吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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         吉田祐起のプロフィール  (満84歳3か月) 
   "生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 


 この国フィリピンを終の棲家と定めて住み着いたのは2009年2月1日でした。

 数年間の自立単身生活を経て、ある縁を得て、現在ではフィリピン家族と共同生活を送っています。題して「相互扶助精神に基づ く運命共同体生活」がそれです。ヨシダの終生面倒見をかれらにしてもらうかわりに、皆さんには貧困から脱却してもらってお互いに幸せになりましょうという相互扶助の共同生活です。 

 ・・・ と、こんな生活設計を描いて現在に至るヨシダですが、ヨシダの義務は長生きすることにあると自覚しています。そのためには満40歳からある動機を得て始め て現在に至る自己流のストレッチング体操に一層の磨きをかけるなど、加えて長年に及ぶステッキ使用で肩にかかった重荷による肩こり解消に集中努力をして通 算8年。お陰で99.9%の達成振りです。でも、ちょっと真似のできない自助努力と自負します。

 肝心のボケ防止のための独特の手法を編み出したのが2012年3月のこと。題して「インタネット情報&ヨシダブログ」がそれです。詳細はクリックしてご覧くださいませんか?「こんなことをしているなんて、カッコいいボケ防止!」と自我自賛しています(笑)。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                                         English               
            2016年2月10日(水)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2008.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
 

       ヒロシマ・ヒバクシャのヨシダが発信する「オバマ米大統領の被爆市訪問」のこと
  フィリピンに来て間もない頃は2009年11月10日のこと。シンガポールで開催の APEC会議出席の前に東京に立ち寄られたオバマ大統領がNHK WORLDの記者の質問(今回の日本立ち寄りを機に、被爆市訪問の意図がありますか?) 対して答えられた言葉が鮮明です。"The schedules are too tight this time. However, I would like to have an honor of visiting some day during my Presidency."(今回はスケジュールが一杯でできないが、任期中の何時か訪問の栄に浴したい・・・)。その出来事を踏まえて即座に書いたのが、拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)です。クリックしてご覧ください。ヨシダはその後、その適切な訪問時期は、区切りイイ年次の「2010年ー65周年」として 公開書簡まで発表したものでした。しかし、それが実現しなかったことは、現在にして思うに、「2015年ー70周年」こそがベストな年次と提唱するに至り ました。
 ところが、8月に入ってもその気配は皆無。「2015年-70周年」に拘っていたヨシダは絶望と思いつめていたものの、考えてみれば 同大統領の任期は 2017年1月20日東部時間正午まで。とすれば、区切りは良いとは言えない「2016年ー71周年」になるのが精一杯。まいっか・・・と勝手に思ってい るところです。大統領任期中の「レガシー(遺産)づくり」としても、男の約束においても実現されるのがご本人のためだとさえ思うのがヨシダです。

 おって、ヒバクシャとして被害意識を強くする中で、オバマ米大統領が2011年の9.11の8周年記念式典(ペンタゴン)て遺族たちを前にスピーチした言葉の一節を下記に掲載します。「被害意識」が先行するヒバクシャのわれわれが共有すべき貴重な言葉と受けとめます。なお、この崇高なる大統領の言葉は"Ceremonies Mark 8th Anniversary of September 11 Terrorist Attacks"の中ほどに小さく載っていたもので、目立たないものです。中見出し付きもしくは、太文字表示されるべき価値あるものと考えます。
"Let us renew the true spirit of that day. Not the human capacity for evil but the human capacity for good - not the desire to destroy but the impulse to save and to serve and to build," あの日の真実の心を新たにしましょう。 悪に対する人類の能力としてでなく、善に対する人類の能力としてです。-破壊することへの欲望でなく、守り、奉仕し、建設するための推進力としてです。(オバマ米国大統領・翻訳;吉田祐起) 
            「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果         「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果
   (注:このトップコメントは2016年8月6日まで掲載します。しぶといでしょう、ヨシダは・・・笑)

                
                  ウィキペディアから拾った2月10日の「できごと」 
                            February 10, Events(英語版)                                                                    「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。★なおまた、「ウィキペディアのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・★なお、英語版の掲載は本家 米国が主体性であるにかんがみ、世界的視野からの「できごと」を知る意味で日本語版との重複は無論、除外してそのまま掲載しております。同英語版のリンク をクリックすると日本語版には見られない内容豊かなコンテンツが目に付きます。

        2「Gunpowder Plot」の画像検索結果 「Gunpowder Plot」の画像検索結果 「Gunpowder Plot」の画像検索結果「Gunpowder Plot」の画像検索結果  「Gunpowder Plot」の画像検索結果「Gunpowder Plot」の画像検索結果 
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          34  「足利義氏」の画像検索結果「チャールズ・ラム」の画像検索結果「平塚らいてう」の画像検索結果  「ハロルド・マクミラン」の画像検索結果 「ロバート・ワグナー」の画像検索結果「鈴木史朗」の画像検索結果 「鈴木恒夫」の画像検索結果 「坂田晃一」の画像検索結果「高橋英樹」の画像検索結果「西和彦」の画像検索結果 「野村正育」の画像検索結果 「井上あずみ」の画像検索結果 「関純子」の画像検索結果
(1)1258年 - バグダードが陥落してバグダードの戦いが終結。アッバース朝が滅亡する。
1306 – In front of the high altar of Greyfriars Church in Dumfries, Robert the Bruce murders John Comyn sparking revolution in the Wars of Scottish Independence
1355 – The St Scholastica Day riot breaks out in Oxford, England, leaving 63 scholars and perhaps 30 locals dead in two days.
1567Lord Darnley, second husband of Mary, Queen of Scots, is found strangled following an explosion at the Kirk o' Field house in Edinburgh, Scotland, a suspected assassination.
(2)1606年ユリウス暦1月31日) - 火薬陰謀事件の実行責任者ガイ・フォークス首吊り・内臓抉り・四つ裂きの刑で処刑される。
(3)1635年 - フランスアカデミー・フランセーズ設立。
(4)1653年承応2年1月13日) - 江戸幕府が町人建議による水路(のちの玉川上水)の着工を許可する。
(5)1763年 - パリ条約が調印され、七年戦争フレンチ・インディアン戦争が終結する。
1814Napoleonic Wars: The Battle of Champaubert ends in French victory over the Russians and the Prussians.
(6)1840年 - イギリス女王ヴィクトリアザクセン=コーブルク=ゴータ公子アルバートが結婚。
1846First Anglo-Sikh War: Battle of Sobraon: British defeat Sikhs in final battle of the war
1861Jefferson Davis is notified by telegraph that he has been chosen as provisional President of the Confederate States of America.
1862American Civil War: A Union naval flotilla destroys the bulk of the Confederate Mosquito Fleet in the Battle of Elizabeth City on the Pasquotank River in North Carolina.
(7)
1870年 - ニューヨークでアメリカYWCAが設立される。
(8)1906年 - 英海軍の戦艦「ドレッドノート」が進水。
1920Józef Haller de Hallenburg performs symbolic wedding of Poland to the sea, celebrating restitution of Polish access to open sea.
(9)1921年 - 宮中某重大事件: 宮内省が裕仁親王(昭和天皇)と良子女王(香淳皇后)の婚約に変更がないことを発表する。
1923Texas Tech University is founded as Texas Technological College in Lubbock, Texas.
1930Yên Bái mutiny in French Indochina.
1933 – In round 13 of a boxing match at New York City's Madison Square Garden, Primo Carnera knocks out Ernie Schaaf. Schaaf dies four days later.
1936Second Italo-Abyssinian War: Italian troops launched the Battle of Amba Aradam against Ethiopian defenders.
(10)1937年 - 中国共産党中国国民党第二次国共合作を提議。
1939Spanish Civil War: The Nationalists conclude their conquest of Catalonia and seal the border with France.
1940 – The Soviet Union begins mass deportations of Polish citizens from occupied eastern Poland to Siberia.
(11)1940年 - 津田左右吉の『古事記日本書紀の研究』『神代史の研究』などが、記紀を批判し皇室を冒涜しているとして発禁となる。
(12)1942年 - グレン・ミラーが、「チャタヌーガ・チュー・チュー」の120万枚発売を記念して史上初のゴールドディスクを授与される。
1943World War II: Attempting to completely lift the Siege of Leningrad, the Soviet Red Army engages German troops and Spanish volunteers in the Battle of Krasny Bor.
1947 – Italy cedes most of Venezia Giulia to Yugoslavia.
(13)1947年 - 連合国21か国と日独を除く旧枢軸国5か国が第二次世界大戦講和のためのパリ平和条約に調印。
(14)1948年 - ソ連ジダーノフ批判が始まる。
(15)1949年 - 片山内閣総辞職を表明。
(16)1949年 - ニューヨークでアーサー・ミラーの戯曲『セールスマンの死』が初演。
1954 – United States President Dwight Eisenhower warns against United States intervention in Vietnam.
・1962 –
Roy Lichtenstein's first solo exhibition opened, and it included Look Mickey, which featured his first employment of Ben-Day dots, speech balloons and comic imagery sourcing, all of which he is now known for.
(17)1962年 - U-2撃墜事件でソ連に拘留されていたアメリカの軍人フランシス・ゲーリー・パワーズと、アメリカで収監されていたソ連のスパイルドルフ・アベルが交換によりそれぞれ釈放される。
(18)1963年 - 北九州5市(門司市小倉市戸畑市八幡市若松市)の合併により北九州市が発足。
(19)1964年 - オーストラリア海軍航空母艦メルボルン駆逐艦ヴォイジャー英語版が衝突。ヴォイジャーは沈没し、82名の死者を出す。
(20)1965年 - 自衛隊が極秘に行っていた机上作戦演習三矢研究」が衆議院で取り上げられ問題化。
(21)1967年 - アメリカ合衆国憲法修正第25条の批准が完了。
(22)1976年 - 本田技研工業ミニバイクロードパル」を発売開始。
1981 – A fire at the Las Vegas Hilton hotel–casino kills eight and injures 198.
(23)1988年 - ファミコンソフト『ドラゴンクエストIII そして伝説へ…』発売。
1989Ron Brown is elected chairman of the Democratic National Committee becoming the first African American to lead a major American political party.
(24)1991年 - 日本オリエンテーリング委員会が社団法人化、日本オリエンテーリング協会設立。
(25)1993年 - 高エネルギー物理学研究所(KEK, 現在の高エネルギー加速器研究機構)が日本最初のホームページ http://kekux.kek.jp/kek.html を開設。
(26)1996年 - IBMのコンピュータ・ディープ・ブルーチェスチャンピオンのガリー・カスパロフに初勝利。
(27)1996年 - 北海道豊浜トンネルで岩盤崩落、20人死亡。
(28)1997年 - 神戸連続児童殺傷事件発生。
(29)1998年 - W3CXML 1.0を勧告。
1998 – Voters in Maine repeal a gay rights law passed in 1997 becoming the first U.S. state to abandon such a law.
(30)2000年 - 宇宙科学研究所M-Vロケット4号機によるX線天文衛星「ASTRO-E」の打ち上げに失敗。
2003 – France and Belgium break the NATO procedure of silent approval concerning the timing of protective measures for Turkey in case of a possible war with Iraq.
(31)2006年 - 第20回冬季オリンピックトリノ大会開催。2月26日まで。
(32)2008年 - 崇礼門放火事件
(33)2009年 - 2009年人工衛星衝突事故
2013 – Thirty-six people are killed and 39 others are injured in a stampede in Allahabad, India, during the Kumbh Mela festival.
(34)ヨシダが選んだ著名人の誕生日足利義氏 (1541)、 チャールズ・ラム (1775)、 平塚らいてう (1886)、 ハロルド・マクミラン (1894)、 ロバート・ワグナー (1930)、 鈴木史朗 (1938)、 鈴木恒夫 (1941)、 (1898)、 坂田晃一 (1942)、 高橋英樹 (1944)、 西和彦  (1956)、 野村正育 (1962)、 井上あずみ(1965) 、 関純子 (1965) 。
 
                            インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を
編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 
ただ今、 
6093編です。
 

2016年2月10日(水)掲載分
昨日2月9日最終のトップページ
編集者のダイアリー・コナー

 「2月10日のできごと」でヨシダが特に関心を強くするのは、「(7)1870年 - ニューヨークでアメリカYWCAが 設立される」です。ほかでもありません、ヨシダの青春時代はヒトとの出会いなかんずく、生涯の伴侶(後年離婚)とすべき人物との出会いや色んな分野の人々 との接点を持ったのが広島YMCAの「ESS:English Speaking Society)」であったからです。YMCAはYoung Men Christians  Association の略称。当時の同館長の口癖は、「You May Come Again(またいらっしゃいませ)」でした(笑)。ESSの講師は、当時のABCC(The Atomic Bomb Casualty Commission)の米人医師や米人宣教師、広島大学の教授連でした。テーマをきめて、その外人講師さんを中心に質疑応答&意見発表・・・といったフ リー・ディイスカッションって按配。ハイ、ヨシダは厚かましく、よく発言するほうでした。ABCCのフランス系米人医師でフィンチさんという方がヤング・ ヨシダに言いました。 「ミスターヨシダはその英語でアメリカへ行ったら、イタリア系アメリカ人と観られるですよ・・・」と。肩をシュリンクしたものです(笑)。当時のヨシダは 二十歳前後の紅(厚)顔の美青年(?)でしたから(笑)。あ、そうだ、「(4)1653年承応2年1月13日) - 江戸幕府が町人建議による水路(のちの玉川上水)の着工を許可する。」 にも想い出があります。70歳時代のこと。離婚後に未亡人に拾われて(?)同棲した時代のこと。彼女の長女が結婚して住んでいたのが三鷹市。東京出張の折 には宿にして孫たち一家と夕食を近所のレストラン等で楽しんだもの。「玉川」は直ぐ近くでよく川沿いを歩きました。当時のヨシダは今ほどきめ細かい(?) 人生を味わっていなかったのか、玉川を造った兄弟人物像やその経緯等などには無頓着でした。でも、現在にしてこの種の記事を編集する時には実に良き想い出 として浮かんでくることが嬉しいです。(9日21:30)
 凝り性のヨシダのエピ ソードをひとつ!昨深夜にかけて「針仕事」をしました!?と思われる でしょうが、これもヨシダの日常活動の記録のひとつとしてです。フラットで40センチ角のレザー張り愛用の椅子がお相手。お手伝いのセニー(アーネルの 姉)に頼んで作ってもらったカバー(バスタオルを二つ折りして作ったもの)がずれて見苦しくなることからのヨシダのトライ。老眼鏡を頼りに針仕事に精出し ました。もともと器用でアイディアに富んだヨシダ。カッコイイカバーに仕上がりました★ご存知のように、肘掛・アームレス・背もたれ・首もたれ・角度調 整・高下調整可能な豪華事務用椅子は「健康保持」の見地で使っていません。自由な体位や行動をすることからのフラットタイプです。それに座ったままで可能 なのが自由自在の屈伸運動から、ベッドに並べてできるヨシダ特許(?)の「ゴルフボール・ストレッチング小道具」の利用等々対応可能な特殊フラット椅子っ て按配です。くだんの「針仕事」の様子はご覧になったら苦笑もの!持ち前の「ヨシダ器用性」を発揮しました。なにせ、二十歳代に3つの実用新案に米国から 新技術2件を「文通」で取得したツワモノです。でも、滑稽な姿だっただろうな、とは今朝の心境です。さて、今日の取材成果は?・・・(10:20)
 「さて、今日の取材成果は?」とした直前のヨシダブログは、最初の取材記事で満たされる感じです。題して、「No.6091:公平中立をめぐる空気朝日新聞「天声人語」2016.2.10.)」がそれ。「ヨシダのマスメディア論」として位置づける価値ありと自負します。ご反論は大歓迎です。本サイトでディスカッションをしましょう!(11:30)
 一気に、2編を編集しました。「No.6092:トランプ氏はレーガン元大統領にはなれぬ 彼に欠けているものは… 産経新聞2016.2.10.白鴎大学教授・高畑昭男)」と「No.6093:世界兄弟主義長崎新聞「水と空」2016.2.10.信)」がそれです★話(ブログ)は飛びますが、「一日二食主義」に転じたのが1月5日。早くも1週間目。実にイイ調子でご満悦です。(14:35)
 


No.6093
世界兄弟主義
長崎新聞「水と空」2016.2.10.信
ヨシダブログ:「フィ リピンを終の棲家」と定めて移住して7年目のヨシダだけに、この種の記事には釘付けになるのを覚えます。フィリピンの被植民地化歴史はスペインの 「1565年ー1898年(333年間)」と米国のそれ「1898年ー1946(48年)」の通算381年間。米国のフィリピン植民地化は日本の対米宣戦 布告と同時に日本の占領下にはいるなど、諸外国に翻弄された経緯をもつお国柄。殖民地化したほうが悪いのか、されたほうがどうかの云々は別にして、ヨシダ の口癖は「スペイン時代にチャッカリとローマカトリック教を、アメリカ時代にはこれまたチャッカリと英語を第二国語にして、「西欧化」に関しては日本の真 似のできないレベルにあ る」というのがヨシダ自論です▼じじつ、ある日本人著名な作家の弁をよく引用します。曰く、「私の知る限り、フィリピンは東南アジア諸国(日本を含め)の 中で一番西欧化され明るい雰囲気のある国」と評価されます▼その証と言ったらヘンですが、ヨシダが離日前に東京でお会いして教えや助言を乞うた人物の著書 2編を下記に添付してご参考に供します。▼①「誤解されているフィリピン~フィリピンとフィリピンの人たちに対する誤解を解くために~」(日本図書刊行会刊行)、②(英語寄稿文Japanese Should Learn from Filipinos  Cover   No. 1   No. 2  同日本語訳日本人はフィリピンの人たちから学ぶべきだ」(吉田祐起翻訳・著者検証)がそれです▼ともあれ、現在のヨシダが強く胸に秘めること。それは「フィリピンを終の棲家と定めたヨシダの決断が正しかった!」のひと言につきる心境です。写真12枚添付ファイル
  「梅屋庄吉」の画像検索結果「梅屋庄吉」の画像検索結果「梅屋庄吉」の画像検索結果「梅屋庄吉」の画像検索結果「梅屋庄吉」の画像検索結果「梅屋庄吉」の画像検索結果
    「1962年、皇太子夫妻アギナルド」の画像検索結果「1962年、皇太子夫妻アギナルド」の画像検索結果「1962年、皇太子夫妻は93歳のアギナルドを訪問」の画像検索結果「1962年、皇太子夫妻は93歳のアギナルドを訪問」の画像検索結果「1962年、皇太子夫妻は93歳のアギナルドを訪問」の画像検索結果
No.6092
トランプ氏はレーガン元大統領にはなれぬ 彼に欠けているものは… 
産経新聞2016.2.10.白鴎大学教授・高畑昭男
ヨシダブログ:トランプ氏はレーガン元大統領にはなれぬ・・・」と いうタイトルを見ただけでヨシダは思わず呟きました。そうでしょう、そうであってあったり前!がヨシダの当初からの気持ちであり、本記事に接しての偽らな い感想であるからです▼CNNやBBCで観るトランプ氏の言動には嫌!っと思うほど違和感を抱いてきているヨシダだけに、です▼主張の中身を横に置いとい て、の話。大統領人物なかんずく、世界一の米国のトップには「品格」が求められます。偏見的な意見だ、という批判を承知の上のヨシダブログですが、もし、 トランプ氏が米大統領になったら・・・と思っただけでもゾッとします。その理由はブログしませんが、万が一にでも彼が米大統領になったら・・・、アメリカ 人の国民性も、世もオワリって気分さえ抱きます・・・。トランプさん、ゴメンなさいませ・・・。(写真5枚添付ファイル
 「トランプ氏の話ぶり」の画像検索結果 「trump's ugly expression」の画像検索結果     「トランプ氏の話ぶり」の画像検索結果        「トランプ氏の話ぶり」の画像検索結果   「trump's ugly expression」の画像検索結果
No.6091
公平中立をめぐる空気
朝日新聞「天声人語」2016.2.10.
ヨシダブログ:う~ ん・・・と、思わず考え込んで読みました。マスコミ・マスメディアのあり方を問う意味でです。「マスメディア」とは、「特定の発信者から、不特定多数の受 け手へ向けての情報伝達手段(ウィキペディア)」。シンプルな定義ですが、実に厄介な結果を内蔵するとみます。ヨシダ流の解釈に過ぎませんが、「不特定多 数」とは、時の政権を生んだ群衆(国民)と言えるでしょう。「特定の発信者」とは従って、NHKを筆頭とするマスメディア各社。選挙で与党・野党が流動的 になることから、肝心の公平であるかないかのマスメディアの方向性評価はどうなるのだろうか・・・?というのがヨシダの疑問▼日本のマスメディア代表とも 言えるNHKとその在り方は従って、時の政府によって、異なって当たり前?・・・といった論理もまかり通るでしょう。じつは、その現実がこの種のマスメ ディア報道の在り方に波紋を呈するとみるのがヨシダです▼とするとですが、ニュースキャスターは自身(個人)の政治理念を貫くにはその寿命は起用された次 点の政情次第。政情が変われば、世論が変化すれば、当然のこととして、そのキャスターの個性や報道の在り方に是非論が生じるでしょう。とすれば、潔く自ら の意志で辞任するのが心あるニュースキャスターと処し方であるのかな?・・・と首を傾げます。また、そのことを世論で云々すること自体が(も)、的外 れ?・・・ってことになるのだろうかな?と。イヤハヤ、厄介なもんですね~。この種の良し悪し論は・・・。ヨシダの判断の域外のできごとみたいです・・・ ▼ふと、生意気なブログを最後に!マスメディアに純粋な意味の公平性を求めること自体がドダイ無理なこと。政情変化が背景。とすればのこと。マスメディア はその主義主張を時の政権拘らずに、自身(自社)の哲学として貫くことしかない感じがします。時の政権に迎合するような発言をすれば大批判は当然。ドダ イ、政府系マスメディアそのものの存在が民主主義精神に 逆行するのでは?といった大胆な感想を抱くのがフィリピンから母国ニッポンを観たヨシダの感想のひとコマです。(写真10枚添付ファイル
  「高市総務相が、政治的な公平を欠いた場合の電波停止の可能性に言及」の画像検索結果「高市総務相が、政治的な公平を欠いた場合の電波停止の可能性に言及」の画像検索結果「高市総務相が、政治的な公平を欠いた場合の電波停止の可能性に言及」の画像検索結果 「高市総務相が、政治的な公平を欠いた場合の電波停止の可能性に言及」の画像検索結果
   「田英夫(TBSの「ニュースコープ」時代)」の画像検索結果   「TBSの「ニュースコープ」」の画像検索結果 「TBSの「ニュースコープ」」の画像検索結果 「TBSの「ニュースコープ」のキャスター2016年」の画像検索結果「浅野輔キャスター」の画像検索結果「TBSの「ニュースコープ」のキャスター2016年」の画像検索結果
 昨日9日の記事3編を下記に掲載していましたが、本日10日の第一記事掲載(11:20)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。 

                 「末尾の特別情報お知らせコーナー」
  以下のコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するもので して、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。なお、上掲のリンクをクリックすると、そ の下書き的なテーマや内容の一端が垣間見られます。

             自然に到達した「自利から他利」の実践とその心
 このコラムはちょっとばかり長文ですので、ご興味のある方に限って上掲をクリックしてご覧ください。下記はその関係資料です。
 
「飯塚毅」の画像検索結果
 
   ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。 


                        2016年2月9日(火)
                          ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
                                             吉田祐起
                             (満84歳3ヶ月)  
                  (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)                                                           yoshida@a-bombsurvivor.com
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