吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳8か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

  原爆証言者・吉田祐起の被爆現場証拠写真です。
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  2016年2月14日(日)午前3時頃のこと。ふと目覚めて色んなことに想いを巡らすなかで思いついたこと。それは被爆で九死に一生を得たという表現を 辞さない私の生々しい体験の場をこのサイトに再現することでした。ガバッと起きてデスクに向かいグーグルで関連写真を検索しました!ゲットしたのが上掲の 写真です。
 当時の私は学徒動員で広島電鉄本社電気課勤務でした。足が不自由なことからの事務所勤務。他の級友たちは電車・バスの修理工場配属 で した。左端の写真看板は現在の本社別館(右2枚の3階ビル)の前に設置されている半倒壊したビル画面と日英語説明文看板。2番目の白黒写真はその生々しい 倒壊した建物コーナーの写真です!
 朝礼を終えてビッコを引きながら薄暗い廊下伝いに電気課事務所に向かっていた瞬間の「ヒカ!ドン!」でし た。 あっという間に下敷きになりました。数秒の差で倒壊を免れた同課オフィスに辿り着いていたと、今更の如く想起し、感無量です。真っ暗なビルの下敷きで手を 合わせて死を覚悟しました。ふと、頭上にほのかな明かりが眼に入り、無我夢中で瓦礫をよじ登りました。子供心に想起することに倒壊した建物のてっ辺に這い 出た時の印象は「下界を見下ろす」って位置。顔面に吹き出る血をみて、「母ちゃ~ん!血が出ているよう~!」と泣きました。倒壊したあの建物の下敷きのわ が姿を生々しく再現再確認する次第です。
★ところで、ヒバクシャが念願していた米 大統領の被爆市訪問が去る5月27日にオバマ大統領によって実現しました。ヨシダの解釈は「オバマ大統領閣下、良かったですね~!『男の約束』が果たせ て!」のひと言です。これを機に、ヨシダのヒバクシャ証言は「被爆者最後の生き残り」を演じることにします。

              Since 10th March, 2001
 ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!本日現在の「データーサイズ(編集容量)」 は実に2,370KBという異例とも自 負する規模です。殆どのインタネット関連企業ですら500KBというなかで、楽天さんのそれはずば抜けて2200KB。ヨシダのそれをオーバーしているヨ シダのデーターサイズです。 単行本に換算したら、ン拾冊相当分だぞ~!ってところです。大量のヨシダ自分史足り得ると自負するウェブサイトです。

                            English               
              2016年7月3日(日)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー

  注: お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★&▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。    

               ウィキペディアから拾った7月3日の「できごと」 
                                July 3 Evens(英語版) 
                                   「きょうのできごと」記録集
  新しい月(6月)に入ったのを機に、本コラムの編集方法の変更を実施しました。具体的には、折角ある多くのリンクですので、興味を持たれるビジターは片っ 端からクリックしてご覧いただける、という想定のもとで、リンクの無い重要な事柄についてのみ、編集者の立場で別途、検索して当該写真等を本サイトに掲載 する・・・という仕組みに改善しました。そのため、写真の枚数が減る分、比較的大きく表示しています。編集者にとっても、重複するような画像は避けて、 ウィキペディアにはリンクのない大事なできごとやその背景等に関する情報を独自の判断で選択して当該写真を掲載することの意義を感じての改善策です。
1「Constantine the Great」の画像検索結果  「Constantine the Great」の画像検索結果 「Battle of Adrianople (324)」の画像検索結果「Battle of Adrianople (324)」の画像検索結果   「リキニウス」の画像検索結果    「リキニウス」の画像検索結果「Byzantium」の画像検索結果
4「初期の祇園祭の山鉾巡行」の画像検索結果「初期の祇園会の山鉾巡行」の画像検索結果「初期の祇園祭の山鉾巡行」の画像検索結果  「初期の祇園会の山鉾巡行」の画像検索結果 「初期の祇園会の山鉾巡行」の画像検索結果  「初期の祇園会の山鉾巡行」の画像検索結果   「初期の祇園祭」の画像検索結果
 「祇園祭の山鉾巡行」の画像検索結果   「祇園祭の山鉾巡行」の画像検索結果「祇園祭の山鉾巡行」の画像検索結果「祇園祭の山鉾巡行」の画像検索結果6「george washington named commander in chief」の画像検索結果
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7  
「Battle of Wyoming」の画像検索結果 「Battle of Wyoming」の画像検索結果  「Battle of Wyoming」の画像検索結果  「Battle of Wyoming」の画像検索結果   関連画像 「Battle of Wyoming」の画像検索結果
9   「Treaty of Wanghia」の画像検索結果  「Treaty of Wanghia」の画像検索結果 「Treaty of Wanghia」の画像検索結果     「Treaty of Wanghia」の画像検索結果   「Treaty of Wanghia」の画像検索結果  「Treaty of Wanghia」の画像検索結果  12  「Meade and Lee signing the document of surrender」の画像検索結果
 「Meade and Lee signing the document of surrender」の画像検索結果「Meade and Lee signing the document of surrender」の画像検索結果「Meade and Lee signing the document of surrender」の画像検索結果「Meade and Lee signing the document of surrender」の画像検索結果     関連画像 「Meade and Lee signing the document of surrender」の画像検索結果
15「newyork tribune 1886」の画像検索結果「newyork tribune 1886」の画像検索結果「newyork tribune 1886」の画像検索結果「newyork tribune first Linotype」の画像検索結果「newyork tribune first Linotype」の画像検索結果「newyork tribune first Linotype」の画像検索結果「newyork tribune first Linotype」の画像検索結果 「newyork tribune first Linotype」の画像検索結果
 17 「Battle of Santiago de Cuba)」の画像検索結果 「Battle of Santiago de Cuba)」の画像検索結果    関連画像「Battle of Santiago de Cuba)」の画像検索結果「Battle of Santiago de Cuba)」の画像検索結果「Battle of Santiago de Cuba)」の画像検索結果

18 「young turk revolution」の画像検索結果    「young turk revolution」の画像検索結果  「青年トルコ人革命」の画像検索結果  「young turk revolution」の画像検索結果  「青年トルコ人革命」の画像検索結果「青年トルコ人革命 スルタン・アブデュルハミト2世」の画像検索結果
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「mallard train, Sir Nigel Gresley (1876-1941)」の画像検索結果「mallard train, Sir Nigel Gresley (1876-1941)」の画像検索結果「mallard train」の画像検索結果  「mallard train, Sir Nigel Gresley (1876-1941)」の画像検索結果「mallard train, Sir Nigel Gresley (1876-1941)」の画像検索結果「mallard train, Sir Nigel Gresley (1876-1941)」の画像検索結果  
      「mallard train, Sir Nigel Gresley (1876-1941)」の画像検索結果     「mallard train, Sir Nigel Gresley (1876-1941)」の画像検索結果       「mallard train, Sir Nigel Gresley (1876-1941)」の画像検索結果         「mallard train, Sir Nigel Gresley (1876-1941)」の画像検索結果  「mallard train, Sir Nigel Gresley (1876-1941)」の画像検索結果  「mallard train, Sir Nigel Gresley (1876-1941)」の画像検索結果
34  「SS United states」の画像検索結果  「SS United states」の画像検索結果     関連画像     関連画像「SS United states」の画像検索結果「SS United states, blue ribbon」の画像検索結果
46「Back to the Future 1985」の画像検索結果「Back to the Future 1985」の画像検索結果「Back to the Future 1985」の画像検索結果  「Back to the Future 1985」の画像検索結果  「Back to the Future 1985」の画像検索結果
(1)324年 - アドリアノープルの戦い英語版コンスタンティヌス1世リキニウスを打ち破りビザンチウムへ追い込む。
(2)822年弘仁13年6月11日) - 延暦寺大乗戒壇建立が勅許。
(3)987年 - ユーグ・カペーがフランス王に即位。
(4)1500年明応9年6月7日) - 応仁の乱で中断していた祇園会の山鉾巡行が33年ぶりに復活。
(5)1636年寛永13年6月1日) - 江戸幕府寛永通宝創鋳、浅草近江国坂本銭座が設置。
(6)1775年 - アメリカ独立戦争: ジョージ・ワシントン大陸軍司令官に就任。
(7)1778年 - アメリカ独立戦争: ワイオミングの戦い

(8)1837年天保8年6月1日) - 生田万の乱
(9)1844年 - アメリカ合衆国望厦条約を締結。
(10)1844年 - オオウミガラスが絶滅。
(11)1848年 - デンマーク領西インド諸島(現アメリカ領ヴァージン諸島)総督ペーター・ヴァン・ショルテン英語版が奴隷解放宣言。
(12)1863年 - 南北戦争: ゲティスバーグの戦いが終結。
(13)1866年 - 普墺戦争: ケーニヒグレーツの戦いプロイセン軍がオーストリア軍に大勝をおさめる。
(14)1880年 - 学術雑誌サイエンス』が創刊。
(15)1886年 - アメリカの新聞『ニューヨーク・トリビューン』が、世界で初めて
ライノタイプによる組版を開始。
(16)1890年 - アメリカ合衆国アイダホ準州が州に昇格し、43番目の州・アイダホ州となる。
(17)1898年 - 米西戦争: サンティアゴ・デ・クーバの戦いアメリカ海軍スペイン艦隊を撃破しキューバ近海の制海権を獲得する。
(18)1908年 - 青年トルコ人革命が始まる。
(19)1912年 - 大阪市新世界ルナパークおよび初代通天閣が開場。(通天閣の日)
(20)1914年 - イギリスチベットシムラ条約調印。
(21)1916年 - 第四次日露協約調印。
(22)1928年 - 全府県の警察部に特別高等課が置かれる。
(23)1931年 - 朝鮮排華事件:朝鮮で中国人が100名以上殺害される。
(24)1934年 - 帝人事件により斎藤実内閣総辞職
(25)1936年 - プロ野球リーグで読売巨人軍が初勝利。
(26)1937年 - 浅草国際劇場が開場。
(27)1938年 - フォルクスワーゲン・タイプ1が発表。
(28)1938年 - イギリスの蒸気機関車マラードが、蒸気機関車の世界最高速度203km/hを記録。
(29)1940年 - 第二次世界大戦地中海の戦い: メルセルケビール海戦
(30)1944年 - 第二次世界大戦・ビルマの戦い: 大本営インパール作戦の中止を命令。投入兵力8万6千人に対し、帰還兵力1万2千人の実体は傷病者の撤収作業。
(31)1944年 - 第二次世界大戦・バグラチオン作戦: ナチス・ドイツに占領されていたベラルーシの首都ミンスクがソ連軍により解放される。
(32)1947年 - 財閥解体: GHQ三井物産三菱商事の解散を指令。
(33)1950年 - 朝鮮戦争: 緒戦の敗北の責任をとって蔡秉徳韓国軍参謀総長が解任、丁一権が後任となる。
(34)1952年 - アメリカの旅客船ユナイテッド・ステーツが就役。処女航海で大西洋最速横断記録(ブルーリボン賞)を更新。
(35)1953年 - オーストリアの登山家ヘルマン・ブールが、世界第9位の高峰ナンガ・パルバットに初登頂。
(36)1962年 - アルジェリア戦争: アルジェリアで実施された住民投票の結果に基づき、フランス大統領シャルル・ド・ゴールがアルジェリアの独立を宣言。
(37)1962年 - プラハで開催されていた第15回世界体操競技選手権で、日本の男子団体が初優勝を飾る。
(38)1967年 - FM東海TOKYO FMの前身)でFM最長番組『JET STREAM』が放送開始。
(39)1969年 - ソ連でN-1ロケット2号機の打ち上げに失敗。発射台に落下し、ロケットの爆発では最大級の爆発を起こす。
(40)1970年 - マンチェスターからバルセロナに向かって飛行中のダン・エア・サービスDH106 コメットがバルセロナ近郊に墜落、乗員乗客112名全員が死亡。
(41)1971年 - ばんだい号墜落事故北海道横津岳東亜国内航空(現・日本航空)のYS-11ばんだい号が墜落。
(42)1976年 - イスラエル軍がウガンダエンデベ空港を奇襲ハイジャックされたエールフランス機の乗客を救出。
(43)1976年 - 国鉄大島連絡船がこの日の運航限りで廃止。
(44)1978年 - アマゾン協力条約英語版調印。
(45)1981年 - ニューヨーク・タイムズが、同性愛者から原因不明の癌を発見と報道。エイズの発見。
(46)1985年 - 映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』がアメリカで劇場公開。
(47)1988年 - イラン航空655便撃墜事件アメリカ海軍ミサイル巡洋艦ヴィンセンス』がホルムズ海峡イラン航空エアバスA300B2型機を撃墜、乗員乗客290名が死亡。
(48)1988年 - ボスポラス海峡にかかる2つ目の橋であるファーティフ・スルタン・メフメト橋(第二ボスポラス橋)が開通。
(49)1996年 - 1996年ロシア大統領選挙決選投票で、現職のボリス・エリツィンが再選。
(50)1996年 - スクーンの石が700年ぶりにイングランドからスコットランドに返還される。
(51)2004年 - タイ王国初の地下鉄、バンコク・メトロが開通。
(52)2005年 - スペイン同性婚が法的に認められる。
(53)2005年 - 競馬のアメリカンオークスで、日本のシーザリオがレースレコードタイムで優勝。日本調教馬が初の米国G1レース制覇。
(54)2006年 - スペイン・バレンシア地下鉄脱線事故。死者43人。
(55)2006年 - 小惑星2004 XP14が地球から432,308 kmまで接近。
(56)2006年 - サッカー日本代表として活躍した中田英寿選手が、自身の公式サイトにて現役引退を発表。
(57)2007年 - 滝川高校いじめ自殺事件が起こる。
(58)2011年 - 松本龍防災・復興担当相が、宮城・岩手両県を訪問した際、「おれ九州の人間だから、わからんのよ」「知恵を出さないところは助けない。」等の暴言を吐き、非難を浴びる。7月5日に引責辞任。
(59)2012年 - 平成24年梅雨前線豪雨: 大分県日田市中津市で浸水・土砂崩れ被害が相次ぐ。福岡県朝倉市では1人が死亡。
(60)2013年 - エジプトで、軍部によるクーデターが勃発しムハンマド・ムルシー大統領が解任され、拘束された。

          Today@VOAから受信した「アメリカ版<きょうのできごと>」  
(注:日米時差1日のため、本欄掲載は前日のものですが、即効性を重んじて日本時間並みに月日で掲載します。なお、同メルマガ受信時間により前日(回)掲載したものをそのまま此処に掲載し、当日受信分の編集が終了し次第に取り替えます。)なお、今からの本編の記録は「アメリカ版「きょうのできごと」日別一覧表」に収録しています。おって、「1日の時差」があることをご留意ください。

            アメリカ版「1995年7月2日(日本時間2日)のできごと」

      today@VOA

           Informing, engaging & connecting the people of the world.

                        July 1, 2016

On This Day in American History
On July 1, 1863, the Battle of Gettysburg — the largest battle in the U.S. Civil War and the biggest military conflict in North American history — begins between Union and Confederate forces in Pennsylvania. The epic battle lasts three days and ends in a decisive defeat for the South, which loses one-third of its men on the battlefield. Gettysburg is seen as a turning point in the war, which ended in a northern victory and the freeing of all slaves in the United States.

1863年7月1日ゲティスバーグの戦い―最大規模の合衆国内戦であり、北米歴史における最も過酷な軍事衝突―はペンシルバニアで起きたユニオン側対南部連合体の叙事詩的とも言える戦闘で3日間続き、三分の一の兵力を失うという南部側の決定的な敗北で終焉した。このゲティスバーグ戦は大きな北軍勝利でその結果として合衆国における全ての奴隷を自由に転換期となった。(ヨシダ訳)
YOSHIDA BLOGS:記事の最初のフレーズをグーグル検索でインプットすると多く当該英文記事サイトが出てくる中で、"Battle of Gettysburg"(HISTORY)があります。
 何時ものように、記事内容に従い、当該画面を追いながら「絵物語的」な画像編集をしました。ゲティスバーグと言えば、後年、かのリンカーン大統領がその古戦場で演説して著名な「ゲティスバーグ演説」があります。ヨシダが日常習慣とするこれら一連の英語詩文等の「朗誦」があるだけに、格別の想いを深くするものです。
 合衆国歴史で重要な転換期を示すことになったこの最大規模のゲティスバーグ戦争でしたが、全ての奴隷解放の初めとなったことは記念すべきもの。でも、その大量の人命損失という代償は別の意味でこの戦争歴史の一ページとなるでしょう。 
 蛇足のブログをひとつ。下記添付写真の最下段右の写真はリンカン記念館にあるそのゲティスバーグ演説に全文を刻んだもの。1993年に行った「1ヶ月間米国取材旅行」 の折に立ち寄ったのが同記念館。見上げながら口ずさむヨシダの傍に立って見入っていたアメリカ人男性と目が合って話し始め、この演説文はカンペキに朗誦で きるのですよ、と言ったら、凄く興味を抱き、ちょっとやってみて!と。思わず10数行を口ずさみました。彼、曰く、「昔はアメリカの小学校教育でこの演説 を暗記することを奨励していたけど、現代では・・・」と肩をシュリンクしたのが想い出です。
 かの9.11.の記念日には著名な政治家か誰かが式典でそれを朗誦する場面に出くわしたことがありますが、ヨシダはかれのそれに比べて少しも劣らないぞ~!と自負します(笑)。

(写真27枚添付ファイル)
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                                              インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を
編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。
ただ今、6408編目です!
 
2016年7月3日(日)掲載分
昨日7月2日最終のトップページ

日別最終トップページ一覧表
編集者のダイアリー・コナー 

  本日は日曜日。ヨシダにとって「ゆっくりと・・・」が意味することは「きょうのできごと写真編集」ってところです。久々にこの時間帯でそれを仕上げまし た。このところ、写真は少々大きくなることを厭わずに編集しています。画面が大きいからといって、別段、小さいのものに比べて容量をとることがないことを 「発見」したからです。一石二鳥って気分です★・・・と、ベンキョウ熱心のヨシダはグーグルで写真の大小掲載の差異を調べてみるに、専門語が出てきてチン プンカンプン。や~めた、です。ま、ここは一番、経験なかんずく写真の大小の差異を注意深くウォッチして処すことがベストと自身を納得さす次第です。とも あれ、ヨシダの的は「編集使用容量の数値」。これを狙みながら、微調整といったところ★本日と明日はくだんの「today@VOA」はお休み。その分、ゆ とりを感じます。取材のあり方も、経済紙から経済誌におおむねシフトしています。チェック件数が少ない分、編集作業に無理が生じないばかりか、内容もその 分、充実すると自負しています★編集者のホンネですが、新聞記事を取材の対象にする最小限度は他紙さんに失礼ながら「日本経済新聞・春秋」&朝日新聞・天 声人語」をもって最大最小限度の選択肢としています。おっと、大事な取材源の幾つかの「メルマガ」があります★ともあれ、ネタ集めが40数件から10件程 度に圧縮といったところ。その分、気が楽になりました。何ごとも進歩、しんぽ、シンポです★本日日曜日の二食主義ディナー(午後4時前)の出前は何が来る かな?とは、ささやかなヨシダの楽しみです。もっとも、平素の食生活に関してはカンペキに満足していることから、あまり拘りは感じませんが・・・★・・・ と、こんな他愛もないことをブログするのも数分間で、趣味のひとつ。ボケ~としているよりもイイ按配でっせ!メリハリはバツグンです(笑)。 (14:00)
 「No.6407:EU離脱を覆す「まさかの再国民投票」の現実味 今は英国の事業を拙速に動かしてはならない東洋経済ONLINE2016.7.3.関田 真也 :東洋経済オンライン編集部 記者)」、「No.6408:英国離脱ショック、日本に3つの波及経路REUTERSロイター2016.7.3.(2日付)武田洋子・三菱総合研究所 チーフエコノミスト)」と続けて編集し終えました。本日のは取材はこの程度にして明日への備えに入ります★明日7月4日はアメリカ合衆国独立記念日。1776年7月4日に植民地の代表からなるアメリカ大陸会議(Continental Congress)が独立宣言(The Declaration of Independence)を採択(adopt)した記念日。月曜日の「today@VOA」が楽しみです★早いけど、ボツボツ、明日への備えに入ります。(16:40)






No.6408
英国離脱ショック、日本に3つの波及経路
REUTERSロイター2016.7.3.(2日付)武田洋子・三菱総合研究所 チーフエコノミスト

ヨシダブログ:長文の記事ですが、めずらしく、「中見出しor太文字」等がありません。ブログ編集者の立場でそれを表現すれば次のような内容です▼「短期的には3つの経路で日本経済の下押し圧力として作用する第1に、金融市場の不安定化を通じた影響、■第2に、貿易チャネルを通じた影響、■第3に、最大の懸念材料となるのは、先行きに対する不確実性の高まり、▼日本経済の回復力はなぜ弱いのか、■1つには、企業マインドが昨年夏頃から慎重化し始めたこと、■2 点目は、消費者の根強い将来不安▼「基礎的財政収支の黒字化は最低限の目標」は1つは、技術革新に適応できる人材育成への取り組み強化、■2 つ目は、そうした先進技術のビジネスへの生かし方、■3つ目は、中間所得層や富裕層が増えていくアジアのダイナミズムをいかに取り込むか、■最後は、年金や医療など社会保障のサステイナビリティー(持続性)確保・・・と続きます。写真枚添付ファイル 
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No.6407

EU離脱を覆す「まさかの再国民投票」の現実味 今は英国の事業を拙速に動かしてはならない
東洋経済ONLINE2016.7.3.関田 真也 :東洋経済オンライン編集部 記者
ヨシダブログ:長文の本記事を読んでヨシダが痛切に感じたことは「首相の解散権」についての疑問です。イ ギリスには「2011年議会任期固定法」という法律 が存在し、日本と異なり「首相に解散権限はない」がその発端▼そこで、その言葉(首相の解散権)をもって画像検索してみました。そこでヒットし限られた同 テーマに関連する画像を添付しました。本記事内容とは直接の関係ないものですが、「首相の解散権」に興味を強める動機になりました▼多くの検索結果でヒッ トした一番分かりやすいサイトは「イギリスの与党は現在、議会任期固定法という法」 です。必要だと痛感します▼興味ある資料は添付資料「完全固定・セミ固定・固定なし」ですが、米国が無いので??です。必見の価値ある内容です▼西欧に右 ならえで近代化したニッポン。この辺りのベンキョウも必要な時代では?▼「中見出し」は、■国民投票の方が現実的かもしれない、■首相に解散権限はない、 ■「隣人」は通知前の交渉を拒絶・・・と続きます▼ふと、想うことに、英議会の光景を観て痛切に感じることに「議論の激烈さ」に尽きます。今にして想うこ とは、解散権がないだけに、政府側(首相)しては「徹底的に、納得させるまで・・・」といった真剣さが顕著です。官僚が「質問状&回答文」を作成して議員 先生はそれを読む・・・式とはドエライ差異です。民主主義精神&実践の中身の差異としか言いようがありません▼(お詫び)添付写真は本記事と直接関係ある ものではなく、ヨシダ解釈による関連資料です。なお、鋭い発言の本記事筆者・関田真也氏の写真はどうしてもゲットできませんので、敬意を表する意味で末尾に「影武者&ご芳名」を添えました。白紙画像の中に名前をインプットする技術を何方か教えてくださいませんか?筆者に敬意を表したいからです。写真19枚添付ファイル 
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     「野中尚人」の画像検索結果「野中尚人」の画像検索結果「野中尚人」の画像検索結果(筆者:関田真也氏)

 昨日2日の記事3編を下記に掲載していましたが、本日3日の第一記事掲載(15:30)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。 

              「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を           
★84歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
★ 人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
★ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
★手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
★そ こで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
★ コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクトの人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
★そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
★ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
★若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄され る」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
★ その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
★すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、「世のため、人のために役立つ生涯を」・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジ ナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
★アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
★ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
★なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。★もうひとつの「蛇足の弁」ならぬ、「蛇足・でも価値ある漫画言葉」の漫画。曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言ったらどう思うかい?)★これって奇しくも、ヨシダが早くにして到達したホンネそのものって感じです!!!(笑)
   「余生」の画像検索結果 「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が大きくて多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムでは その容量大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真が白黒コミックで編集容量が極めて低く (14.84KB)、ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、通算60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。  
 超縦長のウェ ブサイトをご訪問くださってありがとうございました。「乱文乱筆ならぬミスプリはご容赦のほど」がヨシダのブログ用語です。またのご訪問をよろしくお願い します。ご機嫌よろしゅう!
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                        2016年7月3日(日)
                           ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
     

                             吉田祐起                                                           (満84歳8ヶ月)                                                (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)   
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