  原爆証言者・吉田祐起の被爆現場証拠写真です。
 「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル別館」の画像検索結果
  2016年2月14日(日)午前3時頃のこと。ふと目覚めて色んなことに想いを巡らすなかで思いついたこと。それは被爆で九死に一生を得たという表現を 辞さない私の生々しい体験の場をこのサイトに再現することでした。ガバッと起きてデスクに向かいグーグルで関連写真を検索しました!ゲットしたのが上掲の 写真です。
 当時の私は学徒動員で広島電鉄本社電気課勤務でした。足が不自由なことからの事務所勤務。他の級友たちは電車・バスの修理工場配属 で した。左端の写真看板は現在の本社別館(右2枚の3階ビル)の前に設置されている半倒壊したビル画面と日英語説明文看板。2番目の白黒写真はその生々しい 倒壊した建物コーナーの写真です!
 朝礼を終えてビッコを引きながら薄暗い廊下伝いに電気課事務所に向かっていた瞬間の「ヒカ!ドン!」でし た。 あっという間に下敷きになりました。数秒の差で倒壊を免れた同課オフィスに辿り着いていたと、今更の如く想起し、感無量です。真っ暗なビルの下敷きで手を 合わせて死を覚悟しました。ふと、頭上にほのかな明かりが眼に入り、無我夢中で瓦礫をよじ登りました。子供心に想起することに倒壊した建物のてっ辺に這い 出た時の印象は「下界を見下ろす」って位置。顔面に吹き出る血をみて、「母ちゃ~ん!血が出ているよう~!」と泣きました。倒壊したあの建物の下敷きのわ が姿を生々しく再現再確認する次第です。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                                           English               
            2016年5月24日(火)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
   注: お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★&▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。    

  オバマ大統領閣下!ヒロシマ・ヒバクシャ・ヨシダがご提言します!   
27 日の広島市ご訪問の際は、どうか、慰霊碑ご参拝のおりに、ちょっとばかり異例とも思えるような長い時間の無言の祈りを捧げてください。それをされたら「ヒ バクシャとの面接」は無用と心得ます!言葉に表現できない意義深く貴重なそれは大統領のお心の表現であるからです。大統領閣下の誓いの証しでもあるからで す。2009年11月にヨシダが眼に耳にしたNHK World 記者インタビューの際の大統領閣下の「男の約束」を抱き続けてきているからです。ヨシダのホンネは「大統領閣下!ヨカッタですね、『男の約束』が果たせ て!」。それ以下でも以上でもないのが大統領閣下の被爆市ご訪問の成果であると心得ます!
 なお、この発想の原点は「No.6310「同じ“生きる”なら、“活(い)きる”でないと駄目なのじゃ」。印象的なせりふとともに…福井新聞「越山若水」2016.5.17.)」であることを告白します。
             
オバマ米大統領の被爆市訪問が今月27日に決定!

  オバマ大統領は「(日本流で言えば)男の約束」を果たされることが決定しました。昨日深夜に本サイトの日付変更をするべくデスクに向かったところ、各紙の メルマガが報じていることに気付きました。なお、「男の約束」に関してはその次に表示しているニューヨーク・タイムズ紙メールをご参考にしてください。ヨ シダは2009年のあの時点、あの瞬間から語り続けて現在に至っていることを誇りに感じます。(10日22:44記)
       オバマ米大統領、27日広島訪問 核廃絶へ演説計画 日米発表、現職大統領で初
★ニューヨーク・タイムズ紙が報じた記事を日本語抜きで編集しました!クリックしてご覧くださいませんか?ヨシダがあの時点で書いたことが現在にしてはじめて米紙に報道されたのがポイントです!「No.6297Obama Weighs Visiting Hiroshima or NagasakiThe New York Times White House Letter May 8, 2016  By )」(5月9日記)
     
             ウィキペディアから拾った5月24日の「できごと」 
                              May 24 Events(英語版) 
                                   「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。でも、つい、欲張って・・・★なおまた、「ウィキペディアのできごと」は英語版が本流でして、日本語版は その翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・。

      1「『続万葉集』」の画像検索結果         「『続万葉集』」の画像検索結果       「905年『続万葉集』」の画像検索結果「醍醐天皇」の画像検索結果「醍醐天皇『古今和歌集』」の画像検索結果「醍醐天皇『古今和歌集』」の画像検索結果  関連画像  「醍醐天皇『古今和歌集』」の画像検索結果     関連画像
    3 「小西行長らが釜山に上陸し、文禄の役が始まる」の画像検索結果「小西行長らが釜山に上陸し、文禄の役が始まる」の画像検索結果  「小西行長らが釜山に上陸し、文禄の役が始まる」の画像検索結果    「小西行長、文禄の役」の画像検索結果「小西行長らが釜山に上陸し、文禄の役が始まる」の画像検索結果「文禄の役秀吉」の画像検索結果 4「1614年- 豊臣秀頼」の画像検索結果「1614年- 豊臣秀頼」の画像検索結果「1614年- 豊臣秀頼が京都・方広寺を再建」の画像検索結果「1614年- 豊臣秀頼が京都・方広寺を再建」の画像検索結果

   「1614年- 豊臣秀頼が京都・方広寺を再建」の画像検索結果「1614年- 豊臣秀頼が京都・方広寺を再建」の画像検索結果「1614年- 豊臣秀頼が京都・方広寺を再建」の画像検索結果 「1614年- 豊臣秀頼」の画像検索結果 6「1626, holland west india bought manhattan from indians」の画像検索結果 「1626, holland west india bought manhattan from indians」の画像検索結果 「1626, holland west india bought manhattan from indians」の画像検索結果   「1626, holland west india bought manhattan from indians」の画像検索結果
    「1626年マンハッタン」の画像検索結果「1626年マンハッタン」の画像検索結果「1626年マンハッタン」の画像検索結果「1626年マンハッタン」の画像検索結果7 「下斗米秀之進」の画像検索結果 「下斗米秀之進」の画像検索結果    「下斗米秀之進」の画像検索結果             「津軽寧親」の画像検索結果       「津軽寧親」の画像検索結果
   9          「1830 baltimore and ohio railroad、b&o opened」の画像検索結果「1830 baltimore and ohio railroad、b&o opened」の画像検索結果           関連画像      「1830 baltimore and ohio railroad、b&o opened」の画像検索結果   「1830 baltimore and ohio railroad、b&o opened」の画像検索結果
    10「1844, samuel morse first between washington and baltimore」の画像検索結果「1844, samuel morse first between washington and baltimore」の画像検索結果   「1844, samuel morse first between washington and baltimore」の画像検索結果 「1844, samuel morse first between washington and baltimore」の画像検索結果「1844, samuel morse first between washington and baltimore」の画像検索結果  11「Robert Stephenson」の画像検索結果  「1847 Dee Bridge disaster」の画像検索結果 「1847 Dee Bridge disaster」の画像検索結果   
  12      関連画像   関連画像関連画像「1856, John Brown killed five men for slavery system」の画像検索結果15 「brooklyn bridge open」の画像検索結果   「brooklyn bridge open」の画像検索結果     「brooklyn bridge open」の画像検索結果
     「brooklyn bridge open」の画像検索結果  「brooklyn bridge open」の画像検索結果「brooklyn bridge open」の画像検索結果「brooklyn bridge open」の画像検索結果19「)1926年 - 北海道の十勝岳が大噴火」の画像検索結果 「)1926年 - 北海道の十勝岳が大噴火」の画像検索結果 「)1926年 - 北海道の十勝岳が大噴火」の画像検索結果        27「1956 Grand Prix Eurovision de la Chanson Européenne」の画像検索結果   関連画像「1956 Grand Prix Eurovision de la Chanson Européenne」の画像検索結果   「1956 Grand Prix Eurovision de la Chanson Européenne」の画像検索結果  「1956 Grand Prix Eurovision de la Chanson Européenne」の画像検索結果「1956 Grand Prix Eurovision de la Chanson Européenne」の画像検索結果「1956 Grand Prix Eurovision de la Chanson Européenne」の画像検索結果
30「1960年 - 5月23日のチリ地震の津波」の画像検索結果「1960年 - 5月23日のチリ地震の津波」の画像検索結果「1960年 - 5月23日のチリ地震の津波」の画像検索結果「1960年 - 5月23日のチリ地震の津波」の画像検索結果「1960年 - 5月23日のチリ地震の津波」の画像検索結果「1960年 - 5月23日のチリ地震の津波」の画像検索結果       33「1963年 - 東京体育館でのWWA世界ヘビー級選手権試合でザ・デストロイヤーが力道山に足4の字固めをかける。」の画像検索結果「1963年 - 東京体育館でのWWA世界ヘビー級選手権試合でザ・デストロイヤーが力道山に足4の字固めをかける。」の画像検索結果 
      「1963年 - 東京体育館でのWWA世界ヘビー級選手権試合でザ・デストロイヤーが力道山に足4の字固めをかける。」の画像検索結果35   「1970 Kola Superdeep Borehole」の画像検索結果     「1970 Kola Superdeep Borehole」の画像検索結果   「1970 Kola Superdeep Borehole」の画像検索結果      「1970 Kola Superdeep Borehole」の画像検索結果     「1970 Kola Superdeep Borehole」の画像検索結果   「1970 Kola Superdeep Borehole」の画像検索結果
(1)905年延喜5年4月18日) - 15日に完成した初の勅撰和歌集『続万葉集』に対し醍醐天皇編纂し直すよう命じ、改めて『古今和歌集』として編輯を行う。
(2)1570年元亀元年4月20日) - 織田信長が、越前の朝倉義景討伐のため3万騎を率いて京都を発つ。
(3)1592年文禄元年/万暦20年4月13日) - 豊臣秀吉による朝鮮出兵第一陣の小西行長らが釜山に上陸し、文禄の役が始まる。
(4)1614年慶長19年4月16日) - 豊臣秀頼が、焼失した京都・方広寺を再建。
(5)1621年 - プロテスタント同盟が解散。
(6)1626年 - オランダ西インド会社マンハッタンをインディアンから購入。
(7)1821年文政4年4月23日) - 相馬大作事件が起こる。
(8)1830年 - サラ・ジョセファ・ヘイルの詩『メリーさんのひつじ』が発刊される。
(9)1830年 - ボルチモア・アンド・オハイオ鉄道の最初の開業区間であるメリーランド州ボルチモア - エリコットが開通。
(10)1844年 - サミュエル・モールスが発明した電信装置と符号(モールス符号の原形)による初の長距離通信実験がワシントンD.C. - メリーランド州ボルチモア間で行われる。
(11)1847年 - ディー橋事故が起こる。
(12)1856年 - 奴隷制度廃止運動家のジョン・ブラウンらが奴隷制度擁護派の5人を殺害。
(13)1868年慶応4年閏4月3日) - 戊辰戦争: 市川・船橋戦争
(14)1873年 - フランス第三共和政大統領アドルフ・ティエール国民議会の議決により辞任。パトリス・ド・マクマオンが第2代大統領に就任。
(15)1883年 - ニューヨークブルックリン橋が開通。
(16)1900年 - 第二次ボーア戦争: イギリスがオレンジ自由国を併合。
(17)1903年 - 日本初のゴルフ場神戸ゴルフ倶楽部が開業。
(18)1915年 - 第一次世界大戦: イタリア三国同盟を破棄して連合国側で参戦したことにより、ドイツがイタリアと国交断絶。
(19)1926年 - 北海道十勝岳が大噴火し、死者144名を出す。
(20)1941年 - 第二次世界大戦: デンマーク海峡海戦
(21)1942年 - 大洋軍名古屋軍戦が延長28回で日没によるコールド。プロ野球の世界最長延長記録。
(22)1946年 - 山本実彦らが協同民主党を結成。
(23)1947年 - 片山哲内閣が、片山哲首相の全閣僚兼任で発足。
(24)1949年 - 建設業法公布。
(25)1950年 - 建築基準法建築士法公布。
(26)1956年 - 売春防止法公布。
(27)1956年 - ルガーノユーロビジョン・ソング・コンテスト開催。
(28)1958年 - UP通信社とINS通信社英語版が合併してUPI通信社を設立。
(29)1958年 - 東京で第3回アジア競技大会が開幕。
(30)1960年 - 5月23日チリ地震津波日本太平洋沿岸に到達(チリ地震津波)。
(31)1961年 - キプロス欧州評議会に加盟。
(32)1962年 - マーキュリー計画: アメリカが有人宇宙船「マーキュリー・アトラス7号(オーロラ7)」を打ち上げ。
(33)1963年 - 東京体育館でのWWA世界ヘビー級選手権試合でザ・デストロイヤー力道山足4の字固めをかける。テレビの平均視聴率は64%で歴代4位。
(34)1967年 - 朝日訴訟最高裁大法廷判決。
(35)1970年 - 地球の地殻深部を調べるコラ半島超深度掘削坑の掘削開始。
(36)1976年 - 超音速旅客機「コンコルド」がロンドン - ワシントンD.C.間で定期運行を開始。
(37)1978年 - 落語協会分裂騒動: 落語協会を脱退した三遊亭圓生らが落語三遊協会を結成。
(38)1980年 - JOC総会でモスクワ五輪ボイコットを決定。
(39)1981年 - 海王星第7衛星ラリッサが発見される。
(40)1982年 - イラン・イラク戦争: ホッラムシャフル解放戦が終結。
(41)1992年 - タイで、軍事クーデターを起こし首相となっていたスチンダー・クラープラユーンが、民主化を求めるデモの事態収拾のため辞任。
(42)1993年 - エリトリアエチオピアから独立を承認される。
(43)2000年 - クレイ数学研究所が、古典的ではあるものの長い間証明されていない重要な数学の問題「ミレニアム懸賞問題」を発表。
(44)2002年 - アメリカとロシアが戦略的攻撃能力の削減に関する「モスクワ条約」に調印。
(45)2013年 - ロシアカムチャツカ半島西方のオホーツク海を震源とする、Mw8.3・深さ609.8kmの地震が発生。震源の深さが100km以上の深発地震では観測史上最大の地震。
(574.76KB=52.3KB/photo line) 

                            インタネット情報&ヨシダブログ

 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 

ただ今、6318編目です!
2016年5月24日(火)掲載分
昨日5月23日最終のトップページ
日別最終トップページ一覧表

編集者のダイアリー・コナー
     

  昨日はインタネット接続不良で編集サイトが突然消滅するなど、散々な目に遭いました。気分を持ち直して・・・といったところです。モデムのインタネットラ ンプ(黄色)がしょっちゅう点滅することに対するヨシダの認識が甘かったことを反省しています。アーネルが観て言うに、「これは異常でグローブ社に問い合 わせをします」と。最初は電話で地元同社支店に問合わせで、明日技術者が来るとか。その一方で、ウェブサイトを通して別のルートでも調べています。くだん の黄色ランプの「点滅状態」が異常だとは認識していませんでした。もっとも、内心では???ではありましたが・・・・。(23日18:49)
 昨 日はインタネット接続不良で編集サイトが突然消滅するなど、散々な目に遭いまし た。気分を持ち直して・・・といったところです。モデムのインタネット ランプ(黄色)がしょっちゅう点滅することに対するヨシダの認識が甘かったことを反省しています。アーネルが観て言うに、「これは異常でグローブ社に問い 合わせをします」と。最初は電話で地元同社支店に問合わせで、明日技術者が来るとか。その一方で、ウェブサイトを通して別のルートでも調べています。くだ んの黄色ランプの「点滅状態」が異常だとは認識していませんでした。もっとも、内心では???ではありましたが・・・・。(23日18:49)
  昨日、本欄に掲載した貴重な記録等が消滅してガッカリするなかで、これだけは取り戻して掲載したいと思う資料があるので、検索して得た当該資料を添えま す。ほかでもありません、ウェブサイトに掲載して執筆関連資料の総量がどの程度かを知る意味で貴重な資料です★こんなことに興味を抱くには理由がありま す。ヨシダがよくブログすることに、「俺が今まで書いてきた論文や資料等は単行本に換算したらン10冊相当になるんだぞ~!」って子供っぽい自慢。それを 証明するに足りる資料をゲットしたので下記に添付します。
        f:id:chiheisen:20111016133738p:image
  ヨシダのウェブサイト開設は2001年3月22日。15年間以上にわたって積み上げてきた拙著関連資料等々の現在の総容量は2280KBです。上図でみる に、ほとんどが500KB以内。かのトップの楽天だけが2000KBを突破しているということです★この事実を前に当事者・ヨシダが自負することは、単行 本に換算したらン10冊(数10冊)相当のボリュームに当たる、ということが証明されるものと受けとめます。と、こんな風に考えると、「膨大な量のヨシダ 自 分史」とでも言える記録足り得ると自負します。(23日22:20)

 本日「5月24日のできごと」で関心を強くするのは、「(30)1960年 - 5月23日チリ地震津波日本太平洋沿岸に到達(チリ地震津波)」 です。ほかでもありません、太平洋を跨げて日本列島に与えた甚大な被害。日本に到達するまでにハワイを襲ったと考えるからです。ハワイはお袋の生まれ故 郷。親戚は多くあります。加えてのことに「津波(Tsunami)」という言葉が世界語になっている事実がその時のハワイ在住の二世三世たちの口に上がっ たことから、そのまま英語化 したものと認識していたヨシダ。確認のためにグーグルで学びま した。大ミステーク!語源の謂れは別のところあることを改めて知りました。「ヨシダさん、そんなことって、知らないのはヨシダさんだけよ・・・」という声 を意識しながら参考資料や当該写真を下記に添付します★先ずは、「「津波」は、なぜ英語でも"tsunami"なのですか」 をクリックしてご覧になりませんか?★肝心なことだけを此処に拝借します。「・・・19世紀後半に世界を結ぶ郵便制度や定期航路ができ、世界が一つにな り、世界各地で新聞が刊行され、さらに電信が発明されて、世界ニュースというものが生まれます・・・一番大きな津波が襲ったのは、岩手県の三陸沿岸であっ た。最大波高は、釜石で8.2m、田老(現・宮古市)で14.6m、船越(現・山田町)で 10.5m、重茂(現・宮古市)で18.9m、吉浜(現・大船渡市)で22.4m、綾里(同)で21.9mと軒並み10mを超える高さを記録している。特 に綾里湾の奥では入り組んだ谷状の部分を遡上して、日本の本州で観測された津波では最も高い波高38.2mを記録した・・・吉村昭の実録小説『三陸海岸大 津波』(文春文庫)によると、伝承では、入り江の奥の記録のないところでは50mを超えるところがあったそ うです。明治三陸 大津波の死者は2万1915名、吉村昭のこの小説は、明治三陸大津波と1932年の昭和三陸大津波(死者者行方不明者3000人)と1960年の三陸チリ 大地震津波(死者142名)まで、三陸地方の津波被害の証言を集めてまとめたものです・・★さて、このとき日本語の「つなみ」という言 葉とともにニュースが写真入りで世界に報じられ、世界ニュースになりました。そのインパクトがすごくて、世界の 人は Tsunami という恐ろしい現象があるんだと知り、その後、同じ災害が起きるごとに Tsunami と呼ぶようになり、やがて世界共通の用語になったのです・・・」★恥を忍んでの最後のヨシダブログ!「英語化TSUNAMIの歴史を知らないのはヨシダだけ」。トホホ・・・。(9:40)
     「吉村昭」の画像検索結果「三陸海岸大津波」の画像検索結果「三陸海岸大津波」の画像検索結果「三陸海岸大津波」の画像検索結果   「三陸海岸大津波」の画像検索結果
        「TSUNAMI」の画像検索結果 「English "Tsunami"」の画像検索結果 「English "Tsunami"」の画像検索結果   「English "Tsunami"」の画像検索結果
      「English "Tsunami"」の画像検索結果「English "Tsunami" first used」の画像検索結果

 本日取材掲載記事は「No.6319:日本人の残業、元凶は「家に帰りたくない」人たち日本経済新聞2016.5.24.(17日付)(日経ビジネス 宇賀神宰司、西雄大、ライター 荻島央江))」の 1編で、はじめのオワリとします。本記事編集関与のご人物は総勢4名の方々。その分、内容は豊かです。でもそれだけに、深刻でもあるニッポン人夫婦の関係 とも言えるでしょう★エッ?ヨシダの場合はどうですか?といった声を意識します。ハイ、この年齢で夫婦のヨシダだったら、今ほどの開放感や快適感や生き甲 斐感は得られないだろう・・・と名言します★考えてみるに、人間は一人で生まれてきます。死ぬ時も一人で逝きます。とすれば、現役時代人生ではともかく も、晩年はそうした人間の宿命に備えた生き方選択肢(?)も満更悪くはないぞ~と(笑)。★先ほど、珍しく大きなゴロゴロがありました。この団地(ヴレ ジ)で生活して久しい身ですが、停電に見舞われたことが稀有でることが幸いです。なにせ、パソコン無しの生活人生は・・・ってな気分です。(12:50)

 

 


No.6319
日本人の残業、元凶は「家に帰りたくない」人たち
日本経済新聞2016.5.24.(17日付)(日経ビジネス 宇賀神宰司、西雄大、ライター 荻島央江)
ヨシダブログ:長文の記事デス!なにせ、カメラマンも含めて4人ものご人物が関与している記事です。本記事には大きな写真8枚が添付されていますが、著作権からか、日経さんのこの種の記事写真の多くが後日消 滅します▼サービス精神旺盛のヨシダは同類のものをグーグルから拾って掲載していますが、該当するものがないものは空白になることを予想してください。た めに、同写真は縮小しています。本編のバランスを考えてのことです▼下記の白黒資料2枚はグーグルからヨシダが拾った関連資料としてご参考に供します▼さ て、本題に戻ってのこと。正直、苦笑いをしながら編集しました。タイトルの「日本人の残業、元凶は「家に帰りたくない」人たち」がヨシダ取材の動機でして、正直、ニヤニヤ気分で続けます▼夫 婦揃っての長寿関連記事なかんずく、夫婦相和して長寿・・・といったグーグル検索するとたくさん出てきます。でも、初婚時代からの夫婦で互いに百歳突破し たカップルは稀有とみます(笑)▼ 夫婦(男女共同)生活に関してはヨシダは大言する資格はゼロ!でもでもですが、現在の正直ホンネの心境は「独身でヨカッタ!」のひと言です(大笑)▼余 分、余計なことに気を取られたり心配したりすることから開放されていることがその最大の理由です。と、これ以上のブログは負け惜しみと言われるのがオチか もしれませんので遠慮したほうが良さそうです▼「中見出し」は、■バブル崩壊後残業は減ったか■あの手この手の残業対策、■「抜け穴はいくらでもある」■帰りたくない理由(1)残業すれば出世するから、■週63時間以上働くのは無意味、■帰りたくない理由(2)帰ってもろくなことがないから、■活気づく“残業難民ビジネス”、■リポートを延々と突き返す・・・と、延々と(?)続きます。こちらの編集者・ヨシダはニヤニヤを禁じ得ない気持ちでブログしています(笑)▼それにしてもシンコクに思うこと。本記事末尾の言葉がそれです。曰く、「日本人は皆、家に帰りたくない──。そのぐらい大胆な前提に立って、本気で対策を練らないと残業は減ることなく、日本企業の生産性は永遠に上がらない。」がそれ。ホントにコマッタものですね~、ニッポン人のワーカーたちは・・・。
写真5枚添付ファイル

     「街をさまよう“ノー残業デー難民”らしき会社員(写真:的野弘路)」の画像検索結果「東京都中央区にある味の素の本社ビル」の画像検索結果「 退社時間を示すマントを着るセントワークスの社員」の画像検索結果   
         「残業時間と出世は連動する」の画像検索結果「残業時間と出世は連動する」の画像検索結果
  一昨日22日編集の記事3編を下記に掲載していましたが、本日23日の第一記事掲載(12:50)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシ ダ ブ ログ」 に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。

                         「末尾の特別情報お知らせコーナー」
  以下のコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するもので して、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。なお、上掲のリンクをクリックすると、そ の下書き的なテーマや内容の一端が垣間見られます。


              「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を           
★84歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
★ 人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
★ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
★手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
★そ こで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
★ コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクトの人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
★そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
★ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
★若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄され る」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
★ その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
★すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、「世のため、人のために役立つ生涯を」・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジ ナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
★アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
★ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
★なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムではその容量 大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真がないために、編集容量が極めて低く (11.14KB)。ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。  
★もうひとつの「蛇足の弁」ならぬ、「蛇足・でも価値ある漫画言葉」の漫画。曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにつるためだと言ったらどう思うかい?)★これってヨシダのホンネそのものって感じです!!!(笑)

                  「余生」の画像検索結果「余生」の画像検索結果 
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムではその容量 大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真がないために、編集容量が極めて低く (11.14KB)。ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。

                      

                                      WELLNESS ADVOCATES Candidates in Slimmers World’s Miss Bikini 2016 pose before members of the media during a pre-pageant program at Diamond Hotel in Manila. PHOTO BY RUSSELL PALMA
この写真はマニラ・タイムズ紙で拾ったもの。詳細はSlimmers World bares Miss Bikini 2016 finalistrs」をご覧ください。しばし、目の保養を・・・・(笑) 
 ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。(825.07KB)                   

  
                        2016年5月24日(火)
                           ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
     

                             吉田祐起                                                           (満84歳6ヶ月)                                                (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)   
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