吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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          吉田祐起のプロフィール
     (本日で「満84歳2か月」になりました!) 
   "生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 


 この国フィリピンを終の棲家と定めて住み着いたのは2009年2月1日でした。

 数年間の自立単身生活を経て、ある縁を得て、現在ではフィリピン家族と共同生活を送っています。題して「相互扶助精神に基づ く運命共同体生活」がそれです。ヨシダの終生面倒見をかれらにしてもらうかわりに、皆さんには貧困から脱却してもらってお互いに幸せになりましょうという相互扶助の共同生活です。 

 ・・・ と、こんな生活設計を描いて現在に至るヨシダですが、ヨシダの義務は長生きすることにあると自覚しています。そのためには満40歳からある動機を得て始め て現在に至る自己流のストレッチング体操に一層の磨きをかけるなど、加えて長年に及ぶステッキ使用で肩にかかった重荷による肩こり解消に集中努力をして通 算8年。お陰で99.9%の達成振りです。でも、ちょっと真似のできない自助努力と自負します。

 肝心のボケ防止のための独特の手法を編み出したのが2012年3月のこと。題して「インタネット情報&ヨシダブログ」がそれです。詳細はクリックしてご覧くださいませんか?「こんなことをしているなんて、カッコいいボケ防止!」と自我自賛しています(笑)。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                                         English               
            2016年1月9日(土)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
 

       ヒロシマ・ヒバクシャのヨシダが発信する「オバマ米大統領の被爆市訪問」のこと
  フィリピンに来て間もない頃は2009年11月10日のこと。シンガポールで開催の APEC会議出席の前に東京に立ち寄られたオバマ大統領がNHK WORLDの記者の質問(今回の日本立ち寄りを機に、被爆市訪問の意図がありますか?) 対して答えられた言葉が鮮明です。"The schedules are too tight this time. However, I would like to have an honor of visiting some day during my Presidency."(今回はスケジュールが一杯でできないが、任期中の何時か訪問の栄に浴したい・・・)。その出来事を踏まえて即座に書いたのが、拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)です。クリックしてご覧ください。ヨシダはその後、その適切な訪問時期は、区切りイイ年次の「2010年ー65周年」として 公開書簡まで発表したものでした。しかし、それが実現しなかったことは、現在にして思うに、「2015年ー70周年」こそがベストな年次と提唱するに至り ました。
 ところが、8月に入ってもその気配は皆無。「2015年-70周年」に拘っていたヨシダは絶望と思いつめていたものの、考えてみれば 同大統領の任期は 2017年1月20日東部時間正午まで。とすれば、区切りは良いとは言えない「2016年ー71周年」になるのが精一杯。まいっか・・・と勝手に思ってい るところです。大統領任期中の「レガシー(遺産)づくり」としても、男の約束においても実現されるのがご本人のためだとさえ思うのがヨシダです。

 おって、ヒバクシャとして被害意識を強くする中で、オバマ米大統領が2011年の9.11の8周年記念式典(ペンタゴン)て遺族たちを前にスピーチした言葉の一節を下記に掲載します。「被害意識」が先行するヒバクシャのわれわれが共有すべき貴重な言葉と受けとめます。なお、この崇高なる大統領の言葉は"Ceremonies Mark 8th Anniversary of September 11 Terrorist Attacks"の中ほどに小さく載っていたもので、目立たないものです。中見出し付きもしくは、太文字表示されるべき価値あるものと考えます。
"Let us renew the true spirit of that day. Not the human capacity for evil but the human capacity for good - not the desire to destroy but the impulse to save and to serve and to build," あの日の真実の心を新たにしましょう。 悪に対する人類の能力としてでなく、善に対する人類の能力としてです。-破壊することへの欲望でなく、守り、奉仕し、建設するための推進力としてです。(オバマ米国大統領・翻訳;吉田祐起) 
            「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果         「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果
   (注:このトップコメントは2016年8月6日まで掲載します。しぶといでしょう、ヨシダは・・・笑)

                
                  グーグルから拾った1月9日の「できごと」 
                              January 9, Events(英語版) 
                           「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。★なおまた、「グーグルのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・★なお、英語版の掲載は本家 米国が主体性であるにかんがみ、世界的視野からの「できごと」を知る意味で日本語版との重複は無論、除外してそのまま掲載しております。同英語版のリンク をクリックすると日本語版には見られない内容豊かなコンテンツが目に付きます。
3「1260年 後深草天皇」の画像検索結果   「1260年 後深草天皇」の画像検索結果 「1260年亀山天皇」の画像検索結果「1260年亀山天皇」の画像検索結果「1260年、日本の皇室の系統が持明院統と大覚寺統に分裂」の画像検索結果
4「1431 jeanne d'arc in the court」の画像検索結果「1431 jeanne d'arc in the court」の画像検索結果 「1431 jeanne d'arc in the court」の画像検索結果「1431 jeanne d'arc in the court」の画像検索結果「1431 jeanne d'arc in the court」の画像検索結果「1431 jeanne d'arc in the court」の画像検索結果
 9   関連画像「Battle of Arkansas Post」の画像検索結果     関連画像「Battle of Arkansas Post」の画像検索結果「Battle of Arkansas Post」の画像検索結果
  「Battle of Arkansas Post」の画像検索結果  「Battle of Arkansas Post」の画像検索結果         関連画像  「Battle of Arkansas Post」の画像検索結果  「Battle of Arkansas Post」の画像検索結果

15「Juan de la Cierva y Codorníu」の画像検索結果「Juan de la Cierva y Codorníu」の画像検索結果「Juan de la Cierva y Codorníu」の画像検索結果「Juan de la Cierva y Codorníu」の画像検索結果「Juan de la Cierva y Codorníu」の画像検索結果「Juan de la Cierva y Codorníu」の画像検索結果
22「第二次世界大戦・ルソン島の戦い」の画像検索結果「第二次世界大戦・ルソン島の戦い」の画像検索結果「第二次世界大戦・ルソン島の戦い」の画像検索結果 「第二次世界大戦・ルソン島の戦い」の画像検索結果 「第二次世界大戦・ルソン島の戦い」の画像検索結果「第二次世界大戦・ルソン島の戦い」の画像検索結果
38「le fantôme de l'opéra 1925」の画像検索結果「le fantôme de l'opéra 1925」の画像検索結果「le fantôme de l'opéra 1925」の画像検索結果「le fantôme de l'opéra 1925」の画像検索結果「le fantôme de l'opéra 1925」の画像検索結果「le fantôme de l'opéra 1925」の画像検索結果
41「明正天皇」の画像検索結果「岩崎弥太郎」の画像検索結果  「朝比奈宗源」の画像検索結果  「リチャード・ニクソン」の画像検索結果  「コロムビア・ローズ」の画像検索結果「伊吹文明」の画像検索結果「ジョーン・バエズ」の画像検索結果「宗猛」の画像検索結果
             「尾崎健夫」の画像検索結果「エリザベス・プンサラン」の画像検索結果「キャサリン妃」の画像検索結果「田中雅彦」の画像検索結果  「Katherine Copely」の画像検索結果
475Byzantine Emperor Zeno is forced to flee his capital at Constantinople, and his general, Basiliscus gains control of the empire.
(1)672年天智天皇10年12月5日) - 大友皇子(弘文天皇)が天皇に即位。(大友皇子即位説
681Twelfth Council of Toledo: King Erwig of the Visigoths initiates a council in which he implements diverse measures against the Jews in Spain.
(2)1127年靖康元年11月5日) - 靖康の変: の軍勢によって首府開封が陥落、北宋が滅亡し、皇
欽宗太上皇徽宗は金に連行。
1150Prince Hailing of Jin and other court officials murder Emperor Xizong of Jin. Hailing succeeds him as emperor.
(3)1260年正元元年11月26日) - 日本の皇室の系統が持明院統大覚寺統に分裂する。
1349 – The Jewish population of Basel, Switzerland, believed by the residents to be the cause of the ongoing Black Death, is rounded up and incinerated.
(4)1431年 - ルーアンジャンヌ・ダルク異端審問裁判が始まる。
1760Afghans defeat Marathas in the Battle of Barari Ghat.
(5)1788年 - コネチカット植民地アメリカ合衆国憲法に批准し、アメリカ合衆国5番目の州・コネチカット州となる。
1793Jean-Pierre Blanchard becomes the first person to fly in a balloon in the United States.
1799British Prime Minister William Pitt the Younger introduces an income tax of two shillings to the pound to raise funds for Great Britain's war effort in the Napoleonic Wars.
(6)1806年 - イギリス海軍提督ホレーショ・ネルソンの、イギリスでは君主以外では初となる国葬が行われる。
1816 – Sir Humphry Davy tests his safety lamp for miners at Hebburn Colliery.
(7)1822年 - ポトルガル王太子ペドロが、父王ジョアン6世の命に反し、ブラジル摂政としてブラジルに残ることを決める。
1839 – The French Academy of Sciences announces the Daguerreotype photography process.
1857 – The Fort Tejon earthquake strikes California, registering an estimated magnitude of 7.9.
1858Anson Jones, the last President of the Republic of Texas, commits suicide.
1861American Civil War: The "Star of the West" incident occurs near Charleston, South Carolina. It is considered by some historians to be the "First Shots of the American Civil War".
(8)1861年 - 南北戦争: ミシシッピ州がアメリカ合衆国を脱退。
(9)1863年 - 南北戦争: アーカンソー・ポストの戦いが始まる。
(10)1878年 - ウンベルト1世イタリア王に即位。
(11)1879年 - 大蔵省商務局を設置。
1880 – The Great Gale of 1880 devastates parts of Oregon and Washington with high winds and heavy snow.
(12)1891年 - 第一高等中学校講師の内村鑑三教育勅語への拝礼をキリスト教徒の立場から拒否したため免職。(不敬事件
1894New England Telephone and Telegraph installs the first battery-operated telephone switchboard in Lexington, Massachusetts.
1903Hallam Tennyson, 2nd Baron Tennyson, son of the poet Alfred Tennyson, becomes the second Governor-General of Australia.
1909Ernest Shackleton, leading the Nimrod Expedition to the South Pole, plants the British flag 97 nautical miles (180 km; 112 mi) from the South Pole, the farthest anyone had ever reached at that time.
1914Phi Beta Sigma Fraternity Inc., the first historically black intercollegiate Greek-letter fraternity to be officially recognized at Howard University, is founded.
(13)1916年 - 第一次世界大戦: ガリポリの戦い。英軍部隊がヘレス岬からの離脱を終了。
1917 – World War I: The Battle of Rafa is fought near the Egyptian border with Palestine.
1918Battle of Bear Valley: The last battle of the American Indian Wars.
(14)1918年 - 三俣の大雪崩: 新潟県三俣村(現湯沢町)で大規模な雪崩が発生、死者155名。記録に残るものでは日本最悪の雪崩災害。
1921Greco-Turkish War: The First Battle of İnönü, the first battle of the war, begins near Eskişehir in Anatolia.
・1923 –
Lithuanian residents of the Memel Territory rebel against the League of Nations' decision to leave the area as a mandated region under French control.
(15)1923年 - スペイン人のフアン・デ・ラ・シエルバが開発したオートジャイロが初飛行。
1927 – A fire at the Laurier Palace movie theatre in Montreal, Quebec, Canada, kills 78 children.
(16)1932年 - ドイツが、第一次世界大戦の賠償金358億マルクの支払不可能を宣言。
(17)1932年 - 春秋園事件: 日本相撲協会の体質を不満として西方の関取全員が協会を脱退。
(18)1933年 - 女学生が同級生立会いのもと三原山火口投身自殺し、翌月同じ場所で同じ学生が立会って別の女学生が身を投げ、これがきっかけで当地は自殺の名所化し同年のみで三原山で125人が投身自殺、保護された者を含めると900名以上が三原山を訪れた[1]
1938Paul of Greece marries Frederica of Hanover in Athens.
(19)1941年 - 第二次世界大戦: イギリス空軍により爆撃機「アブロ ランカスター」が初飛行。
(20)1943年 - 第二次世界大戦: 汪兆銘政権(南京国民政府)が米英に宣戦布告。
(21)1943年 - 汪兆銘政権と日本が、中国に有する専管租界返還と治外法権撤廃を定めた協定に調印。
(22)1945年 - 第二次世界大戦・ルソン島の戦い: 米軍がルソン島上陸を開始。
1947 – Elizabeth "Betty" Short, the Black Dahlia, is last seen alive.
(23)1950年 - イスラエルデンマーク中華人民共和国承認
(24)1951年 - 国際連合本部ビルが竣工。
(25)1952年 - 電気通信省(後の電電公社)が慶弔電報の取扱いを再開。
1957British Prime Minister Sir Anthony Eden resigns from office following his failure to retake the Suez Canal from Egyptian sovereignty.
1960President of Egypt Gamal Abdel Nasser opens construction on the Aswan Dam by detonating ten tons of dynamite to demolish twenty tons of granite on the east bank of the Nile.
(26)1964年 - パナマ運河地帯の高校で米国国旗だけを掲揚したことから暴動化。米軍の発砲で両国民に死者が出る。(国旗事件)
(27)1964年 - 警視庁が、個展に模造千円札を出品した画家・赤瀬川原平通貨及証券模造取締法違反容疑で任意取調べ。
1965 – The Mirzapur Cadet College formally opens for academic activities in East Pakistan (now Bangladesh).
(28)1966年 - 神奈川県川崎市川崎駅前にて金井ビル火災が発生。
(29)1968年 - アラブ石油輸出国機構(OAPEC)結成。
(30)1972年 - 退役後、洋上大学への改装のため香港に係留されていた豪華客船「クイーン・エリザベス」で火災が発生し、転覆。
(31)1985年 - 東京両国に新国技館が落成。
(32)1985年 - 北九州モノレール小倉線が開業。
(33)1987年 - 国鉄宮之城線がこの日限りで廃止。
(34)1988年 - ソニーVHS方式の家庭用VTR発売を発表。事実上のベータ方式の敗北宣言。
1991 – Representatives from the United States and Iraq meet at the Geneva Peace Conference to try to find a peaceful resolution to the Iraqi invasion of Kuwait.
1992 – The Assembly of the Serb People in Bosnia and Herzegovina proclaims the creation of Republika Srpska, a new state within Yugoslavia.
1996First Chechen War: Chechen separatists launch a raid against the helicopter airfield and later a civilian hospital in the city of Kizlyar in the neighboring Dagestan, which turns into a massive hostage crisis involving thousands of civilians.
(35)1996年 - 足立区で女性の首なし焼死体が発見される。(足立区首なし殺人事件
2004 – An inflatable boat carrying illegal Albanian emigrants stalls near the Karaburun Peninsula while on the way to Brindisi, Italy; exposure to the elements kills 28.
(36)2005年 - スーダン政府と反政府組織のスーダン人民解放軍包括和平協定を締結。
(37)2005年 - 前年11月のヤーセル・アラファートの死去に伴いパレスチナ自治政府大統領選挙英語版が行われ、PLO議長マフムード・アッバースが当選。
(38)2006年 - 『オペラ座の怪人』が『キャッツ』を抜き、ブロードウェイ・ロングラン記録を更新。
(39)2007年 - 日本の防衛庁がに昇格して防衛省が発足。
2007 – Apple CEO Steve Jobs unveils the first iPhone.
2011Iran Air Flight 277 crashes near Orumiyeh in the northeast of the country, killing 77 people.
2013 – A SeaStreak ferry traveling to lower Manhattan, New York City, crashes into the dock, injuring 85 people.
2014 – An explosion at a Mitsubishi Materials chemical plant in Yokkaichi, Japan, kills at least five people and injures 17 others.
2015 – The perpetrators of the Charlie Hebdo shooting in Paris two days earlier are both killed after a hostage situation. Elsewhere, a second hostage situation, related to the Charlie Hebdo shooting, occurs at a Jewish market, Hypercacher, in the eastern Paris suburb of Vincennes.
(40)2013年 - 大阪市立桜宮高等学校で体罰自殺事件が発覚。この事件以降、他校でも次々と体罰が明らかとなる。
(41)ヨシダが選んだ著名人の誕生日;明正天皇(1624)、岩崎弥太郎 (1835)、朝比奈宗源(1891)、リチャード・ニクソン(1913)、コロムビア・ローズ(1933)、伊吹文明(1938)、 ジョーン・バエズ (1941)、 宗茂(1953)、宗猛 (1953)、尾崎健夫(1954)、エリザベス・プンサラン(1971)、 キャサリン妃(1982)、田中雅彦(1982)、キャサリン・コペリー (1988)。

                     インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を
編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 
ただ今、 
6003編です。
 
6千編を突破しました!
2016年1月9日(土)掲載分
昨日1月8日最終のトップページ
編集者のダイアリー・コナー

 本日「1月9日のできごと」でヨシダが関心を抱くのは、「(22)1945年 - 第二次世界大戦・ルソン島の戦い: 米軍がルソン島上 陸を開始」です。フィリピンを終の棲家とするゆえです。マッカーサーが幹部を従えて上陸する光景とその記念像は印象的です。右端の写真で知ったことは、像 の高さは見上げるような大きさ。同地は訪問しそびれて現在に至ります★この出来事の前にはマッカーサー元帥が日本軍進撃で撤退したのですが、「I shall return!」の言葉を遺して一旦撤退したことはよく知られています。なお、司令部に突入した日本軍が彼の部屋に入って目にしたのは、壁に残されていた 同元帥愛用の額縁。かのウルマンの詩「YOUTH(青春)」だったとかです。ヨシダの暗誦する5編のひとつで現在に至るシロモノです。
 「ルソン島のマッカーサー上陸地点」の画像検索結果 「ルソン島のマッカーサー上陸地点」の画像検索結果「ルソン島のマッカーサー上陸地点」の画像検索結果「ルソン島のマッカーサー上陸地点」の画像検索結果「ルソン島のマッカーサー上陸地点」の画像検索結果「ルソン島のマッカーサー上陸地点」の画像検索結果
 本日はヨシダにとって記念すべき!(他愛もないことですが)、でも当事者のヨシダにとっては「記念すべき(?)瞬間!」。他ならぬ、本コラムが6000編に到達したことです。2012年3月9日にヒントを得て開設した本コラム。4周年記念は3月を前にした「6千編」の到達です。何ごとも「ひと区切り意識の大事さ」を強調するだけに、です。「No.6000単なる「言いたい放題」ではない! トランプ氏の老獪なメディア戦術DIAMOND Online2016.1.9.窪田順生 [ノンフィクションライター] )」がそれです。ヨシダブログだけで単行本にしてン拾冊相当分だぞ~!とニンマリする子供心旺盛なブロガー・ヨシダです。(9:50)
  ふと、情報収集しながら気付くことに、母国ニッポンは本日から「3連休」。正月明けの格好の連休ですね。11日の「成人の日」で想い出を抱きます。ヨシダ が二十歳になった時のこと。当時から事実上の自営業的な立場にあったヨシダですが、作業場は当時の藤田組(現・フジタ)の製材所目立て室。義兄が人材差し 入れ下請け契約していたもの。当時の同支店長さんが「ヨシダを市長表彰に推薦」。後日に手にした総合写真がありました。当時の浜井市長を中心に5,6段列 の写真。ヨシダはチャッカリと同市長の真後ろに立ちました。手元に無いのがザンネン。青春時代の良き証足り得るでしょうに・・・。で、肝心の現在のヨシダ は?ハイ、戦時中みたいなもの。「月月火水木金金」です。でも、ハッピーこの上もありません★ふと、思うに、当時の広島市のその行事は「優良青年表彰式」 でした。グーグルして確認するに、「成年式」は1949年のスタート。当時のヨシダは18歳でしたから、成人祝いでなく、前述した「優良社員表彰」でし た。成人式のハシリってところだったと述懐します。(10:40)
 「No.6001台湾総統選挙、民進党の地滑り的大勝か 国会でも過半数を抑える勢い、戦後最大の無血「政変」宮崎正弘の国際ニュース・早読み2016.1.9.)」を編集しながら頭を横切るもの。それは本家中国の思惑。多くの各誌(紙)があるなかで、宮崎正弘先生のメルマガが本情報では先行しています。同氏は「中国の崩壊」も予言されているご人物です。「とうとう人民元の大暴落が始まった」がそれです。人民元暴落、台湾は手が届かず・・・で弱り目に祟り?・・・本コラムに編集したい内容です。(11:40)
 「東京が壊滅する日」とは、不気味を通り越してゾッと、も通り越して・・・、言葉も出てきません。去る12月27日付本誌記事の続編は「No.6002:2016年4月1日は、全電力会社が潰れる日!? DIAMOND Online2016.1.9.広瀬 隆 [ノンフィクション作家] 緊急特別講演最終回)」です。2020年の東京オリンピック誘致で安倍総理が大見得を切った「状況はコントロールされている」に支障がなければ良いですが・・・。でも、不安です・・・。(17:45)
 ・・・ ふと、本トップページの編集ファイルの「使用容量」を見ると905.58KB!本編集ソフトの1ページ当たりの「許容量」は1GB(1000KB)!オー バーすると、当該編集ソフトが編集作業で開けなくなる限界です。物騒、ぶっそう・・・。本日の編集はコレにてジ・エンドとします。何時ものように、コピー をとって、日付変更に入ります。本日は(も)充実感を味わいました★ところで、先ほどから想いを巡らしていることに、現在に至ってクライアントであると自 負できる東広島の運送会社の「安全会議」の時間。月例の「ヨシダ・メッセージ」が社長によって、朗読されての安全会議入りです。「ヨシダ・スピリット」は 現在にして活きて生きている、と。嬉しい限りです。(18:00)
 1ページ許容制限容量ギリギリの記事を欲張って編集掲載します。「No.6003(@ニューデリー)大気汚染「世界最悪」と民主主義朝日新聞2016.1.9.特派員リポート 貫洞欣寛(ニューデリー支局長))」がそれです。(19:30)

No.6003
(@ニューデリー)大気汚染「世界最悪」と民主主義
朝日新聞2016.1.9.特派員リポート 貫洞欣寛(ニューデリー支局長)
ヨシダブログ:長文の記事ですが、一番気になる点は、「・・・インド同様に大気汚染に苦しむ中国と比べると、社会の状況には、大きな違いがある。 共産党一党独裁の中国では、政府が交通規制などの対策を打ち出せば、市民はそれに従うことになる。だが、「世界最大の民主主義国」 のインドでは、国民の意見は多様でまとまりがない。環境対策よりも経済成長を求める声もあるし・・・」というくだり▼本記事コラムの容量は 「46.6KB」。掲載前のトップページのそれは「905.58KB」で、合計「952.18KB」で、制限1000KB(1MB)にギリギリの許容量。 安心して掲載します。(写真9枚添付ファイル      
 貫洞欣寛「ニューデリー大気汚染」の画像検索結果「ニューデリー大気汚染」の画像検索結果「ニューデリー大気汚染」の画像検索結果
   「ニューデリー大気汚染」の画像検索結果  「ニューデリー大気汚染」の画像検索結果        「ニューデリー大気汚染」の画像検索結果   「ニューデリー大気汚染」の画像検索結果

No.6002
2016年4月1日は、全電力会社が潰れる日!? 
DIAMOND Online2016.1.9.広瀬 隆 [ノンフィクション作家] 緊急特別講演最終回
の運命」の作家・広瀬 隆さんの緊急特別講演最終回編です。前回は「No.5961なぜ、東京で白内障、心筋梗塞が激増するのか? エッセンシャル版・緊急特別講演会DIAMOND Online2015.12.27.広瀬 隆 [ノンフィクション作家] )」でした▼「中見出し」は、■2016年4月1日、電力完全自由化で何が起こる?、■100万kW原発の81基分が自家発電!、■東電を潰す方法、■原発再稼働に突進する電力会社は、倒産する!!、■原発事故後、電気を供給してくれた「恩人」は誰か?・・・と続きます。(写真16枚添付ファイル      
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   「世 界石油戦争」の画像検索結果「世界金融戦争」の画像検索結果「原子炉時限爆弾」の画像検索結果 「広瀬隆」の画像検索結果   
No.6001
台湾総統選挙、民進党の地滑り的大勝か 国会でも過半数を抑える勢い、戦後最大の無血「政変」
宮崎正弘の国際ニュース・早読み2016.1.9.
ヨシダブログ:本家(?)中国にとっては深刻(?)な台湾の政情。香港問題もあるし、というのが中国の立場(?)。おりしも、ちょっと、興味あるサイトにヒットしましたので、ご参考に供します、「香港の政情について あまり気にしてはいなかった」がそれです▼このところ、中国の強引な政策が顰蹙を招来していますが、くだんの「南沙諸島埋め立て問題」もそれ。この際、台湾・フィリピンとも手を組んで中国を牽制したら・・・とは外交オンチのヨシダの愚案です。写真7枚添付ファイル
     「朱立倫vs蔡英文」の画像検索結果     「朱立倫vs蔡英文」の画像検索結果  「台湾総統選挙」の画像検索結果 
  「蔡英文」の画像検索結果「蔡英文」の画像検索結果「蔡英文」の画像検索結果 「蔡英文・安倍総理」の画像検索結果
No.6000
単なる「言いたい放題」ではない! トランプ氏の老獪なメディア戦術
DIAMOND Online2016.1.9.窪田順生 [ノンフィクションライター]
ヨシダブログ:ヨ シダは正直言って、トランプさんのテレビ台頭瞬間に感じたこと。それは政策等の云々とは別の次元。失礼を弁えずのヨシダ評は(ゴメンなさいね)、「なん だ、この人物は!?」でした。ご本人の政治力云々はそっちのけの話。米大統領ともなれば、「品格」が求められるハズですが、シツレイながら、お金儲けは天 才であっても、政治なかんずく、国際政治の最先端を往くべき米大統領にしては・・・と、大いに首を傾げます。万一、アメリカ人がこの人物を大統領にした ら、世は終わり・・・とすら意地悪く想像します▼トランプさんの人物評は横に置いといての話ですが、ヨシダの関心事は、このご人物を経営者経歴の観点だけ から評する本記事なかんずく、筆者の窪田順生さんのご人物のほうに当該者のトランプさんより大なる興味を抱くヨシダです▼グーグルして知るに、「・・・窪 田順生(くぼた まさき、1974年[1] - )は、日本のノンフィクションライター。東京生まれ[1]学習院大学文学部卒業[2]フライデーの記者を務めた[2]後、30歳で朝日新聞に入社[3]、その後漫画誌編集長、実話誌編集長などを務めた[3]闇金ウシジマくんの取材協力を務める[4]。2005年、新潟少女監禁事件を主題にした『汚れなき男の眼に』で第12回小学館ノンフィクション大賞優秀賞受賞・・・」(ウィキペディア)▼筆者窪田さんのキャリアを知るに格好のサイトは「「窪田順生の時事日想」 でして、流石に年期の入ったライターとみます。よって、本ブログでは肝心のトランプさんでなく、同氏に焦点を当てた写真を選択しました▼「中見出し」は、 ■白人労働者層のハートをわしづかみ 「トランプ旋風」はなぜ起きたか、■「取引の天才」トランプ氏 不動産王の「自己ブランディ ング」の凄み、■テレビ番組を利用して破産寸前から見事復活、■過激な主張は思いつきではない 「オバマの正反対」を狙う戦略、■ここ一番の「放言」で形 勢をひっくり返してきた、■記者に意地の悪い質問をされたとき トランプ氏はどう切り返すか?・・・と続きます。写真12枚添付ファイル
  「窪田順生」の画像検索結果 「窪田順生『フライデー』」の画像検索結果「『フライデー』時代の窪田順生」の画像検索結果「窪田順生」の画像検索結果関連画像
 「『フライデー』」の画像検索結果「『14階段――検証新潟少女9年2カ月監禁事件」の画像検索結果「第12回「小学館ノンフィクション大賞」」の画像検索結果「第12回「小学館ノンフィクション大賞」」の画像検索結果「死体の経済学」の画像検索結果「スピンドクター“モミ消しのプロ”が駆使する「情報操作」の技 術」の画像検索結果 「闇金ウシジマくん」の画像検索結果
 昨8日の記事3編を下記に掲載していましたが、本日9日の第一記事掲載(9:40)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。 

                「末尾の特別情報お知らせコーナー」
  以下のコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するもので して、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。なお、上掲のリンクをクリックすると、そ の下書き的なテーマや内容の一端が垣間見られます。

     人生第一、第二、第三、第四毛作を通じてヨシダが抱き続ける名格言
               
  ”財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上 
                             されど 財をなさずんば 事業保ち難く 
                             事業なくんば 人育ち難し”

    (中国唐代の大詩人・白楽天<
772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)>の言葉)  
                 
 (経営者時代からヨシダが愛した格言)          
                                    
                              白楽天・『晩笑堂竹荘畫傳』より         
 
人生第一、第二、第三毛作の通算62年間の経営者人生を通して好きな格言として愛唱してきている格言です。とりわけ、人生第ニ毛作時代 はトラック運送事業で「7社グループによる総合物流商社」体制を構築したなかで、米国から導入した「ジーバート自動車防錆処理事業(Ziebart Rust-proofing system)」が話題性を呼び、それが導火線みたいになって、運送業界関連紙・誌に加えて、一般のマスメディアにも結構取材を受けるなどしました。
  下記の写真は本誌にもヨシダの記事が多く登場したことから、請われてこのようなことになったものです。なにせ、毛書は我流もイイところで、人様にお見せす るには気恥ずかしさで一杯ですが、中身で勝負って気持ちで応じて出版されたものです。蛇足ですが、こんな調子の毛筆年賀状表書きを毎年4,5百枚書いたも のです。
 画面がちょっとボケていますが、下手くそでも言葉の意義を強調したいがために記録に取っていたものです。
白居易(はく きょい、772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)字(あざな)を楽天と称した)は、中唐の詩人です。経営者としての存念を代弁して余りあることから、ご覧に入れる次第です。   
 なお、グーグル資料によると、
明治から昭和初期まで活躍した、医師であり政治家でもあった後藤新平氏は、自らが中心となって結成した、少年団日本連盟の副理事長 三島通陽氏に、こう言い遺したそうです。「よく聞け、金を残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ。よく覚えておけ」と。
 また、別の資料によると、以下のように言われたとの説もあります、と。「財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上なり されど財無くんば事業保ち難く、事業無くんば人育ち難し」・・・と。この名言の元祖が意外に知られていない感じです。   
 (追記)「・・・人を遺すは・・・」で、現在にして我ながら大きく自負できることを追記できるいことを誇りであり名誉と受けとめています。
 社名は伏せますが、ヨシダの離日直前までの16年間、各地で講演等コンサルティング活動を展開したなかで、東広島市の中堅運送会社とは初期の段階から16年間、東京の上場予定の老舗運送会社2社さんは9年間の離日までの最大のクライアントでした。
 「人を遺す」はすなわち
、 社員(人間)教育そのも。それを現在に至るも前出クライアントさんにご提供する栄に浴していることを大きな誇りとしています。前者に対することは、「毎月 の安全会議」に対する「ヨシダ・メッセージ」(A4板びっしり)の送付。後者に対することは、新入社員総合職に対するユニークはお手伝い。具体的には、拙 著「
トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊) 」を通読した後の「感想文(会社が提示された同著を巡る質問等に対する新入社員の感想文)」を受け取り、著者の立場でその行間を割って著者意見・感想等を付してリターンする、という仕組み。一人分の「感想&著者コメント」はA4板で10ページ近くに及びます。
 ・・・と、自称「人生第四毛作」を演じてはや、7年。にも関わらず、その延長線上にヨシダの経営者(即・教育者)としての役割を果たす機会を与えられているのです。そんなことから、この格言「財を遺すは・・・」も現在にして実践しているのが84歳超のヨシダです。この格言は奇しくもヨシダ生涯の格言足り得る次第です。
             
          http://www.a-bombsurvivor.com/contents/writing/writing_No.1/writing_No.1-11.jpg    
(お詫び:当該週間誌表紙画像は、くだんの格言文字がかつかつ読める程度に縮小したものです。ウェブサイト掲載時にはつつましく(?)もっと縮小したいのですが、肝心の下手くそな毛書字が読める程度に縮小したものです。)

 ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。 

                          2016年1月9日(土)
                           ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
                                           吉田祐起
                             (満84歳2ヶ月)  
                  (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)                                                                 yoshida@a-bombsurvivor.com
                               URL(eng): http://www.a-bombsurvivor.com
              URL(jpn): http://www.a-bombsurvivor.com/index_japanese.html