吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳8か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

  原爆証言者・吉田祐起の被爆現場証拠写真です。
 「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル別館」の画像検索結果
  2016年2月14日(日)午前3時頃のこと。ふと目覚めて色んなことに想いを巡らすなかで思いついたこと。それは被爆で九死に一生を得たという表現を 辞さない私の生々しい体験の場をこのサイトに再現することでした。ガバッと起きてデスクに向かいグーグルで関連写真を検索しました!ゲットしたのが上掲の 写真です。
 当時の私は学徒動員で広島電鉄本社電気課勤務でした。足が不自由なことからの事務所勤務。他の級友たちは電車・バスの修理工場配属 で した。左端の写真看板は現在の本社別館(右2枚の3階ビル)の前に設置されている半倒壊したビル画面と日英語説明文看板。2番目の白黒写真はその生々しい 倒壊した建物コーナーの写真です!
 朝礼を終えてビッコを引きながら薄暗い廊下伝いに電気課事務所に向かっていた瞬間の「ヒカ!ドン!」でし た。 あっという間に下敷きになりました。数秒の差で倒壊を免れた同課オフィスに辿り着いていたと、今更の如く想起し、感無量です。真っ暗なビルの下敷きで手を 合わせて死を覚悟しました。ふと、頭上にほのかな明かりが眼に入り、無我夢中で瓦礫をよじ登りました。子供心に想起することに倒壊した建物のてっ辺に這い 出た時の印象は「下界を見下ろす」って位置。顔面に吹き出る血をみて、「母ちゃ~ん!血が出ているよう~!」と泣きました。倒壊したあの建物の下敷きのわ が姿を生々しく再現再確認する次第です。
★ところで、ヒバクシャが念願していた米 大統領の被爆市訪問が去る5月27日にオバマ大統領によって実現しました。ヨシダの解釈は「オバマ大統領閣下、良かったですね~!『男の約束』が果たせ て!」のひと言です。これを機に、ヨシダのヒバクシャ証言は「被爆者最後の生き残り」を演じることにします。

              Since 10th March, 2001
 ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!本日現在の「データーサイズ(編集容量)」 は実に2,380KBという異例とも自 負する規模です。殆どのインタネット関連企業ですら500KBというなかで、楽天さんのそれはずば抜けて2200KB。ヨシダのそれをオーバーしているヨ シダのデーターサイズです。 単行本に換算したら、ン拾冊相当分だぞ~!ってところです。大量のヨシダ自分史足り得ると自負するウェブサイトです。

                            English               
              2016年7月7日(木)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー

  注: お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★&▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。    

               ウィキペディアから拾った7月7日の「できごと」 
                                July 7 Evens(英語版) 
                                   「きょうのできごと」記録集
  新しい月(6月)に入ったのを機に、本コラムの編集方法の変更を実施しました。具体的には、折角ある多くのリンクですので、興味を持たれるビジターは片っ 端からクリックしてご覧いただける、という想定のもとで、リンクの無い重要な事柄についてのみ、編集者の立場で別途、検索して当該写真等を本サイトに掲載 する・・・という仕組みに改善しました。そのため、写真の枚数が減る分、比較的大きく表示しています。編集者にとっても、重複するような画像は避けて、 ウィキペディアにはリンクのない大事なできごとやその背景等に関する情報を独自の判断で選択して当該写真を掲載することの意義を感じての改善策です。
    2「Pope Callixtus III」の画像検索結果「Joan of Arc's sin forgiven 1456」の画像検索結果「Pope Callixtus III and joan of arch」の画像検索結果「Pope Callixtus III and joan of arch」の画像検索結果「Pope Callixtus III and joan of arch」の画像検索結果「Pope Callixtus III and joan of arch」の画像検索結果4「Battle of Hubbardton 1777」の画像検索結果「Battle of Hubbardton 1777」の画像検索結果
   「Battle of Hubbardton 1777」の画像検索結果   「Battle of Hubbardton 1777」の画像検索結果 「Battle of Hubbardton 1777」の画像検索結果 「Battle of Hubbardton 1777」の画像検索結果   「Battle of Hubbardton 1777」の画像検索結果6「Peace of Tilsit 1807」の画像検索結果「Peace of Tilsit 1807」の画像検索結果
    「Peace of Tilsit 1807」の画像検索結果「Peace of Tilsit 1807」の画像検索結果「Peace of Tilsit 1807」の画像検索結果8「1884年 - 岩崎彌太郎造船事業を始める。」の画像検索結果「1884年 - 岩崎彌太郎造船事業を始める。」の画像検索結果
      「1884年 - 長崎造船所」の画像検索結果「1884年 - 長崎造船所」の画像検索結果    関連画像関連画像「1884年 - 長崎造船所」の画像検索結果「1884年 - 長崎造船所看板」の画像検索結果
   9 「アンドレス・ボニファシオ」の画像検索結果  「philippines Katipunan」の画像検索結果   「philippines Katipunan」の画像検索結果 「philippines Katipunan」の画像検索結果      関連画像   関連画像
      10「Newlands Resolution 1898」の画像検索結果「Newlands Resolution 1898」の画像検索結果「Newlands Resolution 1898」の画像検索結果「Newlands Resolution 1898」の画像検索結果「Newlands Resolution 1898」の画像検索結果「Newlands Resolution 1898」の画像検索結果「Newlands Resolution 1898」の画像検索結果   
 33「Samantha Reed Smith」の画像検索結果     「Samantha Reed Smith」の画像検索結果   「Samantha Reed Smith」の画像検索結果「ユーリ・アンドロポフ」の画像検索結果「Samantha Reed Smith」の画像検索結果「Samantha Reed Smith」の画像検索結果「Samantha Reed Smith」の画像検索結果「Samantha Reed Smith」の画像検索結果
45「2006年岡本太郎「明日の神話」」の画像検索結果「2006年岡本太郎「明日の神話」」の画像検索結果           「2006年岡本太郎「明日の神話」」の画像検索結果    「2006年岡本太郎「明日の神話」」の画像検索結果     「2006年岡本太郎「明日の神話」」の画像検索結果  
(1)1333年元弘3年/正慶2年5月25日) - 持明院統光厳天皇が京都に復帰した後醍醐天皇によって廃位される。
(2)1456年 - ルーアンにて25年前のジャンヌ・ダルクの処刑裁判の判決破棄を宣言。
(3)1541年天文10年6月14日) - 武田晴信(後の信玄)が父・信虎を甲斐から追放。
(4)1777年 - アメリカ独立戦争: ハバードトンの戦い
(5)1798年 - 擬似戦争: フランスの私掠船によるアメリカ商船への攻撃を受け、アメリカ議会がフランスとの条約を破棄。実質的な戦争の開戦。
(6)1807年 - ナポレオン戦争: フランスロシアティルジットの和約を締結。
(7)1884年 - 華族令制定、華族の五段階の爵位にランク付けられ特権階級として規定された。
(8)1884年 - 岩崎彌太郎工部省長崎造船局の払下げを受け、長崎造船所として造船事業を始める。現在の三菱重工業
(9)1892年 - フィリピンアンドレス・ボニファシオらがスペインからの独立運動組織カティプナンを結成。
(10)1898年 - ハワイアメリカ合衆国への併合、ハワイ準州 (Territory of Hawaii) の設立を定めたニューランズ決議英語版が発効。
(11)1919年 - カルピス販売開始。
(12)1937年 - 盧溝橋事件日中戦争の発端に。
(13)1940年 - 日本で奢侈品等製造販売制限規則(七・七禁令)施行。
(14)1941年 - 第二次世界大戦: アイスランドアメリカ軍が駐留。
(15)1944年 - 第二次世界大戦・サイパンの戦い: サイパン島の日本軍守備隊が玉砕
(16)1945年 - 日本海軍のロケット戦闘機秋水が初飛行するが、燃料タンクの問題によって墜落し、パイロットが死亡する。
(17)1946年 - アメリカ陸軍の試作偵察機XF-11が初飛行で墜落し、操縦していたハワード・ヒューズが大怪我を負う。
(18)1952年 - 大須事件名古屋市中区大須でデモ隊と警官隊が衝突。121人を逮捕。
(19)1956年 - 世界第13位の高峰ガッシャーブルムII峰フリッツ・モラベックにより初登頂。
(20)1959年 - しし座アルファ星レグルス金星によるが発生。
(21)1968年 - 第8回参議院議員通常選挙石原慎太郎青島幸男横山ノックら多くのタレント議員が誕生。
(22)1969年 - カナダで公用語法 (en:Official Languages Act (Canada)) が成立。英語フランス語双方が公用語に規定される。
(23)1970年 - 韓国京釜高速道路が全線開通。
(24)1970年 - 日本初のファミリーレストランすかいらーく国立店が開店。
(25)1971年 - 大阪市佐治敬三らが関西公共広告機構(現・ACジャパン)を設立。
(26)1972年 - 田中角榮が54歳の史上最年少で内閣総理大臣に就任。第1次田中角榮内閣発足。
(27)1974年 - 第10回参議院議員通常選挙。一部地域を除き即日開票され、結果は保革伯仲の構図となった。投票率は73.2%。
(28)1974年 - 台風8号に刺激された梅雨前線が日本各地に集中豪雨をもたらした。(七夕豪雨
(29)1974年 - サッカーワールドカップ・西ドイツ大会で開催国の西ドイツが優勝する。
(30)1977年 - 広島高裁、「加藤老事件」の加藤新一被告に無罪判決。
(31)1978年 - ソロモン諸島イギリスより独立。
(32)1979年 - 都ホテル東京東京都港区白金台に開業。
(33)1983年 - 冷戦: 11歳のアメリカ人サマンサ・スミスユーリ・アンドロポフに招待され「アメリカ史上最年少の親善大使」としてソ連を訪問。
(34)1985年 - 西ドイツボリス・ベッカーが大会史上最年少の17歳7カ月でウィンブルドン選手権男子シングルス優勝。
(35)1988年 - ソビエト連邦火星探査機フォボス1号を打ち上げる。
(36)1991年 - ユーゴスラビア紛争十日間戦争: ユーゴスラビアスロベニアが停戦に合意し、ユーゴスラビア軍がスロベニアから撤退。
(37)1993年 - この年から始まったJリーグ鹿島アントラーズ浦和レッズを降し前期優勝を決める。
(38)1996年 - 太田市パチンコ店女児連れ去り事件
(39)1998年 - 作曲家の吉田正国民栄誉賞が贈られる。
(40)1998年 - 千葉ロッテマリーンズが日本プロ野球新となる17連敗を記録。
(41)2001年 - 神戸市営地下鉄海岸線三宮・花時計前駅 - 新長田駅間が開業。
(42)2003年 - 能登空港開港。
(43)2005年 - ロンドン同時爆破事件
(44)2005年 - 愛知県清須市が市制施行。
(45)2006年 - 30年近く所在不明となっていた岡本太郎作の壁画『明日の神話』が汐留で公開される。
(46)2014年 - 世界初大学を跨ぐ若手限定の同窓会「七大学若手会」設立
(47)2015年 - 気象衛星ひまわり8号が、正式運用を開始する。
(405.4KB)

          Today@VOAから受信した「アメリカ版<きょうのできごと>」  
(注:日米時差1日のため、本欄掲載は前日のものですが、即効性を重んじて日本時間並みに月日で掲載します。なお、同メルマガ受信時間により前日(回)掲載したものをそのまま此処に掲載し、当日受信分の編集が終了し次第に取り替えます。)なお、今からの本編の記録は「アメリカ版「きょうのできごと」日別一覧表」に収録しています。おって、「1日の時差」があることをご留意ください。
                          アメリカ版「きょうのできごと」
                         (1日遅れの時差あり)
           アメリカ版「1995年7月7日(日本時間5日)のできごと」

      today@VOA

        

                        July 6, 2016

On This Day in American History
On July 6, 1858, American Lyman Blake patents his sewing machine invention that attaches the sole to the upper part of shoes. The machine revolutionized the production of footwear, which had been hand-stitched up until then. Blake’s machine is credited with giving the North the edge during the U.S. Civil War, when Confederate soldiers didn’t have proper footwear.

1858 年7月6日、アメリカ人のレイ マン・ブレイクが靴の上部(長靴)を作る機械を発明して特許を取得しました。この機械はそれまで手作りだった部分の機械化を実現した画期的なものでした。 特にブレイクの発明品は南北戦争時代に当時は南軍にこの種の長靴がなかっただけに、北軍に決定的な強みになりました。(ヨシダ訳)
ヨシダブログ:記事の最初の一節をグーグルにインプットすると当該記事の幾つかにヒットするのですが、本記事は望むものが出ません。替わって主人公の人物ズバリでヒットしたのが「
"Lyman Reed Blake "(ニューヨーク公共図書館秘蔵)です。
  ヨシダが関心を強めるのは「発明」という行為とその成果。ほかでもありません、ヨシダが中身は別にしても、青春時代に3つの「実用新案特許」取得、プラス 「米国から2つの新技術導入」を果たしたキャリアの持ち主であるからです。前者の発明品ではエピソードがあります。岡山市の製材機メーカー^がそのひとつ を真似て商品化していたのです。当時、提携していた大阪の商社マン同伴で同社を訪れ「談判」。賠償金にと金15万円也の約束手形を受け取りました。半世紀 以上も前のエピソード。「約手」というシロモノをはじめて手にした瞬間でした。
 ついでに蛇足の弁をもうひとつ。英語力を駆使してヨシダが実現 し た当時のアメリカの技術をふたつ習得して日本で広めました。前者は「帯ノコのガス溶接」。物凄い曲げ運動と緊張下に置かれる帯ノコの接続は不可能視されて いた時代のこと。なんと、その極秘的技術は「日本刀の鍛造技術」に通じるのです。世界に誇れる日本固有の技術でありながら、近代機器用具に置きざれされた もの。  とまあ、こんあことから、ヨシダは日本で有名人になりました。各地を講演実演旅行で飛び回ったものでした。旧き良き時代の1ページをこの場を拝 借してブログした次第です。

(後日談)
 
レ イマン・リード・ブレイク氏の晩年人生にヒットするに、彼はその特許をゴードン・マッケイという人物に8千ドルプラス将来の利益相当額6万2千ドルで売 却。1861年から引退の1874年まで同氏の工場で働き、1883年10月5日に没します。享年48歳。マッケイ製ミシンは21年間にわたりアメリカ・ カナダでトップ・セールスを記録しました。最下段の写真資料はそれを示します。
(132.55KB)(写真19枚添付ファイル

  「Lyman Reed Blake」の画像検索結果「Lyman Reed Blake」の画像検索結果「Lyman Blake patented boots sewing machine」の画像検索結果「Lyman Blake patented boots sewing machine」の画像検索結果「Lyman Blake patented boots sewing machine」の画像検索結果「Lyman Blake, shoe maker」の画像検索結果
    「Confederate soldiers footwear」の画像検索結果          「Confederate soldiers boots」の画像検索結果「Confederate soldiers footwear」の画像検索結果「Confederate soldiers footwear」の画像検索結果  「Lyman Blake patented boots sewing machine」の画像検索結果
           「Confederate soldiers boots」の画像検索結果「Confederate soldiers boots」の画像検索結果「Confederate soldiers footwear」の画像検索結果
       「Gordon McKay and Lyman Reed Blake 」の画像検索結果    「Gordon McKay Shoe Machinery Company」の画像検索結果  「Gordon McKay Shoe Machinery Company」の画像検索結果  「Gordon McKay Shoe Machinery Company」の画像検索結果

 

                                              インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を
編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。
ただ今、6417編目です!
 
2016年7月7日(木)掲載分
昨日7月6日最終のトップページ

日別最終トップページ一覧表
編集者のダイアリー・コナー 

 昨日「7月6日の最終トップサイト」 の編集容量が1000.21KBと限度オーバー!「できごと写真」の下段一列を削除しての結果です。記念すべき(?)トップサイトとしてそのまま保存しま した★「today@VOA」の編集掲載を始めてからですが、編集上の微妙な変化や出来事がイイ勉強になっています。VOAメルマガからコピーして編集サ イトに取り込むのですが、実に微妙な技術を要します。うっかりすると下半身消滅!ってことになることから、工夫を重ねてのまずまずの成果です。満85歳前 の爺ちゃんにしてはご立派!と自身の頭をさする想いです(笑)
 今朝一番の仕事は「today@VOA」の英語版編集。情報収集のために、日本語版はちょっとお預けして英語版のまま掲載しています。毎度のブログで僭越ですが、なんとも言えない満足感、達成感を味わいます。ホントにボケ防止にはバツグン!って気分です。(10:20)
  情報収集はひと通り一巡したものの、コレ!という記事にヒットしません。替わってその分、「アメリカ版きょうのできごと」は日英語両版に精出しました。ご 覧のように、記事本文の10数倍のブログ!プラス添付資料がその成果です。でも、イイ勉強をした想いで満足です★ボツボツ、「本日のできごと写真編集」に とりかかります。することが沢山あってイイことだ、と自我自賛しています。(14:00)


 昨日5日の記事4編を下記に掲載していますが、本日7日の第一記事掲載( : )をもって消却します。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。 
No.6417
英語を身に付けたいならこの3点を意識せよ ネイティブ思考ができれば苦手を克服できる
東洋経済ONLINE2016.7.6.ダン上野Jr. :TOEICマスター/東京SIM外語研究所所長
ヨシダブログ「ネ イティヴ並みの英語を話すのが大事ではない(日本人らしくで良い?)」というコメントをよく耳にします。「ネイティヴ並み」の誤解も否定できません。日本 人には珍しく(?)、いきた、生きた、活きた英語を自負するヨシダの弁はこうです・・・。発音そのものは何もネイティヴ並みでなくってもイイのです。聴い ていて、滑らかにぎこちなく、すらすらと、抑揚良く・・・といった調子の英語をネイティヴ並みと評します。エロキューションと称しますが、純粋の英語(米 語)発音でなくても、訛りの強い英語でありながら、スラスラと淀みなく流暢に話せることをもってネイティヴ並みと評します▼その点、ニッポン人の英語会話 はなんともぎこちなく、流暢さはみられません!トツトツ、日本人特有のシャイな性格や時には誤解を招きかねない「不可解な笑みや態度(お愛想笑や頷き姿) での英語」は日本人独特で、日本人のヨシダでも、恥ずかしくなるような風情とすら酷評します▼・・・と、そういった意味では本記事は大変に参考になります ので、英会話習得にご熱心な方々の必読をお薦めします▼「中見出し」は、■英語ベタの日本人を生む「返り読み」の弊害とは?、■「意味のまとまりごとに理 解する」・・・と続きます。(60.83KB)写真6枚添付ファイル      
    「ネイティブと同じ思考を身に付けましょう」の画像検索結果 「ネイティブと同じ思考を身に付けましょう」の画像検索結果
      「60万人が結果を出したネイティブ思考英語勉強法」の画像検索結果「60万人が結果を出したネイティブ思考英語勉強法」の画像検索結果「60万人が結果を出したネイティブ思考英語勉強法」の画像検索結果
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No.6416
夕張破綻10年 年収300万円台の市長、次のキャリアは 北海道夕張市長 鈴木直道氏が語る
NIKKEI STYLE 2016.7.16.(2日付)松本千恵 

ヨシダブログ鈴木直道夕張市長」の経歴は魅力的です。と、これは若い時から苦労してきた人間ヨシダの目線でみた印象です。まずは、クリックしてその人物像の一端をご覧くださいませんか!? 「鈴木直道公式ホームページ」 もあります▼このコラムを開設して間もない頃だったと記憶しますが、同市長の記事を編集したことがあります。お元気でますますご活躍の様子に接してご同慶 の至りです▼都庁職員時代は2008年1月、猪瀬直樹東京都副知事(当時)の発案により夕張市に派遣されたとかです▼「中見出し」は、■“人気投票”で決まる、不人気なトップ、■破綻時の小学生は、高校生に、誰がなっても同じではない、■市長の報酬7割カット、■市長になって後悔はない。未来は市民が決める・・・と続きます▼「若い時にゃあ、苦労は買ってでもせよ」はヨシダが自他ともに演じた人生哲学ですが、生活環境さえ許せば、給料の云々抜きで人生にチャレンジする、できるのも幸運デス。(69.95KB)写真19枚添付ファイル      
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No.6415
瀕死のイギリス。EUよりも先に「UK連合王国」がバラバラの危機へ
MAG2NEWS2016.7.6.高野孟 
ヨシダブログ:別 段、ヨシダが思っていて共感するからとかでなく、こんな見方も当然出てきて不思議はないと感じます。猫も杓子も「グローバリゼーション」で浮かれてきた半 世紀。ボツボツ、そのネギャティヴな面が台頭しつつある、と言ったら僭越でしょうか?▼「中 見出し」は、■「後悔先に立たず」で混沌の海に溺れる英国──EUよりも先に連合王国が解体の危機へ、■幾重にも錯綜する矛盾、■経済実利だけの英国の姿 勢、■「連合王国」が先に分解、■シティの金融機能も喪失?・・・と続きます▼添付資料は何時もながら、本記事に出てくる言葉をもってグーグル検索して ヒットしたものに過ぎませんので、悪しからず。(143.83KB)写真17枚添付ファイル      
                 「連合王国解体危機」の画像検索結果         「連合王国解体危機」の画像検索結果
                「連合王国解体危機」の画像検索結果   「連合王国解体危機」の画像検索結果
       「fall of british empire」の画像検索結果「fall of british empire」の画像検索結果「fall of british empire」の画像検索結果「fall of british empire」の画像検索結果
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No.6414
英EU離脱で世界の混乱はこれからだ
DIAMOND Online2016.7.6.(5日付)真壁昭夫 [信州大学教授]
ヨシダブログ「中 見出し」は、■EU離脱の国民投票以降 政治への不透明感が高まる、■世論は大きく揺らぐもの 多数決による国民投票の問題点、■離脱派は虚偽の主張で世 論を煽った!?、■今のところは小康状態の金融市場 今後厳しい状況に直面する英国、■EUの政治不安が日本にも影響 経営戦略の見直しを迫られる企業 も、■中長期的には影響が出かねない世界の安全保障や経済への懸念・・・と続きます▼「質問:英国が今回のEU離脱問題で国民投票をしたのは間違いだった と思う?」に対する回答は、「そう思う64.47%、そうは思わない28.46%、わからなに、その他7.06%」です▼添付資料は本記事からヨシダが受 ける印象に従って選択した画像です。ケッサクなのは、「英国民の多くがEU離脱の決定を後悔し“レグレジット”(Regrexit:後悔とEU離脱をかけた)なる造語までが出ている」という皮肉です。ことほど左様に、この種の国際的組織は 複雑に絡み合っていることですが、得るものあれば、失うものも避けられません。逆に失うものがあっても新たに得るものもある筈です。長年培われた所産ゆえ のこと▼それにしても確実に言えることは「グローバリゼーション」への反動や反省は避けられません。英国のケースが試金石になってほしいものではあります ね。(157.75KB)写真26枚添付ファイル
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        以下、真壁昭夫著書へ 

              「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を           
★84歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
★ 人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
★ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
★手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
★そ こで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
★ コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクトの人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
★そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
★ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
★若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄され る」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
★ その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
★すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、「世のため、人のために役立つ生涯を」・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジ ナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
★アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
★ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
★なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。★もうひとつの「蛇足の弁」ならぬ、「蛇足・でも価値ある漫画言葉」の漫画。曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言ったらどう思うかい?)★これって奇しくも、ヨシダが早くにして到達したホンネそのものって感じです!!!(笑)
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 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が大きくて多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムでは その容量大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真が白黒コミックで編集容量が極めて低く (14.84KB)、ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、通算60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。  
 超縦長のウェ ブサイトをご訪問くださってありがとうございました。「乱文乱筆ならぬミスプリはご容赦のほど」がヨシダのブログ用語です。またのご訪問をよろしくお願い します。ご機嫌よろしゅう!
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                        2016年7月8日(金)
                           ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
     

                             吉田祐起                                                           (満84歳8ヶ月)                                                (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)   
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