吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳9か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

  原爆証言者・吉田祐起の被爆現場証拠写真です。
 「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル別館」の画像検索結果
  2016年2月14日(日)午前3時頃のこと。ふと目覚めて色んなことに想いを巡らすなかで思いついたこと。それは被爆で九死に一生を得たという表現を 辞さない私の生々しい体験の場をこのサイトに再現することでした。ガバッと起きてデスクに向かいグーグルで関連写真を検索しました!ゲットしたのが上掲の 写真です。
 当時の私は学徒動員で広島電鉄本社電気課勤務でした。足が不自由なことからの事務所勤務。他の級友たちは電車・バスの修理工場配属 で した。左端の写真看板は現在の本社別館(右2枚の3階ビル)の前に設置されている半倒壊したビル画面と日英語説明文看板。2番目の白黒写真はその生々しい 倒壊した建物コーナーの写真です!
 朝礼を終えてビッコを引きながら薄暗い廊下伝いに電気課事務所に向かっていた瞬間の「ヒカ!ドン!」でし た。 あっという間に下敷きになりました。数秒の差で倒壊を免れた同課オフィスに辿り着いていたと、今更の如く想起し、感無量です。真っ暗なビルの下敷きで手を 合わせて死を覚悟しました。ふと、頭上にほのかな明かりが眼に入り、無我夢中で瓦礫をよじ登りました。子供心に想起することに倒壊した建物のてっ辺に這い 出た時の印象は「下界を見下ろす」って位置。顔面に吹き出る血をみて、「母ちゃ~ん!血が出ているよう~!」と泣きました。倒壊したあの建物の下敷きのわ が姿を生々しく再現再確認する次第です。
★ところで、ヒバクシャが念願していた米 大統領の被爆市訪問が去る5月27日にオバマ大統領によって実現しました。ヨシダの解釈は「オバマ大統領閣下、良かったですね~!『男の約束』が果たせ て!」のひと言です。これを機に、ヨシダのヒバクシャ証言は「被爆者最後の生き残り」を演じることにします。

              Since 10th March, 2001
 ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!本日現在の「データーサイズ(編集容量)」 は実に2,500KBという異例とも自 負する規模です。殆どのインタネット関連企業ですら500KBというなかで、楽天さんのそれはずば抜けて2200KB。ヨシダのそれをオーバーしているヨ シダのデーターサイズです。 単行本に換算したら、ン拾冊相当分だぞ~!ってところです。大量のヨシダ自分史足り得ると自負するウェブサイトです。

                            English               
              2016年8月20日(土)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー

  注: お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★&▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。    

            ウィキペディアから拾った8月20日の「できごと」 
                              August 20 Event(英語版) 
                                   「きょうのできごと」記録集
  このコラムは2014年4月21日開設のものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています。その写真資料も可能な限りの大きさを保ち、かつ、1ページの許容編集容量である 1000KB(1MG)を横目に調整しつつの編集です★なお、編集者の立場で痛感することは、そうしたプロセスで当該できごとを通して世界歴史の一端を学 ぶことの魅力を編集者側のメリットと受けとめて精出しています。おって、本コラムの次に控えるのが「today@VOA」でして、「アメリカ版きょうので きごと」といったところ。一層の励みを体感しています。
2010年平成22年)のように、西暦の後に丸括弧を添えて元号明治大正昭和、平成など)表記をする場合、日本国内、もしくは、日本が深く関与している出来事であることを、「日本の〜」「日本において〜」等々の表現を割愛する目的で用いている 。
  1   「‫خالد بن الوليد、Khalid ibn al-Walid‬‎」の画像検索結果   Allah1.png   関連画像「東ローマ帝国」の画像検索結果
  2 「大友皇子」の画像検索結果「天智天皇の太子・大友皇子」の画像検索結果「大海人皇子」の画像検索結果「大海人皇子」の画像検索結果 「大海人皇子(後の天武天皇)」の画像検索結果    関連画像  「壬申の乱」の画像検索結果
  「大海人皇子」の画像検索結果 「壬申の乱」の画像検索結果 「壬申の乱」の画像検索結果4「ヨハン・デ・ウィット」の画像検索結果関連画像
    「L801 Johan de Witt brothers assassinated」の画像検索結果「オランダ共和制」の画像検索結果7関連画像「Andrew Johnson declaration of civil war end」の画像検索結果 「declaration of civil war end」の画像検索結果 「declaration of civil war end」の画像検索結果
      13「1920, american football team AFPA established」の画像検索結果「1920, american football team AFPA established」の画像検索結果「1920, american football team AFPA established」の画像検索結果           「1920, american football team AFPA established, NFL」の画像検索結果
   16「鬼熊事件」の画像検索結果 「鬼熊事件」の画像検索結果 「鬼熊事件」の画像検索結果「鬼熊事件新聞記事」の画像検索結果
  18 「1940, Lev Davidovich Trotsky killed」の画像検索結果「1940, Lev Davidovich Trotsky killed」の画像検索結果「1940, Lev Davidovich Trotsky killed」の画像検索結果「1940, Lev Davidovich Trotsky killed」の画像検索結果 「1940, Lev Davidovich Trotsky killed」の画像検索結果  「1940, Lev Davidovich Trotsky killed」の画像検索結果
    「1940, Lev Davidovich Trotsky killed」の画像検索結果「1940, Lev Davidovich Trotsky killed」の画像検索結果   「1940, Lev Davidovich Trotsky killed」の画像検索結果    「1940, Lev Davidovich Trotsky killed」の画像検索結果「1940, Lev Davidovich Trotsky killed」の画像検索結果
     「1940, Lev Davidovich Trotsky killed」の画像検索結果        関連画像  関連画像「1940, Lev Davidovich Trotsky killed」の画像検索結果
 26    「Pražské jaro」の画像検索結果   「Pražské jaro」の画像検索結果「Pražské jaro」の画像検索結果 「Pražské jaro」の画像検索結果
      「Pražské jaro」の画像検索結果 「Pražské jaro」の画像検索結果     「Pražské jaro」の画像検索結果     「Pražské jaro」の画像検索結果
31    「Adelaide O-Bahn」の画像検索結果「Adelaide O-Bahn」の画像検索結果  「Adelaide O-Bahn」の画像検索結果    「Adelaide O-Bahn」の画像検索結果    「Adelaide O-Bahn」の画像検索結果
(1)636年 - ヤルムークの戦いハーリド・イブン=アル=ワリードに率いられたアラブ軍が東ローマ帝国を破る。
(2)672年(弘文天皇元年/天武天皇元年7月22日) - 壬申の乱: 瀬田川の戦い。大海人皇子軍と大友皇子の近江朝廷軍が瀬田川で戦闘。
(3)917年 - アケロオスの戦い、ブルガリア皇帝シメオン1世東ローマ帝国を破る。
(4)1672年 - オランダ共和制の指導者ヨハン・デ・ウィットと弟のコルネリス・デ・ウィットが民衆に虐殺される。
(5)1794年 - 北西インディアン戦争: フォールン・ティンバーズの戦い
(6)1864年元治元年7月19日) - 禁門の変が起こる。
(7)1866年 - アメリカ大統領アンドリュー・ジョンソン南北戦争の終結を正式に宣言。
(8)1882年(ユリウス暦8月8日) - チャイコフスキーの『序曲1812年』がモスクワで初演。Pyotr Ilyich Tchaikovsky - 1812 overture.ogg 聴く(Courtesy of Musopen)[ヘルプ/ファイル]
(9)1900年 - 日本で小学校令が全面改正(第3次小学校令)。尋常小学校を4年制に統一し、義務教育の授業料を無料とする。
(10)1903年 - 愛知県で乗合自動車営業取締規則が公布、日本の運転免許制度の発祥とされる。
(11)1905年 - 孫文らが東京中国革命同盟会を結成。
(12)1914年 - 第一次世界大戦: ドイツ軍ブリュッセルを占領。
(13)1920年 - アメリカアメリカンフットボールプロリーグAFPA(現在のNFL)結成。
(14)1920年 - 世界初の商業ラジオWWJ英語版デトロイトに開設。
(15)1926年 - 社団法人日本放送協会設立。
(16)1926年 - 鬼熊事件発生。
(17)1930年 - 東京の銀座尾張町・京橋など34か所に日本初の3色灯自動信号機を設置。
(18)1940年 - レフ・トロツキーが亡命先のメキシコにおいてピッケルで襲撃される。翌日死亡。
(19)1941年 - 高村光太郎の詩集『智恵子抄』が刊行。
(20)1944年 - 第二次世界大戦: ヤッシー=キシニョフ攻勢が始まる。
(21)1945年 - 第二次世界大戦・ソ連対日参戦: 真岡郵便電信局事件。ソ連軍が侵攻した樺太真岡で女性電話交換手9名が自決。
(22)1946年 - 食糧買い出しの女性10人の暴行殺害(小平事件)の容疑で小平義雄を逮捕。
(23)1960年 - マリ連邦からセネガルが離脱。マリ連邦が結成2か月で消滅。
(24)1960年 - 東海道本線の特急「こだま」「つばめ」に公衆電話を設置。
(25)1961年 - 多摩川の河原にてアキシマクジラの化石が発見される。
(26)1968年 - プラハの春: チェコ事件ワルシャワ条約機構軍の兵士200,000名と5,000輛の戦車がチェコスロバキアに侵攻。
(27)1975年 - アメリカ火星探査機「バイキング1号」打ち上げ。
(28)1977年 - アメリカの惑星探査機「ボイジャー2号」打ち上げ。
(28)1988年 - イラン・イラク戦争の停戦が発効。
(30)1989年 - マーショネス号転覆沈没事故

(31)1989年 - 世界最長のガイドウェイバスシステムであるアデレード・オーバーンが全線開業。
(32)1991年 - エストニアソビエト連邦からの分離独立を宣言。
(33)1993年 - イスラエルパレスチナ解放機構 (PLO) が、パレスチナ暫定自治政府創設に関するオスロ合意に署名。
(34)1994年 - 新交通システム広島新交通1号線(アストラムライン)本通 - 広域公園前が開業。
(35)1995年 - 神戸市阪神・淡路大震災避難所196か所の運営を打切り、震災から216日目で全ての避難所が廃止になる。
(36)1998年 - 同年8月7日ケニアタンザニア米大使館爆破事件への報復として、米海軍ビル・クリントン大統領)が巡航ミサイルスーダンアフガニスタンアルカーイダ関連施設を爆撃する。スーダンは薬品工場の誤認。
(37)2003年 - 愛知県田原市が市制施行。
(38)2006年 - 第88回全国高等学校野球選手権大会決勝戦、早稲田実業学校高等部駒澤大学附属苫小牧高等学校が延長15回1-1の引き分け。(翌日再試合で早稲田実業が4-3で勝ち優勝)
(39)2007年 - チャイナエアライン120便炎上事故那覇空港チャイナエアライン機が炎上。
(40)2008年 - スパンエアー5022便離陸失敗事故スパンエアー機が離陸失敗、炎上。
(41)2011年 - 全国高等学校野球選手権大会で初めて午前中に決勝戦が行われた。
(42)2012年 - 銀座でロンドンオリンピック日本選手団メダリスト凱旋パレードが行われる。
(43)2012年 - シリア北部のアレッポにてシリア内戦の取材中の日本人ジャーナリスト山本美香が、シリア政府軍(シャッビーハ)の砲撃を受けて死亡した。
(44)2014年 - 広島市安佐北区安佐南区の住宅地で豪雨により同時多発的に土石流が発生、75人が死亡(平成26年8月豪雨による広島市の土砂災害 / 広島土砂災害)。

               アメリカ版「きょうのできごと」(日本語版)日別一覧表
                         (1日遅れの時差あり)
             アメリカ版「1995年8月13日(日本時間)のできごと」    
      today@VOA   
                                   August 12, 2016

On This Day in American History
On Aug. 12, 1851, American inventor Isaac Singer gets a patent for a sewing machine he’s perfected. He comes up with improvements while doing repairs at a machine shop in Boston, Massachusetts. Singer later introduces the practice of buying on credit in installments.

1851年8月12日、アメリカ人発明家・アイザック・シンガーが彼が仕上げた 機械ミシンの特許を取得しました。マサチューセッツのボストンのミシン店に 持ち込まれたミシンの修理から改良の末の特許取得でした。シンガーは後年、クレジットで分割払いを買いこむ制度を広めました。(ヨシダ訳)
ヨシダブログ:このできごとの情報源は"The Singer Sewing Machine is Patented"(HISTORY)です。何 時もは全文コピーを最後尾に添付していますが、どうしたことか、コピー取りができなくなりました。著作権が背景に窺えます。それにしも、当初はできたの に・・・と。まさか、ヨシダがコピー取りしてこんなコラムを編集していることが知られたから?と。まさか!ではありますが。
 最初に目に付く言葉は、この人物像です。曰く、「アイザック・メリット・シンガーは
内向的な密室での発明者だけでなく、アメリカの歴史で最も力強くて、派手で、不道徳な大物の1人でした」がそれです。 
 他人が発明したモノに改良を加えて特許を取得したという点だと思いますが、じじつは、彼の歴史を追うごとに単純でないものを感じました。
 HISTORY最後の言葉がそれを象徴している感じです。曰く、「
・・・よく知られていることは、同社(シンガーミシン)は後年、他の製品ラインに投資を分散して、道に迷いました。1988年に、それは、戦利品のためにそれをバラバラにした融資者のえじきになりました」がそれです。
 発明者は必ずしも、商的能力があるとは限らないことで、その辺りの本人の混同心が招来する結果と言えるかもしれません。
 「発明」と言えばヨシダは人生第一毛作時代の職人自営業人生で体験したものです。小さいながらも3つの「実用新案特許」の取得体験者です。大阪の商社と 提携してその商品製造販売や関連技術指導等々を提携して実施して、全国を広く講演実演して飛び回ったものです。発明者よりもはるかにメリットを与えたと自 負しつつのことでしたが、欲張らなかったのが双方のメリットを招来したものです。
 蛇足のブログをひとつ。今から60余年前のこと。岡山市のあるメーカーがヨシダ実用新案品を模擬して販売という情報を同商社がキャッチ。ヨシダを伴って 同社に乗り込み、即時に当時の金額で25万円也の約束手形を受領したものです。約手を手にしたヨシダ歴史初めてのことでした。(92.01KB)(写真28枚添付ファイル
 
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                                  インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を
編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。

ただ今、6498編目です! 
2016年8月20日(土)掲載分
昨日8月19日最終のトップページ

日別最終トップページ一覧表
編集者のダイアリー・コナー 

 今日はなんだか開店休業(?)って感じです。これっという記事にヒットしません。「 today@VOA 」も本日で5日間の「休刊」みたいです。考えてみれば、「きょうのできごと(ON THIS DAY IN AMERICAN HISTORY)<合衆国歴史でこの日に>」って調子で毎日特記するに値するようなできごとが起きているわけでもないし・・・って想像を抱いています★対する「ヨシダコラム」のそれは古今洋の東西を問わぬ世界でのできごとが舞台。息をつく間もない「できごとの連続」で、しかも、「絵物語的」な編集だけに、スケールが異なります。エッヘン。(9:00)
 No.6497:「年金」を巡る漠然とした不安。日本で年をとることの何が心配かMONEY VOICE2016.8.20.山田健彦)」のブログでは長過ぎて書かなかったことに、ヨシダが受給するありがたい年給等の全ては共同生活をするフィリピン人家族やその親戚筋のひとたちを含み、「貧困からの脱却」を実現しています★すでに取得している高級住宅団地(ヴィレッジ)の土地代金は完済していませんが、地主は何時でも建てなさいよ、と言ってくれるとか。健全財政主義の家長・アーネルは完済したからに、と★此処、サンタ・ローサ市の名を冠した「サンタ・ローサ・ハイツ」ですが、年金生活者の立場での「ひと財産取得」はフィリピンだからできること。知り合いの近所の日本人男性(離婚)が言います。「ヨシダさんは全額取得でイイですね~。私は別れた女忙が半分取りますので・・・」と、羨ましそう(笑)★「失う(捨てる)ものがあれば、拾う(える)ものもある」って按配です。ヨシダの場合は戦時中に迷惑掛けたフィリピンとその人たちのお役に立てば本望だ、という真摯な心境がその喜びを倍増させてくれます。 (16:30)
 「No.6498:一度きりの死、いかに死んでいけばいいのか 死を考えると生き方が変わる東洋経済ONLINE2016.8.20. 仲野 徹 :HONZ)」にヒットして想ったこと。満85歳を前にする者にとっては心すべきこと、とばかりに編集に入りました★どうやら、本日の取材はこの程度にして明日への備えに入ります。・・・と言えば85歳前の人間にしては稀有な(?)心構え?と言えるでしょう(笑)★先ほど家長・アーネルが部屋に入ってきて言うに、くだんの「ぶらさがり器」が届いたというので、出てみるに、その器具はデッカイもので、期待していた軽量のモノとはドエライ違い。軽量のものの写真をメールに添付して頼んだものとはドダイ、異質のもの。彼が言うには、この国では米国製のこの種のものしか売っていない、とか。腕の屈伸運動用バーベルも沢山のウエイトを外して最軽量に・・・といった按配。イヤハヤ・・・と絶句する始末。アーネルにしてみれば、ダディーの願望は迅速に、といったまでは嬉しとしながら、いささか、日本人感覚とは異なるものを感じて苦笑い・・・って調子です(笑)。(19:10)

No.6498
一度きりの死、いかに死んでいけばいいのか 死を考えると生き方が変わる
東洋経済ONLINE2016.8.20. 仲野 徹 :HONZ
ヨシダブログ:85歳を前にする者として「如何に死すか(生きるか)」は大事な課題。 「永遠に生きると思って学び、明日死ぬると思って生きよ」はヨシダが早くにして身につけた人生観のひとつです。後年に至り、それはガンジー翁の言葉と知りました▼その諺を米国ラスヴェガスで3百人の出席者を前にやってのけた英語スピーチの最後で締めくくって、口笛ヒューヒュー付きのスタンディング・オーベーション(正確には、スタンディング・オウヴェイション)を得たものです。クリックするとその時の光景が目に見えるようですよ!▼「永遠に生きると思って学べ」と言えば、現在のヨシダの日常はあたかも、その最たるものの様相(!?)。やめられない、とまらない・・・と何やらのコマーシャル・ソングの文句みたいです(笑)▼「中見出し等」は、■いずれ訪れる死、“わずかな間だけでも高齢者や終末期の患者と一緒に過ごせば、援助すべき相手に対して医学がどれだけ失敗を犯しているかがわかるだろう”、■よく生きるためには、生きる理由が必要、“不治の病の患者に対して、全力を尽くして治療しながら、これは患者が望めばいつでもすぐに降りられる列車だと説明している”、“人は一度きりしか死ねない。死の経験から学ぶことはありえない”、■今日を最善にすることがもたらす結果、“今を犠牲にして、未来の時間を稼ぐのではなく、今日を最善にすることを目指して生きることがもたらす結果を私たちは目の当たりにした”・・・と続きます(注:添付資料は編集者の立場で記事内容を理解するべく当該画面を検索して添付したもので、記事内容と直接の関連性が ある とは限りません)写真14枚添付ファイル
         「HONZ」の画像検索結果
     「永遠に生きると思って学び、明日死ぬると思って生きよ」の画像検索結果「永遠に生きると思って学び、明日死ぬると思って生きよ」の画像検索結果「永遠に生きると思って学び、明日死ぬると思って生きよ」の画像検索結果
       「今日を最善にすることがもたらす結果」の画像検索結果  「永遠に生きると思って学び、明日死ぬると思って生きよ」の画像検索結果  「いずれ訪れる死」の画像検索結果 「いずれ訪れる死」の画像検索結果
          「仲野 徹」の画像検索結果 「仲野 徹」の画像検索結果「仲野 徹」の画像検索結果      「仲野 徹」の画像検索結果
No.6497
「年金」を巡る漠然とした不安。日本で年をとることの何が心配か
MONEY VOICE2016.8.20.山田健彦
ヨシダブログ:被爆直後に姉婿が人材派遣経営する製材所の人手不足で「お義父さん、手伝って・・・」というのに応じて親父が従事した仕事の相棒の不手際で労災事故で早世。その後の長男の責任感で、14歳から働き出したヨシダ。記憶は定かでありませんが、年金は誰よりも早くから誰よりも長く掛けたことを自負します▼ヨシダ人生を総括すると、第一毛作の14年間の職人自営業、第二の運送会社経営32年間は当時の家内の養父母家業の継承。お家騒動から離婚&を余儀なくしたヨシダの定年退職後の第三毛作は16年間の経営コンサルタント会社社長といった按配でした▼特記したいことは、年金受給しながら、自分の小遣いはその経営コンサルタント会社経営でまかない、退職金を含め年金は全て当時、拾われて(笑)、ある未亡人の家に居候。離日まで16年間続いた「同棲生活」でしたが、退職金・年金等全てを自由にさして、ヨシダのお小遣いは自力で調達って按配でした▼離日を機に、それら全てを置き土産に、翌月受給の年金だけを資金源にフィリピンに移住したのがヨシダの現在に至る生活実態。数年間の独身自律生活を経て到達したのが現在の生活環境。題して「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」で年金等全てのヨシダ資産全部をそっくりとかれらに渡してヨシダのポケットにはビタ一文も所持しない生活環境。でも、まったく、全然、不自由を感じません。???と首を傾げられるのがオチですが、ヨシダが強調したいことは、「私欲を捨てた『自利から他利』の生活そのものってところです▼前述した離婚に伴う実損(?)や同棲女性への16年間にも及んだ年金等譲渡等々を考えると、ヨシダは損な人生・・・と思いきや、まさにその正反対の老後をこんな形で恙なく送っていることは皮肉というか・・・。「過去のヨシダの所業に対する充分な落とし前的生活実態」と自負しています。「損して得(徳?)とれ」って按配と自負してあまりあります▼・・・と、余談ならぬ余ブログはオシマイにしてのこと、人生って不思議なものですよね~!欲張らず、お人良しみたいな生き方をした人物に神仏が与え給うのが「公平の結果」と受けとめます▼ふと、ヨシダが自身の人生を振り返って心底想うことがあります。夜間高校時代に得た県下高等学校英語弁論大会での優勝が縁で得たアメリカ人女性宣教師(ミス・アンダーソン)の感化で二十歳でキリスト教受洗したことから得た人生生き方の一つに聖書の言葉「Give and you shall be given(与えよ、」さらば与えられむ)」があります▼経営者人生で所属した法人会での教訓のひとつは、「得るは捨つるにあり」という言葉を特に好んで生きたわが人生と自負します▼ふと、想い出すのはヨシダのひと昔の手記。「得るは捨つるにありで新境地」ってのがあります。大量の拙著だけに、探すのに手間取った挙句に、そのタイトルをグーグル検索したヒットしてゲットしました。講演をよくした時代の演題のひとつでした。PDFの古い記録ですが、クリックしてご覧くださいませんか?▼中見出し等」は、「貯金5,000万円では足りない、日本人の「豊かな老後」のゆくえは、■「宇宙空間に到達した」日本の借金、■引退後にかかる費用は1億円超!?、■年金だけでは貧乏まっしぐら?、■生涯を通じた医療費支出のうち半分以上は70歳以降に、■年金制度の前提が崩壊している・・・と続きます▼「生かされ 活かされつつあることを 感しつつ」、「感謝 かんしゃ カンシャの心で」が85歳を前にしたヨシダが到達した心境です(注:添付資料は編集者の立場で記事内容を理解するべく当該画面を検索して添付したもので、記事内容と直接の関連性が ある とは限りません)写真16枚添付ファイル
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 昨19日の記事2編を下記に掲載していましたが、本日20日の第一記事掲載(15:50)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を  抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。

             「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を           
★84歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
★ 人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
★ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
★手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
★そ こで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
★ コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクトの人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
★そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
★ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
★若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄され る」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
★ その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
★すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、「世のため、人のために役立つ生涯を」・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジ ナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
★アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
★ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
★なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。★もうひとつの「蛇足の弁」ならぬ、「蛇足・でも価値ある漫画言葉」の漫画。曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言ったらどう思うかい?)★これって奇しくも、ヨシダが早くにして到達したホンネそのものって感じです!!!(笑)
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 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が大きくて多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムでは その容量大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真が白黒コミックで編集容量が極めて低く (14.84KB)、ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、通算60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。  
 超縦長のウェ ブサイトをご訪問くださってありがとうございました。「乱文乱筆ならぬミスプリはご容赦のほど」がヨシダのブログ用語です。またのご訪問をよろしくお願い します。ご機嫌よろしゅう!
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                                                2016年8月20日(土)   
                 “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                           
吉田祐起
                       
(満84歳9ヶ月)
               (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローサ市在住)
                E-mail:yoshida@a-bombsurvivor.com
                    yoshidayuuki@rocketmail.com
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