吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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   吉田祐起のプロフィール   (満84歳2か月) 

   "生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

 この国フィリピンを終の棲家と定めて住み着いたのは2009年2月1日でした。

 数年間の自立単身生活を経て、ある縁を得て、現在ではフィリピン家族と共同生活を送っています。題して「相互扶助精神に基づ く運命共同体生活」がそれです。ヨシダの終生面倒見をかれらにしてもらうかわりに、皆さんには貧困から脱却してもらってお互いに幸せになりましょうという相互扶助の共同生活です。 

 ・・・ と、こんな生活設計を描いて現在に至るヨシダですが、ヨシダの義務は長生きすることにあると自覚しています。そのためには満40歳からある動機を得て始め て現在に至る自己流のストレッチング体操に一層の磨きをかけるなど、加えて長年に及ぶステッキ使用で肩にかかった重荷による肩こり解消に集中努力をして通 算8年。お陰で99.9%の達成振りです。でも、ちょっと真似のできない自助努力と自負します。

 肝心のボケ防止のための独特の手法を編み出したのが2012年3月のこと。題して「インタネット情報&ヨシダブログ」がそれです。詳細はクリックしてご覧くださいませんか?「こんなことをしているなんて、カッコいいボケ防止!」と自我自賛しています(笑)。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                                         English               
            2016年1月16日(土)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
 

   ヒロシマ・ヒバクシャのヨシダが発信する「オバマ米大統領の被爆市訪問」のこと
  フィリピンに来て間もない頃は2009年11月10日のこと。シンガポールで開催の APEC会議出席の前に東京に立ち寄られたオバマ大統領がNHK WORLDの記者の質問(今回の日本立ち寄りを機に、被爆市訪問の意図がありますか?) 対して答えられた言葉が鮮明です。"The schedules are too tight this time. However, I would like to have an honor of visiting some day during my Presidency."(今回はスケジュールが一杯でできないが、任期中の何時か訪問の栄に浴したい・・・)。その出来事を踏まえて即座に書いたのが、拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)です。クリックしてご覧ください。ヨシダはその後、その適切な訪問時期は、区切りイイ年次の「2010年ー65周年」として 公開書簡まで発表したものでした。しかし、それが実現しなかったことは、現在にして思うに、「2015年ー70周年」こそがベストな年次と提唱するに至り ました。
 ところが、8月に入ってもその気配は皆無。「2015年-70周年」に拘っていたヨシダは絶望と思いつめていたものの、考えてみれば 同大統領の任期は 2017年1月20日東部時間正午まで。とすれば、区切りは良いとは言えない「2016年ー71周年」になるのが精一杯。まいっか・・・と勝手に思ってい るところです。大統領任期中の「レガシー(遺産)づくり」としても、男の約束においても実現されるのがご本人のためだとさえ思うのがヨシダです。

 おって、ヒバクシャとして被害意識を強くする中で、オバマ米大統領が2011年の9.11の8周年記念式典(ペンタゴン)て遺族たちを前にスピーチした言葉の一節を下記に掲載します。「被害意識」が先行するヒバクシャのわれわれが共有すべき貴重な言葉と受けとめます。なお、この崇高なる大統領の言葉は"Ceremonies Mark 8th Anniversary of September 11 Terrorist Attacks"の中ほどに小さく載っていたもので、目立たないものです。中見出し付きもしくは、太文字表示されるべき価値あるものと考えます。
"Let us renew the true spirit of that day. Not the human capacity for evil but the human capacity for good - not the desire to destroy but the impulse to save and to serve and to build," あの日の真実の心を新たにしましょう。 悪に対する人類の能力としてでなく、善に対する人類の能力としてです。-破壊することへの欲望でなく、守り、奉仕し、建設するための推進力としてです。(オバマ米国大統領・翻訳;吉田祐起) 
            「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果         「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果
   (注:このトップコメントは2016年8月6日まで掲載します。しぶといでしょう、ヨシダは・・・笑)

                
                  ウィキペディアから拾った1月16日の「できごと」 
                              January 16, Events(英語版) 
                           「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。★なおまた、「ウィキペディアのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・★なお、英語版の掲載は本家 米国が主体性であるにかんがみ、世界的視野からの「できごと」を知る意味で日本語版との重複は無論、除外してそのまま掲載しております。同英語版のリンク をクリックすると日本語版には見られない内容豊かなコンテンツが目に付きます。
 3Ivan grozny frame.jpg「Анна Васильчикова」の画像検索結果「生神女就寝大聖堂1547」の画像検索結果「生神女就寝大聖堂1547」の画像検索結果 「царь」の画像検索結果「生神女就寝大聖堂1547」の画像検索結果
      8「1707, scotland parliament unity law」の画像検索結果   「1707, scotland parliament unity law」の画像検索結果   「1707, scotland parliament unity law」の画像検索結果「1707, scotland parliament unity law」の画像検索結果「グレートブリテンおよびアイルランド連合王国」の画像検索結果 「グレートブリテンおよびアイルランド連合王国」の画像検索結果
       10 
「1780年 - アメリカ独立戦争: サン・ビセンテ岬の月光の海戦」の画像検索結果「1780年 - アメリカ独立戦争: サン・ビセンテ岬の月光の海戦」の画像検索結果  「サン・ビセンテ岬」の画像検索結果  「サン・ビセンテ岬」の画像検索結果

 15「1912年 - 白瀬矗日本南極探検隊南極大陸到着。」の画像検索結果「1912年 - 白瀬矗日本南極探検隊南極大陸到着。」の画像検索結果「1912年 - 白瀬矗日本南極探検隊南極大陸到着。」の画像検索結果「1912年 - 白瀬矗日本南極探検隊南極大陸到着。」の画像検索結果「1912年 - 白瀬矗日本南極探険隊南極大陸到着。」の画像検索結果
     27 「1969年 - ソユーズ4号5号ドッキング」の画像検索結果   「1969年 - ソユーズ4号」の画像検索結果  「1969年 - ソユーズ4号」の画像検索結果     「1969年 - ソユーズ4号」の画像検索結果「1969年 - ソユーズ4号」の画像検索結果
33  「2003年 - STS-107によりスペースシャトルコロンビア打上げ」の画像検索結果   「2003年 - STS-107によりスペースシャトルコロンビア打上げ」の画像検索結果    関連画像「2003年 - STS-107によりスペースシャトルコロンビア打上げ」の画像検索結果
「victims of space shuttle columbia crash」の画像検索結果「victims of space shuttle columbia crash」の画像検索結果
                                       39「前田利常」の画像検索結果「鍋島直正」の画像検索結果 「井上馨」の画像検索結果  「葛西善蔵」の画像検索結果「奥田建」の画像検索結果
(1)紀元前27年 - オクタウィアヌスが元老院からアウグストゥスの尊号を受け、ローマ帝国初代皇帝アウグストゥスとなる。
378 – General Siyaj K'ak' conquers Tikal, enlarging the domain of King Spearthrower Owl of Teotihuacán.
550Gothic War: The Ostrogoths, under King Totila, conquer Rome after a long siege, by bribing the Isaurian garrison.
750 – The army of Abdallah ibn Ali and Abu Awn Abd al-Malik ibn Yazid defeats that of Marwan II in the Battle of the Zab, bringing the Abbasid Revolution to completion.
929Emir Abd-ar-Rahman III established the Caliphate of Córdoba.
1120 – The Council of Nablus is held, establishing the earliest surviving written laws of the Crusader Kingdom of Jerusalem.
1362 – A storm tide in the North Sea destroys the German city of Rungholt on the island of Strand.
(2)1395年応永元年12月17日)- 足利義持将軍宣下、父の足利義満太政大臣となる。
1412 – The Medici family is appointed official banker of the Papacy.
1492 – The first grammar of the Spanish language is presented to Queen Isabella I.
(3)1547年 - イヴァン4世モスクワ生神女就寝大聖堂ロシアで初めてツァーリとして戴冠式を行う。(ロシア・ツァーリ国
(4)1556年 - フェリペ2世がスペイン王に即位。
1572Thomas Howard, 4th Duke of Norfolk is tried for treason for his part in the Ridolfi plot to restore Catholicism in England.
(5)1581年 - イングランド議会がローマ・カトリックを非合法化。
(6)1605年 - ミゲル・デ・セルバンテスの小説『ドン・キホーテ』前巻がマドリードで刊行。
(7)1610年慶長14年12月22日)- 徳川家康の十一男松平鶴千代丸(後の徳川頼房)が常陸国水戸藩25万石に転封。
(8)1707年 - スコットランド議会で連合法が可決成立。これによりグレートブリテンおよびアイルランド連合王国が成立。
1761 – The British capture Pondichéry, India from the French.
(9)1777年 - ニューコネチカット共和国(後のバーモント共和国、現アメリカ合衆国バーモント州)がイギリスからの独立を宣言。
(10)1780年 - アメリカ独立戦争: サン・ビセンテ岬の月光の海戦

1786Virginia enacted the Statute for Religious Freedom authored by Thomas Jefferson.
1809Peninsular War: The British defeat the French at the Battle of La Coruña.
1847John C. Frémont is appointed Governor of the new California Territory.
1862Hartley Colliery Disaster: Two hundred four men and boys killed in a mining disaster, prompted a change in UK law which henceforth required all collieries to have at least two independent means of escape.
(11)1876年 - 横浜に日本初のアイススケート場(氷すべり場)がオープン。
1878Russo-Turkish War (1877–78): Battle of Philippopolis: Captain Aleksandr Burago with a squadron of Russian Imperial army dragoons liberates Plovdiv from Ottoman rule.
1883 – The Pendleton Civil Service Reform Act, establishing the United States Civil Service, is passed.
(12)1889年 - 水戸鉄道・小山駅 - 水戸駅間(現在の水戸線全線と常磐線の一部)が開業。
1896 – Defeat of Cymru Fydd at South Wales Liberal Federation AGM, Newport, Monmouthshire.
1900 – The United States Senate accepts the Anglo-German treaty of 1899 in which the United Kingdom renounces its claims to the Samoan islands.
(13)1906年 - 第一次モロッコ事件解決のためのアルヘシラス会議が始まる。
1909Ernest Shackleton's expedition finds the magnetic South Pole.
(14)1911年 - 国鉄が車両称号規定を定める。
(15)1912年 - 白瀬矗率いる日本の南極探険隊が南極大陸に到着。
(16)1919年 - の製造や販売などを禁じた禁酒法アメリカ議会を通過。翌1920年に施行。1933年に廃止。
1920Zeta Phi Beta Sorority Incorporated was founded on the campus of Howard University.
(17)1920年 - パリで国際連盟の第1回理事会を開催。
(18)1920年 - アメリカ合衆国上院がアメリカ合衆国の国際連盟への加盟を否決。
1921 – The Marxist Left in Slovakia and the Transcarpathian Ukraine holds its founding congress in Ľubochňa.
1924Eleftherios Venizelos becomes Prime Minister of Greece for the fourth time.
1938Benny Goodman, and his band, performed in concert at Carnegie Hall in New York City
(19)1938年 - 日本の近衛文麿首相が「国民政府を対手とせず」の声明を出し、日中戦争和平交渉の打ち切りを宣言。(第一次近衛声明
1939 – The Irish Republican Army (IRA) begins a bombing and sabotage campaign in England.
(20)1940年 - 米内光政が日本の第37代内閣総理大臣に就任し、米内内閣が成立。
1942 – Crash of TWA Flight 3, killing all 22 aboard, including film star Carole Lombard.
(21)1945年 - 第二次世界大戦: アドルフ・ヒトラー総統地下壕に移る。
(22)1947年 - ヴァンサン・オリオールフランス第四共和政の初代大統領に就任。
(23)1947年 - 新皇室典範公布。
(24)1960年 - 安保闘争: 新安保調印全権団がアメリカへ出発。羽田空港全学連と警官隊が衝突。
(25)1962年 - 建設省が全国の主要国道ガードレール設置を決定。
1964Hello, Dolly! (musical) starring Carol Channing opened on Broadway, beginning a run of 2,844 performances.
(26)1968年 - 佐世保エンタープライズ寄港阻止闘争: 博多駅構内で原子力空母エンタープライズ寄港阻止の全学連学生と警官隊が衝突(博多駅事件)。後に、福岡地裁がこの事件を撮影したテレビフィルムの提出を各テレビ局に命じ、報道の自由をめぐって裁判となる(博多駅テレビフィルム提出命令事件)。
(27)1969年 - ソ連宇宙船ソユーズ4号5号が初の有人宇宙船同士のドッキングに成功。
(28)1969年 - チェコスロバキアの大学生ヤン・パラフプラハのヴァーツラフ広場でワルシャワ条約機構軍の侵攻によるプラハの春圧殺に抗議して焼身自殺を図る。パラフは3日後に死去。
1970Buckminster Fuller receives the Gold Medal award from the American Institute of Architects.
(29)1979年 - イラン革命: イラン皇帝(シャーモハンマド・レザー・パフラヴィーがエジプトに亡命
(30)1986年 - Internet Engineering Task Force(IETF)設立。
(31)1987年 - 学生デモなどの政治的責任をとって胡耀邦中国共産党中央委員会総書記を辞任。
1991 – The Coalition Forces go to war with Iraq, beginning the Gulf War (U.S. Time).
1992El Salvador officials and rebel leaders sign the Chapultepec Peace Accords in Mexico City, Mexico ending the 12-year Salvadoran Civil War that claimed at least 75,000 lives.
(32)1994年 - Jリーグチャンピオンシップヴェルディ川崎が勝利し、Jリーグ初代年間チャンピオンとなる。
2001Congolese President Laurent-Désiré Kabila is assassinated by one of his own bodyguards.
・2001 –
US President Bill Clinton awards former President Theodore Roosevelt a posthumous Medal of Honor for his service in the Spanish–American War.
2002 – The UN Security Council unanimously establishes an arms embargo and the freezing of assets of Osama bin Laden, al-Qaeda, and the remaining members of the Taliban.
(33)2003年 - STS-107によりスペースシャトルコロンビアを打上げ。2月1日の帰還時に空中分解事故
2005 – Romanian university lecturer and novelist Adriana Iliescu gives birth at 66 to her daughter Eliza, breaking the record for the oldest birth mother in the world.
(34)2006年 - ライブドア・ショック: 東京地検特捜部が証券取引法違反容疑で六本木ヒルズ森タワーライブドア本社などを強制捜査
(35)2006年 - エレン・ジョンソン・サーリーフリベリアの大統領に就任。
(36)2009年 - ハイパーインフレーション中のジンバブエで100兆ジンバブエ・ドル紙幣を発行。
(37)2013年 - アルジェリアイナメナスで人質事件が発生(アルジェリア人質事件)。
(38)2014年 - オウム真理教平田信被告が初公判。オウム真理教事件の裁判が再開される。
(39)ヨシダが選んだ著名人の誕生日;前田利常(1594)、鍋島直正(1815、井上馨(1836)、 葛西善蔵(1887)、 奥田建(1959)。

                     インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を
編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 
ただ今、 
6019編です。
 

2016年1月16日(土)掲載分
昨日1月15日最終のトップページ
編集者のダイアリー・コナー

 本日「1月16日のできごと」でヨシダが関心を強くするのは、「(8)1707年 - スコットランド議会で連合法が可決成立。これによりグレートブリテンおよびアイルランド連合王国が成立」、「(33)2003年 - STS-107によりスペースシャトルコロンビアを打上げ。2月1日の帰還時に空中分解事故」です。前者はイギリス連邦に至るプロセスを学び、後者の悲劇は鮮明にテレビ画像を観たことがあるからです。
  先ほどは1時間ほど昼寝ならぬ、朝寝を楽しみました。昨深夜は相当時間を何度もストレッチングに精出したために睡眠不足を意識してのこと。本日は(も)味 わい深い記事にヒットして嬉しい限りです。「自利より他利」の人生は感謝人生に通じることを身をもって体感している現在のヨシダです。「No.6017:欲しければ与えよDIAMOND Online2016.1.16.(14日付)加地太祐 [経営者、陽明学者])」をご覧ください。(11:30)
  「香港の社会制度は50年間は変えない」という「一国二制度」。裏返せば、「50年以内で変える、それより早くに変えることもあり得る・・・」ということ を意味します。香港市民の9割以上がイギリス領に戻りたい、という事実。でも、到底、それは夢物語に終わること必至です。「No.6018:香港が155年ぶりに英国から中国に返還されたのは1997年7月1日だった…山陽新聞「滴一滴」2016.1.16.)」を編集しながら痛感しました。(13:15)
 ふと、片方のXPが受信気配。「中国株大暴落が警告する危険信号。習近平は世界を道連れにするのか」 (MAG2NEWS)が目にとまりました。「・・・台湾では、16日の選挙で民進党の総統が誕生することがますます確実となってきている情勢です。国民党 が「汚い手(袖の下)」を使わない限り、この流れは変わらないでしょう。蔡英文の支持率はずっと半数近くをキープしており、国民党の朱立倫、新民党の宋楚 瑜2人の支持率を足しても及ばないほど差が出ています・・・」と。つまり、台湾の人たちは中国とは一線を画しているということです。香港の人たちがホント にイギリス領時代を願望するなら、それなりの応分の国民運動なくしては、所詮、中国の狙い通りになる宿命です。と、これはヨシダの勝手な想像。くだんの記 事を本欄に取り込もうかな・・・と思案中です。(13:50)
 ・・・ふと、別のメール記事も目にとまりました。題して「プーチンの次の戦略は「米中を戦わせて、ロシアが漁夫の利を得る」」です。う~ん、ヨシダの好奇心を煽る記事の連続・・・って感じ。でも、これら2つの記事はじっくりと目を通して本欄に再登壇さすかどうか?・・・(13:55)
 前出2編の記事は欲張らないことにします。でっかい、物騒な話なので、ヨシダ如きがブログする余地はないと考えるからです。評論家諸氏の分野としてそっとしておきます(笑)。今から例のごとくに、野外に出て楽しみます。(16:30) 
 XPパソコンにメルマガ受信の気配。「日経速報メール」の「インドの<ウソ>には文化がある」がそれ。?と本家日本経済新聞さんのサイトを開いて読むに、こりゃ、知っていて損はないぞ、と編集しました。「No.6019:インドの「ウソ」には文化がある日本経済新聞2016.1.16.(14日付)インフォブリッジグループ代表 繁田奈歩)」が それです。フィリピンに来て間もない頃に洗車ショップで偶然に話し込んだのがターバンを頭に巻いたインド人男性。でっか過ぎる内容の自慢話?って印象を受 けたのを想い出しました。本記事を読んで分かったって気持ちです(笑)★さあ、ボツボツ日付変更に入ります。(20:15)


No.6019
インドの「ウソ」には文化がある
日本経済新聞2016.1.16.(14日付)インフォブリッジグループ代表 繁田奈歩
ヨシダブログ:「インドのウソには文化がある」と言えば??ですが、その決め手は本記事末尾の言葉で納得って感じです。曰く、「 多くの場合、インドの人たちに「悪気」はない、というのが私の結論だ。深く考えず、「Yes」と答える気質が染み付いているのだ。「武士に二言はない」と か「前言撤回は格好悪い」という日本的な価値観とは相いれないかもしれないが、インドにはインド流の価値観や流儀がある。「ウソをつかれた」と気分を害す る前に、どこまで信頼できるかを見極めるようになれば、インド人と付き合う際にストレスを減らせるかもしれない。」がそれ▼「中見出し」は、■幽霊とインド人は「明日」を約束しても来ない、■まず「Yes」と答える文化に付き合う・・・と続きます▼ヨシダにとっては初耳のインド人評。知っていて損にはなりません。現在のヨシダは出歩かないことから問題はありませんが、一度、洗車ショップでインド人と話した折にドエライでっかい話をする風情で、??といった印象を抱いたことがありました。別段、差し障りのある会話でなく、世間話の一端として聞き流したのを記憶します。(写真3枚添付ファイ ル
          「繁田奈歩」の画像検索結果「繁田奈歩」の画像検索結果「繁田奈歩」の画像検索結果
No.6018
香港が155年ぶりに英国から中国に返還されたのは1997年7月1日だった…
山陽新聞「滴一滴」2016.1.16.

ヨシダブログ:香 港と言えば、ヨシダは3回ほど行ったことがあります。「16ヶ月ごとに訪れるEXIT(一旦国外脱出)」という観光ビザによるフィリピン滞在者に課せられ た法律ゆえのこと。観光にはあまり興味を抱かない(というよりも歩くことがシンドイため)ヨシダは、そのうち1回の香港への脱出は「香港空港内で過ごして その日の折り返し」といった芸でした(笑)▼最後の国外脱出はアーネル夫婦を伴ったシンガポール。でも、ヨシダは観光にはまったく興味を抱かずホテルに閉 じこもったままでした(笑)▼市内で香港の人々と接して感じたことは、フィリピン人ほど明るくないし、何 よりも英語が通じない、という点でした▼「50年間は香港の社会制度を変えない」という「一国二制度」は、裏がえせば、50年後には変える、という意図が 見え見えです。肝心なことは「変えることは既成事実で、それまでの年数だけ。しかも、それも成り行き次第では何時でも・・・」というのが中国のホンネ▼ふ と、好奇心旺盛なヨシダが検索してヒットした記事が興味です。「中国】 香港市民の9割以上 「イギリス領に戻りたい」」がそれですが、余ほどの市民決意と行動力なくしては所詮、現状維持は夢物語に終わるでしょう。写真3枚添付ファイ ル
 「香港市民の9割以上 「イギリス領に戻りたい」」の画像検索結果「香港市民の9割以上 「イギリス領に戻りたい」」の画像検索結果「香港市民の9割以上 「イギリス領に戻りたい」」の画像検索結果
No.6017
欲しければ与えよ
DIAMOND Online2016.1.16.(14日付)加地太祐 [経営者、陽明学者]
ヨシダブログ:ヨ シダは広島県高校生英語弁論大会で優勝したのが縁でアメリカ人女性宣教師との接点が生じ、同宣教師の紹介を得て交際し始めたミッション・スクールの女高生 さんの影響もあったりで、二十歳前に洗礼を受けた身。英語のバイブルクラスで通訳もしたりの青春時代。当時から聖書の言葉「Give and you shall be given」(与えよ、さすれば与えられむ)」に親しく接した背景もありますが、わが人生は第一、第二、第三毛作を通じて意識しながらでは毛頭なく、ごく 自然の成り行きで、自利より他を利することの人生だったと想起します▼人生第二・第三毛作の転換期に縁あって学んだものに「倫理法人会」という全国的規模 の経営者勉強会組織に属し、多くの教訓の中から特に愛好したのが、「得るは捨つるにあり」でした。他利に通じる思想です。欲張らずに両手をフリーにしてい れば、何か良いモノに出会えば、直ぐに拾うことができるし、他人にあげることもできる。が、欲張って両手一杯に握っていると、それらよりイイものと思しき ものが目の前に転がっていても、両手に握ったものを失いたくないばかり、見過ごさざるを得ない、という比喩的教訓です▼現在のヨシダは自称・人生第四毛 作。それなりに自負できる生き方選択肢ですが、近年に至り到達した「ヨシダ人生観」の1ページを「自利から他利」 に収録しています。ご関心あらば、クリックしてご覧ください▼とりわけ、数年来、わが身を託している「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」の環境にあっ て、このヨシダ人生選択肢がひと際、明確な人生哲学として実践するわが身であり、その集大成足り得ることは特記に値しすると考えます▼「中見出し」 は、■他人を利する考え方、■天国と地獄も人の心が決める・・・と続きます。写真5枚添付ファイ ル
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 昨15日の記事2編を下記に掲載していましたが、本日16日の第一記事掲載(11:15)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。 

               「末尾の特別情報お知らせコーナー」
  以下のコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するもので して、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。なお、上掲のリンクをクリックすると、そ の下書き的なテーマや内容の一端が垣間見られます。

     人生第一、第二、第三、第四毛作を通じてヨシダが抱き続ける名格言
               
  ”財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上 
                             されど 財をなさずんば 事業保ち難く 
                             事業なくんば 人育ち難し”

    (中国唐代の大詩人・白楽天<
772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)>の言葉)  
                 
 (経営者時代からヨシダが愛した格言)          
                                    
                              白楽天・『晩笑堂竹荘畫傳』より         
 
人生第一、第二、第三毛作の通算62年間の経営者人生を通して好きな格言として愛唱してきている格言です。とりわけ、人生第ニ毛作時代 はトラック運送事業で「7社グループによる総合物流商社」体制を構築したなかで、米国から導入した「ジーバート自動車防錆処理事業(Ziebart Rust-proofing system)」が話題性を呼び、それが導火線みたいになって、運送業界関連紙・誌に加えて、一般のマスメディアにも結構取材を受けるなどしました。
  下記の写真は本誌にもヨシダの記事が多く登場したことから、請われてこのようなことになったものです。なにせ、毛書は我流もイイところで、人様にお見せす るには気恥ずかしさで一杯ですが、中身で勝負って気持ちで応じて出版されたものです。蛇足ですが、こんな調子の毛筆年賀状表書きを毎年4,5百枚書いたも のです。
 画面がちょっとボケていますが、下手くそでも言葉の意義を強調したいがために記録に取っていたものです。
白居易(はく きょい、772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)字(あざな)を楽天と称した)は、中唐の詩人です。経営者としての存念を代弁して余りあることから、ご覧に入れる次第です。   
 なお、グーグル資料によると、
明治から昭和初期まで活躍した、医師であり政治家でもあった後藤新平氏は、自らが中心となって結成した、少年団日本連盟の副理事長 三島通陽氏に、こう言い遺したそうです。「よく聞け、金を残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ。よく覚えておけ」と。
 また、別の資料によると、以下のように言われたとの説もあります、と。「財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上なり されど財無くんば事業保ち難く、事業無くんば人育ち難し」・・・と。この名言の元祖が意外に知られていない感じです。   
 (追記)「・・・人を遺すは・・・」で、現在にして我ながら大きく自負できることを追記できるいことを誇りであり名誉と受けとめています。
 社名は伏せますが、ヨシダの離日直前までの16年間、各地で講演等コンサルティング活動を展開したなかで、東広島市の中堅運送会社とは初期の段階から16年間、東京の上場予定の老舗運送会社2社さんは9年間の離日までの最大のクライアントでした。
 「人を遺す」はすなわち
、 社員(人間)教育そのも。それを現在に至るも前出クライアントさんにご提供する栄に浴していることを大きな誇りとしています。前者に対することは、「毎月 の安全会議」に対する「ヨシダ・メッセージ」(A4板びっしり)の送付。後者に対することは、新入社員総合職に対するユニークはお手伝い。具体的には、拙 著「
トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊) 」を通読した後の「感想文(会社が提示された同著を巡る質問等に対する新入社員の感想文)」を受け取り、著者の立場でその行間を割って著者意見・感想等を付してリターンする、という仕組み。一人分の「感想&著者コメント」はA4板で10ページ近くに及びます。
 ・・・と、自称「人生第四毛作」を演じてはや、7年。にも関わらず、その延長線上にヨシダの経営者(即・教育者)としての役割を果たす機会を与えられているのです。そんなことから、この格言「財を遺すは・・・」も現在にして実践しているのが84歳超のヨシダです。この格言は奇しくもヨシダ生涯の格言足り得る次第です。
             
           http://www.a-bombsurvivor.com/contents/writing/writing_No.1/writing_No.1-11.jpg    
(お詫び:当該週間誌表紙画像は、くだんの格言文字がかつかつ読める程度に縮小したものです。ウェブサイト掲載時にはつつましく(?)もっと縮小したいのですが、肝心の下手くそな毛書字が読める程度に縮小したものです。)

 ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。 
                          2016年1月16日(土)
                           ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
                          吉田祐起
                             (満84歳2ヶ月)                          
                    (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)                                                                 yoshida@a-bombsurvivor.com
                               URL(eng): http://www.a-bombsurvivor.com
              URL(jpn): http://www.a-bombsurvivor.com/index_japanese.html