吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳3か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 


 この国フィリピンを終の棲家と定めて住み着いたのは2009年2月1日でした。

 数年間の自立単身生活を経て、ある縁を得て、現在ではフィリピン家族と共同生活を送っています。題して「相互扶助精神に基づ く運命共同体生活」がそれです。ヨシダの終生面倒見をかれらにしてもらうかわりに、皆さんには貧困から脱却してもらってお互いに幸せになりましょうという相互扶助の共同生活です。 

 ・・・ と、こんな生活設計を描いて現在に至るヨシダですが、ヨシダの義務は長生きすることにあると自覚しています。そのためには満40歳からある動機を得て始め て現在に至る自己流のストレッチング体操に一層の磨きをかけるなど、加えて長年に及ぶステッキ使用で肩にかかった重荷による肩こり解消に集中努力をして通 算8年。お陰で99.9%の達成振りです。でも、ちょっと真似のできない自助努力と自負します。

 肝心のボケ防止のための独特の手法を編み出したのが2012年3月のこと。題して「インタネット情報&ヨシダブログ」がそれです。詳細はクリックしてご覧くださいませんか?「こんなことをしているなんて、カッコいいボケ防止!」と自我自賛しています(笑)。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                                           English               
            2016年2月9日(火)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
   

  ヒロシマ・ヒバクシャのヨシダが発信する「オバマ米大統領の被爆市訪問」のこと
  フィリピンに来て間もない頃は2009年11月10日のこと。シンガポールで開催の APEC会議出席の前に東京に立ち寄られたオバマ大統領がNHK WORLDの記者の質問(今回の日本立ち寄りを機に、被爆市訪問の意図がありますか?) 対して答えられた言葉が鮮明です。"The schedules are too tight this time. However, I would like to have an honor of visiting some day during my Presidency."(今回はスケジュールが一杯でできないが、任期中の何時か訪問の栄に浴したい・・・)。その出来事を踏まえて即座に書いたのが、拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)です。クリックしてご覧ください。ヨシダはその後、その適切な訪問時期は、区切りイイ年次の「2010年ー65周年」として 公開書簡まで発表したものでした。しかし、それが実現しなかったことは、現在にして思うに、「2015年ー70周年」こそがベストな年次と提唱するに至り ました。
 ところが、8月に入ってもその気配は皆無。「2015年-70周年」に拘っていたヨシダは絶望と思いつめていたものの、考えてみれば 同大統領の任期は 2017年1月20日東部時間正午まで。とすれば、区切りは良いとは言えない「2016年ー71周年」になるのが精一杯。まいっか・・・と勝手に思ってい るところです。大統領任期中の「レガシー(遺産)づくり」としても、男の約束においても実現されるのがご本人のためだとさえ思うのがヨシダです。

 おって、ヒバクシャとして被害意識を強くする中で、オバマ米大統領が2011年の9.11の8周年記念式典(ペンタゴン)て遺族たちを前にスピーチした言葉の一節を下記に掲載します。「被害意識」が先行するヒバクシャのわれわれが共有すべき貴重な言葉と受けとめます。なお、この崇高なる大統領の言葉は"Ceremonies Mark 8th Anniversary of September 11 Terrorist Attacks"の中ほどに小さく載っていたもので、目立たないものです。中見出し付きもしくは、太文字表示されるべき価値あるものと考えます。
"Let us renew the true spirit of that day. Not the human capacity for evil but the human capacity for good - not the desire to destroy but the impulse to save and to serve and to build," あの日の真実の心を新たにしましょう。 悪に対する人類の能力としてでなく、善に対する人類の能力としてです。-破壊することへの欲望でなく、守り、奉仕し、建設するための推進力としてです。(オバマ米国大統領・翻訳;吉田祐起) 
            「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果         「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果
   (注:このトップコメントは2016年8月6日まで掲載します。しぶといでしょう、ヨシダは・・・笑)

                
                   ウィキペディアから拾った2月9日の「できごと」 
                           February 9 Events(英語版) 
                                   「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。★なおまた、「ウィキペディアのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・★なお、英語版の掲載は本家 米国が主体性であるにかんがみ、世界的視野からの「できごと」を知る意味で日本語版との重複は無論、除外してそのまま掲載しております。同英語版のリンク をクリックすると
日本語版には見られない内容豊かなコンテンツが目に付きます。
     12「Falstaff (opera), 1893」の画像検索結果関連画像「Falstaff (opera), 1893」の画像検索結果「Falstaff (opera), 1893」の画像検索結果「Falstaff (opera), 1893」の画像検索結果「Falstaff (opera), 1893」の画像検索結果「Falstaff (opera), 1893」の画像検索結果「Falstaff (opera), 1893」の画像検索結果関連画像「Falstaff (opera), 1893」の画像検索結果「Falstaff (opera), 1893」の画像検索結果「Falstaff (opera), 1893」の画像検索結果
        13「William G Morgan」の画像検索結果           「William G Morgan developed volleyball」の画像検索結果「William G Morgan」の画像検索結果   関連画像        関連画像「William G Morgan」の画像検索結果
      15    関連画像 「スヴァールバル条約」の画像検索結果  「スヴァールバル諸島」の画像検索結果   「スヴァールバル諸島」の画像検索結果    「スヴァールバル条約文書」の画像検索結果 「スヴァールバル条約文書」の画像検索結果     
     21関連画像「Joanne Woodward, first for walk of fame」の画像検索結果  「Joanne Woodward, first for walk of fame」の画像検索結果  関連画像「Joanne Woodward, first for walk of fame」の画像検索結果 「Joanne Woodward, first for walk of fame」の画像検索結果「Joanne Woodward, first for walk of fame」の画像検索結果「for walk of fame」の画像検索結果 「for walk of fame」の画像検索結果
     22「beatles at ed sullivan show」の画像検索結果関連画像「beatles at ed sullivan show」の画像検索結果「beatles at ed sullivan show」の画像検索結果    「beatles at ed sullivan show」の画像検索結果「beatles at ed sullivan show」の画像検索結果 「beatles at ed sullivan show」の画像検索結果「beatles at ed sullivan show」の画像検索結果  「ed sullivan show」の画像検索結果
  26「1972, started Wings」の画像検索結果    「1972, Sir James Paul McCartney, MBE, Hon RAM, FRCM started Wings」の画像検索結果    「1972, started Wings」の画像検索結果    「1972, started Wings」の画像検索結果          「1972, started Wings」の画像検索結果    「1972, started Wings」の画像検索結果           「1972, started Wings」の画像検索結果           「1972, started Wings」の画像検索結果
  27    「Soyuz 17 safe return」の画像検索結果     「Soyuz 17 safe return」の画像検索結果      関連画像  「Soyuz 17 safe return」の画像検索結果「Soyuz 17 safe return」の画像検索結果            「Soyuz 17 safe return」の画像検索結果「Soyuz 17 safe return」の画像検索結果
  28「日本航空350便墜落事故」の画像検索結果「日本航空350便墜落事故」の画像検索結果「日本航空350便墜落事故」の画像検索結果「日本航空350便墜落事故」の画像検索結果「日本航空350便墜落事故」の画像検索結果「日本航空350便墜落事故」の画像検索結果「日本航空350便墜落事故」の画像検索結果34「2001, the ehime-maru crashed with us submarine」の画像検索結果「2001, the ehime-maru crashed with us submarine」の画像検索結果
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                      34 「ウィリアム・ヘンリー・ハリソン」の画像検索結果「アブデュルアズィズ、オスマン帝国第32代皇帝」の画像検索結果「夏目漱石」の画像検索結果 「アルバン・ベルク」の画像検索結果 「土田麦僊」の画像検索結果「ロナルド・コールマン」の画像検索結果「八木重吉八」の画像検索結果「双葉山定次」の画像検索結果「市川春代」の画像検索結果関連画像「伊集院静」の画像検索結果
(1)249年 - アレクサンドリアアポロニア殉教
(2)474年 - ゼノン東ローマ皇帝に即位。
1555Bishop of Gloucester John Hooper is burned at the stake.
(3)1588年天正16年1月13日) - 室町幕府最後の将軍足利義昭が官職を辞して准三宮の待遇を受ける(この日をもって室町幕府が滅亡したとする説もある)。
(4)1598年慶長3年1月4日) - 慶長の役蔚山城の戦い(一次):蔚山城で籠城中の加藤清正浅野幸長らが、朝鮮軍による最後の攻撃を撃退。撤退を開始した明・朝鮮軍を援軍の毛利秀元らが追撃する。
(5)1621年 - グレゴリウス15世ローマ教皇に即位。
1654 – The Capture of Fort Rocher takes place during the Anglo-Spanish War.
1775American Revolutionary War: The British Parliament declares Massachusetts in rebellion.
1788 – The Habsburg Empire joins the Russo-Turkish War in the Russian camp.
(6)1801年寛政12年12月26日) - 伊能忠敬が日本初の実測地図とされる、蝦夷南東海岸と奥州街道の略地図を江戸幕府に上呈する。
(7)1825年 - 1824年アメリカ合衆国大統領選挙: 選挙結果のもつれこみにより最終的にアメリカ合衆国下院ジョン・クィンシー・アダムズ大統領に選出。
(8)1849年 - ローマ共和国が建国。
(9)1860年安政7年1月18日) - 日米修好通商条約批准書交換のため新見正興を正使とする遣米使節団浦賀を出港。
(10)1861年 - 南北戦争: ジェファーソン・デイヴィスアメリカ連合国の暫定大統領に指名。
(11)1870年 - アメリカ国立気象局が創設。
1889 – US president Grover Cleveland signs a bill elevating the United States Department of Agriculture to a Cabinet-level agency.
(12)1893年 - ジュゼッペ・ヴェルディの歌劇『ファルスタッフ』がミラノで初演。
(13)1895年 - アメリカ合衆国の体育教師・ウィリアム・G・モーガンバレーボールを考案。
(14)1900年 - ドワイト・デービスハーバード大学テニスクラブのメンバーがインターナショナル・ローンテニス・チャレンジ(後のデビスカップ)を創設。
1904Russo-Japanese War: Battle of Port Arthur concludes.
1913 – A group of meteors is visible across much of the eastern seaboard of North and South America, leading astronomers to conclude the source had been a small, short-lived natural satellite of the Earth.
(15)1920年 - スヴァールバル条約締結。
1922Brazil becomes a member of the Berne Convention copyright treaty.
(16)1932年 - 井上準之助蔵相が失政を問われて血盟団員小沼正により射殺される。(血盟団事件
(17)1934年 - トルコギリシアルーマニアユーゴスラビアの4国によるバルカン協商英語版が成立。
(18)
1936年 - 名古屋・鳴海球場で日本初のプロ野球試合・巨人金鯱が開催。
1942World War II: Top United States military leaders hold their first formal meeting to discuss American military strategy in the war.
・1942 – Year-round
Daylight saving time is re-instated in the United States as a wartime measure to help conserve energy resources.
1943 – World War II: Allied authorities declare Guadalcanal secure after Imperial Japan evacuates its remaining forces from the island, ending the Battle of Guadalcanal.
1945 – World War II: The Battle of the Atlantic: HMS Venturer sinks U-864 off the coast of Fedje, Norway, in a rare instance of submarine-to-submarine combat.
・1945 – World War II: A force of
Allied aircraft unsuccessfully attacked a German destroyer in Førdefjorden, Norway.
(19)1950年 - ジョセフ・マッカーシー米上院議員が国務省共産党員が在籍していると演説。(マッカーシズム
(20)1951年 - 日本青年会議所設立。
1951Korean War: Geochang massacre.
1959 – The R-7 Semyorka, the first intercontinental ballistic missile, becomes operational at Plesetsk, USSR.
(21)1960年 - ジョアン・ウッドワードハリウッド・ウォーク・オブ・フェーム(ハリウッド名声の歩道)認定第1号となる。
(22)1964年 - ビートルズが『エド・サリヴァン・ショー』に初出演。
1965Vietnam War: The first United States troops with a combat mission, a Marine Corps Hawk air defense missile battalion, are sent to South Vietnam.
(23)1967年 - インドネシア国会がスカルノ大統領の解任を決議。
(24)1969年 - ボーイング747(ジャンボジェット)が初飛行。
(25)1971年 - アポロ14号が地球に帰還。
1971 – The Sylmar earthquake hits the San Fernando Valley area of California.
・1971 –
Satchel Paige becomes the first Negro League player to be voted into the USA's Baseball Hall of Fame.
(26)1972年 - ポール・マッカートニーらが結成したバンド「ウイングス」が初公演。
(27)1975年 - ソユーズ17号が地球に帰還。宇宙滞在時間の最長記録を29日間に更新。
(28)1982年 - 日本航空350便墜落事故。機長が心神喪失により故意に引き起こされた事故と判明。
(29)1986年 - ハレー彗星1910年11月30日以来最接近。
(30)1987年 - 2年前に民営化したNTT株が株式公開。2か月後に史上最高値の318万円まで高騰。
(31)1991年 - 福井県関西電力美浜原子力発電所原子炉が自動停止する事故が発生。
(32)1991年 - リトアニア独立の是非を問う国民投票が実施され、賛成票が9割を上回る。
(33)1994年 - 高橋久子・元労働省婦人少年局長が史上初の女性最高裁判事に就任。
1996 – The Provisional Irish Republican Army declares the end to its 18-month ceasefire and explodes a large bomb in London's Canary Wharf.
2001 – The American submarine USS Greeneville accidentally strikes and sinks the Ehime-Maru, a Japanese training vessel operated by the Uwajima Fishery High School.
(34)2001年 - えひめ丸事故。ハワイ沖で愛媛県立宇和島水産高等学校の実習船「えひめ丸」が米海軍の原子力潜水艦グリーンヴィルと衝突して沈没、9人が行方不明に。(現地時間。日本時間では翌日
(35)2009年 - 中央電視台電視文化センター火災
2013 – A 6.9 magnitude earthquake strikes southwest Colombia causing major disruption to the region and injuring at least 15 people.
(36)2014年 - 2014年東京都知事選挙の投開票が行われ、舛添要一が当選。
(37)ヨシダが選んだ著名人の誕生日; ウィリアム・ヘンリー・ハリソン (1773)、 アブデュルアズィズオスマン帝国第32代皇帝 (1830)、 夏目漱石 (1867) アルバン・ベルク (1885)、 土田麦僊(1887)、 (1921)、 ロナルド・コールマン (1891) 八木重吉八木重吉(1898) 双葉山定次 (1912)、 市川春代 (1913)、  (1944)、 ハナ肇(1930)、 伊集院静(1950)  

                           インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 

ただ今、 6090編です。   
昨日2月8日最終のトップページ
編集者のダイアリー・コナー

 「2月9日のできごと」でヨシダが特に関心を強くするのは、「(34)2001年 - えひめ丸事故。ハワイ沖で愛媛県立宇和島水産高等学校の実習船「えひめ丸」が米海軍の原子力潜水艦グリーンヴィルと衝突して沈没、9人が行方不明に。(現地時間。日本時間では翌日)」です。米潜水艦の「緊急浮上訓練」の写真で観てゾッとします。当時、ハワイの従姉妹とそのことをメール情報交換したのを想起します。
 本日トップバッター記事は、何時ものことながら、傍らのXPが受信したメルマガからのもの。「No.6088:サウジ王家で「仁義なき」内紛勃発。米CIAも関与か?MAG2 NEWS2016.2.9.国際情勢解説者:田中宇)」がそれです。ヨシダブログでは滅多に体験できない石油国のお偉いさんとの接点エピソードに言及しています。(10:45)
 皮肉たっぷりのヨシダブログは「No.6089:沖縄・宜野湾市長選 普天間の行方毎日新聞「記者の目」2016.2.9.佐藤敬一(那覇支局))」 でご覧ください。ちなみに、この毎日新聞記事は有料会員でないと全文が開けません。海外居住者の立場ゆえに敬遠余儀なくしているのが手続き上の問題。で も、受信した毎日新聞メルマガでクリックすると開けました。ところが、一旦開いて閉じると再度は開けません。そこでやったことは片方のXPで同じことを やってゲットしたことです。2台のパソコンの有効活用で何とか仕上げました。これって、ヨシダ式生活の知恵ってところです(笑)。(12:15)
 「No.6090高齢者は適当な時に死ぬべきなのか?DIAMOND Online2016.2.9.竹井善昭 [株式会社ソーシャルプランニング代表])」 のヨシダブログは長過ぎる!という陰のブログを気にしながら編集しました。なにせ、当方84歳なかんずく、60余年の経営者人生体験者ともなればイロイロ な出来事やヒトとの出会いが豊富です。編集者の立場と心境に免じて長文ブログにご寛容のほど。なお、本日の作業はこれにて終了とし、早めの日付変更に入り ます。ちなみに、本トップサイトの現在の編集容量は「925KB」で、制限の「1MB(1000KB)」に一歩手前です。ヒヤヒヤです。(18:10)



No.6090
高齢者は適当な時に死ぬべきなのか?
DIAMOND Online2016.2.9.竹井善昭 [株式会社ソーシャルプランニング代表]

ヨシダブログ:いきなり、「高 齢者は適当な時に死ぬべきなのか?」とくると、「障害者は(も)・・・!?」と受けとめたら後者当該者の立場にあるヨシダの僻みみたいですが、率直な感想 をブログする価値ありと判断します▼本記事筆者・竹井善昭さんのご母堂さまのケース(延命配管を外すことを告げた時にご母堂が涙を流して喜ばれたこと)に みるように当事者にとっては無用の延命策は望むものではないということだと想像します。周囲の者たちのエゴ足り得るとも言えるかもしれません。無駄・無 用・過度のケアは親孝行ぶりのデモンストレーションとさえ言えるかもしれません▼102歳を生き抜いたヨシダのお袋の平素の口癖は、「永く生き過ぎたわ い・・・」でした▼記事中にある曽根綾子さんの弁「高齢者は適当な時に死ぬ義務を忘れてしまってはいませんか?」は言い得て妙なるものがありますが、その 真意を弁えずに、当事者たる延命装置で生きる生かされることは当事者にとっては苦痛そのものと想像します▼「中見出し」、■「人は平等に命を救うべき」  それは絶対的な正義なのか?、■「社会に貢献していない人たち」という誤解、■「覚悟」をまっとうする最期を迎えるということ・・・続きます▼蛇足のブロ グを一つお許しのほど。曽野綾子さんにはご縁をいただくヨシダです。ほかでもありません、人生第三毛作時代はトラック運送事業経営者時代のこと。業界新聞 募集の懸賞論文に応募して「上位優秀作3作のトップ」に選ばれたこと。「最優秀作品該当作なし」がその背景。厚かましくその時の同紙の発表記事コピーを添 付資料の末尾に加えさせていただきました。コピー具合不良でよく見えませんが「優秀作3編のトップ」にヨシダの名前が載りました。題して、「ハングリー精 神   あるビジネスチャンスへの遭遇」(物流ニッポン新聞主催「チャレンジ物流」応募作品「筆頭優秀作品」)がそれでした。「7社グループによる総合物流体制構 築」といったカッコつけた背景を文章化したモノでした(笑)▼じつは、その時の審査員がほかならぬ、曽野綾子さんと藤本義一さん(故人)でした。表彰式 パーティーは米国滞在中で専 務を代理出席させたのですが、同専務曰く、「社長が出席していたらステキな晴れの舞台だったでしょうに・・・」と。当時の運輸大臣は石原慎太郎さん。ご両 者を前にカッコいい演出をしただろうに・・・とはヨシダの勝手な想い出です▼後年のこと、ヨシダが会長を務めていた組織主催の講演会で藤本義一さんを講師 に招き、パーティーで並んで懇談した折にそのことを話しました。??と暫く考え込まれた後で、大きく頷きながらしげしげとヨシダの顔を見つめられたのを想 起します▼おっと、曽野綾子さんはヨシダとは2ヶ月弱のお姉さんのご年配!ご健勝のほど!厚かましくヨシダの写真も加えました。編集者の権限の名におい て・・・(笑)。写真6枚添付ファイル
 「週刊ポスト2月12日号「曽野綾子」」の画像検索結果 「週刊ポスト2月12日号「曽野綾子」」の画像検索結果 「週刊ポスト2月12日号「曽野綾子」」の画像検索結果「垣内俊哉著書」の画像検索結果「垣内俊哉著書」の画像検索結果 http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg
No.6089
沖縄・宜野湾市長選 普天間の行方
毎日新聞「記者の目」2016.2.9.佐藤敬一(那覇支局)
ヨシダブログ:複 雑な問題を抱える沖縄なかんずく、その米軍基地問題を巡る論議はヨシダの到底判断しかねる分野。でも、本記事にみる意見は説得力充分なものを痛感します▼ 長文の説得力ある記事内容ですが、末尾の言葉がいみじくも的確に言い当てていることを痛感します。曰く、「1996年4月の日米両政府による普天間飛行場 の返還合意から間もなく20年がたつ。この間、沖縄は選挙の度に分断を強いられてきた。本当に辺野古が唯 一の解決策なのか。政府、そして本土で暮らす人たちは、過重な負担を押し付けられた下で常に選択を迫られる沖縄の不条理に目を向け、「沖縄にのみ負担を強 いる日米安保体制は正常といえるのか」という問いかけに答えなくてはならない。」▼「中見出し」は、■「民意変化」と見誤るな、■県内移設でなく、早期返 還の支持 、■選挙の度に分断 悩みながら投票・・・と続きます▼国際政治オンチみたいなヨシダの想像をひとつ。万一、日本が、米国が沖縄米軍基地を失ったら・・・ というゾッとするような結果。中国の尖閣諸島領海侵犯にせよ、北朝鮮の動向にせよ、「地政学的」にも沖縄基地が無かったら、日本は裸同然の無防備状態にす らなりかねないという想 像も出てきます。本記事筆者の弁通り、沖縄対本土のニッポン人同士が選択を迫られることもあると感じます▼それにしてですが、地元沖縄の2紙がこのところ 全くこの種の論を記事 に出しません。出したくても出ない、出せない、ネタ不足?論理不在?と皮肉るのがヨシダ。その背景には両紙とも共産系であるということ?・・・。
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No.6088
サウジ王家で「仁義なき」内紛勃発。米CIAも関与か?
MAG2 NEWS2016.2.9.国際情勢解説者:田中宇
ヨシダブログ:冒 頭の言葉は、「サウジアラビアで、皇太子と副皇太子による権力闘争・・・各国メディアは「皇太子は有能」で、「副皇太子は無能」とバッサリ切り捨 て・・・」とあります。地下資源の石油で成り立つ王家だけに、ドロドロした中身は想像に難くないとも言えるでしょう。本記事筆者の田中 学」さんに最大の敬意を表しながら編集しました。未 熟なヨシダブログなんて、おおよそ不釣合いだとを自覚しつつ、です▼そうだ、石油立国と言えば想い出すことがあります。アブダビ国のこと。ヨシダの実弟 (故人)が同国のアブダビ石油に出向していた時代のこと。国際電話がかかり、「兄ちゃん、オタイバ 石油大臣が広島へ行くから会ってやって・・・」と。広島国際ホテルのロビーで長時間話し込みました。身に着けた時計やネック・ブレイス・イヤ等の装飾品は ゴールド&ゴールド・・・。手にした大きなゴールドの数珠みたいなものを弄びながら言いました。「・・・日本人の皆さんは悩み多き国民ですね~・・・」 と。瞬時に言い返してやりました。「お国柄みたいに地下資源をジャンジャン汲み出しさえすれば国が国民が成り立つお国柄とは全く異なりますからね・・・」 と。彼は絶句しました。その夜は大臣でなく、お付の者を日本料理店に接待。ピクピク動く活きづくり魚をみて肩をシュリンクしながら、「オー!ノー!」と。 後日のこと、弟に電話でそのことを話したら彼曰く、「とんでもない!彼は女たらしの標本みたいな人物!」と・・・。他愛もないブログになってシツレイしま した▼なお、本記事は長文 かつ、内容が複雑ですので(傍線引用:吉田祐起)で編集しました。(写真28枚添付ファイル
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 昨日8日の記事1編を下記に掲載していましたが、本日9日の第一記事掲載(10:30)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。 

                 「末尾の特別情報お知らせコーナー」
  以下のコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するもので して、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。なお、上掲のリンクをクリックすると、そ の下書き的なテーマや内容の一端が垣間見られます。

             自然に到達した「自利から他利」の実践とその心
 このコラムはちょっとばかり長文ですので、ご興味のある方に限って上掲をクリックしてご覧ください。下記はその関係資料です。
 
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   ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。 

                        2016年2月9日(火)
                          ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
                                             吉田祐起
                             (満84歳3ヶ月)  
                  (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)                                                           yoshida@a-bombsurvivor.com
                           URL(eng): http://www.a-bombsurvivor.com
            URL(jpn): http://www.a-bombsurvivor.com/index_japanese.html