吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

 「yuuki yoshida」の画像検索結果   「yuuki yoshida」の画像検索結果 http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg
      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳9か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

  原爆証言者・吉田祐起の被爆現場証拠写真です。
 「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル別館」の画像検索結果
  2016年2月14日(日)午前3時頃のこと。ふと目覚めて色んなことに想いを巡らすなかで思いついたこと。それは被爆で九死に一生を得たという表現を 辞さない私の生々しい体験の場をこのサイトに再現することでした。ガバッと起きてデスクに向かいグーグルで関連写真を検索しました!ゲットしたのが上掲の 写真です。
 当時の私は学徒動員で広島電鉄本社電気課勤務でした。足が不自由なことからの事務所勤務。他の級友たちは電車・バスの修理工場配属 で した。左端の写真看板は現在の本社別館(右2枚の3階ビル)の前に設置されている半倒壊したビル画面と日英語説明文看板。2番目の白黒写真はその生々しい 倒壊した建物コーナーの写真です!
 朝礼を終えてビッコを引きながら薄暗い廊下伝いに電気課事務所に向かっていた瞬間の「ヒカ!ドン!」でし た。 あっという間に下敷きになりました。数秒の差で倒壊を免れた同課オフィスに辿り着いていたと、今更の如く想起し、感無量です。真っ暗なビルの下敷きで手を 合わせて死を覚悟しました。ふと、頭上にほのかな明かりが眼に入り、無我夢中で瓦礫をよじ登りました。子供心に想起することに倒壊した建物のてっ辺に這い 出た時の印象は「下界を見下ろす」って位置。顔面に吹き出る血をみて、「母ちゃ~ん!血が出ているよう~!」と泣きました。倒壊したあの建物の下敷きのわ が姿を生々しく再現再確認する次第です。
★ところで、ヒバクシャが念願していた米 大統領の被爆市訪問が去る5月27日にオバマ大統領によって実現しました。ヨシダの解釈は「オバマ大統領閣下、良かったですね~!『男の約束』が果たせ て!」のひと言です。これを機に、ヨシダのヒバクシャ証言は「被爆者最後の生き残り」を演じることにします。

              Since 10th March, 2001
 ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!本日現在の「データーサイズ(編集容量)」 は実に2,510KBという異例とも自 負する規模です。殆どのインタネット関連企業ですら500KBというなかで、楽天さんのそれはずば抜けて2200KB。ヨシダのそれはそれをオーバーしているデーターサイズです。ちなみに、上掲のリンクをクリックすると2500KBがグラフの最高でヨシダのそれは突破しました。単行本に換算したら、ン拾冊相当分だぞ~!ってところです。大量のヨシダ自分史足り得ると自負するウェブサイトです。

                            English               
              2016年8月23日(火)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー

  注: お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★&▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。    

            ウィキペディアから拾った8月23日の「できごと」 
                              August 23 Event(英語版) 
                                   「きょうのできごと」記録集
  このコラムは2014年4月21日開設のものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています。その写真資料も可能な限りの大きさを保ち、かつ、1ページの許容編集容量である 1000KB(1MG)を横目に調整しつつの編集です★なお、編集者の立場で痛感することは、そうしたプロセスで当該できごとを通して世界歴史の一端を学 ぶことの魅力を編集者側のメリットと受けとめて精出しています。おって、本コラムの次に控えるのが「today@VOA」でして、「アメリカ版きょうので きごと」といったところ。一層の励みを体感しています。
2010年平成22年)のように、西暦の後に丸括弧を添えて元号明治大正昭和、平成など)表記をする場合、日本国内、もしくは、日本が深く関与している出来事であることを、「日本の〜」「日本において〜」等々の表現を割愛する目的で用いている 。
  1「Sir William Wallace」の画像検索結果 「Sir William Wallace, scotland hero」の画像検索結果     関連画像 関連画像「Sir William Wallace, scotland hero」の画像検索結果     「1297, Battle of Stirling Bridge」の画像検索結果
       「king edward i of england」の画像検索結果「1292, scotland, king john」の画像検索結果「king edward I of england map」の画像検索結果「execution of Sir William Wallace」の画像検索結果「Sir William Wallace」の画像検索結果    「Sir William Wallace」の画像検索結果
   2「Battle of Chaldiran、Chaldoran」の画像検索結果「Battle of Chaldiran、Chaldoran」の画像検索結果「Battle of Chaldiran、Chaldoran」の画像検索結果「Battle of Chaldiran、Chaldoran」の画像検索結果
   「Battle of Chaldiran、Chaldoran」の画像検索結果「Battle of Chaldiran、Chaldoran」の画像検索結果「Battle of Chaldiran、Chaldoran」の画像検索結果 「Battle of Chaldiran、Chaldoran」の画像検索結果「battle of chaldiran map」の画像検索結果
  3Ubbo Emmiuswindow academy buildingFounding Actmap Haubois「University of Groningen 1614」の画像検索結果
    seal imperial university関連画像「University of Groningen 1614」の画像検索結果  「University of Groningen, 2016」の画像検索結果   「University of Groningen, 2016」の画像検索結果
     7 「Deutscher Krieg 1866」の画像検索結果  「プロイセン王国とオーストリア帝国」の画像検索結果「プロイセン王国」の画像検索結果「オーストリア帝国 国旗」の画像検索結果「Deutscher Krieg 1866」の画像検索結果
   「Deutscher Krieg 1866」の画像検索結果        「Deutscher Krieg 1866」の画像検索結果       「Deutscher Krieg 1866 memorial」の画像検索結果 8 「1878年 - 竹橋事件」の画像検索結果「1878年 - 竹橋事件」の画像検索結果
  「1878年 - 竹橋事件」の画像検索結果「1878年 - 竹橋事件」の画像検索結果「1878年 - 竹橋事件の結果は?」の画像検索結果「1878年 - 竹橋事件」の画像検索結果
  10  「The statue of The Little Mermaid 1913」の画像検索結果   関連画像「The statue of The Little Mermaid 1913」の画像検索結果「ハンス・クリスチャン・アンデルセン 人魚姫」の画像検索結果「hans christian andersen the little mermaid」の画像検索結果「hans christian andersen the little mermaid」の画像検索結果
 「ハンス・クリスチャン・アンデルセン 人魚姫」の画像検索結果「The statue of The Little Mermaid 1913」の画像検索結果  関連画像「Edvard Eriksen」の画像検索結果「Edvard Eriksen」の画像検索結果    関連画像「Edvard Eriksen」の画像検索結果
     関連画像 「Edvard Eriksen」の画像検索結果 「Edvard Eriksen」の画像検索結果 21「The Big Sleep」の画像検索結果 「The Big Sleep」の画像検索結果
      「The Big Sleep」の画像検索結果「The Big Sleep」の画像検索結果 「The Big Sleep」の画像検索結果「The Big Sleep」の画像検索結果
36「オーストリア少女監禁事件」の画像検索結果 「オーストリア少女監禁事件」の画像検索結果「3,096 Days」の画像検索結果「3,096 Days」の画像検索結果
  (1)1305 - イングランドによるスコットランド支配に抵抗したウィリアム・ウォレスがロンドンで処刑。
(2)1514年 - チャルディラーンの戦い。124年間に及ぶオスマン帝国サファヴィー朝ペルシャの抗争が始まる。
(3)1614年 - フローニンゲン大学が創立。
(4)1623年元和9年7月27日)- 徳川家光将軍宣下が行われる。
(5)1793年 - フランス革命国民公会国民皆兵制度を導入。
(6)1856年 - 安政八戸沖地震発生。
(7)1866年 - 普墺戦争プラハ条約締結により普墺戦争が終結。
(8)1878年 - 竹橋事件。東京・竹橋近衛兵が反乱。
(9)1898年 - 日本鉄道磐城線・田端 - 岩沼間(現 JR常磐線)が全通。
(10)1913年 - コペンハーゲン人魚姫の像が初公開。
(11)1914年 - 第一次世界大戦日本大日本帝国)がドイツ帝国宣戦布告
(12)1921年 - イラク王国が創設され、ファイサル1世が初代イラク国王として即位。
(13)1927年 - サッコ・ヴァンゼッティ事件:アメリカで、強盗殺人の罪でイタリア移民のニコラ・サッコとバルトロメオ・ヴァンゼッティの死刑を執行。
(14)1929年 - 新潟市鉄筋コンクリート造の3代目萬代橋が竣工。
(15)1939年 - 第二次世界大戦独ソ不可侵条約締結。
(16)1942年 - 甲子園球場文部省主催による全国中等学校野球大会開幕。(1942年の全国中等学校野球大会
(17)1944年 - 第二次世界大戦:ルーマニア革命ルーマニアミハイ1世が同国の指導者イオン・アントネスクを解任、ルーマニアが枢軸国から離脱。
(18)1944年 - 第二次世界大戦:日本で、学徒勤労令女子挺身勤労令が公布・施行。
(19)1945年 - 第二次世界大戦・ソ連対日参戦ソビエト連邦の指導者ヨシフ・スターリン日本軍捕虜のソ連国内への移送を指令。(シベリア抑留
(20)1945年 - 内務省が「進駐軍を迎える国民の心得」を諭告。女性に対し外国軍に隙を見せてはならぬ等の指示。
(21)1946年 - ハワード・ホークス監督、ハンフリー・ボガート主演の映画『三つ数えろ』が公開。
(22)1948年 - 万代橋事件萬代橋に花火大会の見物客が殺到し欄干が崩落。死者11人。
(23)1957年 - 防衛庁ロッキード社製の大型対潜哨戒機P2Vの国産化を決定。
(24)1958年 - 中国人民解放軍中華民国金門島に対し砲撃を開始し、金門砲戦が始まる。
(25)1971年 - 実尾島事件韓国実尾島(シルミド)で訓練を行っていた特殊部隊員が反乱を起こす。
(26)1973年 - ニクソン米大統領国務長官ヘンリー・キッシンジャー大統領補佐官を指名したと発表。
(27)1973年 - ストックホルムで銀行立てこもり事件発生、犯罪被害者犯人に過度の同情や共感をよせる現象を意味するストックホルム症候群という呼称の由来となる。
(28)1975年 - 中央自動車道恵那山トンネルを含む飯田IC - 中津川IC間が開通。
(29)1976年 - 安楽死国際会議が東京で開催。翌日、安楽死の権利の保有をうたった「東京宣言」を採択。
(30)1979年 - ソ連のバレエダンサーアレクサンドル・ゴドゥノフがニューヨーク公演中にアメリカに亡命。
(31)1988年 - アメリカでスーパー301条などを含む包括通商・競争力強化法英語版が成立。
(32)1989年 - 当時ソビエト連邦の構成共和国だったバルト三国で約200万人が参加して3カ国を人間の鎖で囲む(バルトの道)。
(34)1990年 - アルメニアがソビエト連邦からの独立を宣言。
(35)1995年 - 第18回ユニバーシアード福岡大会が162か国・地域の参加で開幕。
(36)2006年 - オーストリア少女監禁事件。8年間監禁されていた18歳の少女を保護。犯人は同日自殺。
(37)2010年 - タイのスワンナプーム国際空港バンコクを結ぶ鉄道、エアポート・レール・リンクが開業。
(38)2010年 - フィリピンマニラ香港からの観光客を乗せたバスが元警察官の男にバスジャックされ、人質8人が死亡。犯人も射殺。
(39)2011年 - 40年以上続いたリビアカダフィ政権が事実上崩壊。(2011年リビア内戦
(40)2011年 - タレント島田紳助が芸能界引退を発表。
(41)2015年 - 臨時寝台特急「北斗星」(上野駅札幌駅)が、この日、上野駅到着をもって、運行が終了。これによって、約50数年間に渡って、運転されてきた「ブルートレイン」は姿を消した。

                アメリカ版「きょうのできごと」(日本語版)日別一覧表
                         (1日遅れの時差あり)
                     (本コラムは去る14日から21日現在に至るも「休刊」中と見受けます。)

             アメリカ版「1995年8月13日(日本時間)のできごと」    
      today@VOA   
                                   August 12, 2016

On This Day in American History
On Aug. 12, 1851, American inventor Isaac Singer gets a patent for a sewing machine he’s perfected. He comes up with improvements while doing repairs at a machine shop in Boston, Massachusetts. Singer later introduces the practice of buying on credit in installments.

1851年8月12日、アメリカ人発明家・アイザック・シンガーが彼が仕上げた 機械ミシンの特許を取得しました。マサチューセッツのボストンのミシン店に 持ち込まれたミシンの修理から改良の末の特許取得でした。シンガーは後年、クレジットで分割払いを買いこむ制度を広めました。(ヨシダ訳)
ヨシダブログ:このできごとの情報源は"The Singer Sewing Machine is Patented"(HISTORY)です。何 時もは全文コピーを最後尾に添付していますが、どうしたことか、コピー取りができなくなりました。著作権が背景に窺えます。それにしも、当初はできたの に・・・と。まさか、ヨシダがコピー取りしてこんなコラムを編集していることが知られたから?と。まさか!ではありますが。
 最初に目に付く言葉は、この人物像です。曰く、「アイザック・メリット・シンガーは
内向的な密室での発明者だけでなく、アメリカの歴史で最も力強くて、派手で、不道徳な大物の1人でした」がそれです。 
 他人が発明したモノに改良を加えて特許を取得したという点だと思いますが、じじつは、彼の歴史を追うごとに単純でないものを感じました。
 HISTORY最後の言葉がそれを象徴している感じです。曰く、「
・・・よく知られていることは、同社(シンガーミシン)は後年、他の製品ラインに投資を分散して、道に迷いました。1988年に、それは、戦利品のためにそれをバラバラにした融資者のえじきになりました」がそれです。
 発明者は必ずしも、商的能力があるとは限らないことで、その辺りの本人の混同心が招来する結果と言えるかもしれません。
 「発明」と言えばヨシダは人生第一毛作時代の職人自営業人生で体験したものです。小さいながらも3つの「実用新案特許」の取得体験者です。大阪の商社と 提携してその商品製造販売や関連技術指導等々を提携して実施して、全国を広く講演実演して飛び回ったものです。発明者よりもはるかにメリットを与えたと自 負しつつのことでしたが、欲張らなかったのが双方のメリットを招来したものです。
 蛇足のブログをひとつ。今から60余年前のこと。岡山市のあるメーカーがヨシダ実用新案品を模擬して販売という情報を同商社がキャッチ。ヨシダを伴って 同社に乗り込み、即時に当時の金額で25万円也の約束手形を受領したものです。約手を手にしたヨシダ歴史初めてのことでした。(92.01KB)(写真28枚添付ファイル
 
     「Isaac Merritt Singer」の画像検索結果         「Isaac Singer, inventor of sewing machine」の画像検索結果「Isaac Singer」の画像検索結果「Isaac Singer, inventor of sewing machine」の画像検索結果「Isaac Merritt Singer」の画像検索結果
    「Isaac Singer」の画像検索結果   「Isaac Singer」の画像検索結果 「Isaac Singer, inventor of sewing machine」の画像検索結果「Isaac Merritt Singer」の画像検索結果「Isaac Merritt Singer」の画像検索結果  「Isaac Merritt Singer」の画像検索結果
    「Isaac Singer, inventor of sewing machine」の画像検索結果「Isaac Merritt Singer」の画像検索結果「Isaac Merritt Singer」の画像検索結果「Isaac Singer, inventor of sewing machine」の画像検索結果「Isaac Merritt Singer」の画像検索結果
       「Isaac Merritt Singer」の画像検索結果「Isaac Merritt Singer」の画像検索結果 「singer sewing machine logo history」の画像検索結果       「singer sewing machine logo history」の画像検索結果        「singer sewing machine logo 2016」の画像検索結果
         「Isaac Merritt Singer」の画像検索結果「Isaac Merritt Singer」の画像検索結果「Isaac Merritt Singer」の画像検索結果
              「Isaac Merritt Singer」の画像検索結果  「Isaac Merritt Singer was an American inventor, actor, and entrepreneur」の画像検索結果「Isaac Merritt Singer」の画像検索結果

                                  インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を
編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。

ただ今、6502編目です! 6500編という「ひと区切り」を突破しました!
2016年8月23日(火)掲載分
昨日8月22日最終のトップページ

日別最終トップページ一覧表
編集者のダイアリー・コナー 

 「No.6501:日本経済は円高で再び大きな試練が始まったDIAMOND Online2016.8.23.真壁昭夫 [信州大学教授])」、「No.6502:リオの五輪にみえた日本のお詫び文化を考える心をつなぐ英会話メルマガ2016.8.23.山久瀬洋二)」を一気に編集しました。前者は海外生活者の立場で円高ファン、後者は大好きな英語愛好者の立場で共感するものありって按配の気分で編集しました★ふと、傍らのXPが受信した記事は「マラソンの定石外した? 力ある女子に失望 解説者の目(有森裕子)」(日本経済新聞)があります。多忙のために、多くのオリンピック・メルマガが多いなかで、片っ端から削除を余儀なくする中での気付き▼マラソンは障害者のヨシダは無縁のこと、でも在日中に中国駅伝などで選手の表情を目の当たりにした時には涙を感じるほどの熱い想いを体感したものです★それにしてもですが、直近の記事編集でも感じることに、日本人の国際舞台での振る舞いなどには、「貫禄」ってものが稀有ですね。身柄が大きくないこともあってか、「言動」そのものがなんとなく軽い印象を与えます★フィリピン人は西欧人並みに、それなりに堂々と振舞いますが、日本人はなんとなく、オドオドした感じや印象を与えます。話をする時はそのイイ例。目は絶えずキョロキョロと周囲に転じ、お愛想笑や「そうよね・・・」といった協調を期待した感じの目線・・・というのが典型的な仕草▼そうだ、モダンジャズなどはイイ例。日本人(特に女性)の場合は、「内股」で「ワタシ、やまと撫子よ!」って風情。フィリピン人は子供に至るまで西欧的で違和感はありません。ハギング習慣などはそういった印象を強く与えます▼まあ、ひとりくらい辛口発言のニッポン人が居ても悪くはないでしょう・・・。どうせ、本サイトのヴィジターは稀有でしょうから・・・(笑)。(12:05)
 ふと、直前の本欄「編集者のダイアリー」で言及した際どいヨシダブログ。苦笑いで感ずるに、人間って齢を重ねる毎に丸くなるのが世の常。それに逆行するかのような自身のブログ状態を客観的にみての感想をひとつ。当該記事に共感を得る時は率直に、異論や違和感を感じる場合は歯に衣着せぬように堂々と・・・といったヨシダ流儀のこと。異国の地でのみ許されることかも知れませんが、ヒバクシャの立場にあって、「日本も原爆作成に必死だった!成功していたら、躊躇なく使ったいただろうよ・・・」と、「過去仮定法」の発言をするだけに、これでヨシ!って気分です。(12:45)

No.6502
リオの五輪にみえた日本のお詫び文化を考える
心をつなぐ英会話メルマガ2016.8.23.山久瀬洋二
ヨシダブログ:英語文化の視点からの数々のご高説を常とされる筆者・山久瀬洋二先生の実に微妙な分析や解説に強い共感と関心を抱きます。英語の好きな、しかも、英語圏フィリピンで、フィリピン人家族と共同生活する立場にあっては、ことのほか関心を強める内容です▼納得連続の山久瀬先生の主張ですが、ヨシダはちょっと変わった視点から同胞諸氏の海外での外国人との、英語を通しての「言動(ビヘイヴィア)」にかねてより強い批判論を抱いていること指摘します▼その理由をひと言で表現するばこうなるでしょう。海外で外国人と日本語で話す時は日本人並みのビヘイヴィアでOKです。「すみません」は日本人同士の場合、「ありがとう」であるし、「頷き(首を縦に動かす)(同調するorそうですかと相手の主張を理解したように頷く)」がそれです▼会話中に相手が言った言葉に同調できないとか、反論したい時の英語圏の人の仕草は「かすかに首を左右に動かして、私はそうは思わないけど・・・」という意思表示(ボディー・ラングエッジ)が常であるからです▼一番イイ例をこの際、付記します。確か、「領海21マイル問題」の会話の中で当時の鈴木首相が、米大統領との会話の中で、大統領の弁に対して「日本人流儀の相槌って感じの頷き」をしながら聴いたことで、思わぬ誤解(日本側は理解している)を生じた、というマスメディアのコメントに接したことがあります。これなどは典型的な「日本人異質論」の一つになることです▼前述したように、相手が話している時でも、自分はそうは思わないけど、と感じたら、首を微妙に左右に振るのが西欧人。単なる「文化の差」とは言えません。▼日本人の英語下手の一つの要因は、英語を話しながら日本人独特流の仕草やマナーや対応をすることにも通じるでしょう▼想起することは終戦後の英語会話熱を受けて登場した平川唯一先生の教え。♪カム・カム・エヴリボディ♪での同先生の口癖は、「英語を話す時には英米人になったつもりでトライせよ」でした。つなり、英語会話は英語圏の人たちの文化そのものを真似せよ、に等しいものでした▼・・・と、こんな風に思考すると、本記事筆者・川久瀬先生の末尾の弁「お詫びをするってことは勝ち負けではなく、人との和を保つための知恵かもしれません。そんな日本人の価値観も時には役にたつのかもしれませんよ」には正直、異論を抱きかねません。ゴメンなさい、川久瀬先生!▼幼年時代からヨシダが両親から教わったことに、「我が心を人にあてがうな」です。つまり、ニッポン人流の話し方やビヘイヴィアは誤解は生じても、高い評価は得られないということです。ニッポン人同士にのみ通じる勝手な期待であり、表現態度でして、日本人古来の「事なかれ主義」にさえ通じるでしょう。国際性欠如を意味するほかなにものも得られないと言って憚りません▼もうひとつ、蛇足でのブログ。半世紀以上も前のこと、ジャパン・タイムズ紙の社説で「Enigmatic Japanese smile」(不可解な日本人の笑い)ってのが現在にして強烈です。筆者は明らかに日本人でなく英語圏の人物。「Enigmatic」は「なぞの(ような、解きがたい、えたいの知れない、不思議な」を意味します。日本人異質論が出るハズです▼(注:添付資料は編集者の立場で記事内容を理解するべく当該画面を検索して添付したもので、記事内容と直接の関連性が ある とは限りません) 写真34枚添付ファイル
       「日本人が英語を話す時の不自然さ」の画像検索結果「日本人が英語を話す時の不自然さ」の画像検索結果 「日本人が英語を話す時の不自然さ」の画像検索結果「日本人が英語を話す時の不自然さ」の画像検索結果
           「日本人が英語を話す時の不自然さ」の画像検索結果「日本人が英語を話す時の不自然さ」の画像検索結果
        「日本人が英語を話す時の不自然さ」の画像検索結果「日本人が英語を話す時の不自然さ」の画像検索結果
       「日本人はなぜ英語下手?」の画像検索結果「日本人の英語下手」の画像検索結果「日本人の英語下手」の画像検索結果
        「日本人が英語を話す時の不自然さ」の画像検索結果「日本人はなぜ英語下手?」の画像検索結果「日本人はなぜ英語下手?」の画像検索結果   
        「日本人はなぜ英語下手?」の画像検索結果「日本人はなぜ英語下手?」の画像検索結果  
       「日本人が英語を話す時の不自然さ」の画像検索結果 「日本人の英語下手」の画像検索結果「日本人はなぜ英語下手?」の画像検索結果
      「山久瀬 洋二著書」の画像検索結果『海外メディアから読み解く世界情勢』山久瀬洋二「山久瀬 洋二著書」の画像検索結果「山久瀬 洋二著書」の画像検索結果「山久瀬 洋二著書」の画像検索結果「山久瀬 洋二著書」の画像検索結果「山久瀬 洋二著書」の画像検索結果「山久瀬 洋二著書」の画像検索結果「山久瀬 洋二著書」の画像検索結果                                       「山久瀬 洋二著書」の画像検索結果「山久瀬 洋二著書」の画像検索結果「山久瀬 洋二著書」の画像検索結果「山久瀬 洋二著書」の画像検索結果「山久瀬 洋二著書」の画像検索結果「山久瀬 洋二著書」の画像検索結果

No.6501
日本経済は円高で再び大きな試練が始まった
DIAMOND Online2016.8.23.真壁昭夫 [信州大学教授]
ヨシダブログ:海外生活者の立場ゆえに関心を強める国際 為替レートの推移。とりわけ、フィリピンのペソは米ドル経由のために、米ドルの推移が関心事▼国際為替問題は門外漢のヨシダが関心を強めるのは、その推移 (米ドルvs日本円)にほかありません。視野の低いことを承知の上のヨシダブログです▼でも、基本的には自国通貨が強いことは「国力大」を意味するハズで すが、国力の実態を必ずしも反映せず、投資家筋の思惑等々が重なって、実力以上になるのだろうな・・・とド素人的な想像です▼ふと、傍らのXPが受信した メルマガ曰く、「誰が「円」を殺したか?これから日本国民が味わう塗炭の苦しみ」 (MAG2NEWS)が目に付きます▼「中見出し」は、■足元の為替市場を取り巻く経済環境 総合的に考えると円買い圧力は強まる、■自国の経済に下落圧 力がかかるとドル高を牽制し始める米国、■中国経済の減速と欧州の政治混乱に 米国経済のピークアウトが重なれば…と続きます▼「質問:年内に円は対ドル で70円台になると思う?」かに対する回答は、「そうは思わない80.77%、そう思う11.54%、わからない・その他7.89%」ですが、「年内に」 と限定していることが気懸かりで、「長期的な為替動向」が問題です▼と、そうは言っても、為替相場は投資家が主役(?)に加えての当該国の金融政策が重な り、複雑化するゆえの「想像の域を超えた動向」が想像されます。・・・と、偉そうなブログでシツレイしました▼(注:添付資料は編集者の立場で記事内容を理解するべく当該画面を検索して添付したもので、記事内容と直接の関連性が ある とは限りません) 写真23枚添付ファイル

     関連画像 「日本の経済と企業は、再び本格的な円高に備える必要がありそうだ」の画像検索結果
          「日本の経済と企業は、再び本格的な円高に備える必要がありそうだ」の画像検索結果「足元の為替市場を取り巻く経済環境 総合的に考えると円買い圧力は強まる」の画像検索結果
            「自国の経済に下落圧力がかかるとドル高を牽制し始める米国」の画像検索結果 「自国の経済に下落圧力がかかるとドル高を牽制し始める米国」の画像検索結果
           「自国の経済に下落圧力がかかるとドル高を牽制し始める米国」の画像検索結果    
    
     以下、真壁昭夫著書へ  
 一昨22日の記事2編を下記に掲載していましたが、本日23日の第一記事掲載(9:10)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を  抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。

             「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を           
★84歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
★ 人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
★ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
★手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
★そ こで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
★ コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクトの人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
★そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
★ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
★若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄され る」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
★ その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
★すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、「世のため、人のために役立つ生涯を」・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジ ナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
★アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
★ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
★なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。★もうひとつの「蛇足の弁」ならぬ、「蛇足・でも価値ある漫画言葉」の漫画。曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言ったらどう思うかい?)★これって奇しくも、ヨシダが早くにして到達したホンネそのものって感じです!!!(笑)
  「余生」の画像検索結果 「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が大きくて多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムでは その容量大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真が白黒コミックで編集容量が極めて低く (14.84KB)、ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、通算60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。  
 超縦長のウェ ブサイトをご訪問くださってありがとうございました。「乱文乱筆ならぬミスプリはご容赦のほど」がヨシダのブログ用語です。またのご訪問をよろしくお願い します。ご機嫌よろしゅう!
(798.08KB) 
 

                                                2016年8月23日(火)   
                 “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                           
吉田祐起
                       
(満84歳9ヶ月)
               (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローサ市在住)
                E-mail:yoshida@a-bombsurvivor.com
                    yoshidayuuki@rocketmail.com
          URL(日本語版):http://www.abombsurvivor.com/index_japanese.html
                           URL(英語版):http://www.abombsurvivor.com