吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳2か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 


 この国フィリピンを終の棲家と定めて住み着いたのは2009年2月1日でした。

 数年間の自立単身生活を経て、ある縁を得て、現在ではフィリピン家族と共同生活を送っています。題して「相互扶助精神に基づ く運命共同体生活」がそれです。ヨシダの終生面倒見をかれらにしてもらうかわりに、皆さんには貧困から脱却してもらってお互いに幸せになりましょうという相互扶助の共同生活です。 

 ・・・ と、こんな生活設計を描いて現在に至るヨシダですが、ヨシダの義務は長生きすることにあると自覚しています。そのためには満40歳からある動機を得て始め て現在に至る自己流のストレッチング体操に一層の磨きをかけるなど、加えて長年に及ぶステッキ使用で肩にかかった重荷による肩こり解消に集中努力をして通 算8年。お陰で99.9%の達成振りです。でも、ちょっと真似のできない自助努力と自負します。

 肝心のボケ防止のための独特の手法を編み出したのが2012年3月のこと。題して「インタネット情報&ヨシダブログ」がそれです。詳細はクリックしてご覧くださいませんか?「こんなことをしているなんて、カッコいいボケ防止!」と自我自賛しています(笑)。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                                           English               
            2016年1月7日(木)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
   

  ヒロシマ・ヒバクシャのヨシダが発信する「オバマ米大統領の被爆市訪問」のこと
  フィリピンに来て間もない頃は2009年11月10日のこと。シンガポールで開催の APEC会議出席の前に東京に立ち寄られたオバマ大統領がNHK WORLDの記者の質問(今回の日本立ち寄りを機に、被爆市訪問の意図がありますか?) 対して答えられた言葉が鮮明です。"The schedules are too tight this time. However, I would like to have an honor of visiting some day during my Presidency."(今回はスケジュールが一杯でできないが、任期中の何時か訪問の栄に浴したい・・・)。その出来事を踏まえて即座に書いたのが、拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)です。クリックしてご覧ください。ヨシダはその後、その適切な訪問時期は、区切りイイ年次の「2010年ー65周年」として 公開書簡まで発表したものでした。しかし、それが実現しなかったことは、現在にして思うに、「2015年ー70周年」こそがベストな年次と提唱するに至り ました。
 ところが、8月に入ってもその気配は皆無。「2015年-70周年」に拘っていたヨシダは絶望と思いつめていたものの、考えてみれば 同大統領の任期は 2017年1月20日東部時間正午まで。とすれば、区切りは良いとは言えない「2016年ー71周年」になるのが精一杯。まいっか・・・と勝手に思ってい るところです。大統領任期中の「レガシー(遺産)づくり」としても、男の約束においても実現されるのがご本人のためだとさえ思うのがヨシダです。

 おって、ヒバクシャとして被害意識を強くする中で、オバマ米大統領が2011年の9.11の8周年記念式典(ペンタゴン)て遺族たちを前にスピーチした言葉の一節を下記に掲載します。「被害意識」が先行するヒバクシャのわれわれが共有すべき貴重な言葉と受けとめます。なお、この崇高なる大統領の言葉は"Ceremonies Mark 8th Anniversary of September 11 Terrorist Attacks"の中ほどに小さく載っていたもので、目立たないものです。中見出し付きもしくは、太文字表示されるべき価値あるものと考えます。
"Let us renew the true spirit of that day. Not the human capacity for evil but the human capacity for good - not the desire to destroy but the impulse to save and to serve and to build," あの日の真実の心を新たにしましょう。 悪に対する人類の能力としてでなく、善に対する人類の能力としてです。-破壊することへの欲望でなく、守り、奉仕し、建設するための推進力としてです。(オバマ米国大統領・翻訳;吉田祐起) 
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   (注:このトップコメントは2016年8月6日まで掲載します。しぶといでしょう、ヨシダは・・・笑)

                
                  グーグルから拾った1月7日の「できごと」 
                          January 7 Events(英語版) 
                         「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。★なおまた、「グーグルのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・★なお、英語版の掲載は本家 米国が主体性であるにかんがみ、世界的視野からの「できごと」を知る意味で日本語版との重複は無論、除外してそのまま掲載しております。同英語版のリンク をクリックすると
日本語版には見られない内容豊かなコンテンツが目に付きます。
   2  「Calais」の画像検索結果 「ギーズ公フランソワ」の画像検索結果「カレー (フランス)」の画像検索結果「Calais」の画像検索結果  「Calais」の画像検索結果  「Calais」の画像検索結果
      3   「1610, Galileo Galilei」の画像検索結果  「1610, Galileo Galilei」の画像検索結果    「)1610年 - ガリレオ・ガリレイが木星の衛星「ガニメデ」「エウロパ」「イオ」を発見」の画像検索結果「)1610年 - ガリレオ・ガリレイが木星の衛星「ガニメデ」「エウロパ」「イオ」を発見」の画像検索結果      
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     9「1927, first telephone communication between new york and london」の画像検索結果  「1927, first telephone communication between newyork and london」の画像検索結果  「1927, first telephone communication between new york and london」の画像検索結果      「1927, first telephone communication between newyork and london」の画像検索結果「1927, first telephone communication between new york and london」の画像検索結果 
     23「1989年 - 昭和天皇が崩御」の画像検索結果「1989年 - 昭和天皇が崩御」の画像検索結果「1989年 - 昭和天皇が崩御」の画像検索結果 「1989年 - 昭和天皇が崩御」の画像検索結果 「1989年明仁親王即位」の画像検索結果「今上天皇皇后陛下」の画像検索結果     「1989年 - 昭和天皇が崩御」の画像検索結果

25「monica lewinsky scandal」の画像検索結果「monica lewinsky scandal」の画像検索結果「monica lewinsky scandal」の画像検索結果   「monica lewinsky scandal」の画像検索結果   「monica lewinsky scandal, newspapers」の画像検索結果 「monica lewinsky scandal, newspapers」の画像検索結果
     32「Gregorius XIII,」の画像検索結果  「ジョゼフ・ボナパルト」の画像検索結果 「ベルナデッタ・スビルー」の画像検索結果  「初代吉田玉男」の画像検索結果「佐々木禎子」の画像検索結果「水木一郎」の画像検索結果「沖田浩之」の画像検索結果「ニコラス・ケイジ」の画像検索結果 「Елена Юрьевна Бечке」の画像検索結果
1131Canute Lavard was murdered at Haraldsted, Denmark by his cousin Magnus, which led to the civil war in Denmark (1131–34).
(1)1325年 - アフォンソ4世ポルトガル王に即位。
(2)1558年 - イングランド最後の大陸の領土であったカレーがフランスの軍人ギーズ公フランソワにより奪還。
1566Pope Pius V is elected.
1608 – Fire destroys Jamestown, Virginia.
(3)
1610年 - ガリレオ・ガリレイ木星衛星ガニメデ」「エウロパ」「イオ」を発見。
1782 – The first American commercial bank, the Bank of North America, opens.
1785 – Frenchman Jean-Pierre Blanchard and American John Jeffries travel from Dover, England, to Calais, France, in a gas balloon.
1797 – The modern Italian flag is first used.
1835HMS Beagle drops anchor off the Chonos Archipelago.
(4)1894年 - ウィリアム・K・L・ディクソンがモーション・ピクチャー(映画)の特許を取得。
(5)1904年 - CQD遭難信号として定められる。2年後にSOSに置き換え。
(6)1906年 - 日本で西園寺公望が第12代内閣総理大臣に就任し、第1次西園寺内閣が発足。
1919Montenegrin guerrilla fighters rebel against the planned annexation of Montenegro by Serbia, but fail.
1920 – The New York State Assembly refuses to seat five duly elected Socialist assemblymen.
1922Dáil Éireann ratifies the Anglo-Irish Treaty by a 64–57 vote.
(7)1924年 - 日本で清浦奎吾が第23代内閣総理大臣に就任し、清浦内閣が発足。
(8)1926年 - 小説家協会と劇作家協会が合併して文藝家協会(現在の日本文藝家協会)を設立。
(9)1927年 - ニューヨークからロンドンへ史上初の大西洋を越える通話が行われる。
1931Guy Menzies flies the first solo non-stop trans-Tasman flight (from Australia to New Zealand) in 11 hours and 45 minutes, crash-landing on New Zealand's west coast.
(10)1932年 - ヘンリー・スティムソン米国務長官日本の満州占領を非難する「スティムソン・ドクトリン」を発表。
1935Benito Mussolini and French Foreign minister Pierre Laval sign the Franco-Italian Agreement.
1940Winter War: The Finnish 9th Division stops and completely destroys the overwhelming Soviet forces on the Raate-Suomussalmi road.
1942World War II: The siege of the Bataan Peninsula begins.
1945 – World War II: British General Bernard Montgomery holds a press conference in which he claims credit for victory in the Battle of the Bulge.
(11)1947年 - 東急フライヤーズ誕生。
1948Kentucky Air National Guard pilot Thomas Mantell crashes while in pursuit of a supposed UFO.
(12)1950年 - インフレーションの進行により千円紙幣を発行。肖像聖徳太子
(13)1952年 - ハリー・S・トルーマン米大統領が、アメリカ合衆国が水素爆弾を開発したことを公表。
(14)1954年 - IBMジョージタウン大学が世界初の機械翻訳の実験(ジョージタウンIBM実験英語版)を行う。
1955 – Contralto Marian Anderson becomes the first person of color to perform at the Metropolitan Opera in Giuseppe Verdi's Un ballo in maschera.
(15)1959年 - アメリカ合衆国フィデル・カストロ率いる新キューバ政府を承認
(16)1960年 - アメリカ海軍ポラリスミサイルの発射テストを実施。
(17)1968年 - サーベイヤー計画: アメリカの無人月探査機「サーベイヤー7号」が打ち上げ。
1970 – The Punjab Legislative Council (Abolition) Act, 1969 comes into effect.
1973Mark Essex fatally shoots ten people and wounds 13 others at Howard Johnson's Hotel in New Orleans, Louisiana, before being shot to death by police officers.
(18)1975年 - OPEC原油価格の10%引き上げを決定。
(19)1979年 - ベトナム軍の支援によりカンボジア救国民族統一戦線カンボジアの首都プノンペンに侵攻。ポル・ポト政権(民主カンボジア)が崩壊。
(20)1979年 - 具志堅用高ボクシング世界ジュニアフライ級チャンピオンを7連続防衛。
(21)1980年 - 「クライスラー債権保証法」にジミー・カーターアメリカ大統領が署名。同社は15億ドルの政府債務保証を受ける。
(22)1984年 - ブルネイ東南アジア諸国連合 (ASEAN) に加盟。
1985Japan Aerospace Exploration Agency launches Sakigake, Japan's first interplanetary spacecraft and the first deep space probe to be launched by any country other than the United States or the Soviet Union.
(23)1989年 - 昭和天皇崩御明仁親王が即位し今上天皇となり、新元号を「平成」と決定。(昭和64年最後の日)
(24)1990年 - イタリアピサの斜塔が修復のため閉鎖される。
1991Roger Lafontant, former leader of the Tonton Macoute in Haiti under François Duvalier, attempts a coup d'état, which ends in his arrest.
1993 – The Fourth Republic of Ghana is inaugurated with Jerry Rawlings as President.
・1993 –
Bosnian War: The Bosnian Army executes a surprise attack on the village of Kravica in Srebrenica.
(25)1999年 - モニカ・ルインスキー事件: アメリカ合衆国上院ビル・クリントン大統領の弾劾裁判が始まる。
(26)2000年 - ヒュンダイモータージャパン株式会社が設立。
(27)2004年 - アップルコンピュータから第1世代iPod miniが発表される。
(28)2006年 - 下関駅駅舎が放火で炎上し、駅舎東側(駅全体の約半分)を焼失。(下関駅放火事件
(29)2008年 - NTT DoCoMoPHSサービスを終了。
(30)2009年 - ロシアガスプロム社がウクライナ経由の欧州向け天然ガスの供給を停止。
2010 – Muslim gunmen in Egypt open fire on a crowd of Coptic Christians, killing eight of them and one Muslim bystander.
2012 – A hot air balloon crashes near Carterton, New Zealand, killing all 11 people on board.
2015 – Two gunmen commit a mass shooting at the offices of Charlie Hebdo in Paris, killing twelve people and injuring another eleven.
・2015 – A car bomb
explodes outside a police college in the Yemeni capital Sana'a with at least 38 people reported dead and more than 63 injured.
(31)2015年 - パリシャルリー・エブド襲撃事件が起きる。
(32)ヨシダが選んだ著名人の誕生日;グレゴリウス13世(1502)、ジョゼフ・ボナパルト(1768)、ベルナデッタ・スビルー(1844)、 初代吉田玉男 (1919)、佐々木禎子(1943)、 水木一郎(1948)、 ニコラス・ケイジ (1964)、エレーナ・ベチケ (1966)。

                      インタネット情報&ヨシダブログ
              (2015年3月20日付でコラム名称を変更しました)

 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 
ただ今、 5996編です。 間もなく、No.6000を迎えます!ひと口に6千編ですが・・・。
2016年1月7日(木)掲載分

昨日1月6日最終のトップページ
編集者のダイアリー・コナー

 本日「
1月7日のできごと」でヨシダが関心を抱くのは、「(23)1989年 - 昭和天皇崩御明仁親王が即位し今上天皇となり、新元号を「平成」 と決定。(昭和64年最後の日)」です。ほかでもありません、この年の1月3日にお袋が102歳の天寿を全うして他界したことから、明治・大正・昭和・平 成を生き抜き、21世紀に入ってのことになったことです★本日7日が「松の内最終日」ですが、夕刻まで待たずに、賀状を消却しました。お屠蘇気分はもとも と無い身ですが、精神的なそれは充分に味わったツモリです。アーネルが日本料理店から仕入れてくれた大きな重箱3つの中身も平らげて、です。
 今朝一番の編集記事はヨシダにとって、半世紀以上も前に得たある人物との接点に戻ります。その方と筆者・野口さんは東大時代の同級生。それだけに、格別の親しみ的な心情を抱いて読む記事です。「No.5993:日本の利益となる輸入価格下落がなぜ成長につながらないのかDIAMOND Online2016.1.7.野口悠紀雄 [早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問] )」がそれですが、興味あることは「アンケート」の結果。詳細はヨシダブログをご覧ください。(9:45)
 あることが動機で沖縄の大ファンを自負するヨシダ。でも深く胸を痛めるものにまたまた遭遇しました。「No.5994:沖縄の子供の貧困率は…沖縄タイムス「大弦小弦」2016.1.7.安里真己)」がそ れです。西欧諸国に比べて、植民地政策は縁遠いと思いきや、たまさか先祖(薩摩藩)が手を付けたツケがこんな形でリターンしてくるとは・・・。ブログもし ていますが、初代の沖縄開発庁長官だった山中貞則さんの言葉が胸を突きます。「沖縄にはどんなことをしてもいい」と・・・。(11:10)
 さすが、アメリカ的!のひと言に尽きるな・・・と苦笑い。「No.5995:正恩氏を核実験に駆り立てた、もう1つの「圧力」 日本経済新聞2016.1.7.電子編集部次長 山口真典)」の米画を観た主人公の正恩さんのカッカ顔がおおよろ想像できるって感じです。(12:20)
 竹中平蔵さんはヨシダの大ファン!同教授の言葉をチャッカリと拝借して活躍したものです。2001年6月のこと。21世紀型リーダーの3条件~洞察力・説明責任・動機付け」(物流LOGISTICS誌・2001年6月号)がそれですが、当 時はトラック運送業界の規制緩和提言で大活躍していた時代に活用し、その後は第三人生で社団法人広島県安全運転管理者協議会専任講師としても大いに活用し たものです。本ブログで一番ケッサクは、かの後藤新平さんの言葉「よく聴け・・・・」の本家は別人で、言葉も大きな差異があるということです。詳しくは本 ブログをご覧あそばせ。(15:20)


No.5996
「僕が会いたい5人の偉人」 惚れる!歴史のリーダーの「ここ」に学べ
東洋経済ONLINE2016.1.7.竹中 平蔵 :慶應義塾大学教授
ヨシダブログ:ヨシダと本記事主人公の竹中平蔵さんとの接点(?)が何であるかは、拙著「21世紀型リーダーの3条件~洞察力・説明責任・動機付け」(物流LOGISTICS誌・2001年6月号)をク リックしてご覧くださいませんか?並みのファンではありません!そのご人物が惚れられるという人物像をしばし追いながら学びました▼「中見出し」は、■日本を近代化させた「大久保利通」、■ピンチをチャンスに変える「後藤新平」、■批判され、戦うのが、偉人の共通点、■登用するなら「高橋是清」「下村治」・・・ と続きます▼蛇足の弁をひとつ。後藤新平の「よく聴け 金を残して死ぬる者は下だ 仕事を残して死ぬものは中だ 仕事を残して死ぬ者は上だ」なる格言の本 家は中国の詩人・白楽天。「財を遺すは下 事業を遺すは中 されど財なくんば事業保ち難く 事業なくんば人育ち難し」デス(エッヘン)。詳細はヨシダウェ ブサイト 「人生第一、第二、第三、第四毛作を通じてヨシダが抱き続ける名格言」をクリックしてご覧ください。ヨシダが下手な毛書でそれをウィークリー雑誌「経済レポート」の表紙に書いています。ひと昔前の記念すべき記録です。写真16枚添付ファイル
   「竹中平蔵さんが会いたい人物」の画像検索結果「大久保利通「為政清明」」の画像検索結果「「為政清明」」の画像検索結果「後藤新平」の画像検索結果「後藤新平語録」の画像検索結果
  「ジョアキーノ・ロッシーニ」の画像検索結果「Gioachino Antonio Rossini」の画像検索結果「高橋是清」の画像検索結果 「高橋是清名言」の画像検索結果 
  「下村治」の画像検索結果「下村治「日本経済成長論」」の画像検索結果「下村治著書」の画像検索結果「福沢諭吉「学問のすすめ」」の画像検索結果「福沢諭吉「学問のすすめ」」の画像検索結果「小泉元総理」の画像検索結果「小泉元総理語録」の画像検索結果
No.5995
正恩氏を核実験に駆り立てた、もう1つの「圧力」
日本経済新聞2016.1.7.電子編集部次長 山口真典
ヨシダブログ:
言 論自由の国・アメリカらしい出来事。民間のすることに政府が口を挟まない、挟めないのかどうかは別にして、母国ニッポンのそれと比較して想うことのひとつ に、「お上主義」、「土下座礼法」、「長いものには巻かれろ」Etc.的な国民性とは、おおよそ比較対象の域ではない感じです(笑)▼今回の朝鮮の核実験 は大御大・金正恩の反発のなせる業(?)▼「中見出し」は、■国連決議の採択阻止へ在外公館を総動員■米政府、人権侵害の追及に本腰・・・と続きます写真11枚添付ファイル
 「山口真典」の画像検索結果  「山口真典著書」の画像検索結果       「movie "the interview", newspaper articles」の画像検索結果   「the interview」の画像検索結果 「the interview」の画像検索結果
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No.5994
沖縄の子供の貧困率は…

沖縄タイムス「大弦小弦」2016.1.7.安里真己
ヨシダブログ:いろんな意味で、沖縄には格別の深い想い入れを抱くヨシダ。それだけに、この記事はヨシダの胸に刺さるもの大です。「沖縄にはどんなことをしてもいい」というのは、初代沖縄開発庁長官だった山 中貞則さんの弁。ヨシダは(も)その同じ意見を抱きます▼参考方々、戦後から現在に至る国費の投入実態をグーグルするに、出るわ出るわ、です。多くはやっ かみ的なものを否定できませんが、総括的にその実態を代弁する言葉にヒットしたので、以下に添付します。「振興予算は、本土復帰した1972年から始ま り、2008年度までの総額は、実に9兆4056億円という途方もない額に達します」と。その多くが基地地代とかで、「貧困対策」の貧の字もないが実体と みます。「公共事業に対する政府補助金率は、他の県では平均して5割ですが、沖縄県のみは9割以上の補助金率」・・・Etc.▼それにしても痛切かつ痛烈 に想うこと。地政学的にみたら、沖縄は不可欠な地区。「秘話」とされて現在に至る昭和天皇のお言葉は「沖縄でよい・・・」だったとか。ある著名な人物が出 版記念インタビュー取材記事で言われたのを記事の片隅で「発見」したのがヨシダ▼沖縄問題は所詮は日本(薩摩藩)が手にした植民地政策の第一歩。朝鮮併合 が続いたものの、終戦でご破算、でヨカッタと言えるでしょう。植民地化のツケとしたら、どう処していくべきか・・・。悩み多き母国ニッポン。終の棲家の フィリピンからハラハラする心境で見守るヨシダです。(写真9枚添付ファイル
 「沖縄の「子ども食堂」」の画像検索結果「沖縄の「子ども食堂」」の画像検索結果  「沖縄の「子ども食堂」」の画像検索結果「沖縄の「子ども食堂」」の画像検索結果「安里真己」の画像検索結果     
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No.5993
日本の利益となる輸入価格下落がなぜ成長につながらないのか
DIAMOND Online2016.1.7.野口悠紀雄 [早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問]
ヨシダブログ:本 記事筆者・野口悠紀雄先生との接点はむろん皆無のヨシダ。強いて言えばの蛇足ブログですが、東大時代に同級生だったという、ある人物との接点を現在に至っ て持つヨシダです。半世紀も前に始まったわが人生第二毛作はトラック運送事業経営者時代のこと。当時の運輸省高級官僚との接点がありました。運輸大臣表彰 受賞等々は想い出足り得る出来事ですが、その人物とは現在に至ってもメール交流を継続する間柄。人生第三毛作時代にはご自宅にも伺ったことのある人間関係 です。ちなみにそのご人物は現在にして現役近いご活躍の人物です▼と、蛇足の弁ならぬブログですが、本筆者がその方の同級生だったという一点故に格別の心 情を抱くしだいです▼「中見出し・図表」は、■資源・国際商品価格の下落は日本にとって最大の利益、■交易条件が大幅に改善 輸入価格下 落 は明らかにプラス(図表1:輸入物価指数の推移・図表2:輸出物価指数の推移・◆図表3:交易条件の推移)、■交易条件が改善したのに賃金が上らないのは なぜか?■必要なのは国内物価の引き下げ それが実質賃金を上昇させる、■輸入価格の下落によってGDP600兆円目標が実現する?・・・と続きます▼ヨ シダが特に関心を強くするのは、「質 問1 物価の引き下げが、日本の経済成長につながると思う?」に対する回答の中身です。「回答:そう思う55.26%、そうは思わない23・68%、どちらとも 言えない13.16%、その他、分からない7.89%」と、意外や「物価上昇がアベノミクスの最大の狙い」に反することです▼ヨシダの下手な経済学論 (?)。物価が上がり、賃金も上がるのが成長経済であり、安倍・黒田ラインの狙い。ところが・・・と、後はご想像にお任せします・・・。写真19枚添付ファイル
     野口悠紀雄 新しい経済秩序を求めて
  「情報の経済理論』」の画像検索結果 「財政危機の構造」の画像検索結果「バブ ルの経済学」の画像検索結果「「超」整理法」の画像検索結果「金融緩和で日本は破綻する」の画像検索結果「虚構のアベノミクス」の画像検索結果
 「期待バブル崩壊」の画像検索結果「『仮想通貨革命」の画像検索結果「超」文章法 (中公新書)金融政策の死 ―金利で見る世界と日本の経済商品の詳細金融工学、こんなに面白い (文春新書)
      
                    
 昨6日の記事3編を下記に掲載していましたが、本日7日の第一記事掲載(:30)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。

                「末尾の特別情報お知らせコーナー」
  以下のコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するもので して、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。なお、上掲のリンクをクリックすると、そ の下書き的なテーマや内容の一端が垣間見られます。

     人生第一、第二、第三、第四毛作を通じてヨシダが抱き続ける名格言
               
  ”財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上 
                             されど 財をなさずんば 事業保ち難く 
                             事業なくんば 人育ち難し”

    (中国唐代の大詩人・白楽天<
772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)>の言葉)  
                 
 (経営者時代からヨシダが愛した格言)          
                                    
                              白楽天・『晩笑堂竹荘畫傳』より         
 
人生第一、第二、第三毛作の通算62年間の経営者人生を通して好きな格言として愛唱してきている格言です。とりわけ、人生第ニ毛作時代 はトラック運送事業で「7社グループによる総合物流商社」体制を構築したなかで、米国から導入した「ジーバート自動車防錆処理事業(Ziebart Rust-proofing system)」が話題性を呼び、それが導火線みたいになって、運送業界関連紙・誌に加えて、一般のマスメディアにも結構取材を受けるなどしました。
  下記の写真は本誌にもヨシダの記事が多く登場したことから、請われてこのようなことになったものです。なにせ、毛書は我流もイイところで、人様にお見せす るには気恥ずかしさで一杯ですが、中身で勝負って気持ちで応じて出版されたものです。蛇足ですが、こんな調子の毛筆年賀状表書きを毎年4,5百枚書いたも のです。
 画面がちょっとボケていますが、下手くそでも言葉の意義を強調したいがために記録に取っていたものです。
白居易(はく きょい、772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)字(あざな)を楽天と称した)は、中唐の詩人です。経営者としての存念を代弁して余りあることから、ご覧に入れる次第です。   
 なお、グーグル資料によると、
明治から昭和初期まで活躍した、医師であり政治家でもあった後藤新平氏は、自らが中心となって結成した、少年団日本連盟の副理事長 三島通陽氏に、こう言い遺したそうです。「よく聞け、金を残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ。よく覚えておけ」と。
 また、別の資料によると、以下のように言われたとの説もあります、と。「財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上なり されど財無くんば事業保ち難く、事業無くんば人育ち難し」・・・と。この名言の元祖が意外に知られていない感じです。   
 (追記)「・・・人を遺すは・・・」で、現在にして我ながら大きく自負できることを追記できるいことを誇りであり名誉と受けとめています。
 社名は伏せますが、ヨシダの離日直前までの16年間、各地で講演等コンサルティング活動を展開したなかで、東広島市の中堅運送会社とは初期の段階から16年間、東京の上場予定の老舗運送会社2社さんは9年間の離日までの最大のクライアントでした。
 「人を遺す」はすなわち
、 社員(人間)教育そのも。それを現在に至るも前出クライアントさんにご提供する栄に浴していることを大きな誇りとしています。前者に対することは、「毎月 の安全会議」に対する「ヨシダ・メッセージ」(A4板びっしり)の送付。後者に対することは、新入社員総合職に対するユニークはお手伝い。具体的には、拙 著「
トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊) 」を通読した後の「感想文(会社が提示された同著を巡る質問等に対する新入社員の感想文)」を受け取り、著者の立場でその行間を割って著者意見・感想等を付してリターンする、という仕組み。一人分の「感想&著者コメント」はA4板で10ページ近くに及びます。
 ・・・と、自称「人生第四毛作」を演じてはや、7年。にも関わらず、その延長線上にヨシダの経営者(即・教育者)としての役割を果たす機会を与えられているのです。そんなことから、この格言「財を遺すは・・・」も現在にして実践しているのが84歳超のヨシダです。この格言は奇しくもヨシダ生涯の格言足り得る次第です。
             
          http://www.a-bombsurvivor.com/contents/writing/writing_No.1/writing_No.1-11.jpg    
(お詫び:当該週間誌表紙画像は、くだんの格言文字がかつかつ読める程度に縮小したものです。ウェブサイト掲載時にはつつましく(?)もっと縮小したいのですが、肝心の下手くそな毛書字が読める程度に縮小したものです。)

ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。) 

                          2016年1月7日(木)
                           ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
                                             吉田祐起
                             (満84歳2ヶ月)  
                  (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)                                                                 yoshida@a-bombsurvivor.com
                          URL(eng): http://www.a-bombsurvivor.com
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