吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳8か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

  原爆証言者・吉田祐起の被爆現場証拠写真です。
 「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル別館」の画像検索結果
  2016年2月14日(日)午前3時頃のこと。ふと目覚めて色んなことに想いを巡らすなかで思いついたこと。それは被爆で九死に一生を得たという表現を 辞さない私の生々しい体験の場をこのサイトに再現することでした。ガバッと起きてデスクに向かいグーグルで関連写真を検索しました!ゲットしたのが上掲の 写真です。
 当時の私は学徒動員で広島電鉄本社電気課勤務でした。足が不自由なことからの事務所勤務。他の級友たちは電車・バスの修理工場配属 で した。左端の写真看板は現在の本社別館(右2枚の3階ビル)の前に設置されている半倒壊したビル画面と日英語説明文看板。2番目の白黒写真はその生々しい 倒壊した建物コーナーの写真です!
 朝礼を終えてビッコを引きながら薄暗い廊下伝いに電気課事務所に向かっていた瞬間の「ヒカ!ドン!」でし た。 あっという間に下敷きになりました。数秒の差で倒壊を免れた同課オフィスに辿り着いていたと、今更の如く想起し、感無量です。真っ暗なビルの下敷きで手を 合わせて死を覚悟しました。ふと、頭上にほのかな明かりが眼に入り、無我夢中で瓦礫をよじ登りました。子供心に想起することに倒壊した建物のてっ辺に這い 出た時の印象は「下界を見下ろす」って位置。顔面に吹き出る血をみて、「母ちゃ~ん!血が出ているよう~!」と泣きました。倒壊したあの建物の下敷きのわ が姿を生々しく再現再確認する次第です。
★ところで、ヒバクシャが念願していた米 大統領の被爆市訪問が去る5月27日にオバマ大統領によって実現しました。ヨシダの解釈は「オバマ大統領閣下、良かったですね~!『男の約束』が果たせ て!」のひと言です。これを機に、ヨシダのヒバクシャ証言は「被爆者最後の生き残り」を演じることにします。

              Since 10th March, 2001
 ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!本日現在の「データーサイズ(編集容量)」 は実に2,420KBという異例とも自 負する規模です。殆どのインタネット関連企業ですら500KBというなかで、楽天さんのそれはずば抜けて2200KB。ヨシダのそれをオーバーしているヨ シダのデーターサイズです。 単行本に換算したら、ン拾冊相当分だぞ~!ってところです。大量のヨシダ自分史足り得ると自負するウェブサイトです。

                            English               
              2016年7月24日(日)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー

  注: お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★&▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。    

            ウィキペディアから拾った7月24日の「できごと」 
                                July 24 Event(英語版) 
                                   「きょうのできごと」記録集
  このコラムは2014年4月21日開設のものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています。その写真資料も可能な限りの大きさを保ち、かつ、1ページの許容編集容量である 1000KB(1MG)を横目に調整しつつの編集です★なお、編集者の立場で痛感することは、そうしたプロセスで当該できごとを通して世界歴史の一端を学 ぶことの魅力を編集者側のメリットと受けとめて精出しています。おって、本コラムの次に控えるのが「today@VOA」でして、「アメリカ版きょうので きごと」といったところ。一層の励みを体感しています。
   4「桓武平氏の始まり。」の画像検索結果「高棟王」の画像検索結果「桓武平氏」の画像検索結果「平氏 家紋」の画像検索結果5「清涼殿落雷事件」の画像検索結果「清涼殿落雷事件」の画像検索結果
  7「Battle of Harlaw」の画像検索結果      「Battle of Harlow」の画像検索結果 「Battle of Harlow」の画像検索結果 「Battle of Harlow」の画像検索結果    「Battle of Harlow」の画像検索結果          「Battle of Harlow」の画像検索結果
      関連画像    関連画像関連画像 「Scottish clan」の画像検索結果 「Battle of Harlow」の画像検索結果「Scottish clan」の画像検索結果
   10「Brigham Young reach salt lake city 1847」の画像検索結果関連画像「Brigham Young reach salt lake city 1847」の画像検索結果「The Church of Jesus Christ of Latter-day Saints」の画像検索結果「Brigham Young reach salt lake city 1847」の画像検索結果「Brigham Young reach salt lake city 1847」の画像検索結果  
         「Brigham Young reach salt lake city 1847」の画像検索結果    「brigham young family」の画像検索結果     「Brigham Young reach salt lake city 1847」の画像検索結果 「brigham young family」の画像検索結果「Brigham Young reach salt lake city 1847」の画像検索結果
 11JubalEarly.jpeg「Second Battle of Kernstown」の画像検索結果「Second Battle of Kernstown」の画像検索結果「Second Battle of Kernstown」の画像検索結果George Crook - Brady-Handy.jpg 「Second Battle of Kernstown」の画像検索結果
  15   「1911, Hiram Bingham III discovered machu picchu」の画像検索結果   「1911, Hiram Bingham III discovered machu picchu」の画像検索結果   「1911, Hiram Bingham III discovered machu picchu」の画像検索結果 「1911, Hiram Bingham III discovered machu picchu」の画像検索結果 「1911, Hiram Bingham III discovered machu picchu」の画像検索結果
     「1911, Hiram Bingham III discovered machu picchu」の画像検索結果 「1911, Hiram Bingham III discovered machu picchu」の画像検索結果    「1911, Hiram Bingham III discovered machu picchu」の画像検索結果            関連画像「1911, Hiram Bingham III discovered machu picchu」の画像検索結果

    「1911, Hiram Bingham III discovered machu picchu」の画像検索結果「machu picchu」の画像検索結果「machu picchu」の画像検索結果19 「1938年 - ドイツ・オーストリアの登山隊がアイガー北壁の初登頂」の画像検索結果 「アイガー北壁」の画像検索結果
  24  「bumper rocket launch」の画像検索結果「bumper rocket launch」の画像検索結果28「Kitchen Debate」の画像検索結果  「Kitchen Debate」の画像検索結果  「Kitchen Debate」の画像検索結果「Kitchen Debate」の画像検索結果 

   29関連画像「1959年 - 児島明子ミス・ユニバース」の画像検索結果「1959年 - 児島明子ミス・ユニバース」の画像検索結果「1959年 - 児島明子ミス・ユニバース」の画像検索結果30            「Vive le Québec libre!」の画像検索結果         「ドゴール」の画像検索結果   「Vive le Québec libre!」の画像検索結果 
       31 「1969, apollo 11 safe return to earth」の画像検索結果 「1969, apollo 11 safe return to earth」の画像検索結果   関連画像「1969, apollo 11 safe return to earth」の画像検索結果            関連画像
      「1969, apollo 11 safe return to earth」の画像検索結果「1969, apollo 11 safe return to earth」の画像検索結果「1969, apollo 11 safe return to earth」の画像検索結果     関連画像「1969, apollo 11 safe return to earth」の画像検索結果
    関連画像  「1969, apollo 11 safe return to earth」の画像検索結果      関連画像「1969, apollo 11 safe return to earth」の画像検索結果「1969, apollo 11 safe return to earth」の画像検索結果「1969, apollo 11 safe return to earth」の画像検索結果     

(1)672年(天武天皇元年/弘文天皇元年6月24日) - 大海人皇子(後の天武天皇)が弘文天皇を討つ為に吉野を出発。壬申の乱の始まり。
(2)721年養老5年6月26日) - 信濃国を分割して諏訪国を設置。
(3)757年天平宝字元年7月4日) - 橘奈良麻呂の乱: 橘奈良麻呂らによる藤原仲麻呂打倒計画が発覚し逮捕。
(4)825年天長2年7月6日) - 桓武天皇の孫・高棟王が臣籍に下り平姓を賜る。桓武平氏の始まり。
(5)930年延長8年6月26日)- 清涼殿落雷事件清涼殿に落雷して公卿2人が即死し、菅原道真怨霊との噂が流れる。
(6)1216年 - チェンチオ・サヴェッリがローマ教皇ホノリウス3世となる。
(7)1411年 - ハーロウの戦い英語版
(8)1567年 - スコットランド女王メアリーが退位させられ、1歳の長男ジェームズが即位する。
(9)1587年天正15年6月19日) - 豊臣秀吉バテレン追放令を発令。
(10)1847年 - ブリガム・ヤング率いる末日聖徒イエス・キリスト教会の信徒がソルトレイクシティに到着、教会の本拠を置く。
(11)1864年 - 南北戦争: 第二次カーンズタウンの戦いが行われる。
(12)1866年 - レコンストラクション: テネシー州アメリカ連合国諸州ではじめてアメリカ合衆国に復帰した。
(13)1907年 - 第三次日韓協約が締結される。
(14)1908年 - ロンドンオリンピック: 男子マラソンドランド・ピエトリが係員の助けを借りて最初にゴールにたどり着いたが失格となり、2着のジョニー・ヘイズ金メダルとなる。
(15)1911年 - ハイラム・ビンガムマチュ・ピチュ遺跡を発見する。
(16)1923年 - 希土戦争の講和条約ローザンヌ条約が締結される。
(17)1929年 - 不戦条約(ケロッグ=ブリアン協定)が発効。
(18)1932年 - 全国労農大衆党社会民衆党が合同して社会大衆党結成。
(19)1938年 - ドイツ・オーストリアの登山隊がアイガー北壁の初登頂に成功する。
(20)1943年 - 第二次世界大戦: ハンブルク空襲(ゴモラ作戦)が始まる。
(21)1945年 - 第二次世界大戦日本本土空襲: 呉軍港空襲。戦艦日向、空母龍鳳が大破。
(22)1945年 - 京城府民館事件起こる。
(23)1948年 - 李承晩が初代韓国大統領に就任。
(24)1950年 - パンパー8の打ち上げで、ケープカナベラル空軍基地が初めてロケットの打ち上げに使われる。
(25)1950年 - レッドパージ: GHQが新聞社に共産党員やその同調者を解雇するよう勧告。
(26)1950年 - 日本初の国定公園として琵琶湖国定公園を指定。
(27)1958年 - 報道各社が皇太子の結婚相手についての報道を正式発表まで自発的に規制することを決定。
(28)1959年 - 冷戦: モスクワアメリカ博覧会が開幕。キッチン展示場でソ連共産党第一書記のニキータ・フルシチョフ副大統領のリチャード・ニクソン資本主義共産主義の利点についての討論を行う。(キッチン討論英語版
(29)1959年 - 児島明子がアジア人として初めてミス・ユニバースに選ばれる。
(30)1967年 - ケベック独立運動: モントリオール万博のためカナダを訪問していたフランス大統領シャルル・ド・ゴールが、「自由ケベック万歳!」の演説を行う。
(31)1969年 - アメリカの月宇宙船アポロ11号が地球に帰還。
(32)1972年 - 四日市ぜんそく訴訟で津地方裁判所が原告勝訴の判決を下す。
(33)1974年 - 北の湖が史上最年少(21歳2か月)で第55代横綱昇進。
(34)1974年 - ウォーターゲート事件: アメリカ最高裁が、ニクソン大統領と首席補佐官が事件対策を話しあう様子が収められた録音テープの引渡しを大統領側に命じる判決を出す。
(35)1977年 - リビア・エジプト戦争英語版が4日間で終結。
(36)1983年 - パインタール事件メジャーリーグベースボール(MLB)のニューヨーク・ヤンキースカンザスシティ・ロイヤルズ戦で、ロイヤルズのジョージ・ブレットが最終回に逆転本塁打を放ったところでヤンキース側が本塁打は無効として抗議。裁判にまで発展し、8月18日に試合が再開される。
(37)1987年 - イラン・イラク戦争: 米軍によるクウェートタンカー護衛がはじまる。(アーネスト・ウィル作戦
(38)1989年 - 首相の宇野宗佑が、参院選惨敗と自身の女性問題により退陣を表明。
(39)1989年 - 北海道旭岳にて倒木で作られたSOSの文字が発見される。(SOS遭難事件
(40)2001年 - 元ブルガリア王シメオン・サクスコブルクゴツキ(シメオン2世)がブルガリア首相に就任する。
(42)2001年 - スリランカ内戦: バンダラナイケ国際空港襲撃事件タミル・イーラム解放のトラ(LTTE)がスリランカ空軍の基地とそれに隣接するバンダラナイケ国際空港を襲撃。
(43)2002年 - 自民党有志(例外的に夫婦の別姓を実現させる会)、家裁の許可を要件とする例外的夫婦別氏制度(いわゆる家裁許可制)の民法改正案を自民党法務部会に提出。
(44)2005年 - ランス・アームストロングツール・ド・フランス7連覇を達成する。
(45)2007年 - リビアのエイズ感染事件: リビア政府により死刑から終身刑に減刑されブルガリア政府に引渡されたブルガリアの6人の医療従事者が帰国。ブルガリア政府はすぐに恩赦を実施。
(46)2008年 - 岩手県沿岸北部地震が発生。青森県八戸市などで最大震度6弱を観測。
(47)2010年 - 全国に先駆け、石川県珠洲市が地上波アナログテレビ放送を中止し、地上波デジタル放送に完全移行。
(48)2011年 - 東日本大震災で大きな被害を受けた福島県宮城県岩手県を除く日本の44都道府県で地上波のアナログテレビ放送が終了。
(49)2012年 - 日本で、この日までに移動体通信携帯電話等)用800MHz帯の再編を完了。
(50)2013年 - サンティアゴ・デ・コンポステーラ列車脱線事故: スペインで、マドリードからフェロルに向かっていた列車が脱線転覆し、78人が死亡。

             アメリカ版「きょうのできごと」(日本語版)日別一覧表   
            アメリカ版「1995年7月23日(日本時間)のできごと」
                                   (Japan time, one-day time lag)    
      today@VOA
                                                      July 22, 2016

On This Day in American History
On July 22, 1934, the infamous career of  ”Public Enemy No. 1″, American gangster and bank robber John Dillinger, comes to a fatal end after a shoot out with FBI agents, who ambush him outside a Chicago movie theater following a tip off.

1934年7月22日、悪名高い「公共の敵ナンバーワン」のアメリカ人ギャングスターで銀行強盗のジョン・ディリンジャーがFBIエージェントに撃たれて運命的な最期を遂げました。ある人物の密告を受けてシカゴ映画館の外で待ち伏せしていたものです。(ヨシダ訳)
ヨシダブログ:このできごと情報源は"John Dillinger"(HISTORY) と"10 Things You May Not Know About John Dilliger"(HISTORY LIST)(ジョン・ディリンジャーのことで知られていないと思える10項目)にしました。かなりの時間をかけました。なにせ凝り性のヨシダです。
 主人公のジョンもガール・フレンドの密告がもと。2万5千ドルの報奨金に目がくらんだもの。トホホですね。
 ヨシダの好奇心は、悪の限りを尽くして死んだ主人公ですが、死後に記念館ができて有名人並みの扱い。悪の人生を歩んだ主人公を英雄視(?)するのはアメリカ人気質(?)。善悪の区別なく「アメリカン・ヒロイズム」が招来するものだろうな・・・と。
(94.02KB)((写真60枚添付ファイル)

    「John Dillinger in boyhood」の画像検索結果 「John Dillinger was born June 22, 1903, in Indianapolis,」の画像検索結果 「John Dillinger in boyhood」の画像検索結果 「John Dillinger in boyhood」の画像検索結果 関連画像 「“Jackrabbit”, john dillinger's nickname」の画像検索結果 「John Dillinger was born June 22, 1903, in Indianapolis,」の画像検索結果「John Dillinger was born June 22, 1903, in Indianapolis,」の画像検索結果
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      「U.S.S. Utah that was sunk at Pearl Harbor」の画像検索結果「“Jackrabbit”, john dillinger's nickname」の画像検索結果「John Dillinger in boyhood」の画像検索結果「Dillinger underwent facial reconstructive surgery to hide his identity.」の画像検索結果関連画像関連画像 「John Dillinger in boyhood」の画像検索結果  「John Dillinger in boyhood」の画像検索結果  「John Dillinger in boyhood」の画像検索結果  「John Dillinger in boyhood」の画像検索結果   
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     「john dillinger museum」の画像検索結果「john dillinger museum」の画像検索結果  「john dillinger museum」の画像検索結果 「john dillinger museum」の画像検索結果 「john dillinger museum」の画像検索結果  「john dillinger museum」の画像検索結果
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                                   インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を
編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。

ただ今、6447編目です! 
2016年7月24日(日)掲載分
昨日7月23日最終のトップページ

日別最終トップページ一覧表
編集者のダイアリー・コナー 

  今日は日曜日!記事取材作業はひと通り終えましたが、受信メルマガ情報も含めてこれ!というものにヒットしません。「today@VOA」も含めて情報源 諸氏にとっても日曜(アメリカは土曜日)らしく・・・と解釈して、その分、「きょうのできごと写真編集」に精出します★考えてみるに、この齢にしてこの程 度の日々の作業。具体的には、一日最低でも10時間はパソコン相手!若いモンでも顔負けするだろうなと頬が緩みます。その裏には、気分転換をテレビを観な がらのストレッチング運動・・・ですから、想像するだけで息が切れそう(?)・・・だろうな・・・と苦笑い。でも、当の本人はスッゴくハッピーです★とこ ろで、最近になって気付いて習慣づけたことに、大量の水を飲む習慣です。ヘンな話ですが、ヨシダは「屁こき虫」!しかも、匂いはまったくなく、カラッとし たもの。自慢していたそれに反省し始めました。つまり、体内の水分が少な過ぎる!ということです。正直、便秘が気になってきたもの。ついでの話で恐縮です が、ヨシダの大便は太くてカラっともの。その分、排出に難儀してました★どうやら、水のがぶ飲みへのシフトが解決といったところ。イイ年齢にしてこの始 末!・・・でもま、改善するに遅すぎることは無し、で至極、満足しています。スミマセン、こんなブログをして・・・。でもま、独りよがりのわがウェブサイ トのブログですので・・・★そうだ!クライアント社向けの安全会議メッセージの作成が未だだった!大急ぎで集中作業に入ります。(9:45)
 イイ児して、おとなしく、せっせと「7月24日のできごと」 の写真編集に精出しました。写真枚数はなんと、80枚!このところ、写真編集が未完成で終わりがち。ま、その分、記事取材編集で精出しているのですが、考 えてみれば今日は日曜日!でもま、「サンデー毎日」でなくってイイやと納得します★それにしても日英語版両方の「できごと編集」を持って喜んでいます。 「today@VOA」は週休二日制ですからひと息つけるのがイイ按配。何ごとも前向き、建設的であり得ることは喜ばしい限り★ところで、日曜日はアーネ ルが日本料理店から巻きずし&味噌汁を差し入れてくれるのですが、どうやらヨシダの体質も食趣味も変わってきた感じ。ストップをかける積りです。平素の ディナーは生納豆・味付け海苔・らっきょ・梅干・スペイン製オリーブ酢もの、たくあんでOKって感じ!なにせ、朝食はバランスのとれた洋食式・・・で超マ ンゾクって気分です。考えて見るに、食道楽だったらそれが満たされないときは欲求不満。これでヨシ!って気分です。それにしても痛感することは、達成感満 点のするべきことを持っている、という点です。今日は何をするか・・・よりも、余程か心身両面でイイ感じです。(18:00)


 昨日23日の記事1編を下記に掲載していますが、本日24日の第一記事掲載( : )をもって消却します。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。
No.6447
英EU離脱、弁護士は稼ぎ時 大量の規則・契約の見直しで、会計士やコンサルタントにも仕事が殺到か
WALL STREET JOURNAL2016.7.23.(June.28)Vipal Monga & Tatyana Shumsky
ヨシダブログ:
傍 らのXPが受信したメルマガの一文をみてエッ!?と思いました。曰く、「・・・じつに、8万ページにも及ぶEU規約は、ブラッセルのEU官僚主義によるも のだが、スイスやノールウエイは、そのややこしくも官僚主義的な規約を嫌って、EUとの別途の自由貿易協定を締結したように、離脱しても、実害のない例が 示された・・・」と▼ひと口に8万ページと言って、EU加盟国が30近いのですが、それらの原語規約数で割るとしても一冊当たり2千数百ページ!? ドダイ、想像を絶するものがあります▼多くの弁護士や会計士やコンサルタントが大忙しでニンマリって按配ですね。記事中に出てくる当該企業の関連資料を探して証拠にします(笑)▼詳細は「BREXIT以後、何を欧州は一番恐れているのか 反グローバリズムとぴうポピュリズムが全欧を蔓延しそうな近未来だ」(宮崎正弘の国際ニュース早読み 通算第4972号)をご覧ください。写真11枚添付ファイル
    「英国と他のEU加盟27カ国との入り組んだ関係を整理することは、前代未聞の作業になる」の画像検索結果  「  Davis Polk & Wardwell Law Firm」の画像検索結果「  Davis Polk & Wardwell Law Firm」の画像検索結果
         「アーンスト&ヤング・グローバル」の画像検索結果  「アーンスト&ヤング・グローバル」の画像検索結果 関連画像 
             「pricewaterhouse, kevin nicolson」の画像検索結果 「プライスウォーターハウスクーパーズ」の画像検索結果          関連画像 
                                      「Vipal Monga」の画像検索結果 「Vipal Monga and Tatyana Shumsky」の画像検索結果

              「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を           
★84歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
★ 人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
★ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
★手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
★そ こで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
★ コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクトの人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
★そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
★ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
★若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄され る」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
★ その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
★すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、「世のため、人のために役立つ生涯を」・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジ ナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
★アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
★ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
★なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。★もうひとつの「蛇足の弁」ならぬ、「蛇足・でも価値ある漫画言葉」の漫画。曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言ったらどう思うかい?)★これって奇しくも、ヨシダが早くにして到達したホンネそのものって感じです!!!(笑)
   「余生」の画像検索結果 「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が大きくて多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムでは その容量大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真が白黒コミックで編集容量が極めて低く (14.84KB)、ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、通算60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。  
 超縦長のウェ ブサイトをご訪問くださってありがとうございました。「乱文乱筆ならぬミスプリはご容赦のほど」がヨシダのブログ用語です。またのご訪問をよろしくお願い します。ご機嫌よろしゅう!
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                        2016年7月24日(日)
                           ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
     

                             吉田祐起                                                           (満84歳8ヶ月)                                           (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)                                              yoshida@a-bombsurvivor.com                                                       URL(eng): http://www.a-bombsurvivor.com
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