吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳6か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

  原爆証言者・吉田祐起の被爆現場証拠写真です。
 「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル別館」の画像検索結果
  2016年2月14日(日)午前3時頃のこと。ふと目覚めて色んなことに想いを巡らすなかで思いついたこと。それは被爆で九死に一生を得たという表現を 辞さない私の生々しい体験の場をこのサイトに再現することでした。ガバッと起きてデスクに向かいグーグルで関連写真を検索しました!ゲットしたのが上掲の 写真です。
 当時の私は学徒動員で広島電鉄本社電気課勤務でした。足が不自由なことからの事務所勤務。他の級友たちは電車・バスの修理工場配属 で した。左端の写真看板は現在の本社別館(右2枚の3階ビル)の前に設置されている半倒壊したビル画面と日英語説明文看板。2番目の白黒写真はその生々しい 倒壊した建物コーナーの写真です!
 朝礼を終えてビッコを引きながら薄暗い廊下伝いに電気課事務所に向かっていた瞬間の「ヒカ!ドン!」でし た。 あっという間に下敷きになりました。数秒の差で倒壊を免れた同課オフィスに辿り着いていたと、今更の如く想起し、感無量です。真っ暗なビルの下敷きで手を 合わせて死を覚悟しました。ふと、頭上にほのかな明かりが眼に入り、無我夢中で瓦礫をよじ登りました。子供心に想起することに倒壊した建物のてっ辺に這い 出た時の印象は「下界を見下ろす」って位置。顔面に吹き出る血をみて、「母ちゃ~ん!血が出ているよう~!」と泣きました。倒壊したあの建物の下敷きのわ が姿を生々しく再現再確認する次第です。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                                           English               
            2016年5月11日(水)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
 
  注: お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★&▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。    

              オバマ米大統領の被爆市訪問が今月27日に決定!
  オバマ大統領は「(日本流で言えば)男の約束」を果たされることが決定しました。昨日深夜に本サイトの日付変更をするべくデスクに向かったところ、各紙の メルマガが報じていることに気付きました。なお、「男の約束」に関してはその次に表示しているニューヨーク・タイムズ紙メールをご参考にしてください。ヨ シダは2009年のあの時点、あの瞬間から語り続けて現在に至っていることを誇りに感じます。(10日22:44記)
       オバマ米大統領、27日広島訪問 核廃絶へ演説計画 日米発表、現職大統領で初
★ニューヨーク・タイムズ紙が報じた記事を日本語抜きで編集しました!クリックしてご覧くださいませんか?ヨシダがあの時点で書いたことが現在にしてはじめて米紙に報道されたのがポイントです!「No.6297Obama Weighs Visiting Hiroshima or NagasakiThe New York Times White House Letter May 8, 2016  By )」(5月9日記)
     
             ウィキペディアから拾った5月11日の「できごと」 
                               May 11 Events(英語版) 
                                   「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。でも、つい、欲張って・・・★なおまた、「ウィキペディアのできごと」は英語版が本流でして、日本語版は その翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・。

  3「オーストリア継承戦争」の画像検索結果関連画像   「オーストリア継承戦争」の画像検索結果       関連画像4「1812 spencer perceval assassin」の画像検索結果「1812 spencer perceval assassin」の画像検索結果「1812 spencer perceval assassin」の画像検索結果
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「1874年 - 東海道本線の大阪駅 - 神戸駅間が仮開業。」の画像検索結果      「1874年 - 東海道本線の大阪駅 - 神戸駅間が仮開業。」の画像検索結果「1874年 - 東海道本線の大阪駅 - 神戸駅間が仮開業。」の画像検索結果       関連画像8Nicholas II, Tsar.jpg「大津事件」の画像検索結果
   
「大津事件」の画像検索結果「大津事件」の画像検索結果「大津事件」の画像検索結果  「大津事件」の画像検索結果    「大津事件」の画像検索結果   9「1910, Glacier National Park」の画像検索結果「1910, Glacier National Park」の画像検索結果「1910, Glacier National Park」の画像検索結果
       「1910, Glacier National Park location」の画像検索結果   関連画像「1910, Glacier National Park map」の画像検索結果14「御堂筋今昔」の画像検索結果 「1937年 - 大阪・御堂筋の拡張工事が完了」の画像検索結果 「1937年 -御堂筋」の画像検索結果    「御堂筋今昔」の画像検索結果 「御堂筋」の画像検索結果 
      22
「紫雲丸事故」の画像検索結果    「第三宇高丸」の画像検索結果   「第三宇高丸」の画像検索結果「紫雲丸事故」の画像検索結果「紫雲丸事故」の画像検索結果「紫雲丸事故」の画像検索結果
     24「1970年 - 松浦輝男・植村直己」の画像検索結果「1970年 - 松浦輝男・植村直己」の画像検索結果「1970年 - 松浦輝男・植村直己」の画像検索結果「1970年 - 松浦輝男・植村直己」の画像検索結果「1970年 - 松浦輝男・植村直己」の画像検索結果    関連画像「1970年 - 松浦輝男・植村直己新聞記事」の画像検索結果
    29  「bradford City stadium fire」の画像検索結果       「bradford City stadium fire」の画像検索結果       関連画像「bradford City stadium fire」の画像検索結果「bradford City stadium fire」の画像検索結果「bradford City stadium fire」の画像検索結果  「bradford City stadium fire」の画像検索結果
30「1987,Christiaan Neethling Barnard」の画像検索結果「1987,first heart transplantation made by Christiaan Neethling Barnard」の画像検索結果「1987,first heart transplantation made by Christiaan Neethling Barnard」の画像検索結果「1987,first heart transplantation made by Christiaan Neethling Barnard」の画像検索結果     「1987,first heart transplantation made by Christiaan Neethling Barnard」の画像検索結果       「1987,first heart transplantation made by Christiaan Neethling Barnard」の画像検索結果 「1987,first heart transplantation made by Christiaan Neethling Barnard」の画像検索結果  「1987,first heart transplantation made by Christiaan Neethling Barnard」の画像検索結果
   32「ValuJet Flight 592」の画像検索結果「ValuJet Flight 592」の画像検索結果 「ValuJet Flight 592」の画像検索結果        「ValuJet Flight 592」の画像検索結果        「ValuJet Flight 592」の画像検索結果        「ValuJet Flight 592」の画像検索結果「ValuJet Flight 592」の画像検索結果「ValuJet Flight 592」の画像検索結果「ValuJet Flight 592」の画像検索結果
(1)330年 - コンスタンティノポリス(コンスタンチノープル)がローマ帝国の首都になる。以来1453年にオスマン帝国に征服されるまで帝国の首都に。
(2)912年 - アレクサンドロスが東ローマ皇帝に即位。
(3)1745年 - オーストリア継承戦争: フォントノワの戦い

(4)1812年 - イギリス首相スペンサー・パーシヴァルが暗殺される。
(5)1858年 - ミネソタ準州の東半分が州に昇格してアメリカ合衆国32番目の州・ミネソタ州となる。
(6)1867年 - ロンドン条約英語版によってルクセンブルクが独立。
(7)1874年 - 東海道本線大阪駅 - 神戸駅間が仮開業。
(8)1891年 - 大津事件
(9)1910年 - グレイシャー国立公園創設。
(10)1912年 - 信越本線横川 - 軽井沢碓氷峠越えの区間が電化。日本の幹線での初の電化区間。
(11)1922年 - 毎日新聞社点字による日刊新聞『点字毎日』を発刊。
(12)1927年 - 映画芸術科学アカデミー発足。
(13)1931年 - 3日前に破綻したオーストリア最大の銀行クレディット・アンシュタルトが取引停止。ヨーロッパにおける世界恐慌が本格化する。
(14)1937年 - 大阪・御堂筋の拡張工事が完了。幅5.5メートルの道路を44メートルに拡幅。
(15)1939年 - 満州国モンゴル人民共和国の間に軍事衝突が起こる。(ノモンハン事件
(16)1942年 - 第二次世界大戦: 民間人1,300人以上が乗った客船大洋丸が米潜水艦の雷撃により沈没。
(17)1945年 - 第二次世界大戦・日本本土空襲: 連合国軍が京都御所を空襲。
(18)1945年 - 第二次世界大戦: アメリカ海軍の空母「バンカー・ヒル」が日本の特攻攻撃により大破。
(19)1946年 - 統一マレー国民組織発足。
(20)1949年 - イスラエル国際連合に加盟。
(21)1949年 - シャムが「タイ王国」に国号を変更。
(22)1955年 - 国鉄宇高連絡船紫雲丸第三宇高丸に衝突し沈没、修学旅行中の児童ら168人が死亡。(紫雲丸事故
(23)1960年 - ブエノスアイレスに潜伏していたアドルフ・アイヒマンモサッドによって拉致される。
(24)1970年 - 松浦輝男植村直己エベレストに日本人初登頂。
(25)1974年 - 足尾鉱毒事件: 公害等調整委員会で調停が成立し、古河鉱業が初めて鉱毒事件の責任を認め被害者に補償金を支払う。
(26)1979年 - 無限連鎖講の防止に関する法律(ねずみ講防止法)施行。
(27)1983年 - IRAS・荒貴・オルコック彗星が地球から約466万kmのところを通過。
(28)1984年 - 地球が火星と日面間を通過する。
(29)1985年 - イギリス・ブラッドフォードサッカー場で火災が発生し、死者50人以上を出す。(ブラッドフォード・サッカー場火災
(30)1987年 - スタンフォード大学医科大学院英語版ブルース・ライツ英語版が史上初の心肺移植手術を行う。
(31)1995年 - 核拡散防止条約 (NPT) 再検討・延長会議で条約の無条件・無期限延長を採択。
(32)1996年 - バリュージェット航空592便墜落事故
(33)1997年 - IBMのコンピューター・ディープ・ブルーが史上はじめてチェス世界チャンピオンのガルリ・カスパロフを破る。
(34)1998年 - インドが24年ぶり2回目の核実験を行う。(インドの核実験 (1998年)
(35)2001年 - 熊本地裁が、国によるハンセン病患者の隔離政策の継続は違憲であるとする初の判決。
(36)2003年 - リトアニア欧州連合加盟をめぐる国民投票が実施。投票者の91.1%が欧州連合加盟を支持。
(37)2009年 - 小沢一郎民主党代表が公設秘書逮捕を受け党代表を辞任。
(38)2010年 - 保守党デーヴィッド・キャメロンがイギリスの第75代首相に就任し、保守党・自由民主党による連立の第1次キャメロン内閣が発足。
(39)2014年 - 江差線のうち、木古内駅 - 江差駅間がこの日限りで廃止。

                          インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 

ただ今、6299編目です!

2016年5月11日(水)掲載分

昨日5月10日最終のトップページ
日別最終トップページ一覧表

編集者のダイアリー・コナー

  昨深夜に日付変更すべくデスクに向かったところ、傍らのXPが受信したメール情報で知りました。オバマ大統領の広島市訪問が27日に決定したことです。 ヨシダ流(日本人流)に言えば、「オバマ大統領は『男の約束』を守られることになった!」ということです。当該メールは本サイト最上段に掲載していますが 本欄でも・・・。オバマ米大統領、27日広島訪問 核廃絶へ演説計画 日米発表、現職大統領で初(日本経済新聞)です。(10日22:50) 
  それにして、ヨシダがニン マリすることは、日本広しと言えども、ヨシダが2009年のあの時点から言い続け、ブログし続け、主張し続けてきた「オバマ大統領の男の約束」というこ と。マスメディアに「かん口令」が米政府筋から出たものと認識するのですが、なんと、ニューヨーク・タイムズ紙がそのディスクロージャーの突破口を、日本 経済新聞がその後に続いた・・・というシナリオ。その事実を見とどけ、かつ、ブログを開示したのもヨシダ・・・という図式です。こりゃ、ヨシダの長い人生 で「語り草足り得る歴史事実(大袈裟な!?)の開示」と自負します★どうやら、ヒバクシャ・ヨシダのヒバクシャたる所以はこれにて、一応、ピリオッドを 打って、後は「無言のヒバクシャ証言」を実践していきます。エッ?「無言の」って!?★ニヤニヤしながらの弁ですが、「ヒバクシャ最期の生き残りヨシダ」 を演じることです。「タイタニック号最期の生き残り・エルビナ・ディーンさん」がターゲットですが、彼女は享年・97歳。ヨシダにとって、そのミニマム・ターゲットは今から8年先。お袋(享年・102歳)を横目に、現存するヒロシマ・ナガサキのヒバクシャの中で一番長生きを実践して「無言のヒバクシャ証言」を貫く決意です★・・・と、ここで余計なことをブログします。ヨシダ人生の一つの足跡足り得る記事に「Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'(ジャパン・タイムズ紙:2012年8月4日)(日本語訳版)<By 被取材者>)があります★この種の国際的なマスメディアにヨシダが登場するのは・・・もう少し先のこと・・・とニンマリです★それにしてもしみじみ 想うことに、ヨシダの人生って、何かに操られて現在があり、将来があるって感じを強くします。日々、一刻いっこくを「感謝、かんしゃ、カンシャ」の心で過 ごすそれはヨシダに与えられた宿命的人生と受けとめます。「自利から他利へ」 のヨシダ人生観もどうやら、神さまがヨシダに生まる前から与え給うた道しるべと心得ています★それにしても、今回のオバマ大統領の広島市訪問情報に接して ヨシダが自覚した「人生の指針」は、生涯最大の出来事足り得る、と自覚します。「きょうのできごと」編集も6300編を間近にするそれはブロガー・ヨシダ が自他共に誇り足り得る人生選択肢であると心得ます。ヨシダ自身が演じる最大・最高の有意義な「きょうのできごと」足り得ると心得ます★げに、想うこに、 本欄で想うに任せてブログしたこの心境・・・。ホントに宿命的な出来事と自覚します。感謝、かんしゃ、カンシャの極みです。(8:40)
 ・・・ ふと、ヨシダの想い・・・。直前の「ヨシダ・ダイアリー」の一編は「オバマ大統領広島市訪問決定を受けてヒバクシャ・ヨシダが期するもの」とでも 題するもの編集して、間もなく迎える「No.7400」というひと区切りの良い編にするかな・・・と。アイディア・マンを自負するそれは、ヨシダ独特の発 想 ですが、「7300」という数字をもじって曰く、「ラッキーセヴン(7)で、さあ(3)、まるまる(00)元気で生きていこう!」とでも(大笑)。ヨシダ 人生は全てこんな調子 で展開して(させられて)きた・・・がヨシダのホンネです。(9:05)
 ただ今、受信したメルマガ情報を下記に列記します:
1.「
Obama's Hiroshima Visit to Reflect 'Remarkable' Change in US-Japan Ties」(VOA Voice of America)
2.「Hiroshima Atomic Bomb Survivors Want Obama to Feel Their Pain」(VOA Voice of America)
ヨシダ評は、前者は建設的、後者は通常のヒバクシャ・マインド(被害者意識)・・・とブログしたら叱られるでしょうか・・・?(9:40)

 ・・・ふと想うこと・・・。同じヒバクシャでも異なる意識をヨシダの2人のきょうだいに見ます。詳細は「ヨシダの4歳上の姉でヒバクシャのひとり・山下博子の死」をごらんください。偶然ですが姉(山下博子)の享年を確認するべくグーグルしてヒットしたヨシダブログです。(10:15)
 ・・・またまたヨシダの頭に閃くもの。間もなくヨシダブログは「No.6300」というひと区切りのイイ編数を迎えます。語呂合わせが好きで上手なヨシダの頭に閃くもの。それは、「よ(6)こばしい、よ~さ(3)ん、まるまる(00)お元気で!」っと。これって、こじ付けもイイところ(笑)。でも、その精神は、「全て前向き・積極的」って按配です。(10:30)
 すっごく派手な写真記事を編集しました。「No.6299:大統領選 ドゥテルテ市長陣営、連邦制への移行に向け、制憲議会設置の方針示す日刊マニラ新聞2015.5.11.加藤昌平)」 がそれです。編集しながら学ぶこと多し、を体感しました。「きょうのできごと」編集はヨシダにとっては絶好の勉学の場。少・青年期に父早世のために「生活 力を計ることを最優先せざるを得なかった」それは、ヨシダに与えられている「晩年勉学機会」と受けとめています★次に取り組むのは主人公が吉田祐起の記事 です。前述したとおり、初めてのものですが、通常のインタネット情報から得るネタでなく、吉田祐起自身のある深い想いを「記事」扱いにして、更に「ヨシダ ブログ」を添えるという、前代未聞の企画を実践します。題して「No.6300」、タイトルは、「????」で。お楽しみに・・・。(13:45)
 すべてのモノを放って、ヨシダが一心不乱に編集中のブログがあります。題して「2009年11月時点で「オバマ大統領の<男の約束>」に接し、爾後ブログし続けてきたヨシダが到達した現在の心境を語る(仮題・編集中)(「イ ンタネット情報&ヨシダブログ:No.6300」2016.5.12.フィリピン在住・吉田祐起」)がそれです★「長いタイトル」はヨシダ流。3,40年 も前のこと。ある著名な経営者が書いていました。「タイトルは長いほど良い」と。その分、読もうとする読者に好奇心を招来し、かつ、筆者の心情をよりよく 読者に理解してもらうために、と★本記事編集のために、しばしの間、平常の取材活動は停止して専念します。現在のところ、頭に浮かべている「中見出し」 は、
1.オバマ発言情報に「かん口令」(?)、
2.「かん口令」が解除!? 
3.被爆市訪問発言時期は大統領にとってタイミングへの配慮、 
4.オバマ大統領は「男の約束」を果たすと同時に「レガシーづくり」!、
5.被爆市訪問演説機会は「ノーベル平和賞受賞への総仕上げ・アーフタ・ケア的意義」、
6.被害者意識から和解の心への大転換~求められる「証言内容の変革(被害者意識から和解の心への提言者への変革~
7.「和解への変革」あってこそ原爆死した霊は救われる オバマ大統領の広島市訪問をうけて・・・、
8.今回のできごとでヨシダが到達したヒバクシャ生き証人活動趣旨の大転換
  ~タイタニック号最期の生き残り・エルビナ・ディーンさんを横目に「ヒバクシャ最期の生き残り」を目指して~

・・・と続きます。(17:00)
 おりしも、傍らのXPが受信したメルマガに関心を強めます。曰く、
Obama’s Visit Raises Ghosts of Hiroshima」(ニューヨークタイムズ紙)が目に付きます。邦紙外紙を問わずのオバマ大統領被爆市訪問が及ぼす波紋です。そんな中でのヨシダブログは異質のものと自負します。(17:10)


No.6299
大統領選 ドゥテルテ市長陣営、連邦制への移行に向け、制憲議会設置の方針示す
日刊マニラ新聞2015.5.11.加藤昌平
ヨシダブログ:フィ リピン地元の日本語新聞「日刊まにら新聞」さんは記者:加藤昌平さんの詳細かつ理解し易い記事内容に敬意を表します。同記者が表現されている Rodrigo Duterte(ドゥテルテ)新大統領の人物像に強烈かつ、進歩的で納得できる感じの人物像や新政策等々を読み取ります。ヨシダの大嫌いなアメリカのトラ ンプと並べて「フィリピンのトランプ」なる表現には正直、肩をすくめて好みません▼ヨシダの最大関心事は「現行の立憲共和制から連邦制に移行する方針」です。グーグルで学ぶに、「立憲共和制」は、「共 和制の元首は大統領。その大統領が権力を一手に握り独裁的専制政治を行ってしまうのを防止するために、憲法によって大統領の任期、選挙方法、三権分立の確 保等が規定されているのが立憲共和制。独裁者が憲法改正して多選、軍事力の掌握等をすることを防ぐように憲法がガードしている制度▼対する「連邦制」は、 「ア メリカみたいに、元々は別々の国(state、州)で、今でも各州に議会が法律があって行政機関があって軍や警察があるような連邦が一つの 国家であるために必要な機能。つまり軍事、外交、通貨等は統一されていて、中央政府、連邦の軍隊、警察(FBI)、中央銀行等があって対外的には一つの国 に見える。ちなみに、EUはそこまで行っていない国家連合なので外から見るとまだ一つの国には見えない・・・と、認識します▼それにしても今までこの国で 論 議もされていないような国家体制論議。なんだか頼もしい大統領観に通じる感じがしないでもありません▼色々と語録のある新大統領(予定)ですが、同氏のひ とつの発言は刺激的でさえあります。「(大統領になったら)私はフィリピン人を迫害するもの全て殺してやる」は そのトップ強烈発言です。ともあれ、強烈な個性の新比大統領になることは疑う余地は皆無と心得ます▼・・・と、フィリピン永住者のヨシダが期待感を抱くこ とは、彼のご祖父は中国人。前向きに受けとめてヨシダが願うことは、日中関係への良き仲介者。その分、日比関係の一層の強化改善・・・ってところです▼蛇 足のブログ。添付した写真のひとつ見える美人女性。ドゥ テルテ新市大統領の初めての奥さんであり、現在は元奥さんの立場の人物。これを機会に復縁されたらいいものを、とは余計な詮索するブロガー・ヨシダです。 ン!? 添付資料の「ドゥテル氏とは?」曰く、「パートナーの女性のほかに、二人の恋人がいる」と公言。・・・英雄豪傑・・・なにやらとは?(笑)。(写真12枚添付ファイル
       「立憲共和制」の画像検索結果「連邦制」の画像検索結果
            「ドゥテルテ 大統領選」の画像検索結果「投開票日の9日夜、記者会見で質問に答えるドゥテルテ・ダバオ市長」の画像検索結果「投開票日の9日夜、記者会見で質問に答えるドゥテルテ・ダバオ市長」の画像検索結果「ドゥテルテ 大統領選」の画像検索結果
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              「ドゥテルテ 大統領選」の画像検索結果「ドゥテルテ新大統領家族」の画像検索結果
           「rodrigo duterte wife」の画像検索結果「ドゥテルテ」の画像検索結果
  昨日10日の記事2編を下記に掲載していますが、本日11日の第一記事掲載(12:45)をもって消却するのが常であるものの、編集容量にゆとりがあるので、昨日掲載分もそのまま掲載継続します。 なお、「インタネット情報&ヨシダブ ロ グ」 に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。
No.6298
オバマ米大統領、27日広島訪問 核廃絶へ演説計画 日米発表、現職大統領で初
日本経済新聞2016.5.10.22:44 ワシントン=吉野直也

ヨシダブログ:オバマ米大統領の被爆市訪問に関する大統領ご自身の約束言葉をあの時点でキャッチし、爾来、現在に至って語り続けてきたヨシダ。オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)がそれです▼あれだけのビッグニュースでしたが、一昨日のニューヨーク・タイムズ紙が初めて報じたもの。No.6297:Obama Weighs Visiting Hiroshima or Nagasaki The New York Times White House Letter May 8, 2016  By )」 がそれですが、このビッグな情報が今まで国内のマスメディアで報じられてこなかったことをヨシダは「米関係筋からの『かん口令』」と大胆に表してきたも の。正直言って、ヨシダの洞察力にニンマリって気分です▼ともあれ、よかった、ヨカッタ!関係ヒバクシャはもとより、肝心のオバマ大統領にとって、「男の 約束を果たすことができる」ということに加えて、「大統領のレガシー」がひとつ増えた・・・という意味でもです▼オバマ大統領の広島市訪問が契機となっ て、ヨシダがかねてより主張提言してきている「和解への道」(核兵器絶滅実現へのヒバクシャ使命 人類史上初の原爆投下国とヒバクシャの和解へのコンセンサスづくり」(第1次=2010.4.14、第2次=2012.11.7、第3次=2013.9.6.))が開かれることを期待します。
No.6297
Obama Weighs Visiting Hiroshima or Nagasaki
The New York Times White House Letter May 8, 2016  By

Yoshida blogs:Among the Japanese who ever happened to read this article, Yoshida would be only the one who made big guts at the moment of hitting the words; "....Mr. Obama, who will attend a summit meeting in Japan this month, once said he would be “honored” to visit Hiroshima and Nagasaki during his presidency...". ★The story goes back to November 9, 2009, at the time President dropped into Tokyo, on his way to Singapore, where he was interviewed by NHK WORLD(English) reporter who asked President if he intends to drop in at the a-bombed cities. His answer was "This time the schedules are too tight. However, I would like to have an honor of visiting someday in my Presidency..." was his answer! I made a big guts! And next moment, I began to write an article about this dramatic words of the President in Japanese. "オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!(Nov.10, 2009)" was the one★I had prepared it with English edition, but unable to be opened for some editing mistakes, probably deleted by something or by error. However, the most important thing in this issue is, as stated often times in this column or elsewhere in my website, the very words of President's that is, "This time the schedules are too tight. However, I would like to have an honor of visiting someday in my Presidency..." This time the schedules are too tight. However, I would like to have an honor of visiting someday in my Presidency..." This time the schedules are too tight. However, I would like to have an honor of visiting someday in my Presidency." is the very demonstration★At any rate, that expression of the President's is the very thing to be highly appreciated for us all Hibakushas.★Oh, one more thing that I'd better stress again is that if President ever braks his promise, President will never be called "A man". A man in Japanese sense in this case has deep and significant meaning with pride and dignity! That  is, "Real man never break his promise. If ever, he would never be called 'a real man or gentleman'. In Japanese, "Otoko no yakusoku". Otoko, in this case, means "man's integrity or pride", and "Sutaru" means "Be lost". Anyway, congratulations, Mr. resident, for your accomplishing Man's Promise and making it as one of the President's Legacie-makings!(The 16-photo attached file)        
       「President Obama with Prime Minister Shinzo Abe of Japan in Washington last year.」の画像検索結果  「Josh Earnest, the White House press secretary」の画像検索結果    関連画像「Fumio Kyuma, Japan’s defense minister at the time」の画像検索結果「Fumio Kyuma, Japan’s defense minister at the time」の画像検索結果 
        
         「Thomas E. Donilon」の画像検索結果   「Wendy Sherman」の画像検索結果「Victor Cha of Georgetown University」の画像検索結果
                 「Secretary of State John Kerry in hiroshima」の画像検索結果       「Secretary of State John Kerry in hiroshima」の画像検索結果「Jimmy Carter in hiroshima」の画像検索結果「Jimmy Carter in Hiroshima」の画像検索結果
      「Nancy Pelosi in hiroshima」の画像検索結果「Nancy Pelosi in hiroshima」の画像検索結果「Nancy Pelosi in hiroshima」の画像検索結果「Nancy Pelosi in hiroshima」の画像検索結果

                         「末尾の特別情報お知らせコーナー」
  以下のコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するもので して、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。なお、上掲のリンクをクリックすると、そ の下書き的なテーマや内容の一端が垣間見られます。


              「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を           
★84歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
★ 人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
★ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
★手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
★そ こで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
★ コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクトの人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
★そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
★ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
★若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄される」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
★ その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
★すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、「世のため、人のために役立つ生涯を」・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジ ナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
★アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
★ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
★なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムではその容量 大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真がないために、編集容量が極めて低く (11.14KB)。ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。  
★もうひとつの「蛇足の弁」ならぬ、「蛇足・でも価値ある漫画言葉」の漫画。曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにつるためだと言ったらどう思うかい?)★これってヨシダのホンネそのものって感じです!!!(笑)

                  「余生」の画像検索結果「余生」の画像検索結果 
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムではその容量 大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真がないために、編集容量が極めて低く (11.14KB)。ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。

 ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。(814.23KB)                     

                        2016年5月11日(水)
                           ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
           

                               吉田祐起                                                           (満84歳6ヶ月)                                                (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)   
                       yoshida@a-bombsurvivor.com                                                     URL(eng): http://www.a-bombsurvivor.com

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