吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳9か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

  原爆証言者・吉田祐起の被爆現場証拠写真です。
 「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル別館」の画像検索結果
  2016年2月14日(日)午前3時頃のこと。ふと目覚めて色んなことに想いを巡らすなかで思いついたこと。それは被爆で九死に一生を得たという表現を 辞さない私の生々しい体験の場をこのサイトに再現することでした。ガバッと起きてデスクに向かいグーグルで関連写真を検索しました!ゲットしたのが上掲の 写真です。
 当時の私は学徒動員で広島電鉄本社電気課勤務でした。足が不自由なことからの事務所勤務。他の級友たちは電車・バスの修理工場配属 で した。左端の写真看板は現在の本社別館(右2枚の3階ビル)の前に設置されている半倒壊したビル画面と日英語説明文看板。2番目の白黒写真はその生々しい 倒壊した建物コーナーの写真です!
 朝礼を終えてビッコを引きながら薄暗い廊下伝いに電気課事務所に向かっていた瞬間の「ヒカ!ドン!」でし た。 あっという間に下敷きになりました。数秒の差で倒壊を免れた同課オフィスに辿り着いていたと、今更の如く想起し、感無量です。真っ暗なビルの下敷きで手を 合わせて死を覚悟しました。ふと、頭上にほのかな明かりが眼に入り、無我夢中で瓦礫をよじ登りました。子供心に想起することに倒壊した建物のてっ辺に這い 出た時の印象は「下界を見下ろす」って位置。顔面に吹き出る血をみて、「母ちゃ~ん!血が出ているよう~!」と泣きました。倒壊したあの建物の下敷きのわ が姿を生々しく再現再確認する次第です。
★ところで、ヒバクシャが念願していた米 大統領の被爆市訪問が去る5月27日にオバマ大統領によって実現しました。ヨシダの解釈は「オバマ大統領閣下、良かったですね~!『男の約束』が果たせ て!」のひと言です。これを機に、ヨシダのヒバクシャ証言は「被爆者最後の生き残り」を演じることにします。

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 ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!本日現在の「データーサイズ(編集容量)」 は実に2,470KBという異例とも自 負する規模です。殆どのインタネット関連企業ですら500KBというなかで、楽天さんのそれはずば抜けて2200KB。ヨシダのそれをオーバーしているヨ シダのデーターサイズです。 単行本に換算したら、ン拾冊相当分だぞ~!ってところです。大量のヨシダ自分史足り得ると自負するウェブサイトです。

                            English               
              2016年8月8日(月)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー

  注: お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★&▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。    

            ウィキペディアから拾った8月8日の「できごと」 
                                August 8 Event(英語版) 
                                   「きょうのできごと」記録集
  このコラムは2014年4月21日開設のものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています。その写真資料も可能な限りの大きさを保ち、かつ、1ページの許容編集容量である 1000KB(1MG)を横目に調整しつつの編集です★なお、編集者の立場で痛感することは、そうしたプロセスで当該できごとを通して世界歴史の一端を学 ぶことの魅力を編集者側のメリットと受けとめて精出しています。おって、本コラムの次に控えるのが「today@VOA」でして、「アメリカ版きょうので きごと」といったところ。一層の励みを体感しています。
           2「1503年 - スコットランド王ジェームズ4世が、イングランド王ヘンリー7世の娘マーガレット・テューダーと結婚」の画像検索結果「1503, scotland map」の画像検索結果「1503,england henry 7 and daughter margaret」の画像検索結果 「1503,england henry 7 and daughter margaret」の画像検索結果「イングランド王国 地図」の画像検索結果「1503, james 4, scotland married margaret, daughter of england king henry 7」の画像検索結果
   5 「Jacques Balmat and Michel Gabriel Paccard」の画像検索結果 「Jacques Balmat portrat」の画像検索結果「Jacques Balmat and Michel Gabriel Paccard」の画像検索結果「Jacques Balmat and Michel Gabriel Paccard」の画像検索結果 「Jacques Balmat portrait, monbran」の画像検索結果 「Jacques Balmat portrait, monbran」の画像検索結果「Jacques Balmat portrait, monbran」の画像検索結果「Jacques Balmat and Michel Gabriel Paccard」の画像検索結果
   8「International Lawn Tennis Challenge, 1900」の画像検索結果「International Lawn Tennis Challenge, 1900」の画像検索結果  「International Lawn Tennis Challenge, 1900」の画像検索結果  「International Lawn Tennis Challenge, 1900」の画像検索結果「International Lawn Tennis Challenge, 1900」の画像検索結果「International Lawn Tennis Challenge cup, 1900」の画像検索結果
10「1908, Wilbur Wright first flight」の画像検索結果 「1908, Wilbur Wright first flight」の画像検索結果 「1908, Wilbur Wright first flight」の画像検索結果       関連画像「1908, Wilbur Wright first flight」の画像検索結果
   11「稗田山崩れ」の画像検索結果 「稗田山崩れ」の画像検索結果「稗田山崩れ」の画像検索結果「稗田山崩れ」の画像検索結果「稗田山崩れ」の画像検索結果
 27   「Great Train Robbery (1963)」の画像検索結果  「Great Train Robbery (1963)」の画像検索結果「Great Train Robbery (1963)」の画像検索結果    関連画像「Great Train Robbery (1963)」の画像検索結果
            「Great Train Robbery (1963)」の画像検索結果   「Great Train Robbery (1963)」の画像検索結果  「Great Train Robbery (1963)」の画像検索結果   「Great Train Robbery (1963)」の画像検索結果 「Great Train Robbery (1963)」の画像検索結果
   「Great Train Robbery (1963)」の画像検索結果  「Great Train Robbery (1963)」の画像検索結果    「Great Train Robbery (1963)」の画像検索結果33「1974, nixon speak in tv of his resignation succeeding him johnson」の画像検索結果
     「1974, nixon speak in tv of his resignation succeeding him johnson」の画像検索結果「1974, nixon speak in tv of his resignation succeeding him johnson」の画像検索結果「1974, nixon speak in tv of his resignation succeeding him johnson」の画像検索結果関連画像    関連画像
(1)870年 - メルセン条約締結。中部フランク王国東フランク王国西フランク王国イタリア王国に割譲。
(2)1503年 - スコットランドジェームズ4世が、イングランドヘンリー7世の娘マーガレット・テューダーと結婚。
(3)1509年 - ヴィジャヤナガル王国クリシュナ=デーヴァラーヤが戴冠。
(4)1588年 - スペイン無敵艦隊がアルマダの海戦イングランド艦隊に敗北。
(5)1786年 - ジャック・バルマとミッシェル・ガブリエル・バッカールがモンブラン初登頂に成功。
(6)1864年元治元年7月7日)- 天狗党の乱: 江戸幕府諸藩の軍勢と天狗党が戦闘状態に入る。
(7)1892年 - 第2次伊藤博文内閣成立。1896年8月31日まで。
(8)1900年 - 第1回国際ローンテニス・チャレンジデビスカップ)開幕。
(9)1904年 - 大韓帝国で政治結社「維新会」(ほどなく一進会に改称)設立。
(10)1908年 - ウィルバー・ライトフランスル・マンの競馬場で初の公開飛行を行う。
(11)1911年 - 稗田山崩れ長野県小谷村の稗田山が大崩壊。日本における20世紀最大級の土砂災害となる。
(12)1913年 - 第二革命に失敗した孫文黄興らが日本に亡命。
(13)1928年 - アムステルダムオリンピック競泳男子200m平泳ぎ鶴田義行金メダル
(14)1929年 - ドイツの飛行船LZ 127(ツェッペリン伯号)が世界一周飛行を開始。
(15)1942年 - 第二次世界大戦ソロモン諸島の戦い: 第一次ソロモン海戦。翌日、日本の勝利で終結。
(16)1942年 - 第二次世界大戦・ソロモン諸島の戦い: フロリダ諸島の戦いが終結。日本軍守備隊が玉砕
(17)1945年 - 第二次世界大戦・ソ連対日参戦: ソビエト連邦が日本に宣戦布告。モスクワでの通告の数十分後の9日未明、満州・朝鮮・樺太で一斉に進撃開始。
(18)1945年 - 第二次世界大戦・日本本土空襲: 福山大空襲

(19)1945年 - 第二次世界大戦・日本本土空襲: 筑紫駅列車空襲事件
(20)1946年 - 戦略爆撃機B-36が初飛行。
(21)1952年 - 義務教育費国庫負担法公布。
(22)1953年 - ソ連のゲオルギー・マレンコフ首相がソ連の水爆保有を公表。
(23)1953年 - ラズエズノイ号事件。ソ連の漁業巡回船ラズエズノイ号が日本の領海を侵犯
(24)1954年 - 山梨県大月市が市制施行。
(25)1955年 - 長崎市平和公園平和祈念像の除幕式。
(26)1961年 - 松川事件の差し戻し審で仙台高裁が被告人全員無罪の判決。9月12日に最高裁が再上告を棄却し、無罪が確定。
(27)1963年 - イギリスで大列車強盗事件 (Great Train Robbery) 発生。260万ポンドが強奪される。
(28)1966年 - 中国共産党第八期中央委員会第十一回全体会議で「プロレタリア文化大革命についての決定」(通称 16か条)が採択。
(29)1967年 - バンコク東南アジア諸国連合(ASEAN)が結成される。
(30)1967年 - 米軍燃料輸送列車事故
(31)1968年 - 和田寿郎の執刀によって日本初の心臓移植手術が行なわれる。(和田心臓移植事件
(32)1973年 - 金大中事件。後に韓国大統領となる金大中が東京都内のホテルから拉致され、8月13日にソウルにある自宅で発見される。
(33)1974年 - ウォーターゲート事件: ニクソン米大統領がテレビ演説を行い、翌9日正午での辞任とフォード副大統領の大統領昇格を公表。
(34)1986年 - アメリカで映画『スタンド・バイ・ミー』が封切り。
(35)1988年 - エフエム富士が開局。
(36)1988年 - ビルマ8888民主化運動が発生。
(37)1990年 - 湾岸戦争: イラククウェートの併合を宣言。
(38)1991年 - 当時史上最も高い建造物であったワルシャワラジオ塔が倒壊。
(39)1995年 - 村山改造内閣成立、1996年1月11日まで。
(40)2005年 - 郵政民営化関連法案参議院で否決され、第2次小泉内閣衆議院解散。(郵政解散
(41)2008年 - 第29回夏季オリンピック北京オリンピックが開幕。8月24日まで。
(42)2008年 - 南オセチア紛争: ロシアグルジアに侵攻。
(43)2009年 - 渡辺喜美らがみんなの党を結成。
(44)2014年 - アメリカを中心とした有志国がイラク国内に展開する過激派組織ISILの勢力に対して空爆を開始(10月16日に生来の決意作戦と命名)。
(45)2014年 - 西アフリカのエボラ出血熱流行についてWHOが「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」であると宣言

             アメリカ版「きょうのできごと」(日本語版)日別一覧表
                         (1日遅れの時差あり)
             アメリカ版「1995年8月5日(日本時間)のできごと」                    
                       August 4, 2016

On This Day in American History
On Aug. 4, 1977, President Jimmy Carter approves the U.S. Department of Energy’s formation. The agency assumes two chief areas of responsibility: overseeing the development and testing of defensive nuclear weapons; and consolidating control of various federal energy programs. During his 1977-’81 term, Carter pushes for energy conservation, citing the economy and environment. Early on, he famously sports a sweater for a nationally televised address on U.S. energy policy.

1977年8月4日に、ジミー・カーター米大統領は、合衆国エネルギー相の創設を承認します。同省は2つの主要義務を有します。先を見越した 防衛用核兵 器試験とその開発。各種の連邦エネルギー計画の確立等です。1977-81年の任期中、カーター大統領は経済と環境を狙ってエネルギー確保を後押ししま す。全国ネットテレビでそのことを微妙に表現したのが、かの有名なスピーチ"Primary Resources; Crisis of Confidence"でした。(英語の「Sports a sweater...」は独特の表現とみますが模索した結果、このリンクにヒットしました。当たらぬとも遠くない解釈ではないかとは思いますがが、何方か、ご存知の方はご一報くださいませんか。)(ヨシダ訳)
ヨシダブログ:「英語版きょうのできごと」の 出所をHISTORYから他のものにシフトしました。ほかでもありません、HISTORYですると、リンクした箇所をクリックすると正常に開くのですが、 本コラム文字全部にリンクが張られて別のものにシフトして開くことから、HISTORY取材はやめて他にシフトしました。と、ご覧のように正常なリンクが 働きます。
 くだんの新しいウェブサイトは
"History of the U.S. Department of Energy"です。新しく設置したエネルギー省が、後年次々と新しい部署を形成していったプロセスは見事といった感じです。
(256.29KB)(写真26枚添付ファイル)
      「The energy crisis of the 1970s」の画像検索結果   「The energy crisis of the 1970s」の画像検索結果「The energy crisis of the 1970s」の画像検索結果「The energy crisis of the 1970s」の画像検索結果
   「Jimmy Carter signed the U.S. Department of Energy (DOE) Organization Act」の画像検索結果「Jimmy Carter signed the U.S. Department of Energy (DOE) Organization Act」の画像検索結果「Jimmy Carter signed the U.S. Department of Energy (DOE) Organization Act (Public Law 95-91),」の画像検索結果「Jimmy Carter signed the U.S. Department of Energy (DOE) Organization Act (Public Law 95-91),」の画像検索結果「Jimmy Carter signed the U.S. Department of Energy (DOE) Organization Act (Public Law 95-91),」の画像検索結果
      「Jimmy Carter signed the U.S. Department of Energy (DOE) Organization Act (Public Law 95-91),」の画像検索結果「DOE, nuclear weapons research, development and production」の画像検索結果「DOE, nuclear weapons research, development and production」の画像検索結果「nuclear weapons production sites changed to environmental remediation. In 1989」の画像検索結果
        「nuclear weapons production sites changed to environmental remediation. In 1989」の画像検索結果「nuclear weapons production sites changed to environmental remediation. In 1989」の画像検索結果「Energy Secretary James Watkins created the new Office of Environmental Restoration and Waste Management」の画像検索結果「Energy Secretary James Watkins created the new Office of Environmental Restoration and Waste Management」の画像検索結果
     「the new Office of Environmental Restoration and Waste Management」の画像検索結果「Office of Environmental Restoration and Waste Management」の画像検索結果「DOE Office of Environmental Management」の画像検索結果
     「the Fernald Closure Project,」の画像検索結果「Ashtabula Closure Project」の画像検索結果「The Columbus Closure Project」の画像検索結果
                 「The Mound Closure Project」の画像検索結果「The West Valley Demonstration Project Office」の画像検索結果     「1,050-acre Fernald site」の画像検索結果         

                                  インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を
編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。

ただ今、6475編目です! 
2016年8月8日(日)掲載分
昨日8月7日最終のトップページ

日別最終トップページ一覧表
編集者のダイアリー・コナー 

 今朝一番にメルマガでヒットした記事に釘付けになりました。嗚咽しながら編集しつつある記事デス。当該ヨシダブログが長くなりそうなので、「仮掲載」しました。「No.6473:70年ぶりの兄妹再会朝日新聞「天声人語」2016.8.8.)」がそれです★ふと、ヨシダの末弟で被爆して無傷でありながら、10日後に血反吐を吐き、内蔵が飛び出たような感じで死んだ弟のことに想いを寄せます。ママに抱かれて、オッパイを握り締め言いました。「・・・ボク、まんまんさん(お釈迦さん)のところへ行ったら、アメリカの敵討ちしてもらうように頼むよ・・」が絶句でした★その弟と手を取り合って市内を一週間彷徨ったヨシダの4歳上の姉は脚に骨が出るほどの重傷でも奇跡的に助かり、何度も原爆症手術をしながら、なんと80数歳まで生き抜きました★その姉の抜け落ちた髪の毛は、現在でも広島市原爆資料館に展示されています。その姉がよく言いました。「ユウキ、姉ちゃんはアメリカを憎まないわよ。だって、日本も随分と悪いことをしたんだもの。戦争は人間を狂わすのよ・・・」と★どうやら、この場でも、くだんの記事(No.6473)のヨシダブログの一端になりそうです。(10:30)
 「No.6474:アングル:米共和党の一部資産家、クリントン氏支援の輪広げるREUTERSロイター2016.8.8.Olivia Oran、Amanda Becker記者)」編集ではヨシダ独特のユーモアと皮肉(?)を加えました。お陰でストレスは皆無!イイ按配です(笑)。(12:45)
 「No.6475:トルコのロシア急接近はEUにとって「悪夢」だと前スェーデン首相 8月9日、エルドアン大統領はプーチンのもとへ飛ぶ 宮崎正弘の国際ニュース通算4985号2016.8.8.)」 を編集しながらイロイロと学びました。84歳超の手習い、を味わっています。(14:20)
 ふと、みるに、ただ今のこのトップサイトの編集容量は970.39KB.制限の1000KB直前です。「きょうのできごと写真編集」も完了したし、どうやら、この辺りで早々と明日ヘの備えに入ります。(16:00)




No.6475
トルコのロシア急接近はEUにとって「悪夢」だと前スェーデン首相 8月9日、エルドアン大統領はプーチンのもとへ飛ぶ
宮崎正弘の国際ニュース通算4985号2016.8.8.

ヨシダブログ: 本記事にある「EU議会はネオ・リベラリズムが依然として跋扈しており」 という言葉に拘るヨシダ。添付した資料にその戸惑いの気が窺われるでしょう▼いろんな角度からこの「ネオ・リベラリズム」とやらをベンキョウする中でヒッ トした「ナットク!」って感じの説明文にヒットしましたので、自他共の参考に記します。曰く、「「ネオ・リベラリズム」とは、「新 自由主義。国家によるサービスの縮小と大幅な規制緩和による市場経済重視の経済思想」。一方、「ナショナリズム(国民主義、国粋主義)」(自国のことは自 国で決めて、自国民でやっていく、という意志の表れ。一方、「EU加盟」は国家主権の放棄なのです。緊縮財政も産業保護も移民流入も、国政として重要な部 分が自国でほぼ全く決められませんし、実行できません。選挙で選ばれたわけでもないブリュッセル(ベルギー)にいる官僚が、いつの間にか勝手に決めて、そ れの実行を強制してきます(当該規定資料は8万ページ!とやらです)。そして、ロンドンを中心に蔓延っている東欧移民達は、「自分達はイギリス人では無 い。EU人のロンドン市民だ」と言って、EU圏内では優秀なイギリスの既存資源(水や電気の安定性、治安、交通利便、福祉等々)を食い潰しています。だか ら、イギリスという国を自分達の手に取り戻そう、ということになったのです・・・」がそれ。今更のことでお恥ずかしい限りですが、目からウロコって感じで す(笑)▼・・・と、その延長線上に浮かび上がってうるのは、「グローバリゼーションへの反省」といったところでしょうね (注:添付資料は編集者の立場で記事内容を理解するべく当該画面を検索して添付したもので、記事内容と直接の関連性が あるとは限りません) 写真11枚添付ファイル
         「トルコのエルドアン大統領とプーチンが会談」の画像検索結果     「トルコのエルドアン大統領とプーチンが会談」の画像検索結果           「トルコのエルドアン大統領とプーチンが会談」の画像検索結果               「トルコのエルドアン大統領とプーチンが会談」の画像検索結果
        「ネオ・リベラリズム」の画像検索結果「ネオ・リベラリズム」の画像検索結果「ネオ・リベラリズム」の画像検索結果「ネオ・リベラリズム」の画像検索結果
       「ネオ・リベラリズム」の画像検索結果「ネオ・リベラリズム」の画像検索結果「前スェーデン首相のビルト「欧州委員会のユンケル委員長」」の画像検索結果 
No.6474
アングル:米共和党の一部資産家、クリントン氏支援の輪広げる
REUTERSロイター2016.8.8.Olivia Oran、Amanda Becker記者
ヨシダブログ: ヨシダのトランプ観。「テレビでひと目、ひと声聞いたただけ」の印象は、「こんな人物が万が一にでも大統領になったらアメリカはジ・エンドだ!」と呟いた ヨシダ。今頃にしてこの体たらく(シツレイ)の共和党。ま、先があるので、紆余曲折もイイか・・・って気分です▼文中にある2人の共和党所属の人物像をヨ シダ流にキャッチしました。記事中にヨシダ引用で挿入していますが、ヨシダブログでも「特例」としてそのまま(英文)で掲載してご参考に供します▼本記事 の二人の美人筆者が見たらビックリ仰天するでしょよ!編集者ヨシダの執念(?)でゲットした貴重な情報事実です。本記事筆者ふたりの美人記者さんから「マ イッタ!」という声が聞こえてきそうです(笑)。 写真9枚添付ファイル
   8月4日、米共和党員でありながら、大統領選候補ドナルド・トランプ氏に不快感を抱いている資産家グループが民主党候補ヒラリー・クリントン前国務長官(写真)への支援の輪を広げる運動に乗り出している。コロラド州で3日撮影(2016年 ロイター/Rick Wilking) 「republican democrat shake hands」の画像検索結果   「republican democrat shake hands」の画像検索結果 「republican democrat shake hands」の画像検索結果「republican democrat shake hands」の画像検索結果
                          「Father Larry J. Snyder」の画像検索結果  
                       
Fr. Larry Snyder
Vice-president for Mission at the University of St. Thomas in Minnesota and former President of Catholic Charities USA.   
                                                   

                         John Stubbs is a founder of R4C16.org,             
John Stubbs is a founder of R4C16.org, a group of Republicans for Clinton, and was senior advisor for U.S. Trade Representative in the Executive Office of the President from 2001-2007.
Follow @R4C16
(本記事中にある共和党員でクリントン支持をする二人の人物写真&プロフィール&リンク等はヨシダ引用です。なお「R4C16」とは、 「Republicans for Clinton 2016」で、「2016年大統領選 クリントン応援の共和党員」と、これってヨシダの英語力(?)による分析。なんとも皮肉ですね~・・・。)
 
                                          「Olivia Oran」の画像検索結果「amanda becker reuters」の画像検索結果
No.6473
70年ぶりの兄妹再会
朝日新聞「天声人語」2016.8.8.
ヨシダブログ: 一 刻でも早くに掲載したいために、ヨシダブログは当面さわりだけで掲載します・・・としたこのコーナーでしたが、「編集者のダイアリー・コーナー」でも言及 したこともあり、キリがありませんので、ホドホドにします▼ヨシダの自論が裏づけされる心境です。つまり、原爆投下は「予告されていた」という厳然とした 歴史事実でして、それを無視したのが母国ニッポンの当時の軍部であり、天皇陛下でもあった、という事実デス!その前に厳然たる歴史事実としてあるのが、 「ポツダム宣言拒否」です。原爆投下を批判する前に自国の当時の指導者を批判せよ!と。被爆の恨みつらみはホドホドに、です!▼ちなみに、明日に控える長 崎原爆の日。地元長崎新聞さんの記事をみるに、関連記事はありません。天声人語さんにエールを送りたい心境です・・・▼それにしても納得できないこと。そ れは、そうした歴史的事実が自他共に歴然としながらも、現在に至って「原爆投下は罪悪」と主張することに違和感を否定できません▼世界に現存する核兵器は ン万発でありながら、使われた記録はありません。人類の良識が窺えます。何方か、納得できる説明をしてくださいませんか・・・? 写真30枚添付ファイル
          「長崎 原爆」の画像検索結果「長崎 原爆」の画像検索結果「当時中学1年生だった谷崎昭治」の画像検索結果「長崎 原爆」の画像検索結果「長崎 原爆」の画像検索結果
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 昨7日の記事2編を下記に掲載していましたが、本日8日の第一記事掲載(10:00)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を  抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。

             「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を           
★84歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
★ 人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
★ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
★手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
★そ こで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
★ コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクトの人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
★そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
★ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
★若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄され る」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
★ その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
★すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、「世のため、人のために役立つ生涯を」・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジ ナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
★アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
★ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
★なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。★もうひとつの「蛇足の弁」ならぬ、「蛇足・でも価値ある漫画言葉」の漫画。曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言ったらどう思うかい?)★これって奇しくも、ヨシダが早くにして到達したホンネそのものって感じです!!!(笑)
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 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が大きくて多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムでは その容量大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真が白黒コミックで編集容量が極めて低く (14.84KB)、ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、通算60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。  
 超縦長のウェ ブサイトをご訪問くださってありがとうございました。「乱文乱筆ならぬミスプリはご容赦のほど」がヨシダのブログ用語です。またのご訪問をよろしくお願い します。ご機嫌よろしゅう!
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                                                  2016年8月8日   
                 “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                           
吉田祐起
                       
(満84歳9ヶ月)
               (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローサ市在住)
                E-mail:yoshida@a-bombsurvivor.com
                    yoshidayuuki@rocketmail.com
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