吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳8か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

  原爆証言者・吉田祐起の被爆現場証拠写真です。
 「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル別館」の画像検索結果
  2016年2月14日(日)午前3時頃のこと。ふと目覚めて色んなことに想いを巡らすなかで思いついたこと。それは被爆で九死に一生を得たという表現を 辞さない私の生々しい体験の場をこのサイトに再現することでした。ガバッと起きてデスクに向かいグーグルで関連写真を検索しました!ゲットしたのが上掲の 写真です。
 当時の私は学徒動員で広島電鉄本社電気課勤務でした。足が不自由なことからの事務所勤務。他の級友たちは電車・バスの修理工場配属 で した。左端の写真看板は現在の本社別館(右2枚の3階ビル)の前に設置されている半倒壊したビル画面と日英語説明文看板。2番目の白黒写真はその生々しい 倒壊した建物コーナーの写真です!
 朝礼を終えてビッコを引きながら薄暗い廊下伝いに電気課事務所に向かっていた瞬間の「ヒカ!ドン!」でし た。 あっという間に下敷きになりました。数秒の差で倒壊を免れた同課オフィスに辿り着いていたと、今更の如く想起し、感無量です。真っ暗なビルの下敷きで手を 合わせて死を覚悟しました。ふと、頭上にほのかな明かりが眼に入り、無我夢中で瓦礫をよじ登りました。子供心に想起することに倒壊した建物のてっ辺に這い 出た時の印象は「下界を見下ろす」って位置。顔面に吹き出る血をみて、「母ちゃ~ん!血が出ているよう~!」と泣きました。倒壊したあの建物の下敷きのわ が姿を生々しく再現再確認する次第です。
★ところで、ヒバクシャが念願していた米 大統領の被爆市訪問が去る5月27日にオバマ大統領によって実現しました。ヨシダの解釈は「オバマ大統領閣下、良かったですね~!『男の約束』が果たせ て!」のひと言です。これを機に、ヨシダのヒバクシャ証言は「被爆者最後の生き残り」を演じることにします。

              Since 10th March, 2001
 ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!本日現在の「データーサイズ(編集容量)」 は実に2,370KBという異例とも自 負する規模です。殆どのインタネット関連企業ですら500KBというなかで、楽天さんのそれはずば抜けて2200KB。ヨシダのそれをオーバーしているヨ シダのデーターサイズです。 単行本に換算したら、ン拾冊相当分だぞ~!ってところです。大量のヨシダ自分史足り得ると自負するウェブサイトです。

                            English               
              2016年7月5日(火)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー

  注: お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★&▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。    

               ウィキペディアから拾った7月5日の「できごと」 
                                July 5 Evens(英語版) 
                                   「きょうのできごと」記録集
  新しい月(6月)に入ったのを機に、本コラムの編集方法の変更を実施しました。具体的には、折角ある多くのリンクですので、興味を持たれるビジターは片っ 端からクリックしてご覧いただける、という想定のもとで、リンクの無い重要な事柄についてのみ、編集者の立場で別途、検索して当該写真等を本サイトに掲載 する・・・という仕組みに改善しました。そのため、写真の枚数が減る分、比較的大きく表示しています。編集者にとっても、重複するような画像は避けて、 ウィキペディアにはリンクのない大事なできごとやその背景等に関する情報を独自の判断で選択して当該写真を掲載することの意義を感じての改善策です。
      1       「auld alliance scotland france」の画像検索結果「auld alliance scotland france」の画像検索結果「auld alliance scotland france」の画像検索結果「auld alliance scotland france」の画像検索結果「auld alliance scotland france」の画像検索結果「auld alliance scotland france」の画像検索結果
    6「オンタリオ州チッパワ」の画像検索結果「battle of chippawa 1814」の画像検索結果「battle of chippawa 1814」の画像検索結果   「battle of chippawa 1814」の画像検索結果「battle of chippawa 1814」の画像検索結果関連画像
  8 「姉小路公知」の画像検索結果「姉小路公知」の画像検索結果「姉小路公知」の画像検索結果「姉小路公知」の画像検索結果「姉小路公知」の画像検索結果「姉小路公知」の画像検索結果 9「William Booth」の画像検索結果
    関連画像  「William Booth」の画像検索結果   「William Booth」の画像検索結果「William Booth」の画像検索結果     関連画像   関連画像
     「William Booth」の画像検索結果    「William Booth」の画像検索結果「William Booth」の画像検索結果「William Booth」の画像検索結果「William Booth」の画像検索結果「William Booth」の画像検索結果
12「1909年 - 日本陸軍代々木練兵場」の画像検索結果 「1909年 - 日本陸軍代々木練兵場」の画像検索結果     関連画像「1909年 - 日本陸軍代々木練兵場天皇閲兵式」の画像検索結果「1909年 - 日本陸軍代々木練兵場」の画像検索結果
18「Louis Réard」の画像検索結果「Louis Réard」の画像検索結果「Louis Réard」の画像検索結果「Louis Réard」の画像検索結果 「bikini atoll」の画像検索結果
  19   関連画像「1946年 - 原爆投下直後の写真3点が『夕刊ひろしま』に初掲載。」の画像検索結果「広島被爆写真」の画像検索結果     関連画像 「広島被爆写真」の画像検索結果 関連画像
   23   「Gasherbrum I」の画像検索結果  「1958, american nicholas clinch team conquered Hidden Peak」の画像検索結果「1958, american nicholas clinch」の画像検索結果「nicholas clinch climber」の画像検索結果「1958, american nicholas clinch team conquered Hidden Peak」の画像検索結果「1958, american nicholas clinch team conquered Hidden Peak」の画像検索結果 

  26    「1963年 - 中華人民共和国総書記の鄧小平とソ連首相のニキータ・フルシチョフが会談、イデオロギー論争で対立し7月20日に会談決裂。」の画像検索結果        「1963年 - 中華人民共和国総書記の鄧小平とソ連首相のニキータ・フルシチョフが会談、イデオロギー論争で対立し7月20日に会談決裂。」の画像検索結果 27「air canada flight 621 crash on july 5th 1970」の画像検索結果         「air canada flight 621 crash on july 5th 1970」の画像検索結果「air canada flight 621 crash on july 5th 1970」の画像検索結果
  「air canada flight 621 crash on july 5th 1970」の画像検索結果「air canada flight 621 crash on july 5th 1970」の画像検索結果 「air canada flight 621 crash on july 5th 1970」の画像検索結果   「air canada flight 621 crash on july 5th 1970」の画像検索結果「air canada flight 621」の画像検索結果     「air canada flight 621 crash on july 5th 1970」の画像検索結果  
            (以下、編集許容量不足のために、掲載を保留中です。)

(1)1295年 - フランススコットランドが、イングランドに対抗するための同盟(en:Auld Alliance)を結成。[要検証 ]
(2)1610年 - ジョン・ガイ英語版が39人の入植者と共にニューファンドランド島へ向けてブリストルを出航。
(3)1687年 - アイザック・ニュートンの『自然哲学の数学的諸原理』(プリンキピア)が刊行。
(4)1809年 - ナポレオン戦争: ヴァグラムの戦い
(5)1811年 - ベネズエラスペインからの独立を宣言。1821年に承認される。
(6)1814年 - 米英戦争: チッパワの戦い
(7)1861年文久元年5月28日) - 第一次東禅寺事件
(8)1863年(文久3年5月20日) - 姉小路公知暗殺される(朔平門外の変)。
(9)1865年 - ウィリアム・ブースがキリスト教伝道会(後の救世軍)を創設。
(10)1884年 - カメルーン全土がドイツの勢力下に置かれる。
(11)1886年 - 東京電燈会社が開業。
(12)1909年 - 日本陸軍代々木練兵場が完成。
(13)1935年 - アメリカで労働者の団結権団体交渉権を保証する「全国労働関係法」(ワグナー法)が施行。
(14)1936年 - 陸軍軍法会議磯部浅一二・二六事件の軍関係者17人に死刑判決。
(15)1937年 - アメリカのホーメルフーズがランチョンミートの缶詰をSPAMの名称で販売開始。
(16)1940年 - 第二次世界大戦: イギリスフランスヴィシー政権が国交断絶。
(17)1943年 - 第二次世界大戦: クルスクの戦い始まる。8月27日まで。
(18)1946年 - ルイ・レアールが「世界一小さな水着ビキニを発表。
(19)1946年 - 原爆投下直後の写真3点が『夕刊ひろしま』に初掲載。
(20)1950年 - 朝鮮戦争: 烏山の戦い
(21)1950年 - 萬代屋(現在のバンダイ)設立。
(22)1955年 - 法制審議会民法部会、夫婦別姓を認める案を論議。
(23)1958年 - 世界第11位の高峰ガッシャーブルムI峰がアメリカのニコラス・クリンチ隊により初登頂。
(24)1960年 - コンゴ共和国(コンゴ・レオポルドヴィル)で兵士による反乱が開始される(コンゴ動乱の勃発)[1]
(25)1962年 - アルジェリアフランスより独立。
(26)1963年 - 中華人民共和国総書記の鄧小平ソ連首相のニキータ・フルシチョフが会談、イデオロギー論争で対立し7月20日に会談決裂。
(27)1970年 - エア・カナダ621便墜落事故。109人全員死亡。
(28)1971年 - アメリカ合衆国で、選挙権が与えられる年齢を21歳から18歳に引き下げるアメリカ合衆国憲法修正第26条が発効。
(29)1973年 - ジュベナール・ハビャリマナルワンダの第3代大統領に就任。
(30)1975年 - カーボベルデポルトガルより独立。
(31)1977年 - パキスタンムハンマド・ジア=ウル=ハク将軍がクーデターを起こし、ズルフィカール・アリー・ブットー首相ら閣僚を逮捕。
(32)1978年 - 農林省農林水産省に改称。
(33)1986年 - 道路交通法改正。原動機付自転車ヘルメット着用を義務づけ。
(34)1995年 - アルメニアでソ連からの独立より4年目で憲法を採択。
(35)1996年 - スコットランドで世界初の哺乳類体細胞クローンであるドリー」が生まれる。
(36)1998年 - 香港・啓徳空港が閉港。1925年に開港そして運用以来、73年の歴史に幕が閉じられる。
(37)2003年 - 世界保健機関 (WHO) がSARSの制圧宣言を出す。
(38)2003年 - モスクワ郊外のコンサート会場でチェチェン独立派テロリストによる爆破テロ事件発生。市民14人が死亡。
(39)2005年 - 郵政国会: 郵政民営化関連法案衆議院本会議で可決され参議院へ送られる。51人の自民党議員が造反。
(40)2006年 - 北朝鮮によるミサイル発射実験北朝鮮から日本海に向けてテポドン2号ノドンスカッドとみられるミサイルが午前3時過ぎから午後5時過ぎの間にかけて計7発が発射される。
(41)2008年 - 東海北陸自動車道全線開通。
(42)2009年 - 2009年ウイグル騒乱中華人民共和国新疆ウイグル自治区ウルムチ市ウイグル人住民が漢族住民・武装警察と衝突。
(43)2011年 - 松本龍が、舌禍騒動の末防災復興大臣を辞任。
(460.43KB)

          Today@VOAから受信した「アメリカ版<きょうのできごと>」  
(注:日米時差1日のため、本欄掲載は前日のものですが、即効性を重んじて日本時間並みに月日で掲載します。なお、同メルマガ受信時間により前日(回)掲載したものをそのまま此処に掲載し、当日受信分の編集が終了し次第に取り替えます。)なお、今からの本編の記録は「アメリカ版「きょうのできごと」日別一覧表」に収録しています。おって、「1日の時差」があることをご留意ください。

            アメリカ版「1995年7月2日(日本時間2日)のできごと」

      today@VOA

           Informing, engaging & connecting the people of the world.

                        July 1, 2016

On This Day in American History
On July 1, 1863, the Battle of Gettysburg — the largest battle in the U.S. Civil War and the biggest military conflict in North American history — begins between Union and Confederate forces in Pennsylvania. The epic battle lasts three days and ends in a decisive defeat for the South, which loses one-third of its men on the battlefield. Gettysburg is seen as a turning point in the war, which ended in a northern victory and the freeing of all slaves in the United States.

1863年7月1日ゲティスバーグの戦い―最大規模の合衆国内戦であり、北米歴史における最も過酷な軍事衝突―はペンシルバニアで起きたユニオン側対南部連合体の叙事詩的とも言える戦闘で3日間続き、三分の一の兵力を失うという南部側の決定的な敗北で終焉した。このゲティスバーグ戦は大きな北軍勝利でその結果として合衆国における全ての奴隷を自由に転換期となった。(ヨシダ訳)
YOSHIDA BLOGS:記事の最初のフレーズをグーグル検索でインプットすると多く当該英文記事サイトが出てくる中で、"Battle of Gettysburg"(HISTORY)があります。
 何時ものように、記事内容に従い、当該画面を追いながら「絵物語的」な画像編集をしました。ゲティスバーグと言えば、後年、かのリンカーン大統領がその古戦場で演説して著名な「ゲティスバーグ演説」があります。ヨシダが日常習慣とするこれら一連の英語詩文等の「朗誦」があるだけに、格別の想いを深くするものです。
 合衆国歴史で重要な転換期を示すことになったこの最大規模のゲティスバーグ戦争でしたが、全ての奴隷解放の初めとなったことは記念すべきもの。でも、その大量の人命損失という代償は別の意味でこの戦争歴史の一ページとなるでしょう。 
 蛇足のブログをひとつ。下記添付写真の最下段右の写真はリンカン記念館にあるそのゲティスバーグ演説に全文を刻んだもの。1993年に行った「1ヶ月間米国取材旅行」 の折に立ち寄ったのが同記念館。見上げながら口ずさむヨシダの傍に立って見入っていたアメリカ人男性と目が合って話し始め、この演説文はカンペキに朗誦で きるのですよ、と言ったら、凄く興味を抱き、ちょっとやってみて!と。思わず10数行を口ずさみました。彼、曰く、「昔はアメリカの小学校教育でこの演説 を暗記することを奨励していたけど、現代では・・・」と肩をシュリンクしたのが想い出です。
 かの9.11.の記念日には著名な政治家か誰かが式典でそれを朗誦する場面に出くわしたことがありますが、ヨシダはかれのそれに比べて少しも劣らないぞ~!と自負します(笑)。

(写真27枚添付ファイル)
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                                              インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を
編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。
ただ今、6413編目です!
 
2016年7月5日(火)掲載分
昨日7月4日最終のトップページ

日別最終トップページ一覧表
編集者のダイアリー・コナー 

 尊敬してやまない宮崎正弘先生の短い記事ですが、物凄い内容の示唆を内蔵されていると痛感します。「No.6413:ダッカのISテロの対応、日本とイタリアは、こうも違うのか   「激しい怒り、全力を尽くす」日本と、「狂信者には屈しない」とイタリア「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」通算第4954号2016.7.5.(4日付))」 がそれですが、此処でも避けて通れないとヨシダが感じることは、「歴史は繰り返す」のひと言に尽きるものがあります★ヘンなことですが、84歳のヨシダが この年齢、この人生体験を通じて到達した(?)不動の人生観(?)とでも言いようがないものを痛感します。もうひとつのヘンなことは、・・・といった人生 観を抱く者にとっては、淡々とした、達観した(?)、少々の変化には動じないニンゲンになれるのではないか?というヘンな人生観・人間観でもあるのかな? と★不謹慎なことを承知の上のブログですが、ヒバクシャの立場にあるヨシダが到達(?)したヒバクシャ観は、その悲惨さをどんな形で証言しても、所詮はそ の場限り。どんな証言内容に接しても、所詮はその場限り。自他共にその場限り・・・ってのがオチです★所詮、人間は人類は、往きつくところまで行って気付 くもので、それは「Too late(遅すぎた)」しか残りません★・・・と、そんな人生体験&人生観(人間観)を持つことをもって、ヒバクシャの立場にあって180度の心の転換を したのが、オバマ大統領の被爆市広島市訪問を契機にした「心のシフト」があります。「タイタニック号最期の生き残り・エルビナ・ディーンさん」を横目に、 「被爆者最期の生き残り」を目指すことにしたことです。このヒバクシャ・ヨシダの人生観は別項で執筆中です。★と、こんな風に考えていくと、なんだか心が スッキリ!って感じです。無駄な心配から開放されて・・・と。後はご想像に任せます(笑)。またまた、脱線、長ブロになって失礼しました。(9:30)
 先ほど昼寝をして頭スッキリ!「7月6日のできごと」 写真編集で思わぬ収穫がありました。 米国共和党のロゴの由来です。今までに見た事もない聴いたこともない、かの「像マーク」の発祥。トップページ掲載余裕がない(現在983KB)ので本欄に それ一列だけを添付してご参考に供します。漫画家(Thomas Nast)が描いた絵が雑誌に出たのが契機と知りました。民主党のロゴも彼の作品とか★ちなみに、「きょうのこできごと」添付資料に何やらゴチャゴチャし た 言葉のものがありますが、貴重な情報でして、興味あればご自身で拡大して読めるように備えてのことですのでご了承のほど。それにしてもニンマリするような 本日のこの「できごと」ではあります。できごと編集の醍醐味のひとつ足り得ます。ちなみに、英語版トップでは当該2列の写真がご覧いただけます。 (13:55)
     「1854, first republican logo, thomas Nast」の画像検索結果  「harper's weekly 1874」の画像検索結果「harper's weekly 1874」の画像検索結果「harper's weekly 1874」の画像検索結果   関連画像  「1854, first republican logo」の画像検索結果「1854, first republican logo, thomas Nast」の画像検索結果  
 ・・・ わ~!なんと、母 国ニッポンの友人から即刻の反応を頂戴しました!「ヨシダさん、凄いことをやってますね~!」と。まるで待ち構えたようなビジターからの反応です。観られ てはいないと自身に言い聞かせながらのこの下手ななりのウェブサイトですが、もの好きな同胞もあるもんだと、正直ニンマリです。大きな励みにします。ホン トに嬉しいデス。(14:10)




No.6413
ダッカのISテロの対応、日本とイタリアは、こうも違うのか   「激しい怒り、全力を尽くす」日本と、「狂信者には屈しない」とイタリア
「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」通算第4954号2016.7.5.(4日付) 
ヨシダブログ短い記事ですが、思わず、う~ん・・・と絶句しつつ考え込みました・・・。勉強不足を恥じながらですが、まずは、「マオイスト(Maoist)」という組織から学び直します。グーグル検査で真っ先にヒットしたのが古い資料ですが、「世界の底流 インドの毛派共産党(マオイスト)の近況」(北沢洋子抄訳)▼同記事の「中見出し」は以下の通りです。「1.インドのマオイストの攻撃、2.マオイストの活動地域、3.新自由主義と貧困、5.ジャールカンド州の戦い、 6.アルジャジーラとRoy女史の訪問」・・・と続き、末尾に曰く、「(著者Asad Ismiは、オタワにある「カナダ・オルターナティブ政策センター(CCPA)」の メンバーで、インド、パキスタン、アフガニスタンを専門にしている。彼 の最近のラジオ番組『資本主義の危機』はカナダ、米国、ヨーロッパで放送され、3,300万人が視聴した)」とあることに強い興味を抱きます▼国際テロの 暴挙には言葉で尽きない憤りを感じると共に、そうしたものの台頭そのものに大きな疑問を抱くヨシダ▼最近、グローバリゼーションに対する疑問的が目に付き ます。猫も杓子もグローバリゼーションといった感じで右に倣えって感じで現在に至ります▼考えてみるに民族の異なりにはそれなりの文化があり生き方がある はずですが、何もかも横並びって状態。その背景にはビジネス界が世界をマーケットにしたことがその発端と思考します。商流のグローバリゼーションはイイと して、消費者の心までグローバル化してきたツケが来ていると思考します▼でも、人間の向上心やより良い生活思考は不可欠。世界の商流はそれが的の商戦略ゆ えの物心 両面のグローバル化はさけられません。「スマホ」はその一例。貧富の差には無関係に老いも若きも猫も杓子も、というのが実態です▼本記事筆写はくだんのイ スタンブール空港には三日前に居られたとか。かのトランプ候補の実態を現地に足を運んで取材 される等の生臭い内容の執筆活動をされているご人物だけに、主張される言葉に重厚感を感じます▼末尾のコメントは強烈です。曰く、「レン ツォ首相は「イタリアは団結している。われわれはISなど狂信者には屈しない(撲滅まで断固戦う)」と言った。日本の高層の発言には戦う姿勢が弱くない か・・・」がそれです▼武器をもってテロと戦うことは法的に許されないのが日本。とすれば、その延長線上に去来するのが憲法改正で日本の再軍備 (?)・・・といった図式。で も、それにはどうしょうもない限界があります。さらに、と、すれば・・・が現代の日本(国民)に課せられた宿題(?)▼現に言うは易し、行うは難し・・・ です。と、こんな思考の延長線上にチラチラするのは、「きょうのできごと」編集で本編No.6413という「記録」を有するヨシダブログのひとつ、「歴史 は繰り返す」のひと言に尽きるものがある・・・としか言いようがありません。(245.59KB)(写真26枚添付ファイル
       「Matteo Renzi and dacca teroism」の画像検索結果    「ダッカ terrorism」の画像検索結果       関連画像   「dacca airport attacked by terro」の画像検索結果    
          「Asad Ismi」の画像検索結果      「CCPA magazine」の画像検索結果   「CCPA logo」の画像検索結果   「CCPA logo」の画像検索結果
         「宮崎正弘」の画像検索結果「宮崎正弘著書」の画像検索結果「宮崎正弘著書」の画像検索結果「宮崎正弘著書」の画像検索結果「宮崎正弘著書」の画像検索結果「宮崎正弘著書」の画像検索結果「宮崎正弘著書」の画像検索結果「宮崎正弘著書」の画像検索結果「宮崎正弘著書」の画像検索結果
         「宮崎正弘著書」の画像検索結果 「宮崎正弘著書」の画像検索結果 「宮崎正弘著書」の画像検索結果「宮崎正弘「三島由紀夫「以後」」の画像検索結果「宮崎正弘著書」の画像検索結果 「宮崎正弘「『拉致』(徳間文庫)」の画像検索結果   「宮崎正弘「中国大分裂』(文藝春秋」の画像検索結果 「宮崎正弘「出身地で分かる中国人」の画像検索結果「宮崎正弘「中国権力闘争 共産党三大派閥のいま」の画像検索結果    
 昨日4日の記事4編を下記に掲載していましたが、本日5日の第一記事掲載(8:50)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。 

              「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を           
★84歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
★ 人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
★ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
★手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
★そ こで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
★ コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクトの人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
★そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
★ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
★若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄され る」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
★ その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
★すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、「世のため、人のために役立つ生涯を」・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジ ナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
★アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
★ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
★なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。★もうひとつの「蛇足の弁」ならぬ、「蛇足・でも価値ある漫画言葉」の漫画。曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言ったらどう思うかい?)★これって奇しくも、ヨシダが早くにして到達したホンネそのものって感じです!!!(笑)
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 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が大きくて多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムでは その容量大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真が白黒コミックで編集容量が極めて低く (14.84KB)、ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、通算60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。  
 超縦長のウェ ブサイトをご訪問くださってありがとうございました。「乱文乱筆ならぬミスプリはご容赦のほど」がヨシダのブログ用語です。またのご訪問をよろしくお願い します。ご機嫌よろしゅう!
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                        2016年7月5日(火)
                           ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
     

                             吉田祐起                                                           (満84歳8ヶ月)                                                (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)   
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