吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳4か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

  原爆証言者・吉田祐起の被爆現場証拠写真です。
 「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル別館」の画像検索結果
  2016年2月14日(日)午前3時頃のこと。ふと目覚めて色んなことに想いを巡らすなかで思いついたこと。それは被爆で九死に一生を得たという表現を 辞さない私の生々しい体験の場をこのサイトに再現することでした。ガバッと起きてデスクに向かいグーグルで関連写真を検索しました!ゲットしたのが上掲の 写真です。
 当時の私は学徒動員で広島電鉄本社電気課勤務でした。足が不自由なことからの事務所勤務。他の級友たちは電車・バスの修理工場配属 で した。左端の写真看板は現在の本社別館(右2枚の3階ビル)の前に設置されている半倒壊したビル画面と日英語説明文看板。2番目の白黒写真はその生々しい 倒壊した建物コーナーの写真です!
 朝礼を終えてビッコを引きながら薄暗い廊下伝いに電気課事務所に向かっていた瞬間の「ヒカ!ドン!」でし た。 あっという間に下敷きになりました。数秒の差で倒壊を免れた同課オフィスに辿り着いていたと、今更の如く想起し、感無量です。真っ暗なビルの下敷きで手を 合わせて死を覚悟しました。ふと、頭上にほのかな明かりが眼に入り、無我夢中で瓦礫をよじ登りました。子供心に想起することに倒壊した建物のてっ辺に這い 出た時の印象は「下界を見下ろす」って位置。顔面に吹き出る血をみて、「母ちゃ~ん!血が出ているよう~!」と泣きました。倒壊したあの建物の下敷きのわ が姿を生々しく再現再確認する次第です。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                                           English               
            2016年3月14日(月)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
   

  ヒロシマ・ヒバクシャのヨシダが発信する「オバマ米大統領の被爆市訪問」のこと
  フィリピンに来て間もない頃は2009年11月10日のこと。シンガポールで開催の APEC会議出席の前に東京に立ち寄られたオバマ大統領がNHK WORLDの記者の質問(今回の日本立ち寄りを機に、被爆市訪問の意図がありますか?) 対して答えられた言葉が鮮明です。"The schedules are too tight this time. However, I would like to have an honor of visiting some day during my Presidency."(今回はスケジュールが一杯でできないが、任期中の何時か訪問の栄に浴したい・・・)。その出来事を踏まえて即座に書いたのが、拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)です。クリックしてご覧ください。ヨシダはその後、その適切な訪問時期は、区切りイイ年次の「2010年ー65周年」として 公開書簡まで発表したものでした。しかし、それが実現しなかったことは、現在にして思うに、「2015年ー70周年」こそがベストな年次と提唱するに至り ました。
 ところが、8月に入ってもその気配は皆無。「2015年-70周年」に拘っていたヨシダは絶望と思いつめていたものの、考えてみれば 同大統領の任期は 2017年1月20日東部時間正午まで。とすれば、区切りは良いとは言えない「2016年ー71周年」になるのが精一杯。まいっか・・・と勝手に思ってい るところです。大統領任期中の「レガシー(遺産)づくり」としても、男の約束においても実現されるのがご本人のためだとさえ思うのがヨシダです。

 おって、ヒバクシャとして被害意識を強くする中で、オバマ米大統領が2011年の9.11の8周年記念式典(ペンタゴン)て遺族たちを前にスピーチした言葉の一節を下記に掲載します。「被害意識」が先行するヒバクシャのわれわれが共有すべき貴重な言葉と受けとめます。なお、この崇高なる大統領の言葉は"Ceremonies Mark 8th Anniversary of September 11 Terrorist Attacks"の中ほどに小さく載っていたもので、目立たないものです。中見出し付きもしくは、太文字表示されるべき価値あるものと考えます。
"Let us renew the true spirit of that day. Not the human capacity for evil but the human capacity for good - not the desire to destroy but the impulse to save and to serve and to build," あの日の真実の心を新たにしましょう。 悪に対する人類の能力としてでなく、善に対する人類の能力としてです。-破壊することへの欲望でなく、守り、奉仕し、建設するための推進力としてです。(オバマ米国大統領・翻訳;吉田祐起) 
            「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果         「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果
   (注:このトップコメントは2016年8月6日まで掲載します。しぶといでしょう、ヨシダは・・・笑)

                
                   ウィキペディアから拾った3月14日の「できごと」 
                             March 14 Events(英語版) 
                                   「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。★なおまた、「ウィキペディアのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・★なお、英語版の掲載は本家 米国が主体性であるにかんがみ、世界的視野からの「できごと」を知る意味で日本語版との重複は無論、除外してそのまま掲載しております。同英語版のリンク をクリックすると
日本語版には見られない内容豊かなコンテンツが目に付きます。
     2      「eli whitney」の画像検索結果        関連画像 「eli whitney」の画像検索結果 関連画像「Cotton gin」の画像検索結果5「The Mikado, 1885」の画像検索結果
        「The Mikado, 1885」の画像検索結果 「The Mikado, 1885」の画像検索結果「The Mikado, 1885」の画像検索結果「The Mikado, 1885」の画像検索結果「The Mikado, 1885」の画像検索結果 12「(12)1927年 - アメリカの親日家・シドニー・ギューリックが日本に贈呈した青い目の人形の「ミス・アメリカ」など各州代表人形が日本に到着。」の画像検索結果   「(12)1927年 - アメリカの親日家・シドニー・ギューリックが日本に贈呈した青い目の人形の「ミス・アメリカ」など各州代表人形が日本に到着。」の画像検索結果  「(12)1927年 - アメリカの親日家・シドニー・ギューリックが日本に贈呈した青い目の人形の「ミス・アメリカ」など各州代表人形が日本に到着。」の画像検索結果
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     「1943年 - 第二次世界大戦: クラクフ・ゲットーの全住民が強制収容所へ移送もしくは殺害され、ゲットーが解体。」の画像検索結果     関連画像「1943年 - 第二次世界大戦: クラクフ・ゲットーの全住民が強制収容所へ移送もしくは殺害され、ゲットーが解体。」の画像検索結果       関連画像「1943年 - 第二次世界大戦: クラクフ・ゲットーの全住民が強制収容所へ移送もしくは殺害され、ゲットーが解体。」の画像検索結果18「1947, usa and philippines signed treaty for using clark airport until 2046」の画像検索結果「clark airport in philippines, 1947」の画像検索結果
    「clark airport in philippines, 1947」の画像検索結果 「clark airport in philippines, 1947」の画像検索結果 「clark airport in philippines, 1947」の画像検索結果     26「1970年 - 日本万国博覧会(大阪万博)が開幕」の画像検索結果「1970年 - 日本万国博覧会(大阪万博)が開幕」の画像検索結果            「1970年 - 日本万国博覧会(大阪万博)が開幕」の画像検索結果    「1970年 - 日本万国博覧会(大阪万博)が開幕」の画像検索結果    
                                  「1970年 - 日本万国博覧会(大阪万博)が開幕」の画像検索結果「1970年 - 日本万国博覧会(大阪万博)が開幕」の画像検索結果「1970年 - 日本万国博覧会(大阪万博)が開幕」の画像検索結果「1970年 - 日本万国博覧会(大阪万博)が開幕」の画像検索結果
44 BCCasca and Cassius decide, on the night before the Assassination of Julius Caesar, that Mark Antony should stay alive.
(1)313年永嘉7年2月1日) - 永嘉の乱: 漢の捕虜となった西晋の皇帝・懐帝が漢の皇帝・劉聡により処刑される。
1381Chioggia concludes an alliance with Zadar and Trogir against Venice, which becomes changed in 1412 in Šibenik.
1489 – The Queen of Cyprus, Catherine Cornaro, sells her kingdom to Venice.
1590Battle of Ivry: Henry of Navarre and the Huguenots defeat the forces of the Catholic League under the Charles, Duke of Mayenne during the French Wars of Religion.
1592 – Ultimate Pi Day: the largest correspondence between calendar dates and significant digits of pi since the introduction of the Julian calendar.
1647Thirty Years' War: Bavaria, Cologne, France and Sweden sign the Truce of Ulm.
1757 – Admiral Sir John Byng is executed by firing squad aboard HMS Monarch for breach of the Articles of War.
1780American Revolutionary War: Spanish forces capture Fort Charlotte in Mobile, Alabama, the last British frontier post capable of threatening New Orleans in Spanish Louisiana.
1782Battle of Wuchale: Emperor Tekle Giyorgis I pacifies a group of Oromo near Wuchale.
(2)1794年 - イーライ・ホイットニー綿織機英語版特許を取得する。
(3)1872年明治5年2月6日) - 出雲石見地域(島根県西部)でM7.1の浜田地震が発生。
(4)1873年 - 明治政府が日本人と外国人の国際結婚を認める条規を制定。
(5)1885年 - オペレッタミカド』がロンドンで初演。
(6)1898年 - スイスサッカークラブBSCヤングボーイズが創設される。
(7)1899年 - 正岡子規根岸短歌会を創始。
(8)1900年 - アメリカで、金本位制を採用した金本位法英語版が公布。
1903 – The Hay–Herrán Treaty, granting the United States the right to build the Panama Canal, is ratified by the United States Senate. The Colombian Senate would later reject the treaty.
・1903 – The
Pelican Island National Wildlife Refuge is established by US President Theodore Roosevelt.
(9)1905年 - イングランドのサッカークラブチェルシーFCが創設される。
1910Lakeview Gusher, the largest U.S. oil well gusher near Bakersfield, California, vents to atmosphere.
(10)1915年 - 第一次世界大戦: ドイツ海軍巡洋艦ドレスデン」がチリ沖でイギリス海軍の攻撃を受け沈没する。
1926El Virilla train accident, Costa Rica: A train falls off a bridge over the Río Virilla between Heredia and Tibás. 248 are killed and 93 wounded.
(11)1927年 - 国会で片岡直温大蔵大臣東京渡辺銀行が倒産したと失言。昭和金融恐慌のきっかけになる。
(12)1927年 - アメリカの親日家・シドニー・ギューリックが日本に贈呈した青い目の人形の「ミス・アメリカ」など各州代表人形が日本に到着。
(13)1929年 - 茨城県新治郡石岡町(現・石岡市)で石岡大火が発生[1]
1931Alam Ara, India's first talking film, is released.
1936The first all-sound film version of Show Boat opens at Radio City Music Hall. (There had been a part-talkie, part-silent version of Show Boat in 1929.)
(14)1937年 - ローマ教皇ピウス11世ナチス・ドイツ宗教人種政策を批判する回勅「ミット・ブレネンデル・ソルゲドイツ語版」を発する。
(15)1939年 - チェコスロバキア併合: ナチス・ドイツによってチェコスロバキアが解体され、スロバキアが独立宣言。
1942Orvan Hess and John Bumstead became the first in the United States successfully to treat a patient, Anne Miller, using penicillin.
(16)1943年 - 第二次世界大戦: クラクフ・ゲットーの全住民が強制収容所へ移送もしくは殺害され、ゲットーが解体。
(17)1945年 - 第二次世界大戦: イギリス空軍第617中隊グランドスラム爆弾を初めて使用し、ドイツのビーレフェルト鉄橋の2箇所の目標を破壊。
(18)1947年 - アメリカ合衆国フィリピンが、2046年までクラーク空軍基地の使用を認める協定に調印する。
(19)1950年 - 大学設置審議会短期大学113校の設置を認可。
(20)1951年 - 朝鮮戦争: 国連軍ソウルを再奪回。
(21)1953年 - スターリンの死後、後継で首相兼筆頭書記となったマレンコフが、就任9日目で筆頭書記を辞任し、フルシチョフを後継に指名。
(22)1953年 - 衆議院解散バカヤロー解散)。
(23)1954年 - モスクワ地下鉄5号線環状線が全線開通。
(24)1964年 - ケネディ大統領暗殺事件ケネディ米大統領の暗殺犯とされたリー・ハーヴェイ・オズワルドを射殺したジャック・ルビーに有罪判決が下される。
(25)1965年 - 作家・戸川幸夫が沖縄・西表島で頭骨と毛皮を発見したヤマネコが新種であると鑑定される。1967年に「イリオモテヤマネコ」と命名。
1967 – The body of U.S. President John F. Kennedy is moved to a permanent burial place at Arlington National Cemetery.
(26)1970年 - 日本万国博覧会(大阪万博)が開幕。
(27)1970年 - 日本原子力発電敦賀発電所が営業運転開始。日本最初の商用軽水炉
1972 – Italian publisher and former partisan Giangiacomo Feltrinelli is killed by an explosion near Segrate.
(28)1975年 - 中核派書記長内ゲバ殺人事件
1978 – The Israel Defense Forces invade and occupies southern Lebanon, in Operation Litani.
1979 – In China, a Hawker Siddeley Trident crashes into a factory near Beijing, killing at least 200.
(29)1979年 - 日本全国の電話網で、交換手を要しない自動化が完了。
1980 – In Poland, LOT Flight 7 crashes during final approach near Warsaw, killing 87 people, including a 14-man American boxing team.
1984Gerry Adams, head of Sinn Féin, is seriously wounded in an assassination attempt in central Belfast.
(30)1985年 - 東北新幹線大宮駅 - 上野駅間開業。大規模なダイヤ改正を同時実施。
(31)1986年 - ハレー艦隊: 欧州宇宙機関ハレー彗星探査機「ジオット」がハレー彗星の核から600kmの距離まで接近。
(32)1987年 - 最後の捕鯨船が帰国の途につき、53年にわたる南氷洋での日本の商業捕鯨が終了。
(33)
1988年 - スプラトリー諸島海戦ベトナムが統治していた南沙諸島ジョンソン南礁中華人民共和国が攻撃し、統治下とする。
(34)1991年 - 広島新交通システム橋桁落下事故
(35)1992年 - 東海道新幹線にて「のぞみ」が運転開始。
(36)1994年 - Linuxカーネルのバージョン1.0.0がリリースされる。
1995Space exploration: Astronaut Norman Thagard becomes the first American astronaut to ride to space on board a Russian launch vehicle.
(37)1996年 - 薬害エイズ事件ミドリ十字が責任認めて謝罪。
(38)1997年 - 重慶市直轄市に昇格する。
(39)2004年 - 2004年ロシア大統領選挙が行われ、現職のウラジーミル・プーチン大統領が再選される。
(40)2004年 - スペインで総選挙が行われ、スペイン列車爆破事件の影響により与党国民党が敗北する。
(41)2005年 - 中華人民共和国反分裂国家法を制定する。
2006 – Members of the Chadian military fail in an attempted coup d'état.
2007 – The Left Front government of West Bengal sends at least 3,000 police to Nandigram in an attempt to break Bhumi Uchhed Pratirodh Committee resistance there; the resulting clash leaves 14 dead.
・2007 – The first
World Maths Day was celebrated.
2008 – A series of riots, protests, and demonstrations erupt in Lhasa and elsewhere in Tibet.
(42)2008年 - スイス・フランアメリカ合衆国ドルが初めて同じレートになる。
(43)2008年 - 寝台特急「なは」・「あかつき」がこの日発の運行限りで廃止。これにより関西 - 九州間の定期寝台列車が消滅。
(44)2009年 - この日のダイヤ改正JR東海在来線ホームをJR各社では初めて完全禁煙化
(45)2011年 - 東日本大震災福島第一原子力発電所事故: 福島第一原子力発電所の3号機が水素爆発。
(46)2015年 -北陸新幹線長野駅 - 金沢駅間、上野東京ラインが開業。

                         インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 


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   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 

ただ今、 6172です。  
2016年3月14日(月)掲載分
昨日3月13日最終のトップページ
編集者のダイアリー・コナー

 本日「3月14日のできごと」でヨシダが特記したいものは、「
(18)1947年 - アメリカ合衆国フィリピンが、2046年までクラーク空軍基地の 使用を認める協定に調印する」です。ほかでもありません、同空港はフィリピン・米国間で現下の中国の公海進出に対する危機感から、同空港の再利用が想像さ れるからです。同空港が閉鎖された理由は当時のマヨン火山の大噴火で空港が事実上使用不能になったからだけに、その潜在的価値は米フィ間では依然として存 在すると思うからです。
 本日最初の記事はメルマガ情報が主。「No.6169:米国よ、本気か? 現実味を帯びてきたトランプ次期大統領MAG2 NEWS 2016.3.14.編集部:『高城未来研究所』著者・高城剛氏の考え)」がそれです。筆者主人公の高城剛さんは極めてユニークかつ説得力ある内容とヨシダは観ます。アメリカの大統領選挙戦は想像を絶する資金力。巨大な資金力を持つもの同士が組んだら白は赤ににもなりかねないって感じです。(11:10)

 ふと、傍らのXPが受信した別の記事「
爆買い中国人が日本を去り、「最悪マナー」の旅行者に荒らされる観光地が 目がとまりました。「最悪マナーの旅行者」は(も)中国人を意味します。つまり、爆買い中国人が普通の旅行者に転じるということ。マナーの悪い観光者に転 じるという危惧です。取材価値は充分とみますが、先に進めないのがヨシダの悩み(?)。(12:05)            
 「No.6170」のヨシダブログを暫時休憩してのこと・・・。息抜き方々、プライベートなことですが、自身に言い聞かせる意味で話題を変えます・・・。To be continued.....
 ・・・ と、ヨシダにとっての「息抜き」は実に奇妙なものであることは否定できません。健常者だったら、逆にストレスになり得るシロモノであるからです(笑)★ デスクに向かって仕事に励んでいる時にヨシダ感じ、かつ必要とすることは、「右肩に僅かに残り、時おり不快感を招来する『小さなコリ」に対するチャレンジ にほかありません★ステッキを使って歩く時の無理な長年の姿勢が招来したのが両肩の著しいコリ現象。離日を決意した次点で、従来の全身的自己流ストレッチ ング体操から、「肩こり解消集中努力」にシフトしてかれこれ、10年余!そのことだけで聞く人にビックリ感すら与えるでしょう★フィリピンに来てからのそ のヨシダ努力の実績の一端をここでブログする代わりに添付するのが拙著「『肩こり解消』の自助努力法を伝授します」 (2012.3.24.)ですが、現在はそうした不屈の精神ではじめた肩こり解消努力は、前述したとおりの僅かな部位の執拗な「居座り」みたいなものに対 する集中攻撃★そこでヨシダが医学知識の云々でなく、当事者体験から来る肉体的なある種の「トレンド」を体感します。つまり、一旦、石みたいに凝り固まっ た筋肉や筋肉すじ(医学語は?)は圧力や引き伸ばし外圧を与えて癒えたようでも、暫くすると、「元のこった状態に戻ろうとする習性がある」ということで す。シーソーゲームみたいにやって、徐々に柔らかくなるのだという認識です★じじつ、こんな体験をしてきています。両肩を上に持ち上げて肩が耳の近くにく るまでする行為でのこと。従来は3回ほど「コックン、コックン、コックン」といった感じのコリの「山越え音」がありました。つまり、固まった筋肉すじが外 圧で移動する時の音。第一回の山を越すときに「コックン」、第二のそれで「コックン」、三個目の山でもうひとつコックンといった調子。それが現在では全く 失せました!★つまり、大きなコリ塊は失せた(解消した)ことでして、前述した極め微小のコリが残っていて、山越えで発するコックンは生じないほどに微小 化したということです★そこでですが、当事者のヨシダは言わば、極小化したコリの塊と一騎打ちって按配。根気よくチャレンジすると完全に癒えるのですが、 それとて、暫くすると再び元の状態になろうとする肉体的習性の繰り返しってのが現状です★その背景には一旦、デスクワークに入ると数時間はぶっ続け。若者 顔負けの、一日10数時間という「激務」であるだけに、極小の塊クンの元に戻る習性が発生するのです。言わば、自身の身体なかんずく、くだんの局部が警告 を発してくれている、という解釈と自覚です★そんなことから、不快感の発生は警告と解釈して、即座に対応します。根気比べの段階と割り切って、執務中に胸 部に違和感を感じたら、即座にフロアに這いつくばって「ヨシダ考案ゴルフボール付き小道具」の世話になるのです。その間の心地よさは按摩やマッサージの自 助努力って感じ。自分か感じ、自分の身体が求める急所を狙って自身が納得できる力と時間をもって・・・という図式で満足この上もありません★ともあれ、肩 こり解消に全精力を投入し始めて足かけ10年余。通常の人たちだったら及びもつかない、思っても実行できない根気を要する自助努力。ヨシダ人生の語り草足 り得るでしょう(笑)★おっと、XPパソコンが受信した長文の記事が目にとまりました。題して「トランプはなぜ勝ち続けるのか?米国民の本音を現地で徹底調査(上)・(同下)」(DIAMOND Online)です。長文の記事ですが、ひとまとめにして編集するかな・・・と思案中★ひと休みと思ったら、次の取材仕事が待ち受けます。ボツボツ、本業(?)に戻るかな・・・って気分です。(16:00)

 欲張って、上掲のトランプ候補関連の記事上下巻を一気に編集しました。「No.6171:トランプはなぜ勝ち続けるのか?米国民の本音を現地で徹底調査(上)DIAMOND Online2016.3.14.長野美穂・フリーランスジャーナリスト(在米))」、「No.6172:トランプはなぜ勝ち続けるのか?米国民の本音を現地で徹底調査(下)DIAMOND Online2016.3.14.長野美穂・フリーランスジャーナリスト(在米))」がそれです。トランプ候補には当初からネギャティヴな姿勢をとったヨシダですが、なんだかトランプ候補支持者の気持ちにある種の理解(?)を感じさす記事ではあります・・・。(20:00)

No.6172
トランプはなぜ勝ち続けるのか?米国民の本音を現地で徹底調査(下)
DIAMOND Online2016.3.14.長野美穂・フリーランスジャーナリスト(在米)
ヨシダブロ:本記事(上)より、この下巻のほうがトランプ寄りに感じる事例をみる内容です。トランプ熱もどうやら、根が深い感じです。その実態を指摘する本記事筆者・長野美穂さんの分析力には理解を抱かざるを得ないほどの現地レポートと感じます▼「中見出し」は、■ 「オバマを継承するヒラリーはダメ トランプが指名を得たら必ず勝たせる」、■子どもでも理解できる 発言のわかりやすさが最大のウリ、■外国人が米国に 来なくなる! 「トランプ断固阻止」のガイドブック関係者、■とてつもない金持ちになりたい トランプは「富」のロールモデル・・・と続きます▼それにし ても、国際政治にはド素人の身のヨシダの思うこと。いずれのセクトも応分の選択肢の根拠を持つもの。歴史は繰り返す、ではありませんが、振り子の原則みた いなもの。右に余計に振れば、その反動でその分、左に大きく振れ戻り、その繰り返しが世界の歴史。大事なことは、その転換期で大きな代償を国民が負わぬこ と、とブログしたら生意気でしょうか?▼それにしてもヨシダのハンセイすることに、トランプ候補のデビュー当初から感じたことに「万一、トランプ候補が大 統領になったら、アメリカ人もジ・エンドだ・・・」といった趣旨のブログをした身ですが・・・、なんとも複雑な心境を招来する現下のアメリカ人有権者の動 向ではあります▼ちなみに、「質問: トランプを支持する?」 に対する回答は、「支持しない70.09%、支持する15.69%、どちらとも言えない14.22%」です。緊密な日米関係を反映する、それは日本人の本 音と映ります。波風を立てて欲しくない、が日本側のホンネかもしれませんネ▼なにせ、民主主義精神とそのあり方等の選択肢の日米差は比較できなほどの格差 があるから、と考えブログするのがヨシダです。日本人の事なかれ主義と棚ボタ民主主義と、命懸けで生んで育ててきた民主主義本山の名を欲しいままにするア メリカ人との大きな差異を痛感さす上下巻の長野美穂記者の分析に敬意を表します。(写真13枚添付ファイル
   「ロサンゼルスのレストラン関係者が苦境」の画像検索結果「ロサンゼルスのレストラン」の画像検索結果「ロサンゼルスのレストラン」の画像検索結果 「ロサンゼルスのレストラン」の画像検索結果  「ロサンゼルスのレストラン」の画像検索結果 
   「「TRUMP」とロゴが入った金色のホテル」の画像検索結果 「「TRUMP」とロゴが入った金色のホテル」の画像検索結果「「TRUMP」とロゴが入った金色のホテル」の画像検索結果   「「TRUMP」とロゴが入った金色のホテル」の画像検索結果     「「TRUMP」とロゴが入った金色のホテル」の画像検索結果  「「TRUMP」とロゴが入った金色のホテル」の画像検索結果
                                        「長野美穂 (フリーランス・ジャーナリスト)」の画像検索結果
No.6171
トランプはなぜ勝ち続けるのか?米国民の本音を現地で徹底調査(上)
DIAMOND Online2016.3.14.長野美穂・フリーランスジャーナリスト(在米)
ヨシダブロ本編では、二人のアメリカ人市民(ひとりはジュディ・ニールという一般の女性。ひとりは弁 護士のデイビッド・ゴンデック氏)を通したトランプ候補に対する対照的な意見を抱く例をレポートした記事。日本人女性ジャーナリスト筆者・長野美穂さんの 当事者に密着して得た率直なレポートであるとみます▼ふと、ヨシダの脳裏を掠めること。それは移民政策の大本山とも言えるアメリカ。それだけに、日本みた いな移民拒絶国が経験したことのない国民とでは、結果はどうであれ、現下の諸問題を抱えたなかでの大統領選挙だけに、複雑です▼様々のプラス・マイナス面 を何世紀も体験してきているお国柄だけに、われわれ日本人には理解し難い移民政策論議の白熱化。プラス・マイナス面を体験してきただけにみられる選挙民の 複雑な選択肢、といった受けとめ方もある感じがします▼「中見出し」は、■「トランプ大統領」を求める米国民の知られざる声、■イスラム教徒の入国阻止を支持 テロの記憶に今も怯える60代女性、■徴兵制が復活され戦争に突入? 弁護士が恐れるトランプの人心掌握術、■「モラルがないから貧困に陥った」 共和党が振り撒く暗黙のメッセージ・・・と続きます▼さて、後編の内容は・・・。写真5枚添付ファイル
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No.6170
かくも夥しき「反ヒラリー」票。「反トランプ」票のゆくえ  二大政党は周期的再編期にはいった
「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」通算第4848号2016.3.14.宮崎正弘
ヨシダブロ米 国の大統領選に対する充分な認識を持たないヨシダですが、現時点で関心を強くすることは、「もし、トランプ候補が共和党候補に決まったら、アンチ・トラン プの共和党選挙民の票は民主党候補の誰に!? それとも・・・?」という点です▼そんな折に興味ある関連記事にヒットしたのが本記事です・・・・・・▼民 主・共和両党とも、複雑な問題を抱えているなかでの今回の選挙戦の実情。「もし・・・」という問題は両党とも抱えている課題です▼・・・と、ブロガーヨシ ダの弁ですが、ちょっと、この辺りで別件気付きがあり、そのことを「ダイアリー」でブログしたくなりましたので、ひと息入れて、「編集中」に留めて暫時、 編集保留としますので、悪しからず・・・▼ちなみに、本記事の「中見出し」は「▼政党間のスィング現象は周期的におきている」とひとつだけ。それだけに、その複雑さが想像されます▼To be continued....と思いましたが、次々と控える興味深い記事があるので、ピリオッドにして次に移ります。写真5枚添付ファイル
         「「反ヒラリー」票。「反トランプ」票」の画像検索結果  「「反ヒラリー」票」の画像検索結果
   「「反ヒラリー」票」の画像検索結果「「反ヒラリー」票」の画像検索結果「アンチ・トランプ&アンチ・クリントンの票の行方」の画像検索結果
No.6169
米国よ、本気か? 現実味を帯びてきたトランプ次期大統領
MAG2 NEWS 2016.3.14.編集部:『高城未来研究所』著者・高城剛氏の考え

ヨシダブロ本記事唯一の「中見出し」は、■ トランプの大統領候補リアリティショーとあります。まさにトランプ候補の現在の人気は、この「リアリティーショー」にあること知り、愕然としています。ト ラ ンプ候補のテレビ映像第一発を観て「こんな人物を大統領に選んだらアメリカ人はジ・エンドだ・・・!」と絶句すしたのがヨシダであるからです▼いままで多 くの関連記事をみてきた中で、同候補の人気の原点を見せつけられた心境で愕然たる想いを禁じ得ません▼その原因を当該画像を追いながら学んでいきま す・・・▼ちなみに、くだんのショーの名「Apprentice(弟子)」の言葉はヨシダが人生第一毛作の独立自営業を始めた満15,6歳時代に知りま した。少年ヨシダ自身が終戦後に義兄の助言を受けて技術者になるべく、当時のお金で8千円也を支払って「弟子入り」を体験し、かつ、その後は逆に給料を 払って「弟子を雇った」経験者であるからです▼・・・ と、そんなことから、本日最初の本記事(メルマガ情報)のヨシダブログが長くなることは避けられませんので、悪しからず▼ブログの前に当該写真を先んじて 拾います。くだんの「リアリティショー」とは何ぞや!?をヨシダ自身が知りたいからです。おっと、陰の声を意識します。「ヨシダさん、このテレビ番組を今 まで知らなかったの!?」と。でも、知っていたら、トランプ候補のあの人気の原点をもっと早くに自覚し、そのことに言及(ブログ)したでしょう。母国の有 識者でその ことを指摘した人物は本記事が語る「高城剛」さん以外にありません。少なくともヨシダの知る限り・・・デス▼添付写真最上段の人物が「リアリティー ショー」の原作者・Mark Burnettさん。ひとつのテレビ番組創作者でなく、大経営者です。英国生まれの人物ですが、現 在はかの有名な MGM Television and Digital Group.の経営者という大人物。創作者がそんな人物ですから、大衆の心を掴むが如き番組の発想や制作なんて、お茶の子さいさいといったところ▼と、忘 れない内のブログをひとつ。トランプ氏は大金持ち、それを人気ショー「リアリティーショー」に担ぎ出したバーネトさんも大金持ち。大金持ち同士が手を組め ば・・・とブログしたら下衆の勘繰り・・・?。でも、それだけに、コワイですよね。なにせ、米国大統領候補は日本人が想像を絶する選挙資金が必要かつ動い ているからです▼・・・とブログすればキリのない感じ。本筆者・高城剛さんの前回掲載した記事は、「No.5903老いた中国経済が、世界を揺るがす衝撃のシナリオMAG2 NEWS2015.12.3.(11.25日付)高城未来研究所 高城剛)です。ユニークかつ、リアリティーに満ちた内容とヨシダは観ています。(写真20枚添付ファイル
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   「高城剛著書」の画像検索結果「高城剛著書」の画像検索結果「高城剛著書」の画像検索結果  「高城剛著書」の画像検索結果「高城剛著書」の画像検索結果「高城剛著書」の画像検索結果「高城剛著書」の画像検索結果「高城剛著書」の画像検索結果「高城剛著書」の画像検索結果「高城剛著書「『ヤバいぜっ! デジタル日本』」」の画像検索結果

 昨日13日の記事3編を下記に掲載していましたが、本日14日の第一記事掲載(11:00)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。 

                         「末尾の特別情報お知らせコーナー」
  以下のコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するもので して、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。なお、上掲のリンクをクリックすると、そ の下書き的なテーマや内容の一端が垣間見られます。


              自然に到達した「自利から他利」の実践とその心
   近年のこと、ときおりヨシダが自身の人生の生き方を巡って使う言葉に「自利から他利へ」といった趣旨の考え方とその実践があります。
  この文句(思想)は別段、学んで得たものでなく、わが人生を振り返りつつ、現在のそれらとわが心境からしてヨシダの心の中に自然に発生したと言ったほうが 適切なものであることを告白します。教えられて・・・といった類の人生哲学ではないことを強調します。もっとも、それを裏返せば、由緒あるこの言葉の由来 を知らなかった、というヨシダの無学ぶりを曝け出すことになるのですが、祐起がユウキ(勇気)を出して告白の念をこめて記します。
 念のためにグーグルで当該言葉を検索してヒットした言葉を紹介します。
                「TKC全国会の基本理念 「自利トハ他利ヲイフ   

                           「飯塚毅」の画像検索結果
 
大乗仏教の教諭には「自利利他」の語が実に頻繁に登場する。解釈にも諸説がある。その中で、私は「自利とは他利をいう」と解するのが最も正しいと信ずる。

 仏教哲学の精髄は「相即の論理」である。般若心経は「色即是空」と説くが、それは「色」を滅して「空」に至るのではなく、「色そのままに空」であるという真理を表現している・・・・(飯塚毅)」と続きます。詳細は上掲のリンクからご覧ください。
  なお、TKCというのはご存知と思いますが、「株式会社TKC」という、宇都宮市に本社を置く会計事務所、税理士事務所や地方公共団体などの情報サービス を行なう企業でして、ヨシダが経営者人生を通じて世話になった税理士先生が属しておられた組織です。今回、本欄の修正作業中に出会った記事として喜んでい ます。追って、本コラム末尾に掲示している関連「色紙」の一つが奇しくも、本欄筆者・飯塚毅博士揮毫のものです。 
  さて、此処でヨシダが強調したいことは、ヨシダのベンキョウ不足が招来した「言葉(教え)を踏まえた他利の生き方」ではなく、「言葉の前のヨシダ自身の人 生体験とその実践を踏まえた結果の到達点」とでも言える「自利から他利」といった生き方に、あらためて意義と価値を知ることを喜んでいます。蛇足の弁を補 足します。クリスチャンのヨシダが早くから接した同じような聖書の言葉に「Give and you shall be given.(与えよ、さらば与えられむ)」がありますが、日英語の微妙なニュアンスの差異を感じないでもありません。

  再度強調したいことは、ヨシダのベンキョウ不足が招来した「言葉(教え)を踏まえた他利の生き方」ではなく、「言葉の前のヨシダ自身の人生体験とその実践 を踏まえた結果の到達点」とでも言える「自利から他利」といった生き方に、あらためて意義と価値を知ることを喜んでいます。以下に、この言葉を巡るがごと く のヨシダの生き様の一端を披瀝します。

ポリオが招来した人生観
  笑い話的になりますが、ヨシダは赤子の時にポリオに罹り、両足の自由を失いました。健常者からみれば、その時点で他利どころか、自利の自由を奪われたよう なもの。不思議なことに、物心がついてからでも、恨んだり悔やんだりの他人のせいにしなかったこと。不自由な身体で他利ではなく、自利でもなく、如何にし て歩く(目的場所まで)かといったことが課題でした。
 幼年・少年時代のヨシダがわが身の障害に対して自覚しかつ、大きな示唆を得た出来ごとが あ ります。家庭の都合(一家の柱・親父を失った後の長男としての自覚)で夜間高校に通いながら働いていた時代のこと。戦後初めてという広島県下高校弁論大会 で優勝したのが縁。タイトルは「How I've fought my way out.(如何にしてわが逆境を克服したか)と」題したもの。
   英語の殿堂・ミッション・スクールの女学生を向こうに回して優勝したのが縁で、親しくした米人女性宣教師(ミス・アンダーソン)(故人)がユウキにくれた 言葉が現在にして活きています。「ユウキ、ポリオは神さまから授かったもの。それを克服して生きることで神さま の栄光を世に現わすことになるのですよ・・・」でした。
 つまり、ポリオは神さまの贈り物。感謝して受けとめ、その価値を世に現わせ、という受けとめ方でした。その意味では「他利」どころか、両親に心配をかけた親不孝者。自身に向けては障害克服という名の「自利」ではあったでしょう。

人生第一毛作が招来した「他利」への生き方の芽生え
  父亡き後のヨシダ家長男を意識して「自立」への位置を早くにしたヨシダは、当時の義兄(長姉の婿)の進言をうけて職人自営業に入りました。得意の英語を駆 使して先進国アメリカの技術をマスターし、自身が発明開発した器具商品等の販売指導を含めて全国規模で活動しました。大阪の商社と手を組んでのことでした が、むろん、当時の青年ヨシダは大の男顔負けの稼ぎをしたものですが、それ以上に「他利」を果たしました。具体的には数えきれないほどの「弟子」を抱えて 指導したこと。
 最大の「他利」は人生第ニ毛作への転換を機に、当時雇用していた若い弟子に、工具設備一式と商権全てを無償で譲渡しま した。ここでも「他利」を実践したと自負します。もっとも、その裏では、当時の大の男が顔負けの稼ぎをしたことは(も)事実ですが、他利のほうがはるかに 大だったと自負します。

人生第二毛作の終盤で「他利人生」
  長じて結婚した相手との出来事が第二の「他利」 になったとは、半世紀以上も経った現在のヨシダの解釈。他愛もないことに、先ずは耳(目)をお貸しください。プライバシーをあえて披瀝するのは結果論に過 ぎませんが、ヨシダの「自利より他利」の心を裏付ける結果になったからです。恥を忍んでの告白めいた証言です(笑)。
 当時の家内の養父母創業の小さな運送事業を創業者死去で「身売り」寸前のところ、白羽の矢がヨシダに当たったのです。当時のヨシダは米国から導入した新技術や自身が発明開発した技術や器具の販売指導等で、二十歳時代から全国を講演・実演旅行で飛び回っていた時代。
  特に強調したいのは当時の広島県会議員さん(議長職のご人物だったと記憶します)がそれを高く評価してヨシダの耳に入れてくださった言葉が現在にして鮮明 です。「吉田君、公費で米国実習留学しないか?」と。今から考えると「飛びつきたいほどの誘い」でしたが、平然と聞き流したのです。現在(当時)の目先の ミッションに一層の魅力と生き甲斐を感じていたからです。笑い話ですが、万一、それを受けて渡米していたら、現地のアメリカ人女性と結婚してアメリカに本 拠を持つ身になっていただろう・・・と。これって、ホントに起こり得たであろうことへのヨシダの回顧です。
 ということからの自負もあったりで、請われて家内の養父母創業の個人事業を継承したものです。その後、32年間に及んだ同事業経営でしたが、曲がりなりにも「7社グループによる総合物流商社体制」を確立したものです。
 ・・・ と、ここまではイイとして、養母の死がある事件を誘発しました。世にある「お家騒動」でして、財産相続を巡る家内側の問題。上場企業に勤めていた 彼女の弟を引き抜いて子会社の社長に据えていたまではヨカッタとして・・・と、後はご想像に任せたほうがイイでしょう。
  と、世にも不思議な要請が家内から出てきたのです。「養父母死去で家名が絶えた。草葉の陰で両親が嘆いているので旧姓に戻して(離婚して。でも今まで通り の一 緒の生活で・・・)という常識を逸した要求!ハイ、自尊心の低くないヨシダは振り切って家を飛び出しました。ちなみに、その家は税務署の進言で「社宅」に していたのです。全てをGIVEして「他利」に徹したものでした。
 お家騒動の発端は特筆に価します。会社規模を大きくなるにつれて台頭してき たのが、従業員側のある種の思想。「会社も大きくなったのだから、労働組合があってもイイだろう・・・」といった概念。2回労組つぶしを体験して3回目の 労組結成を前にしたヨシダの胸中に飛来したことは、「ヨシ、中小企業では稀にみるような『近代的労使関係』を樹立してやろう」といった意地でした。
 最初の行動は、「7社グループ企業の決算書期分(計21通)をドカ~ンと労組にさらけ出したのです。結果は労組側からの「自主的賃下げ提案」でした。
 実はこのことが旧創業者家族(家内とその弟、なかんずく後者)の陰謀を招来したのです)。その陰謀を語る前に避けて通れないある事実がありますので、以下に記します。
  第一次オイルショック直後のこと、当時、ヨシダ個人で取得した住宅地購入がありましたが、「土地ブームは去った」の考えのもと、まだ、数回の銀行借り入れ 返済金を横目に一気に売却したのです。「土地ブームは去った!」がヨシダの洞察でした。じじつ、後年、その通りになりました。
 土地ブームに陰りが出る直前だっただけに、売却益は相当ありました。具体的には、「1.会社資本金(当時5百万円)を倍額増資、2.自家用給油所建設、3.創業者墓の建設、4.余った金をある別荘地購入」の4つをやり遂げたのです。
  諸悪(?)の根源は、「倍額増資」を第三者割り当てですべきところ、「気前よく」、従来の持ち株比率で増資したのでした。相当額のお金を他の親族株主に無 償提供したのです。肝心のヨシダの持ち株比率は 「49.9%」(支配株主権未満)でした。家内(当時)のそれと合わせれば、90%以上が株主構成比率。まさか・・・がポイント。その背後に暗躍したのが 家内の実弟。かれが唆したのです。蛇足ですが、後年、その姉弟は仲たがいして放逐され、現在はヨシダの実子たちで継承されて現在に至ります。
  肝 心の「離婚劇」の実態ですが、世にも不思議な離婚理由(前述)を跳ね除けて「家出」をしたのがケッサクでした。後述する「拾い手」があったものの、まさか 亭主のヨシダが家を出て行くとは想像しなかたのが前妻さん。「帰ってきて!」と何度も自動車電話にかけてきましたが、無視しました(笑)。
  と、 小説の題材にもなり得るドキュメンタリー・ストーリーであり、その結果ですが、「これでヨシ!」がヨシダのホンネでした。ハイ、退職金は弁護士を立てての 交渉になりました。相手側の弁護士さんが当方の弁護士に言ったそうです。「こんな経営者はみたことない!」と(笑)。蛇足ですが、その姉弟は喧嘩別れで弟 は行方知れず。ヨシダが予言したとおりに、「姉弟の喧嘩別れ」になりました
 ・・・と、余計なことを記述しましたが、少なくないグループ企業資産を与えました。ヨシダが
現在にして到達した「他利の原点」です。

人生第三毛作終盤で実践した「他利」
  第二の興味ある出来事は、その時に運よく(?)ヨシダを「拾って」くれた女性がありました。二児の未亡人。子たち共々、快く「一緒に生活してもイイよ!」 と言ってくれたのです (笑)。16年間に及んだ「同棲生活」と言ったら何だか気恥ずかしいですが、その間、コンサルタント会社設立に要した1千万円の資本金を除いては、退職 金+年金等の殆どを自由にさせました。
 と、ある心境の変化(と、これまで言及すると本編が超長文になるので止しますが)を得てのフィリ ピンを引退後の永住の地と定めて現在に至るもの。住んだ住ませてもらった家を指してヨシダは意地悪く(?)言いました。「・・・この家の4,5軒相当額は お前さんにやったよな」と(笑)。一旦は「一緒にフィリピンに行かないか?」という言葉だけは伝えましたが首を振ったのは当然。
 話は前後しますが、英語を活用したいのが引退後の海外生活。当初はマレイシアが頭にありました。ほかでもありません、大手商社のクアランプール支店長 だった甥が言うに、「伯父さん、海外移住だったらマレイシアにいらっしゃいよ。ボクがすべてお膳立てしますよ・・」と。
 ところが、そこのふとした縁で知り合ったフィリピン女性。日本で働きたい一心での名目上(?)の日本人男性との結婚歴の女性との奇しき出会いと、フィリピンへの足がかり役。感謝の念もあって、応分のGIVE(他利)をやってのけたものでした。

人生第四毛作序盤で実践中の「他利」
  さて、と、今から考えると、そこまでの母国におけるわが人生78余年は概ね「GIVE」の人生。「他利」に通じます。でも、この考え方は当時のヨシダには 皆無でした。幾分かの「被害者意識」も皆無だったと言ったら、聖人君子?でも、不思議なことに被害者意識は皆無でした。現在にして想うことは、裏返せば その分、「他利」の生き方を実践していた、させられてきた、という解釈であり自負です。
 さて、フィリピン生活に転じてからのこと。恥を偲んで の 話ですが、単身生活を送っているヨシダの生活状況をみて心配して助言してくれたのが他でありません、地元バランガイ事務所職員のアーネルという人物。と、 その前にはこんなこと もありました。娘さんみたいな若いフィリピン女性と結婚している同胞(日本人男性)がヨシダに言いました。「ヨシダさん、もし、孤独死でもしたらどうす る!? 死臭が漂って近所の人が初めて気付いて・・・」と。障害者のお爺さんが一人住まい、ともなれば、他人事でなく心配してもらったことはありがたいことでは あったのですが・・・。
 意に介さなかったヨシダでしたが、くだんの人物が紹介してくれて、乗り気ではなかったものの、まるで「押しかけ女房」って感じで居候状態。困惑する中で、心に決めたのは運を天に任せての同棲生活。
  ある日、一緒にクルマで銀行に行く途中のこと、被害事故に遭遇し、その処理等で彼女が表に出て、手際よくフィリピン人加害のドライバーや警官を相手に処理 してくれたのはヨカッタとして、それが発端となった金銭的な処理が彼女の心に魔を生じせしめたのです。
  泣きながら低賃金で子ども二人を養っているので・・・と謝るドライバーを放免したのはイイとして、金銭処理を彼女に任せたことから・・・が災いのもと。ク ルマがなくなって、ヨシダ自身の動きができなくなったことが彼女の采配の自由を招来。と、善意に解釈するのもヨシダ流ではあったのです。 端折っての話、 彼女の故郷の大きな持ち家に引越し。それからが、問題でしたが、飛ばしての話です・・・。
 同女を紹介したアーネルが責任を感じてのこと。親戚同士の縁を切って、ヨシダを「救出」してくれたのです。ヨシダはパソコン1台だけを持ってアーネルと姉の助っ人で「脱出」したのです。ヨシダの持ち物の全てをそのままにして(捨てて)、でした。
 他愛もない、かつまた、「ヨシダさんはドジ踏んだ」という声を覚悟の告白ですが、現在にして思うことは、此処でもヨシダは結果論ですが、「他利」に生きた、自利どころか、自損を承知の上で、ということです(笑)。
 ・・・ と、その助っ人・アーネルがヨシダを連れ戻して、此処で我慢して・・・というのが、到底、辛抱できない環境。翌日からアクションを起こしたのは、中流でイ イから一戸建ての借家手配。無一文だった当時のヨシダにとっては、次の年金需給日が頼り。受給した年金等の全ては奪われたとしても、これから受け取る年給 は手付かずかつ、確実な収入ってところで、心配はなかったのですが、後始末に要した支出は少なくなく、中流の名の知れたビレジ(住宅団地)での生活には 「資金繰り」が大変。それらをすべて取り仕切って処理してくれたのがアーネルでした。もろん、それを可能にしたのは「ヨシダの確実年金収入」という財源の 担保でして、それを前面に出したアーネルの金策でした。
 ヨシダの決断は素早かったです。アーネル家族との共同生活への決断でした。なにせ、か れ は地方行政事務所(バランガイ)勤務だけに収入は多くありません。ヨシダのオファーを断る理由は皆無。そこで始まったのが、自称:「相互扶助精神に基づく 運命共同体生活」でした。かれらを「貧困から脱出さす」という条件と裏腹に、「ヨシダの終生介護」という相互扶助・相互信頼協約です。具体的には、ヨシダ 受給の年金全てをアーネルに託して・・・という図式。他人が聞いたらビックリ仰天間違いありません。ちょっとやそっとで真似できるシロモノではありませ ん。この辺りのドキュメントは(も)「自利より他利」に通じます。

「他利人生」の総括
 ・・・と、自身の「秘話的」なことを臆せず記述するのは「自分史」執筆の身であることもありますが、大事なことは「他利」に生きながら、実は「自利」(終生面倒見を受ける)という事実をわが人生なかんずく、失敗体験を通しても言えることに気付いたのです。
  かくしてヨシダが最近になってしみじみ感じることがヨシダ人生のあり方に他ありません。つまり、自利を追うのでなく、他利を優先すれば自然と自利となって 戻ってくるというシナリオです。「まずは、冒頭に提示した他利の格言あり」ではなく、自らの人生選択肢から得た教訓であり得るのです。
 現在のヨシダは今まで以上に「達観」した心境で、アーネル家族の幸せを最優先して悔いることは全くありません。今まで以上の感謝の心を強めてアーネル家族らとの共同生活に甘んじているのが実情です。
  数年間に及んだ危機からの脱出生活と、それを取り仕切ってくれたアーネルに対しては最大限の幸せ追求を第一義としています。数年間に及んだ生活建て直しの 実現を得て、ようやく手にしたのが自家用車。存分に活用して幸せを獲得してくれ、と。それを受けたかのように振舞うのがアーネル。クリスマスともなれば、 貧しい子達へのプレゼント等、分に応じた奉仕活動をかれ自身が果たしています。
 不思議なものでして、「自利より他利」に生きることの幸せ感は 何ものにも勝ります。食するもの、生活する環境等々すべてが感謝、かんしゃ、カンシャ!となるのです。人間って、リッチな人でも多少の不満はあるもの。欲 にはキリがありません。ところが、どんなことが生じても、あっても、不思議と不満にならないのです!その分、パートナーたちが喜んでくれる、というシナリ オです。
 と、そんな人生経歴を得た現在のヨシダの胸に去来することに、心の中に絶えず感謝の念が起き上がることです。ひとつひとつの行動の中 で 起こるのが感謝の心にほかありません。一日にその感謝の心を捧げるのは何百回、何千回にもなるでしょう。「感謝、かんしゃ、カンシャ!」とする所以です。 異例とも言えるようなこの個人的なウェブサイトのトップ面に証言する編集者のヨシダの心境を臆せず記述しました。

 
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 ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。 
                        2016年3月14日(月)
                          ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
                                   
吉田祐起
                  
         (満84歳4ヶ月)  
                  (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)   

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