吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳3か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

  原爆証言者・吉田祐起の被爆現場証拠写真です。
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  2016年2月14日(日)午前3時頃のこと。ふと目覚めて色んなことに想いを巡らすなかで思いついたこと。それは被爆で九死に一生を得たという表現を辞 さない私の生々しい体験の場をこのサイトに再現することでした。ガバッと起きてデスクに向かいグーグルで関連写真を検索しました!ゲットしたのが上掲の写 真です。
 当時の私は学徒動員で広島電鉄本社電気課勤務でした。足が不自由なことからの事務所勤務。他の級友たちは電車・バスの修理工場配属で し た。左端の写真看板は現在の本社別館(右2枚の3階ビル)の前に設置されている半倒壊したビル画面と日英語説明文看板。2番目の白黒写真はその生々しい倒 壊した建物コーナーの写真です!
 朝礼を終えてビッコを引きながら薄暗い廊下伝いに電気課事務所に向かっていた瞬間の「ヒカ!ドン!」でした。 あっという間に下敷きになりました。数秒の差で倒壊を免れた同課オフィスに辿り着いていたと、今更の如く想起し、感無量です。真っ暗なビルの下敷きで手を 合わせて死を覚悟しました。ふと、頭上にほのかな明かりが眼に入り、無我夢中で瓦礫をよじ登りました。子供心に想起することに倒壊した建物のてっ辺に這い 出た時の印象は「下界を見下ろす」って位置。顔面に吹き出る血をみて、「母ちゃ~ん!血が出ているよう~!」と泣きました。倒壊したあの建物の下敷きのわ が姿を生々しく再現再確認する次第です。
 

              Since 10th March, 2001
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手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                                           English               
            2016年2月17日(水)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
   

  ヒロシマ・ヒバクシャのヨシダが発信する「オバマ米大統領の被爆市訪問」のこと
  フィリピンに来て間もない頃は2009年11月10日のこと。シンガポールで開催の APEC会議出席の前に東京に立ち寄られたオバマ大統領がNHK WORLDの記者の質問(今回の日本立ち寄りを機に、被爆市訪問の意図がありますか?) 対して答えられた言葉が鮮明です。"The schedules are too tight this time. However, I would like to have an honor of visiting some day during my Presidency."(今回はスケジュールが一杯でできないが、任期中の何時か訪問の栄に浴したい・・・)。その出来事を踏まえて即座に書いたのが、拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)です。クリックしてご覧ください。ヨシダはその後、その適切な訪問時期は、区切りイイ年次の「2010年ー65周年」として 公開書簡まで発表したものでした。しかし、それが実現しなかったことは、現在にして思うに、「2015年ー70周年」こそがベストな年次と提唱するに至り ました。
 ところが、8月に入ってもその気配は皆無。「2015年-70周年」に拘っていたヨシダは絶望と思いつめていたものの、考えてみれば 同大統領の任期は 2017年1月20日東部時間正午まで。とすれば、区切りは良いとは言えない「2016年ー71周年」になるのが精一杯。まいっか・・・と勝手に思ってい るところです。大統領任期中の「レガシー(遺産)づくり」としても、男の約束においても実現されるのがご本人のためだとさえ思うのがヨシダです。

 おって、ヒバクシャとして被害意識を強くする中で、オバマ米大統領が2011年の9.11の8周年記念式典(ペンタゴン)て遺族たちを前にスピーチした言葉の一節を下記に掲載します。「被害意識」が先行するヒバクシャのわれわれが共有すべき貴重な言葉と受けとめます。なお、この崇高なる大統領の言葉は"Ceremonies Mark 8th Anniversary of September 11 Terrorist Attacks"の中ほどに小さく載っていたもので、目立たないものです。中見出し付きもしくは、太文字表示されるべき価値あるものと考えます。
"Let us renew the true spirit of that day. Not the human capacity for evil but the human capacity for good - not the desire to destroy but the impulse to save and to serve and to build," あの日の真実の心を新たにしましょう。 悪に対する人類の能力としてでなく、善に対する人類の能力としてです。-破壊することへの欲望でなく、守り、奉仕し、建設するための推進力としてです。(オバマ米国大統領・翻訳;吉田祐起) 
            「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果         「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果
   (注:このトップコメントは2016年8月6日まで掲載します。しぶといでしょう、ヨシダは・・・笑)

                
                   ウィキペディアから拾った2月17日の「できごと」 
                           February 17 Events(英語版) 
                                   「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。★なおまた、「ウィキペディアのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・★なお、英語版の掲載は本家 米国が主体性であるにかんがみ、世界的視野からの「できごと」を知る意味で日本語版との重複は無論、除外してそのまま掲載しております。同英語版のリンク をクリックすると
日本語版には見られない内容豊かなコンテンツが目に付きます。
    5「Gomburza」の画像検索結果「Gomburza」の画像検索結果「Gomburza」の画像検索結果  「Gomburza」の画像検索結果  「Gomburza, memorial」の画像検索結果関連画像
   7  「プッチーニ」の画像検索結果 「madama butterfly 1904」の画像検索結果「madama butterfly 1904」の画像検索結果「madama butterfly 1904」の画像検索結果「madama butterfly 1904」の画像検索結果「madama butterfly 1904」の画像検索結果「madama butterfly 1904」の画像検索結果「madama butterfly 1904」の画像検索結果「madama butterfly 1904」の画像検索結果
      9 「The International Exhibition of Modern Art, 1913」の画像検索結果  「The International Exhibition of Modern Art, 1913」の画像検索結果「The International Exhibition of Modern Art, 1913」の画像検索結果「The International Exhibition of Modern Art, 1913」の画像検索結果        関連画像「The International Exhibition of Modern Art, 1913」の画像検索結果 
      「The International Exhibition of Modern Art, 1913」の画像検索結果 「The International Exhibition of Modern Art, 1913」の画像検索結果             「The International Exhibition of Modern Art, 1913」の画像検索結果    「The International Exhibition of Modern Art, 1913」の画像検索結果「The International Exhibition of Modern Art, 1913」の画像検索結果 「The International Exhibition of Modern Art, 1913」の画像検索結果 
「The International Exhibition of Modern Art, 1913」の画像検索結果
 10 「1933, Newsweek」の画像検索結果       関連画像「1933, Newsweek」の画像検索結果「1933, Newsweek」の画像検索結果11「死のう団事件1937年」の画像検索結果「死のう団事件1937年」の画像検索結果「[日蓮会殉教衆青年党]」の画像検索結果
                    15 「横浜市の聖母の園養老院」の画像検索結果    関連画像 「聖母の園養老院火災」の画像検索結果 「聖母の園養老院火災」の画像検索結果  「聖母の園養老院火災」の画像検索結果
                                     33「森鴎外」の画像検索結果        「トーマス・J・ワトソン」の画像検索結果      「白洲次郎」の画像検索結果「中村鴈治郎」の画像検索結果「二階俊博」の画像検索結果「竹脇無我」の画像検索結果  「マイケル・ジョーダン」の画像検索結果
364 – Roman Emperor Jovian dies after a reign of eight months. He is found dead in his tent at  Tyana (Asia Minor) en route back to Constantinople in suspicious circumstances.
1370Northern Crusades: Grand Duchy of Lithuania and the Teutonic Knights meet in the Battle of Rudau.
1411 – Following the successful campaigns during the Ottoman Interregnum, Musa Çelebi, one of the sons of Bayezid I, becomes Sultan with the support of Mircea I of Wallachia.
1500 – Duke Friedrich and Duke Johann attempt to subdue the peasantry of Dithmarschen, Denmark, in the Battle of Hemmingstedt.
(1)1600年 - ジョルダーノ・ブルーノが火刑に処せられる。
1621Myles Standish is appointed as first commander of the English Plymouth Colony in North America.
1753 – In Sweden February 17 is followed by March 1 as the country moves from the Julian calendar to the Gregorian calendar. 
(2)1801年 - 1800年アメリカ合衆国大統領選挙: 下院の臨時選挙でトマス・ジェファーソンを第3代アメリカ合衆国大統領とすることが確定。
1814War of the Sixth Coalition: The Battle of Mormans.
1819 – The United States House of Representatives passes the Missouri Compromise for the first time.
1838Weenen massacre: Hundreds of Voortrekkers along the Blaukraans River, Natal are killed by Zulus.
(3)1854年 - イギリスオレンジ自由国の独立を承認
1863 – A group of citizens of Geneva founded an International Committee for Relief to the Wounded, which later became known as the International Committee of the Red Cross.
1864American Civil War: The  H. L. Hunley becomes the first submarine to engage and sink a warship, the USS Housatonic.
1865 – American Civil War: Columbia, South Carolina, is burned as Confederate forces flee from advancing Union forces.
(4)1869年 - メンデレーエフが周期律を発見。
1871 – The victorious Prussian Army parades through Paris, France, after the end of the Siege of Paris during the Franco-Prussian War.
(5)1872年 - ゴンブルサ事件英語版フィリピンで、労働者による暴動の煽動者として3人のフィリピン人神父を処刑。
(6)1880年ユリウス暦2月5日) - 冬宮食堂爆破事件。ロシア皇帝アレクサンドル2世が暗殺未遂。
(7)1904年 - プッチーニの歌劇『蝶々夫人』がミラノ・スカラ座で初演。
(8)1906年 - 島村抱月坪内逍遙らが中心となり文藝協会を結成
(9)1913年 - ニューヨークで美術展「アーモリーショー」が開催。
1919 – The Ukrainian People's Republic asks Entente and the US for help fighting the Bolsheviks.
1933 – The Blaine Act ends Prohibition in the United States.
(10)1933年 - アメリカで週刊誌『News-Week』が創刊。『Newsweek』の前身。
(11)1937年 - 日蓮宗の殉教的宗徒「日蓮会殉教衆青年党」(死のう団)の5人が皇居・国会議事堂前などで切腹を図る。(死のう団事件
(12)1944年 - 第二次世界大戦ギルバート・マーシャル諸島の戦い: エニウェトクの戦い

(13)1944年 - 第二次世界大戦・ギルバート・マーシャル諸島の戦い: トラック島空襲
(14)1946年 - 新円切替: 「金融緊急措置令」を公布施行。旧円紙幣の通用を停止、預金持出しを制限。
1949Chaim Weizmann begins his term as the first President of Israel.
(15)1955年 - 横浜市の聖母の園養老院が漏電で全焼。98人焼死。(聖母の園養老院火災
(16)1959年 - アメリカの気象衛星「バンガード2号英語版」打上げ。
(17)1961年 - コンゴパトリス・ルムンバ前首相が反対派により暗殺される。
1964 – In Wesberry v. Sanders the Supreme Court of the United States rules that congressional districts have to be approximately equal in population.
・1964 – Gabonese president
Léon M'ba is toppled by a coup and his rival, Jean-Hilaire Aubame, is installed in his place.
(18)1965年 - アメリカの月探査機「レインジャー8号」打上げ。
(19)1967年 - 佐藤栄作が第62代内閣総理大臣に任命され、第2次佐藤内閣が成立。全閣僚が再任。
(20)1968年 - マサチューセッツ州スプリングフィールドバスケットボール殿堂が開設。
(21)1971年 - 真岡銃砲店襲撃事件
(22)1972年 - フォルクスワーゲン・タイプ1(ビートル)の累計生産台数がフォード・モデルTの世界記録を塗り替える。
(23)1972年 - 群馬県妙義山中で連合赤軍幹部の森恒夫永田洋子を逮捕。
1974Robert K. Preston, a disgruntled U.S. Army private, buzzes the White House in a stolen helicopter.
(24)1977年 - 沖縄県久米島にある測候所で、みぞれを観測。沖縄における唯一の降雪の記録。
(25)1978年 - 北海道幌加内町母子里の北海道大学演習林で最低気温氷点下41.2℃を記録(非公式記録をも含めた日本の最低記録、天使の囁きの日)。
1978The Troubles: The Provisional IRA detonates an incendiary bomb at the La Mon restaurant, near Belfast, killing 12 and seriously injuring 30.
(26)1979年 - 中越戦争が勃発。カンボジアをめぐる対立から、中国人民解放軍がベトナム北東部に侵攻。
(27)1980年 - 東大宇宙航空研が試験衛星「たんせい4号」を打上げ。
1980 – First winter ascent of Mount Everest by Krzysztof Wielicki and Leszek Cichy.
1992Nagorno-Karabakh War: Armenian troops massacre more than 20 Azerbaijani civilians in the village of Qaradağlı.
1995 – The Cenepa War between Peru and Ecuador ends on a ceasefire brokered by the UN.
1996 – In Philadelphia, world champion Garry Kasparov beats the Deep Blue supercomputer in a chess match.
・1996 –
NASA's Discovery Program begins as the NEAR Shoemaker spacecraft lifts off on the first mission ever to orbit and land on an asteroid, 433 Eros.
(28)2002年 - 横浜ドリームランドが閉園。
(29)2003年 - ロンドンで渋滞緩和を目的としてコンジェスチョン・チャージを導入。
(30)2004年 - 四日市ジャスコ誤認逮捕死亡事件発生。
(31)2005年 - 中部国際空港(愛称:セントレア)が愛知県常滑市沖に開港。
2006 – A massive mudslide occurs in Southern Leyte, Philippines; the official death toll is set at 1,126.
(32)2008年 - セルビア共和国コソボ自治州がコソボ共和国として、セルビアより一方的に独立。
2011Libyan protests begin. In Bahrain, security forces launched a deadly pre-dawn raid on protesters in Pearl Roundabout in Manama, the day is locally known as Bloody Thursday.
2015 – 18 people are killed and 78 injured in a stampede at a Mardi Gras parade in Haiti.
(33)ヨシダが選んだ著名人の誕生日;
森鴎外 (1862)、 トーマス・J・ワトソン (1874)、 白洲次郎  (1902)、 中村鴈治郎 (2代目) (1902)、  二階俊博 (1939)、  竹脇無我 (1944)、 マイケル・ジョーダン  (1963) 


                          インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 

ただ今、 6108編です。 
2016年2月17日(水)掲載分
昨日2月16日最終のトップページ
編集者のダイアリー・コナー

 「2月17日のできごと」でヨシダが特に関心を強くするのは、「・・・後回し・・・
 今朝一番にチェックした受信メルマガの一つに、「箱根駅伝、青学連覇の舞台裏。勝利のカギは“上半身ねじり”の体幹強化 上半身と脚の連動でスタミナアップ」 (日経Goodday)というのが目に付きました。脚の不自由なヨシダが駅伝でもあるまいに・・・と思わないでください。タイトルだけで「これでヨ シ!」ってガッツを抱いたのです。ほかでもありません、ヨシダ自己流ストレッチング運動のひとつにあるメニューガが「上半身ねじり」であるからです。フロ アにへたばったままで自分の身体に適した色んな運動を模索して実践している中でのメニューのひとつがそれに合致すると確信するからです。下記にその関連す る一連のストレッチング・スタイルを 添付します・・・。なお、同記事は長文ですので、編集は断念しますが、観てその様のひとつを想像してください。ちなみに左端の写真の体位と逆のものをその 次に追加添付しました。(10:30)
   「フロアにねて両足を後ろに曲げる運動」の画像検索結果「ストレッチング体操」の画像検索結果「ストレッチング体操」の画像検索結果「ストレッチング体操」の画像検索結果「ストレッチング体操」の画像検索結果
 ちょっとばかり、際どいブログを辞さずに編集した記事を掲載しました。プロ・マルコスのヨシダではないことだけは明確にします。・・・ということもあり得る、考えられる、世の常だ・・・というのがネライのブログですのであしからず・・・。その記事は「No.6108次期副大統領選:マルコス上院議員の人気上昇で人権被害者ら「エドサ革命の失敗を意味する」日刊マニラ新聞2016.2.17.鈴木貫太郎)」です。(11:40)



No.6108
次期副大統領選:
マルコス上院議員の人気上昇で人権被害者ら「エドサ革命の失敗を意味する」

日刊マニラ新聞2016.2.17.鈴木貫太郎

ヨシダブログ:政 治力・指導力・牽引力等々の人間力は、内容の正当性云々とは別に、ファミリー個人一族独特に備わっているもので遺伝性が顕著とさえ言えるでしょう。独裁主 義政策も時代の要求だったのがマルコス政権ですらあったとも思考します。任期中に時代の変革に伴う自身の政策も手直しが迫られるのが世の常。ところが、一 旦、政権をとってその醍醐味を味わったら、手放したくないとばかりに、しがみ付くのが人間の性▼時代が世相が変わってきているのですから、独裁者の息子が そのまま親父の執った政策や主義を踏襲するとは限らないでしょう。第一、成熟社会ではそれを許しません。時代の変遷とともに、選挙民も政治家も変化成熟し ていくからです▼・・・とこんなブログをするとヨシダはマルコス・シンパ(?)と思われますが、マッタク別の次元のブログです。フィリピンを終の棲家とす る在比外国人ヨシダが興味深く見守る現在のフィリピン政情を前にした無責任勝手ブログです。写真7枚添付ファイル
         「次期副大統領選:支持率調査でマルコス上院議員」の画像検索結果「次期副大統領選:支持率調査でマルコス上院議員」の画像検索結果
             「次期副大統領選:支持率調査でマルコス上院議員」の画像検索結果    「マルコス元大統領夫妻」の画像検索結果 「マルコス元大統領夫妻」の画像検索結果     「edsa revolution, 1986」の画像検索結果   「edsa revolution, 1986」の画像検索結果

 昨日16日の記事2編を下記に掲載していましたが、本日17日の第一記事掲載(11:30)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。 

                 「末尾の特別情報お知らせコーナー」
  以下のコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するもので して、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。なお、上掲のリンクをクリックすると、そ の下書き的なテーマや内容の一端が垣間見られます。

             自然に到達した「自利から他利」の実践とその心
 このコラムはちょっとばかり長文ですので、ご興味のある方に限って上掲をクリックしてご覧ください。下記はその関係資料です。
  
「飯塚毅」の画像検索結果
 
   ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。 

                        2016年2月17日(水)
                          ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
                                             吉田祐起
                             (満84歳3ヶ月)  
                  (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)                                                           yoshida@a-bombsurvivor.com
                           URL(eng): http://www.a-bombsurvivor.com
            URL(jpn): http://www.a-bombsurvivor.com/index_japanese.html