吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳9か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

  原爆証言者・吉田祐起の被爆現場証拠写真です。
 「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル別館」の画像検索結果
  2016年2月14日(日)午前3時頃のこと。ふと目覚めて色んなことに想いを巡らすなかで思いついたこと。それは被爆で九死に一生を得たという表現を 辞さない私の生々しい体験の場をこのサイトに再現することでした。ガバッと起きてデスクに向かいグーグルで関連写真を検索しました!ゲットしたのが上掲の 写真です。
 当時の私は学徒動員で広島電鉄本社電気課勤務でした。足が不自由なことからの事務所勤務。他の級友たちは電車・バスの修理工場配属 で した。左端の写真看板は現在の本社別館(右2枚の3階ビル)の前に設置されている半倒壊したビル画面と日英語説明文看板。2番目の白黒写真はその生々しい 倒壊した建物コーナーの写真です!
 朝礼を終えてビッコを引きながら薄暗い廊下伝いに電気課事務所に向かっていた瞬間の「ヒカ!ドン!」でし た。 あっという間に下敷きになりました。数秒の差で倒壊を免れた同課オフィスに辿り着いていたと、今更の如く想起し、感無量です。真っ暗なビルの下敷きで手を 合わせて死を覚悟しました。ふと、頭上にほのかな明かりが眼に入り、無我夢中で瓦礫をよじ登りました。子供心に想起することに倒壊した建物のてっ辺に這い 出た時の印象は「下界を見下ろす」って位置。顔面に吹き出る血をみて、「母ちゃ~ん!血が出ているよう~!」と泣きました。倒壊したあの建物の下敷きのわ が姿を生々しく再現再確認する次第です。
★ところで、ヒバクシャが念願していた米 大統領の被爆市訪問が去る5月27日にオバマ大統領によって実現しました。ヨシダの解釈は「オバマ大統領閣下、良かったですね~!『男の約束』が果たせ て!」のひと言です。これを機に、ヨシダのヒバクシャ証言は「被爆者最後の生き残り」を演じることにします。

              Since 10th March, 2001
 ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!本日現在の「データーサイズ(編集容量)」 は実に2,440KBという異例とも自 負する規模です。殆どのインタネット関連企業ですら500KBというなかで、楽天さんのそれはずば抜けて2200KB。ヨシダのそれをオーバーしているヨ シダのデーターサイズです。 単行本に換算したら、ン拾冊相当分だぞ~!ってところです。大量のヨシダ自分史足り得ると自負するウェブサイトです。

                            English               
              2016年8月2日(火)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー

  注: お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★&▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。    

            ウィキペディアから拾った8月2日の「できごと」 
                                August 2 Event(英語版) 
                                   「きょうのできごと」記録集
  このコラムは2014年4月21日開設のものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています。その写真資料も可能な限りの大きさを保ち、かつ、1ページの許容編集容量である 1000KB(1MG)を横目に調整しつつの編集です★なお、編集者の立場で痛感することは、そうしたプロセスで当該できごとを通して世界歴史の一端を学 ぶことの魅力を編集者側のメリットと受けとめて精出しています。おって、本コラムの次に控えるのが「today@VOA」でして、「アメリカ版きょうので きごと」といったところ。一層の励みを体感しています。
   2「ハンニバル「カンナエ」」の画像検索結果「ハンニバル「カンナエ」」の画像検索結果   「カンナエの戦い」の画像検索結果 「「カンナエ」」の画像検索結果関連画像
       「ハンニバル「カンナエ」」の画像検索結果「「カンナエ」地図」の画像検索結果「「カンナエ」地図」の画像検索結果「「カンナエ」地図」の画像検索結果
    「「カンナエ」古戦場碑」の画像検索結果   関連画像「「カンナエ」古戦場碑」の画像検索結果「「カンナエ」古戦場碑」の画像検索結果      「「カンナエ」古戦場記念碑」の画像検索結果
  3 「Veni, vidi, vici」の画像検索結果「Battle of Zela」の画像検索結果「Battle of Zela」の画像検索結果    「Veni, vidi, vici」の画像検索結果「Veni, vidi, vici in senatus」の画像検索結果
  6「江戸幕府が日章旗を日本国惣船印とすることを決定。」の画像検索結果       「江戸幕府が日章旗を日本国惣船印とすることを決定。」の画像検索結果  「江戸幕府が日章旗を日本国惣船印とすることを決定。」の画像検索結果 「江戸幕府が日章旗」の画像検索結果   「現存する最古の日章旗」の画像検索結果
   12関連画像「ロシア内戦」の画像検索結果「ロシア内戦」の画像検索結果「ロシア内戦」の画像検索結果「ロシア内戦」の画像検索結果
   「Siberian Intervention」の画像検索結果「Siberian Intervention」の画像検索結果  「Siberian Intervention」の画像検索結果   「Siberian Intervention」の画像検索結果「Siberian Intervention」の画像検索結果
    16「Szilárd Leó」の画像検索結果「Szilárd Leó」の画像検索結果「Szilárd Leó letter to roosevelt」の画像検索結果「roosevelt 1939」の画像検索結果  「atomic bomb research」の画像検索結果
    「atomic bomb research」の画像検索結果「atomic bomb research」の画像検索結果「Szilárd Leó letter to roosevelt for development of atomic bomb」の画像検索結果「Szilárd Leó」の画像検索結果
 21「富山大空襲」の画像検索結果      「富山大空襲」の画像検索結果   「富山大空襲」の画像検索結果  「富山大空襲」の画像検索結果 関連画像
(1)紀元前338年 - マケドニアフィリッポス2世カイロネイアの戦いアテネテーバイの連合を破る。
(2)紀元前216年 - 第二次ポエニ戦争: カンナエの戦いハンニバル率いるカルタゴ軍が、共和政ローマ軍を包囲殲滅する。
(3)
紀元前47年 - ローマ内戦: ゼラの戦いガイウス・ユリウス・カエサル率いる共和政ローマ軍がポントス軍を破る。カエサルは「来た、見た、勝った」と戦勝を元老院に報告。
(4)1221年承久3年7月13日) - 承久の乱: 幕府に敗れた後鳥羽上皇が隠岐に流される。
(5)1802年 - フランスナポレオン・ボナパルトが憲法を改定して自らを終身統領(終身執政)と規定。
(6)1854年嘉永7年7月9日) - 江戸幕府日章旗を日本国惣船印とすることを決定。
(7)1869年明治2年6月25日) - 明治政府が身分制度を再編。大名公卿を「華族」、武士を「」と「」、農・工・商を「平民」とする。
(8)1897年 - 日本勧業銀行(後の第一勧業銀行、現みずほ銀行)が開業。
(9)1903年 - 内部マケドニア革命組織オスマン帝国に対するイリンデン蜂起英語版を扇動。
(10)1906年 - ロシア帝国海軍一等巡洋艦パーミャチ・アゾーヴァ」で水兵らによる叛乱が発生(現地で使用していたユリウス暦では7月20日)。ロシア帝国バルト艦隊で初めての叛乱事件。
(11)1914年 - 第一次世界大戦西部戦線: ドイツ軍がルクセンブルクに侵攻。
(12)1918年 - ロシア内戦: 日本軍が英米仏軍とともにシベリアに出兵することを閣議決定。
(13)1928年 - アムステルダムオリンピックで、織田幹雄が三段跳びで日本人初の金メダルを獲得。
(14)1932年 - カール・デイヴィッド・アンダーソンが、霧箱による宇宙線の軌跡の観測で陽電子を発見。
(15)1934年 - 強制的同一化: ドイツ大統領ヒンデンブルクの死去により、「指導者兼首相」のアドルフ・ヒトラーに大統領の権限が移譲され、総統となる。
(16)1939年 - 第二次世界大戦: レオ・シラードらがルーズベルト米大統領に核開発を促すアインシュタインの署名入りの書簡を送る。これがマンハッタン計画のきっかけとなる。
(17)1943年 - ホロコースト: ユダヤ人の絶滅収容所の一つ、トレブリンカ強制収容所で収容者の反乱が起こり多くの収容者が脱走。これを機に同収容所は廃止。
(18)1944年 - 第二次世界大戦: テニアン島日本軍玉砕し、テニアンの戦いが終結。
(19)1944年 - マケドニア人民解放反ファシスト会議 (ASNOM) の第1回総会開催。(マケドニア共和国革命記念日
(20)1945年 - 第二次世界大戦: ポツダム会談が終了。
(21)1945年 - 第二次世界大戦・日本本土空襲: 富山大空襲
(22)1964年 - ベトナム戦争: トンキン湾事件アメリカ合衆国は、駆逐艦マドックス北ベトナム軍の魚雷艇から攻撃を受けたとして報復攻撃を行う。しかし1971年になって、これがアメリカの謀略であったことが明らかに。
(23)1970年 - 東京都内ではじめての歩行者天国銀座新宿池袋浅草で実施される。
(24)1972年 - カシオ計算機がパーソナル電卓カシオミニ」を発売。低価格で人気となり、電卓が個人にも普及する契機となる。
(25)1980年 - ボローニャ駅爆破テロ事件が起こる。
(26)1985年 - デルタ航空191便墜落事故
(27)1990年 - 湾岸戦争: イラククウェート侵攻。同日、国連安保理は即時無条件撤退を求める決議660を採択。
(28)2003年 - 1970年に打ち上げられた日本初の人工衛星おおすみ」が大気圏に再突入し消滅。
(29)2005年 - エールフランス358便事故
(30)2007年 - 関西国際空港の第二滑走路(B滑走路)オープン。国内初の完全24時間空港に。
(31)2008年 - 福田康夫内閣改造内閣が発足。

             アメリカ版「きょうのできごと」(日本語版)日別一覧表   
            アメリカ版「1995年8月2日(日本時間)のできごと」
                                      (日本時間で一日遅れ)  
      today@VOA
                                                          August 1, 2016

On This Day in American History
On August 1, 1981, MTV introduces music video and triggers a cultural revolution. Its programing – initially available only to cable subscribers in northern New Jersey, near New York City – starts just after midnight with the announcement, “Ladies and gentlemen, rock and roll.” Its first video is the Buggles’ “Video Killed the Radio Star.”

1981 年8月1日、MTV(音楽専門チャンネル)が音楽ビデオを世に出し、文化革 命の引き金を引きました。当初はニューヨーク市近郊の北部ニュージャージー州だけがそのケーブル圏でしが、それは深夜過ぎ直後の「皆さん!ロック&ロール です」で始まった番組でした。その最初のヴィデオはバグルの「ビデオはラジオ・スターを殺す」で始まりました。(ヨシダ訳)

ヨシダブログ:このできごとの情報源は""1981 MTV launches"(HISTORY)です。
  このコラムなかんずく、「添付写真」の選択方法にイイ考えが浮かびました。当該記事全文を本欄末尾にコピー写しして、逐一、登場する人物などをグーグルで 追ってはその画像を添付する手法です。同コピーからとったものごとにアンダーラインを引き、文字通り、記事に忠実な絵物語を狙います。
(197.3KB)(36-photo-attached file)

   「MTV: Music Television goes on the air for the first time ever, with the words (spoken by one of MTV’s creators, John Lack)」の画像検索結果「John Lack」の画像検索結果関連画像「the buggles’ video」の画像検索結果 「Buggles’ “Video Killed the Radio Star”」の画像検索結果 「the buggles’ video」の画像検索結果
     「New Jersey」の画像検索結果「New Jersey」の画像検索結果「New Jersey」の画像検索結果「New Jersey」の画像検索結果「New Jersey」の画像検索結果   
              関連画像 関連画像「pop culture and entertainment」の画像検索結果「pop culture and entertainment」の画像検索結果「VJs (video jockeys)」の画像検索結果
         「creative, cutting-edge videos」の画像検索結果「creative, cutting-edge videos」の画像検索結果「creative, cutting-edge videos」の画像検索結果「Spike Jonze (Being John Malkovich, Three Kings) and Michel Gondry (Eternal Sunshine of the Spotless Mind),」の画像検索結果
              「Spike Jonze (Being John Malkovich, Three Kings) and Michel Gondry (Eternal Sunshine of the Spotless Mind),」の画像検索結果          「The Real World」の画像検索結果「Spike Jonze (Being John Malkovich, Three Kings) and Michel Gondry」の画像検索結果「Michel Gondry」の画像検索結果「Eternal Sunshine of the Spotless Mind」の画像検索結果      「Madonna」の画像検索結果
       「Michael Jackson」の画像検索結果「Prince and Duran Duran,」の画像検索結果「The Real World launched in 1992」の画像検索結果「the Osbournes, Newlyweds」の画像検索結果「Laguna Beach」の画像検索結果  「Beavis and Butthead and Celebrity Deathmatch,」の画像検索結果
                      「Madonna 1989」の画像検索結果「Like a Prayer」の画像検索結果「MTV Music Video Awards」の画像検索結果「Total Request Live.」の画像検索結果

  
                                  インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を
編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。

ただ今、6462編目です! 
2016年8月2日(火)掲載分
昨日8月1日最終のトップページ

日別最終トップページ一覧表
編集者のダイアリー・コナー 

 本日の「today@VOA」の英語版編 集をひとまず終えて、何時ものように、日本語版トップページにそのまま仮掲載しました★同英語版をクリックするとご覧いただけますが、「新しい編集手法」 を思いつきました。当該情報(英語版)記事をコピーしてファイルの末尾に貼り付け、逐一出てくる場所や人等々をアンダーラインしながらグーグル検索にかけ てヒットした画像を添付する、という仕組みです。これで漏れなく、かつ、行ったり来たりのジグザグ行動をすることなく、効率的に編集することができるよう にしました。英語版ファイルにはそのまま残しますが、日本語版は消却しています。これにて、一歩前進進歩といったところで、満足しています。 (15:30)
 「No.6463:「固有の領土」とは海外ニュースの英語と文化背景・時事解説2016.8.2.山久瀬洋二)」 を編集しながら痛感することのひとつは、英語を学んでいてヨカッタ!という気持ちです。加えてヨシダの場合は「きょうのできごと」編集で僭越ながら「グ ローバル的視野」をもって編集する、せざるを得ない、ということが招来するそれなりの世界観と自負します★山久瀬先生はヨシダがもっとも尊敬するご人物の おひとり。絵画のご趣味もプロ並みの異色のご人物です。メルマガの配信もなさっています。ぜひとも、お申し込みください。「山久瀬洋二の活動とサービス」とお問合せは、このリンク先でどうぞ。(17:10)
 


No.6462
「固有の領土」とは

海外ニュースの英語と文化背景・時事解説2016.8.2.山久瀬洋二
ヨシダブログ:「きょ うのできごと」編集でつくづく感じることは、洋の東西、古今を問わず、人類は自身の民族意識で領土拡大をしてきたこと。拡大せずにじっとしていれば、他国 から侵略される、だから撃って出て拡大する、せざるを得ない・・・といった動向が否定できないと痛感します▼本記事の半ばにある言葉が痛烈に胸に響きま す。曰く、「・・・特 にヨーロッパに代表される大陸国家の場合、大国同士の「固有の領土」という概念によって過去にヨーロッパ全土を舞台にした戦争が何度もおこり、最終的には 二つの世界大戦へとつながったのです。これらの悲惨な教訓から、それぞれの国家が領土を主張するのではなく、国家同士を積極的に統合してゆこうとして出来 上がったのが EU だったのです」▼そのEUが揺れています。此処でも起こり得ることは「歴史は繰り返す」ではないだろうか・・というヨシダの不安でもあります。人類の性で もあるのかな・・・と考え込みます▼(注:添付資料は編集者の立場で記事内容を理解するべく当該画面を検索して添付したもので、記事内容と直接の関連性が あるとは限りません。)写真32枚添付ファイル
              「Paracel and Spratly island」の画像検索結果  「BBC: on Paracel and Spratly island」の画像検索結果    「南沙諸島」の画像検索結果
             「Preußen」の画像検索結果 「Preußen」の画像検索結果「カリーニング ラード」の画像検索結果「カリーニング ラード」の画像検索結果「クリミア半島はロシアの「固有の領土」」の画像検索結果
                 「クリミア半島はロシアの「固有の領土」」の画像検索結果     関連画像 「クリミア半島はロシアの「固有の領土」」の画像検索結果  「クリミア半島はロシアの「固有の領土」」の画像検索結果
        「ドイツ騎士団」の画像検索結果 「ドイツ騎士団」の画像検索結果 「ドイツ騎士団」の画像検索結果          「ポーランドの領土」の画像検索結果「ポーランドの領土分割」の画像検索結果 
     「山久瀬 洋二著書」の画像検索結果
『海外メディアから読み解く世界情勢』山久瀬洋二「山久瀬 洋二著書」の画像検索結果「山久瀬 洋二著書」の画像検索結果「山久瀬 洋二著書」の画像検索結果「山久瀬 洋二著書」の画像検索結果「山久瀬 洋二著書」の画像検索結果「山久瀬 洋二著書」の画像検索結果「山久瀬 洋二著書」の画像検索結果
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 昨1日の記事2編を下記に掲載していますが、本日2日の第一記事掲載(16:40)をもって消却しました。した。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。

             「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を           
★84歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
★ 人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
★ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
★手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
★そ こで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
★ コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクトの人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
★そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
★ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
★若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄され る」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
★ その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
★すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、「世のため、人のために役立つ生涯を」・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジ ナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
★アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
★ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
★なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。★もうひとつの「蛇足の弁」ならぬ、「蛇足・でも価値ある漫画言葉」の漫画。曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言ったらどう思うかい?)★これって奇しくも、ヨシダが早くにして到達したホンネそのものって感じです!!!(笑)
  「余生」の画像検索結果 「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が大きくて多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムでは その容量大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真が白黒コミックで編集容量が極めて低く (14.84KB)、ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、通算60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。  
 超縦長のウェ ブサイトをご訪問くださってありがとうございました。「乱文乱筆ならぬミスプリはご容赦のほど」がヨシダのブログ用語です。またのご訪問をよろしくお願い します。ご機嫌よろしゅう!
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                        2016年8月2日(火)
                           ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
     

                             吉田祐起                                                           (
満84歳9ヶ月)                                               (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)                                       yoshida@a-bombsurvivor.com                                                       URL(eng): http://www.a-bombsurvivor.com
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