吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳6か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

  原爆証言者・吉田祐起の被爆現場証拠写真です。
 「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル別館」の画像検索結果
  2016年2月14日(日)午前3時頃のこと。ふと目覚めて色んなことに想いを巡らすなかで思いついたこと。それは被爆で九死に一生を得たという表現を 辞さない私の生々しい体験の場をこのサイトに再現することでした。ガバッと起きてデスクに向かいグーグルで関連写真を検索しました!ゲットしたのが上掲の 写真です。
 当時の私は学徒動員で広島電鉄本社電気課勤務でした。足が不自由なことからの事務所勤務。他の級友たちは電車・バスの修理工場配属 で した。左端の写真看板は現在の本社別館(右2枚の3階ビル)の前に設置されている半倒壊したビル画面と日英語説明文看板。2番目の白黒写真はその生々しい 倒壊した建物コーナーの写真です!
 朝礼を終えてビッコを引きながら薄暗い廊下伝いに電気課事務所に向かっていた瞬間の「ヒカ!ドン!」でし た。 あっという間に下敷きになりました。数秒の差で倒壊を免れた同課オフィスに辿り着いていたと、今更の如く想起し、感無量です。真っ暗なビルの下敷きで手を 合わせて死を覚悟しました。ふと、頭上にほのかな明かりが眼に入り、無我夢中で瓦礫をよじ登りました。子供心に想起することに倒壊した建物のてっ辺に這い 出た時の印象は「下界を見下ろす」って位置。顔面に吹き出る血をみて、「母ちゃ~ん!血が出ているよう~!」と泣きました。倒壊したあの建物の下敷きのわ が姿を生々しく再現再確認する次第です。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                                           English               
            2016年5月20日(金)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
   注: お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★&▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。    

  オバマ大統領閣下!ヒロシマ・ヒバクシャ・ヨシダがご提言します!   
27 日の広島市ご訪問の際は、どうか、慰霊碑ご参拝のおりに、ちょっとばかり異例とも思えるような長い時間の無言の祈りを捧げてください。それをされたら「ヒ バクシャとの面接」は無用と心得ます!言葉に表現できない意義深く貴重なそれは大統領のお心の表現であるからです。大統領閣下の誓いの証しでもあるからで す。2009年11月にヨシダが眼に耳にしたNHK World 記者インタビューの際の大統領閣下の「男の約束」を抱き続けてきているからです。ヨシダのホンネは「大統領閣下!ヨカッタですね、『男の約束』が果たせ て!」。それ以下でも以上でもないのが大統領閣下の被爆市ご訪問の成果であると心得ます!
 なお、この発想の原点は「No.6310「同じ“生きる”なら、“活(い)きる”でないと駄目なのじゃ」。印象的なせりふとともに…福井新聞「越山若水」2016.5.17.)」であることを告白します。
             
オバマ米大統領の被爆市訪問が今月27日に決定!

  オバマ大統領は「(日本流で言えば)男の約束」を果たされることが決定しました。昨日深夜に本サイトの日付変更をするべくデスクに向かったところ、各紙の メルマガが報じていることに気付きました。なお、「男の約束」に関してはその次に表示しているニューヨーク・タイムズ紙メールをご参考にしてください。ヨ シダは2009年のあの時点、あの瞬間から語り続けて現在に至っていることを誇りに感じます。(10日22:44記)
       オバマ米大統領、27日広島訪問 核廃絶へ演説計画 日米発表、現職大統領で初
★ニューヨーク・タイムズ紙が報じた記事を日本語抜きで編集しました!クリックしてご覧くださいませんか?ヨシダがあの時点で書いたことが現在にしてはじめて米紙に報道されたのがポイントです!「No.6297Obama Weighs Visiting Hiroshima or NagasakiThe New York Times White House Letter May 8, 2016  By )」(5月9日記)
     
             ウィキペディアから拾った5月20日の「できごと」 
                              May 20 Events(英語版) 
                                   「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。でも、つい、欲張って・・・★なおまた、「ウィキペディアのできごと」は英語版が本流でして、日本語版は その翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・。
「きょうのできごと」記録集
      3「1217,  First Barons' War」の画像検索結果「1217,  First Barons' War」の画像検索結果「1217,  First Barons' War」の画像検索結果「1217,  First Barons' War」の画像検索結果「1217,  second lincoln's War」の画像検索結果「1293, Studium Generale」の画像検索結果   「カスティーリャ王サンチョ4世」の画像検索結果
      「1293, Studium Generale」の画像検索結果「1293, Studium Generale」の画像検索結果7「abraham ortelius theatrum orbis terrarum 1570」の画像検索結果「abraham ortelius theatrum orbis terrarum 1570」の画像検索結果「abraham ortelius theatrum orbis terrarum 1570」の画像検索結果「abraham ortelius theatrum orbis terrarum 1570」の画像検索結果  8 「Thomas Thorpe」の画像検索結果「ウィリアム・シェイクスピアの『ソネット集」の画像検索結果「ウィリアム・シェイクスピアの『ソネット集」の画像検索結果「ウィリアム・シェイクスピアの『ソネット集」の画像検索結果「ウィリアム・シェイクスピアの『ソネット集」の画像検索結果

  11関連画像「1862, lincoln signed Homestead Act」の画像検索結果「1862, lincoln signed Homestead Act」の画像検索結果「1862, lincoln signed Homestead Act」の画像検索結果「1862 Homestead Act」の画像検索結果「1862 Homestead Act」の画像検索結果「1862, lincoln signed Homestead Act」の画像検索結果
 12    関連画像 「1873 levi strauss」の画像検索結果 「1873 levi strauss」の画像検索結果「1873 levi strauss」の画像検索結果「1873 levi strauss」の画像検索結果    関連画像「levi strauss grave」の画像検索結果
  15 「1891, edison's Kinetoscope first opened to public」の画像検索結果   「1891, edison's Kinetoscope first opened to public」の画像検索結果「1891, edison's Kinetoscope first opened to public」の画像検索結果「1891, edison's Kinetoscope first opened to public」の画像検索結果「1891, edison's Kinetoscope first opened to public」の画像検索結果「1891, edison's Kinetoscope first opened to public」の画像検索結果16「1896年 - パリ・ガルニエ宮(オペラ座)で6トンのシャンデリアが落下し、1人死亡」の画像検索結果「1896年 - パリ・ガルニエ宮(オペラ座)で6トンのシャンデリアが落下し、1人死亡」の画像検索結果 
  「1896年 - パリ・ガルニエ宮(オペラ座)で6トンのシャンデリアが落下し、1人死亡」の画像検索結果「1896年 - パリ・ガルニエ宮(オペラ座)で6トンのシャンデリアが落下し、1人死亡」の画像検索結果20「1909年 - うま味調味料「味の素」発売」の画像検索結果    「1909年 - うま味調味料「味の素」発売」の画像検索結果     「1909年 - うま味調味料「味の素」発売」の画像検索結果    「1909年 - うま味調味料「味の素」発売」の画像検索結果   「1909年 - うま味調味料「味の素」発売」の画像検索結果
    24「1927, Spirit of St. Louis left newyork」の画像検索結果 「1927, Spirit of St. Louis left newyork」の画像検索結果 「1927, Spirit of St. Louis left newyork」の画像検索結果     「1927, Spirit of St. Louis left newyork」の画像検索結果25「1932年 - アメリア・イアハートが女性として初めての大西洋単独横断飛行」の画像検索結果「1932年 - アメリア・イアハートが女性として初めての大西洋単独横断飛行」の画像検索結果「1932年 - アメリア・イアハートが女性として初めての大西洋単独横断飛行」の画像検索結果「1932年 - アメリア・イアハートが女性として初めての大西洋単独横断飛行」の画像検索結果
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       「2013 Moore tornado」の画像検索結果「2013 Moore tornado」の画像検索結果「2013 Moore tornado」の画像検索結果「2013 Moore tornado」の画像検索結果  「2013 Moore tornado」の画像検索結果  「2013 Moore tornado」の画像検索結果   「2013 Moore tornado」の画像検索結果     「2013 Moore tornado」の画像検索結果
(1)325年 - 第1ニカイア公会議開会。ニカイア信条を採択、復活祭の日付を制定。
(2)526年 - シリアアンティオキアで大地震。約30万人が死亡。
(3)1217年 - 第一次バロン戦争: 第二次リンカーンの戦い

(4)1293年正応6年4月13日) - 鎌倉大地震
(5)1293年 - カスティーリャサンチョ4世が現在のマドリード・コンプルテンセ大学を創立。
(6)1498年 - ヴァスコ・ダ・ガマが第一次航海でインド西岸のカリカットに到達。
(7)1570年 - アブラハム・オルテリウスが世界初の近代的地図「Theatrum Orbis Terrarum」を発刊。
(8)1609年 - ウィリアム・シェイクスピアの『ソネット集』がトマス・ソープ英語版によって発刊される。
(9)1631年 - 三十年戦争: マクデブルクの戦いが終結。
(10)1722年享保7年4月6日) - 江戸幕府が流地禁止令を発布。田畑を質流れの形で売買することを禁止。
(11)1862年 - エイブラハム・リンカーン米大統領がホームステッド法に署名、同法が発効。
(12)1873年 - リーヴァイ・ストラウスとジェイコブ・デイヴィスがリベットポケットを補強したズボン特許を取得、ジーンズの発祥とされる。
(13)1875年 - パリメートル条約が締結。
(14)1882年 - ドイツ帝国オーストリア=ハンガリー帝国イタリア王国三国同盟を締結。
(15)1891年 - トーマス・エジソンが発明した映画を観る装置キネトスコープが初めて公開される。
(16)1896年 - パリ・ガルニエ宮(オペラ座)で6トンのシャンデリアが落下し、1人死亡。
(17)1902年 - キューバアメリカ合衆国の軍政から独立。
(18)1903年 - 日本人で初めてチベットに入国した仏教学者・河口慧海が4年ぶりに帰国。
(19)1908年 - オランダの統治下ジャワ島で民族主義的政治結社ブディ・ウトモが結成される。
(20)1909年 - うま味調味料味の素」発売。
(21)1918年 - アメリカ海軍の戦艦「ニューメキシコ」が就役。
(22)1921年 - 沖縄県那覇市首里市(現在は那覇市の一部)が市制施行。
(23)1921年 - 中華民国北京政府)外交部総長顔恵慶ドイツ国側代表ヘルベルト・フォン・ボルヒが北京で中独協約を締結し両国の国交を回復する。ドイツが膠州湾租借地を放棄する。
(24)1927年 - チャールズ・リンドバーグが史上初の大西洋横断飛行のためスピリット・オブ・セントルイス号に乗りニューヨークを出発。翌日パリに到着。
(25)1932年 - アメリア・イアハートが女性として初めての大西洋単独横断飛行のため、ロッキード ベガに乗りニューファンドランドを出発。翌日アイルランドに到着。
(26)1933年 - 大阪市営地下鉄御堂筋線梅田(仮駅) - 心斎橋駅間が開業。大阪初の地下鉄。
(27)1936年 - 阿部定事件の犯人・阿部定が品川で逮捕。
(28)1938年 - 日中戦争: 国民革命軍マーチン139W爆撃機2機が九州上空に侵入し反戦ビラを投下。日本本土上空に侵入した初の敵国機となる。
(29)1941年 - 第二次世界大戦: クレタ島の戦いが始まる。
(30)1941年 - 東京港が外国貿易港として開港。
(31)1942年 - 翼賛政治会結成。国会議員のほぼ全員が参加。
(32)1942年 - 和歌山県田辺市が市制施行。
(33)1947年 - 第1次吉田内閣が総辞職。第1回特別国会を召集。
(34)1949年 - 台湾で、世界で一番長い戒厳令台湾省戒厳令がはじめて施行される。1987年に解除。
(35)1949年 - アメリカ国家安全保障局 (NSA) の前身となる軍保安局 (AFSA) が設置される。
(36)1950年 - 臨時石炭鉱業管理法廃止。炭鉱の国家管理が終了。
(37)1950年 - 孝宮和子内親王鷹司平通と結婚。皇族が初めて民間人と結婚。
(38)1954年 - ビル・ヘイリーのシングルレコード「ロック・アラウンド・ザ・クロック」が発売。ロックンロールブームとなる。
(39)1956年 - アメリカ合衆国がビキニ環礁で初めての水爆投下実験。(レッドウィング作戦
(40)1960年 - 安保闘争: 自民党衆議院新日米安保条約を単独で強行採決。
(41)1968年 - 「信濃の国」が正式に長野県の県歌として制定される。
(42)1969年 - 立命館大学全共闘が同校のわだつみ像を破壊。
(43)1975年 - 白鳥事件再審請求で最高裁が請求を棄却するが、「疑わしきは罰せず」の原則を再審請求にも適用するという新たな基準(白鳥決定)を示し、再審の門戸を広げる。
(44)1978年 - 新東京国際空港(成田空港)が開港。
(45)1984年 - 外国人初の関取・高見山が引退。
(46)1990年 - ルーマニア革命: ルーマニアで半世紀ぶりの自由選挙が行われる。
(47)2000年 - 陳水扁中華民国総統に就任。
(48)2001年 - ウィキペディア日本語版が開設される。
(49)2002年 - 東ティモールインドネシアから独立。シャナナ・グスマンが初代大統領に、マリ・アルカティリが初代首相に就任。
(50)2007年 - 石川遼マンシングウェアオープン KSBカップで優勝。15歳245日での優勝はゴルフのプロツアー大会における世界最年少記録。
(51)2008年 - シンガポール航空により、世界最大の旅客機エアバスA380が、日本(シンガポール - 成田)に初めて乗り入れる。
(52)2010年 - 大相撲野球賭博問題: この日発売の『週刊新潮』で大相撲の現役力士大関琴光喜暴力団による野球賭博に関与していたことが報じられる。
(53)2012年 - 大相撲夏場所で、前頭7枚目の旭天鵬が史上初の平幕同士の優勝決定戦を制し初優勝。同時に初優勝の最年長記録を更新した。
(54)2013年 - アメリカ合衆国オクラホマ州FE5の竜巻が発生し、24人が死亡。(2013年ムーア竜巻
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                           インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 

ただ今、6316編目です!

2016年5月20日(水)掲載分

昨日5月19日最終のトップページ
日別最終トップページ一覧表

編集者のダイアリー・コナー
     

本日「5月20日のできごと」でヨシダが特に関心を強めるのは、「(12)1873年 - リーヴァイ・ストラウスとジェイコブ・デイヴィスがリベットポケットを補強したズボン特許を取得、ジーンズの 発祥とされる」でしょうか★ほかでもありません、終戦後の物資の無い時代にハワイ在住の伯母たちがしばしば贈ってくれたのがこのジーンズをはじめ衣類や シュガー、バター等々多くの助っ人贈り物でした★「皮ジャンパー」もありました。ケッサクなのは、かのジーンの裾を折り曲げた独特のアメリカン・スタイ ル!それ に当時は眼にすることもなかった皮ジャンってスタイル!脚の不自由な青年ヨシダもそんな格好で自転車に乗って颯爽と!って姿★それに当時から英語を口にし ていた青年ヨシダだっただけに、「ヨシダさんはアメリカ戻り!?」って印象を与えたものでした★そんなこともあってのこと、人生第二毛作時代の運送会社経 営者に転じてからは1980年代のこと。30数個の腕時計をバッグに忍ばせて、当時、ハワイで行われた契約先のフランチャイザー米国企業「Zeibart International, Inc.」の25周年記念事業に参加方々、ハワイ在住の親戚関係者30名らをレストランに招待して当時の助っ人関係者への贈り物にしたものです。今から想 うに、微々たる感謝の意の表示。でも、なんだか悔いの無い吉田家長男ユウキのしたことではあります★「きょう のできごと」も思わぬ昔話や体験を想起させるものです。(9:30)
 おりしも、XPが受信したメルマガの一つが目に付きました。曰く、「ファシズムが米国にやってきた、とネオコンの論客 ロバート・ケーガンがトランプを『衆愚政治の象徴』と罵倒」 (宮崎正弘の国際ニュース・早読み)通算第4909号)がそれ。文中の論客ロバート・ケーガン著を検索中です。ヒットしたら後刻に添付します★当初からト ランプ批判者のヨシダのひとり言は、「そうでしょう、そんなことはド素人でも予想できること!言わんこっちゃあない!・・・」とも。(10:05)
      「"Trump is the GOP's Frankenstein monster. Now he' strong enough to destroy the party."」の画像検索結果「washington post」の画像検索結果「"Trump is the GOP's Frankenstein monster. Now he' strong enough to destroy the party."」の画像検索結果    
 ヨシダの現在の気分を英語で言えば、I Got It!!!(見つけたぜ!)ってところデス!題して"Trump is the GOP's Frankenstein monster. Now he' strong enough to destroy the party."がそれです!肝心のケーガンさんの言葉画像まで入手しました!ヨシダの執念って年齢に比したらスッゴイでしょ~う!(大笑)。(10:20)
 ・・・ と、齢の割にはハリキッタ編集長・ヨシダ。本日の成果はこれだけで充分!!!といった心境です。「万が一にでもトランプさんが大統領になったら、アメリカ (人)もジ・エンドだ!」ともブログしきったヨシダだけにです。たとえ万が一にでも大統領になったら、「ヨシダのド素人発言」でなく、同様の考えを持つ識 者の仲間入りになるだけだ。笑われるのはアメリカ人大衆。それを許した合衆国の実態、とでも思って肩をシュリンクするだけのことです★かのひと昔前のヨシ ダ発言「EU&ユーロなんて、何時かは崩壊するさ」とまで言い切った、それはヨシダが溜飲を感じる出来事でさえあるとニンマリです。痛快この上もありませ ん!だから、このコラムは止められないのデス!(笑)(10:50)
 「No.6314がっかりが半分、感激が半分。南フランスのアルルに印象派の画家ゴッホの足跡を…西日本新聞「春秋」2016.5.20.)」 を編集しながら気になったこと。それはトップサイトの編集許容量オーバーへの対応です。でも、案ずるより生むが易しって感じます。ほかでもありません、編 集容量をオーバーした場合は、サイトを「すべてコピー」して新しい編集画面にインプット。「保存」することをしないままで、そのまま、適当量を削除すれば イイだけのこと・・・と気付きました。神経質な(?)ヨシダが自ら達した問題解決法です★先ほどのディナー(二食主義でディナー・タイムは午後2時半)で 世話役のセニーさん(家長・アーネルの姉で通勤)が用意してくれた大きな魚の頭&野菜を茹でたもの。食べ方も堂に入り、「骨までしゃぶる」キレイな食し方 です。健康食に徹しているためか、特別に日本食のあれを、これを・・・といった願望は完全に失せています。これでヨシ!ってヨシダの食生活振りです。 (15:55)
 ・・・ふと、受信したメルマガの一つ曰く、「わいせつ芸術の分かれ目(きょうも傍聴席にいます)」(朝日新聞5月13日付)が目にとまりました。何ごとも勉強・ベンキョウと、ニヤニヤしながら開いてみるに、長~い記事。ご関心のある方はクリックしてご覧ください。本サイト訪問者諸氏へのヨシダのサービス精神です(笑)。(16:10)
 ・・・何時ものことながら、本コラムの編集作業には歴史を筆頭に芸術美術をも学ぶ機会を得ることを限りなく嬉しく感じます。「No.6315:沖縄の陶工を追ったドキュメンタリー映画「あめつちの日々」が東京で上映されて…沖縄タイムス「大弦小弦」2016.5.20.宮城栄作)」は(も)そのひとつ。とりわけ、本記事筆者・宮城栄作さんの筆者人物像から本紙に抱く「左翼系紙」のイメージを払拭する機会になることを感じます。(19:15)
 「No.6316:天皇、皇后両陛下がきのう、熊本地震の被災者を見舞うため来熊された。…熊本日日新聞「新生面」2016.5.20.)」を編集しながら目頭を熱くしました。何時ものことながら、両陛下の被災者へのお見舞いのお姿には胸を強く打たれます★本日の編集作業もヨシダはよくガンバリました。自身の頭を撫でてやります(笑)。(11:00)


 

No.6316
天皇、皇后両陛下がきのう、熊本地震の被災者を見舞うため来熊された。…
熊本日日新聞「新生面」2016.5.20.

ヨシダブログ:目 頭が熱くなるのを禁じ得ない両陛下の熊本地震被災者お見舞いのお姿です。82歳・81歳の両陛下の御身のお姿を拝見して胸を強くうたれます。日本人固有の お振る舞いではあるものの、外国の元首には観ることのできない奥ゆかしさで、ただただ感動を覚えます▼か くいうヨシダは熊本地震直後から3日続けて本コラム(新生面)を編集し続けました。自身が脚が不自由なことから、地震などの災害時には完全にお手上げで、 その場にへたり込んで神さまに全てを委ねて祈るしか成すべきことを知らないし出来ないだけに、被災者の方々への深い思い入れを禁じ得ないからです▼被災者 の方々への深いお見舞いの念を強く抱きつつ、両陛下のご健康をひたすら祈念申し上げます。写真12枚添付ファイル
     「天皇、皇后両陛下熊本地震の被災者を見舞う」の画像検索結果 「天皇、皇后両陛下熊本地震の被災者を見舞う」の画像検索結果「天皇、皇后両陛下熊本地震の被災者を見舞う」の画像検索結果「天皇、皇后両陛下熊本地震の被災者を見舞う」の画像検索結果「天皇、皇后両陛下熊本地震の被災者を見舞う」の画像検索結果「天皇、皇后両陛下熊本地震の被災者を見舞う」の画像検索結果
       関連画像関連画像      関連画像    「天皇、皇后両陛下熊本地震の被災者を見舞う」の画像検索結果 「天皇、皇后両陛下熊本地震の被災者を見舞う」の画像検索結果「天皇、皇后両陛下熊本地震の被災者を見舞う」の画像検索結果
No.6315
沖縄の陶工を追ったドキュメンタリー映画「あめつちの日々」が東京で上映されて…
沖縄タイムス「大弦小弦」2016.5.20.
宮城栄作
ヨシダブログ:や~!魅せられるって、こんな状態のヨシダが抱く感情で~す!ヨシダは沖縄の大ファン!沖縄は人生第二毛作時代は本土復帰直前に一度の業界視察旅行。人生第三毛作時代には2度の訪沖体験者。一度 は論文執筆取材、二度目は全日本トラック協会主催の「業界近代化講演会」講師・・・といった想い出を持ちます▼一時期、よく本コラムで取り上げた沖縄の2 紙。最近は縁遠くなっています。正直な胸の内ですが、左翼化風評を気にしてからのこと▼でもでも、本記事なかんずく、筆者・宮城栄作さんの趣旨を知るにつ け、今までの心ならずもの偏見を見直しすることを心に秘めるに至りました▼それにしても、沖縄が生んでいる陶芸技術の世界。魅せられるとはこのこと だ・・・と感じ入りながら編集しました。 写真44枚添付ファイル
    「映画「あめつちの日々」」の画像検索結果   「あめつちの日々」の画像検索結果  「あめつちの日々」の画像検索結果「あめつちの日々」の画像検索結果  「あめつちの日々」の画像検索結果 
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No.6314
がっかりが半分、感激が半分。南フランスのアルルに印象派の画家ゴッホの足跡を…
西日本新聞「春秋」2016.5.20.
ヨシダブログ:本 記事筆者は主人公のゴッホの足跡を現地 南フランスはアルルを訪ねてのもの。対するヨシダは、本記事を巡って、グーグル頼りの当該写真を検索しながらの鑑賞。ドエライ差異!でも、暫くの間、大い に楽しみました▼ゴッホの若い時代から「耳切り事件」当時の写真から「最後の自画像」まで観る(知る)機会を本記事が招来しました。「【あの人の人生を知ろう~ゴッホ兄弟】withポール・ゴーギャン」はヨシダが知らぬことの多くを教えてくれました。とりわけ、興味を抱いたのは、「『ひまわり』連作は12点あった。十二使徒を意味しているらしい」はヨシダの疑問に対する良き回答です(笑)。(写真28枚添付ファイル
      
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  昨日19日の記事1編を下記に掲載していましたが、本日19日の第一記事掲載(14:45)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダ ブ ログ」 に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。

                         「末尾の特別情報お知らせコーナー」
  以下のコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するもので して、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。なお、上掲のリンクをクリックすると、そ の下書き的なテーマや内容の一端が垣間見られます。


              「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を           
★84歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
★ 人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
★ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
★手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
★そ こで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
★ コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクトの人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
★そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
★ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
★若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄され る」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
★ その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
★すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、「世のため、人のために役立つ生涯を」・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジ ナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
★アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
★ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
★なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムではその容量 大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真がないために、編集容量が極めて低く (11.14KB)。ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。  
★もうひとつの「蛇足の弁」ならぬ、「蛇足・でも価値ある漫画言葉」の漫画。曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにつるためだと言ったらどう思うかい?)★これってヨシダのホンネそのものって感じです!!!(笑)

                  「余生」の画像検索結果「余生」の画像検索結果 
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムではその容量 大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真がないために、編集容量が極めて低く (11.14KB)。ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。

                      

                                      WELLNESS ADVOCATES Candidates in Slimmers World’s Miss Bikini 2016 pose before members of the media during a pre-pageant program at Diamond Hotel in Manila. PHOTO BY RUSSELL PALMA
この写真はマニラ・タイムズ紙で拾ったもの。詳細はSlimmers World bares Miss Bikini 2016 finalistrs」をご覧ください。しばし、目の保養を・・・・(笑) 
 ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。(1100KB)                     

                        2016年5月20日(金)
                           ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
     

                             吉田祐起                                                           (満84歳6ヶ月)                                                (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)   
                       yoshida@a-bombsurvivor.com                                                     URL(eng): http://www.a-bombsurvivor.com

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