吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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     吉田祐起(Yuuki Yoshida) (満84歳2か月) 
   "生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

  原爆証言者・吉田祐起の被爆現場証拠写真です。
 「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル別館」の画像検索結果
 2016年2月14日(日)午前3時頃のこと。ふと目覚めて色んなことに想いを巡らすなかで思いついたこと。それは被爆で九死に一生を得たという表現を 辞さない私の生々しい体験の場をこのサイトに再現することでした。ガバッと起きてデスクに向かいグーグルで関連写真を検索しました!ゲットしたのが上掲の 写真です。
 当時の私は学徒動員で広島電鉄本社電気課勤務でした。足が不自由なことからの事務所勤務。他の級友たちは電車・バスの修理工場配属でした。左端の写真看 板は現在の本社別館(右2枚の3階ビル)の前に設置されている半倒壊したビル画面と日英語説明文看板。2番目の白黒写真はその生々しい倒壊した建物コー ナーの写真です!
 朝礼を終えてビッコを引きながら薄暗い廊下伝いに電気課事務所に向かっていた瞬間の「ヒカ!ドン!」でした。あっという間に下敷きになりました。数秒の 差で倒壊を免れた同課オフィスに辿り着いていたと、今更の如く想起し、感無量です。真っ暗なビルの下敷きで手を合わせて死を覚悟しました。ふと、頭上にほ のかな明かりが眼に入り、無我夢中で瓦礫をよじ登りました。子供心に想起することに倒壊した建物のてっ辺に這い出た時の印象は「下界を見下ろす」って位 置。顔面に吹き出る血をみて、「母ちゃ~ん!血が出ているよう~!」と泣きました。倒壊したあの建物の下敷きのわが姿を生々しく再現再確認する次第です。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                          English               
                2015年2月27日(土)
        
   
                            コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
 

      ヒロシマ・ヒバクシャのヨシダが発信する「オバマ米大統領の被爆市訪問」のこと
  フィリピンに来て間もない頃は2009年11月10日のこと。シンガポールで開催の APEC会議出席の前に東京に立ち寄られたオバマ大統領がNHK WORLDの記者の質問(今回の日本立ち寄りを機に、被爆市訪問の意図がありますか?) 対して答えられた言葉が鮮明です。"The schedules are too tight this time. However, I would like to have an honor of visiting some day during my Presidency."(今回はスケジュールが一杯でできないが、任期中の何時か訪問の栄に浴したい・・・)。その出来事を踏まえて即座に書いたのが、拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)です。クリックしてご覧ください。ヨシダはその後、その適切な訪問時期は、区切りイイ年次の「2010年ー65周年」として 公開書簡まで発表したものでした。しかし、それが実現しなかったことは、現在にして思うに、「2015年ー70周年」こそがベストな年次と提唱するに至り ました。
 ところが、8月に入ってもその気配は皆無。「2015年-70周年」に拘っていたヨシダは絶望と思いつめていたものの、考えてみれば 同大統領の任期は 2017年1月20日東部時間正午まで。とすれば、区切りは良いとは言えない「2016年ー71周年」になるのが精一杯。まいっか・・・と勝手に思ってい るところです。大統領任期中の「レガシー(遺産)づくり」としても、男の約束においても実現されるのがご本人のためだとさえ思うのがヨシダです。

 おって、ヒバクシャとして被害意識を強くする中で、オバマ米大統領が2011年の9.11の8周年記念式典(ペンタゴン)て遺族たちを前にスピーチした言葉の一節を下記に掲載します。「被害意識」が先行するヒバクシャのわれわれが共有すべき貴重な言葉と受けとめます。なお、この崇高なる大統領の言葉は"Ceremonies Mark 8th Anniversary of September 11 Terrorist Attacks"の中ほどに小さく載っていたもので、目立たないものです。中見出し付きもしくは、太文字表示されるべき価値あるものと考えます。
"Let us renew the true spirit of that day. Not the human capacity for evil but the human capacity for good - not the desire to destroy but the impulse to save and to serve and to build," あの日の真実の心を新たにしましょう。 悪に対する人類の能力としてでなく、善に対する人類の能力としてです。-破壊することへの欲望でなく、守り、奉仕し、建設するための推進力としてです。(オバマ米国大統領・翻訳;吉田祐起) 
            「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果         「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果
   (注:このトップコメントは2016年8月6日まで掲載します。しぶといでしょう、ヨシダは・・・笑)

                
                  ウィキペディアから拾った2月27日の「できごと」 
                              February 27, Events(英語版) 
                             「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。★なおまた、「ウィキペディアのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・。なお、英語版の掲載は本家 米国が主体性であるにかんがみ、世界的視野からの「できごと」を知る意味で日本語版との重複は無論、除外してそのまま掲載しております。同英語版のリンク をクリックすると日本語版には見られない内容豊かなコンテンツが目に付きます。

   7「1870年日本の日の丸の旗」の画像検索結果「1870年日本の日の丸の旗」の画像検索結果「1870年日本の日の丸の旗」の画像検索結果「1870年日の丸旗」の画像検索結果関連画像   関連画像
               9 「日本と李氏朝鮮が日朝修好条規1876年」の画像検索結果   「日本と李氏朝鮮が日朝修好条規1876年」の画像検索結果  「日本と李氏朝鮮が日朝修好条規1876年」の画像検索結果「日本と李氏朝鮮が日朝修好条規1876年」の画像検索結果  「日本と李氏朝鮮が日朝修好条規1876年」の画像検索結果 「日朝修好条規1876年条約書」の画像検索結果
      12   「Fußball-Club Bayern München e.V. 1900」の画像検索結果 「Fußball-Club Bayern München e.V. 1900」の画像検索結果   「Fußball-Club Bayern München e.V. 1900」の画像検索結果          関連画像   「Fußball-Club Bayern München e.V. 1900」の画像検索結果     「logo, Fußball-Club Bayern München e.V. 1900」の画像検索結果
    16 「1936年 - 二・二六事件で東京市に戒厳令発令」の画像検索結果  「1936年 - 二・二六事件で東京市に戒厳令発令」の画像検索結果  「1936年 - 二・二六事件で東京市に戒厳令発令」の画像検索結果   「1936年 - 二・二六事件で東京市に戒厳令発令」の画像検索結果「1936年 - 二・二六事件で東京市に戒厳令発令」の画像検索結果「1936年 - 二・二六事件で東京市に戒厳令発令」の画像検索結果「1936年 - 二・二六事件で東京市に戒厳令発令」の画像検索結果

     20「Amendment XXII」の画像検索結果「Amendment XXII」の画像検索結果「Amendment XXII」の画像検索結果「Amendment XXII」の画像検索結果24「1966年 - 日本大学理工学部が制作した人力飛行機「リネットI」が日本初となる人力飛行に成功。」の画像検索結果    関連画像「加藤隆士」の画像検索結果
    25「Shanghai Communiqué」の画像検索結果「Shanghai Communiqué」の画像検索結果「Shanghai Communiqué」の画像検索結果「Shanghai Communiqué」の画像検索結果   「Shanghai Communiqué」の画像検索結果 「Shanghai Communiqué, newspaper articles」の画像検索結果
       33「)2010年 - チリ地震」の画像検索結果「)2010年 - チリ地震」の画像検索結果「)2010年 - チリ地震」の画像検索結果 「)2010年 - チリ地震」の画像検索結果   「)2010年 - チリ地震」の画像検索結果  「)2010年 - チリ地震」の画像検索結果 
                   「)2010年 - チリ地震」の画像検索結果 「)2010年 - チリ地震」の画像検索結果  「)2010年 - チリ地震」の画像検索結果 「)2010年 - チリ地震」の画像検索結果 「)2010年 - チリ地震」の画像検索結果「)2010年 - チリ地震」の画像検索結果

                  35「コンスタンティヌス1世」の画像検索結果「ヴィルヘルム・ペッテション=ベリエル」の画像検索結果「宮城山福松」の画像検索結果 「ジョン・スタインベック」の画像検索結果   「長谷川一夫」の画像検索結果「ジョーン・ベネット」の画像検索結果「栗栖弘臣」の画像検索結果「豊田章一郎」の画像検索結果「エリザベス・テイラー」の画像検索結果    「ラルフ・ネーダー」の画像検索結果
380Edict of Thessalonica: Emperor Theodosius I, with co-emperors Gratian and Valentinian II, declare their wish that all Roman citizens convert to trinitarian Christianity.
425 – The University of Constantinople is founded by Emperor Theodosius II at the urging of his wife Aelia Eudocia.
907 – Abaoji, a Khitan chieftain, is enthroned as Emperor Taizu, establishing the Liao dynasty in northern China.
1560 – The Treaty of Berwick, which would expel the French from Scotland, is signed by England and the Lords of the Congregation of Scotland.
(1)1593年文禄2年/万暦21年1月26日) - 碧蹄館の戦い
(2)1594年 - フランスアンリ4世が戴冠。
1617 – Sweden and Russia sign the Treaty of Stolbovo, ending the Ingrian War and shutting Russia out of the Baltic Sea.
1626Yuan Chonghuan is appointed Governor of Liaodong, after he led the Chinese into a great victory against the Manchurians under Nurhaci.
3)1700年 - ウィリアム・ダンピアニューブリテン島にヨーロッパ人で初めて到達。
1776American Revolutionary War: The Battle of Moore's Creek Bridge in North Carolina breaks up a Loyalist militia.
1782 – American Revolutionary War: The House of Commons of Great Britain votes against further war in America.
1801 – Pursuant to the District of Columbia Organic Act of 1801, Washington, D.C. is placed under the jurisdiction of the U.S. Congress.
1809Action of 27 February 1809: Captain Bernard Dubourdieu captures HMS Proserpine.
1812Argentine War of Independence: Manuel Belgrano raises the Flag of Argentina in the city of Rosario for the first time.
・1812 – Poet
Lord Byron gives his first address as a member of the House of Lords, in defense of Luddite violence against Industrialism in his home county of Nottinghamshire.
(4)1814年 - ベートーヴェン交響曲第8番が初演。
1829Battle of Tarqui is fought.
(5)1844年 - ドミニカ共和国ハイチから独立。
1860Abraham Lincoln makes a speech at Cooper Union in the city of New York that is largely responsible for his election to the Presidency.
1861Russian troops fire on a crowd in Warsaw protesting against Russian rule over Poland, killing five protesters.
1864American Civil War: The first Northern prisoners arrive at the Confederate prison at Andersonville, Georgia.
(6)1868年 - ベンジャミン・ディズレーリがイギリスの40代首相に就任。
(7)1870年明治3年1月27日) - 太政官が「蒸気郵船規則」と「商船規則」を布告。日本の商船は日章旗を掲揚することとし、その規格を定める。
(8)1875年 - 日本初の近代的植物園小石川植物園が開園。
(9)1876年高宗13年2月3日) - 日本と李氏朝鮮が日朝修好条規に調印。
(10)1879年 - コンスタンチン・ファールバーグがサッカリンを合成。
1881First Boer War: The Battle of Majuba Hill takes place.
1898 – King George I of Greece survives an assassination attempt.
1900Second Boer War: In South Africa, British military leaders receive an unconditional notice of surrender from Boer General Piet Cronjé at the Battle of Paardeberg.
(12)1900年 - ブンデスリーガFCバイエルン・ミュンヘン創設。
1902Second Boer War: Australian soldiers Harry 'Breaker' Morant and Peter Handcock are executed in Pretoria for war crimes.
(13)1920年 - ドイツでロベルト・ヴィーネ監督の映画『カリガリ博士』が公開。
1922 – A challenge to the Nineteenth Amendment to the United States Constitution, allowing women the right to vote, is rebuffed by the Supreme Court of the United States in Leser v. Garnett.
(14)1921年 - 第二半インターナショナル(ウィーン・インターナショナル)創設。
(15)1933年 - ドイツ国会議事堂放火事件が発生。
(16)1936年 - 二・二六事件東京市に戒厳令発令。
(17)1939年 - イギリス・フランスがスペインフランコ政権を承認。
1939United States labor law: The U.S. Supreme Court rules that sit-down strikes violate property owners' rights and are therefore illegal.
1940Martin Kamen and Sam Ruben discover carbon-14.
(18)1942年 - 第二次世界大戦南方作戦: スラバヤ沖海戦日本海軍連合軍艦隊に勝利する。
1943 – The Smith Mine #3 in Bearcreek, Montana, explodes, killing 74 men.
・1943 – The
Rosenstrasse protest starts in Berlin.
(19)1949年 - 国宝の松山城の一部が放火により焼失。
(20)1951年 - アメリカ合衆国憲法修正第22条の批准が成立。
(21)1955年 - 第27回衆議院議員総選挙NHKテレビが総選挙では初の開票速報を放送。
1955Soviet Union regional elections, 1955.
1961 – The first congress of the Spanish Trade Union Organisation is inaugurated.
1962 – Two dissident Vietnam Air Force pilots bomb the Independence Palace in Saigon in a failed attempt to assassinate South Vietnam President Ngô Đình Diệm
1963 – The Dominican Republic receives its first democratically elected president, Juan Bosch, since the end of the dictatorship led by Rafael Trujillo.
1964 – The Government of Italy asks for help to keep the Leaning Tower of Pisa from toppling over.
(22)1964年 - 富士航空機墜落事故
(23)1966年 - 春闘共闘委員会主催による第1回物価メーデー開催。
(24)1966年 - 日本大学理工学部が制作した人力飛行機「リネットI」が日本初となる人力飛行に成功。
1971 – Doctors in the first Dutch abortion clinic (the Mildredhuis in Arnhem) start to perform aborti provocati.
(25)1972年 - ニクソン大統領の中国訪問: リチャード・ニクソン米大統領が国交正常化の共同声明(上海コミュニケ英語版)を発表。中華人民共和国を事実上承認
1973 – The American Indian Movement (AIM) occupies Wounded Knee, South Dakota.
(26)1976年 - 旧スペイン領サハラポリサリオ戦線が「サハラ・アラブ民主共和国」として独立を宣言。
(27)1980年 - 駐コロンビアドミニカ共和国大使館ゲリラに占拠され、米国エジプト大使ら52人が人質となる。
(28)1981年 - トヨタ自動車、スポーツクーペソアラ」を発売[1]
(29)1985年 - 田中角栄元首相が脳梗塞で入院。事実上政界から引退。
1986 – The United States Senate allows its debates to be televised on a trial basis
1988Sumgait pogrom: The Armenian community of Sumgait in Azerbaijan is targeted in a violent massacre.
1989Venezuela is rocked by the Caracazo riots.
1991Gulf War: U.S. President George H. W. Bush announces that "Kuwait is liberated".
1995Zakho: A terrorist explosion in a market in the city of Zakho leaves about 100 dead and 150 wounded.
(30)1996年 - 任天堂が、ポケットモンスターシリーズの第1作となるゲームボーイ向けゲームソフト『ポケットモンスター 赤・緑』を発売。
2002Ryanair Flight 296 catches fire at London Stansted Airport. Subsequent investigations criticize Ryanair's handling of the evacuation.
・2002 –
Godhra train burning: A Muslim mob torches a train returning from Ayodhya, killing 59 Hindu pilgrims.
2004 – A bombing of a Superferry by Abu Sayyaf in the Philippines' worst terrorist attack kills 116.
・2004 – The initial version of the
John Jay Report, with details about the Catholic sexual abuse scandal in the United States, is released.
(31)2005年 - 東北新幹線八甲田トンネルが貫通。
(32)2006年 - 熊本県合志市が市制施行。
2007The Chinese Correction: The Shanghai Stock Exchange falls 9%, the largest drop in ten years.
(33)2010年 - チリ地震。チリでは1960年に発生した地震以降の最も大きな地震。
(34)2012年 - 日本唯一のDRAMメーカー、エルピーダメモリが会社更生法の適用を申請。
2012 – A section of a nine-story apartment building in the city of Astrakhan, Russia, collapses in a natural gas explosion, killing ten people and injuring at least 12 others.
2013 – At least 19 people are killed when a fire breaks out at an illegal market in Kolkata, India.
・2013 – Five people (including the perpetrator) are killed and five others injured in a
shooting at a factory in Menznau, Switzerland.
2015 – A gunman kills seven people then himself in a series of shootings in Tyrone, Missouri.
(35)ヨシダが選んだ著名人の誕生日;  コンスタンティヌス1世 (272)、 ヴィルヘルム・ペッテション=ベリエル(1867)、 宮城山福松(1895)、  ジョン・スタインベック  (1902)、 長谷川一夫  (1908)、   ジョーン・ベネット(1910)、 栗栖弘臣(1920)、 豊田章一郎(1925)、 エリザベス・テーラー (1932)、 ラルフ・ネーダー(1934)

                           インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 

ただ今、 6134編です。  
2016年2月27日(土)掲載分
昨日2月26最終のトップページ
編集者のダイアリー・コナー

 「2月27日のできごと関してヨシダが特に関心を抱くのは・・・と、(16)1936年 - 二・二六事件東京市に 戒厳令発令」・・・あれ?2.26事件は昨日26だったけど?・・・と、よくみると「」戒厳令発令」でした・・・事件発生は26日で戒厳令発令が翌日27 日ということ!似たようなできごと表現に時おり、あれ?数日前に掲載したけど・・・と訝りながら編集することがあるのですが、この種の差異。今後は気をつ けて編集します(笑)。もうひとつは、「(25)1972年 - ニクソン大統領の中国訪問: リチャード・ニクソン米大統領が国交正常化の共同声明(上海コミュニケ英語版)を発表。中華人民共和国を事実上承認」ですが、劇的かつ電撃的な対中国外交をやってのけたニクソン大統領ですが、ホワイトハウスのウォーターゲート事件で2年後の1974年 に辞職に追い込まれ、任期中に辞任した唯一のアメリカ大統領となり ました★ニクソンさんには想い出を抱くヨシダです。副大統領時代でペプシコーラ副社長時代のこと。当時のヨシダはトラック運送事業経営者。得意先のペプシ コーラ・ボトラーの工場が広島市に完成した時のパーティーにお出でになりました。厚かましく近寄って言いました。「Mr. Vice President, I am a Hiroshima A-bomb survivor...」と。一瞬、ギョッとした表情を見せられました。ハイ、握手もチャッカリしました。
 「No.6132人口減の波、大都市にも 工場地帯で進む空洞化日本経済新聞2016.2.27.)」 の編集過程で研究熱心(?)のヨシダがトライしたことに、ウェブサイトの写真や資料にある「画像の拡大」ボタンのこと。コピーは出来ないものとの認識で、 当初から削除してきましたが、現在にしてトライしてみる気になりました。添付資料写真等のサイズを可能な限りに抑えるためですが、本記事編集でこれをテス トして確認した結果は、ヨシダの思ったとおりでした。記念(?)のために、削除せずにこのまま朱文字を付してキープします。(10:15)
 格別の注目に値する記事にヒットしました!「編集中」で掲載するのは一刻でも早くにこの不思議な出来事をお知らせしたい一心からです。「No.6133:「夏なのにコートを着た女性を乗せ目的地に着いたが、後ろの座席には誰もいなか…日本経済新聞「春秋」2016.2.27.)」がそれですが、どうやらヨシダブログは本記事の数倍のボリュームになりそうです・・・。(11:20)

 「きょうのできごと編集」が与えてくれる得難いほどの芸術鑑賞機会と、それへの学び機会と受けとめて大満足のヨシダです。「No.6134:130年ほど前にフランス北部の都市ナンシーで奇跡のような出会いがあった。…西日本新聞「春秋」2016.2.27.)」を編集し終えての感想は、「ヨカッタ!」のひと言です。(15:25)



No.6134
130年ほど前にフランス北部の都市ナンシーで奇跡のような出会いがあった。…
西日本新聞「春秋」2016.2.27.
ヨシダブロ久々の美術品鑑賞!記事中に出てくる人物作品を可能な限り拾って添付しつつ味わいました!写真を観て感動するのですから、実物を前にしたら・・・とは、ヨシダの手の届かない芸術品インタネットを通じた鑑賞のひと時でした▼「人との出会い」は無限の潜在性を招来するものですね・・・。と、下手なブログは折角の美的センスを損ないますので一刻でも早くに掲載します。写真35枚添付ファイル
    「高島北海」の画像検索結果「高島北海」の画像検索結果「高島北海」の画像検索結果 「高島北海」の画像検索結果 「高島北海」の画像検索結果  「高島北海」の画像検索結果    「高島北海」の画像検索結果 「高島北海」の画像検索結果「高島北海」の画像検索結果
    「エミール・ガレ」の画像検索結果「エミール・ガレ」の画像検索結果「エミール・ガレ」の画像検索結果「エミール・ガレ」の画像検索結果     「エミール・ガレ」の画像検索結果「エミール・ガレ」の画像検索結果 「エミール・ガレ」の画像検索結果
   「福岡市博物館」の画像検索結果「福岡市博物館「アール・ヌーヴォーのガラス」展」の画像検索結果「「アール・ヌーヴォーのガラス」」の画像検索結果「「アール・ヌーヴォーのガラス」」の画像検索結果     「エミール・ガレ「刀の鍔」」の画像検索結果「エミール・ガレ枝に止まったカッコウとマツヨイグサ」の画像検索結果
    「「アール・ヌーヴォーのガラス」」の画像検索結果「「アール・ヌーヴォーのガラス」」の画像検索結果「「アール・ヌーヴォーのガラス」」の画像検索結果「「アール・ヌーヴォーのガラス」」の画像検索結果「「アール・ヌーヴォーのガラス」」の画像検索結果「「アール・ヌーヴォーのガラス」」の画像検索結果 
      「「アール・ヌーヴォーのガラス」」の画像検索結果 「「アール・ヌーヴォーのガラス」」の画像検索結果「「アール・ヌーヴォーのガラス」」の画像検索結果「「アール・ヌーヴォーのガラス」」の画像検索結果「「アール・ヌーヴォーのガラス」」の画像検索結果「「アール・ヌーヴォーのガラス」」の画像検索結果「「アール・ヌーヴォーのガラス」」の画像検索結果 
No.6133
「夏なのにコートを着た女性を乗せ目的地に着いたが、後ろの座席には誰もいなか…
日本経済新聞「春秋」2016.2.27.
ヨシダブロの 記事を読みながらヨシダが感じたこと。ゾ~っとするような、ある種の恐怖心とその裏 腹で体感したことに、「さもありなむ、あり得ることだ・・・」という 深~い心境・心情です。よって、一刻でも早くに掲載したい心境ゆえに、「編集中」のまま掲載します▼霊の世界を信じるか、死んだらそれまでよ・・・」と いった論議が何時の世でも横行します。概して言えることに、信仰心を持つ人にとっては霊の世界は存在すると受けとめ、そうでない人はそうではない・・と主 張します▼「きょうのできごと」編集者の立場で痛感することは、人間は洋の東西、古今を問わず、天災人災等で不幸な死を遂げた人たちに対する慰霊碑や慰霊 祭等々で慰霊の姿勢を保ち続けています。「輪廻転生」で生まれかわっている人を反面意識しながらも、です▼手始めに、文中にある「・・・東北学院大学の学生が、震災後に約1年かけ宮城県石巻市のタクシー運転手200人に聞き取りして、まとめた論文が話題になっている」の主人公と論文をグーグルで追いました。その人物は東北学院大の工藤優花さん。論文は単行本になっている「呼び覚まされる霊性の震災学 タクシードライバーが邂逅した”幽霊現象”」であることにヒットし、真っ先にその著者と書籍を添付資料に添えます。▼ふと、あれこれ検索していてヒットした記事があります。被災地、タクシーに乗る幽霊 東北学院大生が卒論に」 (朝日新聞2016.1.20.)がそれでして、今から一ヶ月以上も前のこと!!! 知らぬはヨシダだけだった・・・と頭を掻いています。あれだけ多くの インタネット情報を取材しながらの自分の姿をみて苦笑します。ま、順不同ですが、ブログし続けます▼「輪廻転生」と言えば、なにゃら似たような体験をした ことをこの際、ブログします。8歳下の弟・祐策は自宅の大手町で被爆して一週間市内を彷徨い、救出されたものの、10日後に血反吐を吐いて死にました。そ の幼い弟はママの腕に抱かれながら言いました。「ボク、まんまんさん(お釈迦さま)のところへ行ったら頼むよ。アメリカに敵討ちして頂戴と・・・」と言っ て逝きました。その弟と一緒に手をつないで市内を彷徨った3歳上の姉・博子(2014年没)は後年、よく言ったものです。「姉ちゃんはアメリカを憎まない わよ。だって、日本も悪いことをしたんだもの。戦争だったもの・・・」でした。抜け落ちた彼女の髪の毛は広島原爆記念館い展示されています▼その祐策が生 まれ変わった!となんだか信じられないような出来事に遭遇したのが兄貴の祐起ですが、ここでは深くは述べません。爾来、ヨシダは祐策の慰霊でなく、生まれ 変わった人物が幸せになればイイ!と割り切っています▼ち なみに、ある学者先生の弁。「地球人口が暴発しつつある現代にあっては、『生まれてくる人間の魂の受け皿不足』で死者の生まれ変わりサイクルが早まって、 昔はン百年が現代ではン十年・・・ということが考えられる・・」と、なんだか謎めいた感じです▼「死んだらそれまでよ」と思う人にとっては、生き方の良し 悪しは無縁で、自我意識の強い生き方になるとも言えるでしょう。でも、その反対の人にとっては、たとえ現世が不幸な人生でも精一杯に生きれば、「あの世 で、もしくは、来世で決済される・・・」と確信しつつの正直な生き方で、心安らか足り得ると信じれると思うのですが・・・と、勝手気ままなヨシダブログも この辺りでオワリとします。写真6枚添付ファイル
   「金菱清教授」の画像検索結果   「宮城県石巻市のタクシー運転手200人に聞き取りして、まとめた論文」の画像検索結果    「呼び覚まされる霊性の震災学 タクシードライバーが した”幽霊現象”」の画像検索結果 「柳田国男「遠野物語」」の画像検索結果「柳田国男「遠野物語」」の画像検索結果

No.6132
人口減の波、大都市にも 工場地帯で進む空洞化
日本経済新聞2016.2.27.

ヨシダブロ記事中の写真資料等が新聞によっては後日消滅します。著作権の問題と想像しながらですが、本記事で二つの資料を「画像の拡大」ボタンと一緒にヨシダブログ欄に添付して状況を観察します▼本記事は昨日の読売新聞記事「国勢調査で初の人口減…1億2711万47人」 の産業面での分析記事ですが、この延長線上に浮上するのが、今まで頑なに拒否(?)姿勢をとってきている日本の移民受け入れ等の人口減対策が真実味を伴っ て浮上するのは必至と思います▼外国人の日本旅行客と、かれらのものすごい購買力等々を勘案して、この際、国際語たる英語力の国民的関心を高め、終戦後の あの英語熱の再現をしてほしいものです。国際化のグローバル時代にあって日本人の一層の意識革命を期待するのが、海外から観てブログするヨシダの感想です▼(追記:くだんの「画像の拡大」ボタン機能はコピーでは機能消滅することを今にして確認しました。さもありなむ、とその試みは頭からしていなかったのが編集長のヨシダ。ま、確認したことは半歩前進です。)写真3枚添付ファイル
        「人口減の波、大都市にも 工場地帯で進む空洞化」の画像検索結果
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 昨日26日の掲載記事2編を下記に掲載していましたが、本日27日の第一記事掲載(10:10)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。 

                 「末尾の特別情報お知らせコーナー」
  以下のコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するもので して、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。なお、上掲のリンクをクリックすると、そ の下書き的なテーマや内容の一端が垣間見られます。


             自然に到達した「自利から他利」の実践とその心
 このコラムはちょっとばかり長文ですので、ご興味のある方に限って上掲をクリックしてご覧ください。下記はその関係資料です。
  
「飯塚毅」の画像検索結果  
   ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。 


                        2016年2月27日(土)
                          ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
                                             吉田祐起
                             (満84歳3ヶ月)  
                  (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)                                                           yoshida@a-bombsurvivor.com
                           URL(eng): http://www.a-bombsurvivor.com
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