吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳6か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

  原爆証言者・吉田祐起の被爆現場証拠写真です。
 「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル別館」の画像検索結果
  2016年2月14日(日)午前3時頃のこと。ふと目覚めて色んなことに想いを巡らすなかで思いついたこと。それは被爆で九死に一生を得たという表現を 辞さない私の生々しい体験の場をこのサイトに再現することでした。ガバッと起きてデスクに向かいグーグルで関連写真を検索しました!ゲットしたのが上掲の 写真です。
 当時の私は学徒動員で広島電鉄本社電気課勤務でした。足が不自由なことからの事務所勤務。他の級友たちは電車・バスの修理工場配属 で した。左端の写真看板は現在の本社別館(右2枚の3階ビル)の前に設置されている半倒壊したビル画面と日英語説明文看板。2番目の白黒写真はその生々しい 倒壊した建物コーナーの写真です!
 朝礼を終えてビッコを引きながら薄暗い廊下伝いに電気課事務所に向かっていた瞬間の「ヒカ!ドン!」でし た。 あっという間に下敷きになりました。数秒の差で倒壊を免れた同課オフィスに辿り着いていたと、今更の如く想起し、感無量です。真っ暗なビルの下敷きで手を 合わせて死を覚悟しました。ふと、頭上にほのかな明かりが眼に入り、無我夢中で瓦礫をよじ登りました。子供心に想起することに倒壊した建物のてっ辺に這い 出た時の印象は「下界を見下ろす」って位置。顔面に吹き出る血をみて、「母ちゃ~ん!血が出ているよう~!」と泣きました。倒壊したあの建物の下敷きのわ が姿を生々しく再現再確認する次第です。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                                           English               
            2016年5月10日(火)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
 
  注: お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★&▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。    

              オバマ米大統領の被爆市訪問がどうやら実現しそうです!
★「No.6261オバマ氏 広島訪問へ 現職米大統領で初、5月27日で調整日本経済新聞2016.4.22.)」がそれです!2009年11月からこのことを強調してきたヨシダですが、どうやらヨシダが予言した通りになりそうです。拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)に遡る事実がその裏づけです!
★オバマ大統領広島訪問関連情報第2弾!「オバマ氏、広島訪問へ 慎重論退け原点回帰」(編集中)です。地元広島市の中国新聞さんよりはるかに先を往っていま~す!(4月23日10:00)
★ハイ!編集し終えました。「No.6262オバマ氏、広島訪問へ 慎重論退け原点回帰日本経済新聞2016.4.23.【ワシントン=吉野直也】)」がそれです。とくとご覧あそばせ、です。(12:45)
★ニューヨーク・タイムズ紙が報じた記事を日本語抜きで編集しました!クリックしてご覧くださいませんか?ヨシダがあの時点で書いたことが現在にしてはじめて米紙に報道されたのがポイントです!「No.6297Obama Weighs Visiting Hiroshima or NagasakiThe New York Times White House Letter May 8, 2016  By )」(5月9日記)
     
             ウィキペディアから拾った5月10日の「できごと」 
                               May 10 Events(英語版) 
                                   「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。でも、つい、欲張って・・・★なおまた、「ウィキペディアのできごと」は英語版が本流でして、日本語版は その翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・。

  1 「最澄と空海が遣唐使として入唐」の画像検索結果 「最澄と空海が遣唐使として入唐」の画像検索結果       「最澄と空海が遣唐使として入唐」の画像検索結果 「最澄と空海が遣唐使として入唐」の画像検索結果 「最澄と空海が遣唐使として入唐」の画像検索結果「最澄と空海が遣唐使として入唐」の画像検索結果「最澄と空海が遣唐使として入唐」の画像検索結果
    2       「1534, jacques culture reached newfoundland」の画像検索結果      「1534, jacques culture reached newfoundland」の画像検索結果「1534, jacques culture reached newfoundland」の画像検索結果「1534, jacques culture reached newfoundland」の画像検索結果「1534, jacques culture reached newfoundland」の画像検索結果「1534, jacques culture reached newfoundland」の画像検索結果  3  「石山合戦: 顕如が織田信長に反抗して再挙」の画像検索結果   「石山合戦: 顕如が織田信長に反抗して再挙」の画像検索結果
   「石山合戦: 顕如が織田信長に反抗して再挙」の画像検索結果  「石山合戦: 顕如軍」の画像検索結果        「石山合戦: 顕如軍」の画像検索結果   「石山合戦: 顕如が織田信長に反抗して再挙」の画像検索結果 4John Wilkes after Richard Houston.jpg関連画像「イギリス王ジョージ3世」の画像検索結果「george 3」の画像検索結果「イギリス王ジョージ3世」の画像検索結果
      5「1773, Boston Tea Party」の画像検索結果「1773, Boston Tea Party」の画像検索結果 「1773, Boston Tea Party」の画像検索結果「1773, Boston Tea Party」の画像検索結果「1773, Boston Tea Party」の画像検索結果「The Indemnity Act of 1767」の画像検索結果「The Indemnity Act of 1767」の画像検索結果
     10 「1824, National Gallery opened」の画像検索結果「1824, National Gallery opened」の画像検索結果「1824, National Gallery opened」の画像検索結果       関連画像      「1824, National Gallery opened」の画像検索結果     「1824, National Gallery opened」の画像検索結果「1824, National Gallery opened」の画像検索結果
  11「1857、India's First War of Independence」の画像検索結果  「1857、India's First War of Independence」の画像検索結果    「1857、India's First War of Independence」の画像検索結果  「1857、India's First War of Independence」の画像検索結果   「1857、India's First War of Independence」の画像検索結果 「1857、India's First War of Independence」の画像検索結果 「1857、India's First War of Independence」の画像検索結果「1857、India's First War of Independence」の画像検索結果 「1857、India's First War of Independence」の画像検索結果   
  12「american trans continental railway connected」の画像検索結果関連画像「american trans continental railway connected」の画像検索結果「american trans continental railway connected」の画像検索結果「american trans continental railway connected」の画像検索結果「american trans continental railway connected」の画像検索結果「american trans continental railway connected」の画像検索結果「american trans continental railway connected」の画像検索結果
  15「Centennial Exposition, Expo 1876」の画像検索結果「Centennial Exposition, Expo 1876」の画像検索結果      「Centennial Exposition, Expo 1876」の画像検索結果「Centennial Exposition, Expo 1876」の画像検索結果  「Centennial Exposition, Expo 1876」の画像検索結果    「Centennial Exposition, Expo 1876」の画像検索結果  「Centennial Exposition, Expo 1876」の画像検索結果
     「Centennial Exposition, Expo 1876」の画像検索結果「Centennial Exposition, Expo 1876」の画像検索結果「Centennial Exposition, Expo 1876」の画像検索結果18   「1908, philadelphia church first mother's day」の画像検索結果    「1908, philadelphia church first mother's day」の画像検索結果            「1908, philadelphia church first mother's day」の画像検索結果  「1908, philadelphia church first mother's day」の画像検索結果
   20「1924, FBI headquarters」の画像検索結果「1924, FBI headquarters」の画像検索結果 「1924, FBI headquarters」の画像検索結果   「1924, FBI headquarters」の画像検索結果 「1924, FBI headquarters」の画像検索結果「1924, FBI headquarters」の画像検索結果「1924, FBI headquarters」の画像検索結果「FBI headquarters when retired」の画像検索結果
(1)804年延暦23年3月28日) - 最澄空海遣唐使として入唐。
(2)1534年 - ジャック・カルティエニューファンドランド島に到着。
(3)1575年天正3年4月2日) - 石山合戦: 石山本願寺顕如織田信長に反抗して再挙兵。
(4)1768年 - イギリス王ジョージ3世を批判する記事を書いたかどでジョン・ウィルクスが監獄に収監、軍は収監に抗議する群衆に発砲し7名の死者を出す。
(5)1773年 - ボストン茶会事件: イギリスで茶法が成立。
(6)1774年 - ルイ16世フランス王に即位。
(7)1796年 - フランス政府転覆を計画したフランソワ・ノエル・バブーフらが逮捕される。(バブーフの陰謀
(8)1796年 - イタリア戦役: ロディの戦いが行われる。
(9)1804年 - ウィリアム・ピット(小ピット)がイギリスの18代首相に就任。
(10)1824年 - ロンドンナショナル・ギャラリーが初公開される。
(11)1857年 - インドインド大反乱(セポイの乱)が起こる。
(12)1869年 - 東西から建設されたアメリカ大陸横断鉄道が接続される。
(13)1871年 - フランスプロイセン王国の間で「フランクフルト講和条約」調印。普仏戦争が終結。
(14)1876年 - 日本で最初の広域的な地質図、200万分の1「日本蝦夷地質要略之図」がアメリカ人地質学者ライマンらにより作成され、開拓使から発行される。
(15)1876年 - フィラデルフィア万国博覧会が開幕。11月10日まで。
(16)1895年 - 三国干渉: 日本が遼東半島を清に返還。
(17)1900年 - 皇太子嘉仁親王(後の大正天皇)と九条節子(後の貞明皇后)が結婚。
(18)1908年 - アメリカ・フィラデルフィアの教会で世界初の「母の日」を実施。
(19)1922年 - キングマン・リーフがアメリカ領となる。
(20)1924年 - ジョン・エドガー・フーヴァーFBI長官に就任、1972年の死去に至るまで在任し続ける。
(21)1932年 - アルベール・ルブランフランスの大統領に就任。
(22)1933年 - ドイツ各地で、ナチスによる「非ドイツ的」な著作物の大規模な焚書が公開で行われる。
(23)1936年 - マヌエル・アサーニャスペイン第二共和政の大統領に就任。1939年4月まで。
(24)1940年 - ウィンストン・チャーチルイギリス首相に就任。
(25)1940年 - 第二次世界大戦: ドイツ軍がオランダベルギーに侵入。ドイツ軍の黄色作戦が始まる。
(26)1940年 - 第二次世界大戦: イギリス軍がアイスランドに侵攻
(27)1949年 - カール・シャウプを団長とする税制使節団が来日。
(28)1952年 - 北陸放送開局。本州日本海側最初の民間放送ラジオ局。
(29)1952年 - L・M・モンゴメリ作・村岡花子訳『赤毛のアン』公刊。
(30)1952年 - 荒川放水路バラバラ殺人事件荒川放水路で胴だけの男性の遺体を発見。17日に被害者の妻を逮捕。
(31)1960年 - 潜航状態での世界一周を達成したアメリカ海軍原子力潜水艦トライトン」がデラウェア州沖で浮上、潜航時間の世界記録を樹立。
(32)1964年 - 国鉄柳ヶ瀬線がこの日限りで廃止。
(33)1965年 - 国鉄スワローズフジテレビ産経新聞社に売却される。
(34)1969年 - 国鉄が客車の等級を廃止し旅客運賃料金を一本化。(モノクラス制
(35)1975年 - ソニーベータマックスの家庭用ビデオテープレコーダ1号機、SL-6300を発売。
(36)1981年 - フランソワ・ミッテランフランス大統領に就任。
(37)1984年 - グリコ・森永事件: 報道機関に「かい人21面相」から「グリコ製品に毒物を混入した」との脅迫状が送られる。(兵庫青酸菓子ばら撒き事件
(38)1987年 - 帝銀事件の死刑囚平沢貞通が獄中で病死。
(39)1994年 - 南アフリカ大統領にネルソン・マンデラが就任。南アフリカで初の黒人政権。
(40)2003年 - リトアニア欧州連合加盟をめぐる国民投票が実施。翌11日まで。
(41)2004年 - 日本の皇太子徳仁親王記者会見人格否定発言を行う。
(42)2004年 - Winnyの開発者が京都府警に逮捕。
(43)2005年 - ブラジリアで第1回南米・アラブ諸国首脳会議が開催。
(44)2006年 - イタリアの戦後第11代の大統領に、現左翼民主党のジョルジョ・ナポリターノが選出される。
(45)2008年 - ミャンマーで、新憲法制定のための国民投票(実態は翼賛投票)実施。

                          インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 

ただ今、6297編目です!

2016年5月10日(火)掲載分

昨日5月9日最終のトップページ
日別最終トップページ一覧表

編集者のダイアリー・コナー

 昨夜本欄でブログしたものを下記に再記します。「No.6297:Obama Weighs Visiting Hiroshima or Nagasaki The New York Times White House Letter May 8, 2016  By GARDINER HARRIS )」(編集中)がそれですが、英文記事をそのまま編集しました。日本語訳をする時間がありませんので、ヨシダブログも下手な英語ですが英語一本で通します。英語版ウェブサイトのトップに掲載する格好の記事になります★あの時点で書いた「オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)」が現在にしてホンモノであることの証明です。このオバマ大統領の「男の約束」に言及したニッポン人はヨシダが唯一人!マス メディアに「かん口令が敷かれた大統領の発言」を当初から暴露しているみたいです(笑)(00:30)
 今朝早くのVOAメルマガが報じています。 "Trump-like Candidate Has Huge Lead in Philippines Election" (トランプみたいな候補が大躍進)がそれ。そう言えば、容貌はトランプさんタイプ。フィリピン南部のダバオ市長でご祖父は中国人。強烈な個性の人物で す・・・。アキノ前大統領とはいささか印象の異なる人物。安倍総理も処し方に大きな変化が求められるでしょうね・・・★日本語版は「フィリピン大統領選、ドゥテルテ氏が当選確実」(日本経済新聞)ですね。(5:10)【比大統領選】優勢の「暴言市長」に早くも懸念 「最も左翼寄りの大統領になる」「犯罪者は八つ裂き」恐怖政治の再来も」(産経ニュース)がもっとも激しい見解をとっています。ヨシダの胸を横切ることに、かのトランプさんがことのほか好むタイプ(?)。米比関係VS中比関係に微妙な影を想像するヨシダです。(6:00)  フィリピンの新大統領になって一番気になるのは、米比・中比なかんずく日比関係の去就です。フィリピン国内では汚職は激減する一方で、犯罪者に対する厳罰 主義で恐怖政治的な匂いは否定できません。アメリカには多くのフィリピン人が活躍しています。かれらの心情も察する必要があるでしょう★中比関係はネギャ ティヴな面はないでしょう。それらの狭間で一番苦労するのが母国ニッポンではないだろうか・・・と些か気になります★早朝からのデスクワークでドアを開 けっ放して執務していたら、アーネルが入ってきて、「ダディー、行ってきま~す」と。平素は出掛けにドアを開けてダディーにバイバイは遠慮している彼。 フィリピン流儀で軽いハギングがバイバイ。久々に玄関のドアを開けっ放しにしてトヨタ新車で出ていくのを見送りました。カッコいいクルマ。車名は未だに知 りません。別段、知りたいとも思わないし、淡々とした心境★選挙活動で多忙を極めた彼ですが、サポートする政治家諸氏は皆当選とか。ちなみに、彼は選挙支 援演説をする立場。なにやら、自身の政界入り(?)も胸中にあるって感じ(笑)★貧困からは完全に脱却したかれが言うに、「1,2年先の新家屋では、ダ ディーの部屋は2階の大きな部屋にしましょう」と。当初は1階主義者でしたが、色々生活の実態を考えたら2階のほうがベターだと結論付けています。クルマ 椅子のままでテラスに出て外気に触れられるし、人やクルマのウォッチングも眼下に見下ろし、時には朝食も・・・といったことで楽しめれる・・・といった図 式です★考えてみるに、母国での年金生活で期待できる豊かさは僅少。物価の低いこの国ではお金持ち並みの生活可能・・・と。年金だけの生活に不安を抱く同 胞諸氏があるとすれば、「フィリピンで晩年人生を!」とお勧めしたいですね・・・(笑)★さて、本日の取材は別段急がず・・・って按配。本欄ダイアリーが ブログ欲を堪能さす所以(?)。でも、思っていることをジャンジャン書ける、意思表示できるって実に爽快です。心の中でモヤモヤってのは皆無。カッパえび せんの宣伝の「やめられない、とまらない、カッパえびせん」って気分です。おっと、あのコマーシャルソングは過去のもの?★カルビー製菓と言えば、創業者 の二代目の松尾聡さんは親しい関係でした。とりわけ、社団法人広島南法人会の正副会長の関係でした。同氏の奥さんは旧姓吉田みどりさん。英語弁論大会優勝 で知己を得たアメリカ人宣教師・ミス・アンダーソンの影響を受けて洗礼を受けたヨシダでしたが、一緒に並んで受洗したのが彼女でした★同社は上場して久し いなか。松尾家の皆さんはどうしていらっしゃるだろうか・・・と想いを寄せるヨシダです。(7:55)
  前述した旧友・旧姓・吉田みどりさん(カルビー製菓創業者ご長男・松尾聡さんの奥さん)の 想い出をひとつ。ご両人が恋愛中とは露知らぬヨシダが演じたトンマな笑い話。みどりさんにデートを申し込みました。無論、お2人の恋愛関係は知らぬまま、 という滑稽さ。後で知らされたことはケッサクでした。コッケイだったと表現したほうがイイ感じの「ヨシダの間抜けぶり」(笑)★ヨシダのデート申し込みで 彼女は恋愛中の松尾聡さんに相談されたとか。広い心の聡さんが言ったことは「・・・イイじゃあない。お付き合いしなさいよ・・・」だったと後日明かされて はじめて知ったご両人の仲!トンマなヨシダが演じたお笑い体験とはこのことです。ま、85歳前のご老人ともなれば人生イロイロです★(更にブログ続けて失 礼します!)「人生イロイロ」と言えば、島倉千代子さんの持ち歌「人生いろいろ」があります。拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」の文芸社が募集した「人生いろいろ」をテーマにした懸賞論文に応募したことがあります。題して現在の自分史「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」の 初期のもの。入選はしませんでしたが、後日、担当者から耳にしたことは、内容が経営者向けで、一般向けしない感じなので・・・と★全く意に介せずの著者ヨ シダはチャッカリとそれを自分史のベースにしました★離日寸前で荷造りしていた時に同社担当者から電話が入って曰く、「くだんの原稿で出版しません か?・・・」と。当時のヨシダは「ニッポンを捨てて異国に生きる身」への強い意識。ゆえに、丁重にお断りしました。「ヨシダ人生イロイロ」はこれからが本 番だ・・・がヨシダの心情だったゆえのことでした(大笑い)。・・・とキリがないのでこの辺りで当面のブログ・ピリオッドとします。(8:35)
 「No.6297Obama Weighs Visiting Hiroshima or NagasakiThe New York Times White House Letter May 8, 2016  By )」のYoshida blogs  では、下手なヨシダ流英語で恥じ入る心境ですが、なんとか格好をつけて終 止符をうち、次に進みます。と言っても、記事取材はひと通り終えましたが格別に此処に掲載したいものにはヒットしていませんので、「きょうのできごと」編 集に精出します。本日のそれは何とか格好つけました。添付写真は80数枚!編集者にとっては、自らの学びの場として「絵物語」で歴史を学ぶ姿勢にほかあり ません。「5月11日のできごと」編集開始!って按配です★ちなみに、現在のトップページ編集容量は830余KBで制限前。できごと写真は削除せずに、で す。(12:50)
 おっと、ど忘れするところでした。「5月10日のできごと」でヨシダが特に感じるのは「(20)1924年 - ジョン・エドガー・フーヴァーFBI長官に就任、1972年の 死去に至るまで在任し続ける」です。FBI長官を半世紀近く務めた稀有な人物の若い時代の写真から追いました。FBIと言えば若い時に観た米画でカポネを 追うFBIの実像があります。フーバーさんの人物像をグーグルで追いたい心境です★予想されることは、半世紀近くの超長期に及んだポストを守るためには 「手段を選ばず」の彼の個人的かつ独特の処世術が想像されます。おそらく、政治家の個人的秘密もキャッチして身の保全に処したのでしょう。それにしても天 才的保身術を備えた稀有な人物だと想像します。(13:10)



No.6297

Obama Weighs Visiting Hiroshima or Nagasaki
The New York Times White House Letter May 8, 2016  By
Yoshida blogs:
Among the Japanese who ever happened to read this article, Yoshida would be only the one who made big guts at the moment of hitting the words; "....Mr. Obama, who will attend a summit meeting in Japan this month, once said he would be “honored” to visit Hiroshima and Nagasaki during his presidency...". ★The story goes back to November 9, 2009, at the time President dropped into Tokyo, on his way to Singapore, where he was interviewed by NHK WORLD(English) reporter who asked President if he intends to drop in at the a-bombed cities. His answer was "This time the schedules are too tight. However, I would like to have an honor of visiting someday in my Presidency..." was his answer! I made a big guts! And next moment, I began to write an article about this dramatic words of the President in Japanese. "オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!(Nov.10, 2009)" was the one★I had prepared it with English edition, but unable to be opened for some editing mistakes, probably deleted by something or by error. However, the most important thing in this issue is, as stated often times in this column or elsewhere in my website, the very words of President's that is, "This time the schedules are too tight. However, I would like to have an honor of visiting someday in my Presidency..." This time the schedules are too tight. However, I would like to have an honor of visiting someday in my Presidency..." This time the schedules are too tight. However, I would like to have an honor of visiting someday in my Presidency." is the very demonstration★At any rate, that expression of the President's is the very thing to be highly appreciated for us all Hibakushas.★Oh, one more thing that I'd better stress again is that if President ever braks his promise, President will never be called "A man". A man in Japanese sense in this case has deep and significant meaning with pride and dignity! That  is, "Real man never break his promise. If ever, he would never be called 'a real man or gentleman'. In Japanese, "Otoko no yakusoku". Otoko, in this case, means "man's integrity or pride", and "Sutaru" means "Be lost". Anyway, congratulations, Mr. resident, for your accomplishing Man's Promise and making it as one of the President's Legacie-makings!(The 16-photo attached file)        
       「President Obama with Prime Minister Shinzo Abe of Japan in Washington last year.」の画像検索結果  「Josh Earnest, the White House press secretary」の画像検索結果    関連画像「Fumio Kyuma, Japan’s defense minister at the time」の画像検索結果「Fumio Kyuma, Japan’s defense minister at the time」の画像検索結果 
        
         「Thomas E. Donilon」の画像検索結果   「Wendy Sherman」の画像検索結果「Victor Cha of Georgetown University」の画像検索結果
                 「Secretary of State John Kerry in hiroshima」の画像検索結果       「Secretary of State John Kerry in hiroshima」の画像検索結果「Jimmy Carter in hiroshima」の画像検索結果「Jimmy Carter in Hiroshima」の画像検索結果
      「Nancy Pelosi in hiroshima」の画像検索結果「Nancy Pelosi in hiroshima」の画像検索結果「Nancy Pelosi in hiroshima」の画像検索結果「Nancy Pelosi in hiroshima」の画像検索結果
  昨日9日の記事1編を下記に掲載していましたが、本日10日の第一記事掲載(00:10)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブ ロ グ」 に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。

                         「末尾の特別情報お知らせコーナー」
  以下のコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するもので して、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。なお、上掲のリンクをクリックすると、そ の下書き的なテーマや内容の一端が垣間見られます。


              「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を           
★84歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
★ 人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
★ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
★手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
★そ こで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
★ コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクトの人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
★そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
★ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
★若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄される」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
★ その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
★すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、「世のため、人のために役立つ生涯を」・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジ ナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
★アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
★ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
★なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムではその容量 大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真がないために、編集容量が極めて低く (11.14KB)。ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。  
★もうひとつの「蛇足の弁」ならぬ、「蛇足・でも価値ある漫画言葉」の漫画。曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにつるためだと言ったらどう思うかい?)★これってヨシダのホンネそのものって感じです!!!(笑)

                  「余生」の画像検索結果「余生」の画像検索結果 
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムではその容量 大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真がないために、編集容量が極めて低く (11.14KB)。ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。

 ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。(831.32KB)                     

                        2016年5月10日(火)
                           ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
           

                               吉田祐起                                                           (満84歳6ヶ月)                                                (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)   
                       yoshida@a-bombsurvivor.com                                                     URL(eng): http://www.a-bombsurvivor.com

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