吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳2か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 


 この国フィリピンを終の棲家と定めて住み着いたのは2009年2月1日でした。

 数年間の自立単身生活を経て、ある縁を得て、現在ではフィリピン家族と共同生活を送っています。題して「相互扶助精神に基づ く運命共同体生活」がそれです。ヨシダの終生面倒見をかれらにしてもらうかわりに、皆さんには貧困から脱却してもらってお互いに幸せになりましょうという相互扶助の共同生活です。 

 ・・・ と、こんな生活設計を描いて現在に至るヨシダですが、ヨシダの義務は長生きすることにあると自覚しています。そのためには満40歳からある動機を得て始め て現在に至る自己流のストレッチング体操に一層の磨きをかけるなど、加えて長年に及ぶステッキ使用で肩にかかった重荷による肩こり解消に集中努力をして通 算8年。お陰で99.9%の達成振りです。でも、ちょっと真似のできない自助努力と自負します。

 肝心のボケ防止のための独特の手法を編み出したのが2012年3月のこと。題して「インタネット情報&ヨシダブログ」がそれです。詳細はクリックしてご覧くださいませんか?「こんなことをしているなんて、カッコいいボケ防止!」と自我自賛しています(笑)。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                                           English               
            2016年1月27日(水)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
   

  ヒロシマ・ヒバクシャのヨシダが発信する「オバマ米大統領の被爆市訪問」のこと
  フィリピンに来て間もない頃は2009年11月10日のこと。シンガポールで開催の APEC会議出席の前に東京に立ち寄られたオバマ大統領がNHK WORLDの記者の質問(今回の日本立ち寄りを機に、被爆市訪問の意図がありますか?) 対して答えられた言葉が鮮明です。"The schedules are too tight this time. However, I would like to have an honor of visiting some day during my Presidency."(今回はスケジュールが一杯でできないが、任期中の何時か訪問の栄に浴したい・・・)。その出来事を踏まえて即座に書いたのが、拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)です。クリックしてご覧ください。ヨシダはその後、その適切な訪問時期は、区切りイイ年次の「2010年ー65周年」として 公開書簡まで発表したものでした。しかし、それが実現しなかったことは、現在にして思うに、「2015年ー70周年」こそがベストな年次と提唱するに至り ました。
 ところが、8月に入ってもその気配は皆無。「2015年-70周年」に拘っていたヨシダは絶望と思いつめていたものの、考えてみれば 同大統領の任期は 2017年1月20日東部時間正午まで。とすれば、区切りは良いとは言えない「2016年ー71周年」になるのが精一杯。まいっか・・・と勝手に思ってい るところです。大統領任期中の「レガシー(遺産)づくり」としても、男の約束においても実現されるのがご本人のためだとさえ思うのがヨシダです。

 おって、ヒバクシャとして被害意識を強くする中で、オバマ米大統領が2011年の9.11の8周年記念式典(ペンタゴン)て遺族たちを前にスピーチした言葉の一節を下記に掲載します。「被害意識」が先行するヒバクシャのわれわれが共有すべき貴重な言葉と受けとめます。なお、この崇高なる大統領の言葉は"Ceremonies Mark 8th Anniversary of September 11 Terrorist Attacks"の中ほどに小さく載っていたもので、目立たないものです。中見出し付きもしくは、太文字表示されるべき価値あるものと考えます。
"Let us renew the true spirit of that day. Not the human capacity for evil but the human capacity for good - not the desire to destroy but the impulse to save and to serve and to build," あの日の真実の心を新たにしましょう。 悪に対する人類の能力としてでなく、善に対する人類の能力としてです。-破壊することへの欲望でなく、守り、奉仕し、建設するための推進力としてです。(オバマ米国大統領・翻訳;吉田祐起) 
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   (注:このトップコメントは2016年8月6日まで掲載します。しぶといでしょう、ヨシダは・・・笑)

                
                   ウィキペディアから拾った1月27日の「できごと」 
                            January 27 Events(英語版) 
                                   「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。★なおまた、「ウィキペディアのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・★なお、英語版の掲載は本家 米国が主体性であるにかんがみ、世界的視野からの「できごと」を知る意味で日本語版との重複は無論、除外してそのまま掲載しております。同英語版のリンク をクリックすると
日本語版には見られない内容豊かなコンテンツが目に付きます。
2「アリー・イブン・アビー・ターリブ」の画像検索結果「アリー・イブン・アビー・ターリブ」の画像検索結果「アリー・イブン・アビー・ターリブ」の画像検索結果「アリー・イブン・アビー・ターリブ」の画像検索結果  「イスラム教正統カリフ」の画像検索結果  8「1785, georgia university, first american public university」の画像検索結果「1785, georgia university, first american public university」の画像検索結果「1785, georgia university, first american public university」の画像検索結果
    「1785, georgia university, first american public university」の画像検索結果   「1785, georgia university, first american public university」の画像検索結果 「1785, georgia university, first american public university」の画像検索結果         「georgia university main building, 2015」の画像検索結果  「georgia university main building, 2015」の画像検索結果
      9「Indian Removal Act」の画像検索結果「Indian Removal Act document」の画像検索結果「Indian Removal Act document」の画像検索結果 「1838 trail of tears」の画像検索結果 「Indian Removal Act」の画像検索結果 
       「1838 trail of tears」の画像検索結果「1838 trail of tears」の画像検索結果「1838 trail of tears」の画像検索結果   「1838 trail of tears」の画像検索結果     「1838 trail of tears」の画像検索結果
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     17      「Tarzan of the Apes (1918 film)」の画像検索結果    「Tarzan of the Apes (1918 film)」の画像検索結果   「Tarzan of the Apes (1918 film)」の画像検索結果   「Tarzan of the Apes (1918 film)」の画像検索結果 「Tarzan of the Apes (1918 film)」の画像検索結果「Tarzan of the Apes (1918 film)」の画像検索結果   
     
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26「nuclear bomb test in nevada」の画像検索結果「nuclear bomb test in nevada」の画像検索結果「nuclear bomb test in nevada」の画像検索結果    「nuclear bomb test in nevada」の画像検索結果   関連画像  関連画像「nuclear bomb test in nevada, newspaper reports」の画像検索結果
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30「1967, apollo 1 blast in test」の画像検索結果   関連画像「1967, apolo 1 blast in test」の画像検索結果 「1967, apolo 1 blast in test」の画像検索結果   「1967, apolo 1 blast in test」の画像検索結果  「1967, apollo 1 blast in test」の画像検索結果 
            43「ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト」の画像検索結果「ジョン万次郎」の画像検索結果「ルイス・キャロル」の画像検索結果「東郷平八郎」の画像検索結果「エドワード・J・スミス」の画像検索結果「ヴィルヘルム2世」の画像検索結果「高橋亀吉」の画像検索結果 「宋慶齢」の画像検索結果 「小山明子」の画像検索結果「金賢姫」の画像検索結果  「森山愛子」の画像検索結果
(1)98年 - ネルウァの死去により、トラヤヌスローマ皇帝に即位。
(2)661年 - アリー・イブン・アビー=ターリブの死去により、イスラム教正統カリフが終焉。
(3)1142年紹興11年12月29日) - 南宋の武将岳飛が宰相秦檜により謀殺される。
(4)
1186年 - 後の神聖ローマ帝国皇帝ハインリヒ6世コスタンツァと結婚。
1302Dante Alighieri, the poet and politician, is exiled from Florence, Italy, where he served as one of six priors governing the city.
1343Pope Clement VI issues the papal bull Unigenitus to justify the power of the pope and the use of indulgences. Nearly 200 years later, Martin Luther would protest this.
(5)1587年天正14年12月19日) - 羽柴秀吉太政大臣に任じられ、豊臣の姓を名乗るようになる。
(6)1593年 - コペルニクス地動説を擁護したジョルダーノ・ブルーノローマ異端審問所に引き渡される。7年間に獄中に留め置かれた末に1600年に異端審問を開始。
1606Gunpowder Plot: The trial of Guy Fawkes and other conspirators begins, ending with their execution on January 31.
(7)1618年元和4年1月1日) - 江戸城大奥を男子禁制とする。
1695Mustafa II becomes the Ottoman sultan and Caliph of Islam in Istanbul on the death of Ahmed II. Mustafa rules until his abdication in 1703.
1776American Revolutionary War: Henry Knox's "noble train of artillery" arrives in Cambridge, Massachusetts.
(8)1785年 - アメリカ合衆国初の公立大学、ジョージア大学が開学。
1825 – The U.S. Congress approves Indian Territory (in what is present-day Oklahoma), clearing the way for forced relocation of the Eastern Indians on the "Trail of Tears".
(9)1838年 - アメリカ合衆国で、チェロキーインディアンに対する強制移住措置。(「涙の道」)
(10)1868年慶応4年1月3日) - 戊辰戦争で、鳥羽・伏見の戦いが行われる。
(11)1869年明治元年12月15日) - 榎本武揚らが箱館蝦夷の領有を宣言。いわゆる蝦夷共和国が発足する。
1880Thomas Edison receives the patent on the incandescent lamp.
(12)1888年 - アメリカ合衆国・ワシントンD.C.ナショナルジオグラフィック協会創設。
(13)1889年 - ブーランジェ将軍事件セーヌ県下院補欠選挙ジョルジュ・ブーランジェが共和各派の推した統一候補に大差をつけて当選。
(14)1890年 - 慶應義塾大学部を設置。
1909 – The Young Left is founded in Norway.
(15)1915年 - アメリカ合衆国海兵隊ハイチ占領
(16)1918年 - フィンランド内戦が開戦。
(17)1918年 - アメリカで小説「ターザン・シリーズ」の初の映画化作品『ターザン英語版』が公開。
(18)1926年 - ジョン・ロジー・ベアードが初めてテレビジョンによる視覚電信を実演。
1927Ibn Saud takes the title of King of Nejd.
(19)1934年 - スタヴィスキー事件による混乱の責任を取って、フランスカミーユ・ショータン英語版内閣が総辞職。
(20)1936年 - ロシア出身のバス歌手フョードル・シャリアピンが来日。来日の際、帝国ホテルでシャリアピンステーキが出される。
(21)1938年 - 平賀譲東大総長経済学部教授河合栄治郎土方成美休職処分を荒木貞夫文相に上申。(平賀粛学
(22)1939年 - ロッキードP-38が初飛行。
(23)1942年 - 第二次世界大戦: エンドウ沖海戦
1943World War II: The VIII Bomber Command dispatched ninety-one B-17s and B-24s to attack the U-Boat construction yards at Wilhelmshaven, Germany. This was the first American bombing attack on Germany of the war.
1944 – World War II: The 900-day Siege of Leningrad is lifted.
(24)1945年 - 第二次世界大戦: ドイツアウシュヴィッツ強制収容所ソ連軍により解放。
(25)1949年 - 太平輪沈没事故

(26)1951年 - 初めてアメリカ合衆国ネバダ核実験場核実験が行われる。
(27)1953年 - ジョン・フォスター・ダレス米国務長官が、対共産圏軍事対決を主張する「巻き返し政策」の演説を行う。
1961Soviet submarine S-80 sinks with all hands lost.(28)1964年 - 中華人民共和国フランスとの間で国交が樹立。
(29)1965年 - 南ベトナムで軍事クーデター。グエン・カーン将軍が実権を掌幄。
(30)1967年 - アポロ1号が訓練中に事故で炎上。宇宙飛行士3人が死亡。
(31)1967年 - アメリカ合衆国、イギリスソビエト連邦などを含む60カ国以上の国が宇宙条約に署名。
(32)1971年 - 葉山御用邸放火事件
(33)1973年 - 北ベトナム南ベトナム南ベトナム解放民族戦線アメリカの四者でベトナム和平パリ協定を締結。ベトナム戦争が正式に終戦
1974 – The Brisbane River breaches its banks causing the largest flood to affect the city of Brisbane in the 20th century.
1980 – Through cooperation between the U.S. and Canadian governments, six American diplomats secretly escape hostilities in Iran in the culmination of the Canadian Caper.
(34)1983年 - 青函トンネルの先進導抗が貫通。
1984 – Pop singer Michael Jackson suffers second degree burns to his scalp during the filming of a Pepsi commercial in the Shrine Auditorium.
(35)1989年 - 佐賀県北方町で、道路脇の崖下から女性3人の遺体が発見される。(北方事件
(36)1993年 - が外国人力士で初めて横綱に昇進。
(37)1996年 - ニジェールで、イブライム・バレ・マイナサラクーデターにより政権掌握。
1996 – Germany first observes International Holocaust Remembrance Day.
(38)2001年 - 東京23区で大雪警報。東京都心で8センチの積雪を観測。
2002An explosion at a military storage facility in Lagos, Nigeria, kills at least 1,100 people and displaces over 20,000 others.
2003 – The first selections for the National Recording Registry are announced by the Library of Congress.
(39)2003年 - 全日本空輸ボーイング767-300型機が、成田国際空港で操縦ミスによるオーバーラン事故を起こす。(全日空機成田空港オーバーラン事故
2006Western Union discontinues its Telegram and Commercial Messaging services.
(40)2008年 - 2008年大阪府知事選挙が行われ橋下徹が当選。
2010 – The 2009 Honduran constitutional crisis ends when Porfirio Lobo Sosa becomes the new President of Honduras.
2011Arab Spring: The Yemeni Revolution begins as over 16,000 protestors demonstrate in Sana'a.
(41)2011年 - 鹿児島県新燃岳が52年振りに噴火。
(42)2013年 - ブラジルのサンタマリアのナイトクラブで火災が発生し、245人が死亡。
(43)
ヨシダが選んだ著名人の誕生日;
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1796)、(1781)、 ジョン万次郎(1827)、ルイス・キャロル(1832)、東郷平八郎(1848)、エドワード・J・スミス(1850)、ヴィルヘルム2世(1859)、高橋亀吉(1891)、宋慶齢(1893)、小山明子(1935)、1935)、 (1852)、(1880)、(1902)、 (1905)、(1921)、(1925)、(1927)、(1928年)、 (1930)、(1933)、(1940)、金賢姫(1962)、森山愛子(1985)

                            インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を
編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 
ただ今、 
6053編です。
 

2016年1月27日(水)掲載分
昨日1月26日最終のトップページ
編集者のダイアリー・コナー

 「1月27日のできごと」でヨシダが特に関心を強くするのは、「(26)1951年 - 初めてアメリカ合衆国ネバダ核実験場核実験が 行われる」です。ヒバクシャの立場ゆえです。広島・長崎に投下された原爆も此処の実験場でテストされたゆえです。当時、米国で上映された多くの英語のなか で特に「征服者」がありますが、主演のジョン・ウェインら多くの俳優たちが同地でロケをして白血病で亡くなっています。「ジョンウェインはなぜ死んだか」 (広瀬隆著)などに窺われます。(26日22:00)
 早朝からの取材は記事掲載時間がまちまちであることから、昼前頃までは別件仕事に転じることにしました。我輩の場合は「きょうのできごと」の先取り編集と単純です。「1月28日のできごと」も完成して29日分に向かっています★昨深夜にかけて、広島のクライアント社長宛にメールを発信。事故防止のための毎月の安全会議用メッセージ作成が我輩の役目ですが、臨時的なものへの着想を得て連絡しました。(11:25)

 「No.6053両陛下来比 天皇、皇后両陛下が比に到着。日本出発前はマニラ戦に言及される日刊まにら新聞2016.1.27.加藤昌平)」を編集しながら、両陛下がこの国フィリピンで過密のご日程でご活動の様子に想いを寄せつつのひと時です。(15:45)

No.6053
両陛下来比 天皇、皇后両陛下が比に到着。日本出発前はマニラ戦に言及される
日刊まにら新聞2016.1.27.加藤昌平

ヨシダブログ:本紙の昨年末の関連記事は「No.5937:1962年の両陛下初訪比を取材した比人記者、今も53年前の記事を大切に保存日刊まにら新聞2015.12.17.酒井善彦) です。フィリピンを終の棲家とする84歳のヨシダにとっては天皇皇后両陛下の2度目(前回は皇太子時代)のご訪問に格別の深い想いを抱きます。ひと目で も、遠くからでもお姿を拝ましていただきたい心境ですが、身体的条件で断念を余儀なくすることは慙愧にたえません▼病を得て先に逝った弟は天皇陛下と年齢 を同じくしていたことから、写真で陛下のお姿に接する時にはまことに勝手千万ですが弟のことを想起します。「兄ちゃんには世話になったから、ボクは兄ちゃ んを最期まで面倒を看る・・・」が彼の口癖でした。♪人生っ て不思議なものですよね~♪・・・▼両陛下の当地ご滞在中のご動静関連記事をマークして可能な限り本欄に編集してヨシダの胸にしまいたいものと願望してい ます。ご滞在中の恙なきこと祈りつつ・・・▼なお、地元フィリピンの英語新聞記事を下記に添付してご参考に供します。Emperor Akihito begins historic visit Battle for liberation of Manila recalled」(Manila Bulletin)、「Japan’s royal couple starts historic visit」(Manila Times)写真13枚添付ファイル
「天皇皇后 フィリピン」の画像検索結果「天皇皇后 フィリピン」の画像検索結果「天皇皇后 フィリピン」の画像検索結果     「天皇皇后 フィリピン」の画像検索結果「天皇皇后 フィリピン」の画像検索結果
 関連画像「天皇皇后 フィリピン」の画像検索結果   「天皇皇后皇太子時代のフィリピン訪問」の画像検索結果
     「天皇皇后 フィリピン訪問」の画像検索結果  「フィリピンのソフィテルホテル」の画像検索結果「英字紙マニラ・クロニクルに掲載されたパディリアさんの記事」の画像検索結果「皇太子夫妻のフィリピン訪問」の画像検索結果
 昨日26日の記事6編を下記に掲載していましたが、本日27日の第一記事掲載(13:05)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。 

                「末尾の特別情報お知らせコーナー」
  以下のコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するもので して、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。なお、上掲のリンクをクリックすると、そ の下書き的なテーマや内容の一端が垣間見られます。

     人生第一、第二、第三、第四毛作を通じてヨシダが抱き続ける名格言
               
  ”財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上 
                             されど 財をなさずんば 事業保ち難く 
                             事業なくんば 人育ち難し”

    (中国唐代の大詩人・白楽天<
772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)>の言葉)  
                 
 (経営者時代からヨシダが愛した格言)          
                                    
                              白楽天・『晩笑堂竹荘畫傳』より         
 
人生第一、第二、第三毛作の通算62年間の経営者人生を通して好きな格言として愛唱してきている格言です。とりわけ、人生第ニ毛作時代 はトラック運送事業で「7社グループによる総合物流商社」体制を構築したなかで、米国から導入した「ジーバート自動車防錆処理事業(Ziebart Rust-proofing system)」が話題性を呼び、それが導火線みたいになって、運送業界関連紙・誌に加えて、一般のマスメディアにも結構取材を受けるなどしました。
  下記の写真は本誌にもヨシダの記事が多く登場したことから、請われてこのようなことになったものです。なにせ、毛書は我流もイイところで、人様にお見せす るには気恥ずかしさで一杯ですが、中身で勝負って気持ちで応じて出版されたものです。蛇足ですが、こんな調子の毛筆年賀状表書きを毎年4,5百枚書いたも のです。
 画面がちょっとボケていますが、下手くそでも言葉の意義を強調したいがために記録に取っていたものです。
白居易(はく きょい、772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)字(あざな)を楽天と称した)は、中唐の詩人です。経営者としての存念を代弁して余りあることから、ご覧に入れる次第です。   
 なお、グーグル資料によると、
明治から昭和初期まで活躍した、医師であり政治家でもあった後藤新平氏は、自らが中心となって結成した、少年団日本連盟の副理事長 三島通陽氏に、こう言い遺したそうです。「よく聞け、金を残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ。よく覚えておけ」と。
 また、別の資料によると、以下のように言われたとの説もあります、と。「財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上なり されど財無くんば事業保ち難く、事業無くんば人育ち難し」・・・と。この名言の元祖が意外に知られていない感じです。   
 (追記)「・・・人を遺すは・・・」で、現在にして我ながら大きく自負できることを追記できるいことを誇りであり名誉と受けとめています。
 社名は伏せますが、ヨシダの離日直前までの16年間、各地で講演等コンサルティング活動を展開したなかで、東広島市の中堅運送会社とは初期の段階から16年間、東京の上場予定の老舗運送会社2社さんは9年間の離日までの最大のクライアントでした。
 「人を遺す」はすなわち
、 社員(人間)教育そのも。それを現在に至るも前出クライアントさんにご提供する栄に浴していることを大きな誇りとしています。前者に対することは、「毎月 の安全会議」に対する「ヨシダ・メッセージ」(A4板びっしり)の送付。後者に対することは、新入社員総合職に対するユニークはお手伝い。具体的には、拙 著「
トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊) 」を通読した後の「感想文(会社が提示された同著を巡る質問等に対する新入社員の感想文)」を受け取り、著者の立場でその行間を割って著者意見・感想等を付してリターンする、という仕組み。一人分の「感想&著者コメント」はA4板で10ページ近くに及びます。
 ・・・と、自称「人生第四毛作」を演じてはや、7年。にも関わらず、その延長線上にヨシダの経営者(即・教育者)としての役割を果たす機会を与えられているのです。そんなことから、この格言「財を遺すは・・・」も現在にして実践しているのが84歳超のヨシダです。この格言は奇しくもヨシダ生涯の格言足り得る次第です。
             
           http://www.a-bombsurvivor.com/contents/writing/writing_No.1/writing_No.1-11.jpg    
(お詫び:当該週間誌表紙画像は、くだんの格言文字がかつかつ読める程度に縮小したものです。ウェブサイト掲載時にはつつましく(?)もっと縮小したいのですが、肝心の下手くそな毛書字が読める程度に縮小したものです。)

 ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。 


                        2016年1月27日(水)
                          ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
                                             吉田祐起
                             (満84歳2ヶ月)  
                  (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)                                                           yoshida@a-bombsurvivor.com
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