吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳9か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

  原爆証言者・吉田祐起の被爆現場証拠写真です。
 「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル別館」の画像検索結果
  2016年2月14日(日)午前3時頃のこと。ふと目覚めて色んなことに想いを巡らすなかで思いついたこと。それは被爆で九死に一生を得たという表現を 辞さない私の生々しい体験の場をこのサイトに再現することでした。ガバッと起きてデスクに向かいグーグルで関連写真を検索しました!ゲットしたのが上掲の 写真です。
 当時の私は学徒動員で広島電鉄本社電気課勤務でした。足が不自由なことからの事務所勤務。他の級友たちは電車・バスの修理工場配属 で した。左端の写真看板は現在の本社別館(右2枚の3階ビル)の前に設置されている半倒壊したビル画面と日英語説明文看板。2番目の白黒写真はその生々しい 倒壊した建物コーナーの写真です!
 朝礼を終えてビッコを引きながら薄暗い廊下伝いに電気課事務所に向かっていた瞬間の「ヒカ!ドン!」でし た。 あっという間に下敷きになりました。数秒の差で倒壊を免れた同課オフィスに辿り着いていたと、今更の如く想起し、感無量です。真っ暗なビルの下敷きで手を 合わせて死を覚悟しました。ふと、頭上にほのかな明かりが眼に入り、無我夢中で瓦礫をよじ登りました。子供心に想起することに倒壊した建物のてっ辺に這い 出た時の印象は「下界を見下ろす」って位置。顔面に吹き出る血をみて、「母ちゃ~ん!血が出ているよう~!」と泣きました。倒壊したあの建物の下敷きのわ が姿を生々しく再現再確認する次第です。
★ところで、ヒバクシャが念願していた米 大統領の被爆市訪問が去る5月27日にオバマ大統領によって実現しました。ヨシダの解釈は「オバマ大統領閣下、良かったですね~!『男の約束』が果たせ て!」のひと言です。これを機に、ヨシダのヒバクシャ証言は「被爆者最後の生き残り」を演じることにします。

              Since 10th March, 2001
 ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!本日現在の「データーサイズ(編集容量)」 は実に2,470KBという異例とも自 負する規模です。殆どのインタネット関連企業ですら500KBというなかで、楽天さんのそれはずば抜けて2200KB。ヨシダのそれをオーバーしているヨ シダのデーターサイズです。 単行本に換算したら、ン拾冊相当分だぞ~!ってところです。大量のヨシダ自分史足り得ると自負するウェブサイトです。

                            English               
              2016年8月7日(日)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー

  注: お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★&▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。    

            ウィキペディアから拾った8月7日の「できごと」 
                                August 7 Event(英語版) 
                                   「きょうのできごと」記録集
  このコラムは2014年4月21日開設のものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています。その写真資料も可能な限りの大きさを保ち、かつ、1ページの許容編集容量である 1000KB(1MG)を横目に調整しつつの編集です★なお、編集者の立場で痛感することは、そうしたプロセスで当該できごとを通して世界歴史の一端を学 ぶことの魅力を編集者側のメリットと受けとめて精出しています。おって、本コラムの次に控えるのが「today@VOA」でして、「アメリカ版きょうので きごと」といったところ。一層の励みを体感しています。
  7「近松門左衛門 本名・杉森信盛」の画像検索結果「近松門左衛門 本名・杉森信盛」の画像検索結果「1721年- 大坂・竹本座で近松門左衛門の人形浄瑠璃『女殺油地獄』が初演」の画像検索結果「近松門左衛門『女殺油地獄』」の画像検索結果 「近松門左衛門『女殺油地獄』」の画像検索結果 「近松門左衛門『女殺油地獄』」の画像検索結果「近松門左衛門『女殺油地獄』」の画像検索結果
   19「Kon-Tiki」の画像検索結果「Kon-Tiki」の画像検索結果     「Kon-Tiki」の画像検索結果   「Kon-Tiki」の画像検索結果  「Kon-Tiki」の画像検索結果
        「Kon-Tiki」の画像検索結果「Kon-Tiki」の画像検索結果  「Kon-Tiki」の画像検索結果 「Kon-Tiki」の画像検索結果
   26「Gulf of Tonkin Incident」の画像検索結果  「Gulf of Tonkin Incident」の画像検索結果「Gulf of Tonkin Incident」の画像検索結果 「Gulf of Tonkin Incident」の画像検索結果
     「Gulf of Tonkin Incident」の画像検索結果 「Gulf of Tonkin Incident, beginning of vietnam war」の画像検索結果「Gulf of Tonkin Incident」の画像検索結果「Gulf of Tonkin Incident, beginning of vietnam war」の画像検索結果「Gulf of Tonkin Incident, beginning of vietnam war」の画像検索結果「Gulf of Tonkin Incident」の画像検索結果「beginning of vietnam war」の画像検索結果
  28「apollo 15 returned to earth」の画像検索結果「apollo 15 returned to earth」の画像検索結果「apollo 15 returned to earth」の画像検索結果「apollo 15 returned to earth」の画像検索結果      「apollo 15 returned to earth」の画像検索結果
  31Mary McGrory.pngClifford Berryman.jpg「The Washington Star)」の画像検索結果「The Washington Star)」の画像検索結果「The Washington Star)」の画像検索結果
        「The Washington Star)」の画像検索結果「The Washington Star)」の画像検索結果「The Washington Star)」の画像検索結果       「The Washington Star)」の画像検索結果
       35「1998年アメリカ大使館爆破事件」の画像検索結果関連画像  「1998年アメリカ大使館爆破事件」の画像検索結果  「1998年アメリカ大使館爆破事件」の画像検索結果「1998年アメリカ大使館爆破事件」の画像検索結果     
   40「Titanosaurus found 」の画像検索結果「Titanosaurus found 」の画像検索結果  「Titanosaurus found 」の画像検索結果  「Titanosaurus found 」の画像検索結果   
(1)紀元前322年 - ラミア戦争: クランノンの戦い
(2)936年 - 東フランク王オットー1世(後の初代神聖ローマ皇帝)が戴冠式を挙行。
(3)1485年 - 薔薇戦争: ブルターニュに逃れていた後のイングランド王ヘンリー7世がミルフォードヘイブンに上陸。同伴していた傭兵たちからイングランドに粟粒熱がもたらされる。
(4)1576年天正4年7月13日) - 第一次木津川口の戦い
(5)1615年慶長20年6月13日)- 江戸幕府一国一城令を発令。
(6)1714年ユリウス暦7月27日) - 大北方戦争: ハンゲの海戦
(7)1721年享保6年7月15日) - 大坂・竹本座で近松門左衛門人形浄瑠璃女殺油地獄』が初演。
(8)1789年 - アメリカ合衆国陸軍省が創設。
(9)1801年享和元年6月28日) - 富山元十郎らが千島列島ウルップ島に「天地長久大日本属島」の標柱を立てる。
(10)1819年 - コロンビア独立戦争: ボヤカの戦い
(11)1821年文政4年7月10日)- 伊能忠敬らによって作られた史上初の日本地図大日本沿海輿地全図」が江戸幕府に献上される。
(12)1830年 - フランス7月革命の終結により、ルイ・フィリップがフランス国王に就任し、7月王政が成立。
(13)1940年 - 第二次世界大戦: ドイツフランス領のアルザス=ロレーヌを編入。
(14)1942年 - 第二次世界大戦・ソロモン諸島の戦い: アメリカ軍がガダルカナル島に上陸。ガダルカナルの戦いが始まる。
(15)1943年 - 第二次世界大戦・独ソ戦: スモレンスクの戦いが始まる。
(16)1944年 - IBM製作による世界初の大規模自動デジタルコンピュータHarvard Mark Iハーバード大学に到着。
(17)1945年 - 第二次世界大戦・日本本土空襲: 豊川海軍工廠が空襲され、女子挺身隊員・国民学校児童ら2477人が死亡。
(18)1945年 - 日本海軍が開発した日本初の国産ジェット機「橘花」が初飛行。
(19)1947年 - コンティキ号がペルー - ポリネシア8,300kmのによる太平洋漂流実験に成功。
(20)1948年 - 本庄事件埼玉県本庄町(現 本庄市)で、暴力団・警察・町議の癒着を報じた朝日新聞の記者が暴行を受ける。
(21)1953年 - 電気事業及び石炭鉱業における争議行為の方法の規制に関する法律(スト規制法)公布・施行。
(22)1955年 - 東京通信工業(現在のソニー)が世界初のトランジスタラジオを発売。
(23)1959年 - 中華人民共和国インド両軍が国境で武力衝突。第一次中印国境紛争の発端となる。
(24)1959年 - アメリカの地球観測衛星エクスプローラー6号が打ち上げ。
(25)1960年 - コートジボワールフランスから独立。
(26)1964年 - ベトナム戦争: トンキン湾事件を受けアメリカ上下院が「トンキン湾決議」を採択しジョンソン大統領に戦時大権を付与、本格的な軍事介入が始まる。
(27)1971年 - 警視総監公舎爆破未遂事件
(28)1971年 - アメリカの有人月宇宙船アポロ15号が地球に帰還。
(29)1976年 - アメリカの火星探査機バイキング2号火星の軌道に投入。
(30)1977年 - 有珠山が32年ぶりに噴火。
(31)1982年 - 128年間刊行されてきた夕刊紙ワシントン・スターが廃刊。
(32)1983年 - ヘルシンキで第1回世界陸上競技選手権大会が開幕。8月14日まで。
(33)1985年 - 土井隆雄毛利衛内藤千秋の3名が日本人初の宇宙飛行士に選ばれる。
(34)1995年 - イエーテボリ世界陸上競技選手権大会三段跳で、ジョナサン・エドワーズが史上初めて18メートルを超える18m29を記録。
(35)1998年 - ケニアの首都ナイロビタンザニアの首都ダルエスサラームでほぼ同時刻にアメリカ大使館爆破事件が起こる。
(36)1999年 - 第二次チェチェン紛争: ロシア連邦において、チェチェン独立派テロリストが停戦協定を破りダゲスタン共和国へ侵攻。第二次チェチェン紛争が勃発。
(37)2002年 - 東京・神奈川県境の多摩川アゴヒゲアザラシを発見、多摩川にちなんで「タマちゃん」と名付けられ、連日ニュースで取上げられ話題となる。
(38)2003年 - 在イラクヨルダン大使館で爆弾テロが発生。警察官を含む17名が死亡。
(39)2004年 - 北京サッカーアジアカップ決勝で日本が中国を破り3度目の優勝。試合終了後、中国人観客が反日騒動を起こし、日本の外務省が抗議。
(40)2006年 - 兵庫県丹波市の篠山層群より、白亜紀恐竜であるティタノサウルスのほぼ全身の化石が発見され、後に丹波竜と命名される。
(41)2008年 - 南オセチア紛争勃発。
(42)2009年 - 台風8号台湾に接近。翌8月8日にかけて土砂災害が各所で頻発し、小林村を中心に死者数百名を出す惨事となる。

             アメリカ版「きょうのできごと」(日本語版)日別一覧表
                         (1日遅れの時差あり)
             アメリカ版「1995年8月5日(日本時間)のできごと」                    
                       August 4, 2016

On This Day in American History
On Aug. 4, 1977, President Jimmy Carter approves the U.S. Department of Energy’s formation. The agency assumes two chief areas of responsibility: overseeing the development and testing of defensive nuclear weapons; and consolidating control of various federal energy programs. During his 1977-’81 term, Carter pushes for energy conservation, citing the economy and environment. Early on, he famously sports a sweater for a nationally televised address on U.S. energy policy.

1977年8月4日に、ジミー・カーター米大統領は、合衆国エネルギー相の創設を承認します。同省は2つの主要義務を有します。先を見越した 防衛用核兵 器試験とその開発。各種の連邦エネルギー計画の確立等です。1977-81年の任期中、カーター大統領は経済と環境を狙ってエネルギー確保を後押ししま す。全国ネットテレビでそのことを微妙に表現したのが、かの有名なスピーチ"Primary Resources; Crisis of Confidence"でした。(英語の「Sports a sweater...」は独特の表現とみますが模索した結果、このリンクにヒットしました。当たらぬとも遠くない解釈ではないかとは思いますがが、何方か、ご存知の方はご一報くださいませんか。)(ヨシダ訳)
ヨシダブログ:「英語版きょうのできごと」の 出所をHISTORYから他のものにシフトしました。ほかでもありません、HISTORYですると、リンクした箇所をクリックすると正常に開くのですが、 本コラム文字全部にリンクが張られて別のものにシフトして開くことから、HISTORY取材はやめて他にシフトしました。と、ご覧のように正常なリンクが 働きます。
 くだんの新しいウェブサイトは
"History of the U.S. Department of Energy"です。新しく設置したエネルギー省が、後年次々と新しい部署を形成していったプロセスは見事といった感じです。
(256.29KB)(写真26枚添付ファイル)
      「The energy crisis of the 1970s」の画像検索結果   「The energy crisis of the 1970s」の画像検索結果「The energy crisis of the 1970s」の画像検索結果「The energy crisis of the 1970s」の画像検索結果
   「Jimmy Carter signed the U.S. Department of Energy (DOE) Organization Act」の画像検索結果「Jimmy Carter signed the U.S. Department of Energy (DOE) Organization Act」の画像検索結果「Jimmy Carter signed the U.S. Department of Energy (DOE) Organization Act (Public Law 95-91),」の画像検索結果「Jimmy Carter signed the U.S. Department of Energy (DOE) Organization Act (Public Law 95-91),」の画像検索結果「Jimmy Carter signed the U.S. Department of Energy (DOE) Organization Act (Public Law 95-91),」の画像検索結果
      「Jimmy Carter signed the U.S. Department of Energy (DOE) Organization Act (Public Law 95-91),」の画像検索結果「DOE, nuclear weapons research, development and production」の画像検索結果「DOE, nuclear weapons research, development and production」の画像検索結果「nuclear weapons production sites changed to environmental remediation. In 1989」の画像検索結果
        「nuclear weapons production sites changed to environmental remediation. In 1989」の画像検索結果「nuclear weapons production sites changed to environmental remediation. In 1989」の画像検索結果「Energy Secretary James Watkins created the new Office of Environmental Restoration and Waste Management」の画像検索結果「Energy Secretary James Watkins created the new Office of Environmental Restoration and Waste Management」の画像検索結果
     「the new Office of Environmental Restoration and Waste Management」の画像検索結果「Office of Environmental Restoration and Waste Management」の画像検索結果「DOE Office of Environmental Management」の画像検索結果
     「the Fernald Closure Project,」の画像検索結果「Ashtabula Closure Project」の画像検索結果「The Columbus Closure Project」の画像検索結果
                 「The Mound Closure Project」の画像検索結果「The West Valley Demonstration Project Office」の画像検索結果     「1,050-acre Fernald site」の画像検索結果         

                                  インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を
編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。

ただ今、6472編目です! 
2016年8月7日(日)掲載分
昨日8月6日最終のトップページ

日別最終トップページ一覧表
編集者のダイアリー・コナー 

 昨日は広島被爆71周年。多くの関連記事がみられるなかで、ひと際、ヨシダの関心を捉えた記事にヒットしました。「No.6471:ハーバードで「原爆投下」はどう議論されているか サンドラ・サッチャー教授に聞くDIAMOND Online2016.8.7.(6日付)佐藤智恵 [作家/コンサルタント] )」がそれですが、天皇陛下のポツダム宣言受諾に関する「玉音放送」と、今回のオバマ大統領の広島市訪問に際しての言葉とオーバーラップした共通点に格別の関心を強くします。読み方、受けとめ方、解釈の仕方・・・等々を深く学び共感を強くします★本日の「できごと」写真編集が久々に完了しました。このところ、写真の大きさを従前ほど気にせずに大きくすることで、一層の価値付けを自負します。ウェブサイトの訪問者が派手な写真群(?)だけでもオッと、関心を抱いてくだされば目的を達したものと受けとめる編集者のホンネです。(12:55)
 「No.6472:なぜ共和党はいまだにトランプ氏の下で結束できないかREUTERSロイター2016.8.7.Harold Meyerson)」を編集して感じることは、翻訳記事独特のニュアンスです。日本語ではこんな(あんな)表現は使わないが・・・という印象を受けることが少なくありません。英語本文に「忠実」になりすぎるからかな、と生意気な想像をします。ちなみに「today@VOA」の短い英語文を日本語訳するのが常のヨシダ。しばしば、日本流の流れに置き換えて翻訳することが少なくありません。そんな体験者ゆえか、記事を読むと直ぐに「あ、これは翻訳ものだ・・・」と感じることが少なくないのがヨシダです。スミマセン、生意気なブログをして・・・★本日は日曜日。仕事から離れての過ごし方から縁遠いヨシダのこのような言動。ボツボツ、日付変更作業に入ります。(16:50)

No.6472
なぜ共和党はいまだにトランプ氏の下で結束できないか
REUTERSロイター2016.8.7.Harold Meyerson
ヨシダブログ: 翻訳記事は思い過ごしか、日本人にはちょっと理解するに首を傾げる内容が否定できません。翻訳者の原本英語版の語彙に忠実になり過ぎるからかどうかはわかりませんが、画像で容易に想像できるのが同じ共和党のライアン下院議長とマケイン上院議員の言動です。その他、記事に台頭する人物の写真もヒットしないことから断念します▼ともあれ、ヨシダが確実に想像することは、共和党内部からトランプ批判が台頭して当たり前。さもなくば、共和党自体の資質に深い疑念すら抱くのがヨシダです。モヤモヤ気分のままでクリントン候補が勝利したら、民主党長期政権というシナリオを想像します▼トランプ氏の言動をみて即座に思ったことは、「こんな人物が万々が一にでも大統領になったらアメリカはジ・エンドだ!とまで呟いたもの。肝心の共和党内部で、もっと早くにトランプ批判が台頭して当たり前だっただろうに、とすら▼(注:添付資料は編集者の立場で記事内容を理解するべく当該画面を検索して添付したもので、記事内容と直接の関連性が あるとは限りません。) 写真13枚添付ファイル
       「Paul Davis Ryan, Jr、& trump」の画像検索結果 「Paul Davis Ryan, Jr、& trump」の画像検索結果「ryan says to trump」の画像検索結果
       「John Sidney McCain III & trump」の画像検索結果     「John Sidney McCain III says to trump」の画像検索結果
                     「John Sidney McCain III says to trump」の画像検索結果                 「pow comment」の画像検索結果
        「Harold Meyerson says」の画像検索結果「September, 2009 Atlantic Monthly」の画像検索結果「Harold Meyerson」の画像検索結果「Harold Meyerson」の画像検索結果
                      「Harold Meyerson」の画像検索結果           「Harold Meyerson」の画像検索結果
No.6471
ハーバードで「原爆投下」はどう議論されているか サンドラ・サッチャー教授に聞く
DIAMOND Online2016.8.7.(6日付)佐藤智恵 [作家/コンサルタント]
ヨシダブログ:昨日は広島原爆71周年。おりしも、原爆投下に関する興味ある記事にヒットしましたので、最優先して編集します▼ヨシダが感動する本記事の言葉のひとつは、次の言葉にあります。曰く、「・・・昭和天皇は、「ポツダム宣言受諾後の日本には苦難が待ち受けている」という現実を伝えられ、オバマ大統領は、「核なき世界は簡単に実現できるものではない」ということを伝えました。つまり、私が皆さんにお願いしていることは、とても苦難を伴うことですよ、と強調しているのです・・・」、「終戦の詔勅」と「広島演説」では、誰に向けた言葉であったか、という点が違っていました。昭和天皇は日本国民に向けて、オバマ大統領は世界の人々に向けて、メッセージを発せられました。しかしどちらのスピーチも、とても力強いモラルリーダーシップを示していたと思います」がそれです▼「中見出し」は、■アメリカ人学生の広島訪問は「原爆投下」への考え方を大きく変える、■「トルーマンと原爆」の授業で議論が白熱する2つの理由、■「トルーマンの決断」はリーダーをめざす学生にとって重要な教訓、■昭和天皇の玉音放送から学ぶ「モラルリーダーシップ」、■昭和天皇「終戦の詔勅」とオバマ大統領「広島演説」の共通点・・・と続きます。▼(注:添付資料は編集者の立場で記事内容を理解するべく当該画面を検索して添付したもので、記事内容と直接の関連性が あるとは限りません。)写真11枚添付ファイル
         ハーバードの知性に学ぶ「日本論」 佐藤智恵
               
  
  「アメリカ人学生の広島訪問は「原爆投下」への考え方を大きく変える」の画像検索結果「オバマ大統領の折鶴」の画像検索結果    「アメリカ人学生の広島訪問は「原爆投下」への考え方を大きく変える」の画像検索結果   「アメリカ人学生の広島訪問は「原爆投下」への考え方を大きく変える」の画像検索結果
       「truman and abomb」の画像検索結果  「truman and abomb」の画像検索結果 「truman and abomb」の画像検索結果     「truman and abomb」の画像検索結果
   「昭和天皇の玉音放送全文文書」の画像検索結果 「昭和天皇の玉音放送全文文書」の画像検索結果「昭和天皇の玉音放送全文文書」の画像検索結果      「昭和天皇の玉音放送全文文書」の画像検索結果      「昭和天皇の玉音放送全文文書」の画像検索結果        
 昨6日の記事2編を下記に掲載していましたが、本日7日の第一記事掲載(12:40)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。

             「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を           
★84歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
★ 人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
★ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
★手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
★そ こで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
★ コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクトの人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
★そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
★ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
★若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄され る」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
★ その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
★すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、「世のため、人のために役立つ生涯を」・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジ ナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
★アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
★ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
★なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。★もうひとつの「蛇足の弁」ならぬ、「蛇足・でも価値ある漫画言葉」の漫画。曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言ったらどう思うかい?)★これって奇しくも、ヨシダが早くにして到達したホンネそのものって感じです!!!(笑)
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 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が大きくて多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムでは その容量大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真が白黒コミックで編集容量が極めて低く (14.84KB)、ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、通算60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。  
 超縦長のウェ ブサイトをご訪問くださってありがとうございました。「乱文乱筆ならぬミスプリはご容赦のほど」がヨシダのブログ用語です。またのご訪問をよろしくお願い します。ご機嫌よろしゅう!
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                                                  2016年8月7日   
                 “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                           
吉田祐起
                       
(満84歳9ヶ月)
               (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローサ市在住)
                E-mail:yoshida@a-bombsurvivor.com
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