吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳8か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

  原爆証言者・吉田祐起の被爆現場証拠写真です。
 「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル別館」の画像検索結果
  2016年2月14日(日)午前3時頃のこと。ふと目覚めて色んなことに想いを巡らすなかで思いついたこと。それは被爆で九死に一生を得たという表現を 辞さない私の生々しい体験の場をこのサイトに再現することでした。ガバッと起きてデスクに向かいグーグルで関連写真を検索しました!ゲットしたのが上掲の 写真です。
 当時の私は学徒動員で広島電鉄本社電気課勤務でした。足が不自由なことからの事務所勤務。他の級友たちは電車・バスの修理工場配属 で した。左端の写真看板は現在の本社別館(右2枚の3階ビル)の前に設置されている半倒壊したビル画面と日英語説明文看板。2番目の白黒写真はその生々しい 倒壊した建物コーナーの写真です!
 朝礼を終えてビッコを引きながら薄暗い廊下伝いに電気課事務所に向かっていた瞬間の「ヒカ!ドン!」でし た。 あっという間に下敷きになりました。数秒の差で倒壊を免れた同課オフィスに辿り着いていたと、今更の如く想起し、感無量です。真っ暗なビルの下敷きで手を 合わせて死を覚悟しました。ふと、頭上にほのかな明かりが眼に入り、無我夢中で瓦礫をよじ登りました。子供心に想起することに倒壊した建物のてっ辺に這い 出た時の印象は「下界を見下ろす」って位置。顔面に吹き出る血をみて、「母ちゃ~ん!血が出ているよう~!」と泣きました。倒壊したあの建物の下敷きのわ が姿を生々しく再現再確認する次第です。
★ところで、ヒバクシャが念願していた米 大統領の被爆市訪問が去る5月27日にオバマ大統領によって実現しました。ヨシダの解釈は「オバマ大統領閣下、良かったですね~!『男の約束』が果たせ て!」のひと言です。これを機に、ヨシダのヒバクシャ証言は「被爆者最後の生き残り」を演じることにします。

              Since 10th March, 2001
 ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!本日現在の「データーサイズ(編集容量)」 は実に2,410KBという異例とも自 負する規模です。殆どのインタネット関連企業ですら500KBというなかで、楽天さんのそれはずば抜けて2200KB。ヨシダのそれをオーバーしているヨ シダのデーターサイズです。 単行本に換算したら、ン拾冊相当分だぞ~!ってところです。大量のヨシダ自分史足り得ると自負するウェブサイトです。

                            English               
              2016年7月20日(水)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー

  注: お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★&▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。    

               ウィキペディアから拾った7月20日の「できごと」 
                                July 20 Event(英語版) 
                                   「きょうのできごと」記録集
  このコラムは2014年4月21日開設のものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています。その写真資料も可能な限りの大きさを保ち、かつ、1ページの許容編集容量である 1000KB(1MG)を横目に調整しつつの編集です★なお、編集者の立場で痛感することは、そうしたプロセスで当該できごとを通して世界歴史の一端を学 ぶことの魅力を編集者側のメリットと受けとめて精出しています。おって、本コラムの次に控えるのが「today@VOA」でして、「アメリカ版きょうので きごと」といったところ。一層の励みを体感しています。
2「Battle of Ankara」の画像検索結果「Battle of Ankara」の画像検索結果「Battle of Ankara」の画像検索結果 「Battle of Ankara」の画像検索結果 「Battle of Ankara」の画像検索結果「Battle of Ankara map」の画像検索結果
  3「井伊直孝」の画像検索結果「酒井忠勝」の画像検索結果「松平信綱」の画像検索結果「阿部忠秋」の画像検索結果「松平乗寿」の画像検索結果「大奥1651」の画像検索結果「大奥1651」の画像検索結果
4「the Northern Wars 1656」の画像検索結果 「the Northern Wars 1656」の画像検索結果 「the Northern Wars 1656」の画像検索結果「the Northern Wars 1656」の画像検索結果「the Northern Wars 1656」の画像検索結果5「Sir Alexander MacKenzie」の画像検索結果「Sir Alexander MacKenzie」の画像検索結果 「Sir Alexander MacKenzie」の画像検索結果
    「Sir Alexander MacKenzie」の画像検索結果  「Sir Alexander MacKenzie」の画像検索結果   8「Battle of Peachtree Creek」の画像検索結果「Battle of Peachtree Creek」の画像検索結果「battle of peachtree creek map」の画像検索結果  
    「peachtree creek atlanta」の画像検索結果    関連画像「battle of peachtree creek map」の画像検索結果「battle of peachtree creek map」の画像検索結果「Battle of Peachtree Creek」の画像検索結果 
    10「1876年明治天皇 - 灯台監視船」の画像検索結果「1876年 - 灯台監視船」の画像検索結果「1876年海の記念日」の画像検索結果   関連画像「1876年海の記念日」の画像検索結果「1876年 - 灯台監視船」の画像検索結果
      「1876年海の記念日」の画像検索結果「1876年海の記念日」の画像検索結果「1876年海の記念日」の画像検索結果22「クラウス・フォン・シュタウフェンベルク」の画像検索結果   関連画像「クラウス・フォン・シュタウフェンベルク」の画像検索結果
     「クラウス・フォン・シュタウフェンベルク」の画像検索結果「クラウス・フォン・シュタウフェンベルク」の画像検索結果「クラウス・フォン・シュタウフェンベルク処刑」の画像検索結果   「クラウス・フォン・シュタウフェンベルク処刑」の画像検索結果    33 「Special Olympics1968」の画像検索結果   「Special Olympics1968」の画像検索結果
            「Special Olympics1968」の画像検索結果   「Special Olympics1968」の画像検索結果   「Special Olympics1968」の画像検索結果      「Special Olympics1968」の画像検索結果  「Special Olympics1968」の画像検索結果 
 35「1971年 - マクドナルド日本1号店が東京銀座の三越内に開店。」の画像検索結果「1971年 - マクドナルド日本1号店が東京銀座の三越内に開店。」の画像検索結果「1971年 - マクドナルド日本1号店が東京銀座の三越内に開店。」の画像検索結果「1971年 - マクドナルド日本1号店が東京銀座の三越内に開店。」の画像検索結果「1971年 - マクドナルド日本1号店が東京銀座の三越内に開店。」の画像検索結果
(1)514年 - ホルミスダスローマ教皇に即位。
(2)1402年 - アンカラの戦い
(3)1651年慶安4年6月3日) - 井伊直孝酒井忠勝松平信綱阿部忠秋松平乗寿らが大奥を巡察して、不用の建物をことごとく取り壊させる。
(4)1656年 - 北方戦争: ワルシャワの戦い英語版が終結。
(5)1793年 - 探検家アレグザンダー・マッケンジー太平洋に到達し、初めてカナダを横断した欧米人となる。
(6)1810年 - 南米のサンタフェ・デ・ボゴタとヌエバ・グラナダがスペインからの独立を宣言。(コロンビアの独立記念日)
(7)1846年弘化3年閏5月27日) - アメリカの東インド艦隊司令長官ジェームズ・ビッドルが浦賀に来航し通商を要求。
(8)1864年 - 南北戦争: ピーチツリークリークの戦い
(9)1866年 - 普墺戦争: リッサ海戦
(10)1876年 - 明治天皇が灯台監視船に乗っての東北地方巡幸を終え横浜港に帰着。(海の記念日、海の日の由来)
(11)1906年 - 日本初の専用線電話サービスが日本銀行横浜正金銀行本店間で開始。
(12)1906年 - ロシア帝国海軍一等巡洋艦パーミャチ・アゾーヴァ」で水兵らによる叛乱が発生(現地で使用していたユリウス暦)。ロシア帝国バルト艦隊で初めての叛乱事件。
(13)1907年 - 福岡・豊国炭鉱で爆発事故。死者365人を出す明治期最悪の炭鉱事故となる。
(14)1912年 - 宮内省が、尿毒症明治天皇が重体と官報で発表。東京株式市場が大暴落。
(15)1924年 - パリ国際チェス連盟が発足する。
(16)1925年 - 東京放送局(現在のNHK)が初の語学講座「基礎英語講座」を放送開始。
(17)1927年 - ルーマニア国王フェルディナンド1世が死去。孫で5歳のミハイ1世が即位。
(18)1933年 - ナチス・ドイツフランツ・フォン・パーペン副首相とローマ教皇庁のパチェッリ枢機卿(後のローマ教皇ピウス12世)との間でコンコルダート締結。
(19)1936年 - ボスポラス海峡マルマラ海ダーダネルス海峡の通航制度を定めたモントルー条約に調印。
(20)1939年 - 石川県七尾市が市制施行。
(21)1940年 - デンマーク国際連盟を離脱。
(22)1944年 - 第二次世界大戦: クラウス・フォン・シュタウフェンベルク大佐らを首謀者とするヒトラー暗殺未遂事件が発生(7月20日事件)。
(23)1945年 - 第二次世界大戦・太平洋戦争日本への原子爆弾投下: アメリカ軍パンプキン爆弾による原子爆弾投下訓練を開始。
(24)1947年 - 沖縄人民党結成。
(25)1948年 - 国民の祝日に関する法律(祝日法)が公布・施行。9つの国民の祝日が誕生。
(26)1951年 - エルサレムを訪問中のヨルダン国王アブドゥッラー1世パレスチナ人に暗殺される。
(27)1952年 - 福井放送(FBC)、「ラジオ福井」の愛称でラジオ放送開始。
(28)1953年 - 国連経済社会理事会が国連国際児童緊急基金 (UNICEF) を恒久の組織(国連児童基金)とすることを決定。
(29)1954年 - ヨーン事件。西ドイツ連邦憲法擁護庁 (BfV) 長官オットー・ヨーンが西ベルリンから失踪。23日、ラジオで東ドイツへの亡命を表明。
(30)1955年 - 経済審議庁を改組し経済企画庁が発足。
(31)1964年 - トップレス水着軽犯罪法に反する旨を警察庁通達
(32)1967年 - 文化大革命: 湖北省武漢市で群衆が毛沢東らが滞在する宿舎などを包囲、これを切っ掛けとして市内各所で武力衝突が激化(武漢事件)。
(33)1968年 - 第1回スペシャルオリンピックス夏季国際大会がシカゴで開催。
(34)1969年 - アポロ計画: 「アポロ11号」が、人類史上初めてに到達。
(35)1971年 - マクドナルド日本1号店が東京銀座の三越内に開店。
(36)1971年 - 国産初の超音速航空機であるT-2が初飛行を行った。
(37)1973年 - ドバイ日航機ハイジャック事件日本赤軍パレスチナ解放人民戦線の混成部隊がパリ発羽田行きの日本航空機をハイジャック
(38)1974年 - キプロス紛争: ギリシャ方によるクーデターの後初めてトルコ軍がキプロス領海内へ侵入し、爆撃を開始。国連安保理は即時停戦を決議。
(39)1974年 - 国鉄湖西線山科駅 - 近江塩津駅間が開業。
(40)1974年 - 東京都品川区船の科学館が開館。
(41)1975年 - 沖縄国際海洋博覧会開幕。翌1976年1月18日まで。
(42)1976年 - アメリカの火星探査機「バイキング1号」のランダーが火星に着陸。
(43)1987年 - 国連安保理がイラン・イラク戦争の即時停戦を決議(598号決議)。
(44)1989年 - ビルマの民主化運動指導者アウンサンスーチーが軍事政権により自宅軟禁下に置かれる。
(45)1990年 - 大阪府大阪市港区に水族館「海遊館」が開館。
(46)1992年 - ヴァーツラフ・ハヴェルチェコスロバキア大統領を辞任。
(47)1996年 - 海洋法に関する国際連合条約が、日本において発効。それと同時に海の日開始。(2003年からは、7月第3月曜日)
(48)1998年 - ターリバーンの命令により国際ケア機構国境なき医師団などの医療従事者約200人がアフガニスタンを離れる。
(49)2001年 - 宮崎駿の映画『千と千尋の神隠し』 が劇場公開。
(50)2003年 - 熊本県水俣市宝川内地区にて土砂災害が発生。土石流により死者15名、負傷者6名
(51)2010年 - 大韓航空機爆破事件の実行犯金賢姫が来日。田口八重子らの拉致被害者の家族と面会するなどし、8月23日に帰国。
(52)2011年 - 大相撲史上最多となる通算1047勝を記録した大関魁皇が、引退を表明。
(53)2011年 - アップルMac OS X v10.6 (Snow Leopard) の次期OS、 Mac OS X Lion‎Mac App Storeにて一般ユーザー向けにリリース。
(54)2014年 - 舞鶴若狭自動車道が全線開通。

                                      注:当面、本家英語版を掲載しておきます。
         なお、日本語版の過去掲載記事は下記をクリックするとご覧いただけます。
          
アメリカ版「きょうのできごと」(日本語版)日別一覧表   
       アメリカ版「1995年7月20日(日本時間)のできごと」(編集中)

       American edition of "Today's Events", July 20,2016
                                    (Japan time, one-day time lag)    
                                           July 20, 2016 

      today@VOA

          Informing, engaging & connecting the people of the world.                        

                                                             July 19, 2016

On This Day in American History
On July 19, 1848, the Seneca Falls Convention began in Seneca Falls, New York. Organized by Elizabeth Cady Stanton and Lucretia Mott, it was the first women’s rights convention and the beginning of the suffrage movement in the U.S. The first day included readings of the Declaration of Sentiments, a treatise that was modeled on the U.S. Declaration of Independence and stated “that all men and women are created equal.”
  1848年7月19日、ニューヨーク のセネカ・フォールでセネカ・フォール・コンベンションが始まりました。エリザベス・キャディ・サントンとルークレティカ・モットが組織化した合衆国最初 の女性参政権運動でした。初日は、合衆国独立宣言文を雛形にした設立趣意書の朗読から始まりました。かの「全ての男女は平等である」というくだりのある宣 言文です。(ヨシダ訳)
ヨシダブログ:この短いできごと記事のルーツを"1848 Seneca Falls Convention begins"(HISTORY)に求めてのこと。1フレーズ毎にグーグルにインプットし、「画像」をクリックすると当該写真画像が出てくるのが添付写真入手の原点です。結構、「絵物語」になることが嬉しいです。
 二人の女性が起こした運動が合衆国憲法の宣言文に沿う法律改正を招来するという流石は自由民主主義本山のアメリカ、といった印象を強くします。
 二人の主人公女性の語録をみるに、夫婦で夫の立場の男性に対する女性からの苦言めいたものをみてニヤリとします。強き者、それは女性なりって印象を強くさすできごと記事です。
写真29枚添付ファイル
       「At the Wesleyan Chapel in Seneca Falls, N.Y., a woman’s rights convention–」の画像検索結果   「At the Wesleyan Chapel in Seneca Falls, N.Y., a woman’s rights convention–」の画像検索結果関連画像「At the Wesleyan Chapel in Seneca Falls, N.Y., a woman’s rights convention–」の画像検索結果    
    「the two women, working with Martha Wright, Mary Ann McClintock, and Jane Hunt,」の画像検索結果
「Seneca County Courier on July 14」の画像検索結果「“Declaration of Sentiments and Grievances,”」の画像検索結果「Elizabeth Cady Stanton and Lucretia Mott」の画像検索結果「1840 World Anti-Slavery Convention in London」の画像検索結果  
   「1840 World Anti-Slavery Convention in London」の画像検索結果「1840 World Anti-Slavery Convention in London」の画像検索結果「1840 World Anti-Slavery Convention in London」の画像検索結果「Lucretia Mott and Elizabeth Cady Stanton,」の画像検索結果「At the Wesleyan Chapel in Seneca Falls, N.Y., a woman’s rights convention–」の画像検索結果
      「After years of struggle, the 19th Amendment was adopted in 1920, granting American women the constitutionally protected right to vote.」の画像検索結果「After years of struggle, the 19th Amendment was adopted in 1920, granting American women the constitutionally protected right to vote.」の画像検索結果「At the Wesleyan Chapel in Seneca Falls, N.Y., a woman’s rights convention–the first ever held in the United States–convenes with almost 200 women in attendance.」の画像検索結果「After years of struggle, the 19th Amendment was adopted in 1920, granting American women the constitutionally protected right to vote.」の画像検索結果  
    「After years of struggle, the 19th Amendment was adopted in 1920, granting American women the constitutionally protected right to vote.」の画像検索結果「After years of struggle, the 19th Amendment was adopted in 1920, granting American women the constitutionally protected right to vote.」の画像検索結果「After years of struggle, the 19th Amendment was adopted in 1920, granting American women the constitutionally protected right to vote.」の画像検索結果「the 19th Amendment was adopted in 1920」の画像検索結果「the 19th Amendment was adopted in 1920」の画像検索結果
      「Elizabeth Cady Stanton and Lucretia Mott graves」の画像検索結果       「Lucretia Mott」の画像検索結果
    「the 19th Amendment was adopted in 1920」の画像検索結果「U.S. Declaration of Independence」の画像検索結果「U.S. Declaration of Independence, equal spirit」の画像検索結果

                                   インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を
編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。
ただ今、6444編目です!
 
2016年7月20日(水)掲載分
昨日7月19日最終のトップページ

日別最終トップページ一覧表
編集者のダイアリー・コナー 

 ただ今の本トップサイトの「編集容量」は983.12KBで制限の一歩前。本日「7月20日のできごと」の予定する添付写真編集を終えたところ。「today@VOA」の本日日本語版も編集完了。肝心の取材記事は今のところヒットしていませんが、ま、たまにはイイでしょう・・・。(15:15)




 昨日19日の記事4編を下記に掲載していますが、本日20日の第一記事掲載( : )をもって消却します。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。 
No.6444
(私の視点)グローバル経済 大多数に役立たぬ、今こそ変革 バーニー・サンダース
朝日新聞2016.7.19.(14日付)
ヨシダブログバー ニー・サンダースさんは「常識人」という強いイメージを抱いているヨシダ。いくら頭脳明晰でも、誰やらさんみたいに毒舌を平気で口にする人物とは一線を画 す存在です。いわゆる、「あく(灰汁)の強くない」、いわゆる常識人的な人柄と観てきているのがヨシダのサンダースさん評です▼ちなみに、「あくの云々」 は 「独 特のきつい感じ、しつこい感じがあって、とっつきにくいさま。受け入れるのに努力を要するさま・・・」とあります。トランプさんはその典型的ご人物とみま す▼あくの強い人物は、その分、同類項のファンは多いでしょうが、マイナス面は(も)否定できません。ヨシダはどちらかと言えば「あくのあまり強くない人 物」を好みます。付き合っていても何となく安心して居れます▼添 付した資料はサンダースさんの人物像を想像するに足りる「語録」の一つ▼ところで、グローバリゼーションの「長所短所」の関連資料画像をゲットするべく、 日本語でインプットすると全くと言ってイイほど出てきません。ところが、同じ質問を英語でインプットするとジャンジャン出てきます。「きょうのできごと」 編集の当該写真資料等の検索入手も同様の格差を痛感します▼これって、グーグル日本語版事務局の編集能力と本家の英語版事務局との 顧客サービス力格差でしょうね▼話を本目のグローバリゼーションに戻してのこと。猫も杓子も・・・って感じの流行語みたいになりました。世界をマーケッ トにする大手資本の戦略、と早くから喝破したヨシダでしたが、かの「EU&ユーロ」に対するネギャティヴ発言で恥かいてきたので、これ以上のブログは止し ときます。(写真13枚添付ファイル
        写真・図版 「Bernard "Bernie" Sanders and his family 」の画像検索結果   「Bernard "Bernie" Sanders and his family 」の画像検索結果  「Bernard "Bernie" Sanders and his family 」の画像検索結果  
        「バーニー・サンダース」の画像検索結果           関連画像
       「globaization good or bad?」の画像検索結果「globaization good or bad?」の画像検索結果
       「グローバリゼーションの光と影」の画像検索結果「advantages and disadvantages of globalization」の画像検索結果「advantages and disadvantages of globalization」の画像検索結果
       「advantages and disadvantages of globalization」の画像検索結果「advantages and disadvantages of globalization」の画像検索結果
No.6443
トランプ氏「大勝する」 共和党大会、反対派が抗議も

日本経済新聞2016.7.19.
ヨシダブログ(編集中)写真枚添付ファイル
      「anti republican annual convention in cleveland」の画像検索結果「anti republican annual convention in cleveland」の画像検索結果     「anti republican annual convention in cleveland」の画像検索結果
     「18日、米中西部オハイオ州クリーブランドで開幕した共和党大会」の画像検索結果      「anti republican annual convention in cleveland」の画像検索結果                「anti republican annual convention in cleveland」の画像検索結果    関連画像
                   「anti republican annual convention in cleveland」の画像検索結果「anti republican annual convention in cleveland」の画像検索結果
No.6442
英EU離脱で割を食う日本 苦境下の円高で年末1ドル94円
DIAMOND Online2016.7.19.田中泰輔(ドイツ証券グローバルマクロリサーチオフィサー)
ヨシダブログ(編集中)毎 度の海外生活者の立場のヨシダブログで恐縮ですが、「円高は海外生活者にとっては大歓迎!」。英国のBregxit で内心、ヨシダが直感したことは、そのことが当事国である英国はもとより、直接間接のマイナス要因を受けると考えられることが大であるだけに、「門外漢的 立場」(とは、ヨシダの勝手な弁)の日本円は強い立場にある、という点でした▼本記事は言外にそれを語っていると受けとめます。「円 は「安全通貨」として上昇しやすい」がそれです。政情といい、国内の安定感や安全感等々が円価値の下落を招来する気配は見当たらないと考えてのことです▼ それにしても何時も思うことに、円高は母国通貨の価値が高いこと。それが都合が悪いというのは、「国力評価は低くなってもイイ」という経済優先、物価上 昇・・・というアベノミクス達成のため?・・・と、複雑です。写真枚添付ファイル
No.6441
なぜ一流のリーダーはゴールドの腕時計を身につけないのか
DIAMOND Online2016.7.19.能町光香 [(株)リンクCEO・一流秘書養成スクール校長]
ヨシダブログニ ヤニヤしながら本記事を選びました。他愛も無い内容・・・と言ったら筆者に失礼ですが、ヨシダにとっても、実に深~い意味をもつものだけに、息抜きもかね て取り上げます▼愛するフィリピンであり、フィリピンの人たちですが、キンピカの腕時計やイヤリングが子供に至るまで目に付きます。貧しさの裏返し、と 言ったら失礼になることも承知の上のブログですが、概して言えるのが、洋の東西、老若男女の区別なくゴールドに対する憧れが否定できません▼ひと昔前のこ と・・・おっと、その前に大事なことに言及す ることが必要と考えます。かくいうヨシダの腕時計のこと。人生第一毛作の独立自営業時代は二十歳代のこと、当時のお金で25万円也の「ロレックス」(添付 写真)を愛用していました。無論、ゴールドではありません。若い時代からヨシダは地味でした。そうでなくても目立つのは「びっこをひいて歩く姿」で充分で した(笑)▼来比して間もない頃のこと。当時は史上空前の円高時代。ぶらっと立ち寄った時計店長がヨシダのロレックスを見て言いました「A quarter million peso!」と。当時のレートは「1ペソ=1円」で、半世紀前の25万円と同じ!骨董価値ってところ。正直、ニンマリしたものです▼半世紀以上も愛用した その腕時計もフィリピンに移住して手放すことになったのですが後述して「金ピカ」のこと▼人生第二毛作はトラック運送事業経営者時代のこと。当時、アブダ ビ石油に丸善石油から出向していた弟(故人)から電話は入りました。「兄ちゃん、平素から親しくしているオタイバ石油大臣が日本へ行き、広島グランドホテ ルに宿泊するので会ってやって欲しい、と▼お供を一人伴った彼と、同ホテルロビーで数時間の懇談をした時に目に映ったのは彼が身につけていた「オール・金 ピカ」装飾品。腕時計から腕輪、ネックレス・・・おまけに、ゴールドの幾重に巻いたデッカい数珠みたいな装飾品!▼自慢気にかどうか、話をする間中、その ゴールド数珠を弄びつつって按配。得意満面で・・・といった感じ。その彼が曰く、「・・・日本人は悩み多き国民ですね~・・・」と。勝気なヨシダは鸚鵡返 しに言い放ちました。「そうりゃあそうですよね~、貴国(民)みたいに地下に眠る石油を掘りさえしたら生きていけるお国柄とはドエライ差異ですからね。頭 と身体を使っての勝負が求められるニッポン人は真剣ですからね・・・」と。ハイ、彼は絶句してマイッタって風情でした▼さて、これ以上の長ブロは避けての 話。ヨシダが半世紀以上も愛用していたくだんのローレックスの腕時計のこと。当時、同棲していたフィリピン人女性の甥棒幼児が「頭がでっかくなる病気(大 頭症)」で生死に関わる出来事。生活だけは何の不自由もない超円高時代の年金収入でしたが、惜し気もなく「叩き売り」。その幼児の生命を救ってくれたのが そのロレックスでした▼ちなみに、離日直前までの16年間、同棲していた女性の孫が高校入学の折にはそれをプレゼントする約束をしたものの、「お流れ」に なりました。人命救助には換えられません▼・・・と、他愛も無い長ブログになりましたが、これも人生体験が長く、かつ密度の高い人生を歩んできているヨシ ダだけに、ネタ過剰って按配。ご勘弁のほど▼「中見出し」は、■腕時計の輝きを借りるようではリーダーとして一人前ではない、■社運のかかったプロジェクトで「腕時計」はいかに活躍したか・・・と続きます▼「目立ちがり屋」ではありませんが、ユーモアを交えて本ブロガー・ヨシダ関連のものをそ~と(?)添付しました。今は無き愛用したロレックス同型モノと一緒に。ま、こんな編集をするヨシダって図太く、厚かましい精神の持ち主でしょう・・・。お笑いください。
写真14枚添付ファイル

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              「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を           
★84歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
★ 人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
★ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
★手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
★そ こで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
★ コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクトの人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
★そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
★ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
★若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄され る」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
★ その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
★すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、「世のため、人のために役立つ生涯を」・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジ ナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
★アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
★ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
★なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。★もうひとつの「蛇足の弁」ならぬ、「蛇足・でも価値ある漫画言葉」の漫画。曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言ったらどう思うかい?)★これって奇しくも、ヨシダが早くにして到達したホンネそのものって感じです!!!(笑)
   「余生」の画像検索結果 「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が大きくて多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムでは その容量大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真が白黒コミックで編集容量が極めて低く (14.84KB)、ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、通算60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。  
 超縦長のウェ ブサイトをご訪問くださってありがとうございました。「乱文乱筆ならぬミスプリはご容赦のほど」がヨシダのブログ用語です。またのご訪問をよろしくお願い します。ご機嫌よろしゅう!
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                        2016年7月20日(水)
                           ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
     

                             吉田祐起                                                           (満84歳8ヶ月)                                           (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)                                              yoshida@a-bombsurvivor.com                                                       URL(eng): http://www.a-bombsurvivor.com
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