吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳8か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

  原爆証言者・吉田祐起の被爆現場証拠写真です。
 「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル別館」の画像検索結果
  2016年2月14日(日)午前3時頃のこと。ふと目覚めて色んなことに想いを巡らすなかで思いついたこと。それは被爆で九死に一生を得たという表現を 辞さない私の生々しい体験の場をこのサイトに再現することでした。ガバッと起きてデスクに向かいグーグルで関連写真を検索しました!ゲットしたのが上掲の 写真です。
 当時の私は学徒動員で広島電鉄本社電気課勤務でした。足が不自由なことからの事務所勤務。他の級友たちは電車・バスの修理工場配属 で した。左端の写真看板は現在の本社別館(右2枚の3階ビル)の前に設置されている半倒壊したビル画面と日英語説明文看板。2番目の白黒写真はその生々しい 倒壊した建物コーナーの写真です!
 朝礼を終えてビッコを引きながら薄暗い廊下伝いに電気課事務所に向かっていた瞬間の「ヒカ!ドン!」でし た。 あっという間に下敷きになりました。数秒の差で倒壊を免れた同課オフィスに辿り着いていたと、今更の如く想起し、感無量です。真っ暗なビルの下敷きで手を 合わせて死を覚悟しました。ふと、頭上にほのかな明かりが眼に入り、無我夢中で瓦礫をよじ登りました。子供心に想起することに倒壊した建物のてっ辺に這い 出た時の印象は「下界を見下ろす」って位置。顔面に吹き出る血をみて、「母ちゃ~ん!血が出ているよう~!」と泣きました。倒壊したあの建物の下敷きのわ が姿を生々しく再現再確認する次第です。
★ところで、ヒバクシャが念願していた米 大統領の被爆市訪問が去る5月27日にオバマ大統領によって実現しました。ヨシダの解釈は「オバマ大統領閣下、良かったですね~!『男の約束』が果たせ て!」のひと言です。これを機に、ヨシダのヒバクシャ証言は「被爆者最後の生き残り」を演じることにします。

              Since 10th March, 2001
 ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!本日現在の「データーサイズ(編集容量)」 は実に2,350KBという異例とも自 負する規模です。殆どのインタネット関連企業ですら500KBというなかで、楽天さんのそれはずば抜けて2200KB。ヨシダのそれをオーバーしているヨ シダのデーターサイズです。 単行本に換算したら、ン拾冊相当分だぞ~!ってところです。大量のヨシダ自分史足り得ると自負するウェブサイトです。

                            English               
              2016年6月29日(水)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー

  注: お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★&▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。    

                          お知らせ&ご報告 
  去る2009年11月来、このトップでオバマ米大統領の被爆市訪問関連情報を クドクドと大量のブログをしてきましたが、去る5月27日の広島市訪問が実現 したことから本欄特別コーナーを廃止します。★ヒバクシャ・ヨシダの感想は極めてシンプル!「オバマ大統領閣下!ヨカッタですね~!『男の約束』が果たせ て!!」の一語に尽きます。その「男の約束」に言及したのは天下広しと言えどもヨシダがただ一人デス!同大統領の個人的な発言(約束)が そ の直後に、米政府関係筋から日本のマスメディアに「かん口令」が敷かれた、ということも、ヨシダだけがブログすることです★ともあれ、大統領の被爆市訪問 により、今後のヒバクシャ証言活動の内容や在り方や姿勢に応分の変化があって当然と考えます。エッ!?そう言うヨシダは?という声が聞こえてきそうです。 ハイ!ヨシダのヒバクシャ証言は一風変わっています。タイタニック号最後の生き残りだった故・メルビナ・ディーンさんにあやかって、「ヒバクシャ最期の生き残り・ヨシダ」を演じていきます(笑)★ヨシダの長生き努力はそのためのものであると同時に、自称「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」のもとでヨシダが抱くフィリピン家族に対する努力義務でもあり、「自利から他利」のヨシダ・スピリットに通じると自負しています。        
               ウィキペディアから拾った6月29日の「できごと」 
                              June 29 Events(英語版) 
                                   「きょうのできごと」記録集
  新しい月(6月)に入ったのを機に、本コラムの編集方法の変更を実施しました。具体的には、折角ある多くのリンクですので、興味を持たれるビジターは片っ 端からクリックしてご覧いただける、という想定のもとで、リンクの無い重要な事柄についてのみ、編集者の立場で別途、検索して当該写真等を本サイトに掲載 する・・・という仕組みに改善しました。そのため、写真の枚数が減る分、比較的大きく表示しています。編集者にとっても、重複するような画像は避けて、 ウィキペディアにはリンクのない大事なできごとやその背景等に関する情報を独自の判断で選択して当該写真を掲載することの意義を感じての改善策です。
  2「Sverre Sigurdsson」の画像検索結果「Sverre Sigurdsson」の画像検索結果    「Sverre Sigurdsson」の画像検索結果     「Sverre Sigurdsson」の画像検索結果   「Sverre Sigurdsson map」の画像検索結果 「Sverre Sigurdsson」の画像検索結果4   関連画像  
     「Globe Theatre」の画像検索結果   「Globe Theatre」の画像検索結果「Globe Theatre」の画像検索結果「Globe Theatre」の画像検索結果関連画像「Globe Theatre」の画像検索結果「Globe Theatre now」の画像検索結果
   13  「岡山空襲。岡山城が焼失」の画像検索結果    「岡山空襲」の画像検索結果 「岡山空襲。岡山城が焼失」の画像検索結果「岡山空襲。岡山城が焼失」の画像検索結果  「岡山空襲」の画像検索結果 「岡山城」の画像検索結果
   18関連画像「1962年 - 北海道の十勝岳で水蒸気爆発。」の画像検索結果「1962年 - 北海道の十勝岳で水蒸気爆発。」の画像検索結果   「北海道の十勝岳」の画像検索結果    19「1966年 - ビートルズが初来日。」の画像検索結果     「1966年 - ビートルズが初来日。」の画像検索結果
   「1966年 - ビートルズが初来日。」の画像検索結果    関連画像「1966年 - ビートルズが初来日。」の画像検索結果 「1966年 - ビートルズが初来日。」の画像検索結果  「1966年 - ビートルズが初来日。」の画像検索結果  「1966年 - ビートルズが初来日。」の画像検索結果
   25   「三豊百貨店」の画像検索結果   「三豊百貨店」の画像検索結果    「三豊百貨店」の画像検索結果     「三豊百貨店」の画像検索結果  関連画像「三豊百貨店」の画像検索結果 
 29「FIFA Confederations Cup 2005」の画像検索結果「FIFA Confederations Cup 2005」の画像検索結果「FIFA Confederations Cup 2005」の画像検索結果「FIFA Confederations Cup 2005」の画像検索結果   「FIFA Confederations Cup 2005」の画像検索結果            「FIFA Confederations Cup 2005」の画像検索結果
(1)1028年長元元年6月5日) - 平忠常の乱
(2)1194年 - ノルウェースヴェレ・シグルツソンが戴冠。
(3)1575年天正3年5月21日) - 長篠の戦い
(4)1613年 - ロンドングローブ座が焼失。翌年再建。
(5)1607年慶長12年5月6日) - 朝鮮通信使が初めて江戸を訪問し、将軍徳川秀忠と会見。
(6)1659年 - コノトプの戦いが終結。ロシア・ツァーリ国軍がウクライナ・コサック軍に敗れる。[要検証 ]
(7)1689年元禄2年5月13日) - 松尾芭蕉おくのほそ道の旅で平泉奥州藤原氏3代の跡を訪ねる。
(8)1797年 - ナポレオン・ボナパルトチザルピーナ共和国を建国。
(9)1880年 - タヒチ島フランスの領土となる。
(10)1913年 - セルビアギリシャなどとブルガリアの間で第二次バルカン戦争が勃発。[要検証 ]
(11)1928年 - 治安維持法改正。反国体結社行為に死刑無期刑を追加。
(12)1932年 - 警視庁特別高等警察(特高)課を部に昇格。
(13)1945年 - 第二次世界大戦日本本土空襲: 岡山空襲岡山城が焼失。
(14)1947年 - 前田山英五郎が第39代横綱に昇進。
(15)1956年 - アメリカ合衆国連邦補助高速道路法が施行される。
(16)1958年 - FIFAワールドカップ・スウェーデン大会の決勝戦でブラジルスウェーデンを5-2で破り初優勝。
(17)1961年 - 甲子園阪神パークレオポンが3頭誕生。「ジョニー」「チェリー」「ディジー」と名づけられる。
(18)1962年 - 北海道十勝岳水蒸気爆発。翌日未明に噴火が発生。
(19)1966年 - ビートルズが初来日。
(20)1976年 - セーシェルイギリスから独立。
(21)1981年 - 中国共産党第11期6中総会で文化大革命を全面否定する「歴史決議」を採択。
(22)1982年 - 首脳が戦略兵器削減交渉 (START I) を開始。
(23)1990年 - 礼宮文仁親王川嶋紀子と結婚、秋篠宮家を創設。
(24)1993年 - ゼネコン汚職事件: 東京地検が石井亨仙台市長を収賄容疑で逮捕。
(25)1995年 - 韓国ソウル三豊百貨店がほぼ全壊し、512人が死亡。
(26)1995年 - スペースシャトルアトランティスロシア宇宙ステーションミールとドッキング。ミールとスペースシャトルのドッキングは初。
(27)1999年 - 広島県を中心とした中国地方集中豪雨6.29豪雨災害)が襲い、各地で起こった土砂崩れ等により36人が死亡。
(28)2002年 - 第2延坪海戦黄海上で北朝鮮韓国の艦艇による銃撃戦。合わせて19人が死亡。
(29)2005年 - 2005 FIFAコンフェデレーションズカップブラジルが4大会ぶり2回目の優勝。
(30)2007年 - 初代iPhoneがアメリカで販売開始。

     Today@VOAから受信した「アメリカ版きょうのできごと」(新設)  
(注:日米時差1日のため、本欄掲載は前日のものですが、即効性を重んじて日本時間並みに月日で掲載します。なお、同メルマガ受信時間により前日(回)掲載したものをそのまま此処に掲載し、当日受信分の編集が終了し次第に取り替えます。)なお、今からの本編の記録は「アメリカ版「きょうのできごと」日別一覧表」(編集中)に収録します。おって、「1日の時差」があることをご留意ください。

              today@VOA

                         Informing, engaging & connecting the people of the world.
                                               June 28, 2016(June 29, 2016)

n This Day in American History
On June 28, 1953, the first Corvette, which went on to become an iconic American sports car, is assembled at a Chevrolet plant in Flint, Michigan. Just 300 of the two-seater vehicles were produced that year and they sold for $3,498.00.

1953年6月28日、最初のシボレー車で後年、アメリカン・スポーツカーの偶像化となった車がミシガン州フリント向上でライン・オフした。同年はこの二人乗りスポーツカーは300両限定製造で価格は3,498ドルだった。(ヨシダ訳)
ヨシダブログ:このできごと情報の出所のひとつは、"On This Day in History - June 28 The First Corvette"(The Charbor Chronicles)で す。興味津々の内容です▼シボレー車と言えばヨシダの幼年時代に観た写真の記憶が鮮明です!親父が飛行士のヘルメットみたいな帽子を冠り、サングラスをか けて颯爽とハンドルを握っている姿のクルマがノーズの長~い、シボレースポーツカー!当時はクルマは希少価値。お袋の言うには、親父はタクシー会社(と 言っても、現在で言う個人タクシー)の主だったとか。当時の広島市市長が歴代に渡って専用車みたいに使ってくれていたと。後年、市長の進言で、タクシー経 営を止めて、市長専用車運転手になりました▼一方、その息子のユウキは早くから経営者人生。第二の経営者人生では当初からガイシャ党でした。西独のオペル 4 台。晩年は商売上のお付き合いでマツダのフォード・トーラスをセコンド・カーにしたものでした・・・▼別段、自慢話をするほど大人気ないヨシダではありま せ んが、自動車はトラック運送業を32年間、ポリオで乗り降りが左ハンドルのほうが安全便利だということの指摘を労組委員長から進言されてのガイシャ党って 体験です。ああ、愉快極まりないブログをさせていただきました(笑)。このコラム編集ってヨシダにとっては英語勉強機会と同時に、85歳を前にしたお爺 ちゃんならでは味わえない、ひと昔の情報&体験談のひとコマです。(写真15枚添付ファイル        
    「On June 28, 1953, the first Corvette, which went on to become an iconic American sports car, is assembled at a Chevrolet plant in Flint, Michigan.」の画像検索結果「On June 28, 1953, the first Corvette, which went on to become an iconic American sports car, is assembled at a Chevrolet plant in Flint, Michigan.」の画像検索結果「On June 28, 1953, the first Corvette, which went on to become an iconic American sports car, is assembled at a Chevrolet plant in Flint, Michigan.」の画像検索結果「On June 28, 1953, the first Corvette, which went on to become an iconic American sports car, is assembled at a Chevrolet plant in Flint, Michigan.」の画像検索結果
  「On June 28, 1953, the first Corvette, which went on to become an iconic American sports car, is assembled at a Chevrolet plant in Flint, Michigan.」の画像検索結果    「On June 28, 1953, the first Corvette, which went on to become an iconic American sports car, is assembled at a Chevrolet plant in Flint, Michigan.」の画像検索結果       「president of Corvette 1953」の画像検索結果 
      「On June 28, 1953, the first Corvette, which went on to become an iconic American sports car, is assembled at a Chevrolet plant in Flint, Michigan.」の画像検索結果 「On June 28, 1953, the first Corvette, which went on to become an iconic American sports car, is assembled at a Chevrolet plant in Flint, Michigan.」の画像検索結果 「On June 28, 1953, the first Corvette, which went on to become an iconic American sports car, is assembled at a Chevrolet plant in Flint, Michigan.」の画像検索結果「On June 28, 1953, the first Corvette, which went on to become an iconic American sports car, is assembled at a Chevrolet plant in Flint, Michigan.」の画像検索結果  「On June 28, 1953, the first Corvette, which went on to become an iconic American sports car, is assembled at a Chevrolet plant in Flint, Michigan.」の画像検索結果

                                               インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を
編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。
ただ今、6399編目です!

2016年6月29日(火)掲載分
昨日6月28日最終のトップページ

日別最終トップページ一覧表
編集者のダイアリー・コナー 

 日米時差で週明けの「today@VOA」 は本日(火)の早朝。待ち構えたようにワクワク気分でひとまず英語版を掲載し、その足で、本日本語版サイトにも(編集中)で 掲載しました。英語版のヨシダブログは言い たい放題、ブログし放題って感じです。脱線することもしばしば。でも、これって編集者の自由選択肢!誰憚らずブログできることって、ステキです!お陰でス トレス皆無!★先ほどアーネルが部屋に入ってきて報告するに、なんと、彼は市役所新市長室かなにかの部署に転勤。29人の候補者から選ばれたとか。ハギン グして喜び合いました。彼曰く、「平素からダディーにさり気なく教わる帝王学のお陰です」と。(8:55)
 や~!実に愉快です!「today@VOA」 ではブログし放題の醍醐味、なかんずく、高齢者であるが故にこの種のひと昔のできごとには若いモンでは味わえない郷愁や数々の想い出を秘めているからで す。なにせ、85歳を前にした者だけに、同じ昔話に接しても受けとめかたが若いモンとは全くことなります。わが身をオーバーラップできるからです。早朝の VOA受信がヨシダのもうひとつの楽しみになりました。(9:50)
 先ほど未だに続くクライアント会社の社長からメールが入りました。ある企業人との会合で同社長がさり気なく会談のなかに入れると言われること。その原点はヨシダのひと昔の前の下記の論文の趣旨です。http://www.a-bombsurvivor.com/contents/writing/writing_No.5/report12.pdf(10:40)
 「No.6398:トランプが劣勢に転落した七つの理由 共和党大会を前に党の結束が覚束ない状態から抜け出せない宮崎正弘の国際ニュース・早読み通算第4948号2016.6.29.宮崎正弘)」、「No.6399:国民投票で国論二分の大問題を決めることのリスクDIAMOND Online2016.6.29.山崎 元 [経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員] )」と、一気に編集★ふと、背後のテレビCNNが報道するのがテルアビブ空港のテロ事件。死者36人、147人が負傷。トルコの首相は、過激派組織「イスラム国」の犯行の可能性と発言・・・。殆ど毎日、この種の事件が世界の何処かで起きている感じでやりきれない心境です。絶句あるのみです・・・。(14:20)

No.6399
国民投票で国論二分の大問題を決めることのリスク
DIAMOND Online2016.6.29.山崎 元 [経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員]
ヨシダブログ:本「国民投票」をウィキペディアでみるに、曰く「(概要)現代の民主主義国家においては、間接民主制が原則とされているが、議会と一般国民との間に意見の乖離が見られること等を理由として、国民投票を補完的に採用する国が存在する。国民投票の対象としては、憲法改正などの他に国政上重要な課題について投票を行う国、また、一定の署名を集めると国民投票を行うことができるようになっている国などもある。また、国民投票の実施に当たり、投票結果が法的拘束力を持つ場合と、法的拘束力を持たない諮問的な投票が行われる場合がある・・・一 方で、国民投票は選挙とは異なり、1回の投票で議決をすることから、やり直しは極めて困難である。そのため、結果に不満を持つ市民が暴徒化し国内情勢が不 安定となる危険性を併せ持っている(ウィキペディア)」とあります▼「中見出し」は、■ブレグジット可決がもたらす真のリスク、■国民投票はいい仕組み か?、■「大事なのは経済だよ!」が通用しない、■米大統領選も似た状況・・・と続きます▼ふと、ど素人的な考え。日本みたいなお国柄、すなわち、単一民 族国家では国民投票が最大公約数を意味し、先ずは公平公正と思える結果が期待できるでしょうが、連邦国家なかんずく、移民で成り立ってきたお国柄とでは、 国民投票とやらの公平さや妥当性が異なる感じではあります▼国民投票をすべきかどうか、そのものの国民投票が求められて然り、という論法もあるでしょう。 それにして、残留主張議員が暗殺される国情だけに、厄介ですよね▼でもま、投票率が何時の時代でも極めて低率を誇る(?)母国ニッポン。加えて、お上主 義、長い者には巻かれろ的な国民性・国情の者からすれば、今回の英国での出来事には些か、理解し難いものがあるとしか言いようがない感じではあります。写真5枚添付ファイル
   「国民投票」の画像検索結果「国民投票で国論二分の大問題を決めることのリスク」の画像検索結果「国民投票で国論二分の大問題を決めることのリスク」の画像検索結果
            「国民投票」の画像検索結果「国民投票」の画像検索結果
No.6398
トランプが劣勢に転落した七つの理由 共和党大会を前に党の結束が覚束ない状態から抜け出せない
宮崎正弘の国際ニュース・早読み通算第4948号2016.6.29.宮崎正弘
ヨシダブログ:本記事筆者の宮崎正弘先生の前回の記事は「No.6366:共和党保守本流がトランプを嫌うこれだけの理由 借金とジャンク債と巧妙な駆け引きで「不動王」を名乗るのは「詐欺的」だ宮崎正弘の国際ニュース通算4936号2016.6.14.宮崎正弘)」 でした。現地取材までされた同先生だけに、鋭く説得力あるお説です▼ご存知のように、ヨシダはテレビでトランプ氏の人柄に接しただけで「アンチ・トラン プ」を自称して現在に至ります。だからではありませんが、最近の同氏の言動には???を感じざるを得ません▼「中見出し」は■トランプ陣営に逆転のシナリオがあるのか・・・とありますが、その前後に7件に及ぶトランプ陣営の内情が示されています。(写真29枚添付ファイル
         「ドナルド・トランプ劣勢?」の画像検索結果           関連画像「ドナルド・トランプ劣勢?」の画像検索結果「donald trump negative quotes」の画像検索結果
           「donald trump negative quotes」の画像検索結果    「ドナルド・トランプ劣勢?」の画像検索結果  「ドナルド・トランプ劣勢?」の画像検索結果
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           「宮崎正弘」の画像検索結果「宮崎正弘著書」の画像検索結果「宮崎正弘著書」の画像検索結果「宮崎正弘著書」の画像検索結果「宮崎正弘著書」の画像検索結果「宮崎正弘著書」の画像検索結果「宮崎正弘著書」の画像検索結果「宮崎正弘著書」の画像検索結果「宮崎正弘著書」の画像検索結果
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 昨日28日の記事1編を下記に掲載していましたが、本日29日の第一記事掲載(12:10)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。 

     毎月の28日はヨシダにとって意義深くしているもの その理由(わけ)は!?
                                      (本コラムは今月末まで掲載します。)
 プライベートなことでかつ、単純で大人気ない(?)とも思えるようなことをヨシダは執拗に意識して現在に至ります。ほかでもありません、「28日」とい う日は吉田祐起の誕生日のそれに当たることから、この日を中心にわが人生の歩みが刻まれている、という自覚や認識です。
 つまり、年に12回の誕生日を意識して「満83歳○ヶ月」とウェブサイトにも掲載し、自身もそれを意識して送っているのです。あと、何日で28日・・・といった具合にです。これって、ちょっと、ユニークはモノの考え方だと自負します。
  時が経つことで、洋の東西を問わず、意味深長なのが「光陰矢の如し」という言葉。英語でも"Time flies like an arrow" と人々は口にします。矢の如く時が去った、と感じることは、その分、人生を短く送っていることを意味するのであって、まさか、時が早く去って歳をとったか ら ヨカッタとは誰も思わないハズです。
 強いてそれをポジティヴに解釈すれば、苦しい時もあったけど、あっと言う間に過ぎ去った、苦しいこと を 克服 してきた、開放された、といったくらいの解釈も成り立つでしょうが、それとて、味わうべき喜怒哀楽の人生がその分、短く去ったことを意味する結果でしかな い、というのがヨシダです。
 折角この世に生を受け、与えられた人生ならば、その喜びを文字通り、日々味わいつつ、感謝しつつ過ごす(消化する)という考え方のほうが、その逆の苦しい人生、早くに過ぎ去って欲しいもの・・・よりもずっと、ハッピーだと思うのです。
  さらに、こんなことも頭に描かれると思います・・・。例えば、何かを達成するとか、成し遂げるものを持っているとします。ヨシダ流の処し方は、優先順位の 見 極めです。沢山ある仕事の優先順位を頭にしっかりと入れて処す方法。ストレスもなくなります。計画的にというのは誰でも言いますが、その処し方の基本はな んと言ってもターゲットとする日の設定でして、ヨシダの場合は毎月の28日がそれになっているという感じです。
 その日(28日)が来たら、ウン、オレはあれもやった、これもやり遂げた、出来なかったことは次の月の28日をひと区切りに・・・といった按配です。これって単純なモーチベーションに過ぎませんが、案外と効果的です。
  結果的には、折角与えられた人生期間を感謝の念をもって着々と消化して事を成し遂げる、といった図式です。同じ1年サイクルで巡ってくる自身の誕生の 「日」をハッピー・バース・デイ!と心の中で呟きながら日々の経過を味わいつつ・・・といったシナリオです。こうした考え方がヨシダが永年、心に入れてい るキーワードに繋がるのです。「生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ」がそれです。
 ところで、これも他愛もないことですが、10月 28日はかのマイクロソフトのビル・ゲイツさんの誕生日(1955年)を早くに認識してきたものです。人間のスケールからすれば、ドダイ比較対象する何も のもないのですが、誕生日だけは同じ!と言える(思える)のがイイ味ってところです(笑)。ヨシダはビル・ゲイツさんと同じ誕生日って思うだけでも、思わ ないよりずっとマシって按配です。
 ふと、この記事を書きながら好奇心旺盛なヨシダは即座にヨシダの認識するその他の著名人を平素世話になるグーグルさんから拾い出しました。多くある人物の中からヨシダの好みに従って人物名と写真を列記して誕生日の味わい方を増幅さす次第です。

 1.徳川 慶喜(1837:江戸幕府第15代将軍)、2.横河民輔(1864:横河電機創業者)、3.ジェイコブ・D・コックス(南北戦争北軍将軍・共和党・第28代オハイオ州知事・第10代アメリカ合衆国内務長官)、4.エルザ・ランチェスター(1902:イギリスの女優)、5.東富士欽壹(1973:大相撲第40代横綱)、6.浜田 晃(1941:俳優)、7.小池真理子(1952:女優)、8. ビル・ゲイツ(1955:マイクロソフト創立者)、9.吉田都(1955:バレリーナ)、10.吉田里琴(1999年:女優)・・・と。ハイ、末尾11は吉田祐起(1931:本サイト編集長)で~す!
 ヨシダって好奇心旺盛 でしょう。こんなことに時間を使うから超多忙人間(?)。日々をかみ締めながら生きるから「光陰矢の如し」は無縁たる所以です(笑)。

  Cox, Jacob D. M.C. Ohio (Secty of Interior in Grant Adm.).jpgエルザ・ランチェスターElsa LanchesterAzumafuji 1950 Scan10025-2.JPG   http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg

 超縦長のウェ ブサイトをご訪問くださってありがとうございました。「乱文乱筆ならぬミスプリはご容赦のほど」がヨシダのブログ用語です。またのご訪問をよろしくお願い します。ご機嫌よろしゅう!
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                        2016年6月28日(火)
                           ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
     

                             吉田祐起                                                    (本日で満84歳8ヶ月になりました)                                                (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)   
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