吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳9か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

  原爆証言者・吉田祐起の被爆現場証拠写真です。
 「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル別館」の画像検索結果
  2016年2月14日(日)午前3時頃のこと。ふと目覚めて色んなことに想いを巡らすなかで思いついたこと。それは被爆で九死に一生を得たという表現を 辞さない私の生々しい体験の場をこのサイトに再現することでした。ガバッと起きてデスクに向かいグーグルで関連写真を検索しました!ゲットしたのが上掲の 写真です。
 当時の私は学徒動員で広島電鉄本社電気課勤務でした。足が不自由なことからの事務所勤務。他の級友たちは電車・バスの修理工場配属 で した。左端の写真看板は現在の本社別館(右2枚の3階ビル)の前に設置されている半倒壊したビル画面と日英語説明文看板。2番目の白黒写真はその生々しい 倒壊した建物コーナーの写真です!
 朝礼を終えてビッコを引きながら薄暗い廊下伝いに電気課事務所に向かっていた瞬間の「ヒカ!ドン!」でし た。 あっという間に下敷きになりました。数秒の差で倒壊を免れた同課オフィスに辿り着いていたと、今更の如く想起し、感無量です。真っ暗なビルの下敷きで手を 合わせて死を覚悟しました。ふと、頭上にほのかな明かりが眼に入り、無我夢中で瓦礫をよじ登りました。子供心に想起することに倒壊した建物のてっ辺に這い 出た時の印象は「下界を見下ろす」って位置。顔面に吹き出る血をみて、「母ちゃ~ん!血が出ているよう~!」と泣きました。倒壊したあの建物の下敷きのわ が姿を生々しく再現再確認する次第です。
★ところで、ヒバクシャが念願していた米 大統領の被爆市訪問が去る5月27日にオバマ大統領によって実現しました。ヨシダの解釈は「オバマ大統領閣下、良かったですね~!『男の約束』が果たせ て!」のひと言です。これを機に、ヨシダのヒバクシャ証言は「被爆者最後の生き残り」を演じることにします。

              Since 10th March, 2001
 ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!本日現在の「データーサイズ(編集容量)」 は実に2,510KBという異例とも自 負する規模です。殆どのインタネット関連企業ですら500KBというなかで、楽天さんのそれはずば抜けて2200KB。ヨシダのそれはそれをオーバーしているデーターサイズです。ちなみに、上掲のリンクをクリックすると2500KBがグラフの最高でヨシダのそれは突破しました。単行本に換算したら、ン拾冊相当分だぞ~!ってところです。大量のヨシダ自分史足り得ると自負するウェブサイトです。

                            English               
              2016年8月22日(月)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー

  注: お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★&▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。    

            ウィキペディアから拾った8月22日の「できごと」 
                              August 22 Event(英語版) 
                                   「きょうのできごと」記録集
  このコラムは2014年4月21日開設のものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています。その写真資料も可能な限りの大きさを保ち、かつ、1ページの許容編集容量である 1000KB(1MG)を横目に調整しつつの編集です★なお、編集者の立場で痛感することは、そうしたプロセスで当該できごとを通して世界歴史の一端を学 ぶことの魅力を編集者側のメリットと受けとめて精出しています。おって、本コラムの次に控えるのが「today@VOA」でして、「アメリカ版きょうので きごと」といったところ。一層の励みを体感しています。
2010年平成22年)のように、西暦の後に丸括弧を添えて元号明治大正昭和、平成など)表記をする場合、日本国内、もしくは、日本が深く関与している出来事であることを、「日本の〜」「日本において〜」等々の表現を割愛する目的で用いている 。
  1「持統天皇」の画像検索結果「持統天皇」の画像検索結果「文武天皇」の画像検索結果  「文武天皇」の画像検索結果「文武天皇」の画像検索結果  「文武天皇」の画像検索結果  「文武天皇」の画像検索結果
  3「Battle of Bosworth」の画像検索結果   「Battle of Bosworth」の画像検索結果  「battle of bosworth map」の画像検索結果 「battle of bosworth map」の画像検索結果          「richard 3 grave」の画像検索結果  
          「richard 3 grave」の画像検索結果        関連画像「richard 3 grave」の画像検索結果「richard 3 grave」の画像検索結果  「richard 3 grave」の画像検索結果 3
 5   「Battle of Staten Island」の画像検索結果   「Battle of Staten Island」の画像検索結果「Battle of Staten Island」の画像検索結果「Battle of Staten Island」の画像検索結果 「Battle of Staten Island」の画像検索結果
       「Battle of Staten Island, william howe」の画像検索結果 「Battle of Staten Island, william howe」の画像検索結果「Battle of Staten Island, william howe」の画像検索結果「Battle of Staten Island, memorial」の画像検索結果「Battle of Staten Island, william howe」の画像検索結果「Battle of Staten Island, memorial」の画像検索結果
   6     「ハイチ革命」の画像検索結果     「ハイチ革命地図」の画像検索結果「ハイチ革命」の画像検索結果  「ハイチ革命」の画像検索結果    「ハイチ革命」の画像検索結果    
     「ハイチ革命」の画像検索結果  「ハイチ革命」の画像検索結果          関連画像「ハイチ革命」の画像検索結果 「huge earthquake in haiti」の画像検索結果
        9「イギリスのワイト島一周ヨットレース」の画像検索結果「the Isle of Wight」の画像検索結果 「the Isle of Wight」の画像検索結果   「the Isle of Wight」の画像検索結果 「the Isle of Wight」の画像検索結果
       「the first america's cup race」の画像検索結果  「the first america's cup logo」の画像検索結果「the america's cup race now」の画像検索結果  「the america's cup race now」の画像検索結果 「the america's cup race cup」の画像検索結果
 12「樺太・千島交換条約」の画像検索結果「樺太・千島交換条約」の画像検索結果                「樺太・千島交換条約」の画像検索結果    「樺太・千島交換条約」の画像検索結果
21「対馬丸事件」の画像検索結果「対馬丸事件」の画像検索結果 「対馬丸事件」の画像検索結果 「対馬丸事件」の画像検索結果 「対馬丸事件」の画像検索結果
  「対馬丸事件」の画像検索結果  「対馬丸事件」の画像検索結果   「対馬丸事件」の画像検索結果 「対馬丸事件」の画像検索結果「対馬丸事件」の画像検索結果
     23「三船殉難事件」の画像検索結果      「撃沈された小笠原丸」の画像検索結果    「三船殉難事件」の画像検索結果    「三船殉難事件」の画像検索結果  
(1)697年(文武天皇元年8月1日) - 珂瑠皇子が持統天皇から譲位され第42代天皇・文武天皇として即位。
(2)1144年天養元年7月22日) - 藤原通憲が出家して信西と号す。
(3)1485年 - 薔薇戦争: ボズワースの戦い。ヘンリー・テューダーがヨーク家のリチャード3世を破り、イングランド王ヘンリー7世として即位。プランタジネット朝が終わりテューダー朝が始まる。
(4)1639年 - 東インド会社により、インドマドラス(現チェンナイ)が創設される。
(5)1777年 - アメリカ独立戦争: スタテン島の戦い行われる。
(6)1791年 - サン=ドマングハイチ革命はじまる。
(7)1741年 - ヘンデルが「メサイア」の作曲を開始。24日間で書き上げる。
(8)1795年 - フランス革命: 共和暦3年憲法が公布。総裁政府が成立。
(9)1851年 - イギリスのワイト島一周ヨットレースでアメリカの「アメリカ号」が優勝。アメリカスカップの始まり。
(10)1853年嘉永6年7月18日) - ロシア使節・プチャーチン極東艦隊司令官が軍艦4隻を率いて長崎に来航。
(11)1864年 - 傷病者の状態改善に関する第1回赤十字条約(ジュネーヴ条約)が調印され、国際赤十字が発足する。
(12)1875年 - 樺太・千島交換条約批准。
(13)1902年 - 東京電気鉄道新橋 - 品川間で路面電車の運行開始(東京初の路面電車)。
(14)1904年 - 第一次日韓協約調印。韓国の財政・外交が日本の監督下に。
(15)1910年 - 寺内正毅統監李完用大韓帝国首相が漢城日韓併合条約に調印。
(16)1911年 - パリルーヴル美術館で展示されていたレオナルド・ダ・ヴィンチの「モナ・リザ」が盗難にあう。
(17)1922年 - アイルランド内戦: アイルランド自由国臨時政府首相・国軍司令官のマイケル・コリンズの一行がコーク州に向かう途上襲撃を受け、コリンズは暗殺される。
(18)1932年 - 英国放送協会 (BBC) がテレビ放送の実験を開始。
(19)1941年 - 第二次世界大戦独ソ戦: ドイツ軍がレニングラードに到達。9月8日から包囲戦が始まる。
(20)1942年 - 第二次世界大戦: ブラジルがドイツ・イタリア宣戦布告
(21)1944年 - 第二次世界大戦: 対馬丸事件学童疎開船「対馬丸」がアメリカ海軍潜水艦に撃沈され、乗員乗客1418名が死亡。
(22)1944年 - 第二次世界大戦: ソ連軍がルーマニアを占領。
(23)1945年 - 第二次世界大戦・ソ連対日参戦: 三船殉難事件樺太からの引揚船3隻がソ連軍の潜水艦に攻撃され2隻が沈没、1700名以上死亡。
(24)1945年 - 肥薩線列車退行事故、53名が死亡。
(25)1945年 - 日本で、戦時中禁止されていた天気予報のラジオ放送が4年ぶりに復活。翌日には新聞でも復活。
(26)1945年 - 愛宕山事件: 8月15日から愛宕山に篭城していた右翼団体・尊攘同志会会員ら12人が手榴弾で自決。
(27)1946年 - 京城大学(旧京城帝国大学)が米軍法令102号により閉鎖。
(28)1949年 - カナダクイーン・シャーロット島Mw8.1の地震発生。
(29)1950年 - アリシア・ギブソンアフリカ系アメリカ人テニス選手初の全米選手権(現:全米オープン)出場を果たす。
(30)1962年 - フランスの極右地下組織・秘密軍事組織(OAS)がシャルル・ド・ゴール大統領の暗殺を決行するが未遂に終わる。(小説『ジャッカルの日』のモデル)
(31)1968年 - ローマ教皇パウロ6世が、ローマ教皇では初めてラテンアメリカを訪問。
(32)1978年 - 植村直己が犬ぞりによるグリーンランドの単独横断に成功。
(33)1981年 - 台湾遠東航空103便墜落事故。作家の向田邦子ら110人全員死亡。
(34)1985年 - イギリスでブリティッシュエアツアーズのボーイング737がマンチェスター空港を離陸する際左側のエンジンが爆発、機体が二つに折れて炎上し、54人死亡。
(35)1989年 - フランスの天文学者が海王星の環を発見。
(36)1991年 - ソ連8月クーデター: クリミア半島の別荘に軟禁されていたゴルバチョフソ連大統領がモスクワに帰還。エリツィンロシア大統領がクーデターへの勝利宣言。
(37)1995年 - 東京で31日間連続の真夏日となり、62年ぶりに連続記録を更新。
(38)1996年 - ビル・クリントン米大統領個人責任と就労機会調停法英語版に署名し、社会福祉改革を断行する。
(39)1998年 - 第80回全国高等学校野球選手権大会決勝戦で、横浜高校松坂大輔が決勝戦では史上2人目となるノーヒットノーランを達成。横浜高は史上5校目の春夏連覇。
(40)1999年 - 中華航空642便着陸失敗事故バンコク香港行きの中華航空機が香港国際空港上空で台風の突風に遭遇し着陸に失敗、3名が死亡。
(41)2004年 - オスロムンク美術館からムンクの「叫び」と「マドンナ」が盗まれる。2006年8月31日にオスロ市内で発見。
(42)2004年 - 第86回全国高等学校野球選手権大会において、駒澤大学付属苫小牧高校北海道勢として史上初の高校野球大会優勝。
(43)2004年 - 前回のシドニーオリンピック陸上競技女子マラソン高橋尚子に続き、アテネオリンピック陸上競技女子マラソン野口みずきが金メダルで、日本勢として2大会連続の2連覇達成。
(44)2005年 - パレスチナ問題: アリエル・シャロンの推進するガザ地区等撤退において、ガザ地区からのユダヤ人入植者全ての退去が完了。
(45)2006年 - プルコボ航空612便墜落事故
(46)2006年 - 伊藤清京都大学名誉教授が第1回ガウス賞受賞。
(47)2008年 - 北京オリンピック陸上競技男子4×100メートルリレーで日本チーム(朝原宣治末續慎吾高平慎士塚原直貴)が男子トラック競技として初(男女通じても1928年アムステルダム五輪の女子800m銀メダルの人見絹枝以来80年振り)のメダル(銅メダル)を獲得。
(48)2011年 - 乃木坂46結成。
(49)2012年 - ロシア世界貿易機関(WTO)に加盟。
(50)2015年 - 寝台特急北斗星」号が運転終了し、日本からブルートレインが消滅した。

                アメリカ版「きょうのできごと」(日本語版)日別一覧表
                         (1日遅れの時差あり)
                     (本コラムは去る14日から21日現在に至るも「休刊」中と見受けます。)

             アメリカ版「1995年8月13日(日本時間)のできごと」    
      today@VOA   
                                   August 12, 2016

On This Day in American History
On Aug. 12, 1851, American inventor Isaac Singer gets a patent for a sewing machine he’s perfected. He comes up with improvements while doing repairs at a machine shop in Boston, Massachusetts. Singer later introduces the practice of buying on credit in installments.

1851年8月12日、アメリカ人発明家・アイザック・シンガーが彼が仕上げた 機械ミシンの特許を取得しました。マサチューセッツのボストンのミシン店に 持ち込まれたミシンの修理から改良の末の特許取得でした。シンガーは後年、クレジットで分割払いを買いこむ制度を広めました。(ヨシダ訳)
ヨシダブログ:このできごとの情報源は"The Singer Sewing Machine is Patented"(HISTORY)です。何 時もは全文コピーを最後尾に添付していますが、どうしたことか、コピー取りができなくなりました。著作権が背景に窺えます。それにしも、当初はできたの に・・・と。まさか、ヨシダがコピー取りしてこんなコラムを編集していることが知られたから?と。まさか!ではありますが。
 最初に目に付く言葉は、この人物像です。曰く、「アイザック・メリット・シンガーは
内向的な密室での発明者だけでなく、アメリカの歴史で最も力強くて、派手で、不道徳な大物の1人でした」がそれです。 
 他人が発明したモノに改良を加えて特許を取得したという点だと思いますが、じじつは、彼の歴史を追うごとに単純でないものを感じました。
 HISTORY最後の言葉がそれを象徴している感じです。曰く、「
・・・よく知られていることは、同社(シンガーミシン)は後年、他の製品ラインに投資を分散して、道に迷いました。1988年に、それは、戦利品のためにそれをバラバラにした融資者のえじきになりました」がそれです。
 発明者は必ずしも、商的能力があるとは限らないことで、その辺りの本人の混同心が招来する結果と言えるかもしれません。
 「発明」と言えばヨシダは人生第一毛作時代の職人自営業人生で体験したものです。小さいながらも3つの「実用新案特許」の取得体験者です。大阪の商社と 提携してその商品製造販売や関連技術指導等々を提携して実施して、全国を広く講演実演して飛び回ったものです。発明者よりもはるかにメリットを与えたと自 負しつつのことでしたが、欲張らなかったのが双方のメリットを招来したものです。
 蛇足のブログをひとつ。今から60余年前のこと。岡山市のあるメーカーがヨシダ実用新案品を模擬して販売という情報を同商社がキャッチ。ヨシダを伴って 同社に乗り込み、即時に当時の金額で25万円也の約束手形を受領したものです。約手を手にしたヨシダ歴史初めてのことでした。(92.01KB)(写真28枚添付ファイル
 
     「Isaac Merritt Singer」の画像検索結果         「Isaac Singer, inventor of sewing machine」の画像検索結果「Isaac Singer」の画像検索結果「Isaac Singer, inventor of sewing machine」の画像検索結果「Isaac Merritt Singer」の画像検索結果
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                                  インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を
編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。

ただ今、6500編目です! 
2016年8月22日(月)掲載分
昨日8月21日最終のトップページ

日別最終トップページ一覧表
編集者のダイアリー・コナー 

 午前9時過ぎ現在でひと通り各誌(新聞 ・メルマガ)を取材チェックするに、これといったものにヒットしないことから、「8月22日のできごと」の写真編集に精出しています★数日前から実施しているのが当該写真資料の選択手法への「改善」があります。暇つぶしに、と言ったらオカシイですが、その状況を自他共に記録する意味で、此処に再現かつ、記録する次第です★例えば、「(5)1777年 - アメリカ独立戦争: スタテン島の戦い行われる」というできごとの写真編集手法。先ずは、グーグルで当該できごとを下記のように「転記」します★次に、当該人物やできごと模様のルーツと思しきものを朱文字にします。その朱文字表示したものを更にグーグルで調べるのです。実に、オモシロイように当該写真資料がゲットできることに気付きました。「生活の知恵」って按配です★こうしたノウハウは日本語版でゲットできない場合は英語版で・・・といった按配です。かくして編集者の狙いである「きょうのできごとの『絵物語化』」ができるという仕組みです★本サイトでは重複しますが、後日の記録&出来事&発想の証拠として下記に再現してご参考に供します。
スタテン島の戦い: Battle of Staten Island)は、アメリカ独立戦争中の1777年8月22日に、ジョン・サリバン少将の指揮する大陸軍が、ニューヨークスタテン島守るイギリス軍を襲ったときの戦闘である。この前の7月にウィリアム・ハウ中将がイギリス軍の大半を率いてニューヨークから出港した後、大陸軍はスタテン島のイギリス軍基地が脆弱になったと判断しその攻撃を計画した。サリバン隊による襲撃はうまく実行されたが、島に渡るときの船が不足し、また分遣隊の1つが敵の背後に回るつもりが、その道案内人の誘導によって敵 の前面に出てしまった。その結果、サリバンは予測していたように多くの捕虜を捕まえることができず、むしろ船が足りなかったために自軍の兵士約200名を 捕虜に取られた。サリバンはこの襲撃に失敗したことで告発されたが、1777年の後半に開かれた軍法会議では全てが無罪になった。(9:40)
   5   「Battle of Staten Island」の画像検索結果   「Battle of Staten Island」の画像検索結果「Battle of Staten Island」の画像検索結果「Battle of Staten Island」の画像検索結果 「Battle of Staten Island」の画像検索結果
    「Battle of Staten Island, william howe」の画像検索結果 「Battle of Staten Island, william howe」の画像検索結果「Battle of Staten Island, william howe」の画像検索結果「Battle of Staten Island, memorial」の画像検索結果「Battle of Staten Island, william howe」の画像検索結果「Battle of Staten Island, memorial」の画像検索結果
 今朝の朝食(二食主義でブレンチ「breakfast & lunch」)は食卓の窓際への移動と背後に設置したアメリカ製の大きな運動器機といった新しい環境で楽しみました。窓際は外の風景(人や車の横行&家の前の巨大な並木樹)で旧に倍する快適感です★大発見(と言ったらオーバーですが)は、食事の直後に背後の運動機器に移動。主運動である「両腕のぶらさがり・肘突き状態での肩への独特かつ必要な圧迫運動Etc.」ができて、なんと、そのもうひ効用を新発見!って気分です★ヨシダがよく強調することは、大量の飲料水(1.5ℓ×2食=一日当たり3ℓl)を飲み始めたことと、その効用があるのですが、今までは食事を終えたらそのまま部屋に戻り、休む間もなくデスクワーク。正直言って、「お腹イッパイで暫くは多少の違和感」が否定できませんでした。ところが、です。どうでしょう!前述した感じの軽運動のためと確信するのですが、「お腹イッパイの違和感」が失せたのです!これって、ヨシダにとっては大発見デス!★先ほどもトイレで部屋を出た後もその愛用機器に移動して5,6分間の快適なストレッチングを楽しみました。ヨシダにとってはちょっとした工夫のお陰で快適バツグン!って感じです。今まではトイレ行きが仕事の邪魔って受けとめもしましたが、今ではストレッチング機会が待ち受けているから「楽しみ」って按配です。「天は自らを援くる者を援ける」を実感します。(10:30)
  ”「すぐ崩壊しそう」の声も…中国製・高さ300mのガラス製スカイウォークが怖すぎる”(MONEY VOICE)にヒットして、おった魂消げました!写真で観るだけでもなんだがゾッとする感じ。
   From design you trust出典:design you trust出典:design you trust出典:design you trust
          出典:design you trust出典:design you trust出典:design you trust
 ・・・と、この場所が中国の何処にあるのかとグーグルにインプットしたら、別の写真にヒットしましたので、下記に追加掲載します。題して、「中国で高さ180m全長300mのシースルー吊橋が完成!(海外の反応)」がそれです。
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      「中国湖南省の張家界大峡谷地図」の画像検索結果「中国湖南省の張家界大峡谷地図」の画像検索結果「中国湖南省の張家界大峡谷地図」の画像検索結果「中国湖南省の張家界大峡谷地図」の画像検索結果関連画像
 どうやら、本日の取材はこれらの写真観光だけで満足って気分です(笑)。中国(大陸)って、ドダイ、想像を絶するものを蓄えている感じです。それにしても想うことは「自然に対する畏敬の念」に尽きるものを痛感します。(12:30)


 昨21日の記事2編を下記に掲載していますが、本日22日の第一記事掲載( : )をもって消却します。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を  抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。
No.6500
汗水垂らして働く運送ドライバーが家すら買えない「日本国の病」
MONEYVOICE2016.8.21.三橋貴明・経世論研究所代表
ヨシダブログ:トラック輸送事業はヨシダが携わった人生第二毛作32年間のキャリアもの。一家言も二家言も三家言を自負します。長文の記事ですが、末尾の言葉が全てを象徴するに足りるでしょう。曰く、 「・・・大災害で物流が止まると、人々はトラック輸送のありがたみを実感するが、日頃は当然のことと考え、高校で運送の仕事を教わる機会もない。運転手の 待遇の改善に加え、『物を運ぶ仕事』の大切さに理解を広めていくことが必要だ、と語っています。まさに、その通りです。日本国民が『物を運ぶ仕事』の大切 さを理解していかない限り、我が国の運送サービスは中長期的に現在の品質を維持することはできないでしょう」がそれ▼かくいうヨシダはそのトラック運送事業経営から手を引き、同業界関連の「総合物流経営コンサルタン」として人生第三毛作にチャレンジして16年間を過ごしました。1939年に実施した「一ヶ月間米国トラック運送業界取材旅行」の折に出会った言葉とその実践状況が最大のアメリカ視察土産になりました。曰く、「Without Trucks America Stops!」(トラックが止まればアメリカの全てが止まる)がそれ。つまり、トラックが無ければアメリカ経済全てが止まってしまう!ということです▼その拙著を読まれた当時の全日本トラック協会会長の田口利夫さん(故人)がそのことに言及して「Without Trucks Japan Stops(ト ラックがとまれば日本経済全てが止まる)」と主張されました。でも、同会長が死去されて、そのまま立ち消えになった貴重なキーワードです。惜しむべきでき ごと、と現在にして痛切に思います。個性ある指導者が死去すると、その精神まで失せてしまうとは悲しむべきことですよね・・・。経営者の重要な仕事は「後継者育成」ですが、案外と疎かになっているのは洋の東西を問いません。お株を取られてしまうという狭隘な心がそれを阻むのかな・・・と現在にして回顧します(注:添付資料は編集者の立場で記事内容を理解するべく当該画面を検索して添付したもので、記事内容と直接の関連性が ある とは限りません)写真20枚添付ファイル
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        吉田祐起著:トラックドライバー帝王学のすすめ~ザ・プロフェショナルズへの教科書」 
No.6499
「若者のパソコン離れ」が示唆する恐ろしい未来
DIAMOND Online2016.8.21.(12日付) 鈴木貴博 [百年コンサルティング代表]
ヨシダブログ:「中見出し」は、■スマホ世代ばかりの新興国でキーボード入力は時代遅れに、■デスク上のパソコンは邪魔物に すべての業務がスマホになる日・・・と続きます▼「質問1 あなたが得意なのは?」に対する回答は、「キーボード入力79.19%、どれも得意10.59%、どれも苦手6.39%、フリック入力1.56%、ガラケー式入力1.44%、その他0.87%)」です。ヨシダ流のキーボード派が80%近いことから、ヨシダはまだ時代遅れではないぞ~と(笑)▼・・・おっと、此処で昭和のひと桁族のひとり言「ガラケーってなあに?」。グーグル曰く「ガラケーとはガラパゴス携帯の略で、いわゆるスマートフォンが登場する前の「普通の携帯電話」のことを意味します。 じゃあ、どうしてわざわざ「普通の携帯」のことをガラケーなどと言い換えたのかと言いますと・・・それは、日本の携帯が世界から隔離されたような環境で独自の進化をとげたからなんです(ウィキペディア)」と▼ふと、ヨシダの背後で聴こえる声。「ヨシダさんって相当時代遅れ人間・・・」(?)。トホホ・・・です(笑)▼注!:最下段に添付した写真セットの左端1枚はヨシダが離日直前のSOHO時代のもの。2枚目はフィリピン移住間もなくのアパート一人住まい時代のもので、二部屋ぶち抜きのものと当時のヨシダ写真。右端の事務所写真は自ら見つけた団地の一軒家で独立した時のもの。偶然ですが、東日本大震災当日直後に写したもので、瞬間チョッとの間の停電がありました。CNNテレビのかけっ放しでその大震災情報を即座に知り、NHKワールドテレビにシフトしたら、なんと、日本の古風な録画放映中!何しとる!母国は大災害というのに!!!???と思わずひとり言!次の瞬間に録画放映から臨時ニュースに転じたものでした。右端のヨシダさんは昨年のもの。パスポート更新時のもので、最長の10年期間更新。次回の更新は満90数歳!それへの備え(更新)も10年でする所存(笑)▼・・・と、そして現在のフィリピン人家族同居時代のヨシダオフィスは!?ですが、なにせ、「ステテコ・半そで姿が常時のヨシダ」ですので、近い将来に移転する高級団地の持ち家への移転後に記念のためにも「正装(?)して写真に納まるツモリです(笑)▼(注:添付資料は編集者の立場で記事内容を理解するべく当該画面を検索して添付したもので、記事内容と直接の関連性が ある とは限りません)写真17枚添付ファイル
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             「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を           
★84歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
★ 人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
★ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
★手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
★そ こで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
★ コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクトの人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
★そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
★ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
★若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄され る」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
★ その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
★すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、「世のため、人のために役立つ生涯を」・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジ ナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
★アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
★ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
★なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。★もうひとつの「蛇足の弁」ならぬ、「蛇足・でも価値ある漫画言葉」の漫画。曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言ったらどう思うかい?)★これって奇しくも、ヨシダが早くにして到達したホンネそのものって感じです!!!(笑)
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 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が大きくて多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムでは その容量大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真が白黒コミックで編集容量が極めて低く (14.84KB)、ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、通算60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。  
 超縦長のウェ ブサイトをご訪問くださってありがとうございました。「乱文乱筆ならぬミスプリはご容赦のほど」がヨシダのブログ用語です。またのご訪問をよろしくお願い します。ご機嫌よろしゅう!
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                                                2016年8月22日(月)   
                 “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                           
吉田祐起
                       
(満84歳9ヶ月)
               (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローサ市在住)
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