吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳8か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

  原爆証言者・吉田祐起の被爆現場証拠写真です。
 「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル別館」の画像検索結果
  2016年2月14日(日)午前3時頃のこと。ふと目覚めて色んなことに想いを巡らすなかで思いついたこと。それは被爆で九死に一生を得たという表現を 辞さない私の生々しい体験の場をこのサイトに再現することでした。ガバッと起きてデスクに向かいグーグルで関連写真を検索しました!ゲットしたのが上掲の 写真です。
 当時の私は学徒動員で広島電鉄本社電気課勤務でした。足が不自由なことからの事務所勤務。他の級友たちは電車・バスの修理工場配属 で した。左端の写真看板は現在の本社別館(右2枚の3階ビル)の前に設置されている半倒壊したビル画面と日英語説明文看板。2番目の白黒写真はその生々しい 倒壊した建物コーナーの写真です!
 朝礼を終えてビッコを引きながら薄暗い廊下伝いに電気課事務所に向かっていた瞬間の「ヒカ!ドン!」でし た。 あっという間に下敷きになりました。数秒の差で倒壊を免れた同課オフィスに辿り着いていたと、今更の如く想起し、感無量です。真っ暗なビルの下敷きで手を 合わせて死を覚悟しました。ふと、頭上にほのかな明かりが眼に入り、無我夢中で瓦礫をよじ登りました。子供心に想起することに倒壊した建物のてっ辺に這い 出た時の印象は「下界を見下ろす」って位置。顔面に吹き出る血をみて、「母ちゃ~ん!血が出ているよう~!」と泣きました。倒壊したあの建物の下敷きのわ が姿を生々しく再現再確認する次第です。
★ところで、ヒバクシャが念願していた米 大統領の被爆市訪問が去る5月27日にオバマ大統領によって実現しました。ヨシダの解釈は「オバマ大統領閣下、良かったですね~!『男の約束』が果たせ て!」のひと言です。これを機に、ヨシダのヒバクシャ証言は「被爆者最後の生き残り」を演じることにします。

              Since 10th March, 2001
 ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!本日現在の「データーサイズ(編集容量)」 は実に2,400KBという異例とも自 負する規模です。殆どのインタネット関連企業ですら500KBというなかで、楽天さんのそれはずば抜けて2200KB。ヨシダのそれをオーバーしているヨ シダのデーターサイズです。 単行本に換算したら、ン拾冊相当分だぞ~!ってところです。大量のヨシダ自分史足り得ると自負するウェブサイトです。

                            English               
              2016年7月14日(木)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー

  注: お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★&▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。    

               ウィキペディアから拾った7月14日の「できごと」 
                                July 14 Evens(英語版) 
                                   「きょうのできごと」記録集
  新しい月(6月)に入ったのを機に、本コラムの編集方法の変更を実施しました。具体的には、折角ある多くのリンクですので、興味を持たれるビジターは片っ 端からクリックしてご覧いただける、という想定のもとで、リンクの無い重要な事柄についてのみ、編集者の立場で別途、検索して当該写真等を本サイトに掲載 する・・・という仕組みに改善しました。そのため、写真の枚数が減る分、比較的大きく表示しています。編集者にとっても、重複するような画像は避けて、 ウィキペディアにはリンクのない大事なできごとやその背景等に関する情報を独自の判断で選択して当該写真を掲載することの意義を感じての改善策です。
   5   「1789 french revolution begins」の画像検索結果「1789 french revolution begins」の画像検索結果「1789 french revolution begins」の画像検索結果「1789 french revolution begins」の画像検索結果「1789 french revolution begins」の画像検索結果
  6「Louis XVI french constitution 」の画像検索結果「Louis XVI swear to constitution 」の画像検索結果「Louis XVI french constitution 」の画像検索結果「Louis XVI french constitution 」の画像検索結果「paris festivals logo」の画像検索結果
 11    「1853, newyork world fair」の画像検索結果   「1853, newyork world fair」の画像検索結果「1853, newyork world fair」の画像検索結果 「1853, newyork world fair」の画像検索結果
  関連画像  関連画像関連画像  関連画像 「1853, newyork world fair」の画像検索結果 「1853, newyork world fair」の画像検索結果「1853, newyork world fair」の画像検索結果
  14「浦上四番崩れ」の画像検索結果 「浦上四番崩れ」の画像検索結果「浦上四番崩れ」の画像検索結果
   「浦上四番崩れ」の画像検索結果       「浦上四番崩れ」の画像検索結果 「浦上四番崩れ長崎奉行」の画像検索結果  16「billy the kid killed by pat garrett」の画像検索結果
     関連画像「billy the kid killed by pat garrett」の画像検索結果    「billy the kid killed by pat garrett」の画像検索結果「billy the kid killed by pat garrett」の画像検索結果 「billy the kid killed by pat garrett」の画像検索結果
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 44  「東京スカイツリー起工式」の画像検索結果     「東京スカイツリー起工式」の画像検索結果         「東京スカイツリー起工式」の画像検索結果 「東京スカイツリー起工式」の画像検索結果 「東京スカイツリー」の画像検索結果    
(1)756年至徳元載/聖武元年6月13日) - 安史の乱: 安禄山らの蜂起によりの皇帝玄宗楊貴妃を伴って都落ち。
(2)794年延暦13年6月13日) - 桓武天皇の命を受けた坂上田村麻呂が蝦夷征討に出発。
(3)1242年仁治3年6月15日) - 北条泰時の死去に伴い、孫の北条経時鎌倉幕府第4代執権に就任。
(4)1223年 - フランス国王フィリップ2世が死去。長男のルイ8世が国王に即位。
(5)1789年 - フランス革命: パリの民衆がバスティーユ牢獄襲撃・占領、政治犯を解放。フランス革命の勃発。
(6)1790年 - フランスで連盟祭フランス語版開催。ルイ16世が憲法への忠誠を誓う。現在の建国記念日(パリ祭)はバスティーユ襲撃ではなくこの連盟祭を記念している。
(7)1795年 - 「ラ・マルセイエーズ」がフランスの国歌となる。La Marseillaise.ogg 聴く[ヘルプ/ファイル]
(8)1804年 - 廃兵院にて、ナポレオン・ボナパルトが初のレジオンドヌール勲章授与を行う。
(9)
1843年天保14年6月17日)- 新潟天領とされ新潟奉行が設置される。
(10)1853年嘉永6年6月9日) - 黒船来航: 黒船を率いて来航した米国東インド艦隊司令長官マシュー・ペリー久里浜に上陸。
(11)1853年 - ニューヨーク万国博覧会開幕、会期は翌年の11月1日まで。
(12)1865年 - マッターホルンエドワード・ウィンパーらにより初登頂。
(13)1867年 - アルフレッド・ノーベルダイナマイトを発表。
(14)1867年(慶応3年6月13日) - 浦上四番崩れ長崎奉行がキリシタン68人を捕える。
(15)1879年 (明治12年) - 日本で初めての伝染病予防の法令「海港虎列刺病(コレラ病)伝染予防規則」が公布される。のちの1961年に厚生省と日本検疫衛生協会が7月14日を検疫記念日とする。
(16)1881年 - ビリー・ザ・キッドが、友人でもあった保安官パット・ギャレットにより射殺される。
(17)1889年 - パリで第二インターナショナルが結成される。
(18)1899年 - アクレ州ボリビアからの独立を宣言。アクレ州とボリビアとの紛争はブラジルの介入を招き、アクレ州は1903年にブラジル領となる。
(19)1908年 - 日本で桂太郎が第13代内閣総理大臣に就任し、第2次桂内閣が発足。
(20)1909年 - テオバルト・フォン・ベートマン・ホルヴェークドイツ帝国宰相に就任。
(21)1917年 - ゲオルク・ミヒャエリスがドイツ帝国宰相に就任。
(22)1920年 - 中華民国で北洋軍閥同士の戦争が起こる。(安直戦争
(23)1933年 - 強制的同一化: ドイツナチ党を除く全政治政党が禁止される。
(24)1945年 - 第二次世界大戦日本本土空襲: アメリカ海軍空母艦載機による北海道空襲
(25)1948年 - イタリア共産党書記長パルミーロ・トリアッティが狙撃される。
(26)1958年 - 7月14日革命イラクアブドゥル・カリム・カースィム率いるアラブ民族主義者らによるクーデターが起き、王政が打倒され、共和国が樹立される。
(27)1959年 - 朝日新聞熊本大学医学部の調査チームによる水俣病有機水銀中毒原因説をスクープ。
(28)1960年 - 内閣総理大臣岸信介が、池田勇人自民党総裁就任祝賀会からの帰路、暴漢の襲撃を受け重傷を負う。
(29)1964年 - 東京都品川区勝島で、株式会社宝組のニトロセルロース蓄積倉庫から出火。爆発を伴う火災により倉庫の壁が崩れ、下敷きになった消防職員18人、消防団員1人が死亡。負傷158人の惨事が起きる。(品川勝島倉庫爆発火災
(30)1965年 - アメリカの火星探査機マリナー4号火星に最接近。史上初めて地球以外の惑星表面の撮影に成功。
(31)1967年 - タカラ(現:タカラトミー)着せ替え人形リカちゃん人形」を発売。
(32)1967年 - 「世界知的所有権機関 (WIPO) を設立する条約」がストックホルムで調印。
(33)1968年 - プラハの春: ワルシャワ会談が行われる。
(34)1969年 - サッカー戦争: エルサルバドル軍がホンジュラスに侵攻。
(35)1969年 - アメリカ合衆国で500ドル以上の高額紙幣が流通停止となる。
(36)1970年 - 日本の呼称を「ニッポン」に統一することが閣議決定される。
(37)1977年 - 日本初の気象衛星ひまわり(初代)」が米フロリダ州ケネディ宇宙センターから打ち上げられる。
(38)1982年 - レフチェンコKGB少佐が米下院の秘密聴聞会で工作活動を暴露。(レフチェンコ事件
(39)1985年 - 北海道の国鉄興浜南線がこの日限りで廃止。
(40)1992年 - ウィリアム・ジョリッツリン・ジョリッツ夫妻がUNIXライクOSである386BSD 0.1をリリース。オープンソースOSのさきがけとなる。
(41)1998年 - 趙治勲本因坊戦10連覇を達成する。
(42)2005年 - 第7回ワールドゲームズドイツデュースブルクで開幕、会期は7月24日まで。
(43)2007年 - ロシアヨーロッパ通常戦力条約に調印。
(44)2008年 - 東京スカイツリー起工式典が行われる。
(45)2015年 - 冥王星探査機「ニュー・ホライズンズ」が冥王星と衛星のカロンに最接近。距離は約13,000km。
(361.74KB)

          Today@VOAから受信した「アメリカ版<きょうのできごと>」  
(注:日米時差1日のため、本欄掲載は前日のものですが、即効性を重んじて日本時間並みに月日で掲載します。なお、同メルマガ受信時間により前日(回)掲載したものをそのまま此処に掲載し、当日受信分の編集が終了し次第に取り替えます。)なお、今からの本編の記録は「アメリカ版「きょうのできごと」日別一覧表」に収録しています。おって、「1日の時差」があることをご留意ください。
                          アメリカ版「きょうのできごと」
                         (1日遅れの時差あり)
           アメリカ版「1995年7月14日(日本時間)のできごと」

      today@VOA

        Informing, engaging & connecting the people of the world.

                        July 13, 2016

On This Day in American History
On July 13, 1960, then-Senator John F. Kennedy is nominated as the Democratic Party’s candidate for president at the party’s convention in Los Angeles.  Kennedy and running mate Lyndon Johnson, a U.S. Senator from Texas, would go on to win the election in November, narrowly defeating Richard M. Nixon.

1960 年7月13日、当時の民主党議 員ジョン・F・ケネディが民主党大会で同党大統領候補として選出された。ケネディとペア(副大統領)で手を組んだテキサス州選出の合衆国下院議員・リンド ン・ジョンソン氏とロサンゼルスで開催の党本部選挙を乗り切るべく、リチャード・M・ニクソンをからくも負かしてというところだった。(ヨシダ訳)
ヨシダブログ:
 
このできごとの出所を「
"1960 Kennedy nominated for presidency"(HISTORY)」に求めたヨシダは、同記事に出てくるフレーズ毎に、その言葉をそのままグーグルにインプットし、「画像」でクリックすると同記述関連の写真が出てくることに着目して添付写真を選択する新手法に転じました。ご覧のように、見事な(?)「絵物語」になったと自負します。
  ケネディ大統領と言えば、ヨシダは二つ想い出を抱きます。ひとつは、ヨシダ人生第二毛作はトラック運送事業経営者時代のこと。広島県や全日本トラック協会 の役員をしていた時代によく借用してリーダーとしての弁を振るったもの。かの、Ask not what your country can do for you, but as what you can do for your country" を捩ってのこと。「トラック協会が会員に何ができるかを問う前に、会員として協会組織になにができるか」を問うべきだ、と。協会組織に対する会員の欲望を 前にした、それはリーダーとしての発言でした。第三毛作は経営コンサルタン時代でも大いに引用したものでした。
 第二毛作次代に戻ってのこと。 当 時、使用していた三菱社「デボネア」新車を運転中に当時、常時聞き流しにしていたAFRS(Armed Forces Radio Services)がありました。音楽かなにかの番組中、突然に雰囲気がガラッと変わり、葬送曲が流れ始め、アナウンサーの重苦しい声が流れ始めました。 「・・・President Kennedy has been assassinated..."と。瞬間、assassinated という単語を知らなかったヨシダでしたが、只事でない雰囲気を感じました。その次の瞬間に「暗殺」ということを知りました。「Killed」という言葉が アナウンサーから出たことからでした。恐らく日本人ではヨシダが最初に耳にした悲しい出来事だったと現在にして想います。
 1993年は人生第三毛作の経営コンサルタントに転じてから処女活動として実践した「米国一ヶ月間取材旅行」 でおこと。全米トラック協会全国大会(ジャクソンビル・フロリダ州)に出席した折に親しくなったテキサスの経営者親子。後日、約束をはたすべく、ダラス入 りしましたが、その時に訪れたのがかのケネディ大統領暗殺現場。かの狙撃犯人オズワルドが狙撃した教科書倉庫で現在は記念館になっているところ。入った途 端に耳にしたのは、あの瞬間にヨシダが耳にしたアナウンサーの悲壮で重苦しいトーンの放送でした・・・。
 かのケネディの就任式のあの名演説を暗誦することにチャレンジしかけたものの、すでに「8分間余の5つの朗誦英語文セット」があることから断念したものでした。・・・長~いブログになりました。けど、ケネディーさんへの深い想い入れとしてご寛容のほど。(194.39KB)(写真55枚添付ファイル

       関連画像「On July 13, 1960, then-Senator John F. Kennedy is nominated as the Democratic Party’s candidate for president at the party’s convention in Los Angeles.」の画像検索結果「On July 13, 1960, then-Senator John F. Kennedy is nominated as the Democratic Party’s candidate for president at the party’s convention in Los Angeles.」の画像検索結果 「On July 13, 1960, then-Senator John F. Kennedy is nominated as the Democratic Party’s candidate for president at the party’s convention in Los Angeles.」の画像検索結果「On July 13, 1960, then-Senator John F. Kennedy is nominated as the Democratic Party’s candidate for president at the party’s convention in Los Angeles.」の画像検索結果
          「president kennedy and his wife after election」の画像検索結果「president kennedy and his wife after election」の画像検索結果「kennedy and Johnson」の画像検索結果「kennedy and Johnson」の画像検索結果「kennedy and Johnson」の画像検索結果
       「on November 8, Kennedy won 49.7 percent of the popular vote in one of the closest presidential elections in U.S. history, surpassing by a fraction the 49.6 percent received by Vice President Richard M. Nixon, a Republican.」の画像検索結果「on November 8, Kennedy won 49.7 percent of the popular vote in one of the closest presidential elections in U.S. history, surpassing by a fraction the 49.6 percent received by Vice President Richard M. Nixon, a Republican.」の画像検索結果「on November 8, Kennedy won 49.7 percent of the popular vote in one of the closest presidential elections in U.S. history, surpassing by a fraction the 49.6 percent received by Vice President Richard M. Nixon, a Republican.」の画像検索結果「on November 8, Kennedy won 49.7 percent of the popular vote in one of the closest presidential elections in U.S. history, surpassing by a fraction the 49.6 percent received by Vice President Richard M. Nixon, a Republican.」の画像検索結果「On January 20, 1961, on the steps of the Capitol in Washington, D.C., John Fitzgerald Kennedy was inaugurated as the 35th president of the United States」の画像検索結果
      「On January 20, 1961, on the steps of the Capitol in Washington, D.C., John Fitzgerald Kennedy was inaugurated as the 35th president of the United States」の画像検索結果   関連画像「On January 20, 1961, on the steps of the Capitol in Washington, D.C., John Fitzgerald Kennedy was inaugurated as the 35th president of the United States」の画像検索結果「ask not what your country can do for you」の画像検索結果「ask not what your country can do for you」の画像検索結果「ask not what your country can do for you」の画像検索結果
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     関連画像  関連画像   「cuban crisis and kennedy」の画像検索結果「cuban crisis and kennedy」の画像検索結果「kennedy in white house with his head down by the side of window at the time of cuba crisis」の画像検索結果
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   「kennedy sending thousands of U.S. military “advisers” to Vietnam.」の画像検索結果   「kennedy sending thousands of U.S. military “advisers” to Vietnam.」の画像検索結果「kennedy sending thousands of U.S. military “advisers” to Vietnam.」の画像検索結果「On November 22, 1963, after less than three years in office, Kennedy was assassinated while riding in an open-car motorcade with his wife in Dallas, Texas.」の画像検索結果「On November 22, 1963, after less than three years in office, Kennedy was assassinated while riding in an open-car motorcade with his wife in Dallas, Texas.」の画像検索結果
   「On November 22, 1963, after less than three years in office, Kennedy was assassinated while riding in an open-car motorcade with his wife in Dallas, Texas.」の画像検索結果「On November 22, 1963, after less than three years in office, Kennedy was assassinated while riding in an open-car motorcade with his wife in Dallas, Texas.」の画像検索結果 「On November 22, 1963, after less than three years in office, Kennedy was assassinated while riding in an open-car motorcade with his wife in Dallas, Texas.」の画像検索結果「On November 22, 1963, after less than three years in office, Kennedy was assassinated while riding in an open-car motorcade with his wife in Dallas, Texas.」の画像検索結果 「On November 22, 1963, after less than three years in office, Kennedy was assassinated while riding in an open-car motorcade with his wife in Dallas, Texas.」の画像検索結果
  「On November 22, 1963, after less than three years in office, Kennedy was assassinated while riding in an open-car motorcade with his wife in Dallas, Texas.」の画像検索結果「On November 22, 1963, after less than three years in office, Kennedy was assassinated while riding in an open-car motorcade with his wife in Dallas, Texas.」の画像検索結果     関連画像「On November 22, 1963, after less than three years in office, Kennedy was assassinated while riding in an open-car motorcade with his wife in Dallas, Texas.」の画像検索結果「Kennedy grave」の画像検索結果「Kennedy grave」の画像検索結果

                                   インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を
編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。
ただ今、6430編目です!
 
2016年7月14日(木)掲載分
昨日7月13日最終のトップページ

日別最終トップページ一覧表
編集者のダイアリー・コナー 

 今朝早朝からこの時間まで、一心不乱の自身の姿をみて「よう、やるわい!」と頭を撫でたい心境です。ホント!・・・(笑)。「アメリカ版きょうのできごと(7月14日)」 の編集で思い付いたことを「特ダネ」として提供(と言うよりもブログ記録)します★まず、当該英語版記事(HISTORY)を開いて、フレーズ毎にコピー してグーグルに「画面」インプットします。と、どうでしょう!当該写真資料等が面白いように出てくるのです!文字通り「絵物語」が構成される・・・って按 配です。オモシロくて仕方がないほどです。ボケ防止どころか、若いもんでもチョッとやソットでは真似できね~ぞ!って気分です★ヨシダさんのウェブは何や らゴタゴタと長ブログの連続だけど、あのコラムの写真を観るだけでもイイや、価値あるわい・・・と思っていただけることを自負しています。「ヨシダ・サイ トの魅力」って人気商品ならぬ、サイトにできているのがウレシイ限りです。(11:15)
 ・・・ ウッシッシ~!とほくそ笑むのは海外居住者のヨシダのホンネの弁。ハイ、でも愛国心は旺盛です!何故って、円高は母国ニッポンの国力のバロメーター。自国 の通貨が高い(強い)は自慢すべきこと、がヨシダの信念ですので、悪しからず・・・。くだんの記事は、「No.6429:現在の円高は異常ではない、企業は「円安頼み」を止めよDIAMOND Online2016.7.14.野口悠紀雄 [早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問] )」です★このところ、一般紙から経済誌に取材が移行定着しています。対象情報源が少なく、かつ、内容が豊富なことから、このシフトが定着し、加えて「アメリカ版きょうのできごと(英語版)(日本語版)」編集とその内容の充実さでヨシダ編集長どのはご満悦です。(12:40)
 「No.6430英新首相が就任、主要閣僚任命 仏独首脳に「交渉準備に時間必要」REUTERSロイター2016.7.14.)」を編集しながら、此処でもニンマリするのは「画像記事」を得意とするヨシダのアイディア編集手法です。(14:00)
 「today@VOA」は「7月14日日本語版」 編集もどうにか終えてホッとしたところ。次から次と関連ブログが出てくると同時に、キーボードを叩くのが早くなって、何ごともあっという間(?)にことが 運びます。ボケ防止にはバツグンって気分です(笑)★早めに日付変更作業に入るかな、と思いつつ、あれでも・・・と、経済誌サイトを漁るヨシダに苦笑いで す。(16:25)


No.6430
英新首相が就任、主要閣僚任命 仏独首脳に「交渉準備に時間必要」
REUTERSロイター2016.7.14.

ヨシダブログど うです!? この記事の添付資料の選択肢とその意味するもは?ヨシダ編集長が自ら到達した「アメリカ版きょうのできごと」編集時の画像選択手法をとり入れてのものでし て、記事内容に忠実な当該写真の配列になっていると自負します(笑)。本欄でも実践中の「絵物語」ならぬ、「画像記事」って按配です。(写真8枚添付ファイル         
         「メ イ氏はエリザベス女王からの任命を受けた後、ダウニング街の首相官邸前で就任後初となる演説」の画像検索結果  「メ イ氏はエリザベス女王からの任命を受けた後、ダウニング街の首相官邸前で就任後初となる演説」の画像検索結果   「メ イ氏はエリザベス女王からの任命を受けた後、ダウニング街の首相官邸前で就任後初となる演説」の画像検索結果
       「メイ首相家族」の画像検索結果   「メ イ氏はエリザベス女王からの任命を受けた後、ダウニング街の首相官邸前で就任後初となる演説」の画像検索結果    「may cabinet members」の画像検索結果
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No.6429

現在の円高は異常ではない、企業は「円安頼み」を止めよ
DIAMOND Online2016.7.14.野口悠紀雄 [早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問]
ヨシダブログこ の種の記事(円安でなく円高予測)を大歓迎(?)するのは海外生活を送るという特殊事情にあるヨシダの素朴かつリアリティある願望(?)。母国ニッポンの 経済云々という次元の高いモノでは更々ありませんので悪しからず・・・。でもでも、円高が意味することはニッポンの「国力」が低くないこと!としたら、円 高歓迎ニッポン人は愛国精神旺盛といったところ。エッヘン!▼「中見出し」は、■購買力平価で評価すれば 1ドル70円程度 が適切?(◆図表1:円の購買力平価(IMF))、■ビッグマック指数を見ても1ドル=75円と購買力平価とほぼ同じ、■実質為替レート指数は低下傾向  1990年代中頃に比べ半分の水準、■1年前とは大きく変わった円への見方 円高を見込む先物投機筋(◆図表3:シカゴ商品取引所における円先物取引の状 況)、■これまでの状況が異常だった円安に頼らない事業活動を展開すべきだ(◆図表4:輸入物価指数の推移)・・・と続きます▼本記事筆者の野口悠紀雄先 生は「統計学」の権威者。何ごとも統計が物語る、という論理。なにやらヨシダの自論「歴史は繰り返す」に似たものを感じると言ったら??でしょうか? (笑)▼統計学には疎いヨシダですので、逐一のブログは避けて傍線引用:吉田祐起)としました▼「中見出し」をそのままグーグルに画像でインプットすると関連画像が出てきます。本記事の添付資料はその辺りからとみます。これってヨシダ流の編集手法です。ちなみに、その手法で編集した記事(アメリカ版きょうのできごと)をリンクしますので、クリックしてご覧ください。写真17枚添付ファイル     
       「購買力平価で評価すれば 1ドル70円程度が適切?」の画像検索結果「購買力平価で評価すれば 1ドル70円程度が適切?」の画像検索結果 「ビッグマック指数を見ても1ドル=75円と購買力平価とほぼ同じ」の画像検索結果
    「◆図表2:円の実質実効為替レート指数」の画像検索結果「◆図表4:輸入物価指数の推移」の画像検索結果「:輸入物価指数の推移」の画像検索結果 
           「:輸入物価指数の推移」の画像検索結果「:輸入物価指数の推移」の画像検索結果
       野口悠紀雄 新しい経済秩序を求めて
  
金融政策の死 ―金利で見る世界と日本の経済「超」文章法 (中公新書)続「超」整理法・時間編―タイム・マネジメントの新技法 (中公新書)金融工学、こんなに面白い (文春新書)商品の詳細商品の詳細商品の詳細商品の詳細
 昨日13日の記事2編を下記に掲載していましたが、本日14日の第一記事掲載(12:30)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。 

              「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を           
★84歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
★ 人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
★ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
★手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
★そ こで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
★ コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクトの人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
★そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
★ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
★若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄され る」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
★ その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
★すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、「世のため、人のために役立つ生涯を」・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジ ナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
★アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
★ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
★なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。★もうひとつの「蛇足の弁」ならぬ、「蛇足・でも価値ある漫画言葉」の漫画。曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言ったらどう思うかい?)★これって奇しくも、ヨシダが早くにして到達したホンネそのものって感じです!!!(笑)
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 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が大きくて多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムでは その容量大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真が白黒コミックで編集容量が極めて低く (14.84KB)、ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、通算60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。  
 超縦長のウェ ブサイトをご訪問くださってありがとうございました。「乱文乱筆ならぬミスプリはご容赦のほど」がヨシダのブログ用語です。またのご訪問をよろしくお願い します。ご機嫌よろしゅう!
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                        2016年7月14日(木)
                           ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
     

                             吉田祐起                                                           (満84歳8ヶ月)                                                (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)   
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