吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

 「yuuki yoshida」の画像検索結果   「yuuki yoshida」の画像検索結果 http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg
      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳6か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

  原爆証言者・吉田祐起の被爆現場証拠写真です。
 「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル別館」の画像検索結果
  2016年2月14日(日)午前3時頃のこと。ふと目覚めて色んなことに想いを巡らすなかで思いついたこと。それは被爆で九死に一生を得たという表現を 辞さない私の生々しい体験の場をこのサイトに再現することでした。ガバッと起きてデスクに向かいグーグルで関連写真を検索しました!ゲットしたのが上掲の 写真です。
 当時の私は学徒動員で広島電鉄本社電気課勤務でした。足が不自由なことからの事務所勤務。他の級友たちは電車・バスの修理工場配属 で した。左端の写真看板は現在の本社別館(右2枚の3階ビル)の前に設置されている半倒壊したビル画面と日英語説明文看板。2番目の白黒写真はその生々しい 倒壊した建物コーナーの写真です!
 朝礼を終えてビッコを引きながら薄暗い廊下伝いに電気課事務所に向かっていた瞬間の「ヒカ!ドン!」でし た。 あっという間に下敷きになりました。数秒の差で倒壊を免れた同課オフィスに辿り着いていたと、今更の如く想起し、感無量です。真っ暗なビルの下敷きで手を 合わせて死を覚悟しました。ふと、頭上にほのかな明かりが眼に入り、無我夢中で瓦礫をよじ登りました。子供心に想起することに倒壊した建物のてっ辺に這い 出た時の印象は「下界を見下ろす」って位置。顔面に吹き出る血をみて、「母ちゃ~ん!血が出ているよう~!」と泣きました。倒壊したあの建物の下敷きのわ が姿を生々しく再現再確認する次第です。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                                           English               
            2016年5月1日(日)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
  
           

              オバマ米大統領の被爆市訪問がどうやら実現しそうです!
★「No.6261オバマ氏 広島訪問へ 現職米大統領で初、5月27日で調整日本経済新聞2016.4.22.)」がそれです!2009年11月からこのことを強調してきたヨシダですが、どうやらヨシダが予言した通りになりそうです。拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)に遡る事実がその裏づけです!
★オバマ大統領広島訪問関連情報第2弾!「オバマ氏、広島訪問へ 慎重論退け原点回帰」(編集中)です。地元広島市の中国新聞さんよりはるかに先を往っていま~す!(4月23日10:00)
★ハイ!編集し終えました。「No.6262オバマ氏、広島訪問へ 慎重論退け原点回帰日本経済新聞2016.4.23.【ワシントン=吉野直也】)」がそれです。とくとご覧あそばせ、です。(12:45)
     
             ウィキペディアから拾った5月1日の「できごと」 
                               May 1, Events(英語版) 
                                   「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。でも、つい、欲張って・・・★なおまた、「ウィキペディアのできごと」は英語版が本流でして、日本語版は その翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・。

  4  関連画像「1457年 - 太田道灌が武蔵国荏原郡桜田郷に江戸城を築城。」の画像検索結果 「1457年 - 太田道灌が武蔵国荏原郡桜田郷に江戸城を築城。」の画像検索結果 「1457年 - 太田道灌が武蔵国荏原郡桜田郷に江戸城を築城。」の画像検索結果「1457年 - 太田道灌が武蔵国荏原郡桜田郷に江戸城を築城。」の画像検索結果「1457年 - 太田道灌が武蔵国荏原郡桜田郷に江戸城を築城。」の画像検索結果「1457年 - 太田道灌江戸城」の画像検索結果  「1457年 - 太田道灌江戸城二重橋」の画像検索結果  「1457年 - 二重橋」の画像検索結果
        関連画像         関連画像   「1457年 - 太田道灌江戸城二重橋」の画像検索結果      関連画像    関連画像       関連画像   関連画像
   5「大内義長像」の画像検索結果   「大内義長像」の画像検索結果       関連画像 「大内義長像」の画像検索結果    関連画像「毛利元就」の画像検索結果10「1786, first The Marriage of Figaro played in ween」の画像検索結果「1786, first The Marriage of Figaro played in ween, mozart」の画像検索結果  「1786, first The Marriage of Figaro played in ween」の画像検索結果「1786, first The Marriage of Figaro played in ween, mozart」の画像検索結果    関連画像
 11  「大塩平八郎の乱: 大塩平八郎が自害」の画像検索結果「大塩平八郎の乱: 大塩平八郎が自害」の画像検索結果「大塩平八郎の乱: 大塩平八郎が自害」の画像検索結果   関連画像「大塩平八郎の乱: 大塩平八郎が自害」の画像検索結果13 「1851, first expo in hyde park london」の画像検索結果   「1851, first expo in hyde park london」の画像検索結果    「1851, first expo in hyde park london」の画像検索結果     関連画像
 「1851, first expo in hyde park london」の画像検索結果   「1851, first expo in hyde park london」の画像検索結果  関連画像15「1862, london expo」の画像検索結果  「1862, london expo」の画像検索結果   「1862, london expo」の画像検索結果「1862, london expo, japanese house」の画像検索結果  「1862, london expo」の画像検索結果  「1862, london expo, japanese house」の画像検索結果  「1862, london expo, japanese house」の画像検索結果
16「1873, vienna expo」の画像検索結果「1873, vienna expo」の画像検索結果        関連画像 「1873年 - ウィーン万国博覧会」の画像検索結果  「1873年 - ウィーン万国博覧会」の画像検索結果  「1873年 - ウィーン万国博覧会」の画像検索結果     関連画像    関連画像  「1873年 - ウィーン万国博覧会」の画像検索結果
   17 「1877年 - 佐野常民」の画像検索結果 「大給恒」の画像検索結果「1877年 - 佐野常民」の画像検索結果「1877年 - 佐野常民」の画像検索結果「1877年 - 佐野常民」の画像検索結果   「1877年日本赤十字社」の画像検索結果 「1877年日本赤十字社章」の画像検索結果「1877年日本赤十字社章」の画像検索結果「赤十字 ロゴ」の画像検索結果
               (編集容量不足のために下段5列の写真を削除しています。)
(1)280年太康元年3月15日) - の皇帝孫皓が晋に降伏し、西晋)が全国統一。
(2)305年 - マクシミアヌスディオクレティアヌスローマ帝国皇帝を退位。マクシミアヌスは306年復位。
(3)713年和銅6年4月3日) - 丹後国美作国大隅国を設置。
(4)1457年長禄元年4月8日) - 太田道灌武蔵国荏原郡桜田郷に江戸城を築城。
(5)1557年弘治3年4月3日) - 防長経略: 大内義長毛利元就に攻められて自害し、大内氏が滅亡。
(6)1575年 - ポーランド・リトアニア共和国の王位相続人アンナトランシルヴァニア公ステファン・バートリと結婚し、2人そろって共同統治王に即位。
(7)1615年慶長20年4月4日) - 大坂夏の陣: 徳川家康徳川義直の婚儀のためとして駿府を出発。
(8)1707年 - イングランドスコットランドが合邦し、グレート・ブリテン連合王国が成立。
(9)1776年 - アダム・ヴァイスハオプト英語版が秘密結社イルミナティを設立。
(10)1786年 - モーツァルト作曲のオペラ『フィガロの結婚』がウィーンで初演。
(11)1837年天保8年3月27日) - 大塩平八郎の乱: 大塩平八郎が自害。
(12)1840年 - イギリス郵政省が世界初の郵便切手ペニー・ブラック」を発行。
(13)1851年 - 第1回万国博覧会ロンドンハイドパークで開幕。10月15日まで。
(14)1861年文久元年3月22日) - トーマス・ブレーク・グラバーが長崎にグラバー商会を設立。
(15)1862年 - ロンドン万国博覧会が開幕。開幕式に日本から文久遣欧使節一行が出席。
(16)1873年 - ウィーン万国博覧会が開幕。10月31日まで。日本政府が初めて公式に参加。
(17)1877年 - 佐野常民大給恒西南戦争負傷者の救護のために博愛社(日本赤十字社の前身)を創設。
(18)1886年 - シカゴの労働者が8時間労働制を求めてストライキメーデーの起源。
(19)1890年 - 第二インターナショナルの決議に基づき、世界各地で「第1回国際メーデー」が開催される。
(20)1893年 - シカゴ万国博覧会が開幕。10月3日まで。
(21)1898年 - 米西戦争: マニラ湾海戦
(22)1911年 - 宮ノ越 - 木曽福島が開業し、中央本線が全通。
(23)1914年 - 東上鉄道(現・東武東上線)が開業。
(24)1918年 - 三菱合資会社から営業部を分離独立させて三菱商事を設立。
(25)1923年 - 小田原急行鉄道(現・小田急電鉄)設立。
(26)1925年 - 産業組合中央会の家庭向け機関誌『家の光』創刊。
(27)1930年 - 冥王星が正式に命名される。
(28)1931年 - ニューヨークエンパイア・ステート・ビルディングが完成(102階建て、高さ381メートル)。
(29)1931年 - 大阪帝国大学設置。
(30)1939年 - 男鹿地震
(31)1940年 - 第二次世界大戦の激化により、ヘルシンキで実施予定だった1940年の夏季オリンピックの中止が決定。
(32)1942年 - 東京横浜電鉄が京浜電鉄小田急電鉄を吸収合併し東京急行電鉄が発足。(大東急
(33)1945年 - ヒトラーの遺書によって前日にドイツ国首相に任命されたヨーゼフ・ゲッベルスが、愛児を殺害した後に妻とともに自殺。
(34)1945年 - 藝備銀行、呉銀行、備南銀行、三次銀行及び広島合同貯蓄銀行が合併し、(新)藝備銀行(現:広島銀行)設立。
(35)1946年 - 日本でメーデーが11年ぶりに復活。50万人が宮城前広場に参集。
(36)1948年 - 海上保安庁が発足。
(37)1951年 - 全国9電力会社(北海道東北東京北陸中部関西中国四国九州)が発足。
(38)1952年 - 血のメーデー事件
(39)1952年 - 東北地方最初の民放局・仙台放送(ラジオ仙台、現・東北放送)開局。
(40)1954年 - 世界基督教統一神霊協会が韓国ソウルに設立される。
(41)1956年 - 新日本窒素(現在のチッソ)水俣工場附属病院が「原因不明の中枢神経疾患多発」と保健所に報告。「水俣病」の発見。
(42)1960年 - U-2撃墜事件ソ連が、自国領空内でアメリカ偵察機U-2を撃墜。
(43)1960年 - 日本初の民放FM局・FM東海(後のTOKYO FM)が東海大学によって開局される。
(44)1961年 - キューバカストロ首相が社会主義共和国を宣言。
(45)1963年 - 埼玉県狭山市で女子高校生が行方不明に、夜半に脅迫状が発見され誘拐事件に発展。(狭山事件
(46)1969年 - サンテレビジョン開局。
(47)1971年 - 千葉テレビ放送開局。
(48)1975年 - 長崎空港が開港。日本初の海上空港。
(49)1982年 - ノックスビル国際博覧会が開幕。10月31日まで。
(50)1989年 - アメリカ合衆国フロリダ州オーランドにあるウォルト・ディズニー・ワールド・リゾート内に新しいテーマパークディズニー・MGM・スタジオがオープン。
(51)1992年 - 国家公務員完全週休二日制実施。
(52)1994年 - F1ドライバーのアイルトン・セナサンマリノGP決勝で事故死。
(53)1997年 - イギリスで総選挙労働党が18年ぶりに政権を奪回。
(54)1999年 - エベレストでジョージ・マロリーの遺体が発見される。
(55)1999年 - 来島海峡大橋多々羅大橋新尾道大橋の完成により、本四連絡橋・尾道今治ルート(しまなみ海道)の全ての橋梁が開通。本四連絡橋の全ルートが完成。
(56)2000年 - 豊川市主婦殺人事件。17歳少年が主婦殺害。
(57)2000年 - 海上保安庁への緊急電話番号118番がスタート。
(58)2001年 - マイライン開始。
- 欧州連合に新たに10か国が加盟、合計25か国になる。
(60)2004年 - 広島総合銀行とせとうち銀行が合併し、もみじ銀行が誕生。
(61)2005年 - 北朝鮮ミサイル発射。
(62)2006年 - 会社法施行。
(63)2010年 - 上海国際博覧会が開幕。10月31日まで。
(64)2010年 - 池田銀行泉州銀行が合併となり池田泉州銀行が誕生。
(65)2011年 - パキスタン郊外のアボッタバードにて米軍が銃撃戦を展開。国際テロ組織アルカイダの指導者ウサーマ・ビン・ラーディンが死亡。
(66)2013年 - ウィレム=アレクサンダーがオランダ国王に即位。

                          インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 

ただ今、6282編目です!

2016年5月1日(日)掲載分
昨日4月30日最終のトップページ
日別最終トップページ一覧表

編集者のダイアリー・コナー
 本日「5月1日のできごと」 の編集を終えて昨深夜のこと。ふと、頭を横切ったことに、「できごと」編集で、「日英語両方で重複しない「できごと」を表示」してきたことへの反省と改 善。動機 そのものは本サイト英語版の存在ゆえに日本語が全く分からない外国人ヴィジターのために、同コラムの意味するものの片鱗でも伝えたいという編集者の欲張っ た想いゆ えでした★ところが、5月という月は「年度かわり」の団体もあってか、日英語ともに極めて多数の件数。そのことへの対応がそもそもの発想として「英語版表 示」を削除 することにしました★ガバッと起きて、早速の修正作業。お陰ですっきりした感じです。ヨシダは全てのことに「完全主義者」(?)に徹するキライが昔から あったことも反省しながら、「ほどほど主義」に転じる方向転換をしました(笑)★でもでもですが、イイ加減で自身に妥協する姿勢は進歩を阻害する ことは確かです。ま、差し障りのない程度でホドホド主義でいきます。・・・とそんなことからもあって、「きょうのできごと」を巡るヨシダ感想は本日は抜 きにします★さあ、きょうから新しい月の5月入り。母国の「ゴールデン・ウィーク」に想いを寄せつつ過ごします★昨夜、アーネルが部屋に入ってきて曰く、 「ダディー!新しいクルマが入りました。観てください!」と。わざわざも・・・と肩をシュリンクしながら外に出て観ました。トヨタのなんとか言う名のカッ コいいくるま!★中古のクルマ(日本製)の寿命がきての新車への転換。「貧困からの脱出」は実現して久しいなか。次のターゲットはすでに取得して(半額支 払い済み)の土地に新築ハウスを建てること。業者は土地代完済を待たずに建築OKとか★アーネルと夢を語るに、新ハウスでのヨシダルームは2階。個室にバ スルーム・車いす出入り自由のワイドなドア、出窓テラス式にしてクルマ椅子のままベランダに出て「見下ろしウォッチング可能」、「朝食も其処で・・・」と いうアーネルの弁に再び肩をシュリンク★その時期は?ま、あんまり急ぐことも必要ないし、ボツボツやれや・・・と。ちなみに、クルマ椅子の身であることか ら、2階部屋は頭にまったく無かっ たのですが、最近のヨシダ日課で車いすで野外に出ての「両足屈伸運動」も、効率と利便性を感じて部屋ですることへ転換…等々もそうした方向転換を招来して いるところです★ただ今の「トップ面編集容量=900KB」で制限直前状態。容量多消費コラムの原因は100件前後に及ぶ「きょうのできごと関連写真」。 編集容 量オーバーの場合は当該写真の適宜削除といったキメ細かさ。歴史を学ぶ意図から、ヨシダ自身の願望としての大量写真資料を追跡調査あいつつ、つい、あれも これも・・・といった調子の掲載です。ま、できごとの歴史的背景 の把握には欠かせない追跡資料と心得てて楽しくやってマス!。(8:40)
 「No.6280:有田焼400年朝日新聞「天声人語」2016.5.1.)」を編集しながら、存分の美術鑑賞をしました!佐賀市には十数回出張レクチャー体験をもったヨシダ。現在ほどの美術鑑賞力(?)&興味があったら・・・と現在にしてふと、感じないでもありません。(10:50)
 「No.6281:オバマ大統領のレガシー 広島訪問、現実と希望毎日新聞「時代の風」2016.5.1.京都大教授・中西寛)」 を編集するなかで、筆者である中西教授に大変なシツレイを自覚しながらですが、歯に衣着せぬヨシダブログを展開しました。米政府関係者筋や世論の現在の流 れを横目にして、ニンマリってのが大統領だ!と喝破するのはヨシダが唯一のニッポン人であることを自負します(笑)。(12:40)
 「No.6282:景気がよくなれば、鮮やかな赤い口紅が流行するとの説がある。バブル期の…南日本新聞「南風録」2016.5.1.(注: 本リンクは当日限りです))」を掲載するのに、容量不足でできごと写真を7列も削除したところ、結果として若干容量余裕があることから、欲張って2列を戻 し、現在は差し引き5列削除ってところ。でもまあ、当該リンクをクリックすれば全体画面が観えるからダイジョウブって気分です。(14:25)

No.6282
景気がよくなれば、鮮やかな赤い口紅が流行するとの説がある。バブル期の…
南日本新聞「南風録」2016.5.1.(注:本リンクは当日限りです)
ヨシダブログ:ひゃ~! 前編記事に続いて、実に楽しく編集しました!ヨシダにとってのステキな異国の地でのゴールデン日々と自身の個室でパソコンを駆使して日本美術画を編集して ブログするなんて、想像すらしたことのない大変化デス。長生きしてきている価値を自覚し、一層の自助努力を期する次第です。と、こんなことをブログすると 折角の色っぽい日本画芸術が損なわれかねませんが、ヨシダのホンネです。(写真17枚添付ファイル 
      「鹿児島市立美術館」の画像検索結果「鹿児島市立美術館」の画像検索結果「笹紅は下唇だけに紅を塗り重ね、玉虫色に発色させるもの」の画像検索結果「笹紅」の画像検索結果
    「上村松園「人生の花」」の画像検索結果「美人画の巨匠、上村松園」の画像検索結果 「美人画の巨匠、上村松園」の画像検索結果 「美人画の巨匠、上村松園」の画像検索結果「上村松園「人生の花」」の画像検索結果関連画像
      「上村松園「清々しいモダンな作品」」の画像検索結果 関連画像関連画像 「上村松園「清々しいモダンな作品」」の画像検索結果「上村松園「清々しいモダンな作品」」の画像検索結果「上村松園「望遠鏡を覗く女」」の画像検索結果「上村松園「望遠鏡を覗く女」」の画像検索結果
No.6281
オバマ大統領のレガシー 広島訪問、現実と希望
毎日新聞「時代の風」2016.5.1.京都大教授・中西寛
ヨシダブログ:本記事を読みながらヨシダはニヤニヤしました。まことに失礼ながら筆者・中西教 授は今から7年も前は2009年11月に東京でNHKワールド記者インタビューを受けた時の記者の質問(今回の訪日を機に、被爆市訪問の意図があるか?) に 対する大統領の回答をご存知ないことが明白。今日あることを物語ることをご存じないとみます▼この辺りの事実は拙著「「オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)」で披瀝していますが、肝心なことを再現するとこうです・・・。「This time the schedules are too tight. However, it would be my honor if I could visit someday during my Presidency.(今 回はスケジュールが一杯でできないが、任期中に何時か訪問する栄に浴したい)」がそれでした▼この事実をウェブサイトに証言し たのは日本広しと言えどもヨシダだけ!「米政府から日本のマスメディアに対して<かん口令(?)>が引かれた結果だと確信もって明言します▼ 本記事に書かれている全ての「予測的発言」はヨシダの前では滑稽ですらあります。「レガシーづくり」は従って、大統領の自身が描いたあの時点でのもので あって、他が云々する次元ではありません。ヨシダは当時から、「でかした!オバマさん!」でしたし、万一にでも実現させなかったら、「オバマ大統領は男を 捨て た」という「汚名」を受ける身であることも早くからヨシダは公言してきています。ヨシダのさらなる公言は、「オバマ大統領は自らが口にした言葉の実現時期 や手法等々を密かに狙っていた」に過ぎないと断言して憚りません▼末尾にヨシダ独特の皮肉ブログをひとつ!現在のオバマ大統領の心の内。「・・・ようやく 俺がNHKWorld記者に答弁したことが実現できる環境づくりができたわい・・・ニヤニヤ」です。大統領は千両役者!「経営者は名役者たれ!」はヨシダ 経営者人生60余年を通して自覚してきたこと。それを地で往く大統領に 喝采!です。写真15枚添付ファイル 
   「オバマ大統領広島市訪問」の画像検索結果 「オバマ大統領広島市訪問」の画像検索結果「オバマ大統領広島市訪問」の画像検索結果       「オバマ大統領広島市訪問」の画像検索結果「オバマ大統領広島市訪問」の画像検索結果
      「オバマ大統領ノーベル平和賞」の画像検索結果 「2010年メドベージェフ大統領と戦略核弾頭の配備上限を柱とした新戦略兵器削減条約(新START)に調印」の画像検索結果 「2010年メドベージェフ大統領と戦略核弾頭の配備上限を柱とした新戦略兵器削減条約(新START)に調印」の画像検索結果 「2010 new strategic arms reduction treaty」の画像検索結果  「2010 new strategic arms reduction treaty and Putin」の画像検索結果No!! 
                   「中西寛」の画像検索結果「中西寛「国際政治とは何か―地球社会における人間と秩序」」の画像検索結果「中西寛「戦後日本外交史」」の画像検索結果「中西寛「日本の安全保障」」の画像検索結果「中西寛「日本の安全保障」」の画像検索結果
No.6280
有田焼400年
朝日新聞「天声人語」2016.5.1.
ヨシダブログ:ヨ シダ離婚後に「拾われて(笑)離日直前までの16年間の同棲」をした女性がお茶とお花の師匠。ために、有田焼に限らず各種の日本古来の伝統芸術文化等々に 接する機会を多くしたものです。そんな背景もあって、本記事に釘付けされる自身を覚えます▼もうひとつの「佐賀の想い出」は当時9年間続いいて渡比を理由 に御暇を願い出た東京の老舗運送会社の数ある営業所のひとつが「佐賀営業所」。10回近くの出張レクチャー体験者であることからの佐賀への想い入れと本記 事への関心です。今ほどのヨシダの美術鑑賞力(?)や願望があったらもっと、有効な多くの佐賀市出張体験だったでしょう▼母国は「ゴールデン・ウィー ク」。ヨシダはフィリピンで、しばしの間、母国の伝統美術工芸の歴史の一端を、インタネットやグーグルを駆使して存分に学びつつ楽しみます・・・。
写真27枚添付ファイル
 
    「有田焼発祥400年」の画像検索結果
「有田焼発祥400年」の画像検索結果 
    「佐賀藩祖・鍋島直茂」の画像検索結果「佐賀藩祖・鍋島直茂」の画像検索結果  「佐賀藩祖・鍋島直茂」の画像検索結果  「秀吉朝鮮征伐」の画像検索結果   「秀吉朝鮮征伐」の画像検索結果      「秀吉朝鮮征伐」の画像検索結果「秀吉朝鮮征伐と有田焼」の画像検索結果
      「李参平」の画像検索結果    「李参平」の画像検索結果  「李参平」の画像検索結果  「李参平」の画像検索結果   「李参平」の画像検索結果    「14代金ケ江三兵衛」の画像検索結果
    「佐賀市の「陶器市」」の画像検索結果 「「陶器市」」の画像検索結果    「「陶器市」」の画像検索結果  「有田焼」の画像検索結果「有田焼」の画像検索結果「有田焼」の画像検索結果
           「有田焼代表作」の画像検索結果 「有田焼代表作」の画像検索結果  「有田焼代表作」の画像検索結果「有田焼代表作」の画像検索結果「有田焼代表作」の画像検索結果       「有田焼代表作」の画像検索結果
  昨日30日の記事1編を下記に掲載していますが、本日1日の第一記事掲載(10:40)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブ ロ グ」 に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。

                         「末尾の特別情報お知らせコーナー」
  以下のコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するもので して、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。なお、上掲のリンクをクリックすると、そ の下書き的なテーマや内容の一端が垣間見られます。


              「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を           
★84歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
★ 人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
★ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
★手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
★そ こで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
★ コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクトの人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
★そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
★ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
★若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄される」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
★ その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
★すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、「世のため、人のために役立つ生涯を」・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジ ナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
★アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
★ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
★なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムではその容量 大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真がないために、編集容量が極めて低く (11.14KB)。ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。  
★もうひとつの「蛇足の弁」ならぬ、「蛇足・でも価値ある漫画言葉」の漫画。曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにつるためだと言ったらどう思うかい?)★これってヨシダのホンネそのものって感じです!!!(笑)

                  「余生」の画像検索結果「余生」の画像検索結果 
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムではその容量 大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真がないために、編集容量が極めて低く (11.14KB)。ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。

 ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。(936.64KB)                     

                        2016年5月1日(日)
                           ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
           

                               吉田祐起                                                           (満84歳6ヶ月)                                                (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)   
                       yoshida@a-bombsurvivor.com                                                     URL(eng): http://www.a-bombsurvivor.com

           URL(jpn): http://www.a-bombsurvivor.com/index_japanese.html