吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳9か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

  原爆証言者・吉田祐起の被爆現場証拠写真です。
 「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル別館」の画像検索結果
  2016年2月14日(日)午前3時頃のこと。ふと目覚めて色んなことに想いを巡らすなかで思いついたこと。それは被爆で九死に一生を得たという表現を 辞さない私の生々しい体験の場をこのサイトに再現することでした。ガバッと起きてデスクに向かいグーグルで関連写真を検索しました!ゲットしたのが上掲の 写真です。
 当時の私は学徒動員で広島電鉄本社電気課勤務でした。足が不自由なことからの事務所勤務。他の級友たちは電車・バスの修理工場配属 で した。左端の写真看板は現在の本社別館(右2枚の3階ビル)の前に設置されている半倒壊したビル画面と日英語説明文看板。2番目の白黒写真はその生々しい 倒壊した建物コーナーの写真です!
 朝礼を終えてビッコを引きながら薄暗い廊下伝いに電気課事務所に向かっていた瞬間の「ヒカ!ドン!」でし た。 あっという間に下敷きになりました。数秒の差で倒壊を免れた同課オフィスに辿り着いていたと、今更の如く想起し、感無量です。真っ暗なビルの下敷きで手を 合わせて死を覚悟しました。ふと、頭上にほのかな明かりが眼に入り、無我夢中で瓦礫をよじ登りました。子供心に想起することに倒壊した建物のてっ辺に這い 出た時の印象は「下界を見下ろす」って位置。顔面に吹き出る血をみて、「母ちゃ~ん!血が出ているよう~!」と泣きました。倒壊したあの建物の下敷きのわ が姿を生々しく再現再確認する次第です。
★ところで、ヒバクシャが念願していた米 大統領の被爆市訪問が去る5月27日にオバマ大統領によって実現しました。ヨシダの解釈は「オバマ大統領閣下、良かったですね~!『男の約束』が果たせ て!」のひと言です。これを機に、ヨシダのヒバクシャ証言は「被爆者最後の生き残り」を演じることにします。

              Since 10th March, 2001
 ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!本日現在の「データーサイズ(編集容量)」 は実に2,470KBという異例とも自 負する規模です。殆どのインタネット関連企業ですら500KBというなかで、楽天さんのそれはずば抜けて2200KB。ヨシダのそれをオーバーしているヨ シダのデーターサイズです。 単行本に換算したら、ン拾冊相当分だぞ~!ってところです。大量のヨシダ自分史足り得ると自負するウェブサイトです。

                            English               
              2016年8月6日(土)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー

  注: お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★&▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。    

            ウィキペディアから拾った8月6日の「できごと」 
                                August 6 Event(英語版) 
                                   「きょうのできごと」記録集
  このコラムは2014年4月21日開設のものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています。その写真資料も可能な限りの大きさを保ち、かつ、1ページの許容編集容量である 1000KB(1MG)を横目に調整しつつの編集です★なお、編集者の立場で痛感することは、そうしたプロセスで当該できごとを通して世界歴史の一端を学 ぶことの魅力を編集者側のメリットと受けとめて精出しています。おって、本コラムの次に控えるのが「today@VOA」でして、「アメリカ版きょうので きごと」といったところ。一層の励みを体感しています。
 6「神聖ローマ皇帝ロゴ」の画像検索結果「神聖ローマ帝国1860領土」の画像検索結果「オーストリア皇帝フランツ1世」の画像検索結果「オーストリア」の画像検索結果「オーストリア」の画像検索結果
    8   「招魂社」の画像検索結果     「招魂社」の画像検索結果  「戊辰戦争戦没者」の画像検索結果 「戊辰戦争戦没者」の画像検索結果「戊辰戦争」の画像検索結果    「招魂社」の画像検索結果
 15「Gertrude Ederle」の画像検索結果   「Gertrude Ederle」の画像検索結果 「Gertrude Ederle」の画像検索結果「Gertrude Ederle」の画像検索結果 「Gertrude Ederle」の画像検索結果 「ドーバー海峡」の画像検索結果
      「Gertrude Ederle」の画像検索結果「Gertrude Ederle」の画像検索結果「Gertrude Ederle」の画像検索結果「Gertrude Ederle」の画像検索結果「Gertrude Ederle」の画像検索結果
     18「1932, the first Mostra Internazionale d'Arte Cinematografica」の画像検索結果「1932, the first Mostra Internazionale d'Arte Cinematografica」の画像検索結果「1932, the first Mostra Internazionale d'Arte Cinematografica」の画像検索結果 「1932, the first Mostra Internazionale d'Arte Cinematografica」の画像検索結果関連画像
          関連画像  「Mostra Internazionale d'Arte Cinematografica」の画像検索結果  関連画像 「Mostra Internazionale d'Arte Cinematografica」の画像検索結果   「Mostra Internazionale d'Arte Cinematografica」の画像検索結果
     20 「1945, atomic bomb in hiroshima」の画像検索結果 「1945, atomic bomb in hiroshima」の画像検索結果               関連画像
          関連画像  関連画像「1945, atomic bomb in hiroshima」の画像検索結果「1945, atomic bomb in hiroshima」の画像検索結果 「1945, atomic bomb in hiroshima」の画像検索結果 「1945, atomic bomb in hiroshima」の画像検索結果
 26「1955年 - 第1回原水爆禁止世界大会が広島で開催」の画像検索結果「1955年 - 第1回原水爆禁止世界大会が広島で開催」の画像検索結果 「1955年 - 第1回原水爆禁止世界大会が広島で開催」の画像検索結果「1955年 - 第1回原水爆禁止世界大会が広島で開催」の画像検索結果「1955年 - 第1回原水爆禁止世界大会が広島で開催」の画像検索結果 「被爆直後の原爆ドーム」の画像検索結果
  35「1991, Timothy John Berners-Lee released web」の画像検索結果  「1991, Timothy John Berners-Lee released web」の画像検索結果 「1991, Timothy John Berners-Lee released web」の画像検索結果 「1991, Timothy John Berners-Lee released web」の画像検索結果「1991, Timothy John Berners-Lee released web」の画像検索結果  
(1)1439年永享11年6月27日) - 二十一代集の最後の『新続古今和歌集』が完成。
(2)1578年天正6年7月3日) - 上月城の戦い: 尼子勝久らが自刃し尼子氏が滅亡。
(3)1585年天正13年7月11日)- 羽柴秀吉近衛前久猶子として関白の位に就く。
(4)1623年 - ウルバヌス8世ローマ教皇に選出される。
(5)1791年 - ベルリンブランデンブルク門が竣工。
(6)1806年 - フランツ2世が「神聖ローマ皇帝」の称号を自ら放棄し、神聖ローマ帝国が名実ともに解体。
(7)1825年 - ボリビアスペインから独立。
(8)1869年明治2年6月29日)- 戊辰戦争の官軍側戦死者を祀る神社として東京招魂社(現靖国神社)が創建。
(9)1890年 - ニューヨーク州のオーバーン刑務所でウィリアム・ケムラーに対し史上初の電気椅子による死刑が執行される。
(10)1896年 - フランスマダガスカル植民地化を宣言。
(11)1914年 - 第一次世界大戦: オーストリア・ハンガリー帝国ロシア帝国宣戦布告
(12)1914年 - 第一次世界大戦: セルビアドイツ帝国に宣戦布告。
(13)1916年 - 第一次世界大戦: 第六次イゾンツォの戦いが起こる。
(14)1926年 - 東京放送局・大阪放送局・名古屋放送局を統合して社団法人日本放送協会 (NHK) を設立。
(15)1926年 - アメリカの水泳選手・ガートルード・エダール英語版が、女性で初めてドーバー海峡を泳ぎ切る。
(16)1926年 - 同潤会東京市本所区に日本初の公営鉄筋アパート「中之郷アパートメント」を建設。
(17)1930年- ニューヨーク州最高裁判所判事ジョセフ・クレーターが失踪(現在も未解決)。
(18)1932年 - 第1回ヴェネツィア国際映画祭が開催される。
(19)1940年 - バルト諸国占領: ソビエト連邦エストニアを併合。
(20)1945年 - 第二次世界大戦: 広島市への原子爆弾投下
(21)1945年 - 第二次世界大戦・日本本土空襲: 都城大空襲都城駅が全焼。
(22)1948年 - 女子パウロ会が日本での活動をはじめる。
(23)1948年 - ロンドンオリンピックの競泳競技と同じ日程で開催された競泳日本選手権大会で、古橋廣之進が1500m自由形で当時の世界記録を更新する18分37秒0を記録。
(24)1949年 - 弘前大学教授夫人殺人事件が起こる。
(25)1949年 - 広島平和記念都市建設法公布・施行。
(26)1955年 - 第1回原水爆禁止世界大会が広島で開催される。
(27)1955年 - 東京大学生産技術研究所秋田ロケット実験場においてペンシルロケットの飛翔実験に成功。
(28)1962年 - ジャマイカイギリスから独立。
(29)1966年 - ニチボー貝塚女子バレーボール部の連勝記録が258でストップ。
(30)1971年 - 佐藤榮作首相が現職首相で初めて広島平和式典に出席。
(31)1981年 - 香川県仁尾町(現 三豊市)の電源開発・仁尾太陽熱試験発電所で世界初の太陽熱発電に成功。
(32)1983年 - 日本の静止通信衛星さくら2号b」がN-IIロケット4号機で種子島宇宙センターから打ち上げられる。
(33)1990年 - 湾岸戦争: 国連安保理イラククウェート侵攻への経済制裁として、イラクに対し国連加盟国が全面禁輸を行うという内容の決議661号を採択。
(34)1990年 - 陸上自衛隊90式戦車を制式化。
(35)1991年 - ティム・バーナーズ=リーが、自身が開発したWorld Wide Webに関する情報をネットニュースで公開し、世界初のWebサイトを開設。
(36)1993年 - 土井たか子衆議院議長に就任。日本の国会初の女性議長。
(37)1993年 - 鹿児島市を中心とした地域で集中豪雨の被害(平成5年8月豪雨)。
(38)1996年 - アメリカ航空宇宙局南極で採取された火星由来の隕石の破片「アラン・ヒルズ84001」から微小な生命活動が行われた可能性を示す物質が検出されたと発表。
(39)1997年 - 大韓航空801便墜落事故ソウルグアム行きの大韓航空機がグアム国際空港への着陸進入中に墜落、乗員乗客254名中228名が死亡。
(40)1997年 - マイクロソフトが1億5000万ドル相当のアップルコンピュータ株を購入し、両社は業務提携およびライセンス交換に合意する。
(41)2000年 - 東急電鉄が運転系統を再編。目蒲線目黒線東急多摩川線に分離。新玉川線を田園都市線に編入。また、二子玉川園駅を二子玉川駅に、多摩川園駅を多摩川駅に改称した。
(42)2002年 - アメリカ独立戦争に参戦したフランスの軍人ラファイエットに対し、アメリカ政府がアメリカ名誉市民権を授与。
(43)2002年 - AKS素数判定法インド工科大学の教授と学生3名の連名の論文で発表。
(44)2003年 - 上海協力機構加盟5か国(中国ロシアウズベキスタンキルギスタンタジキスタン)がテロ対策を目的とした合同軍事演習を実施。8月12日まで。
(45)2008年 - モーリタニアムハンマド・ウルド・アブデルアズィーズらがクーデターを起こしシディ・モハメド・ウルド・シェイク・アブダライ大統領ら政府首脳を拘束。アブデルアズィーズが高等国家評議会議長に就任。
(46)2011年 - ロンドン北部で黒人男性が警官に射殺された事件が起こり、これをきっかけに暴動に発展。(イギリス暴動

             アメリカ版「きょうのできごと」(日本語版)日別一覧表
                         (1日遅れの時差あり)
             アメリカ版「1995年8月5日(日本時間)のできごと」                    
                       August 4, 2016

On This Day in American History
On Aug. 4, 1977, President Jimmy Carter approves the U.S. Department of Energy’s formation. The agency assumes two chief areas of responsibility: overseeing the development and testing of defensive nuclear weapons; and consolidating control of various federal energy programs. During his 1977-’81 term, Carter pushes for energy conservation, citing the economy and environment. Early on, he famously sports a sweater for a nationally televised address on U.S. energy policy.

1977年8月4日に、ジミー・カーター米大統領は、合衆国エネルギー相の創設を承認します。同省は2つの主要義務を有します。先を見越した防衛用核兵 器試験とその開発。各種の連邦エネルギー計画の確立等です。1977-81年の任期中、カーター大統領は経済と環境を狙ってエネルギー確保を後押ししま す。全国ネットテレビでそのことを微妙に表現したのが、かの有名なスピーチ"Primary Resources; Crisis of Confidence"でした。(英語の「Sports a sweater...」は独特の表現とみますが模索した結果、このリンクにヒットしました。当たらぬとも遠くない解釈ではないかとは思いますがが、何方か、ご存知の方はご一報くださいませんか。)(ヨシダ訳)
ヨシダブログ:「英語版きょうのできごと」の 出所をHISTORYから他のものにシフトしました。ほかでもありません、HISTORYですると、リンクした箇所をクリックすると正常に開くのですが、 本コラム文字全部にリンクが張られて別のものにシフトして開くことから、HISTORY取材はやめて他にシフトしました。と、ご覧のように正常なリンクが 働きます。
 くだんの新しいウェブサイトは
"History of the U.S. Department of Energy"です。新しく設置したエネルギー省が、後年次々と新しい部署を形成していったプロセスは見事といった感じです。
(256.29KB)(写真26枚添付ファイル)
      「The energy crisis of the 1970s」の画像検索結果   「The energy crisis of the 1970s」の画像検索結果「The energy crisis of the 1970s」の画像検索結果「The energy crisis of the 1970s」の画像検索結果
   「Jimmy Carter signed the U.S. Department of Energy (DOE) Organization Act」の画像検索結果「Jimmy Carter signed the U.S. Department of Energy (DOE) Organization Act」の画像検索結果「Jimmy Carter signed the U.S. Department of Energy (DOE) Organization Act (Public Law 95-91),」の画像検索結果「Jimmy Carter signed the U.S. Department of Energy (DOE) Organization Act (Public Law 95-91),」の画像検索結果「Jimmy Carter signed the U.S. Department of Energy (DOE) Organization Act (Public Law 95-91),」の画像検索結果
      「Jimmy Carter signed the U.S. Department of Energy (DOE) Organization Act (Public Law 95-91),」の画像検索結果「DOE, nuclear weapons research, development and production」の画像検索結果「DOE, nuclear weapons research, development and production」の画像検索結果「nuclear weapons production sites changed to environmental remediation. In 1989」の画像検索結果
        「nuclear weapons production sites changed to environmental remediation. In 1989」の画像検索結果「nuclear weapons production sites changed to environmental remediation. In 1989」の画像検索結果「Energy Secretary James Watkins created the new Office of Environmental Restoration and Waste Management」の画像検索結果「Energy Secretary James Watkins created the new Office of Environmental Restoration and Waste Management」の画像検索結果
     「the new Office of Environmental Restoration and Waste Management」の画像検索結果「Office of Environmental Restoration and Waste Management」の画像検索結果「DOE Office of Environmental Management」の画像検索結果
     「the Fernald Closure Project,」の画像検索結果「Ashtabula Closure Project」の画像検索結果「The Columbus Closure Project」の画像検索結果
                 「The Mound Closure Project」の画像検索結果「The West Valley Demonstration Project Office」の画像検索結果     「1,050-acre Fernald site」の画像検索結果         

                                  インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を
編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。

ただ今、6470編目です! 
2016年8月6日(土)掲載分
昨日8月5日最終のトップページ

日別最終トップページ一覧表
編集者のダイアリー・コナー 

 今日はヒロシマ原爆71周年の日。オバマ大統領の訪問が実現した現在のヒバクシャ・ヨシダの心情は、不謹慎かもしれませんが、「これにて一件、落着」っ て感情を否定できません。従来型のヒバクシャ証言活動内容からは脱してのこと、タイタニック最後の生き残り・メルビナ・ディーンさん」を横目にして、「原 爆最期の生き残り人間・ヨシダ」を演じて生きていきます。(6:00)
 「today@VOA」は米国時間の4日付のものが届きました。担当者が代わったのか、掲 載発信がイレギュラーです。同英語版をそのまま、日本語版サイトに何時ものように「仮掲載」しました。★故郷広島市の71周年記念式典に想いを寄せつつ、 中国新聞サイトをみました。題して「核廃絶連帯を 平和記念式典、宣言にオバマ氏演説を引用」 と。残念ですが、この記事は編集しません、できません。中国新聞は「全国で唯一のサイトのコピー取り不能」であるからです。数回申し入れましたが、ブラン ト・アンサーのNO・・・。爾来、故郷広島市の代表紙とは絶縁状態です★ふと、9日の長崎原爆記念日に想いを寄せつつのこと。長崎新聞さんの「水や空」 (5日付)のタイトル曰く、「初戦は「原爆に日」」と。リンクを貼りましたのでご覧ください・・・と、こんなことをブログするヨシダの存念は、故郷は遠くなりにけり・・・です。
 「2016年8月6日付中国新聞第1面(日英語版)」(pdf)をリンクしました。むろん、これもコピーは一切不能です★「today@VOA」の5日付日本語版を編集し終えて掲載しましたので、此処にもリンクします。(15:00)
 「No.6469:2030年代、南海トラフ巨大地震が起こる―京大名物教授が明言MAG2NEWS2016.8.6.(7.30付))」の添付写真末尾に追記したのはヨシダが九死に一生を得た、と現在にして想起する「被爆倒壊建物写真(左端)」で、生き残りヒバクシャの証言者のひとつです。ヨシダ・ウェブサイト(日英語両版)に掲載しています。貴重な写真と受けとめています。(16:25)
 「No.6470:政治オタクも感動させた「百合子マジック」 世界のキーパーソンは女性たちになっていた東洋経済ONLINE2016.8.6.かんべえ(吉崎 彦)::双日総合研究所チーフエコノミスト)」を編集しながらニンマリしたこと。それは編集者・ヨシダの色彩感覚の良さ、でもあります(笑)。だって、こんな写真編集するには編集者の応分の色彩感覚センスがなかったらできっこありませんからネ。(18:25)

No.6470
政治オタクも感動させた「百合子マジック」 世界のキーパーソンは女性たちになっていた
東洋経済ONLINE2016.8.6.かんべえ(吉崎 彦)::双日総合研究所チーフエコノミスト
ヨシダブログ:いや~!目も覚めるような見事な小池新東京都知事さんの選挙色彩戦略!多くの関連写真を選択肢しながら、編集しながら目の保養もさせていただきました。野暮ったい(シツレイ!)他の男性候補なんて、手も足も出なかったハズです!(笑)▼と、こんな編集手法をする編集者・ヨシダの色彩感覚やセンスも満更ではないでしょう(笑)▼「中見出し」は、■無党派層を呼び出す魔法の色、■風の起こし方を知っていた、■「リオで会いましょう」のラブコール、■真夏のレースは若い馬に限る・・・と続きます▼(注:添付資料は編集者の立場で記事内容を理解するべく当該画面を検索して添付したもので、記事内容と直接の関連性が あるとは限りません。)写真34枚添付ファイル
        「小池百合子カラー」の画像検索結果「無党派層を呼び出す魔法の色」の画像検索結果「小池百合子カラー」の画像検索結果「無党派層を呼び出す魔法の色(緑色)」の画像検索結果「小池百合子カラー」の画像検索結果
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         「小池百合子カラー」の画像検索結果   「小池百合子カラー」の画像検索結果  「小池百合子カラー」の画像検索結果   関連画像   「小池百合子カラー」の画像検索結果  「小池百合子カラー」の画像検索結果「小池百合子カラー」の画像検索結果「小池百合子カラー」の画像検索結果
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            「緑と黄色のバランス」の画像検索結果関連画像「緑と黄色のバランス」の画像検索結果「緑と黄色のバランス」の画像検索結果「無党派層を呼び出す魔法の色(緑色)」の画像検索結果
          「吉崎達彦著書」の画像検索結果「吉崎達彦著書」の画像検索結果「吉崎達彦著書」の画像検索結果「吉崎達彦著書」の画像検索結果
No.6469
2030年代、南海トラフ巨大地震が起こる―京大名物教授が明言
MAG2NEWS2016.8.6.(7.30付)
ヨシダブログ:肢体不自由者のヨシダは若い時から地震に対する覚悟を余儀なくしています。走って逃げることは不可能。その場で覚悟してうずくまり、運を天に委ね祈るしかしようがないことを覚悟して現在に至ります▼71年前の本日午前8時過ぎのヨシダを想起します。学徒動員で広島電鉄本社に事務所勤務だった少年ヨシダは学徒控え室で担当教員の朝 礼を終えて廊下伝いに事務所(電気課)に向かう廊下。瞬間に崩壊した建物(2階建て木造モルタル造り)の下敷きになりました。手を合わせて死を覚悟しまし た。真っ暗の瓦礫の底で、ふと、頭上にほのかな明かりが目に入り、思わずそれを目がけて瓦礫の中を這いずり出ました。顔面血だらけを知ったのは、瓦礫の山の頂上に這い出た後のことでした。はるか下で人たちがうごめいていたのが現在に至る記憶です▼「永遠に生きると思って学び、明日死ぬと思って生きよ」は現在に至るヨシダの人生訓のひとつです。それだけに、精一杯学ぶ姿勢を維持しつつ・・・といった心境です▼「中見出し」は、■日本は1000年ぶりの地質大変動時代に! ─2030年代に再び巨大地震か─、■活断層は日本に2000カ所、■9世紀の日本と酷似する現代、富士山の爆発も・・・と続きます。本記事の主人公である鎌田浩毅先生の鎌田浩毅著書集」「鎌田浩毅のホームページ鎌田浩毅のプロフィール」をリンクしました▼(注:添付資料は編集者の立場で記事内容を理解するべく当該画面を検索して添付したもので、記事内容と直接の関連性が あるとは限りません。)
▼(追記)最下部に新たに添付した4枚の写真の左端のものはヨシダが下敷きになった建物写真です。広島電鉄本社前の掲示板です。
写真11枚添付ファイル
   「京都大学大学院教授・鎌田浩毅」の画像検索結果「京都大学大学院教授・鎌田浩毅」の画像検索結果「京都大学大学院教授・鎌田浩毅」の画像検索結果「京都大学大学院教授・鎌田浩毅」の画像検索結果
    「京都大学大学院教授・鎌田浩毅」の画像検索結果「京都大学大学院教授・鎌田浩毅」の画像検索結果「京都大学大学院教授・鎌田浩毅」の画像検索結果
              「地震のメカニズム」の画像検索結果
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              「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル別館」の画像検索結果
 昨5日の記事1編を下記に掲載していましたが、本日6日の第一記事掲載(16:10)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。

             「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を           
★84歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
★ 人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
★ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
★手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
★そ こで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
★ コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクトの人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
★そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
★ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
★若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄され る」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
★ その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
★すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、「世のため、人のために役立つ生涯を」・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジ ナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
★アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
★ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
★なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。★もうひとつの「蛇足の弁」ならぬ、「蛇足・でも価値ある漫画言葉」の漫画。曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言ったらどう思うかい?)★これって奇しくも、ヨシダが早くにして到達したホンネそのものって感じです!!!(笑)
  「余生」の画像検索結果 「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が大きくて多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムでは その容量大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真が白黒コミックで編集容量が極めて低く (14.84KB)、ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、通算60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。  
 超縦長のウェ ブサイトをご訪問くださってありがとうございました。「乱文乱筆ならぬミスプリはご容赦のほど」がヨシダのブログ用語です。またのご訪問をよろしくお願い します。ご機嫌よろしゅう!
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                        2016年8月6日(土)
                           ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
     

                             吉田祐起                                                           (
満84歳9ヶ月)                                               (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)                                       yoshida@a-bombsurvivor.com                                                       URL(eng): http://www.a-bombsurvivor.com