吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳7か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

  原爆証言者・吉田祐起の被爆現場証拠写真です。
 「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル別館」の画像検索結果
  2016年2月14日(日)午前3時頃のこと。ふと目覚めて色んなことに想いを巡らすなかで思いついたこと。それは被爆で九死に一生を得たという表現を 辞さない私の生々しい体験の場をこのサイトに再現することでした。ガバッと起きてデスクに向かいグーグルで関連写真を検索しました!ゲットしたのが上掲の 写真です。
 当時の私は学徒動員で広島電鉄本社電気課勤務でした。足が不自由なことからの事務所勤務。他の級友たちは電車・バスの修理工場配属 で した。左端の写真看板は現在の本社別館(右2枚の3階ビル)の前に設置されている半倒壊したビル画面と日英語説明文看板。2番目の白黒写真はその生々しい 倒壊した建物コーナーの写真です!
 朝礼を終えてビッコを引きながら薄暗い廊下伝いに電気課事務所に向かっていた瞬間の「ヒカ!ドン!」でし た。 あっという間に下敷きになりました。数秒の差で倒壊を免れた同課オフィスに辿り着いていたと、今更の如く想起し、感無量です。真っ暗なビルの下敷きで手を 合わせて死を覚悟しました。ふと、頭上にほのかな明かりが眼に入り、無我夢中で瓦礫をよじ登りました。子供心に想起することに倒壊した建物のてっ辺に這い 出た時の印象は「下界を見下ろす」って位置。顔面に吹き出る血をみて、「母ちゃ~ん!血が出ているよう~!」と泣きました。倒壊したあの建物の下敷きのわ が姿を生々しく再現再確認する次第です。
★ところで、ヒバクシャが念願していた米 大統領の被爆市訪問が去る5月27日にオバマ大統領によって実現しました。ヨシダの解釈は「オバマ大統領閣下、良かったですね~!『男の約束』が果たせ て!」のひと言です。これを機に、ヨシダのヒバクシャ証言は「被爆者最後の生き残り」を演じることにします。

              Since 10th March, 2001
 ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!本日現在の「データーサイズ(編集容量)」 は実に2,340KBという異例とも自 負する規模です。殆どのインタネット関連企業ですら500KBというなかで、楽天さんのそれはずば抜けて2200KB。ヨシダのそれをオーバーしているヨ シダのデーターサイズです。 単行本に換算したら、ン拾冊相当分だぞ~!ってところです。大量のヨシダ自分史足り得ると自負するウェブサイトです。

                            English               
              2016年6月23日(木)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー

  注: お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★&▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。    

                          お知らせ&ご報告 
  去る2009年11月来、このトップでオバマ米大統領の被爆市訪問関連情報を クドクドと大量のブログをしてきましたが、去る5月27日の広島市訪問が実現 したことから本欄特別コーナーを廃止します。★ヒバクシャ・ヨシダの感想は極めてシンプル!「オバマ大統領閣下!ヨカッタですね~!『男の約束』が果たせ て!!」の一語に尽きます。その「男の約束」に言及したのは天下広しと言えどもヨシダがただ一人デス!同大統領の個人的な発言(約束)が そ の直後に、米政府関係筋から日本のマスメディアに「かん口令」が敷かれた、ということも、ヨシダだけがブログすることです★ともあれ、大統領の被爆市訪問 により、今後のヒバクシャ証言活動の内容や在り方や姿勢に応分の変化があって当然と考えます。エッ!?そう言うヨシダは?という声が聞こえてきそうです。 ハイ!ヨシダのヒバクシャ証言は一風変わっています。タイタニック号最後の生き残りだった故・メルビナ・ディーンさんにあやかって、「ヒバクシャ最期の生き残り・ヨシダ」を演じていきます(笑)★ヨシダの長生き努力はそのためのものであると同時に、自称「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」のもとでヨシダが抱くフィリピン家族に対する努力義務でもあり、「自利から他利」のヨシダ・スピリットに通じると自負しています。        
               ウィキペディアから拾った6月23日の「できごと」 
                              June 23 Events(英語版) 
                                   「きょうのできごと」記録集
  新しい月(6月)に入ったのを機に、本コラムの編集方法の変更を実施しました。具体的には、折角ある多くのリンクですので、興味を持たれるビジターは片っ 端からクリックしてご覧いただける、という想定のもとで、リンクの無い重要な事柄についてのみ、編集者の立場で別途、検索して当該写真等を本サイトに掲載 する・・・という仕組みに改善しました。そのため、写真の枚数が減る分、比較的大きく表示しています。編集者にとっても、重複するような画像は避けて、 ウィキペディアにはリンクのない大事なできごとやその背景等に関する情報を独自の判断で選択して当該写真を掲載することの意義を感じての改善策です。
      10「John Jacob Astor established a fur company」の画像検索結果「John Jacob Astor american fir company」の画像検索結果「John Jacob Astor american fir company」の画像検索結果「John Jacob Astor american fir company」の画像検索結果「John Jacob Astor american fir company」の画像検索結果      「John Jacob Astor american fir company」の画像検索結果     
   13 「christopher latham sholes inventions」の画像検索結果関連画像「christopher latham sholes inventions」の画像検索結果    「christopher latham sholes inventions」の画像検索結果    「christopher latham sholes inventions」の画像検索結果「christopher latham sholes inventions」の画像検索結果     「christopher latham sholes inventions」の画像検索結果 「christopher latham sholes inventions」の画像検索結果  
  15「1887, first national park in canada, banff」の画像検索結果       「1887, first national park in canada, banff」の画像検索結果    「1887, first national park in canada, banff」の画像検索結果       「1887, first national park in canada, banff」の画像検索結果「1887, first national park in canada, banff」の画像検索結果        「banff 2016」の画像検索結果
     22 「Wiley Post」の画像検索結果「Wiley Post」の画像検索結果「Wiley Post」の画像検索結果「Wiley Post」の画像検索結果「Wiley Post」の画像検索結果          「Wiley Post」の画像検索結果
                     (以下、添付写真は編集中です。)

(1)1281年弘安4年6月6日) - 弘安の役軍が九州に再襲来。
(2)1314年 - バノックバーンの戦い
(3)1565年 - マルタ包囲戦: オスマン帝国海軍トゥルグト・レイス英語版が戦死。
(4)1611年 - カナダ北東部を探検中のヘンリー・ハドソンの船で反乱が起き、ハドソンとその息子、6人の部下が本船から下ろされて小船に置き去りにされる。以降の消息は不明。
(5)1683年 - ウィリアム・ペンペンシルベニアレナペ族と友好協定を結ぶ。
(6)1757年 - プラッシーの戦い。イギリス・イギリス東インド会社軍がフランスのベンガル土侯連合軍を破る。インドのイギリス支配が決定。
(7)1758年 - 七年戦争: クレーフェルトの戦い英語版
(8)1760年 - 七年戦争: ランデスフートの戦い
(9)1780年 - アメリカ独立戦争: スプリングフィールドの戦い
(10)1810年 - ジョン・ジェイコブ・アスター太平洋毛皮会社英語版を設立。
(11)1812年 - ナポレオン戦争: ナポレオンロシアに侵攻、1812年ロシア戦役が始まる。
(12)1860年 - アメリカ合衆国議会合衆国政府印刷局を設置。
(13)1868年 - 新聞編集者クリストファー・レイサム・ショールズタイプライターの特許を取得。
(14)1885年 - ソールズベリー侯爵ロバート・ガスコイン=セシルがイギリスの第44代首相に就任。
(15)1887年 - カナダ初の国立公園バンフ国立公園設置。
(16)1894年 - 国際オリンピック委員会ピエール・ド・クーベルタン男爵の先導によってパリ・ソルボンヌで設立。
(17)1907年 - 『朝日新聞』で夏目漱石の『虞美人草』が連載開始。
(18)1909年 - スリの大親分・富田銀次郎(仕立屋銀次)を日暮里で逮捕。
(19)1915年 - 第一次世界大戦: 第一次イゾンツォの戦い
(20)1919年 - エストニア独立戦争英語版: ヴェンデンの戦い英語版が終結。エストニア軍がバルト連合公国軍に勝利。(リトアニアの戦勝記念日)
(21)1925年 - 沙基事件。中国の広州市沙基で五・三〇事件に刺激された反英デモが起こり、イギリス兵が発砲して多数の中国人が死傷。
(22)1931年 - ウィリー・ポストハロルド・ガティ英語版世界一周飛行に出発。7月1日に帰着し、8日間15時間51分の記録を樹立。
(23)1932年 - 三島徳七MK鋼特許を取得。
(24)1941年 - 第二次世界大戦バルト諸国占領: ドイツのソ連侵攻に乗じてリトアニアソビエト連邦からの独立を宣言。
(25)1944年 - 北海道壮瞥町有珠山東麓の畑地が噴火。昭和新山が誕生。
(26)1945年 - 第二次世界大戦: 沖縄守備軍司令官牛島満が摩文仁司令部で自決(前日〈22日〉との異説あり)。沖縄戦の組織的抵抗が終結したとされる。
(27)1945年 - 国民義勇兵役法公布。
(28)1947年 - 神奈川税務署員殉職事件。戦後の混乱期に密造酒の販売を行っていた在日韓国・朝鮮人集落を取り締まった税務署の職員が税務署からの帰宅途中に在日朝鮮人数名に囲まれ暴行を受け殉職。
(29)1948年 - 昭和電工事件: 昭和電工社長の日野原節三が逮捕される。
(30)1959年 - イギリスアメリカ原子爆弾開発に貢献する一方、ソ連に機密情報を流していた物理学者クラウス・フックスが、9年間の収監の後に釈放される。
(31)1961年 - 南極条約が発効。
(32)1964年 - 熊本県・下筌ダムの建設反対派の拠点「蜂ノ巣城」が強制撤去される。
(33)1967年 - 冷戦: アメリカ大統領リンドン・ジョンソンとソ連首相アレクセイ・コスイギンニュージャージー州グラスボロで会見。(グラスボロ・サミット会議英語版
(34)1969年 - 宇宙開発事業団法公布。
(35)1970年 - 午前0時に日米安全保障条約が自動延長。
(36)1973年 - 自衛隊機乗り逃げ事件発生。
(37)1982年 - 東北新幹線大宮駅 - 盛岡駅間が開業。
(38)1985年 - インド航空182便爆破事件
(39)1989年 - 中国共産党第13期4中全会で総書記の趙紫陽が全職務を解任され、以降自宅軟禁下に置かれる。
(40)1991年 - ル・マン24時間レースにて、マツダ・787Bが日本車及びロータリーエンジン搭載車として初優勝。
(41)1993年 - 小沢一郎羽田孜らが新生党を結成。
(42)1995年 - 沖縄県の平和祈念公園に戦没者23万4千名の氏名を刻んだ平和の礎を建立。
(43)1996年 - 任天堂NINTENDO64を発売。
(44)1999年 - 男女共同参画社会基本法公布・施行。
(45)2002年 - 岡山県新見市で初の電子投票による市議会議員・市長選挙。
(46)2004年 - 渋谷駅駅員銃撃事件
(47)2008年 - 朝日放送(ABC)が大阪市福島区福島の新社屋から放送開始。
(48)2009年 - 東京高裁足利事件再審開始を決定。
(49)2014年 - 日本学術会議が、提言「男女共同参画社会の形成に向けた民法改正」において選択的夫婦別姓制度の導入を提言[1][2]
     Today@VOAから受信した「アメリカ版きょうのできごと」(新設)  
(注:日米時差1日のため、本欄掲載は前日のものですが、即効性を重んじて日本時間並みに月日で掲載します。なお、同メルマガ受信時間により前日(回)掲載したものをそのまま此処に掲載し、当日受信分の編集が終了し次第に取り替えます。)なお、今からの本編の記録は「アメリカ版「きょうのできごと」日別一覧表」(編集中)に収録します。おって、「1日の時差」があることをご留意ください。

       today@VOA

                       Informing, engaging & connecting the people of the world.

                                                             June 22, 2016

On This Day in American History
On June 22, 1944, U.S. President Franklin D. Roosevelt signs the G.I. Bill, which helps returning members of the military – known as G.I.s – succeed in civilian life following their service in World War II. The bill gives returning veterans access to unemployment compensation, low-interest home and business loans, and funds their education.

1994 年6月22日、米合衆国大統領フランクリン・D・ルーズベルトがG.I.法案に署名した。この法案はいわゆる、GIと呼ばれる第二次世界大戦参戦後の市民 生活復帰の元軍人たちの生活を支援するもの。同法案は失業保険受給や低利のマイホーム建設資金、事業資金貸付や教育資金等々を対象にしたもの。(ヨシダ翻 訳)
ヨシダブログ:何時ものことですが、同記事の冒頭の一節でグーグル検索すると多くの関連記事が出ます。その中のひとつは、「"The history of the GI Bill"(American Radio Works)で して、下記の主要添付写真は同記事からのものです▼ちなみに、ルーズベルト大統領はこの1年後の1944年4月に急逝しています。少年時代のヨシダの同大 統領に対するイメージは「同じ小児麻痺の大統領」でした。当時はポリオという名称はなく、後年のこと。ちなみに、ハワイ生まれのお袋の口癖は、「(小さな 声で)小児麻痺に罹る人はエライんじゃ・・・」でした(笑)。
            President Roosevelt signs the GI Bill into law on June 22, 1944. (Photo: FDR Library)Bonus Marchers camped on the lawn of the US Capitol By Underwood & Underwood [Public domain], via Wikimedia CommonsVeterans registering for classes at Indiana University, 1947. (Photo: Indiana University Archives)
    「On June 22, 1944, U.S. President Franklin D. Roosevelt signs the G.I. Bill, which helps returning members of the military –」の画像検索結果「On June 22, 1944, U.S. President Franklin D. Roosevelt signs the G.I. Bill, which helps returning members of the military –」の画像検索結果「On June 22, 1944, U.S. President Franklin D. Roosevelt signs the G.I. Bill, which helps returning members of the military –」の画像検索結果「Don A. Balfour」の画像検索結果 「roosevelt died」の画像検索結果
   「On June 22, 1944, U.S. President Franklin D. Roosevelt signs the G.I. Bill, which helps returning members of the military –」の画像検索結果「On June 22, 1944, U.S. President Franklin D. Roosevelt signs the G.I. Bill, which helps returning members of the military –」の画像検索結果「On June 22, 1944, U.S. President Franklin D. Roosevelt signs the G.I. Bill, which helps returning members of the military –」の画像検索結果
                          
                                               インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を
編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。
ただ今、6386編目です!

2016年6月23日(木)掲載分
昨日6月22日最終のトップページ

日別最終トップページ一覧表
編集者のダイアリー・コナー 

  今朝一番の仕事は「today@VOA」の日英語両サイトへの書き込みでした。なにせ、受信メルマガからの「コピー&添付」作業が微妙でして、うっかりす ると画面が大幅に消滅することを体験しているからです。大事を踏んで、各トップページのコピー画面に挿入編集して、確認後に新旧画面を入れ替える(ファイ ル名称の差し替え)という手法です★ご覧のように、この「GI法案」署名1年後、ルーズベルト大統領は急逝しました★少年時大に抱いていた同大統領のイ メージはお袋の影響があります。ハワイ生まれのお袋の戦時中の口癖は、「(小さな声で)ルーズベルトは賢いんじゃ。小児麻痺に罹る人は頭はイイん じゃ・・・」でした(笑)★それにしても想うことは、この「today@VOA」の編集の醍醐味です。歴史を学びつつ、英語を学ぶ・・・って格好であるか らです★なお、この貴重なコラム一連のリンク表の作成ですが、何せ、初期の段階なかんずく、日英語共存コラムであるだけに、当該ファイルの配置等で試行錯 誤して当面リンクが限定されています。ま、その分、楽しみの仕事が控えている・・・って按配です。ハイ!すること多きを持つヨシダです。(8:55)
 「No.6383:きょう 慰霊の日朝日新聞「天声人語」2016.6.23.)」を編集しながらヨシダの胸を横切ることは、ヨシダ流の「イフ(IF)」の論理・・・。こんな形の証言活動も意味が少なくないでしょう。合掌。(10:10)
 あれから、続々とヨシダの心にヒットする記事を立て続けに編集しました。「No.6384:EU離脱派はトランプ支持者?英米の類似性が欧州で話題騒然DIAMOND Online2016.6.23.東短リサーチ代表取締役社長 加藤 出)」、「No.6385英国残留でもEU問題はやっぱり解決しない S&Pのエコノミスト、P・シェアード氏に聞く東洋経済ONLINE2016.6.23.ポ―ル・シェア―ド :S&P グローバル チーフ・エコノミスト)」、「No.6386:英国民投票という終わりの始まり~離脱でも残留でも元には戻らないEU=真殿達 MONEY VOICE 2016.6.23.真殿達)」・・・と続きました。ご満悦の編集長・ヨシダって気分です(笑)。でも、「きょうのできごと写真」編集は進んでいません。二兎を追う者、一兎を得ずってところです。(13:30)
 

No.6386
英国民投票という終わりの始まり~離脱でも残留でも元には戻らないEU=真殿達
MONEY VOICE 2016.6.23.真殿達
ヨシダブログ:「太文字表示&中見出し」は、「英 国は序章。ユニラテラリズム(単独行動主義)に向かうEU諸国、■ いまだ離脱派の勢い衰えず、英国は序章。ユニラテラリズム(単独行動主義)に向かうEU諸国、■いまだ離脱派の勢い衰えず、■変わる世界、■離脱なら金融 市場の混乱は必至、■英国だけではない。単独行動主義に向かうEU加盟国、■内向きの国、日本は生き残れるか・・・と続きます▼気になることは末尾の言葉 であり、ヨシダ思想に合致する感じです。曰く「・・・つくづく日本は国際問題に興味がない内向きの国だと思う。国内でしか通用しない論理を世界に持ち出そ うとするのが日本のユニラテラリズムとでも言うのだろうか。そんな日本とは無関係に、世界は新たな混乱の時代に突入しつつある。」がそれです▼際どい内容 のヨシダ論をブログする際に、一抹の躊躇感を否定できないのですが、この末尾の言葉でなんだか、ヨシダ論は(も)満更ではないぞ~と感じる、とブログした ら叱られるでしょうか?▼これって、経済学等云々でなく、経営者マインドで生きてきたヨシダの本能的な解釈であり思想だとすら感じます。写真7枚添付ファイル
    「David Cameron」の画像検索結果「brexit or not」の画像検索結果「brexit or not」の画像検索結果「brexit or not」の画像検索結果
                 「真殿達」の画像検索結果       「真殿達」の画像検索結果      「真殿達著書」の画像検索結果
No.6385
英国残留でもEU問題はやっぱり解決しない S&Pのエコノミスト、P・シェアード氏に聞く
東洋経済ONLINE2016.6.23.ポ―ル・シェア―ド :S&P グローバル チーフ・エコノミスト
ヨシダブログ:「中見出し」は、
■離脱なら、不確実性に覆われた世界に突入、■完全な統合に向け、道は長く険しい・・・と続きます。当初から否定論者を自負してきたヨシダ。末尾の言葉がいみじくもEUの将来を予測するに足りるものとヨシダは受けとめます。曰く、「こ れから統合に進むにしても、統合を行 わない方向にいくとしても、非常に難しい展開になるだろう」がそれ。この言葉が証明することは、ヨシダ論に通じる「多民族国家による統一経済構造の構築は ドダイ、無理がある・・・」ということです。でも、それを承知の上の苦肉の策とすれば、その背後に見え隠れする国際的な摩擦やそれが誘発しかねない戦 争・・・という世界歴史。此処でも言えることは、「歴史は繰り返す」に対する世界人の警戒感とも言えるでしょう。なにせ、世界人口は暴発中。住む世界は環 境汚染等で狭くなってお広くはならない・・・という地球のメカニズムが背景です。
写真4枚添付ファイル
         「Paul Sheard」の画像検索結果      「Paul Sheard」の画像検索結果     「Paul Sheard 『メインバンクの資本主義の危機』」の画像検索結果 「Paul Sheard 『メインバンクの資本主義の危機』」の画像検索結果

No.6384
EU離脱派はトランプ支持者?英米の類似性が欧州で話題騒然
DIAMOND Online2016.6.23.東短リサーチ代表取締役社長 加藤 出
ヨシダブログ:一昨日編集した記事で、英国の名門実力政治家で元ロンドン市長でヘンリー6世の親戚という人物の姿をみて、思わず「トランプさんのソックリさん!」と呟いたヨシダ。「No.6380:英EU離脱で「英連邦」が超巨大経済圏として出現するDIAMOND Online2016.6.21.上久保誠人 [立命館大学政策科学部教授他 ] )」 をまずはごらんください▼ふと、ヨシダが想うこと。グローバリゼーションの進展が招来するものが多々あります。最たるものは物理的国境が低くなり、異民族 同士の交流は進み、経済文化も混合していきます。その延長線上に生じるのが、全てのものの「平均化現象」とも思えます。ところが、厄介なことは老大国然 (?)とするセクトの反乱です。つまり、折角築いてきた文化をむざむざと他国民族に取られてたまるか、という心情。所詮は「歴史は繰り返す」に通じるのだ な・・・とは、ヨシダブログであり溜め息です▼そう言えば、「フラット化する世界」(上下2巻)は多くの処分した書籍のひとつでして、ヨシダ論に通じるも のとして目を通したものです。と、これって、ひと昔前のこと・・・。写真14枚添付ファイル
    「"telegraph" reports Sadiq Khan」の画像検索結果        「england newspaper "telegraph" & trump-like ex london mayor」の画像検索結果        「"telegraph" reports Sadiq Khan」の画像検索結果
     「英南西部ブリストルに現れた、英国のEU残留派が描いた巨大な壁画」の画像検索結果「英南西部ブリストルに現れた、英国のEU残留派が描いた巨大な壁画」の画像検索結果
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No.6383

きょう 慰霊の日
朝日新聞「天声人語」2016.6.23.
ヨシダブログ:色んな意味で沖 縄に実に深い想い入れを抱くヨシダです。本土復帰直前は右側通行・左ハンドル時代。業界(運送事業)視察が名目上のもの。当時のヨシダは後年取り組んだ個 人トラック制度(Owner-Operator System)の最先端を行っていたもので、米国の影響大。でも、当時は微塵もそのことは眼中にありませんでした▼2度目はその制度の業界取材視察。大量 の論文発表時代のこと。三度目は全日本トラック協会主催の講演会講師・・・と3度に亘るご縁をいただきました▼くだんの「平和の礎」では3時間釘付けにな りました。沖 縄の悲劇を論じる際のヨシダの口癖は、「東京大空襲で日本が降参していたら、沖縄の悲劇は無かっただろう・・・沖縄の悲劇で手を挙げていたら、ヒロシマの 悲劇は(も)なかっただろう・・・、ヒロシマで降伏していたら、ナガサキの悲劇もなかっただろう。それでも、降伏していなかったら、小倉か新潟原爆は不可 避だっただろう・・・」と、IFの連続です▼涙もろいヨシダはこの短い記事を編集しながら嗚咽しました。胸の内は「・・・こんな形(記事編集)の証言活動 でゴメンなさい・・・」です。合掌写真21枚添付ファイル
            「沖縄「慰霊の日」」の画像検索結果「沖縄「慰霊の日」」の画像検索結果 「平和の礎」の画像検索結果
       「国仲瞬」の画像検索結果「国仲瞬」の画像検索結果「国仲瞬」の画像検索結果   「国仲瞬」の画像検索結果
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  昨日22日の記事2編を下記に掲載していましたが、本日23日の第一記事掲載(10:00)をもって消却しました。 なお、「インタネット情報&ヨシダブロ グ」に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。 

           自然に到達した「自利から他利」の実践とその心
   近年のこと、ときおりヨシダが自身の人生の生き方を巡って使う言葉に「自利から他利へ」といった趣旨の考え方とその実践があります。
  この文句(思想)は別段、学んで得たものでなく、わが人生を振り返りつつ、現在のそれらとわが心境からしてヨシダの心の中に自然に発生したと言ったほうが 適切なものであることを告白します。教えられて・・・といった類の人生哲学ではないことを強調します。もっとも、それを裏返せば、由緒あるこの言葉の由来 を知らなかった、というヨシダの無学ぶりを曝け出すことになるのですが、祐起がユウキ(勇気)を出して告白の念をこめて記します。
 念のためにグーグルで当該言葉を検索してヒットした言葉を紹介します。
                「TKC全国会の基本理念 「自利トハ他利ヲイフ   

                         「飯塚毅」の画像検索結果
 
大乗仏教の教諭には「自利利他」の語が実に頻繁に登場する。解釈にも諸説がある。その中で、私は「自利とは他利をいう」と解するのが最も正しいと信ずる。

 仏教哲学の精髄は「相即の論理」である。般若心経は「色即是空」と説くが、それは「色」を滅して「空」に至るのではなく、「色そのままに空」であるという真理を表現している・・・・(飯塚毅)」と続きます。詳細は上掲のリンクからご覧ください。
  なお、TKCというのはご存知と思いますが、「株式会社TKC」という、宇都宮市に本社を置く会計事務所、税理士事務所や地方公共団体などの情報サービス を行なう企業でして、ヨシダが経営者人生を通じて世話になった税理士先生が属しておられた組織です。今回、本欄の修正作業中に出会った記事として喜んでい ます。追って、本コラム末尾に掲示している関連「色紙」の一つが奇しくも、本欄筆者・飯塚毅博士揮毫のものです。 
  さて、此処でヨシダが強調したいことは、ヨシダのベンキョウ不足が招来した「言葉(教え)を踏まえた他利の生き方」ではなく、「言葉の前のヨシダ自身の人 生体験とその実践を踏まえた結果の到達点」とでも言える「自利から他利」といった生き方に、あらためて意義と価値を知ることを喜んでいます。蛇足の弁を補 足します。クリスチャンのヨシダが早くから接した同じような聖書の言葉に「Give and you shall be given.(与えよ、さらば与えられむ)」がありますが、日英語の微妙なニュアンスの差異を感じないでもありません。

  再度強調したいことは、ヨシダのベンキョウ不足が招来した「言葉(教え)を踏まえた他利の生き方」ではなく、「言葉の前のヨシダ自身の人生体験とその実践 を踏まえた結果の到達点」とでも言える「自利から他利」といった生き方に、あらためて意義と価値を知ることを喜んでいます。以下に、この言葉を巡るがごと く のヨシダの生き様の一端を披瀝します。
★ポリオが招来した人生観
  笑い話的になりますが、ヨシダは赤子の時にポリオに罹り、両足の自由を失いました。健常者からみれば、その時点で他利どころか、自利の自由を奪われたよう なもの。不思議なことに、物心がついてからでも、恨んだり悔やんだりの他人のせいにしなかったこと。不自由な身体で他利ではなく、自利でもなく、如何にし て歩く(目的場所まで)かといったことが課題でした。
 幼年・少年時代のヨシダがわが身の障害に対して自覚しかつ、大きな示唆を得た出来ごとが あ ります。家庭の都合(一家の柱・親父を失った後の長男としての自覚)で夜間高校に通いながら働いていた時代のこと。戦後初めてという広島県下高校弁論大会 で優勝したのが縁。タイトルは「How I've fought my way out.(如何にしてわが逆境を克服したか)と」題したもの。
   英語の殿堂・ミッション・スクールの女学生を向こうに回して優勝したのが縁で、親しくした米人女性宣教師(ミス・アンダーソン)(故人)がユウキにくれた 言葉が現在にして活きています。「ユウキ、ポリオは神さまから授かったもの。それを克服して生きることで神さま の栄光を世に現わすことになるのですよ・・・」でした。
 つまり、ポリオは神さまの贈り物。感謝して受けとめ、その価値を世に現わせ、という受けとめ方でした。その意味では「他利」どころか、両親に心配をかけた親不孝者。自身に向けては障害克服という名の「自利」ではあったでしょう。
★人生第一毛作が招来した「他利」への生き方の芽生え
  父亡き後のヨシダ家長男を意識して「自立」への位置を早くにしたヨシダは、当時の義兄(長姉の婿)の進言をうけて職人自営業に入りました。得意の英語を駆 使して先進国アメリカの技術をマスターし、自身が発明開発した器具商品等の販売指導を含めて全国規模で活動しました。大阪の商社と手を組んでのことでした が、むろん、当時の青年ヨシダは大の男顔負けの稼ぎをしたものですが、それ以上に「他利」を果たしました。具体的には数えきれないほどの「弟子」を抱えて 指導したこと。
 最大の「他利」は人生第ニ毛作への転換を機に、当時雇用していた若い弟子に、工具設備一式と商権全てを無償で譲渡しま した。ここでも「他利」を実践したと自負します。もっとも、その裏では、当時の大の男が顔負けの稼ぎをしたことは(も)事実ですが、他利のほうがはるかに 大だったと自負します。
★人生第二毛作の終盤で「他利人生」
  長じて結婚した相手との出来事が第二の「他利」 になったとは、半世紀以上も経った現在のヨシダの解釈。他愛もないことに、先ずは耳(目)をお貸しください。プライバシーをあえて披瀝するのは結果論に過 ぎませんが、ヨシダの「自利より他利」の心を裏付ける結果になったからです。恥を忍んでの告白めいた証言です(笑)。
 当時の家内の養父母創業の小さな運送事業を創業者死去で「身売り」寸前のところ、白羽の矢がヨシダに当たったのです。当時のヨシダは米国から導入した新技術や自身が発明開発した技術や器具の販売指導等で、二十歳時代から全国を講演・実演旅行で飛び回っていた時代。
  特に強調したいのは当時の広島県会議員さん(議長職のご人物だったと記憶します)がそれを高く評価してヨシダの耳に入れてくださった言葉が現在にして鮮明 です。「吉田君、公費で米国実習留学しないか?」と。今から考えると「飛びつきたいほどの誘い」でしたが、平然と聞き流したのです。現在(当時)の目先の ミッションに一層の魅力と生き甲斐を感じていたからです。笑い話ですが、万一、それを受けて渡米していたら、現地のアメリカ人女性と結婚してアメリカに本 拠を持つ身になっていただろう・・・と。これって、ホントに起こり得たであろうことへのヨシダの回顧です。
 ということからの自負もあったりで、請われて家内の養父母創業の個人事業を継承したものです。その後、32年間に及んだ同事業経営でしたが、曲がりなりにも「7社グループによる総合物流商社体制」を確立したものです。
 ・・・ と、ここまではイイとして、養母の死がある事件を誘発しました。世にある「お家騒動」でして、財産相続を巡る家内側の問題。上場企業に勤めていた 彼女の弟を引き抜いて子会社の社長に据えていたまではヨカッタとして・・・と、後はご想像に任せたほうがイイでしょう。
  と、世にも不思議な要請が家内から出てきたのです。「養父母死去で家名が絶えた。草葉の陰で両親が嘆いているので旧姓に戻して(離婚して。でも今まで通り の一 緒の生活で・・・)という常識を逸した要求!ハイ、自尊心の低くないヨシダは振り切って家を飛び出しました。ちなみに、その家は税務署の進言で「社宅」に していたのです。全てをGIVEして「他利」に徹したものでした。
 お家騒動の発端は特筆に価します。会社規模を大きくなるにつれて台頭してき たのが、従業員側のある種の思想。「会社も大きくなったのだから、労働組合があってもイイだろう・・・」といった概念。2回労組つぶしを体験して3回目の 労組結成を前にしたヨシダの胸中に飛来したことは、「ヨシ、中小企業では稀にみるような『近代的労使関係』を樹立してやろう」といった意地でした。
 最初の行動は、「7社グループ企業の決算書期分(計21通)をドカ~ンと労組にさらけ出したのです。結果は労組側からの「自主的賃下げ提案」でした。
 実はこのことが旧創業者家族(家内とその弟、なかんずく後者)の陰謀を招来したのです)。その陰謀を語る前に避けて通れないある事実がありますので、以下に記します。
  第一次オイルショック直後のこと、当時、ヨシダ個人で取得した住宅地購入がありましたが、「土地ブームは去った」の考えのもと、まだ、数回の銀行借り入れ 返済金を横目に一気に売却したのです。「土地ブームは去った!」がヨシダの洞察でした。じじつ、後年、その通りになりました。
 土地ブームに陰りが出る直前だっただけに、売却益は相当ありました。具体的には、「1.会社資本金(当時5百万円)を倍額増資、2.自家用給油所建設、3.創業者墓の建設、4.余った金をある別荘地購入」の4つをやり遂げたのです。
  諸悪(?)の根源は、「倍額増資」を第三者割り当てですべきところ、「気前よく」、従来の持ち株比率で増資したのでした。相当額のお金を他の親族株主に無 償提供したのです。肝心のヨシダの持ち株比率は 「49.9%」(支配株主権未満)でした。家内(当時)のそれと合わせれば、90%以上が株主構成比率。まさか・・・がポイント。その背後に暗躍したのが 家内の実弟。かれが唆したのです。蛇足ですが、後年、その姉弟は仲たがいして放逐され、現在はヨシダの実子たちで継承されて現在に至ります。
  肝 心の「離婚劇」の実態ですが、世にも不思議な離婚理由(前述)を跳ね除けて「家出」をしたのがケッサクでした。後述する「拾い手」があったものの、まさか 亭主のヨシダが家を出て行くとは想像しなかたのが前妻さん。「帰ってきて!」と何度も自動車電話にかけてきましたが、無視しました(笑)。
  と、 小説の題材にもなり得るドキュメンタリー・ストーリーであり、その結果ですが、「これでヨシ!」がヨシダのホンネでした。ハイ、退職金は弁護士を立てての 交渉になりました。相手側の弁護士さんが当方の弁護士に言ったそうです。「こんな経営者はみたことない!」と(笑)。蛇足ですが、その姉弟は喧嘩別れで弟 は行方知れず。ヨシダが予言したとおりに、「姉弟の喧嘩別れ」になりました
 ・・・と、余計なことを記述しましたが、少なくないグループ企業資産を与えました。ヨシダが
現在にして到達した「他利の原点」です。
★人生第三毛作終盤で実践した「他利」
  第二の興味ある出来事は、その時に運よく(?)ヨシダを「拾って」くれた女性がありました。二児の未亡人。子たち共々、快く「一緒に生活してもイイよ!」 と言ってくれたのです (笑)。16年間に及んだ「同棲生活」と言ったら何だか気恥ずかしいですが、その間、コンサルタント会社設立に要した1千万円の資本金を除いては、退職 金+年金等の殆どを自由にさせました。
 と、ある心境の変化(と、これまで言及すると本編が超長文になるので止しますが)を得てのフィリ ピンを引退後の永住の地と定めて現在に至るもの。住んだ住ませてもらった家を指してヨシダは意地悪く(?)言いました。「・・・この家の4,5軒相当額は お前さんにやったよな」と(笑)。一旦は「一緒にフィリピンに行かないか?」という言葉だけは伝えましたが首を振ったのは当然。
 話は前後しますが、英語を活用したいのが引退後の海外生活。当初はマレイシアが頭にありました。ほかでもありません、大手商社のクアランプール支店長 だった甥が言うに、「伯父さん、海外移住だったらマレイシアにいらっしゃいよ。ボクがすべてお膳立てしますよ・・」と。
 ところが、そこのふとした縁で知り合ったフィリピン女性。日本で働きたい一心での名目上(?)の日本人男性との結婚歴の女性との奇しき出会いと、フィリピンへの足がかり役。感謝の念もあって、応分のGIVE(他利)をやってのけたものでした。
★人生第四毛作序盤で実践中の「他利」
  さて、と、今から考えると、そこまでの母国におけるわが人生78余年は概ね「GIVE」の人生。「他利」に通じます。でも、この考え方は当時のヨシダには 皆無でした。幾分かの「被害者意識」も皆無だったと言ったら、聖人君子?でも、不思議なことに被害者意識は皆無でした。現在にして想うことは、裏返せば その分、「他利」の生き方を実践していた、させられてきた、という解釈であり自負です。
 さて、フィリピン生活に転じてからのこと。恥を偲んで の 話ですが、単身生活を送っているヨシダの生活状況をみて心配して助言してくれたのが他でありません、地元バランガイ事務所職員のアーネルという人物。と、 その前にはこんなこと もありました。娘さんみたいな若いフィリピン女性と結婚している同胞(日本人男性)がヨシダに言いました。「ヨシダさん、もし、孤独死でもしたらどうす る!? 死臭が漂って近所の人が初めて気付いて・・・」と。障害者のお爺さんが一人住まい、ともなれば、他人事でなく心配してもらったことはありがたいことでは あったのですが・・・。
 意に介さなかったヨシダでしたが、くだんの人物が紹介してくれて、乗り気ではなかったものの、まるで「押しかけ女房」って感じで居候状態。困惑する中で、心に決めたのは運を天に任せての同棲生活。
  ある日、一緒にクルマで銀行に行く途中のこと、被害事故に遭遇し、その処理等で彼女が表に出て、手際よくフィリピン人加害のドライバーや警官を相手に処理 してくれたのはヨカッタとして、それが発端となった金銭的な処理が彼女の心に魔を生じせしめたのです。
  泣きながら低賃金で子ども二人を養っているので・・・と謝るドライバーを放免したのはイイとして、金銭処理を彼女に任せたことから・・・が災いのもと。ク ルマがなくなって、ヨシダ自身の動きができなくなったことが彼女の采配の自由を招来。と、善意に解釈するのもヨシダ流ではあったのです。 端折っての話、 彼女の故郷の大きな持ち家に引越し。それからが、問題でしたが、飛ばしての話です・・・。
 同女を紹介したアーネルが責任を感じてのこと。親戚同士の縁を切って、ヨシダを「救出」してくれたのです。ヨシダはパソコン1台だけを持ってアーネルと姉の助っ人で「脱出」したのです。ヨシダの持ち物の全てをそのままにして(捨てて)、でした。
 他愛もない、かつまた、「ヨシダさんはドジ踏んだ」という声を覚悟の告白ですが、現在にして思うことは、此処でもヨシダは結果論ですが、「他利」に生きた、自利どころか、自損を承知の上で、ということです(笑)。
 ・・・ と、その助っ人・アーネルがヨシダを連れ戻して、此処で我慢して・・・というのが、到底、辛抱できない環境。翌日からアクションを起こしたのは、中流でイ イから一戸建ての借家手配。無一文だった当時のヨシダにとっては、次の年金需給日が頼り。受給した年金等の全ては奪われたとしても、これから受け取る年給 は手付かずかつ、確実な収入ってところで、心配はなかったのですが、後始末に要した支出は少なくなく、中流の名の知れたビレジ(住宅団地)での生活には 「資金繰り」が大変。それらをすべて取り仕切って処理してくれたのがアーネルでした。もろん、それを可能にしたのは「ヨシダの確実年金収入」という財源の 担保でして、それを前面に出したアーネルの金策でした。
 ヨシダの決断は素早かったです。アーネル家族との共同生活への決断でした。なにせ、か れ は地方行政事務所(バランガイ)勤務だけに収入は多くありません。ヨシダのオファーを断る理由は皆無。そこで始まったのが、自称:「相互扶助精神に基づく 運命共同体生活」でした。かれらを「貧困から脱出さす」という条件と裏腹に、「ヨシダの終生介護」という相互扶助・相互信頼協約です。具体的には、ヨシダ 受給の年金全てをアーネルに託して・・・という図式。他人が聞いたらビックリ仰天間違いありません。ちょっとやそっとで真似できるシロモノではありませ ん。この辺りのドキュメントは(も)「自利より他利」に通じます。
★「他利人生」の総括
 ・・・と、自身の「秘話的」なことを臆せず記述するのは「自分史」執筆の身であることもありますが、大事なことは「他利」に生きながら、実は「自利」(終生面倒見を受ける)という事実をわが人生なかんずく、失敗体験を通しても言えることに気付いたのです。
  かくしてヨシダが最近になってしみじみ感じることがヨシダ人生のあり方に他ありません。つまり、自利を追うのでなく、他利を優先すれば自然と自利となって 戻ってくるというシナリオです。「まずは、冒頭に提示した他利の格言あり」ではなく、自らの人生選択肢から得た教訓であり得るのです。
 現在のヨシダは今まで以上に「達観」した心境で、アーネル家族の幸せを最優先して悔いることは全くありません。今まで以上の感謝の心を強めてアーネル家族らとの共同生活に甘んじているのが実情です。
  数年間に及んだ危機からの脱出生活と、それを取り仕切ってくれたアーネルに対しては最大限の幸せ追求を第一義としています。数年間に及んだ生活建て直しの 実現を得て、ようやく手にしたのが自家用車。存分に活用して幸せを獲得してくれ、と。それを受けたかのように振舞うのがアーネル。クリスマスともなれば、 貧しい子達へのプレゼント等、分に応じた奉仕活動をかれ自身が果たしています。
 不思議なものでして、「自利より他利」に生きることの幸せ感は 何ものにも勝ります。食するもの、生活する環境等々すべてが感謝、かんしゃ、カンシャ!となるのです。人間って、リッチな人でも多少の不満はあるもの。欲 にはキリがありません。ところが、どんなことが生じても、あっても、不思議と不満にならないのです!その分、パートナーたちが喜んでくれる、というシナリ オです。
 と、そんな人生経歴を得た現在のヨシダの胸に去来することに、心の中に絶えず感謝の念が起き上がることです。ひとつひとつの行動の中 で 起こるのが感謝の心にほかありません。一日にその感謝の心を捧げるのは何百回、何千回にもなるでしょう。「感謝、かんしゃ、カンシャ!」とする所以です。 異例とも言えるようなこの個人的なウェブサイトのトップ面に証言する編集者のヨシダの心境を臆せず記述しました。

  
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 超縦長のウェ ブサイトをご訪問くださってありがとうございました。「乱文乱筆ならぬミスプリはご容赦のほど」がヨシダのブログ用語です。またのご訪問をよろしくお願い します。ご機嫌よろしゅう!
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                        2016年6月23日(木)
                           ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
     

                             吉田祐起                                                           (満84歳7ヶ月)                                                (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)   
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