吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳3か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

  原爆証言者・吉田祐起の被爆現場証拠写真です。
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  2016年2月14日(日)午前3時頃のこと。ふと目覚めて色んなことに想いを巡らすなかで思いついたこと。それは被爆で九死に一生を得たという表現を 辞さない私の生々しい体験の場をこのサイトに再現することでした。ガバッと起きてデスクに向かいグーグルで関連写真を検索しました!ゲットしたのが上掲の 写真です。
 当時の私は学徒動員で広島電鉄本社電気課勤務でした。足が不自由なことからの事務所勤務。他の級友たちは電車・バスの修理工場配属 で した。左端の写真看板は現在の本社別館(右2枚の3階ビル)の前に設置されている半倒壊したビル画面と日英語説明文看板。2番目の白黒写真はその生々しい 倒壊した建物コーナーの写真です!
 朝礼を終えてビッコを引きながら薄暗い廊下伝いに電気課事務所に向かっていた瞬間の「ヒカ!ドン!」でし た。 あっという間に下敷きになりました。数秒の差で倒壊を免れた同課オフィスに辿り着いていたと、今更の如く想起し、感無量です。真っ暗なビルの下敷きで手を 合わせて死を覚悟しました。ふと、頭上にほのかな明かりが眼に入り、無我夢中で瓦礫をよじ登りました。子供心に想起することに倒壊した建物のてっ辺に這い 出た時の印象は「下界を見下ろす」って位置。顔面に吹き出る血をみて、「母ちゃ~ん!血が出ているよう~!」と泣きました。倒壊したあの建物の下敷きのわ が姿を生々しく再現再確認する次第です。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                                           English               
            2016年2月16日(火)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
   

  ヒロシマ・ヒバクシャのヨシダが発信する「オバマ米大統領の被爆市訪問」のこと
  フィリピンに来て間もない頃は2009年11月10日のこと。シンガポールで開催の APEC会議出席の前に東京に立ち寄られたオバマ大統領がNHK WORLDの記者の質問(今回の日本立ち寄りを機に、被爆市訪問の意図がありますか?) 対して答えられた言葉が鮮明です。"The schedules are too tight this time. However, I would like to have an honor of visiting some day during my Presidency."(今回はスケジュールが一杯でできないが、任期中の何時か訪問の栄に浴したい・・・)。その出来事を踏まえて即座に書いたのが、拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)です。クリックしてご覧ください。ヨシダはその後、その適切な訪問時期は、区切りイイ年次の「2010年ー65周年」として 公開書簡まで発表したものでした。しかし、それが実現しなかったことは、現在にして思うに、「2015年ー70周年」こそがベストな年次と提唱するに至り ました。
 ところが、8月に入ってもその気配は皆無。「2015年-70周年」に拘っていたヨシダは絶望と思いつめていたものの、考えてみれば 同大統領の任期は 2017年1月20日東部時間正午まで。とすれば、区切りは良いとは言えない「2016年ー71周年」になるのが精一杯。まいっか・・・と勝手に思ってい るところです。大統領任期中の「レガシー(遺産)づくり」としても、男の約束においても実現されるのがご本人のためだとさえ思うのがヨシダです。

 おって、ヒバクシャとして被害意識を強くする中で、オバマ米大統領が2011年の9.11の8周年記念式典(ペンタゴン)て遺族たちを前にスピーチした言葉の一節を下記に掲載します。「被害意識」が先行するヒバクシャのわれわれが共有すべき貴重な言葉と受けとめます。なお、この崇高なる大統領の言葉は"Ceremonies Mark 8th Anniversary of September 11 Terrorist Attacks"の中ほどに小さく載っていたもので、目立たないものです。中見出し付きもしくは、太文字表示されるべき価値あるものと考えます。
"Let us renew the true spirit of that day. Not the human capacity for evil but the human capacity for good - not the desire to destroy but the impulse to save and to serve and to build," あの日の真実の心を新たにしましょう。 悪に対する人類の能力としてでなく、善に対する人類の能力としてです。-破壊することへの欲望でなく、守り、奉仕し、建設するための推進力としてです。(オバマ米国大統領・翻訳;吉田祐起) 
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   (注:このトップコメントは2016年8月6日まで掲載します。しぶといでしょう、ヨシダは・・・笑)

                
                   ウィキペディアから拾った2月16日の「できごと」 
                            February  16 Events(英語版) 
                                   「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。★なおまた、「ウィキペディアのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・★なお、英語版の掲載は本家 米国が主体性であるにかんがみ、世界的視野からの「できごと」を知る意味で日本語版との重複は無論、除外してそのまま掲載しております。同英語版のリンク をクリックすると
日本語版には見られない内容豊かなコンテンツが目に付きます。
     9「Wallace Hume Carothers」の画像検索結果  「Wallace Hume Carothers」の画像検索結果      「Wallace Hume Carothers」の画像検索結果 「Wallace Hume Carothers」の画像検索結果「Wallace Hume Carothers」の画像検索結果 「Wallace Hume Carothers」の画像検索結果  「Wallace Hume Carothers」の画像検索結果
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    「Wallace Hume Carothers」の画像検索結果 「Wallace Hume Carothers」の画像検索結果「Wallace Hume Carothers」の画像検索結果「Wallace Hume Carothers」の画像検索結果「Wallace Hume Carothers」の画像検索結果10  「Altmark Incident」の画像検索結果
    「Altmark Incident」の画像検索結果    関連画像「Altmark Incident」の画像検索結果「Altmark Incident」の画像検索結果 「Altmark Incident」の画像検索結果「Altmark Incident」の画像検索結果「Altmark Incident」の画像検索結果

  12「1945, B29, 1200 in number, bombed japan mainland」の画像検索結果  「1945, B29, 1200 in number, bombed japan mainland」の画像検索結果  「1945, B29, 1200 in number, bombed japan mainland」の画像検索結果「1945, B29, 1200 in number, bombed japan mainland」の画像検索結果  「1945, B29, 1200 in number, bombed japan mainland」の画像検索結果      関連画像
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       28「1983, black saturday in australia」の画像検索結果 「1983, black saturday in australia」の画像検索結果 「1983, black saturday in australia」の画像検索結果    「1983, black saturday in australia」の画像検索結果  「1983, black saturday in australia」の画像検索結果     「1983, black saturday in australia」の画像検索結果
          35「藤堂高虎」の画像検索結果「フリードリヒ・ヴィルヘルム」の画像検索結果「ヘンリー・リーランド」の画像検索結果  「島耕二」の画像検索結果 「千葉早智子」の画像検索結果  「ヴェラ=エレン」の画像検索結果「華国鋒」の画像検索結果   「天津敏」の画像検索結果「岸旗江」の画像検索結果「高倉健(」の画像検索結果   「こまどり姉妹」の画像検索結果     「金正日」の画像検索結果
                                                       「逸見政孝」の画像検索結果 「多岐川裕美」の画像検索結果  「中村俊介」の画像検索結果

116 – Emperor Trajan sends laureatae to the Roman Senate at Rome on account of his victories and being conqueror of Parthia.
(1)901年延喜元年1月25日) - 菅原道真大宰府へ向けて出発する。
1249Andrew of Longjumeau is dispatched by Louis IX of France as his ambassador to meet with the Khagan of the Mongol Empire.
1270Grand Duchy of Lithuania defeats the Livonian Order in the Battle of Karuse.
1630 – Dutch forces led by Hendrick Lonck capture Olinda in what was to become part of Dutch Brazil.
1646Battle of Torrington, Devon – the last major battle of the first English Civil War.
1699 – First Leopoldine Diploma is issued by the Holy Roman Emperor, recognizing the Greek Catholic clergy enjoyed the same privileges as Roman Catholic priests in the Principality of Transylvania.
(2)1742年 - ウィルミントン伯スペンサー・コンプトンイギリスの首相に就任。
(3)1791年 - フランス国民議会が独占排他的な商工業組合(ギルド)の廃止を宣言。
(4)1804年 - 第一次バーバリ戦争: アメリカ海軍スティーブン・ディケーターがトリポリ軍を奇襲し、拿捕されたフィラデルフィアを破壊。
1852Studebaker Brothers wagon company, precursor of the automobile manufacturer, is established.
1862American Civil War: General Ulysses S. Grant captures Fort Donelson, Tennessee.
1866Spencer Compton Cavendish, Marquess of Hartington becomes British Secretary of State for War.
1874Silver Dollar becomes legal US tender.
1881 – The Canadian Pacific Railway is incorporated by Act of Parliament at Ottawa (44th Vic., c.1).
(5)1883年 - 東京気象台が日本初の天気図を作成。
1899Iceland's first football club, Knattspyrnufélag Reykjavíkur, is founded.
(6)1900年 - 北海道拓殖銀行特殊銀行として設立。
(7)1918年 - ロシア帝国領となっていたリトアニアで、リトアニア協議会英語版が独立を宣言。リトアニア王国が成立。
1923Howard Carter unseals the burial chamber of Pharaoh Tutankhamun.
1930 – The Romanian Football Federation joins FIFA.
1934 – The Austrian Civil War ends with the defeat of the Social Democrats and the Republikanischer Schutzbund.
(8)1936年 - スペイン総選挙で、人民戦線派が圧勝し、社会主義連合政権が成立。
(9)1937年 - ウォーレス・カロザースナイロンの特許を取得。
(10)1940年 - 第二次世界大戦: アルトマルク号事件が発生。
1943 – World War II: Red Army troops re-enter Kharkov.
・1943 – World War II: Insertion of
Operation Gunnerside, Norway.
(11)1944年 - アルゼンチンフアン・ペロン大佐がクーデター
(12)1945年 - 第二次世界大戦・太平洋戦争日本本土空襲: アメリカ軍機1,200機が関東各地を攻撃。以降、空襲が激化する。
1945 – World War II: American forces land on Corregidor Island in the Philippines.
(13)1948年 - 「当用漢字別表」(教育漢字)881字と「当用漢字音訓表」(当用漢字1850字の漢字の読み方を制限)を内閣告示
(14)1949年 - 第3次吉田茂内閣が発足。
(15)1949年 - 日本社会人野球協会が発足。
(16)1953年 - インドジャワハルラール・ネルー首相が連邦議会で、米ソ二大陣営のどちらにも属さない「第三世界」の結集を訴える。
1957 – The "Toddlers' Truce", a controversial television close down between 6.00 pm and 7.00 pm is abolished in the United Kingdom.
(17)1958年 - 滄浪号ハイジャック事件発生。
(18)1959年 - キューバ首相に革命軍のカストロが就任。
1960 – The U.S. Navy submarine USS Triton begins Operation Sandblast, setting sail from New London, Connecticut, to begin the first submerged circumnavigation of the globe.
・1961 – The
DuSable Museum of African American History is chartered.
(19)1961年 - NASAが大気密度測定衛星「エクスプローラー9号」を打ち上げ。
(20)1962年 - 南ベトナム解放民族戦線が第1回代表大会を開催。
1962Flooding in the coastal areas of West Germany kills 315 and destroys the homes of about 60,000 people.
1968 – In Haleyville, Alabama, the first 9-1-1 emergency telephone system goes into service.
(21)1971年 - 東大宇宙航空研が試験衛星「たんせい」を打上げ。
(22)1974年 - 東大宇宙航空研が試験衛星「たんせい2号」を打上げ。
(23)1976年 - 衆議院予算委員会で、ロッキード事件証人喚問を開始。「記憶にございません」が流行語に。
(24)1977年 - 日米繊維協定の対米輸出規制枠の全廃に合意し、事実上完全自由化。
(25)1978年 - 北京で日中長期貿易取り決めに調印。
(26)1978年 - 宇宙開発事業団が電離層観測衛星「うめ2号」を打上げ。
(27)1978年 - シカゴで世界初の電子掲示板システム「CBBS」が作られる。
(28)1983年 - 1983年オーストラリア森林火災

(29)1985年 - 中華航空006便急降下事故
1985Hezbollah is founded.
1986 – The Soviet liner MS Mikhail Lermontov runs aground in the Marlborough Sounds, New Zealand.
1987 – The trial of John Demjanjuk, accused of being a Nazi guard dubbed "Ivan the Terrible" in Treblinka extermination camp, starts in Jerusalem.
1991Nicaraguan Contras leader Enrique Bermúdez is assassinated in Managua.
(30)1996年 - 薬害エイズ事件菅直人厚生大臣が謝罪会見。
(31)1998年 - チャイナエアライン676便墜落事故
1999 – In Uzbekistan, a bomb explodes and gunfire is heard at the government headquarters in an apparent assassination attempt against President Islom Karimov.
・1999 – Across Europe,
Kurdish rebels take over embassies and hold hostages after Turkey arrests one of their rebel leaders, Abdullah Öcalan.
・2005 – The
National Hockey League cancels the entire 2004–2005 regular season and playoffs.
(32)2005年 - 京都議定書が発効。地球温暖化の主原因物質である二酸化炭素の排出量を削減することを先進国に義務付け。
(33)2006年 - 神戸空港開港。
(34)2006年 - 堀江メール問題: 衆議院予算委員会で「ライブドア社長堀江貴文が社内メールで自由民主党幹事長武部勤の次男への現金振り込みを指示した」と民主党議員の永田寿康が指摘。
2006 – The last Mobile army surgical hospital (MASH) is decommissioned by the United States Army.
2013 – A bomb blast at a market in Hazara Town in Quetta, Pakistan kills more than 80 people and injures 190 others.
2015 – A CSX train crashes in Mount Carbon, West Virginia, resulting in large fires.
(35)ヨシダが選んだ著名人の誕生日; 藤堂高虎 (1556)、 フリードリヒ・ヴィルヘルム (1620)、  ヘンリー・リーランド(1843)、 島耕二 (1901)、 千葉早智子(1911)、 ヴェラ=エレン (1921)、 華国鋒 (1921)、 天津敏 (1921)、 岸旗江 (1921)、 高倉健(1931)、 こまどり姉妹 (1938)、 金正日 (1942)、  逸見政孝 (1945)  多岐川裕美 (1951)、 中村俊介 (1975)、 中村俊介 (1975)

                          インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 

ただ今、 6107編です。  間もなく「No.6100」編という、ひと区切りイイ編数デス!
2016年2月16日(火)掲載分
昨日2月15日最終のトップページ
編集者のダイアリー・コナー

 「2月16日のできごと」でヨシダが特に関心を強くするのは、「(12)1945年 - 第二次世界大戦・太平洋戦争日本本土空襲: アメリカ軍機1,200機が関東各地を攻撃。以降、空襲が 激化する」です。空爆の前にビラを投下して空爆予定の12都市の名を開示する姿勢は、敵ながら騎士道精神(?)ありと指摘されても仕方がないでしょう。広 島の場合は「原爆という特殊爆弾」の投下をも「予告」しましたが、そのビラを拾った者は直ぐに軍部に届けることを義務付けられたもの。下手に声を大にして そのことを口にすると「非国民扱い」でした。騎士道精神に関しては、日米格差(?)を否定できませんよね。
 今朝は熱き想いで編集した記事が筆頭です。「No.6105≪障害があろうがなかろうが、ぼくらしく生きていく。時に少しブサイクだろうが、…千葉日報「忙人寸語」2016.2.16.)」がそです。主人公の小林想クンに熱きエールをおくりつつ・・・。(10:10)
 「日本は四季に恵まれたお国」は離日前まで持ち続けたヨシダの自論でした。でも、海外からみる母国の様子なかんずく、自身が生活して体感する最大のことは、「常夏の国は高齢者・障害者にとって住みよい気候風土!」を体感して現在に至ります。「No.6106秋田市に住むアマチュア写真家、加藤明見(あけみ)さん(67)の初めての写真集…秋田魁新報「北斗星」2016.2.16.)」を編集しながら、しみじみ実感した次第です。(11:15)
 編集しながら絶句!って感じさえしました。著者の情報収集力と見識。いや、それ以上にギョッとするのは「ビルダーバーグ・クラブ(会議)」という陰(?)の組織・・・。知らぬはヨシダばかり・・・?と。ま、ヨシダにとって、ホントにイイ勉強になるのが本コラム編集という道楽です。おっと、肝心の記事は、「No.6107中国が恐れる指導者、ヒラリー・クリントン大統領は誕生しないかもしれない MONEY VOICE 2016.2.16.高島康司 )」です。(13:30)
  「2月19日のできごと」を編集し終えました。これで3日分の先取り。満腹って気分です。何ごとも後追いより先取りのほうがイイですよね。おっと、「先取 り」は「幸せ分」に関しては逆ですよね。人間って、幸せも不幸せもその割合や量は決まっているもの。幸せ量を早くに貪ると、残るのは不幸せ量が大。とすれ ば、不幸せなことや歓迎しないことはジャンジャンと臆せず「消化」すれば、その分、幸せ量は多くなる(残る)勘定。若い時代に臆せず不幸せに耐え抜けば、 歳をとってから幾分か、その分、幸せ量が多くなってイイ塩梅ってなもの。「若い時にゃあ、苦労は買ってでもせよ」とは昔の人が言った言葉。そう言えば、ヨ シダの前半人生は一度の正妻との理不尽な離婚要求に応じ、拾われた未亡人とは16年間も退職金や年金を自由にさせて、挙句の果ては離別・・・がヨシダの 「半生(?)」。人間が「不幸なこと」と称することをさっさと「消化」した現在のヨシダ。ふと、気付くことは、今からが与えられた幸せな本番のヨシダ人生 だ!と(笑)。・・・他愛もないことを考えながら、今日も日が暮れました。(19:45)

No.6107
中国が恐れる指導者、ヒラリー・クリントン大統領は誕生しないかもしれない
MONEY VOICE 2016.2.16.高島康司
ヨシダブログ:著者の高島康司さんはヨシダにとってミステリアスなご人物です。膨大な著書「高島康司著書」がその証です。「語学力を活かした情報力・分析力は他の類をみない」とされます▼「中見出し」は、■「混 迷の米大統領選、決めるのは「米国民の意志」ではない、■ビルダーバーグ・クラブ」、■彼らは誰を推しているか?、■「ヒラリー・クリントン大統領」を恐 れる中国、「ビルダーバーグ・クラブ」の影響力に陰り?波乱の展開も・・・と続きます。「ビルダーバーグ・クラブ」の存在そのものがなんだか別世界でので きごとって感じさえします。絶句するヨシダです。写真19枚添付ファイル
   「ビルダーバーグ・クラブ」の画像検索結果「ビルダーバーグ・クラブ」の画像検索結果 「ビルダーバーグ・クラブ」の画像検索結果    関連画像「ビルダーバーグ・クラブ」の画像検索結果
       「The Bilderberg Group, Bilderberg conference, Bilderberg Club, Bilderberg Society」の画像検索結果 「The Bilderberg Group, Bilderberg conference, Bilderberg Club, Bilderberg Society」の画像検索結果「ビルダーバーグ・クラブ」の画像検索結果            「holland royal family, king and princess」の画像検索結果
        関連画像「ビルダーバーグ・クラブ」の画像検索結果「ロックフェラー、ロスチャイルド」の画像検索結果「ロックフェラー、ロスチャイルド」の画像検索結果      関連画像
   「ビルダーバーグ・クラブ」の画像検索結果「The Bilderberg Group, Bilderberg conference, Bilderberg Club, Bilderberg Society」の画像検索結果「The Bilderberg Group, Bilderberg conference, Bilderberg Club, Bilderberg Society」の画像検索結果「The Bilderberg Group, Bilderberg conference, Bilderberg Club, Bilderberg Society」の画像検索結果高島康司さん
No.6106
秋田市に住むアマチュア写真家、加藤明見(あけみ)さん(67)の初めての写真集…
秋田魁新報「北斗星」2016.2.16.

ヨシダブログ:秋田の人たちにご無礼を謝しながらの弁は、ネギュアティヴな一面が否定できないことです。「雪 が多い土地柄、辛抱強い人が多い気がします。半面、人見知りの人が多い傾向があり、内向的・・・」というのがヨシダの秋田観。自殺者が多いこと等はその裏 返しといった印象を受ける地域です▼そのような土地柄を反映してか、自然との取り組みが生活の中に息づいていると感じます。「四季の楽しみ」はそのひとつ と感じます▼「母国日本の四季」 はヨシダ自身が自負して育ったお国。でも、現在にして痛感するのは、障害者の身にあって、常夏の国ほど有難い気候はないと体感します▼本記事主人公の写真 家・加藤明見さん単独の写真がゲットできないのが残念ですが、左端の添付写真で左から二番目の方が同氏です。沢山の写真集である同氏のサイト加藤明見フォトギャラリー」 をご紹介して同氏のご尽力にエールを送ります。写真9枚添付ファイル
   「加藤明見」の画像検索結果 「加藤明見」の画像検索結果「加藤明見写真集「私の好きな、秋田。」(無明舎出版)」の画像検索結果
No.6105
≪障害があろうがなかろうが、ぼくらしく生きていく。時に少しブサイクだろうが、…
千葉日報「忙人寸語」2016.2.16.
ヨシダブログ:ポ リオ障害者の立場でヨシダが子供時代からアメリカ人宣教師の導きで心に銘じている一つは、「障害は神さまからの贈り物」です。障害者には障害者でなければ 味わえない人生の生き方がある、というのがその背景▼でも、この記事を編集しながら主人公の「小 林想クン」に熱き想いを抱きつつ編集しました。想クンの単独顔写真を必至で手繰りましたが、ヒットしなかったのが残念ですが、ちょっと首を傾げて 微笑む想クンに胸を熱くしながら心の中で呟きつつの編集作業で通しました。「受けている障害は神さまからの贈り物。にも曲げずに堂々と生きていくことで神 さまの栄光を世に現わすんだ!」という生き方(前出宣教師の指導)をしてきているヨシダ爺ちゃんを参考人物の一人として立派に生きてください!!!!写真9枚添付ファイル
     「2016年全国中学生人権作文コンテスト「小林想」」の画像検索結果 「小林想さんの作文「ぼくの生きる道」」の画像検索結果「2016年全国中学生人権作文コンテスト「小林想」」の画像検索結果    「2016年全国中学生人権作文コンテスト」の画像検索結果  
       「2016年「手をつなぐ作品展」」の画像検索結果「2016年「手をつなぐ作品展」」の画像検索結果 「2016年「手をつなぐ作品展」」の画像検索結果 「2016年「手をつなぐ作品展」」の画像検索結果「2016年「手をつなぐ作品展」」の画像検索結果  
 昨日15日の記事2編を下記に掲載していましたが、本日16日の第一記事掲載(10:00)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。 

                 「末尾の特別情報お知らせコーナー」
  以下のコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するもので して、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。なお、上掲のリンクをクリックすると、そ の下書き的なテーマや内容の一端が垣間見られます。

             自然に到達した「自利から他利」の実践とその心
 このコラムはちょっとばかり長文ですので、ご興味のある方に限って上掲をクリックしてご覧ください。下記はその関係資料です。
  
「飯塚毅」の画像検索結果
 
   ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。 

                        2016年2月16日(火)
                          ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
                                             吉田祐起
                             (満84歳3ヶ月)  
                  (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)                                                           yoshida@a-bombsurvivor.com
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