吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳6か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

  原爆証言者・吉田祐起の被爆現場証拠写真です。
 「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル別館」の画像検索結果
  2016年2月14日(日)午前3時頃のこと。ふと目覚めて色んなことに想いを巡らすなかで思いついたこと。それは被爆で九死に一生を得たという表現を 辞さない私の生々しい体験の場をこのサイトに再現することでした。ガバッと起きてデスクに向かいグーグルで関連写真を検索しました!ゲットしたのが上掲の 写真です。
 当時の私は学徒動員で広島電鉄本社電気課勤務でした。足が不自由なことからの事務所勤務。他の級友たちは電車・バスの修理工場配属 で した。左端の写真看板は現在の本社別館(右2枚の3階ビル)の前に設置されている半倒壊したビル画面と日英語説明文看板。2番目の白黒写真はその生々しい 倒壊した建物コーナーの写真です!
 朝礼を終えてビッコを引きながら薄暗い廊下伝いに電気課事務所に向かっていた瞬間の「ヒカ!ドン!」でし た。 あっという間に下敷きになりました。数秒の差で倒壊を免れた同課オフィスに辿り着いていたと、今更の如く想起し、感無量です。真っ暗なビルの下敷きで手を 合わせて死を覚悟しました。ふと、頭上にほのかな明かりが眼に入り、無我夢中で瓦礫をよじ登りました。子供心に想起することに倒壊した建物のてっ辺に這い 出た時の印象は「下界を見下ろす」って位置。顔面に吹き出る血をみて、「母ちゃ~ん!血が出ているよう~!」と泣きました。倒壊したあの建物の下敷きのわ が姿を生々しく再現再確認する次第です。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                                           English               
            2016年5月17日(火)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
   注: お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★&▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。    

  オバマ大統領閣下!ヒロシマ・ヒバクシャ・ヨシダがご提言します!   
27 日の広島市ご訪問の際は、どうか、慰霊碑ご参拝のおりに、ちょっとばかり異例とも思えるような長い時間の無言の祈りを捧げてください。それをされたら「ヒ バクシャとの面接」は無用と心得ます!言葉に表現できない意義深く貴重なそれは大統領のお心の表現であるからです。大統領閣下の誓いの証しでもあるからで す。2009年11月にヨシダが眼に耳にしたNHK World 記者インタビューの際の大統領閣下の「男の約束」を抱き続けてきているからです。ヨシダのホンネは「大統領閣下!ヨカッタですね、『男の約束』が果たせ て!」。それ以下でも以上でもないのが大統領閣下の被爆市ご訪問の成果であると心得ます!
 なお、この発想の原点は「No.6310「同じ“生きる”なら、“活(い)きる”でないと駄目なのじゃ」。印象的なせりふとともに…福井新聞「越山若水」2016.5.17.)」であることを告白します。
          オバマ米大統領の被爆市訪問が今月27日に決定!
  オバマ大統領は「(日本流で言えば)男の約束」を果たされることが決定しました。昨日深夜に本サイトの日付変更をするべくデスクに向かったところ、各紙の メルマガが報じていることに気付きました。なお、「男の約束」に関してはその次に表示しているニューヨーク・タイムズ紙メールをご参考にしてください。ヨ シダは2009年のあの時点、あの瞬間から語り続けて現在に至っていることを誇りに感じます。(10日22:44記)
       オバマ米大統領、27日広島訪問 核廃絶へ演説計画 日米発表、現職大統領で初
★ニューヨーク・タイムズ紙が報じた記事を日本語抜きで編集しました!クリックしてご覧くださいませんか?ヨシダがあの時点で書いたことが現在にしてはじめて米紙に報道されたのがポイントです!「No.6297Obama Weighs Visiting Hiroshima or NagasakiThe New York Times White House Letter May 8, 2016  By )」(5月9日記)
     
             ウィキペディアから拾った5月17日の「できごと」 
                              May 17 Events(英語版) 
                                   「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。でも、つい、欲張って・・・★なおまた、「ウィキペディアのできごと」は英語版が本流でして、日本語版は その翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・。

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   「Buttonwood Agreement」の画像検索結果「Buttonwood Agreement」の画像検索結果  「Buttonwood Agreement」の画像検索結果  「Buttonwood Agreement」の画像検索結果「Buttonwood Agreement」の画像検索結果5「Antonio López de Santa Anna. Santaanna1.JPG signature」の画像検索結果「Antonio López de Santa Anna. Santaanna1.JPG signature」の画像検索結果
      「Antonio López de Santa Anna. Santaanna1.JPG signature」の画像検索結果「1814 mekisico」の画像検索結果「1814 mekisico」の画像検索結果「1814 mekisico」の画像検索結果「1814 Mexican flag」の画像検索結果 6 「1860, TSV1860」の画像検索結果 「1860, TSV1860」の画像検索結果 「1860, TSV1860」の画像検索結果

     9  「kentucky derby 1875」の画像検索結果  「kentucky derby 1875」の画像検索結果「kentucky derby 1875」の画像検索結果「kentucky derby 1875」の画像検索結果 「kentucky derby 1875」の画像検索結果  「kentucky derby 1875」の画像検索結果 「kentucky derby 1875」の画像検索結果12「1938年 - 日中戦争: 徐州会戦で西住小次郎戦車小隊長が戦死。日中戦争初の軍神」の画像検索結果「1938年 - 日中戦争: 徐州会戦で西住小次郎戦車小隊長が戦死。日中戦争初の軍神」の画像検索結果
        関連画像関連画像17「1956年 - 石原慎太郎『太陽の季節』。石原裕次郎が映画デビュー」の画像検索結果「1956年 - 石原慎太郎『太陽の季節』。石原裕次郎が映画デビュー」の画像検索結果「1956年 - 石原慎太郎『太陽の季節』。石原裕次郎が映画デビュー」の画像検索結果「1956年 - 石原慎太郎『太陽の季節』。石原裕次郎が映画デビュー」の画像検索結果    19 「1969 Венера-5」の画像検索結果 「1969 Венера-5」の画像検索結果
     「1969 Венера-5」の画像検索結果20「1973, watergate special committee newspaper articles」の画像検索結果「1973, watergate special committee」の画像検索結果           「1973, watergate special commitee」の画像検索結果     「1973, watergate special committee newspaper articles」の画像検索結果「1973, watergate special committee newspaper articles」の画像検索結果 「1973, watergate special committee newspaper articles」の画像検索結果    
    24「1987, USS Stark, FFG-31) struck us frigate stark」の画像検索結果                 「iraq fighter」の画像検索結果         「1987, USS Stark, FFG-31) struck us frigate stark」の画像検索結果    「1987, USS Stark, FFG-31) struck us frigate stark」の画像検索結果      関連画像「1987, USS Stark, FFG-31) struck us frigate stark」の画像検索結果「1987,  iraq fighter attacked uss warship」の画像検索結果
   31「Same-sex marriage in Massachusetts」の画像検索結果  「Same-sex marriage in Massachusetts」の画像検索結果 「Same-sex marriage in Massachusetts」の画像検索結果  「Same-sex marriage in Massachusetts」の画像検索結果  32 「ロシア正教会と在外ロシア正教会の和解」の画像検索結果      「ロシア正教会と在外ロシア正教会の和解」の画像検索結果         「ロシア正教会と在外ロシア正教会の和解」の画像検索結果   「ロシア正教会と在外ロシア正教会の和解」の画像検索結果
(1)
1521年 - 大司馬バッキンガム公エドワード・スタフォードが反逆の容疑で処刑。
(2)1792年 - ニューヨークの仲買人がすずかけ協定英語版を結びウォール街での証券取引が始まる。これが後にニューヨーク証券取引所に発展する。
(3)1805年 - ムハンマド・アリーエジプト総督(ワーリー英語版)に就任。
(4)1814年 - ノルウェー憲法が採択され、デンマークからの独立を宣言。デンマーク王家のクリスチャン・フレデリクがノルウェー王に就任。
(5)1833年 - アントニオ・ロペス・デ・サンタ・アナメキシコ大統領に就任。
(6)1860年 - ドイツサッカークラブ、TSV1860ミュンヘンが設立される。
(7)1865年 - 万国電信連合(現 国際電気通信連合)が発足する。
(8)1868年明治元年4月25日) - 日本からハワイへの密航移民約150人が横浜を出港。
(9)1875年 - 第1回ケンタッキーダービーが開催され、アリスティデスが勝利。
(10)1875年 - 最初の屯田兵北海道に入植。
(11)1889年 - 府県制郡制公布。
(12)1938年 - 日中戦争: 徐州会戦西住小次郎戦車小隊長が戦死。日中戦争初の軍神となる。
(13)1940年 - 第二次世界大戦: ナチス・ドイツによってブリュッセルが占領される。
(14)1943年 - 第二次世界大戦: イギリス空軍第617中隊によってチャスタイズ作戦が行われる。
(15)1947年 - 参議院の無所属議員58人が院内会派緑風会を結成。
(16)1954年 - アメリカ合衆国最高裁判所ブラウン対教育委員会裁判で、「人種分離した教育機関は不平等」との判決を出す。
(17)1956年 - 石原慎太郎原作の映画『太陽の季節』が封切り。石原裕次郎が映画デビュー。
(18)1962年 - 大日本製薬が、前年11月に奇形児出産の恐れがあると指摘されるも製造を続けていたサリドマイドの出荷を停止。
(19)1969年 - ベネラ計画:ソ連の金星探査機「ベネラ6号」が金星に着陸。
(20)1973年 - ウォーターゲート事件: 上院ウォーターゲート特別委員会公聴会を開始。
(21)1978年 - エルサルバドルで日本とエルサルバドルの合弁企業インシンカの社長・松本不二雄が、FARN(全国抵抗武装軍)と名乗る組織により誘拐。同年10月に遺体で発見。(日本時間5月18日
(22)1983年 - レバノンイスラエル・アメリカが、レバノンからのイスラエル軍の撤兵協定に調印。
(23)1985年 - 男女雇用機会均等法が成立。
(24)1987年 - アメリカ海軍フリゲートスターク」にイラク軍機が発射したミサイルが命中し、37名の死者を出す。
(25)1990年 - 世界保健機関国際障害疾病分類から同性愛を削除することが決議。
(26)1991年 - 暗黒の5月事件タイ王国スチンダー・クラープラユーン将軍の首相就任に反発した国民が抗議デモ。軍部が武力で鎮圧し、300名以上の死者が出る。
(27)1994年 - マラウイで建国以来初の複数政党制による総選挙を実施。
(28)1995年 - ジャック・シラクフランスの大統領に就任。
(29)1995年 - チベットで当時6歳の パンチェン・ラマ11世が中国政府によって拉致される。
(30)1997年 - 第一次コンゴ戦争: コンゴ・ザイール解放民主勢力連合 (AFDL) のローラン・カビラが勝利宣言をして大統領に就任し、国名をザイールからコンゴ民主共和国に変更する。
(31)2004年 - マサチューセッツ州同性結婚が法的に認められる。
(32)2007年 - ロシア正教会在外ロシア正教会の和解が成立。
(33)2007年 - 京義線・東海線鉄道及び道路の連結事業: 韓国北朝鮮の間で56年ぶりに分断された南北鉄道で鉄道の試運転が行われる。
(34)2007年 - 愛知長久手町立てこもり発砲事件が発生。SAT隊員の巡査部長が犯人の銃撃を受けて殉職し、史上初めてSAT隊員の死亡者が出る。
(35)2008年 - 埼玉スタジアム2002で開催したJリーグ浦和レッズガンバ大阪の試合終了後、両クラブサポーター間の乱闘に端を発しての暴動事件が発生。
(36)2015年 - 大阪都構想の是非を問う住民投票が行われ、反対多数で否決。提唱者であった橋下徹市長は政治家引退を表明。
(37)2015年 - 川崎市簡易宿泊所火災が発生。431.97KB=54.8KB/photo line

                                                       インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 

ただ今、6310目です!

2016年5月17日(火)掲載分

昨日5月16日最終のトップページ
日別最終トップページ一覧表

編集者のダイアリー・コナー

  おおよそ、ダイアリーというものは、一日が終了した後に想起しながら書くのが普通。ヨシダのこのブログダイアリーはその時々の想いをその都度ブログするこ と。そう しないと、やっていること、その都度想うことを辿るのは事実上、大変なこと。ま、その分、変化の多い日々刻々を過ごしているということ。 と言うよりも、これがヨシダの日々のやるべきこと・・・って按配です★このところ、やたらと英文迷惑メールが乱入しています。中にはギョッとする内容と思 しきモノが著名なマスメディアから入ることも少なくありません。でも、よほどの記事と想像する意外は滅多に開いてみません。デリート&デリートの連続で す。「受け取りお断り」返信もしません。ほかでもありません、受信するのはOutlook ExpressのXPであって、スピードが遅いためです(笑)★本日「5月17日のできごと」でヨシダが特に関心を強めるのは、「(2)1792年 - ニューヨークの仲買人がすずかけ協定英語版を結びウォール街での証券取引が始まる。これが後にニューヨーク証券取引所に 発展する」です。アメリカ人的な発祥であり、発想だなあと感じます★「投資」に関するヨシダの体験ブログを恥を忍んでひとつ。人生第一毛作で大の大人が顔 負けの稼ぎをしていた時代のこと。お袋の「ハワイ里帰り」をさせました。当時の新婚青年ヨシダは大したモン。気前よくお金を使いました。その一つが当時 持っていた唯一の株(住友化学)を売却。売却益は記憶していません。無頓着でした。それが最初で最後のヨシダの株式投資体験でした★ちなみに、里帰りから 帰国したお袋曰く、「飛行機はチットも揺れ んかったわい・・・」と。当時の旅客機はおそらくパン・アメリカン航空だったと想像しますが記憶は全くありません・・・。たった一つの想い出は、「当時の 俺さまって、イイ羽振り、・・・若い未亡人・お袋を一度も働かすことなく、三歳下の弟の一年浪人プラス県外大学学資・下宿費」等々を気前よく賄ったもの★ その弟の口癖は、「兄ちゃんはボクの人生の恩人。兄ちゃんの老後はボクが面倒見する・・・」と。その彼は病をえてさっさと早世。「すまん、兄 貴!」と天国で後悔している分だけ、ヨシダは生かされ、活かされていく宿命だ・・・がヨシダの現在に至る想いであり苦笑い。「自利から他利」の人生は当時から始まっていた・・・ということ(大笑)★さて、本日はどんな記事にヒットするやら・・・。(8:55)
  熊本日日新聞「新生面」さんの記事は大地震直後から数回にわたって編集を続けました。同紙トップ記事の震災模様を報じる同紙第一面トップ記事を見続けまし た★久々にヒットした同コラム!その内容にヒバクシャの一人として、強い共感を覚えます。大統領に期待する言葉の云々が報じられる中で、「むしろ、何も語 らず、そこにじっと立っている方が雄弁なのかもしれない。」に共感を覚えます!このことを米大使館大使ケネディーさんに複数のメールに託します。「新生 面」の筆者に尊敬の念を抱きつつ・・・。当該記事は「No.6309:もう10日もすれば、米国のオバマ大統領が被爆地・広島に立つ。70年という歳月と…熊本日日新聞「新生面」2016.5.17.)」です。(11:40)
  トップページ(日英語版共)のトップにあしらったのが「オバマ大統領閣下 広島市訪問の際は原爆碑での無言の祈りをちょっと長くしてください。それをされ たらヒバクシャらとの面接は無用となり得ます」と。 ふと、ヨシダの余計な想像。もし、大統領ご自身が感動の余りに目に涙を浮かべられたら、大統領閣下のお心の表現にはバツグンの説得力があるでしょう。経営 者人生を貫いて現在があるヨシダが胸に抱いてきたそれは、「経営者は(政治家も)千両役者たれ」がその背景です。これって、茶化しの云々でなく、心が伴え ば涙が出て当たり前であるからです。余計はブログになりました・・・。(13:00)


No.6310
「同じ“生きる”なら、“活(い)きる”でないと駄目なのじゃ」。印象的なせりふとともに…
福井新聞「越山若水」2016.5.17.
ヨシダブログ:本記事にヒットして正直、ニンマリしました。ほかでもありません、早くにしてヨシダの人生スローガンの一つとしてきているからです。ヨシダウェブサイトの末尾に添えている編集者関連のコーナーにあしらって久しい編集者・吉田祐起の人生モットーに通じるからです。称して「生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ」がそれです。ヨシダの発想は(も)満更でもないぞ~と感じた一瞬でした(笑)▼英語版では"Grateful to be alive and active" と、 「太文字&グリーン」と念の入れようはスッゴイでしょう!(笑)。と、こんな発想も元はと言えば、本人ヨシダが日頃から体感して生きているからに過ぎませ ん。感謝の心のない人には出てこないキーワード。言葉の前にあるそれは実生活を通して培ってきている行動基準や信念に過ぎません▼キーワードが先行するの ではなく、平素の行動や信念が言葉やキーワードを招来するに過ぎません。エッヘン!▼本記事筆者の末尾の弁がカッコいいですね!曰く、「かつかつでなく活 活にする極意を「秀吉の活」で得てほしい」がそれ。「同士」を得た感じです▼ヨシダのこの人生キーワードの延長線上に位置するのが、自分史「いきいいき  ハツラツ わが人生は 三毛作!」ってのがあります。もっともそれは延べ60余年に至った経営者人生を「人生第一、第二、第三毛作」と称して現在に至るヨ シダ。ハイ!終の棲家と定めて移住したフィリピンでの人生を称して「人生第四毛作」でガンバッテいるヨシダです▼その四毛作の主たる中身はわが人生の総仕 上げ物語。さて、その中身は(?)。本コラム「インタネット情報&ヨシダブログ」の編集はその代表。その延長線上に見え隠れするのは「吉田祐起自叙伝:いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」の完成って図式です(笑)。もっとも、人生を完成したら終わりを意味するでしょう。といったことから、同史は「進行形のままのTo be continued...」になるかも・・・(笑)。写真5枚添付ファイル
              「福井新聞」の画像検索結果「木下昌輝」の画像検索結果「「秀吉の活」」の画像検索結果「「秀吉の活」」の画像検索結果「「秀吉の活」」の画像検索結果
No.6309
もう10日もすれば、米国のオバマ大統領が被爆地・広島に立つ。70年という歳月と…
熊本日日新聞「新生面」2016.5.17.

ヨシダブログ:熊 本大地震後に連続して本紙「新生面」をはじめ、トップ記事を追ったヨシダ。久々に本コラムを取材します。地震被災で大変ななかで、想いをオバマ大統領の広 島市訪問への深いかつ、共感するようなコメントをされていることを嬉しく感じるからます▼2009年11月以来、ヨシダが言い続け、ブログし続けている事 実はあの時点で大統領が発した言葉です。「今回はスケジュール一杯で行けないが、大統領任期中の何時かは訪問の栄に浴したい」でした▼今回の訪問決定はほ かならぬ、同大統領個人の「男の約束」と解してきたのがヨシダです▼同大統領の広島市訪問情報に対する評価や評論は色々ありますが、その背景には日本のマ スメディア関係者全てがその事実(大統領の約束)をご存知ないからだと皮肉るヨシダです。米政府関係筋からの「日本マスメディアに対する『かん口令』」だ と 喝破するヨシダです▼ともあれ、今回の大統領広島市訪問は大統領ご自身の「男の約束を果たす」のひと言に尽きることを強調します▼大統領の被爆市訪問に関 して、マスメディアはいろんな見解を披瀝しています。その背景にあるのが、前述した「かん口令下の大統領発言報道禁止」への認識が全くないからだとヨシダ は皮肉ります。「さすがはオバマさんだ!男の約束を果たす人物!」という評価意識は出てこないハズです▼さて、そこでですが、本記事筆者の末尾の弁にこと のほかヨシダが共感を覚えます!「・・・むしろ、何も語らず、そこにじっと立っている方が雄弁なのかもしれない。」がそれ。記事本文のその部分を「太文 字」にさせていただ いたのがブロガーヨシダの本記者への敬意と尊敬です。そうだ!そのことを米大使館のケネディー大使に反復メールを発信しよう!!!!!メールの「件名」は 「No need to say a word to Hibakushas' soul! Please stand in silence for some minutes when you visit the A-bomb memorial!!! Silent and a long prayer speaks better」・・・とでも。写真5枚添付ファイル
    「obama and hiroshima」の画像検索結果「obama and nagasaki」の画像検索結果 「obama and hiroshima」の画像検索結果      「obama and hiroshima」の画像検索結果「obama and nagasaki」の画像検索結果
  昨日16日編集の記事1編を下記に掲載していましたが、本日17日の第一記事掲載(11:25)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダ ブ ログ」 に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。

                         「末尾の特別情報お知らせコーナー」
  以下のコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するもので して、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。なお、上掲のリンクをクリックすると、そ の下書き的なテーマや内容の一端が垣間見られます。


              「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を           
★84歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
★ 人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
★ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
★手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
★そ こで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
★ コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクトの人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
★そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
★ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
★若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄され る」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
★ その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
★すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、「世のため、人のために役立つ生涯を」・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジ ナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
★アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
★ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
★なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムではその容量 大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真がないために、編集容量が極めて低く (11.14KB)。ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。  
★もうひとつの「蛇足の弁」ならぬ、「蛇足・でも価値ある漫画言葉」の漫画。曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにつるためだと言ったらどう思うかい?)★これってヨシダのホンネそのものって感じです!!!(笑)

                  「余生」の画像検索結果「余生」の画像検索結果 
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムではその容量 大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真がないために、編集容量が極めて低く (11.14KB)。ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。

                      

                                      WELLNESS ADVOCATES Candidates in Slimmers World’s Miss Bikini 2016 pose before members of the media during a pre-pageant program at Diamond Hotel in Manila. PHOTO BY RUSSELL PALMA
この写真はマニラ・タイムズ紙で拾ったもの。詳細はSlimmers World bares Miss Bikini 2016 finalistrs」をご覧ください。しばし、目の保養を・・・・(笑) 
 ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。(662.88KB)                     

                        2016年5月17日(火)
                           ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
           

                               吉田祐起                                                           (満84歳6ヶ月)                                                (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)   
                       yoshida@a-bombsurvivor.com                                                     URL(eng): http://www.a-bombsurvivor.com

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