吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳6か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

  原爆証言者・吉田祐起の被爆現場証拠写真です。
 「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル別館」の画像検索結果
  2016年2月14日(日)午前3時頃のこと。ふと目覚めて色んなことに想いを巡らすなかで思いついたこと。それは被爆で九死に一生を得たという表現を 辞さない私の生々しい体験の場をこのサイトに再現することでした。ガバッと起きてデスクに向かいグーグルで関連写真を検索しました!ゲットしたのが上掲の 写真です。
 当時の私は学徒動員で広島電鉄本社電気課勤務でした。足が不自由なことからの事務所勤務。他の級友たちは電車・バスの修理工場配属 で した。左端の写真看板は現在の本社別館(右2枚の3階ビル)の前に設置されている半倒壊したビル画面と日英語説明文看板。2番目の白黒写真はその生々しい 倒壊した建物コーナーの写真です!
 朝礼を終えてビッコを引きながら薄暗い廊下伝いに電気課事務所に向かっていた瞬間の「ヒカ!ドン!」でし た。 あっという間に下敷きになりました。数秒の差で倒壊を免れた同課オフィスに辿り着いていたと、今更の如く想起し、感無量です。真っ暗なビルの下敷きで手を 合わせて死を覚悟しました。ふと、頭上にほのかな明かりが眼に入り、無我夢中で瓦礫をよじ登りました。子供心に想起することに倒壊した建物のてっ辺に這い 出た時の印象は「下界を見下ろす」って位置。顔面に吹き出る血をみて、「母ちゃ~ん!血が出ているよう~!」と泣きました。倒壊したあの建物の下敷きのわ が姿を生々しく再現再確認する次第です。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                                           English               
            2016年5月16日(月)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
   注: お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★&▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。    

              オバマ米大統領の被爆市訪問が今月27日に決定!
  オバマ大統領は「(日本流で言えば)男の約束」を果たされることが決定しました。昨日深夜に本サイトの日付変更をするべくデスクに向かったところ、各紙の メルマガが報じていることに気付きました。なお、「男の約束」に関してはその次に表示しているニューヨーク・タイムズ紙メールをご参考にしてください。ヨ シダは2009年のあの時点、あの瞬間から語り続けて現在に至っていることを誇りに感じます。(10日22:44記)
       オバマ米大統領、27日広島訪問 核廃絶へ演説計画 日米発表、現職大統領で初
★ニューヨーク・タイムズ紙が報じた記事を日本語抜きで編集しました!クリックしてご覧くださいませんか?ヨシダがあの時点で書いたことが現在にしてはじめて米紙に報道されたのがポイントです!「No.6297Obama Weighs Visiting Hiroshima or NagasakiThe New York Times White House Letter May 8, 2016  By )」(5月9日記)
     
             ウィキペディアから拾った5月16日の「できごと」 
                              May 16 Events(英語版) 
                                   「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。でも、つい、欲張って・・・★なおまた、「ウィキペディアのできごと」は英語版が本流でして、日本語版は その翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・。

   3「ローマ略奪」の画像検索結果「ローマ略奪」の画像検索結果「410 Sack of Rome」の画像検索結果「410 medici family sack of rome」の画像検索結果 「410 medici family」の画像検索結果5「1568年 - 元女王メアリーがイングランドに亡命。」の画像検索結果「1568年scotland england」の画像検索結果6関連画像「1689年 松尾芭蕉/河合曽良」の画像検索結果  
      関連画像    「1689年 松尾芭蕉/河合曽良」の画像検索結果       「1689年 松尾芭蕉/河合曽良」の画像検索結果  8「Battle of Alamance」の画像検索結果「Battle of Alamance」の画像検索結果「1771 , Battle of Alamance」の画像検索結果「Battle of Alamance」の画像検索結果
   「Battle of Alamance, James Pugh」の画像検索結果「Battle of Alamance, James Pugh」の画像検索結果「Battle of Alamance, James Pugh」の画像検索結果  「Battle of Alamance, James Pugh」の画像検索結果   「Battle of Alamance, James Pugh」の画像検索結果10「1842年 - オレゴン・トレイルを通る最初の幌馬車隊がミズーリ州エルム・グラブを出発」の画像検索結果「1842, oregon trail first start at elm grave in missouri」の画像検索結果「1842, oregon trail first start at elm grave in missouri」の画像検索結果  「1842, oregon trail first start at elm grave in missouri」の画像検索結果
    「1842, oregon trail first start at elm grave in missouri」の画像検索結果「1842, oregon trail first start at elm grave in missouri」の画像検索結果    関連画像「1842, oregon trail first start at elm grave in missouri」の画像検索結果14「1969, サイクス・ピコ協定」の画像検索結果「Sykes-Picot Agreement」の画像検索結果「Sykes-Picot Agreement」の画像検索結果
  「Sykes-Picot Agreement」の画像検索結果「Sykes-Picot Agreement」の画像検索結果「Sykes-Picot Agreement」の画像検索結果「Sykes-Picot Agreement」の画像検索結果「Sykes-Picot Agreement」の画像検索結果   「Sykes-Picot Agreement」の画像検索結果
 16「1920 Joan of Arc as saint by Benedict XV」の画像検索結果「1920 Joan of Arc as saint」の画像検索結果  「1920 Joan of Arc as saint」の画像検索結果「1920 Joan of Arc as saint」の画像検索結果   「1920 Joan of Arc as saint by Benedict XV」の画像検索結果  「1920 Joan of Arc as saint by Benedict XV」の画像検索結果  「1920 Joan of Arc as saint by Benedict XV」の画像検索結果  「1920 Joan of Arc as saint by Benedict XV」の画像検索結果    関連画像
     17「1929, the first academy awards ceremony in hollywood california」の画像検索結果「1929, the first academy awards ceremony in hollywood california」の画像検索結果「1929, the first academy awards ceremony in hollywood california」の画像検索結果「1929, the first academy awards ceremony in hollywood california」の画像検索結果 「1929, the first academy awards ceremony in hollywood california」の画像検索結果   関連画像
     関連画像「1929, the first academy awards ceremony in hollywood california」の画像検索結果           関連画像        「1929, the first academy awards ceremony in hollywood california」の画像検索結果24「1960年 - 雅樹ちゃん誘拐事件」の画像検索結果「1960年 - 雅樹ちゃん誘拐事件」の画像検索結果「1960年 - 雅樹ちゃん誘拐事件」の画像検索結果
         「1960年 - 雅樹ちゃん誘拐事件」の画像検索結果「1960年 - 雅樹ちゃん誘拐事件」の画像検索結果31「1975年 - 田部井淳子ら日本女子登山隊が女性初のエベレスト登頂に成功」の画像検索結果「1975年 - 田部井淳子ら日本女子登山隊が女性初のエベレスト登頂に成功」の画像検索結果「1975年 - 田部井淳子ら日本女子登山隊が女性初のエベレスト登頂に成功」の画像検索結果「1975年 - 田部井淳子ら日本女子登山隊が女性初のエベレスト登頂に成功」の画像検索結果    「1975年 - 田部井淳子ら日本女子登山隊が女性初のエベレスト登頂に成功」の画像検索結果 「1975年 - 田部井淳子ら日本女子登山隊が女性初のエベレスト登頂に成功」の画像検索結果
 38「1995年 - オウム真理教元教祖である麻原彰晃逮捕」の画像検索結果             「1995年 - オウム真理教元教祖である麻原彰晃逮捕」の画像検索結果「1995年 - オウム真理教元教祖である麻原彰晃逮捕」の画像検索結果42     「2015年 - 幕張海浜公園にてレッドブル・エアレース・ワールドシリーズ」の画像検索結果     「2015年 - 幕張海浜公園にてレッドブル・エアレース・ワールドシリーズ」の画像検索結果
(1)675年天武天皇4年4月17日) - 天武天皇が日本で初めて肉食狩猟を禁じる詔を発する。
(2)1204年 - フランドル伯ボードゥアン9世ラテン帝国の初代皇帝に即位。
(3)1527年 - ローマ略奪: フィレンツェからメディチ家が追放され、共和制が復活。
(4)1532年 - イングランドの政治家トマス・モアが大法官を辞職。
(5)1568年 - スコットランドの元女王メアリーがイングランドに亡命。
(6)1689年元禄2年3月27日) - 松尾芭蕉が弟子の河合曾良とともに『おくのほそ道』の旅に出発。
(7)1770年 - 後にフランス国王ルイ16世となるルイ・オーギュストがマリー・アントワネットと結婚。
(8)1771年 - 世直しの戦争: アラマンスの戦い英語版
(9)1811年 - スペイン独立戦争: アルブエラの戦い英語版
(10)1842年 - オレゴン・トレイルを通る最初の幌馬車隊がミズーリ州エルム・グラブを出発。
(11)1843年 - イギリスのパディントン - スラウ間で世界初の電報業務を開始。
(12)1866年 - チャールズ・エルマー・ハイアー英語版ルートビアを商品化。
(13)1889年 - 東京・上野の宮内省博物館帝国博物館に改称。京都奈良にも帝国博物館を設置。
(14)1916年 - 第一次世界大戦:イギリス・フランス間でオスマン帝国領アラブ地域の分割に関するサイクス・ピコ協定が結ばれる。
(15)1919年 - アルバート・リード英語版らの搭乗するカーチスNC4飛行艇が、世界初の大西洋横断飛行の途上、アゾレス島に到達。
(16)1920年 - ローマ教皇ベネディクトゥス15世ジャンヌ・ダルク列聖
(17)1929年 - カリフォルニア州ハリウッドで、第1回アカデミー賞の授賞式が行われる。
(18)1943年 - 第二次世界大戦東部戦線: ワルシャワ・ゲットー蜂起が終息。
(19)1945年 - 第二次世界大戦・ビルマの戦い: ペナン沖海戦が行われる。
(20)1948年 - カイム・ワイズマンイスラエルの初代大統領に選出される。
(21)1949年 - 支笏洞爺国立公園が国立公園に指定。
(22)1949年 - 東京大阪名古屋の3証券取引所が取引再開。
(23)1953年 - NHK大相撲のテレビ中継を開始。
(24)1960年 - 雅樹ちゃん誘拐事件が発生(5月19日に遺体で発見される)。
(25)1960年 - セオドア・メイマンがルビー結晶によるレーザー発振(ルビーレーザー)を初めて実現。
(26)1961年 - 韓国朴正煕の軍事革命委員会が無血クーデター。反共・親米政権が成立。(5・16軍事クーデター
(27)1966年 - 中国共産党が5・16通知を発表。「プロレタリア階級による文化大革命」の用語が初めて登場。
(28)1968年 - 十勝沖地震。52人死亡、330人重軽傷。
(29)1969年 - ベネラ計画: ソ連の探査機「ベネラ5号」が金星に着陸。
(30)1969年 - 行政機関の職員の定員に関する法律(公務員総定員法)公布。
(31)1975年 - 田部井淳子ら日本女子登山隊が女性初のエベレスト登頂に成功。
(32)1975年 - ヒマラヤ山脈シッキム王国が、国民投票の結果に基づきインドに合併される。
(33)1977年 - 初の実用的なパーソナルコンピュータApple II」が発売。
(34)1980年 - 大平正芳内閣に対する内閣不信任案が、自由民主党の反主流派が欠席したことにより可決される。
(35)1981年 - フジテレビ系のバラエティ番組、『オレたちひょうきん族』が放送開始。1989年10月14日まで続く。
(36)1983年 - スーダン人民解放軍が発足。
(37)1995年 - オウム真理教事件: 当時の東京都知事である青島幸男を狙った東京都庁小包爆弾事件が発生。職員1人が重傷を負う。
(38)1995年 - オウム真理教元教祖である麻原彰晃地下鉄サリン事件の殺人罪等の容疑で山梨県上九一色村のオウム真理教の施設内で逮捕される。
(39)2005年 - 高額納税者発表の最終年:1947年から2005年まで、国税庁が前年度の高額納税者の名簿を発表していた。
(40)2007年 - ニコラ・サルコジフランス第五共和政の第6代大統領に就任。
(41)2009年 - 民主党の代表選挙が行われ、鳩山由紀夫が7代目代表に選出される。
(42)2015年 - 幕張海浜公園にてレッドブル・エアレース・ワールドシリーズが日本初開催。
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                                                       インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 

ただ今、6308編目です!

2016年5月16日(月)掲載分

昨日5月15日最終のトップページ
日別最終トップページ一覧表

編集者のダイアリー・コナー

 本日「5月16日のできごと」でヨシダが特に関心を強めるのは、「「5月16日のできごと」でヨシダが特に関心を強めるのは、「(14)1916年 - 第一次世界大戦:イギリス・フランス間でオスマン帝国領アラブ地域の分割に関するサイクス・ピコ協定が結ばれる」です。「サ イクス・ピコ協定」をひと口で言ったら、「第一次世界大戦中の1916年5月16日にイギリス、フランス、ロシアの間で結ばれたオスマン帝国領の分割を約 した秘密協定」ですが、その中身や其処に至るプロセス等々は複雑怪奇とでも言えるでしょう★具体的な分割案は、・シリア、アナトリア南部、イラクのモスル 地区をフランスの勢力範囲とする。・シリア南部と南メソポタミア(現在のイラクの大半)をイギリスの勢力範囲とする。・黒海東南沿岸、ボスポラス海峡、 ダーダネルス海峡両岸地域をロシア帝国の勢力範囲とする・・・というもの。オスマン帝国地図を見ながら線引きして3国が勝手に自国領にするというのですか ら、ドダイ、無茶な話。一方ではかのオスマン帝国は全盛期に他国を占領していったのですから、民族混合領土を更に線引きで分け前を獲るという図式。厄介な 問題が同地区で発生するは当然の結果と言えるでしょう。イヤハヤです。
  このヨシダのサイトをご覧の方は稀有(?)と自覚してのこと。怖いもの知らずのヨシダ独特の辛口ブログをしました。異論のビジターはどうか、メールをくだ さいませんか?英語でも日本語でもイイですけど・・・、ディスカッションしませんか?★ヨシダが50歳くらいの時のこと、世界一の石油リッグ(オーシャ ン・レインジャー)の船長を相手に、ある業務上のことで大論議した光景をみた商社マン曰く、「こんなずっごい英語でまくし立てた日本人を観るのは初めてデ ス!」と。84歳超ともなれば色んなエピソードを持つモンです(笑)。おっと、くだんの記事は、「No.6308:英語公用語化、いつの間にか企業に浸透の根強さDIAMOND Online2016.5.16.高城幸司 [株式会社セレブレイン 代表取締役社長])」です。(11:50)
 「5月17日のできごと」 編集も終了したし、本日は、このあたりでノンビリ過ごします。といっても、貧乏性(?)なのか、何かを思いついたら直ぐにデスクに向かいます。「きょうの できごと」編集はその最たるもの。エンドレスの編集作業です★ところで、ヨシダにとっての「のんびり」時間は、フロアに横になってのストレッチング。右肩 に小さなコリが残った状態の箇所を目がけてアタックしています。いったん凝り固まったコリは解きほぐしたようでも、元に戻る筋肉のメカニズムを感じます★ そう言えば、数年前の状態はヒドイものでした。内心思ったことは、並みの努力や根気ではときほぐせないぞ~、という覚悟でした。ことほどコチコチに、石み たいに固まっていたのです。両肩を持ち上げる時に両肩とも3段階に及ぶ「クリッ、クリッ、クリッ」でしたが、今ではそれは皆無。在日中から転じたのが「肩 こり解消への集中努力」でしたが、通算10年近い成果がこれです。並みの根性ではできっこないぞ~!と自負します(笑)★小道具の中で一番役立っているの はヨシダ考案の「ゴルフボールに棒を差し込んだ小道具」。発明実績のあるヨシダのアイディア小道具です。ちなみに、日本経済新聞日曜版(裏表紙面一杯)の 「写真付き記事」が同趣旨の小道具の紹介をしたことがあります。「布にくるんだゴルフボール」で両端を掴んで急所にあてがう仕組み。ヨシダ案のほうがはるかに効率的と自負して現在に至ります★・・・と、なんでもないことをブログしながら想うに、文章は格別上手でなくても、思ってることは何とかスラスラ書けるヨシダになった感じです★あ る人物が書いていました。「とにかく、書いて書いて書きまくれ。そうすれば文章は上手くなる」と。その実感を得ている最近のヨシダです。もっとも、ヨシダ の言い分は、上手な文章云々ではなく、自分なりに思っていることはスラスラ書ける、という意味でです★思っていても、表現できない、する場所がない、相手 がいない・・・というのが普通。ヨシダの場合はホントに幸せだ・・・と、自我自賛しています。その具体的な手法が他ならぬ、ヨシダ発案の「インタネット情 報&ヨシダブログ」です。その編数は6300編を突破!ひと口に6千3百編!というなかれ。誰彼できるこっちゃあないぞ~!と(笑)。(18:10)

No.6308
英語公用語化、いつの間にか企業に浸透の根強さ
DIAMOND Online2016.5.16.高城幸司 [株式会社セレブレイン 代表取締役社長]
ヨシダブログ:
多少 英語ができるからと、偉そうにこの種の記事にブログする気は毛頭ありませんが、チョッとばかり変わった「切り口」から「日本人の英語下手」を分析するこ とをお許しください▼フィリピンに渡って7年余。母国日本のテレビには全く縁が無くなりました。特に最近ではNHK Worldも同プレミアムもテレビ・ ケーブル会社のサービスチャンネルから外れていることがヨシダの同胞諸氏のテレビ画面から観る同胞観とは縁遠い常態を招来している感じです。在日中は全く 違和感のなかった日本人の日本語会話や話しぶりでしたが、海外生活7年にしてガラッと変わりました▼ひと言で言えば、「ぎこちない同胞の話しぶりやマナー や態度等々、なかんずく、話す時の<目の動き>に極めて強烈な違和感とある種の恥ずかしさすら感じます▼!!!???といった同胞諸氏の反応 を覚悟の上で、ありのままをブログしてご参考に供します。第一に、眼の動き。相手の眼をみてという西欧流とは程遠い、「キョロキョロ周囲を見回す風情。連 れが居れば、しょっちゅう、その人物のほうへ目を向けて、あたかも、自分の話しに<助っ人>を求める風情」。観るほうが気恥ずかしくなるほど 独特のおっかない話しぶりです▼西欧人でなく、アフリカの田舎の人たちですら、話すときは相手の目を見つめて話します。日本人は異質の民族って印象すら抱 きます▼たとえば、相手の発言に同調や理解しない場合は、首を僅か横にふり、<・・私はそうは思わないけど・・・>といった風情なり肩をシュ リンクするなどのボディー・ラングエッジで反論します▼話す時の無意味な頷きは「あっそうですか」に類する日本人固有のもの。外国では誤解すら生じます。 かの鈴木元総 理が21海里問題で米国大統領らと話すときにそれ(頷き)をやって、とんだ誤解を生じたことさえあります▼・・・と、こんなヨシダブログをするとキリがあ りません。ちなみに、テレビで稀に耳にする日本人の英語がありますが、ひと言のフレーズでなく、単語を耳にしただけで見極め(聞き別け)ができるほど独特 かつ、稀有で違和感すら体感します▼ついでの辛口ブログをひとつ。ヨシダが同胞日本人で違和感を全く抱かない英語を口にされた人物は河野洋平さんのご子息 河野太郎さん(ジョージタウン大卒)だけと記憶します。かの英語自慢だった宮沢元総理の英語はひと言で見(聴き)別けのつく日本人流英語でした▼何処から か、「・・・ヨシダさん、それ以上の辛口ブログはしなさんなよ・・・」という声を意識しますので、ジ・エンドとします。失礼の段、お許しを・・・・▼「中 見出し」は、■入学式で賛否両論 東工大学長の「英語スピーチ」、■「初級英語」必須求人が約半数!上場企業は8割が英語研修実施、■中小企業でも取り組 める! 「英語の朝会スピーチ」の思わぬ効用・・・と続きます。「質問:あなたの会社では英語に関する研修がありますか?」に対する回答は、「ない 65.0%、ある35.0%、わからない・その他0%」です▼最後に蛇足ブログをもうひとつ!著名な人物が言いました。「社内公用語を英語にするのはナン センス!」と。どうしてこんな風に物事を考えるのだろうか!?・・・がヨシダブログならぬ、つぶやきです。写真11枚添付ファイル
     
「高城幸司」の画像検索結果 「人事戦略コンサルティン グ会社「セレブレイン」」の画像検索結果「情報誌『アントレ』」の画像検索結果   
   
「『上司につける薬』」の画像検索結果「『新しい管理職のルール』」の画像検索結果「『仕事の9割は世間話』」の画像検索結果「イマドキ職場のギャップ解消法」の画像検索結果
             著書は超多数!「高城幸司著書」をクリックしてご覧ください。
                      
  昨日15日編集の記事1編を下記に掲載していましたが、本日16日の第一記事掲載(10:20)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダ ブ ログ」 に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。

                         「末尾の特別情報お知らせコーナー」
  以下のコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するもので して、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。なお、上掲のリンクをクリックすると、そ の下書き的なテーマや内容の一端が垣間見られます。


              「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を           
★84歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
★ 人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
★ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
★手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
★そ こで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
★ コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクトの人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
★そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
★ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
★若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄され る」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
★ その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
★すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、「世のため、人のために役立つ生涯を」・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジ ナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
★アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
★ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
★なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムではその容量 大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真がないために、編集容量が極めて低く (11.14KB)。ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。  
★もうひとつの「蛇足の弁」ならぬ、「蛇足・でも価値ある漫画言葉」の漫画。曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにつるためだと言ったらどう思うかい?)★これってヨシダのホンネそのものって感じです!!!(笑)

                  「余生」の画像検索結果「余生」の画像検索結果 
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムではその容量 大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真がないために、編集容量が極めて低く (11.14KB)。ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。

                      

                                      WELLNESS ADVOCATES Candidates in Slimmers World’s Miss Bikini 2016 pose before members of the media during a pre-pageant program at Diamond Hotel in Manila. PHOTO BY RUSSELL PALMA
この写真はマニラ・タイムズ紙で拾ったもの。詳細はSlimmers World bares Miss Bikini 2016 finalistrs」をご覧ください。しばし、目の保養を・・・・(笑) 

 ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。(794.95KB)                     

                        2016年5月17日(火)
                           ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
           

                               吉田祐起                                                           (満84歳6ヶ月)                                                (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)   
                       yoshida@a-bombsurvivor.com                                                     URL(eng): http://www.a-bombsurvivor.com

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