吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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     吉田祐起(Yuuki Yoshida) (満84歳2か月) 
   "生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 


 この国フィリピンを終の棲家と定めて住み着いたのは2009年2月1日でした。

 数年間の自立単身生活を経て、ある縁を得て、現在ではフィリピン家族と共同生活を送っています。題して「相互扶助精神に基づ く運命共同体生活」がそれです。ヨシダの終生面倒見をかれらにしてもらうかわりに、皆さんには貧困から脱却してもらってお互いに幸せになりましょうという相互扶助の共同生活です。 

 ・・・ と、こんな生活設計を描いて現在に至るヨシダですが、ヨシダの義務は長生きすることにあると自覚しています。そのためには満40歳からある動機を得て始め て現在に至る自己流のストレッチング体操に一層の磨きをかけるなど、加えて長年に及ぶステッキ使用で肩にかかった重荷による肩こり解消に集中努力をして通 算8年。お陰で99.9%の達成振りです。でも、ちょっと真似のできない自助努力と自負します。

 肝心のボケ防止のための独特の手法を編み出したのが2012年3月のこと。題して「インタネット情報&ヨシダブログ」がそれです。詳細はクリックしてご覧くださいませんか?「こんなことをしているなんて、カッコいいボケ防止!」と自我自賛しています(笑)。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                          English               
                2015年1月14日(木)
        
   
                            コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
 

      ヒロシマ・ヒバクシャのヨシダが発信する「オバマ米大統領の被爆市訪問」のこと
  フィリピンに来て間もない頃は2009年11月10日のこと。シンガポールで開催の APEC会議出席の前に東京に立ち寄られたオバマ大統領がNHK WORLDの記者の質問(今回の日本立ち寄りを機に、被爆市訪問の意図がありますか?) 対して答えられた言葉が鮮明です。"The schedules are too tight this time. However, I would like to have an honor of visiting some day during my Presidency."(今回はスケジュールが一杯でできないが、任期中の何時か訪問の栄に浴したい・・・)。その出来事を踏まえて即座に書いたのが、拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)です。クリックしてご覧ください。ヨシダはその後、その適切な訪問時期は、区切りイイ年次の「2010年ー65周年」として 公開書簡まで発表したものでした。しかし、それが実現しなかったことは、現在にして思うに、「2015年ー70周年」こそがベストな年次と提唱するに至り ました。
 ところが、8月に入ってもその気配は皆無。「2015年-70周年」に拘っていたヨシダは絶望と思いつめていたものの、考えてみれば 同大統領の任期は 2017年1月20日東部時間正午まで。とすれば、区切りは良いとは言えない「2016年ー71周年」になるのが精一杯。まいっか・・・と勝手に思ってい るところです。大統領任期中の「レガシー(遺産)づくり」としても、男の約束においても実現されるのがご本人のためだとさえ思うのがヨシダです。

 おって、ヒバクシャとして被害意識を強くする中で、オバマ米大統領が2011年の9.11の8周年記念式典(ペンタゴン)て遺族たちを前にスピーチした言葉の一節を下記に掲載します。「被害意識」が先行するヒバクシャのわれわれが共有すべき貴重な言葉と受けとめます。なお、この崇高なる大統領の言葉は"Ceremonies Mark 8th Anniversary of September 11 Terrorist Attacks"の中ほどに小さく載っていたもので、目立たないものです。中見出し付きもしくは、太文字表示されるべき価値あるものと考えます。
"Let us renew the true spirit of that day. Not the human capacity for evil but the human capacity for good - not the desire to destroy but the impulse to save and to serve and to build," あの日の真実の心を新たにしましょう。 悪に対する人類の能力としてでなく、善に対する人類の能力としてです。-破壊することへの欲望でなく、守り、奉仕し、建設するための推進力としてです。(オバマ米国大統領・翻訳;吉田祐起) 
            「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果         「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果
   (注:このトップコメントは2016年8月6日まで掲載します。しぶといでしょう、ヨシダは・・・笑)

                
                  グーグルから拾った1月14日の「できごと」 
                            January 14, Events(英語版) 
                           「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。★なおまた、「グーグルのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・。なお、英語版の掲載は本家 米国が主体性であるにかんがみ、世界的視野からの「できごと」を知る意味で日本語版との重複は無論、除外してそのまま掲載しております。同英語版のリンク をクリックすると日本語版には見られない内容豊かなコンテンツが目に付きます。
8関連画像 「1903年大谷光瑞探検隊」の画像検索結果 「1903年大谷光瑞探検隊」の画像検索結果「1903年大谷光瑞探検隊」の画像検索結果  「1903年大谷光瑞探検隊」の画像検索結果             「1903年大谷光瑞探検隊」の画像検索結果 
  「霊鷲山」の画像検索結果  
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15「1959年 - 南極大陸で1年間置き去りにされたカラフト犬タロとジロの生存が確認」の画像検索結果 「1959年 - 南極大陸で1年間置き去りにされたカラフト犬タロとジロの生存が確認」の画像検索結果    関連画像    関連画像「1959年 - 南極大陸で1年間置き去りにされたカラフト犬タロとジロの生存が確認」の画像検索結果「1959年 - 南極大陸で1年間置き去りにされたカラフト犬タロとジロの生存が確認」の画像検索結果
25   「2005,  NASA's Cassini spacecraft」の画像検索結果   「2005,  NASA's Cassini spacecraft」の画像検索結果「2005,  NASA's Cassini spacecraft」の画像検索結果 「2005,  NASA's Cassini spacecraft」の画像検索結果「2005,  NASA's Cassini spacecraft」の画像検索結果
  「2005,  NASA's Cassini spacecraft」の画像検索結果 「2005,  NASA's Cassini spacecraft」の画像検索結果   「2005,  NASA's Cassini spacecraft」の画像検索結果       「2005,  NASA's Cassini spacecraft」の画像検索結果「2005,  NASA's Cassini spacecraft」の画像検索結果
      29       「北条貞時」の画像検索結果   「中御門天皇」の画像検索結果 「アルベルト・シュバイツァー」の画像検索結果 「マルティン・ニーメラー、ルター派牧師」の画像検索結果  「福田赳夫」の画像検索結果「三島由紀夫」の画像検索結果「細川護熙」の画像検索結果 「田中眞紀子」の画像検索結果   「スティーブン・ソダーバーグ」の画像検索結果
1301Andrew III of Hungary dies, ending the Árpád dynasty in Hungary.
1343Arnošt of Pardubice becomes the last bishop of Prague and, subsequently, the first Archbishop of Prague.
(1)1526年 - イタリア戦争: 神聖ローマ皇帝カール5世と捕虜となったフランス王フランソワ1世マドリード条約を締結。
1539 – Spain annexes Cuba.
1639 – The "Fundamental Orders", the first written constitution that created a government, is adopted in Connecticut.
(2)1724年 - スペイン王フェリペ5世が譲位。後継のルイス1世の病死で同年中に復位。
1761 – The Third Battle of Panipat is fought in India between the Afghans under Ahmad Shah Durrani and the Marathas.
1784American Revolutionary War: Ratification Day, United States - Congress ratifies the Treaty of Paris with Great Britain.
(3)1814年 - スウェーデンデンマークの間でキール条約が締結される。
1822Greek War of Independence: Acrocorinth is captured by Theodoros Kolokotronis and Demetrios Ypsilantis.
(4)1858年 - フェリーチェ・オルシーニを主犯としたナポレオン3世暗殺未遂事件が発生。
(5)1874年 - 岩倉具視東京赤坂で不平士族に襲撃される(喰違の変)。
(6)1881年 - 東京で内務省警視局を改組して警視庁を再設置。
(7)1900年 - ジャコモ・プッチーニオペラトスカ』がローマで初演。
(8)1903年 - 大谷光瑞率いる大谷探検隊インドビハール州ラージギル郊外で釈迦の住んでいた霊鷲山を発見。
1907 – An earthquake in Kingston, Jamaica kills more than 1,000.
1911Roald Amundsen's South Pole expedition makes landfall on the eastern edge of the Ross Ice Shelf.
(9)1914年 - 沢柳事件: 京都帝国大学で、沢柳政太郎総長の人事に反発して法科大学の教授全員が辞表を提出。
1933 – The controversial "Bodyline" cricket tactics used by Douglas Jardine's England peak when Australian captain Bill Woodfull is hit over the heart.
1938 – Norway claims Queen Maud Land in Antarctica.
(10)1939年 - ノルウェードローニング・モード・ランドの領有を宣言。
(11)1940年 - 阿部信行内閣が総辞職。
(12)1943年 - カサブランカ会談が開催。フランクリン・ルーズベルトウィンストン・チャーチルが欧州戦線での協力、および枢軸国に対する無条件降伏の要求を確認。
1943World War II: Japan begins Operation Ke, the successful operation to evacuate its forces from Guadalcanal during the Guadalcanal Campaign.
・1943 – World War II: Franklin D. Roosevelt becomes the first
President of the United States to travel by airplane while in office when he travels from Miami to Morocco to meet with Winston Churchill.
(13)1950年 - MiG-17が初飛行する。
1952 – NBC's long-running morning news program Today debuts, with host Dave Garroway.
1953Josip Broz Tito is inaugurated as the first President of Yugoslavia.
(14)1954年 - ナッシュとハドソンの合併によってアメリカン・モーターズが創業。
1957Kripalu Maharaj was named fifth Jagadguru (world teacher) after giving seven days of speeches before 500 Hindu scholars.
(15)1959年 - 南極大陸で1年間置き去りにされたカラフト犬タロとジロの生存が確認される。
1960 – The Reserve Bank of Australia, the country's central bank and banknote issuing authority, is established.
(16)1963年 - 名門劇団・文学座の分裂が表面化。中堅劇団員がクーデター的に集団で脱退し、劇団雲を結成。
(17)1967年 - サンフランシスコヒューマンビーインがはじまる。
(18)1969年 - アメリカ海軍航空母艦エンタープライズ」の艦載機に搭載されていたズーニー・ロケット弾が爆発、27名の死者を出す。
(19)1970年 - 第3次佐藤栄作内閣が成立。
(20)1972年 - マルグレーテ2世デンマーク女王に即位。
1973Elvis Presley's concert Aloha from Hawaii is broadcast live via satellite, and sets the record as the most watched broadcast by an individual entertainer in television history.
1975 – Teenage heiress Lesley Whittle is kidnapped by Donald Neilson, aka "the Black Panther".
(21)1978年 - マグニチュード7.0の伊豆大島近海の地震発生。死者25人。
(22)1978年 - ロックバンドセックス・ピストルズのメンバー、ジョニー・ロットンがバンドを脱退。実質上の解散となる。
(23)1980年 - インディラ・ガンディーが第8代インド首相に就任。
1999Toronto Mayor Mel Lastman becomes the first mayor in Canada to call in the Army to help with emergency medical evacuations and snow removal after more than one meter of snow paralyzes the city.
2000 – A United Nations tribunal sentences five Bosnian Croats to up to 25 years for the 1993 killing of over 100 Muslims in a Bosnian village.
(24)2004年 - グルジア王国の旗が500年ぶりにグルジアの国旗として復活する。
(25)2005年 - 欧州宇宙機関の土星探査機「カッシーニ」から分離された小型探査機「ホイヘンス・プローブ」が土星衛星タイタンに突入し、その表面に着陸。
(26)2009年 - 中央大学教授刺殺事件
(27)2009年 - 国家元首初の北極点到達者モナコ大公アルベール2世が、国家元首として初めて南極点に到達し、地球の両極点を制覇。
2010Yemen declares an open war against the terrorist group al-Qaeda.
(28)2011年 - ジャスミン革命: チュニジアザイン・アル=アービディーン・ベン=アリー大統領がサウジアラビアに脱出。
(29)ヨシダが選んだ著名人の誕生日;北条貞時(1272)、中御門天皇(1702)、 アルベルト・シュバイツァー (1875)、マルティン・ニーメラールター派牧師(1992)、福田赳夫(1905)、三島由紀夫 (1967)、 細川護熙(1938)、 田中眞紀子 (1944)、スティーブン・ソダーバーグ (1963)。

                     インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を
編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 
ただ今、 
6014編です。
 

2016年1月14日(木)掲載分
昨日1月13日最終のトップページ
編集者のダイアリー・コナー

 「1月14のできごと」でヨシダが特に関心を強くするのは、「(15)1959年 - 南極大陸で1年間置き去りにされたカラフト犬タロとジロの生存が確認される」でして、涙もろいヨシダは泣きそうな気持ちになりました★本日の日付変更は都合により早めにしました。前日(13日)のものは上掲もしくは、「13日最終のトップページ」をクリックしてご覧ください。(13日20:30)
  ニッポン人同胞よ、あまり自惚れてはだめでっせ、とはヨシダの歯に衣着せぬ海外から観た日本人観です。CNNやBBCで時たま眼にする日本人の風情は特異 に映ります。頭をペコペコ。時には冷や汗感すら抱きます。ヨシダ流に皮肉れば、「日本人古来の土下座外交・上意下達・お上主義・事なかれ主義・上の者には 巻かれろ、Etc....」がその背景であることは否定できないと考えます★あ、そうだ、蛇足の弁をひとつ。半世紀も前のこと。ジャパン・タイムズ紙の購 読者でしたが、社説に「Japanese Enigmatic Smile(日本人の意味不可解な笑み)」ってのがありました。現在にして活きるその論旨と受けとめます。くだんの記事は「No.6012:日本人の容姿紀伊民報「水鉄砲」2016.1.14.倫)」です。同ブログに別件のヨシダブログをリンクしています。冷やかし気分でもイイですからご一見をおすすめします。(11:10)
 「No.6013:100年預金京都新聞「凡語」2016.1.14.)」を編集した後で、ふと、思いついて調べるに、「1874年(明治7年)は1ドル=1円」だったこと。現在は百分の一以下に円の価値が下がっていること。その分、日本そのものの値打ちが・・・・?とはブロガーのひとり言です(笑)。ちなみに、「76.25円=ドル円の市場最安値はウソ!?(1) 1ドル=1円の日本はどんな時代?」をクリックしてご覧になりませんか?(16:10) 
 「No.6014:南シナ問題で米国に惨敗。習近平に対する13億の熱狂が冷めてきたMAG2NEWS 2016.1.14.(12日付))」の編集で本日の取材は終了とします。(18:00)

No.6014

南シナ問題で米国に惨敗。習近平に対する13億の熱狂が冷めてきた
MAG2NEWS 2016.1.14.(12日付)

ヨシダブログ:誰よりも中国を知るが故に母国を捨てた石平さんから見た習政権の実像が窺える生々しい記事です。石さんの著書は膨大です。石平著書」で著書紹介に換えます。なお、記事は重要な箇所は太文字表示されていますのです、傍線引用抜きで掲載しました。(写真7枚添付ファイ ル
  「石平」の画像検索結果   「石平」の画像検索結果    「石平」の画像検索結果
  「中国・習近平主席の虚像」の画像検索結果 「中国・習近平主席の虚像」の画像検索結果「中国・習近平主席の虚像」の画像検索結果「中国・習近平主席の虚像」の画像検索結果
No.6013
100年預金
京都新聞「凡語」2016.1.14.
ヨシダブログ:今 から100年前の銀行が100年定期預金を募ったというだけで、ビッグ・ニュース足り得るでしょう!当時の足跡を追いながら当該写真の幾つかをゲットして 添付しながらロマンを追いました▼100年定期と言えば気の遠くなりそうなこと。それがお高く、健全経営の最たる銀行で行われていただけに奇異にすら感じ ますが、当時としては自他共に共存共栄価値意識があったのでしょう。もっとも、このケースは銀行側の一方的な利益だったことは皮肉です▼本記事の言葉を借 りてのこと。「通貨の価値を下げることこと(円安)で目先の経済規模を膨らませる政策」の限界を知らされつつあるのが実態のような感じです。編集中に勉強 方々検索中にヒットしたサイトはひと昔前のもの。でも、現代にして活かされる実録です。76.25円=ドル円の市場最安値はウソ!?(1) 1ドル=1円の日本はどんな時代?」がそれです。(写真8枚添付ファイ ル
 「新潟貯蓄銀行」の画像検索結果「新潟貯蓄銀行」の画像検索結果   関連画像「新潟貯蓄銀行」の画像検索結果
  「新潟貯蓄銀行」の画像検索結果 「新潟貯蓄銀行(現第四銀行)1915年」の画像検索結果    「新潟貯蓄銀行」の画像検索結果  「第四銀行本店」の画像検索結果
No.6012
日本人の容姿
紀伊民報「水鉄砲」2016.1.14.倫

ヨシダブログ:海 外生活7年のヨシダの胸の内に潜むテレビに観る日本人観にちょっと引っかかるものがあることからか、この記事にヒットして、しばらく考え込みました。本コ ラムで取り上げるべきか否か!?で、正直考え込みました。でも名前がユウキですから勇気を出して、歯に衣着せぬブログを決断(?大袈裟な!)しました▼誤 解を招来することも覚悟の上のブログを躊躇なく披瀝しつつ、本記事筆者の倫さんのご意見とオーバーラップすることをご容赦ください▼まずは、本記事に登場 するご人物の写真等を拾いながら本記事筆者・倫さんのホンネを探ります。冒頭の前田健太投手はヨシダの郷里広島が生んだカープ選手!錦織さんはCNNで時 おり目 にするテニス選手。いきなり歯に着せぬブログで恐縮ですが、日本のテレビで観る錦織さんと海外のテレビでスポット的に観る錦織さんとは、どうしたことか、 格差を感じます。身長などよりパワーが外国選手に比べると劣るって印象を受けるからです▼「素顔の日本人」を書いた元アルゼンチン大使の川崎一郎氏の写真 は随分と時間 をかけて検索しましたが見つかりません。ヨシダのホンネはその川崎さんこそが主人公足り得るからです。その理由は後述します▼海外生活7年にして感じるこ とは、在日中にヨシダが同胞人に対して抱いていた感覚と現在のそれとは大きな差異が生じてきていることが否定できません。外から観ると内から観るの差異で す。でも、どうやら外から観るほうが現実味が大と思考します▼ヨシダが海外から観る同胞のビヘイヴィア差異(日本人特有のモノ)は、「話すとき、歩く時の仕草や風情」です。そうだ、関連する記事&ヨシダブログがあるのです、先ずはその記事を添付してご参考に供します。「No.5919:超ヘタな英語でも海外で活躍できる人の仕事術DIAMOND Online2015.12.9.渡部 幹 [モナッシュ大学マレーシア校 准教授] )」がそれですが、ヨシダブログは同記事の数倍のボリュームを余儀なくしています。と、まあ、本記事でしたいヨシダブログは同記事ブログで換えさせていただきます。ヨシダの毒舌ブログはご容赦のほど。(写真9枚添付ファイ ル
       「前田健太投手」の画像検索結果「テニスの錦織圭選手」の画像検索結果「顔写真 シルエット」の画像検索結果「愛知外相」の画像検索結果「ケネディ米大使」の画像検索結果
     「河崎一郎」の画像検索結果  「河崎一郎元アルゼンチン大使の写真」の画像検索結果      「河崎一郎元アルゼンチン大使の写真」の画像検索結果              「河崎一郎元アルゼンチン大使の写真」の画像検索結果
(下段は元・アルゼンチン大使・川崎一郎氏の著書とその目次等。同氏の写真は見つかりません。)
 昨13日の記事3編を下記に掲載していましたが、本日14日の第一記事掲載(10:45)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。 

                「末尾の特別情報お知らせコーナー」
  以下のコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するもので して、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。なお、上掲のリンクをクリックすると、そ の下書き的なテーマや内容の一端が垣間見られます。

     人生第一、第二、第三、第四毛作を通じてヨシダが抱き続ける名格言
               
  ”財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上 
                             されど 財をなさずんば 事業保ち難く 
                             事業なくんば 人育ち難し”

    (中国唐代の大詩人・白楽天<
772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)>の言葉)  
                 
 (経営者時代からヨシダが愛した格言)          
                                    
                              白楽天・『晩笑堂竹荘畫傳』より         
 
人生第一、第二、第三毛作の通算62年間の経営者人生を通して好きな格言として愛唱してきている格言です。とりわけ、人生第ニ毛作時代 はトラック運送事業で「7社グループによる総合物流商社」体制を構築したなかで、米国から導入した「ジーバート自動車防錆処理事業(Ziebart Rust-proofing system)」が話題性を呼び、それが導火線みたいになって、運送業界関連紙・誌に加えて、一般のマスメディアにも結構取材を受けるなどしました。
  下記の写真は本誌にもヨシダの記事が多く登場したことから、請われてこのようなことになったものです。なにせ、毛書は我流もイイところで、人様にお見せす るには気恥ずかしさで一杯ですが、中身で勝負って気持ちで応じて出版されたものです。蛇足ですが、こんな調子の毛筆年賀状表書きを毎年4,5百枚書いたも のです。
 画面がちょっとボケていますが、下手くそでも言葉の意義を強調したいがために記録に取っていたものです。
白居易(はく きょい、772年(大暦7年) - 846年(会昌6年)字(あざな)を楽天と称した)は、中唐の詩人です。経営者としての存念を代弁して余りあることから、ご覧に入れる次第です。   
 なお、グーグル資料によると、
明治から昭和初期まで活躍した、医師であり政治家でもあった後藤新平氏は、自らが中心となって結成した、少年団日本連盟の副理事長 三島通陽氏に、こう言い遺したそうです。「よく聞け、金を残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ。よく覚えておけ」と。
 また、別の資料によると、以下のように言われたとの説もあります、と。「財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上なり されど財無くんば事業保ち難く、事業無くんば人育ち難し」・・・と。この名言の元祖が意外に知られていない感じです。   
 (追記)「・・・人を遺すは・・・」で、現在にして我ながら大きく自負できることを追記できるいことを誇りであり名誉と受けとめています。
 社名は伏せますが、ヨシダの離日直前までの16年間、各地で講演等コンサルティング活動を展開したなかで、東広島市の中堅運送会社とは初期の段階から16年間、東京の上場予定の老舗運送会社2社さんは9年間の離日までの最大のクライアントでした。
 「人を遺す」はすなわち
、 社員(人間)教育そのも。それを現在に至るも前出クライアントさんにご提供する栄に浴していることを大きな誇りとしています。前者に対することは、「毎月 の安全会議」に対する「ヨシダ・メッセージ」(A4板びっしり)の送付。後者に対することは、新入社員総合職に対するユニークはお手伝い。具体的には、拙 著「
トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊) 」を通読した後の「感想文(会社が提示された同著を巡る質問等に対する新入社員の感想文)」を受け取り、著者の立場でその行間を割って著者意見・感想等を付してリターンする、という仕組み。一人分の「感想&著者コメント」はA4板で10ページ近くに及びます。
 ・・・と、自称「人生第四毛作」を演じてはや、7年。にも関わらず、その延長線上にヨシダの経営者(即・教育者)としての役割を果たす機会を与えられているのです。そんなことから、この格言「財を遺すは・・・」も現在にして実践しているのが84歳超のヨシダです。この格言は奇しくもヨシダ生涯の格言足り得る次第です。
             
          http://www.a-bombsurvivor.com/contents/writing/writing_No.1/writing_No.1-11.jpg    
(お詫び:当該週間誌表紙画像は、くだんの格言文字がかつかつ読める程度に縮小したものです。ウェブサイト掲載時にはつつましく(?)もっと縮小したいのですが、肝心の下手くそな毛書字が読める程度に縮小したものです。)

 ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。 

                          2016年1月14日(木)
                           ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
                                           吉田祐起
                             (満84歳2ヶ月)  
                  (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)                                                                 yoshida@a-bombsurvivor.com
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