吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳3か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

  原爆証言者・吉田祐起の被爆現場証拠写真です。
 「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル別館」の画像検索結果
  2016年2月14日(日)午前3時頃のこと。ふと目覚めて色んなことに想いを巡らすなかで思いついたこと。それは被爆で九死に一生を得たという表現を辞 さない私の生々しい体験の場をこのサイトに再現することでした。ガバッと起きてデスクに向かいグーグルで関連写真を検索しました!ゲットしたのが上掲の写 真です。
 当時の私は学徒動員で広島電鉄本社電気課勤務でした。足が不自由なことからの事務所勤務。他の級友たちは電車・バスの修理工場配属で し た。左端の写真看板は現在の本社別館(右2枚の3階ビル)の前に設置されている半倒壊したビル画面と日英語説明文看板。2番目の白黒写真はその生々しい倒 壊した建物コーナーの写真です!
 朝礼を終えてビッコを引きながら薄暗い廊下伝いに電気課事務所に向かっていた瞬間の「ヒカ!ドン!」でした。 あっという間に下敷きになりました。数秒の差で倒壊を免れた同課オフィスに辿り着いていたと、今更の如く想起し、感無量です。真っ暗なビルの下敷きで手を 合わせて死を覚悟しました。ふと、頭上にほのかな明かりが眼に入り、無我夢中で瓦礫をよじ登りました。子供心に想起することに倒壊した建物のてっ辺に這い 出た時の印象は「下界を見下ろす」って位置。顔面に吹き出る血をみて、「母ちゃ~ん!血が出ているよう~!」と泣きました。倒壊したあの建物の下敷きのわ が姿を生々しく再現再確認する次第です。
 

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yoshida@a-bombsurvivor.com                                                                           English               
            2016年2月21日(日)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
   

  ヒロシマ・ヒバクシャのヨシダが発信する「オバマ米大統領の被爆市訪問」のこと
  フィリピンに来て間もない頃は2009年11月10日のこと。シンガポールで開催の APEC会議出席の前に東京に立ち寄られたオバマ大統領がNHK WORLDの記者の質問(今回の日本立ち寄りを機に、被爆市訪問の意図がありますか?) 対して答えられた言葉が鮮明です。"The schedules are too tight this time. However, I would like to have an honor of visiting some day during my Presidency."(今回はスケジュールが一杯でできないが、任期中の何時か訪問の栄に浴したい・・・)。その出来事を踏まえて即座に書いたのが、拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)です。クリックしてご覧ください。ヨシダはその後、その適切な訪問時期は、区切りイイ年次の「2010年ー65周年」として 公開書簡まで発表したものでした。しかし、それが実現しなかったことは、現在にして思うに、「2015年ー70周年」こそがベストな年次と提唱するに至り ました。
 ところが、8月に入ってもその気配は皆無。「2015年-70周年」に拘っていたヨシダは絶望と思いつめていたものの、考えてみれば 同大統領の任期は 2017年1月20日東部時間正午まで。とすれば、区切りは良いとは言えない「2016年ー71周年」になるのが精一杯。まいっか・・・と勝手に思ってい るところです。大統領任期中の「レガシー(遺産)づくり」としても、男の約束においても実現されるのがご本人のためだとさえ思うのがヨシダです。

 おって、ヒバクシャとして被害意識を強くする中で、オバマ米大統領が2011年の9.11の8周年記念式典(ペンタゴン)て遺族たちを前にスピーチした言葉の一節を下記に掲載します。「被害意識」が先行するヒバクシャのわれわれが共有すべき貴重な言葉と受けとめます。なお、この崇高なる大統領の言葉は"Ceremonies Mark 8th Anniversary of September 11 Terrorist Attacks"の中ほどに小さく載っていたもので、目立たないものです。中見出し付きもしくは、太文字表示されるべき価値あるものと考えます。
"Let us renew the true spirit of that day. Not the human capacity for evil but the human capacity for good - not the desire to destroy but the impulse to save and to serve and to build," あの日の真実の心を新たにしましょう。 悪に対する人類の能力としてでなく、善に対する人類の能力としてです。-破壊することへの欲望でなく、守り、奉仕し、建設するための推進力としてです。(オバマ米国大統領・翻訳;吉田祐起) 
            「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果         「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果
   (注:このトップコメントは2016年8月6日まで掲載します。しぶといでしょう、ヨシダは・・・笑)

                
                   ウィキペディアから拾った2月21日の「できごと」 
                           February 21 Events(英語版) 
                                   「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。★なおまた、「ウィキペディアのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・★なお、英語版の掲載は本家 米国が主体性であるにかんがみ、世界的視野からの「できごと」を知る意味で日本語版との重複は無論、除外してそのまま掲載しております。同英語版のリンク をクリックすると
日本語版には見られない内容豊かなコンテンツが目に付きます。
  5 「Samson (Handel), 1743」の画像検索結果「Samson (Handel), 1743」の画像検索結果「Samson (Handel), 1743」の画像検索結果「Samson (Handel), 1743」の画像検索結果「Samson (Handel), 1743」の画像検索結果 7 「1842 – John Greenough is granted the first U.S. patent for the sewing machine.」の画像検索結果「1842 – John Greenough is granted the first U.S. patent for the sewing machine.」の画像検索結果    「1842 – John Greenough」の画像検索結果   「1842 – John Greenough」の画像検索結果
       9「1878 – The first telephone directory is issued in New Haven, Connecticut.」の画像検索結果「1878 – The first telephone directory is issued in New Haven, Connecticut.」の画像検索結果「1878 – The first telephone directory is issued in New Haven, Connecticut.」の画像検索結果「telephone in 1878」の画像検索結果「telephone in 1878」の画像検索結果12「ヴェルダンの戦い」の画像検索結果Erich von Falkenhayn-retouched.jpg「Wilhelm von Preußen」の画像検索結果
       「ヴェルダンの戦い」の画像検索結果   「ヴェルダンの戦い」の画像検索結果「ヴェルダンの戦い」の画像検索結果        「ヴェルダンの戦い」の画像検索結果    「ヴェルダンの戦い」の画像検索結果    「ヴェルダンの戦い」の画像検索結果
           「ヴェルダンの戦い」の画像検索結果     関連画像「ヴェルダンの戦い」の画像検索結果   関連画像 「ヴェルダンの戦い」の画像検索結果 「ヴェルダンの戦い」の画像検索結果 「ヴェルダンの戦い」の画像検索結果
   18「Edwin Land demonstrate the instnat camera」の画像検索結果「Edwin Land demonstrate the instnat camera」の画像検索結果 「Edwin Land demonstrate the instnat camera」の画像検索結果「Edwin Land demonstrate the instnat camera」の画像検索結果 「Edwin Land demonstrate the instnat camera」の画像検索結果          「Edwin Land demonstrate the instnat camera」の画像検索結果「Edwin Land demonstrate the instnat camera」の画像検索結果「Edwin Land demonstrate the instnat camera」の画像検索結果  「Edwin Land demonstrate the instnat camera」の画像検索結果
         23
「1953年 - フランシス・クリックとジェームズ・ワトソンがDNAの二重螺旋構造を発見」の画像検索結果関連画像  「1953年 - フランシス・クリックとジェームズ・ワトソンがDNAの二重螺旋構造を発見」の画像検索結果   関連画像25 「Gerald Holtom」の画像検索結果「Gerald Holtom」の画像検索結果「Gerald Holtom」の画像検索結果
       26   「黒人運動指導者マルコムXが演説中に暗殺」の画像検索結果   「黒人運動指導者マルコムXが演説中に暗殺」の画像検索結果「黒人運動指導者マルコムXが演説中に暗殺」の画像検索結果30「リチャード・ニクソンアメリカ大統領が中華人民共和国を訪問」の画像検索結果「リチャード・ニクソンアメリカ大統領が中華人民共和国を訪問」の画像検索結果         関連画像「リチャード・ニクソンアメリカ大統領が中華人民共和国を訪問」の画像検索結果
             34  「1974年 - 朝日新聞『サザエさん』が中止、作者・長谷川町子病気のため」の画像検索結果 「1974年 - 朝日新聞『サザエさん』が中止、作者・長谷川町子病気のため」の画像検索結果「朝日新聞『サザエさん』」の画像検索結果「朝日新聞『サザエさん』」の画像検索結果「朝日新聞『サザエさん』」の画像検索結果「朝日新聞『サザエさん』」の画像検索結果「朝日新聞『サザエさん』」の画像検索結果
                                42「安倍晴明」の画像検索結果  「カール・ツェルニー」の画像検索結果「ジャンヌ・カルマン」の画像検索結果「木村義雄」の画像検索結果「アン・シェリダン」の画像検索結果 「大路三千緒」の画像検索結果 「大前研一」の画像検索結果「酒井美紀」の画像検索結果
362Athanasius returns to Alexandria.
(1)901年昌泰4年1月25日) - 菅原道真大宰権帥に左遷。
1245Thomas, the first known Bishop of Finland, is granted resignation after confessing to torture and forgery.
(2)1431年 - ジャンヌ・ダルク異端審問が開始される。
1437James I of Scotland is assassinated.
1440 – The Prussian Confederation is formed.
(3)1482年文明14年2月4日) - 足利義政慈照寺(銀閣)の造営を始める。
1543Battle of Wayna Daga – A combined army of Ethiopian and Portuguese troops defeats a Muslim army led by Ahmed Gragn.
(4)1613年ユリウス暦2月11日) - ロシアで、ミハイル・ロマノフ全国会議ツァーリに選出され即位。ロマノフ朝が始まる。
(5)1743年 - ヘンデルオラトリオサムソン英語版』がロンドンで初演される。
(6)1804年 - イギリスで、リチャード・トレビシックが発明した蒸気機関車の試運転に成功。
1808 – Without a previous declaration of war, Russian troops cross the border to Sweden at Abborfors in eastern Finland, thus beginning the Finnish War, in which Sweden will lose the eastern half of the country (i.e. Finland) to Russia.
1828 – Initial issue of the Cherokee Phoenix is the first periodical to use the Cherokee syllabary invented by Sequoyah.
(7)1842年 - ジョン・グリーノウが、アメリカ合衆国における初めてのミシンの特許を取得[1]
(8)1848年 - カール・マルクスフリードリヒ・エンゲルスの『共産党宣言』が出版される。
1862American Civil War: Battle of Valverde is fought near Fort Craig in New Mexico Territory.
1874 – The Oakland Daily Tribune publishes its first edition.
(9)1878年 - 最初の電話帳コネチカット州ニューヘイブンで発行される。
1885 – The newly completed Washington Monument is dedicated.
1896 – An Englishman raised in Australia, Bob Fitzsimmons, fought an Irishman, Peter Maher, in an American promoted event which technically took place in Mexico, winning the 1896 World Heavyweight Championship in boxing.
(10)1911年 - 改正日米通商航海条約調印。不平等条約を撤廃し関税自主権を確立。
(11)1911年 - 夏目漱石文学博士号授与の辞退を表明。
1913Ioannina is incorporated into the Greek state after the Balkan Wars.
(12)1916年 - 第一次世界大戦: ドイツ軍がフランスヴェルダン要塞への攻撃を開始。ヴェルダンの戦いが始まる。
(13)1918年 - シンシナティ動物園で飼われていた最後のカロライナインコが死亡し絶滅
(14)1919年 - ミュンヘン革命の中心人物クルト・アイスナーが右翼青年に暗殺される。
1921Constituent Assembly of the Democratic Republic of Georgia adopts the country's first constitution.
・1921 –
Rezā Shāh takes control of Tehran during a successful coup.
1925The New Yorker publishes its first issue.
(15)1927年 - 孫文が第三次広東軍政府を設立。
(16)1936年 - 天皇機関説事件: 天皇機関説を唱えた美濃部達吉が右翼に襲撃され負傷。
1937 – The League of Nations bans foreign national "volunteers" in the Spanish Civil War.
(17)1942年 - 日本で食糧管理法を公布。
1945World War II: Japanese kamikaze planes sink the escort carrier USS Bismarck Sea and damage the USS Saratoga.
(18)1947年 - エドウィン・ハーバード・ランドが初のインスタントカメラアメリカ光学会英語版で発表。
(19)
1946年 - 日本で警視庁婦人警察官の募集を開始。
(20)1948年 - 全米自動車競争協会 (NASCAR) 設立。
(21)1951年 - ベルリンで世界平和評議会第1回総会開催。五大国による平和協定締結を要求する「ベルリンアピール」を採択。
(22)1952年 - 東パキスタン(現在のバングラデシュ)でベンガル語運動家と軍隊が衝突。(言語殉教者の日
1952 – The British government, under Winston Churchill, abolishes identity cards in the UK to "set the people free".
(23)1953年 - フランシス・クリックジェームズ・ワトソンDNA二重螺旋構造を発見。
(24)1955年 - 西日本スポーツ西日本新聞社)創刊。
(25)1958年 - ジェラード・ホルトム英語版が平和・反戦のシンボル「ピースマーク」(☮)を作成。
(26)1965年 - アメリカの黒人運動指導者マルコムXが演説中に暗殺される。
(27)1968年 - えびの地震
(28)1970年 - スイス航空330便爆破事件
(29)1971年 - ウィーン向精神薬に関する条約が採択される。
(30)1972年 - リチャード・ニクソンアメリカ大統領が中華人民共和国を訪問アメリカ合衆国大統領としては初。
(31)1972年 - ソ連の無人月探査機「ルナ20号」が月に着陸。
(32)1973年 - リビア航空機撃墜事件イスラエル空軍がシナイ半島リビア航空機を撃墜。死者108人。
(33)1973年 - 東京地検が『四疊半襖の下張』を掲載した雑誌編集長野坂昭如らを起訴。(四畳半襖の下張事件
(34)1974年 - 朝日新聞で連載されていた4コマ漫画サザエさん』が、作者・長谷川町子の病気療養によりこの日を最後に休載。そのまま打ち切りとなる。
1974 – The last Israeli soldiers leave the west bank of the Suez Canal pursuant to a truce with Egypt.
1975Watergate scandal: Former United States Attorney General John N. Mitchell and former White House aides H. R. Haldeman and John Ehrlichman are sentenced to prison.
(35)1979年 - 東大宇宙航空研がX線観測衛星「ひのとり」を打上げ。
(36)1980年 - 家元制度に反対する前衛舞踊家の花柳幻舟が、花柳流家元3世花柳寿輔を襲撃。
(37)1981年 - 東大宇宙航空研がX線観測衛星「はくちょう」を打上げ。
(38)1983年 - 蔵王観光ホテル火災。11人が死亡。
1986Shigeru Miyamoto starts the Legend of Zelda franchise Legend of Zelda.
(39)1990年 - 六甲ライナー開業。
1995Steve Fossett lands in Leader, Saskatchewan, Canada becoming the first person to make a solo flight across the Pacific Ocean in a balloon.
(40)2004年 - 初の汎ヨーロッパ政党欧州緑の党ローマで結成。
(41)2008年 - 歌手リアーナが母国バルバドスの名誉文化大使に任命される。バルバドス政府がこの日を「リアーナの日」と制定。
2013 – At least 17 people are dead and 119 injured following several bombings in the Indian city of Hyderabad.
(42)ヨシダが選んだ著名人の誕生日; 安倍晴明 (921)、カール・ツェルニー (1791)、 ジャンヌ・カルマン (1875)、 木村義雄 (1905)、 アン・シェリダン (1915)、 大路三千緒 (1920)、 大前研一(1943)、 酒井美紀(1978)

                          インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 

ただ今、 6119です。  
2016年2月21日(日)掲載分
昨日2月20日最終のトップページ
編集者のダイアリー・コナー

 「2月21日のできごとに関してヨシダが特に関心を抱くのは、「(12)1916年 - 第一次世界大戦: ドイツ軍がフランスヴェルダン要塞への攻撃を開始。ヴェルダンの戦いが始まる」です。この戦いは、「・・・フランス共和国内のヴェルダンを舞台に繰り広げられたドイツ軍フランス軍の戦いである。第一次世界大戦における主要な戦いの一つで、1916年2月21日に始まり、両軍合わせて700,000人以上の死傷者を出した(ウィキペディア)」とあります。70万人もの死傷者という悲劇です・・・。
 常日頃から胸に入れていた「カタカナ英語発音表示のすすめ(仮題)」に拍車が掛かりそうな記事にヒットしてその意を強めました。「No.6117ベストセラー小説「氷点」をもじったという演芸番組「笑点」は、5月で放送から半世紀…日本経済新聞「春秋」2016.2.21.)」がそれです。(11:05)
 本日2編目の記事も感銘深い心情で編集しました。「No.6118:本紙の報道に昔聞いた名前があった。訃報だった。米国の女性作家ハーパー・リー…西日本新聞「春秋」2016.2.21.)」がそれです。精神衛生上、じつに貴重な本コラム編集作業とうけとめ嬉しい限りです。(15:50)
 「No.6119太平洋戦争前夜、北欧の中立国から日本に三十数回の秘密電文が打電された。…岩手日報「風土記」2016.2.21.)」 を編集して気付くことに、本トップサイトの「編集許容ボリューム」である「1000KB=1MB」に一歩前の「937.85」!このところ、欲張って添付 写真は可能な限り大きくして実感を演出しています。まだ取材未満紙・誌がありますが、どうやら、本日の取材は本記事をもって終了としたほうがイイ感じで す。後は、くだんの「きょうのできごと」先取り編集に精出します。おっと、今日は日曜日だった!「月月火水木金金」のヨシダのひとり言です。(17:15)

No.6119
太平洋戦争前夜、北欧の中立国から日本に三十数回の秘密電文が打電された。…

岩手日報「風土記」2016.2.21.

ヨシダブログ:本記事主人公の「小野寺信」さんは、「・・・『NHK特集 日米開戦不可ナリ 〜ストックホルム・小野寺大佐発至急電〜』で取材インタビューが行われ、1985年(昭和60年)12月に放映された。この番組は第12回放送文化基金賞 を受賞し・・・(ウィキペディア)」とあります。「ヤルタ会談」の情報がその根拠ということから、当該写真を検索中にヒットし、ヨシダがかつて見たことも ない写真(DIESEL)で女性を相手にふざけた光景を観るにつけ、イヤハヤ・・・ってな複雑な心境です。第二次大戦なかんずく、東京大空襲から広島・長 崎の被爆等々の悲劇の裏場を見せ付けられる感じでなんとも言葉もありません・・・。写真13枚添付ファイル
   「『NHK特集 日米開戦不可ナリ 〜ストックホルム・小野寺大佐発至急電〜』」の画像検索結果「『NHK特集 日米開戦不可ナリ 〜ストックホルム・小野寺大佐発至急電〜』」の画像検索結果 「『NHK特集 日米開戦不可ナリ 〜ストックホルム・小野寺大佐発至急電〜』」の画像検索結果
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         「ヤルタ会談」の画像検索結果   「ヤルタ会談」の画像検索結果
   「奥州前沢劇場(前沢ふれあいセンター)」の画像検索結果 「奥州前沢劇場(前沢ふれあいセンター)」の画像検索結果「奥州前沢劇場」の画像検索結果  「奥州前沢劇場」の画像検索結果    No.6118
本紙の報道に昔聞いた名前があった。訃報だった。米国の女性作家ハーパー・リー…
西日本新聞「春秋」2016.2.21.

ヨシダブログ:原 題は文中の、"It's a sin to kill a mockingbird"からきています。「ものまね鳥を殺すのは罪である」と いう意味。きれいな鳴き声を聞かせて私たちを楽しませてくれるだけで、何も悪い事をしないものまね鳥を殺してはいけない・・・というのがこの物語のテーマ と認識します、黒人差別、あるいは、自分と異質な人間への偏見、そういうものへの理解を表しているタイトルであり内容と認識します▼テレビで観たのは随分 と一昔前のこと。原作者のことをなにも知らない、知ろうともしないままに観たのが当時のヨシダでした。大好きなグリゴリ・ペック主演が最大関心事でした▼ いま、この年齢になって正直、始めて体験する原作者やその背景をはからずも、本コラム編集という作業を持つが故のこと。編集しながら原作者バーバー・リー さ んの偉業に接します。なんだか、大きなエネルギーを受けました!▼それにしても、直前掲載の記事「No.6117ベストセラー小説「氷点」をもじったという演芸番組「笑点」は、5月で放送から半世紀…」 でも感じたことに、英語と日本語のニュアンスというか、文章構成とか話し具合等々で大きな日英差異を痛感します▼「モッキングバードを殺すのは罪だよ」が 転じて「アラバマ物語」に。エリザベス・テーラー主演の「Little Women」 が「若草物語」に・・・と、われら日本人は「物語的国民性」が強いのですね。それとも、生臭い出来事を美化したり、際どい表現を忌みする国民性も否定でき ません。縁起悪いことは避けて、当たり障りのない表現に、というのが日本語。われら日本人の「言霊信仰」のなせることか、日英語の表現の仕方の差異にも通 じる国民性でもある感じですね。重ねてのこと。主人公のバーバー・リーさんから大きなエネルギーをいただいた感じで嬉しい限りです。合掌写真12枚添付ファイル
    「Nelle Harper Lee」の画像検索結果「Nelle Harper Lee」の画像検索結果 「Nelle Harper Lee」の画像検索結果 「harper lee funeral」の画像検索結果         「harper lee hourned」の画像検索結果
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No.6117
ベストセラー小説「氷点」をもじったという演芸番組「笑点」は、5月で放送から半世紀…
日本経済新聞「春秋」2016.2.21.

ヨシダブログ:本 記事のヨシダブログが本記事の何倍にもなりそうなボリュームを頭に描いています。遠からず別項の拙著論文「英語発音カタカナ表示のすすめ(仮題)」を書く ことになりそうです。かねてより思っていたことですが、本記事を編集する過程でその想いが強まりました!「氷点」でもなく、「笑点」でもない、日本人が苦 手(特に発音)の英語教育に資するに足りる「英語発音カタカナ表示提言点」になりそうです。その背景にあるのが本記事にある生徒さんのこと。「魚Fish を完全な英語発音でしてキザな、と笑われたことからフィッシュと日本語風に切り替えた」がその動機。ヨシダ流にそれをカタカナ表示すれば「フィッシュ」が「フィュ」となるでしょう。「インターネット」が「イナネット」っ て具合にデス。この表示の差異がお分かりでしょうか?それができないと前にすらすすめないのが「ヨシダ流英語発音カタカナ表示のすすめ」です▼ちなみにヨ シダ親父の仕込み良かった娘の英語発音。正しい発音を口にして先生を含めてクラス全体が笑ったことが彼女のホンモノ英語発音を遠ざけました。意識してニッ ポン語流英語発音に転じたというエピソードならぬ、笑えぬ日本の英語教育の実態を反映します・・・▼ 何時ものように記事を追いながら当該写真や画像を添付しました。三浦綾子さん著「氷点」があの長期寿命番組「笑点」とは知りませんでした。「オープニン グ・テーマ」の楽譜まで添付して編集者の凝り性をご評価ください(笑)▼・・・とこれ以上のブログは前述したヨシダの著作「英語発音のカタカナ表示提言」 に譲ったほうがよさそうです。なにせ、本記事は今朝トップにヒットしたものだけに、後が控えていますので・・・▼おっ と、ひとつだけ強調の意味を込めてのことで添付資料の末尾に掲げた鳥飼さんの新聞記事「鳩山論文の教訓 発音は英語の論理構成で」に注目します。読めるほ どに拡大してみました。特にヨシダが強調したい言葉を末尾にみます。曰く、「・・・日本式の文章構成法には日本文化が内包されており、大切な伝統だが、時 には日本的発想から抜け出すことも必要だ」に強い関心を抱きます。ヨシダ流に解釈すれば、書くこととは別の話す時のこと。日本流の「意味不可解な笑み」 (半世紀以上も前のJapan Times 紙社説)はその最たるもの。日本人の文化と言うなかれ、大きな誤解すら招来しかねないニッポン人文化です。「英語発音」とてしかり。「日本的発想」から非 日本的(本場的)への努力が(も)肝要と心得ます。写真20枚添付ファイル
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 昨日20日の掲載記事はゼロのため、一昨日19日の記事3編を下記に掲載していましたが、本日21日の第一記事掲載(10:55)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。 

                 「末尾の特別情報お知らせコーナー」
  以下のコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するもので して、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。なお、上掲のリンクをクリックすると、そ の下書き的なテーマや内容の一端が垣間見られます。

             自然に到達した「自利から他利」の実践とその心
 このコラムはちょっとばかり長文ですので、ご興味のある方に限って上掲をクリックしてご覧ください。下記はその関係資料です。
  
「飯塚毅」の画像検索結果
 

   ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。 

                          2016年2月21(日)
                          ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
                                             吉田祐起
                             (満84歳3ヶ月)  
                  (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)                                                           yoshida@a-bombsurvivor.com
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