吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳4か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

  原爆証言者・吉田祐起の被爆現場証拠写真です。
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  2016年2月14日(日)午前3時頃のこと。ふと目覚めて色んなことに想いを巡らすなかで思いついたこと。それは被爆で九死に一生を得たという表現を 辞さない私の生々しい体験の場をこのサイトに再現することでした。ガバッと起きてデスクに向かいグーグルで関連写真を検索しました!ゲットしたのが上掲の 写真です。
 当時の私は学徒動員で広島電鉄本社電気課勤務でした。足が不自由なことからの事務所勤務。他の級友たちは電車・バスの修理工場配属 で した。左端の写真看板は現在の本社別館(右2枚の3階ビル)の前に設置されている半倒壊したビル画面と日英語説明文看板。2番目の白黒写真はその生々しい 倒壊した建物コーナーの写真です!
 朝礼を終えてビッコを引きながら薄暗い廊下伝いに電気課事務所に向かっていた瞬間の「ヒカ!ドン!」でし た。 あっという間に下敷きになりました。数秒の差で倒壊を免れた同課オフィスに辿り着いていたと、今更の如く想起し、感無量です。真っ暗なビルの下敷きで手を 合わせて死を覚悟しました。ふと、頭上にほのかな明かりが眼に入り、無我夢中で瓦礫をよじ登りました。子供心に想起することに倒壊した建物のてっ辺に這い 出た時の印象は「下界を見下ろす」って位置。顔面に吹き出る血をみて、「母ちゃ~ん!血が出ているよう~!」と泣きました。倒壊したあの建物の下敷きのわ が姿を生々しく再現再確認する次第です。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                                           English               
            2016年3月8日(火)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
   

  ヒロシマ・ヒバクシャのヨシダが発信する「オバマ米大統領の被爆市訪問」のこと
  フィリピンに来て間もない頃は2009年11月10日のこと。シンガポールで開催の APEC会議出席の前に東京に立ち寄られたオバマ大統領がNHK WORLDの記者の質問(今回の日本立ち寄りを機に、被爆市訪問の意図がありますか?) 対して答えられた言葉が鮮明です。"The schedules are too tight this time. However, I would like to have an honor of visiting some day during my Presidency."(今回はスケジュールが一杯でできないが、任期中の何時か訪問の栄に浴したい・・・)。その出来事を踏まえて即座に書いたのが、拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)です。クリックしてご覧ください。ヨシダはその後、その適切な訪問時期は、区切りイイ年次の「2010年ー65周年」として 公開書簡まで発表したものでした。しかし、それが実現しなかったことは、現在にして思うに、「2015年ー70周年」こそがベストな年次と提唱するに至り ました。
 ところが、8月に入ってもその気配は皆無。「2015年-70周年」に拘っていたヨシダは絶望と思いつめていたものの、考えてみれば 同大統領の任期は 2017年1月20日東部時間正午まで。とすれば、区切りは良いとは言えない「2016年ー71周年」になるのが精一杯。まいっか・・・と勝手に思ってい るところです。大統領任期中の「レガシー(遺産)づくり」としても、男の約束においても実現されるのがご本人のためだとさえ思うのがヨシダです。

 おって、ヒバクシャとして被害意識を強くする中で、オバマ米大統領が2011年の9.11の8周年記念式典(ペンタゴン)て遺族たちを前にスピーチした言葉の一節を下記に掲載します。「被害意識」が先行するヒバクシャのわれわれが共有すべき貴重な言葉と受けとめます。なお、この崇高なる大統領の言葉は"Ceremonies Mark 8th Anniversary of September 11 Terrorist Attacks"の中ほどに小さく載っていたもので、目立たないものです。中見出し付きもしくは、太文字表示されるべき価値あるものと考えます。
"Let us renew the true spirit of that day. Not the human capacity for evil but the human capacity for good - not the desire to destroy but the impulse to save and to serve and to build," あの日の真実の心を新たにしましょう。 悪に対する人類の能力としてでなく、善に対する人類の能力としてです。-破壊することへの欲望でなく、守り、奉仕し、建設するための推進力としてです。(オバマ米国大統領・翻訳;吉田祐起) 
            「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果         「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果
   (注:このトップコメントは2016年8月6日まで掲載します。しぶといでしょう、ヨシダは・・・笑)

                
                   ウィキペディアから拾った3月8日の「できごと」 
                            March 8 Events(英語版) 
                                   「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。★なおまた、「ウィキペディアのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・★なお、英語版の掲載は本家 米国が主体性であるにかんがみ、世界的視野からの「できごと」を知る意味で日本語版との重複は無論、除外してそのまま掲載しております。同英語版のリンク をクリックすると
日本語版には見られない内容豊かなコンテンツが目に付きます。
 お知らせ: 「きょうのできごと」編集に際して、その内容を眼でみて評価していただきたく、可能な限りの当該写真画像等を本サイトに掲載してきましたが、その単独ファ イルの「編集容量」が600~900MBにもなることから、制限容量1000MB(1GB)を越え気味でハラハラしてきました。多くの当該写真を本サイト でも添付するのは視覚でお楽しみいただきたいという編集者の想いからのものですが、肝心の掲載記事の当該写真が制約されても意味がなく、かつ、編集容量の 有効活用をそれぞれの編集記事関連のものに、集中したほうが賢明と考えるに至りました。よって、本トップサイトでの「できごと添付写真」はすべて省略し て、「当該日のできごと(上掲の「
ウィキペディアから拾った○月○日の「できごと」)」 をクリックしてご覧いただくことにするべく改定しました。これをもって、肝心の「きょうのできごと」の添付写真はサイズや枚数に拘らず充分なゆとりをもっ て編集してご覧いただけるということにシフトしましたので、ご諒承ください。おって、本日誕生日を迎える方々の写真(ヨシダ選択のみ)だけは本サイトに残 します。(2016.3.7記)
 (以下の写真画像等は本日「3月8日のできごと」 から「ヨシダ特選」として抜き出して表示するものです。下右端の写真は「フィリピンの富士山」と呼ばれる「マヨン山」です。此処に限って別に添付しまし た。ちなみに、エトン山は有史前から14回、マヨン山は6回、富士山は12回。他の写真資料等をもっとご覧になりたい方は、どうぞ当該リンクをクリックし てご覧くださ い。)
    1 「1669 etna eruption」の画像検索結果 「etna eruption december 2015」の画像検索結果 「1669 etna eruption」の画像検索結果「1669 etna eruption」の画像検索結果 「1669 etna eruption」の画像検索結果「1669 etna eruption」の画像検索結果
        「1669 etna eruption」の画像検索結果(2015)    「etna eruption december 2015」の画像検索結果     「etna eruption december 2015」の画像検索結果      「etna eruption december 2015」の画像検索結果    「マヨン山」の画像検索結果 
1010Ferdowsi completes his epic poem Shahnameh.
1126 – Following the death of his mother Urraca, Alfonso VII is proclaimed king of Castile and León.
1576 – Spanish explorer Diego García de Palacio first sights the ruins of the ancient Mayan city of Copán.
1618Johannes Kepler discovers the third law of planetary motion.
1655John Casor becomes the first legally-recognized slave in England's North American colonies where a crime was not committed.
1658Treaty of Roskilde: After a devastating defeat in the Northern Wars (1655–1661), Frederick III, the King of Denmark–Norway is forced to give up nearly half his territory to Sweden to save the rest.
(1)1669年 - イタリアシチリア島にあるエトナ火山が噴火。主に溶岩流により、約1万人が死亡。
(2)1702年 - アンイングランドスコットランドアイルランド女王に即位。
1722 – The Safavid Empire of Iran is defeated by an army from Afghanistan at the Battle of Gulnabad, pushing Iran into anarchy.
1736Nader Shah, founder of the Afsharid dynasty, is crowned Shah of Iran.
1775 – An anonymous writer, thought by some to be Thomas Paine, publishes "African Slavery in America", the first article in the American colonies calling for the emancipation of slaves and the abolition of slavery.
1777 – Regiments from Ansbach and Bayreuth, sent to support Great Britain in the American Revolutionary War, mutiny in the town of Ochsenfurt.
1782Gnadenhutten massacre: Ninety-six Native Americans in Gnadenhutten, Ohio, who had converted to Christianity are killed by Pennsylvania militiamen in retaliation for raids carried out by other Indian tribes.
1801War of the Second Coalition: At the Battle of Abukir, a British force under Sir Ralph Abercromby lands in Egypt with the aim of ending the French campaign in Egypt and Syria.
(3)1801年 - ジェームズ・フィンレイアメリカペンシルベニア州に初の近代吊り橋ジェイコブズ・クリーク橋を建設。
(4)1802年 - イギリスウィリアム・マードック石炭ガス照明に利用。
(5)1817年 - ニューヨーク証券取引所が発足する。
(6)1844年 - オスカル1世スウェーデンノルウェー王に即位。
(7)1862年 - 南北戦争: ハンプトン・ローズ海戦が始まる。
(8)1868年(慶応4年2月15日) - 堺事件が起こる。
(9)1891年 - 日本正教会ニコライ堂が竣工。
(10)1900年 - フランスの旅行ガイドブック『ギド・ミシュラン』が創刊。
(11)1903年 - 東京・神田で現在の位置に新万世橋が開通。
(12)1904年 - ニューヨーク婦人参政権を求めるデモ、後にこの日が国際女性デーとなる。
(13)1909年 - 日本で、それまでのメートル法尺貫法に加えヤード・ポンド法も公認した改正度量衡法公布。
1910 – French aviatrix Raymonde de Laroche becomes the first woman to receive a pilot's license.
1914 – First flights (for the Royal Thai Air Force) at Don Mueang International Airport in Bangkok.
1916World War I: A British force unsuccessfully attempts to relieve the siege of Kut (present-day Iraq) in the Battle of Dujaila.
・1917 – The
United States Senate votes to limit filibusters by adopting the cloture rule.
(14)1917年ユリウス暦2月23日) - 3月3日ロシアの首都ペトログラードでのストライキが全市に拡大。2月革命の始まり。
1920 – The Arab Kingdom of Syria, the first modern Arab state to come into existence, is established.
1921 – Spanish Prime Minister Eduardo Dato Iradier is assassinated while exiting the parliament building in Madrid.
(15)1922年 - 偕楽園が日本の史跡名勝に指定される。
(16)1923年 - 赤瀾会国際女性デー(当時は国際婦人デー)に日本初の記念集会を開く。
1924 – A mine disaster kills 172 coal miners near Castle Gate, Utah.
(17)1935年 - 忠犬ハチ公渋谷駅前で衰弱死する。
(18)1936年 - デイトナビーチで世界初のストックカーレースが行われる。
1937Spanish Civil War: The Battle of Guadalajara begins.
(19)1942年 - 第二次世界大戦で、日本軍ラングーンを占領する。
(20)1944年 - 第二次世界大戦: インパール作戦が始まる。
(21)1947年 - 国際通貨基金(IMF)が業務を開始する。
1947 – Thirteen thousand troops of the Republic of China Army arrive in Taiwan after the February 28 Incident and launch crackdowns which kill thousands of people, including many elites. This turns into a major root of the Taiwan independence movement.
1949Mildred Gillars ("Axis Sally") is condemned to prison for treason.
・1949 – President of France
Vincent Auriol and ex-emperor Bảo Đại sign the Élysée Accords, giving Vietnam greater independence from France and creating the State of Vietnam to oppose Viet Minh-led Democratic Republic of Vietnam.
(22)1954年 - 日米相互防衛援助協定(MSA協定)が調印される。
(23)1957年 - 第二次中東戦争で閉鎖されていたスエズ運河の通行が再開。
(24)1957年 - ガーナ国連に加盟。
・1957 – The 1957 Georgia Memorial to Congress, which petitions the U.S. Congress to declare the ratification of the 14th and 15th Amendments to the U.S. Constitution null and void, is adopted by the U.S. state of Georgia.

(25)1963年 - シリアクーデターが起こりバアス党が実権を掌握する。
1965 – Thirty-five hundred United States Marines are the first American land combat forces committed during the Vietnam War.
1966 – A bomb planted by Irish Republican Army militants destroys Nelson's Pillar in Dublin.
(26)1966年 - アイルランドの首都ダブリンネルソン記念柱英語版IRA暫定派によって爆破される。
1971 – The Fight of the Century between Joe Frazier and Muhammad Ali commences. Frazier wins in 15 rounds via unanimous decision
(27)
1974年 - パリシャルル・ド・ゴール国際空港が開港。
(28)1978年 - ラジオドラマ『銀河ヒッチハイク・ガイド』放送開始。
1979Philips demonstrates the compact disc publicly for the first time.
(29)1982年 - 具志堅用高が世界王座の14回目の防衛に失敗。
(30)1983年 - ロナルド・レーガン米大統領が一般教書演説ソビエト連邦を「悪の帝国」と呼んで非難。
(31)1985年 - 芦屋市幼児誘拐事件
1985 – A supposed failed assassination attempt on Islamic cleric Sayyed Mohammad Hussein Fadlallah in Beirut, Lebanon, kills at least 45 and injures 175 others.
(32)1989年 - 法廷メモ訴訟最高裁判決。法定内での傍聴人のメモは原則自由とする初めての判断。
(33)1992年 - 小田急3000形「SE」車のさよなら運転・新幹線300系電車の試乗会が同じ日に行われた。
(34)1997年 - JR東西線開業。
(35)2000年 - 東京都目黒区中目黒駅近くにて、営団地下鉄(現:東京地下鉄)日比谷線の脱線事故。5人が死亡。60人以上が負傷。(営団日比谷線脱線衝突事故
(36)2004年 - イラク統治評議会が新憲法に署名。
(37)2006年 - ニューヨーク証券取引所持株会社「NYSEグループ」が株式を上場、67ドルの上場初値を付ける。
(38)2014年 - マレーシア航空370便墜落事故
(39)ヨシダが選んだ著名人の誕生日;

                         インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 

ただ今、 6156編です。  
2016年3月8日(火)掲載分
昨日3月7日最終のトップページ
編集者のダイアリー・コナー

  本日から日々の「きょうのできごと」 欄における当該写真資料等の本サイトへの掲載は「編集許容量(1GB以内)であるに鑑み中止して、ご関心のある方は当該リンクをクリックして・・・という スタイルに変更しました。・・・と、そんな中でまたまたヨシダの頭を横切ることは、数あるできごと関連写真で特にヨシダ自身が関心を抱き、本欄でも毎日の ようにそのことを文章開示してきたものですが、今思うに、そのものに限って本欄に当該写真を表示するのもひとつの考えだな・・・と思いつつあるところです ★従来の<「3月8日のできごと」 のなかで、ヨシダが特に関心を抱くのは・・・>としてきたものを、その延長線上に当該写真を此処に開示する、というニューアイディアです。現在は ウィキペディアから拾った「著名人の誕生日」に替わって、といった按配にです。同欄は正直な話、近代に名を連ねる著名人の多くの方々は芸能人。母国を離れ て7年余のヨシダなかんずく、日本のテレビには無縁状態だけに、そういった現役芸能人諸氏のことには縁遠いことから、同欄に選択するのに戸惑う次第。此処 は一番、前述した関連記事写真にシフトするのもイイな・・・と前向き思考中のヨシダです。これって、グッド・アイディア!と自我自賛するヨシダはまだまだ 若者たちには負けんぞ~!です(笑)。(8:50)
 思いついたら即実行!本日「3月8日のできごと」(写真編集は目下作業中)の中でヨシダが関心を強くするのは「(1)1669年 - イタリアシチリア島にあるエトナ火山が噴火。主に溶岩流により、約1万人が死亡。」です。今から347年も前のできごとですが、2015年の噴火写真も添えました。エトナ火山は富士山みたい。フィリピンの火山の同じ。火山特有の形状で母国の富士山を想起させます。末尾に別名「フィリピンの富士山」とも呼ばれるマヨン山も・・・。(9:20)
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        「1669 etna eruption」の画像検索結果(2015)    「etna eruption december 2015」の画像検索結果     「etna eruption december 2015」の画像検索結果      「etna eruption december 2015」の画像検索結果    「マヨン山」の画像検索結果
                                                  (フィリピンの富士山・マヨン山)
 ・・・ と!母国の友人(新潟県在住)からメールを受信しました。曰く、「ヨシダさん、ようまあ、こんなアイディアが出てくること!・・・絶句します よ!」と。ヨシダにとって、なによりも嬉しいことは、ヨシダのウェブサイトをウォッチしていてくださる方があるんだ!という喜び。唯我独尊って気分でブロ グしまくっているこのホームページですが、じつにイイ気分で~す!!!!!(9:30)
 ・・・好奇心旺盛なヨシダはグーグルで検索するに、このエトナ火山は紀元前693年から、現在まで、なんと14回の噴火。「2015年12月4日: 噴煙が上空約7000mまで到達」とあります。ヒバクシャのヨシダは当該写真をみて「原爆きのこ雲」とオーバーラップしました★ちなみに、「マヨン山」の 記録に残る噴火回数は1814年2月1日から6回。ふと、母国富士山のそれは12回と。ホントに火山は有史以前か活きつづけています。噴出するエネルギー は計り知れないボリューム。「地下資源は無限」(?)って感じデス。一時期、「石油は有限」とされましたが、どうやら「無限」といった感じですね。 (9:55)
 ・・・ふと、またまたアイディアマンのヨシダが思いつきました!「きょうのできごと」当該写真資料の一部をこの場所 でなく、当該コラム場所「きょうので きごと」コラムに表示したほうがベストだ!!!ということ。早速に重複を辞さずにトライしてみます。我ながら大したアイディアマンだ!。ハングリー精神が 招来するニュー・アイディアです。(10:40)
 ハイ!10数分で当該写真等を本サイトに追加掲載しました。することが速いでしょう。実行力はヨシダの自負するところです。(11:00) 
 本日は長~い「プロローグ」(ダイアリー・コーナー)の後でヒットした記事が最初の編集記事「No.6153:原稿用紙の升目は万年筆書きの丁寧な文字で埋まっていた。1万字を超す長文でも…東奥日報「天地人」2016.3.8.)」 です。お次に控えるのは美術関連記事。文中の美術を追いながらの編集を楽しみにしつつって按配です。楽しみがあるってイイことですよね~!★ふと、横目に み るXPパソコンが幾つものメルマガ受信。そちらの方にも気が向きます。でもま、すること多々あってイイことだと思います。(14:50)
 在比で母国の桜鑑賞をする機会を得たのが「No.6154:鮮やかな色彩とあでやかな花びら。百花繚乱(りょうらん)という言葉がぴったりな花の…茨城新聞「いばらき春秋」2016.3.8.智)」 です。と、言ってもホームシック云々では更々ありません。離日直前の16年間を過ごした東広島市の見慣れた桜景色の写真を添えて敬意を表します★傍らの XPが受信しているメルマガを横目にしながら、未だ本目のインタネット情報源各紙(誌)の取材は済んでいないのだが・・と。(15:55)
 次々に受信する各方面からのメルマガ情報。そのなかで特にヨシダの目に付くのは「なぜ、アメリカ大統領選はこんな茶番劇になっているのか?」 (MAG2 NNEWS)です。ヨシダが当初からナンセンス!とばかりに批判しているトランプ候補と彼の暴走(?)を許すアメリカ人。肝心の共和党内部か ら反発が起きています。取り上げるには、ちょっと、手が回りかねるって感じですが、とりあえずリンクを貼って備えます★先ほど掲載した記事は、「No.6155:日本経済の閉塞は人口減少放置のツケDIAMOND Online2016.3.8.真壁昭夫 [信州大学教授])」でして、人口減少を問題視する傾向は強いものの、だからと言って、移民受け入れは反対、というのがオチってのが実情の母国ですよね・・・。(17:40)
 やっぱし、欲張って、かの「なぜ、アメリカ大統領選はこんな茶番劇になっているのか?」(MAG2 NNEWS)を編集しました。「No.6156なぜ、アメリカ大統領選はこんな茶番劇になっているのか?MAG2 NEWS2016.3.8.(1日付)高野孟(ジャーナリスト))」がそれです★明日の「3月9日のできごと」はまだ手付かず状態。そちらへスウィッチします。(18:35)
 


No.6156
なぜ、アメリカ大統領選はこんな茶番劇になっているのか?
MAG2 NEWS2016.3.8.(1日付)高野孟(ジャーナリスト)
ヨシダブロ:長文の説得力ある記事です。下手なブログは無しで、早くに掲載します。「中見出し」は、■老帝国アメリカの徘徊癖・暴力癖をどう介護するか、■「金融帝国」の退廃、■「軍事帝国」の行き詰まり、■ネオコン勢力の策動、■米大統領選の不毛、■安倍政権の逆方向・・・と続きます▼筆者の著書紹介は多数なので、「高野孟氏著書」で換えます。(写真3枚添付ファイル
    「高野孟」の画像検索結果「高野孟」の画像検索結果                           5440995682_c53756ae95_b copy     
No.6155
日本経済の閉塞は人口減少放置のツケ
DIAMOND Online2016.3.8.真壁昭夫 [信州大学教授]
ヨシダブロ人 口減少の一途を辿りつつある母国ニッポンにも関わらず、こと「移民」どころか、外国人労働者の受け入れにもブレーキが否定できません。フィリピン人の介護 士受け入れでも日本語試験バリアを高くしてブレーキをかける始末。島国根性そのものとしか言いようがありません▼「中見出し」は、■ 足踏みから抜け出せない日本経済 回ってきた人口減少問題放置のツケ、■人口減少と経済には密接な関係がある ただしそれでも経済成長はできる、■内部留 保をため込み委縮する企業 このままでは国全体が縮小均衡に向かう、■閉塞感を打ち破るためには 政治のリーダーシップが不可欠・・・と続きます▼「質 問: 日本は、人口減少の下押し圧力を克服して経済成長できると思う?」に対する回答は、「できると思う27.4%、できるとは思わない49.62%、どちらと も言えない14.76%、その他、分からない0.91%、そもそも人口減少は問題ではない7.31%」と続きます。写真9枚添付ファイル
             今週のキーワード 真壁昭夫     
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        関連画像 関連画像 「真壁昭夫」の画像検索結果 
                著書は大量のために、「真壁昭夫著書」で換えます。               
       「真壁昭夫」の画像検索結果    関連画像「真壁昭夫」の画像検索結果
     質問: 日本は、人口減少の下押し圧力を克服して経済成長できると思う?」
                  
No.6154
鮮やかな色彩とあでやかな花びら。百花繚乱(りょうらん)という言葉がぴったりな花の…
茨城新聞「いばらき春秋」2016.3.8.智
ヨシダブロふ と、CNNテレビの気象報を観るに、故郷日本は離日前の16年間を同棲生活で過ごした東広島市の気温が10℃と知りました。こちらの部屋温度は29℃に セットで半そで姿。高齢者にとっては寒いところは良くないですよね・・・▼でも、桜はサクラ。日本人の国民性にピッタリの季節の花。此処、住む団地「ベル エア1」の大通りに面して大きくそびえる樹木のトンネルは1月には落葉して、現在は新緑に生い茂っています。別段、ホームシックなんて無縁のヨシダです が、本記事にある桜の美なかんずく、ヨシダが観たこともある「日立駅前のソメイヨシノ」の延長線上に2枚の東広島市の桜景色写真を添えました。写真16枚添付ファイル
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No.6153
原稿用紙の升目は万年筆書きの丁寧な文字で埋まっていた。1万字を超す長文でも…
東奥日報「天地人」2016.3.8.
ヨシダブロ小 説類に手の届かないヨシダだっただけに、全く存じ上げない作家の葉治英哉さんの人柄に接して釘付けになりました。「判読に悩む癖字の類に出くわした記憶も ない」という本記事筆者の弁で想い出すのは、その全く逆の手書きで出版社担当者を困惑させたという名の知れた作家(故人)のこと。作品の云々は別にして、 有名になった人物には二つのタイプがあるのはどの分野、何時の世でもではありますが、ヨシダは前者に好感を抱きます。判読しにくいほどの急ぎの執筆であっ て も、当該者が困惑するような「崩し文字」はどうかと思うからです▼作家同士でも歴史観の差異があって当たり前。でも、超有名人作家の歴史観を「受け入れ難 い」とされた葉治さんに好感を抱きます。生意気なブログで恐縮ですが、文学には程遠いヨシダがくだんの作家の原作映画などを観て、心の片隅で感じたことも あるからです▼記事中にある「鍵屋茂兵衛物語」は正確には、「夢とのみー鍵屋茂兵衛覚書」(図書刊行会)です。エッヘン(笑)▼ところで、随分と時間をかけて主人公・葉治英哉さんの写真を検索しましたがヒットしませんでした。去る先月29日のご死去(享年87歳)。謹んで哀悼の意を捧げます。(合掌)写真13枚添付ファイル
     「村井茂兵衛」の画像検索結果 「『夢とのみ 鍵屋村井茂兵衛覚書』図書刊行会」の画像検索結果「村井茂兵衛」の画像検索結果「尾去沢銅山」の画像検索結果「明治政府 組織」の画像検索結果   
   「『夢とのみ 鍵屋村井茂兵衛覚書』図書刊行会」の画像検索結果
 昨日7日の記事3編を下記に掲載していましたが、本日8日の第一記事掲載(14:40)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。 

                         「末尾の特別情報お知らせコーナー」
  以下のコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するもので して、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。なお、上掲のリンクをクリックすると、そ の下書き的なテーマや内容の一端が垣間見られます。


              自然に到達した「自利から他利」の実践とその心
   近年のこと、ときおりヨシダが自身の人生の生き方を巡って使う言葉に「自利から他利へ」といった趣旨の考え方とその実践があります。
  この文句(思想)は別段、学んで得たものでなく、わが人生を振り返りつつ、現在のそれらとわが心境からしてヨシダの心の中に自然に発生したと言ったほうが 適切なものであることを告白します。教えられて・・・といった類の人生哲学ではないことを強調します。もっとも、それを裏返せば、由緒あるこの言葉の由来 を知らなかった、というヨシダの無学ぶりを曝け出すことになるのですが、祐起がユウキ(勇気)を出して告白の念をこめて記します。
 念のためにグーグルで当該言葉を検索してヒットした言葉を紹介します。
                「TKC全国会の基本理念 「自利トハ他利ヲイフ   

                         「飯塚毅」の画像検索結果
 
大乗仏教の教諭には「自利利他」の語が実に頻繁に登場する。解釈にも諸説がある。その中で、私は「自利とは他利をいう」と解するのが最も正しいと信ずる。

 仏教哲学の精髄は「相即の論理」である。般若心経は「色即是空」と説くが、それは「色」を滅して「空」に至るのではなく、「色そのままに空」であるという真理を表現している・・・・(飯塚毅)」と続きます。詳細は上掲のリンクからご覧ください。
  なお、TKCというのはご存知と思いますが、「株式会社TKC」という、宇都宮市に本社を置く会計事務所、税理士事務所や地方公共団体などの情報サービス を行なう企業でして、ヨシダが経営者人生を通じて世話になった税理士先生が属しておられた組織です。今回、本欄の修正作業中に出会った記事として喜んでい ます。追って、本コラム末尾に掲示している関連「色紙」の一つが奇しくも、本欄筆者・飯塚毅博士揮毫のものです。 
  さて、此処でヨシダが強調したいことは、ヨシダのベンキョウ不足が招来した「言葉(教え)を踏まえた他利の生き方」ではなく、「言葉の前のヨシダ自身の人 生体験とその実践を踏まえた結果の到達点」とでも言える「自利から他利」といった生き方に、あらためて意義と価値を知ることを喜んでいます。蛇足の弁を補 足します。クリスチャンのヨシダが早くから接した同じような聖書の言葉に「Give and you shall be given.(与えよ、さらば与えられむ)」がありますが、日英語の微妙なニュアンスの差異を感じないでもありません。

  再度強調したいことは、ヨシダのベンキョウ不足が招来した「言葉(教え)を踏まえた他利の生き方」ではなく、「言葉の前のヨシダ自身の人生体験とその実践 を踏まえた結果の到達点」とでも言える「自利から他利」といった生き方に、あらためて意義と価値を知ることを喜んでいます。以下に、この言葉を巡るがごと く のヨシダの生き様の一端を披瀝します。

ポリオが招来した人生観
  笑い話的になりますが、ヨシダは赤子の時にポリオに罹り、両足の自由を失いました。健常者からみれば、その時点で他利どころか、自利の自由を奪われたよう なもの。不思議なことに、物心がついてからでも、恨んだり悔やんだりの他人のせいにしなかったこと。不自由な身体で他利ではなく、自利でもなく、如何にし て歩く(目的場所まで)かといったことが課題でした。
 幼年・少年時代のヨシダがわが身の障害に対して自覚しかつ、大きな示唆を得た出来ごとが あ ります。家庭の都合(一家の柱・親父を失った後の長男としての自覚)で夜間高校に通いながら働いていた時代のこと。戦後初めてという広島県下高校弁論大会 で優勝したのが縁。タイトルは「How I've fought my way out.(如何にしてわが逆境を克服したか)と」題したもの。
   英語の殿堂・ミッション・スクールの女学生を向こうに回して優勝したのが縁で、親しくした米人女性宣教師(ミス・アンダーソン)(故人)がユウキにくれた 言葉が現在にして活きています。「ユウキ、ポリオは神さまから授かったもの。それを克服して生きることで神さま の栄光を世に現わすことになるのですよ・・・」でした。
 つまり、ポリオは神さまの贈り物。感謝して受けとめ、その価値を世に現わせ、という受けとめ方でした。その意味では「他利」どころか、両親に心配をかけた親不孝者。自身に向けては障害克服という名の「自利」ではあったでしょう。

人生第一毛作が招来した「他利」への生き方の芽生え
  父亡き後のヨシダ家長男を意識して「自立」への位置を早くにしたヨシダは、当時の義兄(長姉の婿)の進言をうけて職人自営業に入りました。得意の英語を駆 使して先進国アメリカの技術をマスターし、自身が発明開発した器具商品等の販売指導を含めて全国規模で活動しました。大阪の商社と手を組んでのことでした が、むろん、当時の青年ヨシダは大の男顔負けの稼ぎをしたものですが、それ以上に「他利」を果たしました。具体的には数えきれないほどの「弟子」を抱えて 指導したこと。
 最大の「他利」は人生第ニ毛作への転換を機に、当時雇用していた若い弟子に、工具設備一式と商権全てを無償で譲渡しま した。ここでも「他利」を実践したと自負します。もっとも、その裏では、当時の大の男が顔負けの稼ぎをしたことは(も)事実ですが、他利のほうがはるかに 大だったと自負します。

人生第二毛作の終盤で「他利人生」
  長じて結婚した相手との出来事が第二の「他利」 になったとは、半世紀以上も経った現在のヨシダの解釈。他愛もないことに、先ずは耳(目)をお貸しください。プライバシーをあえて披瀝するのは結果論に過 ぎませんが、ヨシダの「自利より他利」の心を裏付ける結果になったからです。恥を忍んでの告白めいた証言です(笑)。
 当時の家内の養父母創業の小さな運送事業を創業者死去で「身売り」寸前のところ、白羽の矢がヨシダに当たったのです。当時のヨシダは米国から導入した新技術や自身が発明開発した技術や器具の販売指導等で、二十歳時代から全国を講演・実演旅行で飛び回っていた時代。
  特に強調したいのは当時の広島県会議員さん(議長職のご人物だったと記憶します)がそれを高く評価してヨシダの耳に入れてくださった言葉が現在にして鮮明 です。「吉田君、公費で米国実習留学しないか?」と。今から考えると「飛びつきたいほどの誘い」でしたが、平然と聞き流したのです。現在(当時)の目先の ミッションに一層の魅力と生き甲斐を感じていたからです。笑い話ですが、万一、それを受けて渡米していたら、現地のアメリカ人女性と結婚してアメリカに本 拠を持つ身になっていただろう・・・と。これって、ホントに起こり得たであろうことへのヨシダの回顧です。
 ということからの自負もあったりで、請われて家内の養父母創業の個人事業を継承したものです。その後、32年間に及んだ同事業経営でしたが、曲がりなりにも「7社グループによる総合物流商社体制」を確立したものです。
 ・・・ と、ここまではイイとして、養母の死がある事件を誘発しました。世にある「お家騒動」でして、財産相続を巡る家内側の問題。上場企業に勤めていた 彼女の弟を引き抜いて子会社の社長に据えていたまではヨカッタとして・・・と、後はご想像に任せたほうがイイでしょう。
  と、世にも不思議な要請が家内から出てきたのです。「養父母死去で家名が絶えた。草葉の陰で両親が嘆いているので旧姓に戻して(離婚して。でも今まで通り の一 緒の生活で・・・)という常識を逸した要求!ハイ、自尊心の低くないヨシダは振り切って家を飛び出しました。ちなみに、その家は税務署の進言で「社宅」に していたのです。全てをGIVEして「他利」に徹したものでした。
 お家騒動の発端は特筆に価します。会社規模を大きくなるにつれて台頭してき たのが、従業員側のある種の思想。「会社も大きくなったのだから、労働組合があってもイイだろう・・・」といった概念。2回労組つぶしを体験して3回目の 労組結成を前にしたヨシダの胸中に飛来したことは、「ヨシ、中小企業では稀にみるような『近代的労使関係』を樹立してやろう」といった意地でした。
 最初の行動は、「7社グループ企業の決算書期分(計21通)をドカ~ンと労組にさらけ出したのです。結果は労組側からの「自主的賃下げ提案」でした。
 実はこのことが旧創業者家族(家内とその弟、なかんずく後者)の陰謀を招来したのです)。その陰謀を語る前に避けて通れないある事実がありますので、以下に記します。
  第一次オイルショック直後のこと、当時、ヨシダ個人で取得した住宅地購入がありましたが、「土地ブームは去った」の考えのもと、まだ、数回の銀行借り入れ 返済金を横目に一気に売却したのです。「土地ブームは去った!」がヨシダの洞察でした。じじつ、後年、その通りになりました。
 土地ブームに陰りが出る直前だっただけに、売却益は相当ありました。具体的には、「1.会社資本金(当時5百万円)を倍額増資、2.自家用給油所建設、3.創業者墓の建設、4.余った金をある別荘地購入」の4つをやり遂げたのです。
  諸悪(?)の根源は、「倍額増資」を第三者割り当てですべきところ、「気前よく」、従来の持ち株比率で増資したのでした。相当額のお金を他の親族株主に無 償提供したのです。肝心のヨシダの持ち株比率は 「49.9%」(支配株主権未満)でした。家内(当時)のそれと合わせれば、90%以上が株主構成比率。まさか・・・がポイント。その背後に暗躍したのが 家内の実弟。かれが唆したのです。蛇足ですが、後年、その姉弟は仲たがいして放逐され、現在はヨシダの実子たちで継承されて現在に至ります。
  肝 心の「離婚劇」の実態ですが、世にも不思議な離婚理由(前述)を跳ね除けて「家出」をしたのがケッサクでした。後述する「拾い手」があったものの、まさか 亭主のヨシダが家を出て行くとは想像しなかたのが前妻さん。「帰ってきて!」と何度も自動車電話にかけてきましたが、無視しました(笑)。
  と、 小説の題材にもなり得るドキュメンタリー・ストーリーであり、その結果ですが、「これでヨシ!」がヨシダのホンネでした。ハイ、退職金は弁護士を立てての 交渉になりました。相手側の弁護士さんが当方の弁護士に言ったそうです。「こんな経営者はみたことない!」と(笑)。蛇足ですが、その姉弟は喧嘩別れで弟 は行方知れず。ヨシダが予言したとおりに、「姉弟の喧嘩別れ」になりました
 ・・・と、余計なことを記述しましたが、少なくないグループ企業資産を与えました。ヨシダが
現在にして到達した「他利の原点」です。

人生第三毛作終盤で実践した「他利」
  第二の興味ある出来事は、その時に運よく(?)ヨシダを「拾って」くれた女性がありました。二児の未亡人。子たち共々、快く「一緒に生活してもイイよ!」 と言ってくれたのです (笑)。16年間に及んだ「同棲生活」と言ったら何だか気恥ずかしいですが、その間、コンサルタント会社設立に要した1千万円の資本金を除いては、退職 金+年金等の殆どを自由にさせました。
 と、ある心境の変化(と、これまで言及すると本編が超長文になるので止しますが)を得てのフィリ ピンを引退後の永住の地と定めて現在に至るもの。住んだ住ませてもらった家を指してヨシダは意地悪く(?)言いました。「・・・この家の4,5軒相当額は お前さんにやったよな」と(笑)。一旦は「一緒にフィリピンに行かないか?」という言葉だけは伝えましたが首を振ったのは当然。
 話は前後しますが、英語を活用したいのが引退後の海外生活。当初はマレイシアが頭にありました。ほかでもありません、大手商社のクアランプール支店長 だった甥が言うに、「伯父さん、海外移住だったらマレイシアにいらっしゃいよ。ボクがすべてお膳立てしますよ・・」と。
 ところが、そこのふとした縁で知り合ったフィリピン女性。日本で働きたい一心での名目上(?)の日本人男性との結婚歴の女性との奇しき出会いと、フィリピンへの足がかり役。感謝の念もあって、応分のGIVE(他利)をやってのけたものでした。

人生第四毛作序盤で実践中の「他利」
  さて、と、今から考えると、そこまでの母国におけるわが人生78余年は概ね「GIVE」の人生。「他利」に通じます。でも、この考え方は当時のヨシダには 皆無でした。幾分かの「被害者意識」も皆無だったと言ったら、聖人君子?でも、不思議なことに被害者意識は皆無でした。現在にして想うことは、裏返せば その分、「他利」の生き方を実践していた、させられてきた、という解釈であり自負です。
 さて、フィリピン生活に転じてからのこと。恥を偲んで の 話ですが、単身生活を送っているヨシダの生活状況をみて心配して助言してくれたのが他でありません、地元バランガイ事務所職員のアーネルという人物。と、 その前にはこんなこと もありました。娘さんみたいな若いフィリピン女性と結婚している同胞(日本人男性)がヨシダに言いました。「ヨシダさん、もし、孤独死でもしたらどうす る!? 死臭が漂って近所の人が初めて気付いて・・・」と。障害者のお爺さんが一人住まい、ともなれば、他人事でなく心配してもらったことはありがたいことでは あったのですが・・・。
 意に介さなかったヨシダでしたが、くだんの人物が紹介してくれて、乗り気ではなかったものの、まるで「押しかけ女房」って感じで居候状態。困惑する中で、心に決めたのは運を天に任せての同棲生活。
  ある日、一緒にクルマで銀行に行く途中のこと、被害事故に遭遇し、その処理等で彼女が表に出て、手際よくフィリピン人加害のドライバーや警官を相手に処理 してくれたのはヨカッタとして、それが発端となった金銭的な処理が彼女の心に魔を生じせしめたのです。
  泣きながら低賃金で子ども二人を養っているので・・・と謝るドライバーを放免したのはイイとして、金銭処理を彼女に任せたことから・・・が災いのもと。ク ルマがなくなって、ヨシダ自身の動きができなくなったことが彼女の采配の自由を招来。と、善意に解釈するのもヨシダ流ではあったのです。 端折っての話、 彼女の故郷の大きな持ち家に引越し。それからが、問題でしたが、飛ばしての話です・・・。
 同女を紹介したアーネルが責任を感じてのこと。親戚同士の縁を切って、ヨシダを「救出」してくれたのです。ヨシダはパソコン1台だけを持ってアーネルと姉の助っ人で「脱出」したのです。ヨシダの持ち物の全てをそのままにして(捨てて)、でした。
 他愛もない、かつまた、「ヨシダさんはドジ踏んだ」という声を覚悟の告白ですが、現在にして思うことは、此処でもヨシダは結果論ですが、「他利」に生きた、自利どころか、自損を承知の上で、ということです(笑)。
 ・・・ と、その助っ人・アーネルがヨシダを連れ戻して、此処で我慢して・・・というのが、到底、辛抱できない環境。翌日からアクションを起こしたのは、中流でイ イから一戸建ての借家手配。無一文だった当時のヨシダにとっては、次の年金需給日が頼り。受給した年金等の全ては奪われたとしても、これから受け取る年給 は手付かずかつ、確実な収入ってところで、心配はなかったのですが、後始末に要した支出は少なくなく、中流の名の知れたビレジ(住宅団地)での生活には 「資金繰り」が大変。それらをすべて取り仕切って処理してくれたのがアーネルでした。もろん、それを可能にしたのは「ヨシダの確実年金収入」という財源の 担保でして、それを前面に出したアーネルの金策でした。
 ヨシダの決断は素早かったです。アーネル家族との共同生活への決断でした。なにせ、か れ は地方行政事務所(バランガイ)勤務だけに収入は多くありません。ヨシダのオファーを断る理由は皆無。そこで始まったのが、自称:「相互扶助精神に基づく 運命共同体生活」でした。かれらを「貧困から脱出さす」という条件と裏腹に、「ヨシダの終生介護」という相互扶助・相互信頼協約です。具体的には、ヨシダ 受給の年金全てをアーネルに託して・・・という図式。他人が聞いたらビックリ仰天間違いありません。ちょっとやそっとで真似できるシロモノではありませ ん。この辺りのドキュメントは(も)「自利より他利」に通じます。

「他利人生」の総括
 ・・・と、自身の「秘話的」なことを臆せず記述するのは「自分史」執筆の身であることもありますが、大事なことは「他利」に生きながら、実は「自利」(終生面倒見を受ける)という事実をわが人生なかんずく、失敗体験を通しても言えることに気付いたのです。
  かくしてヨシダが最近になってしみじみ感じることがヨシダ人生のあり方に他ありません。つまり、自利を追うのでなく、他利を優先すれば自然と自利となって 戻ってくるというシナリオです。「まずは、冒頭に提示した他利の格言あり」ではなく、自らの人生選択肢から得た教訓であり得るのです。
 現在のヨシダは今まで以上に「達観」した心境で、アーネル家族の幸せを最優先して悔いることは全くありません。今まで以上の感謝の心を強めてアーネル家族らとの共同生活に甘んじているのが実情です。
  数年間に及んだ危機からの脱出生活と、それを取り仕切ってくれたアーネルに対しては最大限の幸せ追求を第一義としています。数年間に及んだ生活建て直しの 実現を得て、ようやく手にしたのが自家用車。存分に活用して幸せを獲得してくれ、と。それを受けたかのように振舞うのがアーネル。クリスマスともなれば、 貧しい子達へのプレゼント等、分に応じた奉仕活動をかれ自身が果たしています。
 不思議なものでして、「自利より他利」に生きることの幸せ感は 何ものにも勝ります。食するもの、生活する環境等々すべてが感謝、かんしゃ、カンシャ!となるのです。人間って、リッチな人でも多少の不満はあるもの。欲 にはキリがありません。ところが、どんなことが生じても、あっても、不思議と不満にならないのです!その分、パートナーたちが喜んでくれる、というシナリ オです。
 と、そんな人生経歴を得た現在のヨシダの胸に去来することに、心の中に絶えず感謝の念が起き上がることです。ひとつひとつの行動の中 で 起こるのが感謝の心にほかありません。一日にその感謝の心を捧げるのは何百回、何千回にもなるでしょう。「感謝、かんしゃ、カンシャ!」とする所以です。 異例とも言えるようなこの個人的なウェブサイトのトップ面に証言する編集者のヨシダの心境を臆せず記述しました。

 
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 ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。 

                        2016年3月8日(火)
                          ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
                                             
吉田祐起
                  
         (満84歳4ヶ月)  
                  (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)   

                                 yoshida@a-bombsurvivor.com
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