吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳2か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 


 この国フィリピンを終の棲家と定めて住み着いたのは2009年2月1日でした。

 数年間の自立単身生活を経て、ある縁を得て、現在ではフィリピン家族と共同生活を送っています。題して「相互扶助精神に基づ く運命共同体生活」がそれです。ヨシダの終生面倒見をかれらにしてもらうかわりに、皆さんには貧困から脱却してもらってお互いに幸せになりましょうという相互扶助の共同生活です。 

 ・・・ と、こんな生活設計を描いて現在に至るヨシダですが、ヨシダの義務は長生きすることにあると自覚しています。そのためには満40歳からある動機を得て始め て現在に至る自己流のストレッチング体操に一層の磨きをかけるなど、加えて長年に及ぶステッキ使用で肩にかかった重荷による肩こり解消に集中努力をして通 算8年。お陰で99.9%の達成振りです。でも、ちょっと真似のできない自助努力と自負します。

 肝心のボケ防止のための独特の手法を編み出したのが2012年3月のこと。題して「インタネット情報&ヨシダブログ」がそれです。詳細はクリックしてご覧くださいませんか?「こんなことをしているなんて、カッコいいボケ防止!」と自我自賛しています(笑)。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                                           English               
            2016年1月15日(金)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
   

  ヒロシマ・ヒバクシャのヨシダが発信する「オバマ米大統領の被爆市訪問」のこと
  フィリピンに来て間もない頃は2009年11月10日のこと。シンガポールで開催の APEC会議出席の前に東京に立ち寄られたオバマ大統領がNHK WORLDの記者の質問(今回の日本立ち寄りを機に、被爆市訪問の意図がありますか?) 対して答えられた言葉が鮮明です。"The schedules are too tight this time. However, I would like to have an honor of visiting some day during my Presidency."(今回はスケジュールが一杯でできないが、任期中の何時か訪問の栄に浴したい・・・)。その出来事を踏まえて即座に書いたのが、拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)です。クリックしてご覧ください。ヨシダはその後、その適切な訪問時期は、区切りイイ年次の「2010年ー65周年」として 公開書簡まで発表したものでした。しかし、それが実現しなかったことは、現在にして思うに、「2015年ー70周年」こそがベストな年次と提唱するに至り ました。
 ところが、8月に入ってもその気配は皆無。「2015年-70周年」に拘っていたヨシダは絶望と思いつめていたものの、考えてみれば 同大統領の任期は 2017年1月20日東部時間正午まで。とすれば、区切りは良いとは言えない「2016年ー71周年」になるのが精一杯。まいっか・・・と勝手に思ってい るところです。大統領任期中の「レガシー(遺産)づくり」としても、男の約束においても実現されるのがご本人のためだとさえ思うのがヨシダです。

 おって、ヒバクシャとして被害意識を強くする中で、オバマ米大統領が2011年の9.11の8周年記念式典(ペンタゴン)て遺族たちを前にスピーチした言葉の一節を下記に掲載します。「被害意識」が先行するヒバクシャのわれわれが共有すべき貴重な言葉と受けとめます。なお、この崇高なる大統領の言葉は"Ceremonies Mark 8th Anniversary of September 11 Terrorist Attacks"の中ほどに小さく載っていたもので、目立たないものです。中見出し付きもしくは、太文字表示されるべき価値あるものと考えます。
"Let us renew the true spirit of that day. Not the human capacity for evil but the human capacity for good - not the desire to destroy but the impulse to save and to serve and to build," あの日の真実の心を新たにしましょう。 悪に対する人類の能力としてでなく、善に対する人類の能力としてです。-破壊することへの欲望でなく、守り、奉仕し、建設するための推進力としてです。(オバマ米国大統領・翻訳;吉田祐起) 
            「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果         「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果
   (注:このトップコメントは2016年8月6日まで掲載します。しぶといでしょう、ヨシダは・・・笑)

                
                  ウィキペディアから拾った1月15日の「できごと」 
                          January 15 Events(英語版) 
                         「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。★なおまた、「ウィキペディアのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・★なお、英語版の掲載は本家 米国が主体性であるにかんがみ、世界的視野からの「できごと」を知る意味で日本語版との重複は無論、除外してそのまま掲載しております。同英語版のリンク をクリックすると
日本語版には見られない内容豊かなコンテンツが目に付きます。
  2「1180年 南都焼き討ち」の画像検索結果Taira no Kiyomori,TenshiSekkanMiei.jpgTaira no Shigehira.jpg「古代の東大寺」の画像検索結果「興福寺最古の写真」の画像検索結果「古代の興福寺」の画像検索結果
    「古代の興福寺」の画像検索結果「古代の興福寺」の画像検索結果「古代の興福寺」の画像検索結果「古代の興福寺」の画像検索結果「古代の興福寺」の画像検索結果

       4「1559, westminster」の画像検索結果「1559, westminster」の画像検索結果「1559, Elizabeth 1 crowned in westminster」の画像検索結果 「1559, Elizabeth 1 crowned in westminster」の画像検索結果 「1559, Elizabeth 1 crowned in westminster」の画像検索結果 「1559, westminster」の画像検索結果
  5「1759, British Museum was opened to public」の画像検索結果   「1759, British Museum was opened to public」の画像検索結果      「1759, British Museum was opened to public」の画像検索結果   「1759, British Museum was opened to public」の画像検索結果「1759, British Museum was opened to public」の画像検索結果
     「1759, British Museum was opened to public」の画像検索結果  「1759, British Museum was opened to public」の画像検索結果    「1759, British Museum was opened to public」の画像検索結果       「British Museum, 2016」の画像検索結果     「British Museum, 2016」の画像検索結果

 関連画像「1971, aswan high dam accomplished」の画像検索結果             関連画像「1971, aswan high dam accomplished」の画像検索結果「1971, aswan high dam accomplished」の画像検索結果
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「Jimmy Wales and Larry Sanger」の画像検索結果   「Jimmy Wales and Larry Sanger」の画像検索結果  「2001 wikipedia is launched」の画像検索結果「2001 wikipedia is launched」の画像検索結果 
      41   「足利義澄」の画像検索結果「前田利家」の画像検索結果「松平定信」の画像検索結果「西條八十」の画像検索結果「藤原釜足」の画像検索結果「ガマール・アブドゥル=ナーセル」の画像検索結果「李登輝」の画像検索結果「マーティン・ルーサー・キング」の画像検索結果「新珠三千代」の画像検索結果「河野洋平」の画像検索結果
                                            「コシノヒロコ」の画像検索結果「マーガレット・オブライエン」の画像検索結果「冨士眞奈美」の画像検索結果
(1)69年 - 四皇帝の年: オトローマ帝国皇帝ガルバとその子のピソを暗殺し、自ら皇帝に即位。
(2)1181年治承4年12月28日) - 南都焼討平重衡らが東大寺興福寺を焼き払う。
(3)1493年 - クリストファー・コロンブスの最初の航海で、スペインへ向けイスパニョーラ島を出航。
1541 – King Francis I of France gives Jean-François Roberval a commission to settle the province of New France (Canada) and provide for the spread of the "Holy Catholic faith".
(4)1559年 - イングランド女王エリザベス1世ウェストミンスター寺院戴冠
1582 – Russia cedes Livonia and Estonia to the Polish–Lithuanian Commonwealth.
(5)1759年 - 大英博物館が一般向けに開館。
(6)1777年 - ニューコネチカット共和国(バーモント共和国)建国。
1782 – Superintendent of Finance Robert Morris goes before the U.S. Congress to recommend establishment of a national mint and decimal coinage.
1815War of 1812: American frigate USS President, commanded by Commodore Stephen Decatur, is captured by a squadron of four British frigates.
1822Greek War of Independence: Demetrios Ypsilantis is elected president of the legislative assembly.
1844University of Notre Dame receives its charter from the state of Indiana.
1865American Civil War: Fort Fisher in North Carolina falls to the Union, thus cutting off the last major seaport of the Confederacy.
1870 – A political cartoon for the first time symbolizes the Democratic Party with a donkey ("A Live Jackass Kicking a Dead Lion" by Thomas Nast for Harper's Weekly).
(7)1873年 - 学制に基づいた日本で最初の小学校東京師範学校附属小学校(現・筑波大学附属小学校)設立。
(8)1874年 - 初代警視総監(大警視)を任ぜられた薩摩藩出身の川路利良東京警視庁を創設。
1876 – The first newspaper in Afrikaans, Die Afrikaanse Patriot, is published in Paarl.
1889The Coca-Cola Company, then known as the Pemberton Medicine Company, is incorporated in Atlanta.
1892James Naismith publishes the rules of basketball.
1908 – The Alpha Kappa Alpha sorority becomes the first Greek-letter organization founded and established by African American college women.
1910 – Construction ends on the Buffalo Bill Dam in Wyoming, United States, which was the highest dam in the world at the time, at 325 ft (99 m).
1919Rosa Luxemburg and Karl Liebknecht, two of the most prominent socialists in Germany, are tortured and murdered by the Freikorps at the end of the Spartacist uprising.
(9)1919年 - ドイツ革命後のベルリンドイツ共産党の武装蜂起が失敗。
(10)1919年 - ボストン糖蜜災害
(11)1926年 - 京都学連事件治安維持法が初適用。
(12)1927年 - 西濃鉄道が設立される。
1933 – A twelve-year-old girl experiences the first Marian apparition of Our Lady of Banneux in Banneux, Belgium.
1936 – The first building to be completely covered in glass, built for the Owens-Illinois Glass Company, is completed in Toledo, Ohio.
(13)1936年 - 日本がロンドン海軍軍縮会議から脱退。
(14)1936年 - 中日ドラゴンズの前身、名古屋軍が誕生。
1937Spanish Civil War: Nationalists and Republican both withdraw after suffering heavy losses, ending the Second Battle of the Corunna Road.
(15)1939年 - 東京高速鉄道新橋駅 - 渋谷駅間が全通。現在の東京メトロ銀座線が全通。
(16)1939年 - 69連勝中の横綱双葉山安藝ノ海に敗れる。
(17)1940年 - 静岡市で大火災が発生し、6500戸あまりが焼失。
(18)1943年 - アメリカ国防総省庁舎ペンタゴンが完成。
1943World War II: The Soviet counter-offensive at Voronezh begins.
(19)1947年 - ブラック・ダリア事件: ロサンゼルスで「ブラック・ダリア」ことエリザベス・ショートの惨殺死体が発見される。
(20)1948年 - 乳幼児虐待と配給物資の粉ミルクなどの横領容疑で寿産院の経営者夫妻を逮捕。(寿産院事件
1949Chinese Civil War: The Communist forces take over Tianjin from the Nationalist Government.
1951Ilse Koch, "The Witch of Buchenwald", wife of the commandant of the Buchenwald concentration camp, is sentenced to life imprisonment by a court in West Germany.
(21)1951年 - この年から2000年まで、この日がお年玉付き年賀はがきお年玉くじの抽選日であった。
(22)1961年 - 横浜マリンタワーがオープン。
1962 – The Derveni papyrus, Europe's oldest surviving manuscript dating to 340 BC, is found in northern Greece.
1966 – The First Nigerian Republic, led by Abubakar Tafawa Balewa is overthrown in a military coup d'état.
(23)1966年 - 常磐ハワイアンセンターがオープン。
(24)1967年 - ロサンゼルス第1回スーパーボウルが開催。
(25)1969年 - ソ連の有人宇宙船「ソユーズ5号」が打ち上げ。
(26)1969年 - 鹿児島夫婦殺し事件
1970Nigerian Civil War: After a 32-month fight for independence from Nigeria, Biafra surrenders.
・1970 –
Muammar Gaddafi is proclaimed premier of Libya.
(27)1971年 - ナイル川上流にアスワン・ハイ・ダムが完成。
(28)1972年 - 国鉄鍛冶屋原線がこの日の運転限りで廃止。
1973Vietnam War: Citing progress in peace negotiations, President Richard Nixon announces the suspension of offensive action in North Vietnam.
1974Dennis Rader a.k.a. the BTK Killer kills his first victims by binding, torturing and murdering Joseph, Joseph II, Josephine and Julie Otero in their house.
(29)1974年 - 西沙諸島の戦い
(30)1974年 - 長崎県・三菱石炭鉱業高島鉱業所の端島鉱(軍艦島)が閉山。
(31)1974年 - 田中角栄総理大臣インドネシア訪問に合わせ、ジャカルタで大規模な反日暴動が発生。
1975 – The Alvor Agreement is signed, ending the Angolan War of Independence and giving Angola independence from Portugal.
1976Gerald Ford's would-be assassin, Sara Jane Moore, is sentenced to life in prison.
1981Pope John Paul II receives a delegation from Solidarity (Polish trade union) at the Vatican led by Lech Wałęsa.
(32)1985年 - ラグビー日本選手権新日鉄釜石が史上初の7連覇を達成。
1991 – The United Nations deadline for the withdrawal of Iraqi forces from occupied Kuwait expires, preparing the way for the start of Operation Desert Storm.
・1991 –
Elizabeth II, in her capacity as Queen of Australia, signs letters patent allowing Australia to become the first Commonwealth realm to institute its own Victoria Cross in its honours system.
(33)1992年 - 欧州経済共同体全加盟国と国際連合クロアチアスロベニアユーゴスラビアからの独立を承認。
(34)1993年 - 北海道釧路沖地震
(35)1993年 - イタリアマフィアの大ボス・サルヴァトーレ・リイナが24年の逃亡の末に逮捕される。
(36)2001年 - ウィキペディア発足。
(37)2002年 - 三和銀行と東海銀行が合併し、UFJ銀行が誕生。
2005ESA's SMART-1 lunar orbiter discovers elements such as calcium, aluminum, silicon, iron, and other surface elements on the Moon.
(38)2007年 - サッダーム・フセインの異父弟で元イラク大統領顧問のバルザーン・イブラーヒーム・ハサンが処刑される。
(39)2007年 - 日本の動画共有サイトニコニコ動画が正式サービス開始。
(40)2009年 - USエアウェイズ1549便不時着水事故
2013 – A train carrying Egyptian Army recruits derails near Giza, Greater Cairo, killing 19 and injuring 120 others.
(41)ヨシダが選んだ著名人の誕生日;
足利義澄(1481)、前田利家(1539)、松平定信(1759)、西條八十(1892)、藤原釜足、(1905)、ガマール・アブドゥル=ナーセル (1918)、李登輝(1923)、マーティン・ルーサー・キング (1929)、新珠三千代 (1930)、 河野洋平(1937)、コシノヒロコ(1937)、マーガレット・オブライエン(1937)、 冨士眞奈美(1948)。

                      インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を
編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 
ただ今、 
6016編です。
 

2016年1月15日(金)掲載分
昨日1月14日最終のトップページ
編集者のダイアリー・コナー

 「1月15日のできごと」でヨシダが特に関心を強くするのは、「(36)2001年 - ウィキペディア発足」です。ウィキペディア無しでは生きていけない!? ほどの超高度・密度の利用が「できごと」編集に欠かせないからです。ウィキペディア様々ってところですから・・・。
 ひゃ~!超長~いブログになりました!でも、編集者として自信の持てることは、決して蛇足の弁(ブログ)ではないぞ~という自負です。読まなかったらその分、損した!ってシロモノだと自負します。大した自信でしょう(笑)。その記事とは、「No.6015:深まるユーロ危機は世界恐慌の引き金になりかねないDIAMOND Online2016.1.15.安東泰志 [ニューホライズン キャピタル会長兼社長])」でして、本日の取材記事はこの一編でもマンゾク!ってのがヨシダのホンネです。(9:50)

  認知症に対する心配は本人はもとより、家族にとっても重大な問題。でも、ヨシダの場合は「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」のお陰で心配無用。でも、 ご本人はこんな多忙なことに身を置いて「ボク防止努力」は怠りません。その分、神さまは評価して(?)守っていてくださる、というのがヨシダ信念で す。・・・とこんなことに頭を巡られるのは「No.6016:認知症の親を異国で引き取り、働きながら介護する。その苦労はどれほどだろうか…山陽新聞「滴一滴」2016.1.15.)」を編集しながらのこと。(11:30)
  先ほどは1時間余を野 外で楽しみました。例の両脚膝屈伸運動4百回を終えてのこと。車いすに座って前の通りを往来するクルマやヒトのウォッチング。でも、その間、両腕を色んな 角度に曲げたり、首を回したり・・・じっとは滅多にしていません。自称・ながら族です。効率的な時間の過ごし方と自負します。考えてみるに、不思議なほど 何処かへ行ってみたいとか、してみたいとかいった願望が全くないのが不思議なくらいです。ブロギングが楽しくてたまらないからにほかありませんが、天は良 きモノを脚の不自由なヨシダに与えてくださっている・・・と。(17:50)



No.6016
認知症の親を異国で引き取り、働きながら介護する。その苦労はどれほどだろうか…
山陽新聞「滴一滴」2016.1.15.
ヨシダブログ:本 映画「ベトナムの風に吹かれて」は主人公の松坂慶子さんが演じる日本語教師。認知症の母をベトナムに引き取っての心温まるストーリー。小さなこの記事で関 係資料を検索しながらこの映画を鑑賞した気分に浸りました▼おりしも今朝の「日刊まにら新聞」の記事とオーバーラップします。題して「日比ドラマ放送 日本テレビ制作の比人が主演のドラマ「ハロハロハウス」が16日から比で放送される」がそれ▼フィリピンの人たちの多くが海外で介護関係の仕事に従事しています。「OFW(Overseas Filipino Workers)海外労働者) がそれですが、英語力とホスピタリティー精神が評価されてのもの▼かくいうヨシダは84歳でこのありさま。ボケ防止のためのブロギング活動ですが、万が一 のことが生じても後顧の憂いは皆無と自他共にしています。人間って、失うものがあれば得るものあり、ですよね。経営者人生を長くしたヨシダの人生哲学のひ とつは、「得るは 捨つるにあり」です。その精神の最後の演出の場が現在の「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」です。自作自演の人生ドラマの終盤と いったところです(笑)。写真13枚添付ファイ ル
 「シネマ・クレール丸の内」の画像検索結果「シネマ・クレール丸の内」の画像検索結果「シネマ・クレール丸の内」の画像検索結果   「ベトナムの風 に吹かれて」小松みゆき」の画像検索結果   「ベトナムの風 に吹かれて」原作者・小松みゆき」の画像検索結果
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No.6015
深まるユーロ危機は世界恐慌の引き金になりかねない
DIAMOND Online2016.1.15.安東泰志 [ニューホライズン キャピタル会長兼社長]
ヨシダブログ:本誌ではヨシダの知る限り初めてのご登壇の「安東泰志 [ニューホライズン キャピタル 取締役会長兼社長]」と認識します。極めて説得力ある論を展開されていると感じます。とりわけ、末尾の言葉がそれを象徴する感じです。曰く、「・・・第 二次世界大戦までのドイツは、軍事によって欧州を征服しようと試み、失敗したが、今はEUという枠組みの中で経済的にそれを成し遂げようとして いる。そうした歴史を振り返る時、メルケル首相が強い指導力を維持できている間に、ドイツがEUとユーロを守るという決意を表明することが世界経済のため に死活的に重要であると筆者は思う。そしてそれができる時間はもう限られているように思われる。」がそれです▼翻って、EUや統一通貨ユーロができた当時 ()、ヨシダはこの種のことに関してはド素人の分際でありながら、公の場(数百人参加の講演会)で「・・・よしんば、出来上がっても、所詮は崩壊す る・・・」と発言して恥を掻いて現在に至る身。でも、当時の会場の経営者諸氏はそのヨシダの爆弾発言に対する異論は皆無でした。その分、そのような国際組 織や国際通貨そのものが稀有なことを意味したものでした▼統一通貨ユーロが導入されたのは1999年。昨年ギリシャ危機を端緒に一気に火の手が広がってし まったユーロ問題。これまで安全と見なされてきた国家債務に対する市場からの信頼が、一気に損なわれたというのがユーロ問題の根幹。通貨ユーロが制度とし て定められたのは今から20年前。マーストリヒト条約が締結された1992年から、ヨーロッパでは統一通貨ユーロ実現に向けた取り組みが始まり、この時か ら、ユーロという構造には大きな矛盾が存在していることは周知のこと。それでもヨーロッパ人は、統一ユーロ経済という悲願を実現するため、半ば合理性をも 度外視した、ある意味無謀とも言える挑戦を選択したもの。彼らの悲願とは何か?一般的には、共通通貨ユーロの動機は再び欧州が戦火に塗れることのないよ う、ドイツを封じ込むためと言われる。 2度の世界大戦を引き起こしたドイツも、贖罪的心意気でユーロに舵を切ったということは一面の真。欧州大陸全体の平和継続への願いが込め られているもの。しかし、より情緒的な大きな動機がある。それこそは大欧州のプライドとでも言える。統一通貨ユーロが導入されたのは1999年で、ユーロ 通貨の歴史はまだまだ浅いが、現在では17カ国もの経済規模を背景に、米ドルに次ぐ流通通貨に拡大。ところが、昨年ギリシャ危機を端緒に一気に火の手が広 がってしまったユーロ問題。これは、これまで安全と見なされてきた国家債務に対する市場からの信頼が、一気に損なわれたというのがユーロ問題の根幹。通貨 ユーロが制度として定められたのは、今から遡ること20年。マーストリヒト条約が締結された1992年から、ヨーロッパでは統一通貨ユーロ実現に向けた取 り組みが始まったもの。ユーロという構造には大きな矛盾が存在していることは周知のこと。それでもヨーロッパ人は、統一ユーロ経済という悲願を実現するた め、半ば合理性をも度外視した、ある意味無謀とも言える挑戦を選択したもの。彼らの悲願とは?。一般的には、共通通貨ユーロの動機は再び欧州が戦火に塗れ ることのないよう、ドイツを封じ込むためと言われている。 2度の世界大戦を引き起こしたドイツも、贖罪的心意気でユーロに舵を切ったということは一面の真実である。欧州大陸全体の平和継続への願いが込め られたもの。しかし、もっと情緒的な大いなる動機がある。それこそは大欧州のプライドとでも言えるもの。 第2次大戦後、世界のリーダーは米国に移った。 米国がメキメキと存在感を強める一方で、欧州経済は英国病に代表される衰退に陥り、経済成長から取り 残された。その間に米国は、ソ連に対抗する強大な軍事力と基軸通貨ドルを基に、西側先進国における覇権を確立した。さらに同時期、敗戦国と侮っていた日本 が高度経済成長を実現して、世界第2の経済大国に大躍進。西側経済が日米中心で席捲されるのを、欧州各国はほぞを噛んで眺めていたことになる。世界の近代 化を創って来たのは欧州であるという、ヨーロッパの自尊心はズタズタになった。その後、89年にベルリンの壁が崩壊して冷戦が終結、米国一極支配体制はま すます明確になり、このままでは欧州は米国に飲み込まれてしまう。そんな危機感と共に、彼らの中にメラメラと湧き出したのは、米国への対抗心。それは欧州 こそが先進国であって、米国なんぞは新興国ではないか。そんな米国におめおめ負けてたまるか!との執念が、欧州統一通貨誕生の原点。歴史的にいくつもの国 家に分かれているヨーロッパが経済的にひとつになれば、米国ひとり勝ちの体制に一矢報いることが出来るはずだ!そうすればドルの独 占支配という世界経済のヒエラルキーをも変えることが出来るにちがいない!こうした恩讐の彼方に、民族を、文化を、そして国家をも超えて、統一通貨ユーロ による大欧州を実現させようとの思いが醸成されたのではないか・・・という論理▼・・・と、以上はヨシダがヒットして学んだことを簡潔にブログしたもの。 その本家出所は「欧州統一通貨ユーロ誕生の原点とは!?」 です。ハイ、本記事を縁にしたヨシダの学びの機会です。でも、前述した「ヨシダのEU&ユーロ否定論」はこんな論理的な背景は全くゼロ! 直感的・・・でしたので悪しからず!(笑)▼超長文のヨシダブログにも関わらず、あえて追記したいのは本記事末尾の言葉です!曰く、「・・・ドイツは、間 違いなくEUの最大の受益者だ。そして、EUの中で図抜けた存在になった。一応民主的なプロセスは事後的に踏むとしても、EUないしユーロの存続可能性は ドイツの意向次第で決まると言っても過言ではない。第二次世界大戦までのドイツは、軍事によって欧州を征服しようと試み、失敗したが、今はEUという枠組 みの中で経済的にそれを成し遂げようとして いる。そうした歴史を振り返る時、メルケル首相が強い指導力を維持できている間に、ドイツがEUとユーロを守るという決意を表明することが世界経済のため に死活的に重要であると筆者は思う。そしてそれができる時間はもう限られているように思われる。」がそれです▼「中見出し」は、■ ギリシャのみならず国内からも強まる批判 メルケル首相に向けられる冷たい視線、■ユーロ問題の根幹にある南北格差 南欧諸国は常に緊縮財政、ドイツは独 り勝ち、■ギリシャのユーロ離脱は世界恐慌の引き金になる、■ドイツは痛みを共有できるのか 残された時間は限られている・・・と続きます▼「質問:ギリシャがユーロから離脱すれば、世界恐慌の引き金になると思う?」に対する回答は、「そうは思わない56.82%、そう思う29.55%、どちらとも言えない9.09%、その他、分からない4.55%」です。写真7枚添付ファイ ル
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 昨14日の記事3編を下記に掲載していますが、本日15日の第一記事掲載( : )をもって消却します。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。 

                「末尾の特別情報お知らせコーナー」
  以下のコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するもので して、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。なお、上掲のリンクをクリックすると、そ の下書き的なテーマや内容の一端が垣間見られます。

     人生第一、第二、第三、第四毛作を通じてヨシダが抱き続ける名格言
               
  ”財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上 
                             されど 財をなさずんば 事業保ち難く 
                             事業なくんば 人育ち難し”

    (中国唐代の大詩人・白楽天<
772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)>の言葉)  
                 
 (経営者時代からヨシダが愛した格言)          
                                    
                              白楽天・『晩笑堂竹荘畫傳』より         
 
人生第一、第二、第三毛作の通算62年間の経営者人生を通して好きな格言として愛唱してきている格言です。とりわけ、人生第ニ毛作時代 はトラック運送事業で「7社グループによる総合物流商社」体制を構築したなかで、米国から導入した「ジーバート自動車防錆処理事業(Ziebart Rust-proofing system)」が話題性を呼び、それが導火線みたいになって、運送業界関連紙・誌に加えて、一般のマスメディアにも結構取材を受けるなどしました。
  下記の写真は本誌にもヨシダの記事が多く登場したことから、請われてこのようなことになったものです。なにせ、毛書は我流もイイところで、人様にお見せす るには気恥ずかしさで一杯ですが、中身で勝負って気持ちで応じて出版されたものです。蛇足ですが、こんな調子の毛筆年賀状表書きを毎年4,5百枚書いたも のです。
 画面がちょっとボケていますが、下手くそでも言葉の意義を強調したいがために記録に取っていたものです。
白居易(はく きょい、772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)字(あざな)を楽天と称した)は、中唐の詩人です。経営者としての存念を代弁して余りあることから、ご覧に入れる次第です。   
 なお、グーグル資料によると、
明治から昭和初期まで活躍した、医師であり政治家でもあった後藤新平氏は、自らが中心となって結成した、少年団日本連盟の副理事長 三島通陽氏に、こう言い遺したそうです。「よく聞け、金を残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ。よく覚えておけ」と。
 また、別の資料によると、以下のように言われたとの説もあります、と。「財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上なり されど財無くんば事業保ち難く、事業無くんば人育ち難し」・・・と。この名言の元祖が意外に知られていない感じです。   
 (追記)「・・・人を遺すは・・・」で、現在にして我ながら大きく自負できることを追記できるいことを誇りであり名誉と受けとめています。
 社名は伏せますが、ヨシダの離日直前までの16年間、各地で講演等コンサルティング活動を展開したなかで、東広島市の中堅運送会社とは初期の段階から16年間、東京の上場予定の老舗運送会社2社さんは9年間の離日までの最大のクライアントでした。
 「人を遺す」はすなわち
、 社員(人間)教育そのも。それを現在に至るも前出クライアントさんにご提供する栄に浴していることを大きな誇りとしています。前者に対することは、「毎月 の安全会議」に対する「ヨシダ・メッセージ」(A4板びっしり)の送付。後者に対することは、新入社員総合職に対するユニークはお手伝い。具体的には、拙 著「
トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊) 」を通読した後の「感想文(会社が提示された同著を巡る質問等に対する新入社員の感想文)」を受け取り、著者の立場でその行間を割って著者意見・感想等を付してリターンする、という仕組み。一人分の「感想&著者コメント」はA4板で10ページ近くに及びます。
 ・・・と、自称「人生第四毛作」を演じてはや、7年。にも関わらず、その延長線上にヨシダの経営者(即・教育者)としての役割を果たす機会を与えられているのです。そんなことから、この格言「財を遺すは・・・」も現在にして実践しているのが84歳超のヨシダです。この格言は奇しくもヨシダ生涯の格言足り得る次第です。
             
          http://www.a-bombsurvivor.com/contents/writing/writing_No.1/writing_No.1-11.jpg    
(お詫び:当該週間誌表紙画像は、くだんの格言文字がかつかつ読める程度に縮小したものです。ウェブサイト掲載時にはつつましく(?)もっと縮小したいのですが、肝心の下手くそな毛書字が読める程度に縮小したものです。)

 ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。 

                          2016年1月15日(金)
                           ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
                                           吉田祐起
                             (満84歳2ヶ月)  
                  (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)                                                                 yoshida@a-bombsurvivor.com
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