吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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         吉田祐起のプロフィール  (満84歳3か月) 
   "生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 


 この国フィリピンを終の棲家と定めて住み着いたのは2009年2月1日でした。

 数年間の自立単身生活を経て、ある縁を得て、現在ではフィリピン家族と共同生活を送っています。題して「相互扶助精神に基づ く運命共同体生活」がそれです。ヨシダの終生面倒見をかれらにしてもらうかわりに、皆さんには貧困から脱却してもらってお互いに幸せになりましょうという相互扶助の共同生活です。 

 ・・・ と、こんな生活設計を描いて現在に至るヨシダですが、ヨシダの義務は長生きすることにあると自覚しています。そのためには満40歳からある動機を得て始め て現在に至る自己流のストレッチング体操に一層の磨きをかけるなど、加えて長年に及ぶステッキ使用で肩にかかった重荷による肩こり解消に集中努力をして通 算8年。お陰で99.9%の達成振りです。でも、ちょっと真似のできない自助努力と自負します。

 肝心のボケ防止のための独特の手法を編み出したのが2012年3月のこと。題して「インタネット情報&ヨシダブログ」がそれです。詳細はクリックしてご覧くださいませんか?「こんなことをしているなんて、カッコいいボケ防止!」と自我自賛しています(笑)。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                                         English               
            2016年2月2日(火)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2008.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
 

       ヒロシマ・ヒバクシャのヨシダが発信する「オバマ米大統領の被爆市訪問」のこと
  フィリピンに来て間もない頃は2009年11月10日のこと。シンガポールで開催の APEC会議出席の前に東京に立ち寄られたオバマ大統領がNHK WORLDの記者の質問(今回の日本立ち寄りを機に、被爆市訪問の意図がありますか?) 対して答えられた言葉が鮮明です。"The schedules are too tight this time. However, I would like to have an honor of visiting some day during my Presidency."(今回はスケジュールが一杯でできないが、任期中の何時か訪問の栄に浴したい・・・)。その出来事を踏まえて即座に書いたのが、拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)です。クリックしてご覧ください。ヨシダはその後、その適切な訪問時期は、区切りイイ年次の「2010年ー65周年」として 公開書簡まで発表したものでした。しかし、それが実現しなかったことは、現在にして思うに、「2015年ー70周年」こそがベストな年次と提唱するに至り ました。
 ところが、8月に入ってもその気配は皆無。「2015年-70周年」に拘っていたヨシダは絶望と思いつめていたものの、考えてみれば 同大統領の任期は 2017年1月20日東部時間正午まで。とすれば、区切りは良いとは言えない「2016年ー71周年」になるのが精一杯。まいっか・・・と勝手に思ってい るところです。大統領任期中の「レガシー(遺産)づくり」としても、男の約束においても実現されるのがご本人のためだとさえ思うのがヨシダです。

 おって、ヒバクシャとして被害意識を強くする中で、オバマ米大統領が2011年の9.11の8周年記念式典(ペンタゴン)て遺族たちを前にスピーチした言葉の一節を下記に掲載します。「被害意識」が先行するヒバクシャのわれわれが共有すべき貴重な言葉と受けとめます。なお、この崇高なる大統領の言葉は"Ceremonies Mark 8th Anniversary of September 11 Terrorist Attacks"の中ほどに小さく載っていたもので、目立たないものです。中見出し付きもしくは、太文字表示されるべき価値あるものと考えます。
"Let us renew the true spirit of that day. Not the human capacity for evil but the human capacity for good - not the desire to destroy but the impulse to save and to serve and to build," あの日の真実の心を新たにしましょう。 悪に対する人類の能力としてでなく、善に対する人類の能力としてです。-破壊することへの欲望でなく、守り、奉仕し、建設するための推進力としてです。(オバマ米国大統領・翻訳;吉田祐起) 
            「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果         「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果
   (注:このトップコメントは2016年8月6日まで掲載します。しぶといでしょう、ヨシダは・・・笑)

                
                  ウィキペディアから拾った2月2日の「できごと」 
                            February 2, Events(英語版)                                                                    「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。★なおまた、「ウィキペディアのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・★なお、英語版の掲載は本家 米国が主体性であるにかんがみ、世界的視野からの「できごと」を知る意味で日本語版との重複は無論、除外してそのまま掲載しております。同英語版のリンク をクリックすると日本語版には見られない内容豊かなコンテンツが目に付きます。

      4「藤原為家」の画像検索結果     「古今和歌集」の画像検索結果       「古今和歌集」の画像検索結果    7「Alexander Selkirk」の画像検索結果 「Alexander Selkirk」の画像検索結果 「Alexander Selkirk」の画像検索結果 「Alexander Selkirk」の画像検索結果「Alexander Selkirk」の画像検索結果
      「Alexander Selkirk」の画像検索結果「Alexander Selkirk」の画像検索結果「Alexander Selkirk」の画像検索結果11「1913, grand central station」の画像検索結果「1913, grand central station」の画像検索結果
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「1954年 - 日本航空が日本で戦後初の国際航空路・東京 - ホノルル - サンフランシスコ線を開設。」の画像検索結果「1954年 - 日本航空が日本で戦後初の国際航空路・東京 - ホノルル - サンフランシスコ線を開設。」の画像検索結果「1954年 - 日本航空が日本で戦後初の国際航空路・東京 - ホノルル - サンフランシスコ線を開設。」の画像検索結果「1954年 - 日本航空が日本で戦後初の国際航空路・東京 - ホノルル - サンフランシスコ線を開設。」の画像検索結果
    23   「ディアトロフ峠事件」の画像検索結果  「ディアトロフ峠事件」の画像検索結果 「ディアトロフ峠事件」の画像検索結果    「ディアトロフ峠事件」の画像検索結果   「ディアトロフ峠事件」の画像検索結果「ディアトロフ峠事件」の画像検索結果
         「ディアトロフ峠事件」の画像検索結果   「ディアトロフ峠事件」の画像検索結果  「ディアトロフ峠事件」の画像検索結果               関連画像27「1972年 - グアム島に隠れ続けていた元日本兵・横井庄一が帰国。」の画像検索結果「1972年 - グアム島に隠れ続けていた元日本兵・横井庄一が帰国。」の画像検索結果
                    関連画像「1972年 - グアム島に隠れ続けていた元日本兵・横井庄一が帰国。」の画像検索結果「1972年 - グアム島に隠れ続けていた元日本兵・横井庄一が帰国。」の画像検索結果「1972年 - グアム島に隠れ続けていた元日本兵・横井庄一が帰国。」の画像検索結果     「1972年 - グアム島に隠れ続けていた元日本兵・横井庄一が帰国。」の画像検索結果 「1972年 - グアム島に隠れ続けていた元日本兵・横井庄一が帰国。」の画像検索結果  「1972年 - グアム島に隠れ続けていた元日本兵・横井庄一が帰国。」の画像検索結果

                    38 「ベネディクトゥス13世」の画像検索結果 「ミハイル・フルンゼ、」の画像検索結果関連画像「鹿島守之助、」の画像検索結果「二葉あき子」の画像検索結果「安藤まり子、」の画像検索結果「張富士夫」の画像検索結果 「中川秀直、」の画像検索結果「岸久美子」の画像検索結果「朴槿恵」の画像検索結果「大田弘子」の画像検索結果
506Alaric II, eighth king of the Visigoths promulgates the Breviary of Alaric (Breviarium Alaricianum or Lex Romana Visigothorum), a collection of "Roman law".
(1)589年禎明3年/開皇9年1月12日) - が江南のを滅ぼし、中国を統一する。
(2)962年 - 東フランク王オットー1世がローマ教皇ヨハネス12世から戴冠を受け、初代神聖ローマ皇帝となる。
1032Conrad II, Holy Roman Emperor becomes King of Burgundy.
1141 – The Battle of Lincoln, at which King Stephen is defeated and captured by the allies of Empress Matilda, presenting her with an opportunity to become the first queen of medieval England; this fails to occur, however.
(3)1181年養和元年1月17日) - 後白河法皇平清盛の死去に伴い院政を再開する。
1207Terra Mariana, comprising present-day Estonia and Latvia, is established.
(4)1266年文永2年12月26日) - 藤原為家らが『続古今和歌集』を撰進する。
1461Wars of the Roses: The Battle of Mortimer's Cross is fought in Herefordshire, England.
1536 – Spaniard Pedro de Mendoza founds Buenos Aires, Argentina.
1542 – Portuguese forces under Cristóvão da Gama capture a Muslim-occupied hill fort in northern Ethiopia in the Battle of Baçente.
(5)1580年天正8年1月17日) - 三木合戦(三木の干殺し)が終結。羽柴秀吉三木城を陥落させる。
(6)1653年 - ニューアムステルダム(現在のニューヨーク)に正式に市の資格が与えられる。
(7)1709年 - ロビンソン・クルーソーのモデルといわれるスコットランド人船員のアレキサンダー・セルカークが太平洋の無人島で発見される。
(8)1848年 - 米墨戦争終結のためのグアダルーペ・イダルゴ条約に調印。
1848 – California Gold Rush: The first ship with Chinese immigrants arrives in San Francisco.
1868 – Pro-Imperial forces captured Osaka Castle from the Tokugawa shogunate and burned it to the ground.
(9)1876年 - メジャーリーグナショナルリーグ設立。
(10)1878年 - ギリシャオスマン帝国に宣戦布告。
1887 – In Punxsutawney, Pennsylvania the first Groundhog Day is observed.
1899 – The Australian Premiers' Conference held in Melbourne decides to locate Australia's capital city, Canberra, between Sydney and Melbourne.
1901 – Funeral of Queen Victoria.
(11)1913年 - ニューヨークのグランド・セントラル駅の現在の駅舎が使用開始。
1914Charlie Chaplin's first film appearance, Making a Living premieres.
・1920 – France occupies
Memel.
(12)1920年 - エストニアソビエト・ロシアタルトゥ条約に調印。ソ連が帝政ロシアの支配下にあったエストニアの独立を承認。
(13)1920年 - 東京市街自動車の乗合バスに日本で初めて女性車掌(バスガール)が登場。
(14)1922年 - ジェイムズ・ジョイスの小説『ユリシーズ』が発刊。
1925Serum run to Nome: Dog sleds reach Nome, Alaska with diphtheria serum, inspiring the Iditarod race.
1933 – Working as maids, the sisters Christine and Léa Papin murder their employer's wife and daughter in Le Mans, France. The case is the subject of a number of French films and plays.
(15)1934年 - 合衆国輸出入銀行設立。
1935Leonarde Keeler tests the first polygraph machine.
(16)1937年 - 日本で、林銑十郎が第33代内閣総理大臣に就任し、林内閣が発足。
(17)1940年 - 衆議院で斎藤隆夫が軍部の日中戦争処理方針を非難する反軍演説を行う。
(18)1942年 - 大日本国防婦人会愛国婦人会・大日本聯合婦人会を統合して大日本婦人会が発足。
1942Osvald Group is responsible for the first, active event of Resistance [against the German occupation of Norway] when Østbanehallen (at present-day Oslo Central Station) was blown up to protest the inauguration of Vidkun Quisling.
(19)1943年 - 第二次世界大戦: スターリングラード攻防戦がソ連の勝利で終結。
(20)1946年 - 宗教法人令改正。神道宗教として扱い、神社宗教法人とする。
(21)1954年 - 日本航空が日本で戦後初の国際航空路・東京 - ホノルル - サンフランシスコ線を開設。
(22)1956年 - 京阪神急行電鉄宝塚線庄内駅において、車両故障時の対応の不手際から、激怒した乗客が線路を封鎖して電車を止める。(庄内事件
1957Iskander Mirza of Pakistan lays the foundation-stone of the Guddu Barrage.
(23)1959年 - ソビエト連邦ウラル山脈山中において、ディアトロフ峠事件が発生し、トレッキング客9人が怪死。
1966 – Pakistan suggests a six-point agenda with Kashmir after the Indo-Pakistani War of 1965.
(24)1967年 - アメリカン・バスケットボール・アソシエーション発足。
(25)1970年 - アメリカ合衆国環境保護庁 (EPA) が発足する。
(26)1970年 - コーンフィールド・ボンバー不時着事故が発生。
1971Idi Amin replaces President Milton Obote as leader of Uganda.
・1971 – The international
Ramsar Convention for the conservation and sustainable utilization of wetlands is signed in Ramsar, Mazandaran, Iran.
1972 – The British embassy in Dublin is destroyed in protest at Bloody Sunday.
(27)1972年 - グアム島に隠れ続けていた元日本兵・横井庄一が帰国。
(28)1976年 - NETテレビ(現:テレビ朝日)で『徹子の部屋』が放送開始。
1976 – The Groundhog Day gale hits the north-eastern United States and south-eastern Canada.
1980 – Reports surface that the FBI is targeting allegedly corrupt Congressmen in the Abscam operation.
19821982 Hama massacre: the government of Syria attacks the town of Hama.
(29)1987年 - 前年2月のエドゥサ革命後のフィリピンで新憲法制定。
1988Auntie Anne's is founded by Anne F. Beiler in Lancaster, Pennsylvania.
1989Soviet war in Afghanistan: The last Soviet armoured column leaves Kabul.
1990Apartheid: F. W. de Klerk announces the unbanning of the African National Congress and promises to release Nelson Mandela.
(30)1990年 - ソ連崩壊: エストニアの代議員合同総会で、1920年の同日に調印したタルトゥ条約が現在も有効であり、エストニアは独立国であると宣言。
(31)1990年 - アパルトヘイト: 南アフリカフレデリック・ウィレム・デクラーク大統領アフリカ民族会議などを合法化し、ネルソン・マンデラの釈放を約束。
(32)1998年 - 日本で7桁の新郵便番号が導入開始。
2000 – First digital cinema projection in Europe (Paris) realized by Philippe Binant with the DLP CINEMA technology developed by Texas Instruments.
(33)2002年 - 茨城県守谷市が市制施行。
2004 – Swiss tennis player Roger Federer becomes the No. 1 ranked men's singles player, a position he will hold for a record 237 weeks.
(34)2005年 - 前年米国カーライルグループに買収されたDDIポケットウィルコムに社名変更。
(35)2006年 - 神戸新交通ポートアイランド線市民広場駅 - 神戸空港駅間が延伸開業。
2007 – The worst flooding in Indonesia in 300 years begins.
(36)2011年 - エジプトで反ムバラク派のデモ隊とムバラク派のデモ隊が衝突。多数の死傷者を出す。
(37)2011年 - 大相撲野球賭博問題における警視庁の捜査で、押収した力士の携帯電話から八百長を行っていたメールの存在が明らかになる。(大相撲八百長問題
2012 – The ferry MV Rabaul Queen sinks off the coast of Papua New Guinea near the Finschhafen District, with an estimated 300 people missing.
(38)ヨシダが選んだ著名人の誕生日; ベネディクトゥス13世(1649)、 ミハイル・フルンゼ(1885)、 松田竹千代、(1888)、 鹿島守之助(1896)、 二葉あき子(1915)、 安藤まり子(1929) 張富士夫 (1937)、 中川秀直(1946年) 岸久美子 子(1946)、 朴槿恵(1952)、 大田弘子(1954)。

                        インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を
編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 
ただ今、 
6076編です。
 

2016年2月2日(火)掲載分
昨日2月1日最終のトップページ
編集者のダイアリー・コナー

 「2月2日のできごと」でヨシダが特に関心を強くするのは、「(21)1954年 - 日本航空が 日本で戦後初の国際航空路・東京 - ホノルル - サンフランシスコ線を開設」です。ほかでもありません、当時のヨシダは23歳で人生第一毛作の技術屋自営業時代。得意の英語を駆使して米国の同業者と文通 などで新技術取得や実用新案商品販売等々で大人顔負けの稼ぎをしていた時代。おりしも、ハワイ生まれのお袋を、気前よく生まれ故郷に里帰りさすために、生 まれて間もな い日本航空を使ったものでした。帰国してからの飛行機の旅を「ちっとも、揺れなかったわい・・・」と。102歳まで生きたお袋でしたが、脚の不自由な長男 のユウキにおんぶに抱っこ人生でした(笑)。
 今朝の取材記事第一発はヨシダにとって痛快この上もないもの。書き(ブログし)たい放題しましたので悪しからずご理解のほど。「No.6072:香山リカのココロの万華鏡  人間性を欠いた笑顔毎日新聞2016.2.2.香山リカ・精神科医)」がそれです。本文の?倍のボリュームのヨシダブログとは!?(9:50)

  久々にヨシダの本領(?)を発揮しそうな記事にヒットしました。記事筆者の「舌足らずの弁」(シツレイ)は横に置いといて・・・のブログ。「大型自動車運 転手は道路交通王者」の自意識をもって、「交通事故防止の指導的な役割」を果たして欲しい!というのが本ブログの狙いです。題して「No.6073:安全に近道なし福島民報「あぶくま抄」2016.2.2.)」がそれです。(12:20)
 半年振りにヒットした宿輪純一博士の記事。「No.5607:財政破綻の常習犯ギリシャが甘やかされる理由DIAMOND Online2015.7.15.宿輪純一 [経済学博士・エコノミスト] )に次ぐ、「No.6074:日銀マイナス金利は「ショック療法」 黒田日銀総裁の思惑を読む【宿輪ゼミ・緊急特別講義】DIAMOND Online2016.2.2.宿輪純一 [経済学博士・エコノミスト])」がそれです。日銀政策を称して「・・・気合だけでは限界があります・・・」と。(13:20)

 前項に続いて「日銀黒田総裁さんが主役」の記事は「No.6075:金融政策はミステリーゾーンに突入REUTERSロイター2016.2.2.Swaha Pattanaik)」です。またまた皮肉のヨシダブログをお許しのほど・・・。(14:40)
 「No.6076:マイナス金利 苦しまぎれの冒険だ毎日新聞「社説」2016.2.2.(1.30付))」を編集しながら心配することは唯一つ。次元の低いことで恐縮ですが海外生活者にとって歓迎されない円安傾向のひと言に尽きます。スミマセン、次元の低いブログで・・・。(15:20)


No.6076
マイナス金利 苦しまぎれの冒険だ
毎日新聞「社説」2016.2.2.(1.30付)
ヨシダブログ:各紙の「社説」は敬遠するブロガーのヨシダですが、傍らのXPパソコンに入ったメルマガのタイトル(マイナス金利 苦しまぎれの冒険だ)で関心を抱きます。直前に掲載した記事「No.6075:金融政策はミステリーゾーンに突入REUTERSロイター2016.2.2.Swaha Pattanaik)」とも関連するからです。低金利・マイナス金利は日本円の魅力が下落するばかり。裏返せば円安進行。海外生活者にとってはガッカリ政策にほかありません。トホホ・・・です。
No.6075
金融政策はミステリーゾーンに突入
REUTERSロイター2016.2.2.Swaha Pattanaik

ヨシダブログ:
本記事筆者の末尾の弁が気懸かりです。曰く、「・・・日本が示しているように、金利が相当低い場合、かつて有益だった市場の指標は異なる動きをし始めるのだ」と。投機には無縁のヨシダの唯一の気懸かりは「アベノミクス&クロダ日銀政策」の去就あるのみです。ふと、想起すること。「ミステリー・ゾーン」と言えば、別のニュアンスを抱くのがヨシダです。輪転機でジャンジャン印刷して市場にばら撒いた巨額のお金の行方。称して「
ブラックホール化する日銀の国債購入(2014 年11月4日)がそれです▼イタズラ心旺盛なヨシダがグーグルで造幣局の輪転機を探すに出てきません。規制されていると判断します。英語でインプットする と外国のものがジャンジャン出てきます。??ですよね。こんなところにも垣間見られるのが「クローズドvsオーオープン」のお国柄差異ですね。余計なお世 話です が、写真に観る黒田総裁の険しい(?)ご表情。苦悩さが浮き彫りって印象を与えます・・・。(写真10枚添付ファイル   
    「日銀」の画像検索結果 「swaha pattanaik reuters」の画像検索結果 「books written by swaha pattanaik reuters」の画像検索結果 11月5日、日銀の国債購入は「ブラックホール」の様相を呈し始めている。写真はハッブル宇宙望遠鏡がとらえた中心部にブラックホールが存在すると考えられているリング状銀河。NASA提供(2014年 ロイター)「Andy Mukherjee」の画像検索結果
    「dollar notes printer」の画像検索結果 「dollar notes printer」の画像検索結果「dollar notes printer」の画像検索結果  「dollar notes printer」の画像検索結果         「dollar notes printer」の画像検索結果
No.6074

日銀マイナス金利は「ショック療法」 黒田日銀総裁の思惑を読む【宿輪ゼミ・緊急特別講義】
DIAMOND Online2016.2.2.宿輪純一 [経済学博士・エコノミスト]
ヨシダブログ:強烈な印象を受けた本記事筆者の宿輪純一氏の前回記事は「No.5607:財政破綻の常習犯ギリシャが甘やかされる理由DIAMOND Online2015.7.15.宿輪純一 [経済学博士・エコノミスト] ) でした▼「中見出し等」は、■日銀当座預金の金利に3つのパターンを設 定する――マイナス金利の仕組み、■欧州の先行事例に学ぶ――マイナス金利の目的、■日銀マイナス金利の目的と効果を考える<(1)円安誘導(為替 レート>、(2)物価上昇)、(3)融資の拡大、(4)国債の購入>、■黒田日銀総裁による「ショック療法」の意味・・・と続きます▼長文の 記事ですが、末尾の言葉がその内容の概要を物語ります。曰く、「・・・日 銀は、日本の循環器系の主治医として、この療法(マイナス金利)の「本当の考え(効き目)」と「今後どうなるのか」を国民に説明してほ しいものです。29日の会見の説明では、国民はよく分からなかったのではないでしょうか。分からない薬の効き目は薄くなるものです。気合だけでは限界があ ります。」がそれです▼おって、宿輪先生の主宰「宿輪ゼミ」は2015年9月に、会員が“1万人”を超えた」とあることをもって、宿輪論が強くマークされているとみます。写真10枚添付ファイル
     宿輪ゼミLIVE 経済・金融の「どうして」を博士がとことん解説
   決済システムのすべて通貨経済学入門【第2版】証券決済システムのすべて通貨経済学入門円安vs.円高 どちらの道を選択すべきか商品の詳細商品の詳細
No.6073
安全に近道なし
福島民報「あぶくま抄」2016.2.2.
ヨシダブログ:さ り気ないような日常の光景のようにも見える本記事の切り出しに注目します。くだんの場所が交差点であるか無いかは言及していませんが、恐らくその先には信 号機があると思考します。添付写真3枚ともその光景として参考に供しますが、本記事が述べる状況判断は想像の域を脱し得ません▼まず、そうでなく、信号機 の無い場合を想定しましょう。もっとも、右折レーンがある場合はその先に信号交差点がある、ということの認識や常識は歩行者も持っている筈です!にも関わ らず、歩行者が道路横断をするとした、無謀そのものとしか言いようがありません▼その場合に最も強く批判されるべきは歩行者側です。とすれば、バスの運転 手さんは後続の右折レーン走行中のクルマに対する注意信号でなく、歩行者その者に対する無謀行動を制するべく、クラクションを鳴らしつつ手でノーノー!と 制止するのが先決であるべきと思考します▼その辺りの状況説明が本記事では不明確です。交通事故防止関連専門家ヨシダの突っ込んだ弁でして、その辺りの配 慮や言及が不正確な記事とみます▼ちなみに、信号機があれば、歩行者もそれに従うし、右折レーンを走行中のクルマも交差点右折では優先権を意識して行動す ることから万一ノ場合は歩行者責任さえ問われるでしょう▼さて、ドライバ-教育を人生第三毛作の一環に据えたヨシダが本編記事で強調ブログしたいことはこ うです・・・。歩行者は交通ルールやその仕組みに疎いセクト。ドライバーは専門家。とすれば、その優位性を良い意味で意識して「指導的役割」を果たしてほ しい、というのが要点デス!具体的には、ドライバーなかんずく、大型トラック・バスのオペレーターの心得です。道路交通では「王者の自負」をもって、弱い 立場の歩行者には「気配り・指導者的な責任と役割を演じる心の持ち主」を演じることに尽きます。「世のドライバー諸氏よ、よろしく!」が本記事に際しての ヨシダブログのエッセンスです。写真4枚添付ファイル
       「直進・右折2レーンの交差点」の画像検索結果 「歩道前の直線・右折交差点」の画像検索結果 「歩道前の直線・右折交差点」の画像検索結果   「歩道前の直線・右折交差点」の画像検索結果       
No.6072
香山リカのココロの万華鏡  人間性を欠いた笑顔
毎日新聞2016.2.2.香山リカ・精神科医
ヨシダブログ:久々 にというよりも、本コラムでは初めてのご登壇をいただくのが在日中からマークしていた香山リカ先生の強烈な弁!平素、ヨシダも同じことを感じているだけ に、飛びつきました!・・・と、関係資料を検索する中で感じることに、なにやらアンチ的な香山リカ評が否定できません。ま、昨今のこと、有名人になれば なったで足を引っ張るセクトの台頭は日常茶飯事。ヨシダが抱いていきた同氏の本記事評に徹します。なお、同氏の公平な人物評は長文の「香山リカ」 をご参照ください。著書に至っては大量であるために、本欄で紹介することはしません▼ヨシダが焦点を当てたいことは、冒頭の「・・・人間性を欠いた笑顔」 に集中します。「日本人特有の笑顔(照れ隠しのお愛想笑)」が主題です。「意味不明かつ、お愛想笑」が日本人特有の仕草です。海外テレビしか観ないし観れ ない現在の環境の中です が、時たま目に触れるのが同胞ニッポン人のテレビ取材マイクが向けられた時の「ニッポン人特有の笑顔」デス。瞬間、恥ずかしく感じます▼葬儀の場での光景 を想像したら一番明白です。 久々に会う関係もあってか、途端に破顔爆笑(?)が日本人スタイル。西欧人はゼッタイにそんな振る舞いはしません!表情は悲しみで硬く保ちながら「目 礼」って感じの表現が西欧人。場所柄を弁えるのとそうでないの格差です▼この種の記事にヒットするたびにブログすることの一つがあります。半世紀前のこ と、ジャパン・タイムズ紙「社説」で「Enigmatiku Japanese Smile(意味不明の日本人の笑顔)」というのが強烈な印象です。筆者は日本人ではないことは明白でした。日本人だったら第一、そんな国民性に気付きま せん。西欧人の目には異様に観られるのがこのニッポン人の国民性でもあるでしょう▼英語が主流の生活環境であるからですが、テレビなどに観る同胞の身のこ な しや表情には、思わず視線を避けたくなるような、恥ずかしいような気分にさえなることが珍しくありません。日本人固有の「頷き」だけを観て、アッ!この人 ニッポン人!と判断ができるほどの違和感です。こんなことって、日本に居れば気付かないでしょう▼ひと昔前はある総理大臣が米大統領との会談の中で「頷き ながら話を聴く姿」でもって、「賛同の意」と誤解さ れたことがニュースであったのを記憶します。たしか「領海12海里案」でした。会話中に同意できないことがあれば、首をかすかに横に振り、「ワタシはそう は思いませんが・・・」という意思表示をするのが西欧流。それを「ニッポン人風に、あ、そうですか・・・」と頷くのでは誤解を招来するのは当たり前です▼ ふと、蛇足ブログ。半世紀も前のことながら、グーグルで「Japanese Enigmatic Smile」 を検索してみました。とどうでしょう!出るわ出るわ・・・は他ならぬ「ヨシダ論文」の羅列です!トライしてみませんか?ヨシダがニンマリって按配デス▼そ う言えば想い出すことがあります。本コラムを開設して間もない頃のこと、グーグルが逐一それを拾って載せました。まるでヨシダのためにあるグーグルって感 じでした。ところが、ある時点でプッツンと途絶えました。グーグル編集部が「公平性に欠く」とでも判断したものと判断したのが筆者の弁。現在は6000編 を突破しているのですかが、それを全部拾ったらまるで「ヨシダ・グーグル」(?)になっちゃいます・・・(笑)。(写真17枚添付ファイル
 「山本リカ・精神科医の写真」の画像検索結果 「山本リカ・精神科医の写真」の画像検索結果 「山本リカ・精神科医の写真」の画像検索結果 「山本リカ・精神科医の写真」の画像検索結果「山本リカ・精神科医の写真」の画像検索結果
 「アメリカ人のデモ参加者の表情」の画像検索結果「日本人のデモ参加者の表情」の画像検索結果「日本人のデモ参加者の表情」の画像検索結果「日本人のデモ参加者の表情」の画像検索結果     「日本人のデモ参加者の表情」の画像検索結果  「日本人のデモ参加者の表情」の画像検索結果
      「アメリカ人のデモ参加者の表情」の画像検索結果     「アメリカ人のデモ参加者の表情」の画像検索結果    「アメリカ人のデモ参加者の表情」の画像検索結果  「アメリカ人のデモ参加者の表情」の画像検索結果   
 昨日1日の記事3編を下記に掲載していましたが、本日2日の第一記事掲載(9:40)をもって消却します。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。 

                 「末尾の特別情報お知らせコーナー」
  以下のコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するもので して、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。なお、上掲のリンクをクリックすると、そ の下書き的なテーマや内容の一端が垣間見られます。

             自然に到達した「自利から他利」の実践とその心
 このコラムはちょっとばかり長文ですので、ご興味のある方に限って上掲をクリックしてご覧ください。下記はその関係資料です。
 
「飯塚毅」の画像検索結果
    
   ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。 


                        2016年2月2日(火)
                          ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
                                             吉田祐起
                             (満84歳3ヶ月)  
                  (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)                                                           yoshida@a-bombsurvivor.com
                           URL(eng): http://www.a-bombsurvivor.com
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