吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳3か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

  原爆証言者・吉田祐起の被爆現場証拠写真です。
 「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル別館」の画像検索結果
  2016年2月14日(日)午前3時頃のこと。ふと目覚めて色んなことに想いを巡らすなかで思いついたこと。それは被爆で九死に一生を得たという表現を 辞さない私の生々しい体験の場をこのサイトに再現することでした。ガバッと起きてデスクに向かいグーグルで関連写真を検索しました!ゲットしたのが上掲の 写真です。
 当時の私は学徒動員で広島電鉄本社電気課勤務でした。足が不自由なことからの事務所勤務。他の級友たちは電車・バスの修理工場配属 で した。左端の写真看板は現在の本社別館(右2枚の3階ビル)の前に設置されている半倒壊したビル画面と日英語説明文看板。2番目の白黒写真はその生々しい 倒壊した建物コーナーの写真です!
 朝礼を終えてビッコを引きながら薄暗い廊下伝いに電気課事務所に向かっていた瞬間の「ヒカ!ドン!」でし た。 あっという間に下敷きになりました。数秒の差で倒壊を免れた同課オフィスに辿り着いていたと、今更の如く想起し、感無量です。真っ暗なビルの下敷きで手を 合わせて死を覚悟しました。ふと、頭上にほのかな明かりが眼に入り、無我夢中で瓦礫をよじ登りました。子供心に想起することに倒壊した建物のてっ辺に這い 出た時の印象は「下界を見下ろす」って位置。顔面に吹き出る血をみて、「母ちゃ~ん!血が出ているよう~!」と泣きました。倒壊したあの建物の下敷きのわ が姿を生々しく再現再確認する次第です。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                                           English               
            2016年2月20日(土)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
   

  ヒロシマ・ヒバクシャのヨシダが発信する「オバマ米大統領の被爆市訪問」のこと
  フィリピンに来て間もない頃は2009年11月10日のこと。シンガポールで開催の APEC会議出席の前に東京に立ち寄られたオバマ大統領がNHK WORLDの記者の質問(今回の日本立ち寄りを機に、被爆市訪問の意図がありますか?) 対して答えられた言葉が鮮明です。"The schedules are too tight this time. However, I would like to have an honor of visiting some day during my Presidency."(今回はスケジュールが一杯でできないが、任期中の何時か訪問の栄に浴したい・・・)。その出来事を踏まえて即座に書いたのが、拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)です。クリックしてご覧ください。ヨシダはその後、その適切な訪問時期は、区切りイイ年次の「2010年ー65周年」として 公開書簡まで発表したものでした。しかし、それが実現しなかったことは、現在にして思うに、「2015年ー70周年」こそがベストな年次と提唱するに至り ました。
 ところが、8月に入ってもその気配は皆無。「2015年-70周年」に拘っていたヨシダは絶望と思いつめていたものの、考えてみれば 同大統領の任期は 2017年1月20日東部時間正午まで。とすれば、区切りは良いとは言えない「2016年ー71周年」になるのが精一杯。まいっか・・・と勝手に思ってい るところです。大統領任期中の「レガシー(遺産)づくり」としても、男の約束においても実現されるのがご本人のためだとさえ思うのがヨシダです。

 おって、ヒバクシャとして被害意識を強くする中で、オバマ米大統領が2011年の9.11の8周年記念式典(ペンタゴン)て遺族たちを前にスピーチした言葉の一節を下記に掲載します。「被害意識」が先行するヒバクシャのわれわれが共有すべき貴重な言葉と受けとめます。なお、この崇高なる大統領の言葉は"Ceremonies Mark 8th Anniversary of September 11 Terrorist Attacks"の中ほどに小さく載っていたもので、目立たないものです。中見出し付きもしくは、太文字表示されるべき価値あるものと考えます。
"Let us renew the true spirit of that day. Not the human capacity for evil but the human capacity for good - not the desire to destroy but the impulse to save and to serve and to build," あの日の真実の心を新たにしましょう。 悪に対する人類の能力としてでなく、善に対する人類の能力としてです。-破壊することへの欲望でなく、守り、奉仕し、建設するための推進力としてです。(オバマ米国大統領・翻訳;吉田祐起) 
            「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果         「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果
   (注:このトップコメントは2016年8月6日まで掲載します。しぶといでしょう、ヨシダは・・・笑)

                
                   ウィキペディアから拾った2月20日の「できごと」 
                            February  20 Events(英語版) 
                                   「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。★なおまた、「ウィキペディアのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・★なお、英語版の掲載は本家 米国が主体性であるにかんがみ、世界的視野からの「できごと」を知る意味で日本語版との重複は無論、除外してそのまま掲載しております。同英語版のリンク をクリックすると
日本語版には見られない内容豊かなコンテンツが目に付きます。
       3「- 天正遣欧少年使節」の画像検索結果「- 天正遣欧少年使節」の画像検索結果「- 天正遣欧少年使節」の画像検索結果「- 天正遣欧少年使節」の画像検索結果「- 天正遣欧少年使節」の画像検索結果
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       「- 天正遣欧少年使節」の画像検索結果 「- 天正遣欧少年使節」の画像検索結果「- 天正遣欧少年使節」の画像検索結果5 「1872, metropolitan museum opened in new york」の画像検索結果 「1872, metropolitan musium opened in newyork」の画像検索結果    「1872, metropolitan museum opened in new york」の画像検索結果 「1872, metropolitan musium opened in newyork」の画像検索結果
      「1872, metropolitan musium opened in newyork」の画像検索結果  「1872, metropolitan musium opened in newyork」の画像検索結果   「1872, metropolitan musium opened in newyork」の画像検索結果  「1016, metropolitan musium in newyork」の画像検索結果 「1016, metropolitan musium in newyork」の画像検索結果 「1016, metropolitan musium in newyork」の画像検索結果

        7 「1923年 - 東京駅前に丸の内ビルヂング」の画像検索結果 「1923年 - 東京駅前に丸の内ビルヂング」の画像検索結果「1923年 - 建設中の東京駅前丸の内ビルヂング」の画像検索結果「2016年 - 東京駅前丸の内ビルヂング」の画像検索結果11 「1935, shirley temple awarded academy special award as the youngest」の画像検索結果 「1935, shirley temple awarded academy special award as the youngest」の画像検索結果
       「1935, shirley temple awarded academy special award as the youngest」の画像検索結果「1935, sharly temple awarded academee special award as the youngest」の画像検索結果「1935, sharly temple awarded academee special award as the youngest」の画像検索結果「1935, sharly temple awarded academee special award as the youngest」の画像検索結果 
24「1997年 - 大阪ドーム」の画像検索結果 「1997年 - 大阪ドーム」の画像検索結果 「1997年 - 大阪ドーム」の画像検索結果

           29 「志賀直哉」の画像検索結果「石田礼助」の画像検索結果「石川啄木」の画像検索結果    「左卜全」の画像検索結果  「水の江瀧子」の画像検索結果 「エフゲニー・F・ドラグノフ」の画像検索結果「ロバート・アルトマン」の画像検索結果「栃錦清隆」の画像検索結果 「黛敏郎」の画像検索結果   「浅香光代」の画像検索結果  「長嶋茂雄」の画像検索結果
                                                      「アントニオ猪木」の画像検索結果 「志村けん」の画像検索結果 「服部良一」の画像検索結果「ゴードン・ブラウン」の画像検索結果
1339 – The Milanese army and the St. George's (San Giorgio) Mercenaries of Lodrisio Visconti clashed in the Battle of Parabiago.
1472Orkney and Shetland are pawned by Norway to Scotland in lieu of a dowry for Margaret of Denmark.
(1)1547年 - イングランドエドワード6世が戴冠。
(2)1564年永禄7年1月8日) - 第二次国府台合戦北条氏里見氏を破る。
(3)1582年天正10年1月28日) - 天正遣欧少年使節長崎港を出港。
1685René-Robert Cavelier establishes Fort St. Louis at Matagorda Bay thus forming the basis for France's claim to Texas.
1792 – The Postal Service Act, establishing the United States Post Office Department, is signed by United States President George Washington.
1798Louis-Alexandre Berthier removes Pope Pius VI from power.
1810Andreas Hofer, Tirolean patriot and leader of rebellion against Napoleon's forces, is executed.
1813Manuel Belgrano defeats the royalist army of Pío de Tristán during the Battle of Salta.
1816Rossini's opera The Barber of Seville premieres at the Teatro Argentina in Rome.
1835Concepción, Chile is destroyed by an earthquake.
1846 – Polish insurgents lead an uprising in Kraków to incite a fight for national independence.
(4)1862年 - 南北戦争: ヴァルヴァードの戦い
1864American Civil War: Battle of Olustee: The largest battle fought in Florida during the war.
1865 – End of the Uruguayan War, with a peace agreement between President Tomás Villalba and rebel leader Venancio Flores, setting the scene for the destructive War of the Triple Alliance.
(5)1872年 - ニューヨークのメトロポリタン美術館が開館。
1873 – The University of California opens its first medical school in San Francisco.
1877Tchaikovsky's ballet Swan Lake receives its première performance at the Bolshoi Theatre in Moscow.
1901 – The legislature of Hawaii Territory convenes for the first time.
1909 – Publication of the Futurist Manifesto in the French journal Le Figaro.
1913King O'Malley drives in the first survey peg to mark commencement of work on the construction of Canberra.
(6)1913年 - 日本で山本権兵衛が第16代内閣総理大臣に就任し、第1次山本内閣が発足。
1921 – The Young Communist League of Czechoslovakia is founded.
(7)1923年 - 東京駅前に丸の内ビルヂングが竣工。
(8)1928年 - 第16回衆議院議員総選挙。(日本における初の男子普通選挙
1931 – The Congress of the United States approves the construction of the San Francisco–Oakland Bay Bridge by the state of California.
・1933 –
Adolf Hitler secretly meets with German industrialists to arrange for financing of the Nazi Party's upcoming election campaign.
(9)1933年 - アメリカ合衆国憲法修正第18条禁酒法)を撤廃するための憲法修正第21条連邦議会で発議。
(10)1933年 - プロレタリア作家・小林多喜二特高警察の拷問により築地警察署で死亡。(築地署事件)
(11)1935年 - シャーリー・テンプルが6歳の史上最年少でアカデミー賞特別賞を受賞。
1935Caroline Mikkelsen becomes the first woman to set foot in Antarctica.
1942 – Lieutenant Edward O'Hare becomes America's first World War II flying ace.
(12)1942年 - 第二次世界大戦: バリ島沖海戦日本海軍連合軍艦隊に勝利。
1943 – American movie studio executives agree to allow the Office of War Information to censor movies.
・1943 – The
Parícutin volcano begins to form in Parícutin, Mexico.
・1943 –
The Saturday Evening Post publishes the first of Norman Rockwell's Four Freedoms in support of United States President Franklin Roosevelt's 1941 State of the Union address theme of Four Freedoms.
1944World War II: The "Big Week" began with American bomber raids on German aircraft manufacturing centers.
・1944 – World War II: The United States takes
Eniwetok Island.
(13)1946年 - ソ連が千島列島南樺太の領土編入を正式に宣言。
(14)1949年 - 秋田県能代市で大火。
(15)1952年 - 東大ポポロ事件
1952Emmett Ashford becomes the first African-American umpire in organized baseball by being authorized to be a substitute umpire in the Southwestern International League.
1956 – The United States Merchant Marine Academy becomes a permanent Service Academy.
1959 – The Avro Arrow program to design and manufacture supersonic jet fighters in Canada is cancelled by the Diefenbaker government amid much political debate.
(16)1962年 - マーキュリー計画: アメリカで有人宇宙船「マーキュリー・アトラス6号」(フレンドシップを打上げ。アメリカ初の有人地球周回飛行に成功し、ソ連の宇宙開発レベルに追いつく。
(17)1965年 - レインジャー計画: アメリカの月ロケット「レインジャー8号」が静かの海に着陸。月面の撮影に成功。
(18)1968年 - 金嬉老事件。2人を射殺・13人を人質に温泉旅館に籠城(2月24日に解決)。
1971 – The United States Emergency Broadcast System is accidentally activated in an erroneous national alert.
(19)1976年 - フィリピン・ルバング島で戦闘を継続していた小野田寛郎に冒険家・鈴木紀夫が接触し帰国を促す。
1978 – The last Order of Victory is bestowed upon Leonid Brezhnev.
(20)1980年 - 大阪府枚方市内の京阪電気鉄道京阪本線御殿山駅 - 枚方市駅間で枚方市立第一中学校生徒5人の悪戯による置き石脱線転覆事故。104人負傷。
(21)1983年 - 宇宙科学研究所がX線天文観測衛星「てんま」を打上げ。
1986 – The Soviet Union launches its Mir spacecraft. Remaining in orbit for 15 years, it is occupied for ten of those years.
1987Unabomber: In Salt Lake City, a bomb explodes in a computer store.
1988 – The Nagorno-Karabakh Autonomous Oblast votes to secede from Azerbaijan and join Armenia, triggering the Nagorno-Karabakh War.
1989 – An IRA bomb destroys a section of a British Army barracks in Ternhill, England.
(22)1991年 - アルバニアの首都ティラナにあったエンヴェル・ホッジャの巨大な像が民衆によって倒される。
(23)1993年 - 文部省宇宙科学研究所がX線天文観測衛星「あすか」を打上げ。
(24)1997年 - 大阪ドームが完成。
(25)1998年 - 坂出送電塔倒壊事件
1998 – American figure skater Tara Lipinski becomes the youngest gold-medalist at the 1998 Winter Olympics in Nagano, Japan.
2003 – During a Great White concert in West Warwick, Rhode Island, a pyrotechnics display sets the Station nightclub ablaze, killing 100 and injuring over 200 others.
2005 – Spain becomes the first country to vote in a referendum on ratification of the proposed Constitution of the European Union, passing it by a substantial margin, but on a low turnout.
(26)2005年 - 明治安田生命金融庁監査当局より、国内保険業界史上初の業務停止命令を受ける。
(27)2006年 - 岩手県水沢市江刺市ほか3町村が合併して奥州市が発足。
(28)2006年 - 山梨県中央市が市制施行。
2006 – In South Korea the United Liberal Democrats, the three top political parties was merged into Grand National Party.
2009Two Tamil Tigers aircraft packed with C4 explosives en route to the national airforce headquarters are shot down by the Sri Lankan military before reaching their target, in a kamikaze style attack.
2010 – In Madeira Island, Portugal, heavy rain causes floods and mudslides, resulting in at least 43 deaths, in the worst disaster in the history of the archipelago.
2013 – The smallest extrasolar planet, Kepler-37b is discovered.
2014 – Dozens of Euromaidan anti-government protesters died in Ukraine's capital Kiev, many reportedly killed by snipers.
2015 – Two trains collide in the Swiss town of Rafz resulting in as many as 49 people injured and Swiss Federal Railways cancelling some services.
(29)ヨシダが選んだ著名人の誕生日; 志賀直哉 (1883)、 石田礼助(1886)、 石川啄木 (1886)、 左卜全(1894)、 水の江瀧子 (1915)、 エフゲニー・F・ドラグノフ (1920)、 ロバート・アルトマン (1925)、 栃錦清隆(1925)、 黛敏郎 (1929)、 浅香光代(1931)、 長嶋茂雄 (1936)、 アントニオ猪木  (1943)、 志村けん(1950)、 服部良一 (1950)、 ゴードン・ブラウン (1951)


                          インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 

ただ今、 6116です。  
2016年2月20日(土)掲載分
昨日2月19日最終のトップページ
編集者のダイアリー・コナー

 「2月20日のできごとに関してヨシダが特に関心を抱くのは、「(11)1935年 - シャーリー・テンプルが6歳の史上最年少でアカデミー賞特 別賞を受賞」です。ヨシダが4歳の時代。子供心に覚えているのは白黒映画でテンプルちゃんの可愛い、ちょっと大人顔負けの演技力でした。ウィキペディアで みるテンプル評をちょっと長文になりますが、以下にその「抜き出し」の幾つかを列記します。★(テンプルちゃんの人生実績の一端をウィキペディアから) 「・・・映画俳優、政治家、企業の重役など、いくつもの分野で顕著な功績を挙げ、6歳から85歳で亡くなるまでアメリカの名士であり続けた・・・人気がどれほど加熱したか伝えるエピソードは数え切れない・・・シャー リー・テンプルが得た収入の高さは伝説として語り継がれている・・・1937年を例に挙げよう。この年のアメリカ成人の平均年収は860ドル、彼女のスタ ンドインを務めた親友のメリー・ルー・イズライブは週給50ドル。映画俳優の出演料第1位はシャーリーで30万7014ドルである・・・多くの国際会議で1970年から1974年にかけてアメリカ代表を務め、まもなく持ち前の勤勉さと人間的な魅力で「アメリカ外交の秘密兵器」といわれるほどの優秀な外交官になる・・・演説の原稿はすべて自分で書いており・・・女性初の国務省儀典長に抜擢された(英語:Chief of Protocol of the United States)。ホワイトハウスの全ての儀式の責任者として、また同時にブレアハウス等のアメリカの迎賓館で全ての国賓の接待を取り仕切る役職に置かれた・・・1989年から1992年 まで特命全権大使としてチェコスロバキアに赴任・・・公職を退いた後も終生、スタンフォード大学国際問題研究所 (en:Freeman Spogli Institute for International Studies) の評議員であった・・・2014年2月10日月曜日、カリフォルニア州ウッドサイドの自宅にて家族に看取られ死去。享年85歳。AP通信 によると遺族は広報担当者シェリル・ケイガンを通じてコメントを発表した。「家族の目から見ても、とてもすばらしい一生だったと感じています。俳優であり 外交官であり、そしてもちろん私共家族には愛すべき母、祖母、曾祖母であり、また亡くなった父チャールズ・オルデン・ブラックの最愛の妻として、精一杯生 きた人でした。」等々と・・・.(ウィキペディア)」★実に稀有な実力を背景にした人生実績の数々です。彼女の華やかかつ稀有な生涯を通した幾つかの写真 を下記に添付して遺徳を偲びます★ちなみに、彼女の生まれはApril 23, 1928、他界は February 10, 2014。ヨシダより3年半前の生まれ。死去の当時のヨシダは個人的なことですが、人生の際どい分岐点で、その事実を知りませんでした。いま、このコラム 編集で想いを巡らしています。合掌
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 冒頭の本欄で異例の長文&当該写真添付をしたためか、ひと通りの取材を終えた現在、受信メール情報を含めて編集したい記事にヒットしません。欲張るなよ、という受けとめをします。ま、その分、「2月23日のできごと」 編集に向けられることで「先取り」効果は期待されます★それにしてもですが、上掲のテンプルさんってどえらい人物だったのだなあ、と今更のように想起しま す。神さまがこの世に遣わした・・・って印象です。年齢がヨシダと似通ったこともあって、まだ生きてほしかった・・・と呟きます。(9:45)
  今日の取材はゼロ!ま、その分、「2月24日のできごと」 先取り編集しました。上掲のシャーリー・テンプルさんの業績写真を追うことで結構、時間をとったし、満足って感じですので、ま、たまにはこんな日があって もイイでしょう★「一日二食主義」に転じて2週間以上。先ほど、チョッピリ空腹感を得て。口にしたのが「California Raisin Loaf(乾しぶどう食パン)&ミルクコーヒー」。前者は歯ごたえバツグンの美味しい食パン。間食は一切口にしないヨシダですが、ま、たまにはイイでしょ う。本日は早めに日付変更してくつろぎます。(19:20)



 昨日19日の記事3編を下記に掲載していますが、本日20日の第一記事掲載( : )をもって消却します。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。 
No.6116

ローマ法王 「キリスト教徒ではない」…トランプ氏を批判
毎日新聞2016.2.19.
ヨシダブログ:ト ランプ氏に偏見を抱くわけではありませんが、CNNに初めて登場した時の彼の姿や言動を観て感じたことは、この人物が米大統領になったらアメリカもオワリ だ・・・ということでした。その彼の言動の激しさは一層強まりつつあり、オバマ現大統領をして、同氏に対するネギャィヴな発言さえみられます▼こと「移民 問題」に関する限り、是非論は様々ですが、一つしかない地球に200に近い国、70数億人がひしめいている現状からして、移民問題は避けて通れない現実。 メキシコとの国境に2500キロの壁を建設し、1100万人の不法移民を国外追放したいと表明するに至っては暴言も甚だしいと言わざるを得ません。彼自身 は祖父の代にアメリカに渡ってきたドイツ系アメリカ人の父、およびルイス島 生まれの移民であったスコットランド系アメリカ人の母を持つ移民族。広い心を期待するのですが、こと選挙となれば話は別?・・・▼蛇足(?)のブログ:編 集中に学んだ一つは「Illumitati Symbols」という表現。??よく分かりましぇ~ん・・・。写真11枚添付ファイル
    「トランプ氏メキシコ国境」の画像検索結果    「トランプ氏メキシコ国境」の画像検索結果           「トランプ氏メキシコ国境」の画像検索結果     
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No.6115
働かないアリ
紀伊民報「水鉄砲」2016.2.19.石
ヨシダブロ
グ:
「2・6・2の法則」とは、「人間が集団を構成すると、『優秀な人が2割、普通の人が6割、パッとしない人が2割』という構成になりやすい」というもの▼似たような法則に「パレートの法則」というのがあります。これは「
一 般に経済において、全体の数値の大部分は、全体を構成する内の一部の要素が生み出しているという、イタリアの経済学者ヴィルフレド・パレートが発見したと される法則」で、「80対20の法則」「ばらつきの法則」などと呼ばれる場合もあります▼3段階・通算60余年の経営者人生を送ったヨシダ。この辺りのこ とは学理的云々でなく、実感として体験したものです。でもま、人間社会の実態からみて、「人間はアリにも劣る」とまでは考え過ぎ・・・がヨシダのブログ。 なにせ、人間尊重の精神を貫いた経営者OBですので・・・(笑)。写真13枚添付ファイル
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No.6114
国宝を守らなければ「年金・医療」はもたない イギリス人アナリスト、「文化と経済」を斬る
東洋経済ONLINE2016.2.19.デービッド・アトキンソン :小西美術工藝社社長

ヨシダブログ:「国 宝を守らなければ<年金・医療>がもたない・・・」でギョッとして注目しました!「国宝と年金の因果関係って!?」が単細胞的ヨシダの反応 (笑)。読み進んで「な~るほど・・・」と▼われらニッポン人はわが国歴史をはじめ、伝統ある文化芸術を誇ります。日本人の国民性はそれに準じて自負する 一面があり、そのこと自体は誇るるに値します。しかし、 一方で、皮肉なヨシダブログを躊躇せずの一つは、日本人特有の「意味不明のお愛想笑い」がそのひとつ。半世紀以上も前に購読していたジャパン・タイムズ紙 「社説」曰く、「Japanese Enigmatic Smile」(日本人の不可解な笑み)を現在にして想起します▼英語を話すときに大きな邪魔になったり誤解すら招来するのが日本人特有の仕草や表情や話し ぶりEtc.▼ブログが飛んで恐縮ですが、ある母国の友人がそうしたヨシダ意見を指して曰く、「ヨシダさん、それって日本人の文化だよね・・・(仕方ない よネ(?)」。意地悪く言い返しました。「国際語を使って国際舞台で行動するニッポン人にとっては欠点ですよね。そんな文化は日本人同士に限ってにして、 国際舞台で英語で活動する時には世界に通用する仕草や話し方や表情でしないと、ニッポン人は奇異な民族に なりかねませんよね・・・」と(笑)。ちなみに、その人物の奥さんはオランダ人で英語教授。日本人の英語教育に採り入れる価値ある提言としてメールしまし たが、ご機嫌を損ねた感じでか、爾来、そのことには言及されません▼終戦後のニッポン人の英語熱盛んな時代に一世を風靡したNHK英会話「カム・カム・エ ヴリボディ」の平川唯一先生の弁は、「英語を話すときには英米人を真似たマナーで」でした。と、ブログがとんだところに飛んでシツレイしました▼本記事の 「中見出し」は、■(1) 観光立国の実現のため、■(2)人口減少による「氏子」や「檀家」、観光客の激減、■(3)日本文化の伝承、■(4)伝統技術の継承、■なぜイギリス人が 「日本文化」を気にするのか・・・と続きます▼ふと、好奇心旺盛なヨシダが検索したことに、日本大ファンの主人公・デービッド・アトキンソンの奥さんは日 本人女性(!?)ってことで検索するもヒットしません。「好奇心を抱く」ことは、かのヨシダが愛する英語朗誦の一つ「YOUTH(青春)」にあることから、決して失礼な思惑ではないと自負します▼添付した末尾の画像「外国人旅行者受入数の国際ランキング(2013年)」では「ニッポンはビリ」です!トホホです。▼(追伸)おっと、大事なこと!!!! 外国人旅行者の日本誘致に欠かせないのがニッポン人の英語力。「身振り手振り、不可解なお愛想笑い」から、英語案内を充実させたらもっと期待できるのが外人旅行客獲得ノウハウです!写真17枚添付ファイル
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                 「末尾の特別情報お知らせコーナー」
  以下のコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するもので して、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。なお、上掲のリンクをクリックすると、そ の下書き的なテーマや内容の一端が垣間見られます。

             自然に到達した「自利から他利」の実践とその心
 このコラムはちょっとばかり長文ですので、ご興味のある方に限って上掲をクリックしてご覧ください。下記はその関係資料です。
  
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   ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。 

                        2016年2月20日(土)
                          ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
                                             吉田祐起
                             (満84歳3ヶ月)  
                  (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)                                                           yoshida@a-bombsurvivor.com
                           URL(eng): http://www.a-bombsurvivor.com
            URL(jpn): http://www.a-bombsurvivor.com/index_japanese.html