吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳6か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

  原爆証言者・吉田祐起の被爆現場証拠写真です。
 「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル別館」の画像検索結果
  2016年2月14日(日)午前3時頃のこと。ふと目覚めて色んなことに想いを巡らすなかで思いついたこと。それは被爆で九死に一生を得たという表現を 辞さない私の生々しい体験の場をこのサイトに再現することでした。ガバッと起きてデスクに向かいグーグルで関連写真を検索しました!ゲットしたのが上掲の 写真です。
 当時の私は学徒動員で広島電鉄本社電気課勤務でした。足が不自由なことからの事務所勤務。他の級友たちは電車・バスの修理工場配属 で した。左端の写真看板は現在の本社別館(右2枚の3階ビル)の前に設置されている半倒壊したビル画面と日英語説明文看板。2番目の白黒写真はその生々しい 倒壊した建物コーナーの写真です!
 朝礼を終えてビッコを引きながら薄暗い廊下伝いに電気課事務所に向かっていた瞬間の「ヒカ!ドン!」でし た。 あっという間に下敷きになりました。数秒の差で倒壊を免れた同課オフィスに辿り着いていたと、今更の如く想起し、感無量です。真っ暗なビルの下敷きで手を 合わせて死を覚悟しました。ふと、頭上にほのかな明かりが眼に入り、無我夢中で瓦礫をよじ登りました。子供心に想起することに倒壊した建物のてっ辺に這い 出た時の印象は「下界を見下ろす」って位置。顔面に吹き出る血をみて、「母ちゃ~ん!血が出ているよう~!」と泣きました。倒壊したあの建物の下敷きのわ が姿を生々しく再現再確認する次第です。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                                           English               
            2016年5月23日(月)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
   注: お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★&▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。    

  オバマ大統領閣下!ヒロシマ・ヒバクシャ・ヨシダがご提言します!   
27 日の広島市ご訪問の際は、どうか、慰霊碑ご参拝のおりに、ちょっとばかり異例とも思えるような長い時間の無言の祈りを捧げてください。それをされたら「ヒ バクシャとの面接」は無用と心得ます!言葉に表現できない意義深く貴重なそれは大統領のお心の表現であるからです。大統領閣下の誓いの証しでもあるからで す。2009年11月にヨシダが眼に耳にしたNHK World 記者インタビューの際の大統領閣下の「男の約束」を抱き続けてきているからです。ヨシダのホンネは「大統領閣下!ヨカッタですね、『男の約束』が果たせ て!」。それ以下でも以上でもないのが大統領閣下の被爆市ご訪問の成果であると心得ます!
 なお、この発想の原点は「No.6310「同じ“生きる”なら、“活(い)きる”でないと駄目なのじゃ」。印象的なせりふとともに…福井新聞「越山若水」2016.5.17.)」であることを告白します。
             
オバマ米大統領の被爆市訪問が今月27日に決定!

  オバマ大統領は「(日本流で言えば)男の約束」を果たされることが決定しました。昨日深夜に本サイトの日付変更をするべくデスクに向かったところ、各紙の メルマガが報じていることに気付きました。なお、「男の約束」に関してはその次に表示しているニューヨーク・タイムズ紙メールをご参考にしてください。ヨ シダは2009年のあの時点、あの瞬間から語り続けて現在に至っていることを誇りに感じます。(10日22:44記)
       オバマ米大統領、27日広島訪問 核廃絶へ演説計画 日米発表、現職大統領で初
★ニューヨーク・タイムズ紙が報じた記事を日本語抜きで編集しました!クリックしてご覧くださいませんか?ヨシダがあの時点で書いたことが現在にしてはじめて米紙に報道されたのがポイントです!「No.6297Obama Weighs Visiting Hiroshima or NagasakiThe New York Times White House Letter May 8, 2016  By )」(5月9日記)
     
             ウィキペディアから拾った5月23日の「できごと」 
                              May 23 Events(英語版) 
                                   「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。でも、つい、欲張って・・・★なおまた、「ウィキペディアのできごと」は英語版が本流でして、日本語版は その翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・。

  2「和田義盛」の画像検索結果「和田義盛」の画像検索結果「和田義盛」の画像検索結果「和田義盛」の画像検索結果「和田義盛」の画像検索結果「和田義盛」の画像検索結果「和田義盛 墓」の画像検索結果 「和田義盛家紋」の画像検索結果
3 「Siege of Compiègne」の画像検索結果 「1430年 - 百年戦争: ジャンヌ・ダルクがコンピエーニュの戦いでブルゴーニュ軍に捕えられる。」の画像検索結果「Siege of Compiègne」の画像検索結果 「Siege of Compiègne」の画像検索結果 4「ジロラモ・サヴォナローラ処刑。教皇アレクサンデル6世」の画像検索結果「ジロラモ・サヴォナローラ処刑。」の画像検索結果 「ジロラモ・サヴォナローラ処刑。」の画像検索結果     関連画像6「1618 defenestration of prague」の画像検索結果
 「1618 defenestration of prague」の画像検索結果「1618 defenestration of prague」の画像検索結果「1618 defenestration of prague」の画像検索結果「1618 defenestration of prague」の画像検索結果「1618 defenestration of prague」の画像検索結果「1618 defenestration of prague」の画像検索結果7「william kidd hanged」の画像検索結果「ウィリアム・キッド(キャプテン・キッド)」の画像検索結果
    13「1889年 - 讃岐鉄道・丸亀 - 琴平(現在の予讃線・土讃線)が開業。」の画像検索結果「1889年 - 讃岐鉄道・丸亀 - 琴平(現在の予讃線・土讃線)が開業。」の画像検索結果「1889年 - 讃岐鉄道・丸亀 - 琴平(現在の予讃線・土讃線)が開業。」の画像検索結果「1889年 - 讃岐鉄道・丸亀 - 琴平(現在の予讃線・土讃線)が開業。」の画像検索結果   関連画像 「1889年 - 讃岐鉄道・丸亀 - 琴平(現在の予讃線・土讃線)が開業。」の画像検索結果 「1889年 - 讃岐鉄道・丸亀 - 琴平(現在の予讃線・土讃線)が開業。」の画像検索結果「1889年 - 讃岐鉄道・丸亀 - 琴平(現在の予讃線・土讃線)が開業。」の画像検索結果「1889年 - 讃岐鉄道・丸亀 - 琴平(現在の予讃線・土讃線)が開業。」の画像検索結果
  「1889年 - 讃岐鉄道・丸亀 - 琴平(現在の予讃線・土讃線)が開業。」の画像検索結果    関連画像「1889年 - 讃岐鉄道・丸亀 - 琴平(現在の予讃線・土讃線)が開業。」の画像検索結果「1889年 - 讃岐鉄道・丸亀 - 琴平(現在の予讃線・土讃線)が開業。」の画像検索結果    関連画像「1889年 - 讃岐鉄道・丸亀 - 琴平(現在の予讃線・土讃線)が開業。」の画像検索結果「1889年予讃線・土讃線」の画像検索結果「1889年予讃線・土讃線」の画像検索結果
14「1915年 - 山田耕筰の東京フィルハーモニー会管絃楽部が第1回演奏会を開催」の画像検索結果「1915年 - 山田耕筰の東京フィルハーモニー会管絃楽部が第1回演奏会を開催」の画像検索結果「1915年 - 山田耕筰の東京フィルハーモニー会管絃楽部が第1回演奏会を開催」の画像検索結果「1915年 - 山田耕筰の東京フィルハーモニー会管絃楽部が第1回演奏会を開催」の画像検索結果「1915年 - 山田耕筰の東京フィルハーモニー会管絃楽部が第1回演奏会を開催」の画像検索結果16関連画像「1919年 - 和辻哲郎の『古寺巡礼』が発刊」の画像検索結果「1919年 - 和辻哲郎の『古寺巡礼』が発刊」の画像検索結果 「1919年 - 和辻哲郎の『古寺巡礼』が発刊」の画像検索結果 「1919年 - 和辻哲郎の『古寺巡礼』が発刊」の画像検索結果
   18   「北但馬地震」の画像検索結果    「北但馬地震」の画像検索結果   「北但馬地震」の画像検索結果 「北但馬地震」の画像検索結果             「北但馬地震」の画像検索結果      「北但馬地震」の画像検索結果「北但馬地震」の画像検索結果
   19「Bonnie and Clyde」の画像検索結果 「Bonnie Elizabeth Parker killed by policemen」の画像検索結果「Bonnie Elizabeth Parker killed by policemen」の画像検索結果 「Bonnie and Clyde」の画像検索結果         関連画像「bonnie and clyde killed photos」の画像検索結果「bonnie and clyde killed photos」の画像検索結果「bonnie and clyde killed photos」の画像検索結果
   「bonnie and clyde killed photos」の画像検索結果「bonnie and clyde killed photos」の画像検索結果「bonnie and clyde killed photos」の画像検索結果「bonnie and clyde killed photos」の画像検索結果「bonnie and clyde killed photos」の画像検索結果 「bonnie and clyde killed photos」の画像検索結果 「bonnie and clyde killed photos」の画像検索結果For more
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「『はたちの青春』」の画像検索結果「『はたちの青春』」の画像検索結果「『はたちの青春』」の画像検索結果31  関連画像   「黒澤明監督の『影武者』がカンヌ国際映画祭でグランプリ獲得」の画像検索結果  「黒澤明監督の『影武者』」の画像検索結果  「黒澤明監督の『影武者』」の画像検索結果
   34「寺尾、鶴嶺山、逆鉾三兄弟同時関取」の画像検索結果「寺尾、鶴嶺山、逆鉾三兄弟同時関取」の画像検索結果「鶴嶺山」の画像検索結果38「2013年 - プロスキーヤーで登山家の三浦雄一郎が世界最高峰・エベレストに史上最高齢(80歳7カ月)で登頂に成功。」の画像検索結果「2013年 - プロスキーヤーで登山家の三浦雄一郎が世界最高峰・エベレストに史上最高齢(80歳7カ月)で登頂に成功。」の画像検索結果「2013年 - プロスキーヤーで登山家の三浦雄一郎が世界最高峰・エベレストに史上最高齢(80歳7カ月)で登頂に成功。」の画像検索結果「2013年 - プロスキーヤーで登山家の三浦雄一郎が世界最高峰・エベレストに史上最高齢(80歳7カ月)で登頂に成功。」の画像検索結果「2013年 - プロスキーヤーで登山家の三浦雄一郎が世界最高峰・エベレストに史上最高齢(80歳7カ月)で登頂に成功。」の画像検索結果  「2013年 - プロスキーヤーで登山家の三浦雄一郎が世界最高峰・エベレストに史上最高齢(80歳7カ月)で登頂に成功。」の画像検索結果
(1)1180年治承4年4月27日) - 伊豆・蛭ヶ小島に流されていた源頼朝が、以仁王の平家追討令旨を伝えられる。
(2)1213年建暦3年5月2日) - 和田合戦
(3)1430年 - 百年戦争: ジャンヌ・ダルクコンピエーニュの戦い英語版ブルゴーニュ軍に捕えられる。
(4)
1498年 - フィレンツェ共和国で神権政治を行ったジロラモ・サヴォナローラが教皇アレクサンデル6世の命により処刑。
(5)1568年 - オランダスペインからの独立を宣言。八十年戦争(オランダ独立戦争)勃発。
(6)1618年 - 第二次プラハ窓外投擲事件三十年戦争の発端に。
(7)1701年 - 海賊船の船長ウィリアム・キッド(キャプテン・キッド)がロンドンで絞首刑に処せられる。
(8)1706年 - スペイン継承戦争: ラミューの戦い英語版
(9)1788年 - サウスカロライナ州アメリカ合衆国憲法を承認し、アメリカ合衆国8番目の州となる。
(10)1819年 - シモン・ボリバルコロンビア解放のためアンデス越え作戦を開始。
(11)1870年明治3年4月23日) - 明治政府が鉄道敷設のため、ロンドンで初の外債を発行。
(12)1889年 - 讃岐鉄道丸亀 - 琴平(現在の予讃線土讃線)が開業。
(13)1915年 - 第一次世界大戦: イタリアオーストリア・ハンガリーに宣戦布告。三国同盟を破棄して連合国側で参戦。
(14)1915年 - 山田耕筰東京フィルハーモニー会管絃楽部が第1回演奏会を開催。
(15)1915年 - 東京駅 - 東京鉄道郵便局間に郵便物受渡用の地下電車が開通。日本初の地下鉄
(16)1919年 - 和辻哲郎の『古寺巡礼』が発刊。
(17)1923年 - スタンリー・ボールドウィンがイギリスの第55代首相に就任。
(18)1925年 - 円山川河口を震源北但馬地震(北但大震災)が発生。死者428人。
(19)1934年 - アメリカで銀行強盗・殺人を繰返していたクライド・バーローとボニー・パーカーが、警官隊の待ち伏せに遭い射殺される。
(20)1945年 - フレンスブルク政府ドイツの終戦処理にあたっていた臨時政府)が連合国の命によって解散、戦勝4ヵ国はドイツを軍政によって直接統治。(連合軍軍政期
(21)1945年 - イギリス軍に拘束中の元ナチス親衛隊全国指導者ハインリヒ・ヒムラーが自殺。
(22)1946年 - 佐々木康監督の『はたちの青春』が封切り。日本初のキスシーンがある映画。
(23)1947年 - 国共内戦: 長春包囲戦
(24)1949年 - ドイツ連邦共和国基本法ボンで発布され、ドイツ連邦共和国(西ドイツ)が誕生。
(25)1951年 - チベット中華人民共和国十七か条協定を締結。
(26)1951年 - 国鉄労働組合を脱退した機関士を中心に国鉄機関車労働組合が結成(国鉄動力車労働組合の前身)。
(27)1958年 - 1月に打ち上げられたアメリカ初の人工衛星「エクスプローラー1号」の通信が途絶。
(28)1962年 - 東京築地国立がんセンターが診療を開始。
(29)1969年 - 初の「公害白書」が発表(1972年に「環境白書」に改称)。
(30)1978年 - 第1回国連軍縮特別総会が開幕。
(31)1980年 - 黒澤明監督の『影武者』がカンヌ国際映画祭でグランプリ獲得(日本時間では5月24日)。
(32)1981年 - 陝西省で、中国では既に絶滅したと思われていた野生のトキ7羽が発見される。
(33)1984年 - リヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー西ドイツの第6代大統領に選出。
(34)1984年 - 寺尾の十両昇進が決定し、鶴嶺山逆鉾と合わせて史上初の三兄弟同時関取となる。
(35)1995年 - プログラミング言語Javaの最初のバージョンがリリース。
(36)1998年 - 北アイルランド国民投票が行われ、ベルファスト合意が75%の賛成で承認される。
(37)2009年 - 日本政党幸福実現党が結成される。
(38)2013年 - プロスキーヤーで登山家三浦雄一郎が世界最高峰・エベレストに史上最高齢(80歳7カ月)で登頂に成功。
(39)2013年 - 大強度陽子加速器施設J-PARC放射性同位体の漏洩事故が発生。
(596.92KB=54.2KB/photo line)


                            インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 

ただ今、6318編目です!
2016年5月23日(月)掲載分
昨日5月22日最終のトップページ
日別最終トップページ一覧表

編集者のダイアリー・コナー
     

  本日の本欄では大量のしかも、貴重な内容のブログをしていましたが、どうしたことか突然に消滅しました。トップページの当該コラムも消滅してコピー無し状 態!残念・・・のひと言です。でもま、命に別状はないことから、諦めます。とにかく、このところ、インタネット接続状況が実に不安定でして、編集中にそれ がサイト消滅を招来するのだろうと、いささか頭を抱えます。不安定な時は編集作業中止、と割り切ればイイのですが、生半可な接続ゆえに思い切りができない のです。ま、その分、ブログしたいことが多々あるってことですので、何もなくってすることがないってことよりマシだと受けとめます。それにして、残念のひ とことです。(17:30)





  昨日22日編集の記事3編を下記に掲載していますが、本日23日の第一記事掲載( : )をもって消却します。なお、「インタネット情報&ヨシダ ブ ログ」 に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。
No.6318
怒りのポピュリズム、トランプ流が本選で勝てない訳
REUTERSロイター2016.5.22.(21日付)Bill Schneider
ヨシダブログ:前号(No.6317)を横に置いといて割り込みます。なにせ、直前号は超長ブログ(?)になる気配濃厚であるためです▼筆者(Bill Schneiderさ ん)の詳細なプロフィールにヒットしませんが、簡単なもの(英文)は写真と共にヨシダ引用で記事中に入れました。同氏の活動を画像で見る限りは奇抜なもの でなく、平均的な学識経験者といった印象を抱くヨシダです▼それにしても現在の「トランプ旋風」は異常・異様としか言えない感じです。米共和党幹部の困惑 する姿を想像余儀なくする出来事ではあるですね▼立党の精神を「保守主義及 び キリスト教の立場を取る政党」として1860年の初代共和党リンカーン大統領が天国からどんな気持ちで眺めているだろうか・・・と、柄にもないことを想像 し ているヨシダ。そのヨシダは万一、トランプ大統領が出現したら「アメリカ(人)はジ・エンドだ」とまで言わしめるトランプさん。トランプさん、シツレイ!写真9枚添付ファイル
         「4月17日、ニューヨーク州で演説するトランプ氏」の画像検索結果 「4月17日、ニューヨーク州で演説するトランプ氏」の画像検索結果「4月17日、ニューヨーク州で演説するトランプ氏」の画像検索結果
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No.6317
日本刀の美しさに魅せられた若い女性、すなわち「刀剣女子」が近ごろ増殖している…

福井新聞「越山若水」2016.5.22.
ヨシダブログ: (編集中:ちょっと長文ブログになります。お急ぎの方は素通り結構。でも、ヨシダの人生ロマンでもありますので、遠慮なくブログ・オン&オンします!)余 談ならぬ、余ブログをすることを先ずはお断りしてのこと。まあ、ブロウを追ってくだされば本望です▼ヨシダが離日直前までガッツ人生を送ったなかでその最 期のクライアントが福井市にありました。創業88年余のグループ企業。同社三代目社長がヨシダの大阪講演を聴いて、ぜひともドライバー教育とという要請▼ 身一杯のクライアントを抱えていたことから東京新橋の老舗クライアント(創 業・92年年目)でヨシダをスカウトされた三代目社長で9年間続いてことから、同社ドライバー教育も充分な効果を発揮している事実に鑑み、事情を打ち明け てお暇を頂戴して福井にシフトしたものです▼と、そういった福井市との縁を持つヨシダ故に、福井新聞「越山若水」には興味を抱いてきています。本日の本記 事はそのヨシダに実に大きなロマンを与えてくれる!という意味で異例とも思える内容のヨシダブログを展開させていただきますので、悪しからずご了承のほ ど!!!!▼本記事のタイトルをみただけで正直、ヨシダはガッツ!!!しました。ちょっと稀有なブログができることを実に嬉しく思っているのです!多くの 写真を添付しましたが、その背後にあるのが「ヨシダ人生エピソードのひとつ」であるからです。長文のブログになることを辞することなく、この際、ヨシダ秘 話も混ぜてブログします。お楽しみに(笑)▼ハイ、この際ですので、本編はヨシダの「ロマンにあふれた人生道楽ブログ」となることを厭うことなく、ブログ を展開します▼これだけは冒頭に言及したいと思うことを暗示するのが添付写 真最下段2列の写真です。それらの全ては「英語版グーグル」からゲットしたものでして、言わば「米国版」で、下から3列目は米国の製材所で木材を製材中の ものと、その次列は同じく米国の帯ノコ目立て室&帯ノコ製材機械(Band saw filing room & Band saw machine)です。この光景がヨシダ第一人生の職人自営業時代の職場を想起するものです▼・・・と、こんな写真を添付してブログを続けると、???と ビジターは感じられるでしょう・・・。まずは、ヨシダの独り言として目を追ってくだされば幸甚です▼終 戦後のこと。長姉婿が広島市大手ゼネコンの3つの製材所で、今で言う「人材派遣業」で職人等の集めて投じていた時代。当時の人手不足からヨシダの父 に助っ人要請が出たのです。「お父さん、手伝ってもらえませんか、製材工として・・・」がことの始まり。終戦後のドサクサ時代。親父は娘婿殿の助っ人、と いう意識で慣れない仕事に決断。持ち前の器用さもあって主導的な立場で丸鋸盤製材工になりました▼ところが、相棒の不手際で、木片が猛スピードで回ってい る丸ノコの歯に引っかかり、矢のようなスピードで親父の腹部に突き当たったのです▼すぐさま千田町の日赤広島病院に担ぎ込まれました。ちなみに当時の同病 院長は重藤文雄さんという人物で吉田家の親戚筋の人物。お袋の弁では「文夫さんは博士号を取るまでは晩酌はしないと言っていた」と。同氏のお母さんがよ く大手町のヨシダ宅に立ち寄られたときの話▼後年のことですが、かくいうユウキは30歳になるまでは酒は飲まん、と。いささか次元の低い決意(笑)▼ブロ グが それましたが、その病院長との縁のあった立場でありながら、当時の医療設備や医薬品等々のお粗末さから、手の施しようもない状態で早世したのです。享年 40数歳▼子供心の記憶のひとつは、ベッドに横たわった状態で、拳骨で病室の壁をゴッツン、ゴッツンと悔しそうに叩いていたこと。後年、ユウキが聴かされ たことにその親父の言葉があります。「・・・この児(ユウキ)は、一生、俺が面倒を看にゃあなるまいて・・・」だったとか。ポリオの長男に対する父親とし て の素朴な感情だったのです。それができなくなる・・・、といった無念さもあっての壁叩きだったのかも・・・▼さて、義兄のビジネスに戻ってのこと。製材所 の生産性を握る技術者キーマンが「帯ノコ目立て師(Band saw filer)」であることの認識のもと、この少年ヨシダが身体障害者であることをもってのこと、義兄の考えは、生半可な通常の高等教育で年数を過ごすより も、「生活力・生きる自信の把握」こそが大事であると認識してのこと。この義弟のユウキに進言したのがその「帯ノコ目立て師」とやらになることだったので す▼ 忘れもしません、一緒に風呂に入っている時でした。「・・・のお、ユウキよお・・・お前は職人にならんか?大学進学もしたいだろうけど、ハンディキャップ の 身のお前にとって大事なことは、『生きていく、食べていける、生活力そのものを身につけるほうが進学するよりも大事だし、お前自身が人生に対する自信の持 てる選択肢だと思うのだが、お前はどう思う・・・?」と▼14,5歳の少年ユウキにとっては反論することもできない義兄の問い掛けでした。その背景には、 父死亡後のお袋と長男祐起と次男祐司3人は義兄家の居候でしたので、言われるままに・・・が正直な昔話です▼さて、職人人生を決断したユウキをその道で名 の知れた職人さんの「弟子入り」をしました。当時のお金で8千円現金をその師匠さんに前払い。当時の月給の4倍近い授業料ってところでした▼・・・と、端 折っての話。英語の好きなユウキは関係書籍を当時のCIA図書館で大発見!「Lumber(製材)」と題する分厚い英語本。それを元に、その後年は英語力 を駆使してアメリカの同業者との交流等々で幾つかの新技術をマスターすることになったのですが、その一つに日本では不可能視されていた「帯ノコのガス溶 接」ってのがありました。その背景を物語るのが本コラム最下段に添付した写真デス!To be continued...........写真31枚添付ファイル
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                         「末尾の特別情報お知らせコーナー」
  以下のコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するもので して、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。なお、上掲のリンクをクリックすると、そ の下書き的なテーマや内容の一端が垣間見られます。


              「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を           
★84歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
★ 人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
★ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
★手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
★そ こで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
★ コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクトの人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
★そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
★ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
★若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄され る」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
★ その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
★すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、「世のため、人のために役立つ生涯を」・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジ ナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
★アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
★ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
★なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムではその容量 大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真がないために、編集容量が極めて低く (11.14KB)。ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。  
★もうひとつの「蛇足の弁」ならぬ、「蛇足・でも価値ある漫画言葉」の漫画。曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにつるためだと言ったらどう思うかい?)★これってヨシダのホンネそのものって感じです!!!(笑)

                  「余生」の画像検索結果「余生」の画像検索結果 
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムではその容量 大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真がないために、編集容量が極めて低く (11.14KB)。ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。

                      

                                      WELLNESS ADVOCATES Candidates in Slimmers World’s Miss Bikini 2016 pose before members of the media during a pre-pageant program at Diamond Hotel in Manila. PHOTO BY RUSSELL PALMA
この写真はマニラ・タイムズ紙で拾ったもの。詳細はSlimmers World bares Miss Bikini 2016 finalistrs」をご覧ください。しばし、目の保養を・・・・(笑) 
 ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。(933.74KB)                     

                        2016年5月23日(月)
                           ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
     

                             吉田祐起                                                           (満84歳6ヶ月)                                                (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)   
                       yoshida@a-bombsurvivor.com                                                     URL(eng): http://www.a-bombsurvivor.com

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